カナン防衛! 岩トロウル部隊を撃破せよ(作者 大丁)
岩の唇から冷気を吐きながら、亜人は苛立ちの声をあげた。
「オイ、人間ドモ! 殺シテヤルカラ、出テコイ!」
氷の槌を、干しレンガの壁にぶつけて崩すが、無人の町では彼ら『人狩り部隊』以外に動く者はない。
「ナンデダ。コノ都市デ飼ッテタ獲物ハ、ドコイッタ?」
「ドッカニ隠レタノカ?」
「モット、ソコイラヲ、壊シテヤルッ!」
氷槌の岩トロウルたちは、動物の巣穴をつつくような発想で暴れる。
パラドクストレインの車内、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は一呼吸おいてから話をはじめた。
「《七曜の戦》が、遂に始まろうとしておりますわ。この戦いの帰趨によって、わたくしたちディアボロスの、引いては、最終人類史の運命が決まっていくでしょう」
案内に掲出している資料は『蹂躙戦記イスカンダル』のものだった。
「敵の大勢力と戦う、歴史の奪還戦の相談も既に始まっていますが、歴史の奪還戦だけが《七曜の戦》ではございません。最終人類史に奪還した地域や、或いは、ディアボロスが制圧したディヴィジョンの地域に向けた、敵の侵攻が予測されております。みなさまには、カナンの地に潜入して人狩りを行おうとしている亜人の部隊の撃破を行っていただきます」
依頼で相手する敵は、トループスひとつだ。
「カナンの地の住人は既に安全な場所に避難済なので、放置しても被害はございません。ですが、人狩り部隊を全て撃破する事ができれば、カナンの地全域を最終人類史に奪還する事が可能となりますわ」
二枚目の資料は、戦場となる無人の都市と、その一角だった。
「部隊を構成する『氷槌の岩トロウル』は、一般人を追い立てるつもりで都市の破壊をしています。地割れをつくったり、建物の上に飛び乗ったり、戸口から冷気を送り込んだり……と夢中になっていますから、発見して戦闘に持ち込むのは容易いかと」
ファビエヌは、ディアボロスたちに作戦の検討を促す。
「カナンの地を最終人類史に奪還する事ができれば、避難させていた人々も、本来の正しい歴史に帰還する事ができますわ。皆様のイイコトに期待しております」
作戦を請け負ったのは、10代のディアボロスたちだった。
パラドクストレインを降りてすぐ、建物群をみつける。
「『カナン』の地――私と同じ名前の土地ですか。話には聞いてましたが、来たのは初めてです」
音羽・華楠(赫雷の荼枳尼天女・g02883)が、乾いた空気に目を凝らしたとたん、建物のひとつが倒壊しはじめる。銀髪に隠れた眉をよせた。
「今まで馴染みがなかったとしても、自分と同じ名前の土地が歴史侵略者共のいいようにされてるのは気分が悪いですね」
どうやら、亜人たちが引き起こした地割れに、家屋が呑み込まれたようだ。
少年少女のなかでも、一番若そうな九重・古安(失くしたものと手にしたものと・g02347)は、それでいて低い声をだした。
「避難が完了しているとはいえ見過ごす理由も無し。ここいらでは防衛拠点作りを手伝った縁もあることだし、無粋な輩には早々に退場願うとしよう」
「うん。カナンの地で暴れる奴絶対殺す。慈悲は無いぞ。暴れたからな。死ぬがよい」
年齢でいえば、実際には一番年下の安藤・優(名も無き誰かの代表者・g00472)。強い感情をみなぎらせて駆けだした。明王の如き殺気が、手にした一振りの剣にまとわりつく。
「絶対に奴らを駆逐して奪還しましょう!」
華楠も、丈の短い装束から覗く、奇麗な足を速めた。
都市に入ったところで、人狩りの岩トロウル部隊は、分散して捜索をしているらしいと分かった。
優は止められても手あたりしだいに攻撃を加える勢いだったから好きにさせておき、古安は敵をさらに散らせる戦法を提案する。その静かな怒りで走るデーモンイーターの頭上を追い越して、航空突撃兵の女が飛翔していった。
「ハッハァー! 地上目標がより取り見取りじゃねぇか!」
リディー・エイデン(神に遣わされし最強の攻撃機・g09908)だ。
「ワシ様のエレガントな初陣にうってつけと見たぜ! やることは一つ!」
侵入しているのが敵の陣地であれば、空を警戒しているのは当然で、リディーの速度でも撃ち落されていたかもしれない。だが、岩トロウルたちは人間たちが見当たらないことに苛立ち、敵襲も考えていなかった。
その集団目がけて『AGM-65・マーヴェリック=サンダラー』による誘導弾攻撃を放つ。
「ありったけぶっ放してやつらを石器時代に……じゃねぇ!土塊に還してやるよ!」
急降下もあいまって、『近接航空支援(クローズ・エア・サポート)』は驚くほどきれいに決まった。直撃でなぎ倒される亜人もいれば、古安の要請どおりに散らばる臆病者もいる。
しかし、先制の被害を逃れると、槌を持ち上げて『サンドクラッシュ』に構える岩トロウルも確実にいた。
ミサイルを打ち尽くしたリディーは、地割れ攻撃を避けるため、とっさに高度をあげたくなった。けれども、経験ある航空兵のレクチャーが頭をよぎり、地上に降りて近接戦に構える。
「下に逃れさせてもらうぜ!」
かわした背後の宙に、地割れからの土砂が高く昇っていた。幾分は、砂礫のダメージを被ったが、直撃ならそれでは済まなかったろう。リディーは、パラドクスの戦闘における射程やフィールドの関係を心中でもう一度確認する。
爆撃と応戦にも、他の街区のトロウルたちは気がつかなかったようだ。
自分たちでたてている騒音に邪魔されている。そうした敵を発見後、華楠は建物を挟んだ死角に身を潜めた。
「私も、初撃は奇襲として仕掛けられるかもしれませんね……」
乾いた空気にも、水分子は含まれている。
「大いなる怒りの姿をされる不動明王よ。……『雷幻想・煉獄(ファンタズム・ムスペルヘイム)』!」
魔術的マイクロ波を放射し、分子の振動が物体を透過して岩トロウルたちを焼いた。
「マサカ、人間ドモガ、盾突イテ?!」
「イヤ、チガウゾ。でぃあぼろすダッ!」
生き残った亜人は、『煉獄』で溶けかかった氷槌を持ちあげて、ここでも抵抗してきた。
「見つけた奴からぶっ殺す」
優が、通りに姿を現し、駆けこんできた。
『サンドクラッシュ』は、華楠と優の両方を狙って打ち下ろされる。
二方向にひび割れていく路面。
華楠が潜んでいた干しレンガ造りは、たちまちに砕けた。
「不動明王よ、障りを除き給え……」
「強烈な一撃で足元が崩れる? そうか、ならとりあえず……」
伸びてくる地割れの先を見据える、優。
「崩れる足元のなんやらに巻き込まれない事と、槌で直接殴られないようにだけ気を付けておけば大した相手じゃないね」
だが、ほんの少しの見誤りで、バランスを崩すこととなった。
地割れの底に落下し、負傷したものの、思ったほど深手ではない。
「優さん、大丈夫ですか?!」
声がふってきて、底から見上げた縁に、華楠の顔がのぞいている。
彼女の放ったマイクロ波の影響で、ふたりの肉体が強固になっていたのだ。むろん、華楠自身のダメージも軽いようだ。
お礼か、感謝か。あるいは尋ねられたとおり、無事を伝えるか。
少年は、返す言葉に詰まる。自分から気持ちを話すのは得意じゃない。もっとも、逡巡していたのはほんの一瞬で、剣を支えに立ち上がり、ふわっと地割れの底から地上に復帰した。
「さあ首を出せ、頭かち割ってやる」
感情は、敵にだけ向ける。
優の明王も、剣に力を与えている。
「四天を束ね、絶刀を持って空を断つ」
浮遊する4本の光剣が召喚された。手にする実体剣に連結させ、1本の極光剣を創造する。
「脳天を断つぞ〜! 『天断(テンダン)』!」
光の刃は、岩肌の頂上に刺さって、トロウルを粉々にした。
「無抵抗な避難民を相手にするつもりで来ているのであればこちらの姿を見つければすぐに追ってくるはず。ここはあえて逃げるふりをして一部の敵を釣り出し、分断して各個に叩く策で動くぞ」
とは、古安の言だ。
ある意味、氷槌の標的になるのも、計略のうちである。
古安も、もらった『ガードアップ』に救われながら、地割れのひとつから這い出した。通りから通りへと逃れるようにしたから、建物への被害は少ない。
やがて、適当な場所……全力で振り下ろすための跳躍にちょうど良い足場になりそうな建物のある場所辺りまで誘き出した。
「反撃の時間だ。たかが小僧一人という相手の驕り、この一撃で断ち割ってやろう!」
「アアッ?! アンナ所ニ、ヨジノボッテヤガル!」
岩トロウルは、足場も崩してやろうと槌を振りかぶる。
古安には、その一時があれば十分だった。
「まぁ、ほんの一時なのが残念だが。最盛期の再現と行こうか!」
『時廻の断撃(グロウアップ・パルヴァライザー)』、生命力を活性化させる力を纏うことで、姿が変わった。
亜人は、振りかぶった姿勢のまま、唖然と見上げている。
飛び降りてきた古安は、即席の鎚鉾をぶつける。
岩トロウルの身体は左右にひしゃげ、氷槌よりも先に地面を打ったのは、廃材で組まれたほうだった。
「……これがあの時拠点に招いた彼らの助けになれば良いのだが」
戦闘が終わり、人狩り部隊のひとつは撃破した。古安は、亜人本隊がいると思われる方向を眺める。
そんな少年の肩を、バンバンとたたく仮面の少女。
「時間が許せば往復爆撃してやりたいところだが……『七曜の戦』本番まで我慢しとこうぜ!」
リディーの言葉に、ディアボロスたちは帰投の支度をするのだった。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー