大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『支配者アークデーモンへの情報戦』

支配者アークデーモンへの情報戦(作者 大丁)

 黒い長手袋で、吊り革をつついている。
 指先は、あちこち方々にとびながら。順番も、位置も定まっていない。
 パラドクストレインの車内に、依頼参加のディアボロスが揃うと、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、あいさつから始めた。
ごきげんよう。時先案内人のファビエヌですわ。アークデーモン大同盟が仕掛けてきた、『第一次ディアボロス撃滅作戦』は、皆様の活躍で阻止し、逆に利用することに成功いたしました」
 つまり、この列車は『TOKYOエゼキエル戦争』行きだ。
「この状況を踏まえ、攻略旅団からは『豊島区の奪還』に向けた提案が行われています。2023年8月の『七曜の戦』の前に、新宿島と陸続きの区を奪還するのが目的ですわ」
 ファビエヌが指示すると、ぬいぐるみたちが、TOKYOの略図を広げた。
 新宿島に隣接する区が示され、このうち北にある豊島区と、西にある中野区が、現在アークデーモンの支配区となっている。反時計回りに、渋谷区、港区、千代田区、文京区が奪還済みの隣接区だ。
「ちなみに、中野区奪還は、この作戦とは別に準備・進行中です。当列車は『豊島区の奪還』に向かいますわ」
 ぬいぐるみは地図の隣に、サンシャインシティの画像を掲げる。
「豊島区の支配者である、『複素冥界』イマジネイラの拠点です。文京区攻略のころに、豊島側からアークデーモンの侵入があり、その際の調査で防衛陣地ではないかと目されていました。いまは、他区からの増援の戦力も利用して、このサンシャインシティに絶対防衛線を引いており、攻略にはかなりの時間が掛かるものと想定されます」
 そのままでは、『七曜の戦』には間に合わない。
「敵側が『第二次ディアボロス撃滅作戦』などを行うかもしれませんしね。ですが、絶対防衛線にもつけいる隙はあります。他区からの増援のジェネラル級に対しては、イマジネイラも強制できるような指揮権は持っていないため、連携にほころびを作れそうなのです」
 地図の提示範囲が広がる。
「今回は、増援のジェネラル級の本拠地である『足立区』『北区』『世田谷区』に潜入し、区の支配者に対して、情報戦を行っていただきます。区を支配するジェネラル級に、豊島区では無く、自分が支配している区にディアボロスが攻撃を仕掛けようとしている……という危機感を持たせるなどすれば、豊島区に派遣された援軍を揺さぶることになりましょう」
 なるほど、援軍への揺さぶりが、連携をほころばせ、絶対防衛線の隙をつくり、そこへディアボロスが攻め込めば、豊島区の奪還は成る。
 依頼参加者は頷きあった。

「多くの依頼では、パラドクストレインの停車場所は決まっていました。当列車は、参加される皆様の作戦に応じて変更されるようになっています。いずれも、奪還した区の海上ですわ」
 『足立区』に行くなら、江戸川区にあたる場所の海上
 そこから、葛飾区の海岸沿いに海を北上して埼玉県側から上陸するようになる。
 『北区』には、台東区海上に停車してから海へ。
 『世田谷区』は、大田区の海から上陸だ。
「このような、海を泳ぐ選択をする場合、潜入先から発見されないようなポイントを予知してお伝えしてきましたが、今回は敵に察知させて、巡回部隊を派遣させるのが目的です。必ず見つかってしまいますが、そのようなものとお考えください」
 段取りの吊り革つつきが出来なくて、指が宙を彷徨った。
「なにしろ、皆様の計画と、現場での判断が多くを占める依頼ですから。かと言って、あまりにも派手で無防備な乗り込みかたですと、これも疑われてしまいます。潜入後、巡回部隊が派遣されるまでの短い時間で、軽く情報収集などを行なうくらいで、行動に信ぴょう性を持たせられるでしょう」
 クロノヴェーダと邂逅すると、すぐに戦闘がはじまるという。
「適切なタイミングでアヴァタール級に欺瞞情報を伝える事になります。伝える情報だけでなく、どんな状況で、どのようにその情報をディアボロスが漏らしたのかなども重要になるので『報告を聞いたジェネラル級がどう判断するか』を想像しつつ、イイコトをなさってください。アヴァタール級には、生きて、区の支配者に情報を伝えてもらう必要があるので、戦闘では撃破しないようにお気を付けを」
 なにやら、ぬいぐるみたちが寸劇をはじめた。
 ディアボロスが勝利したが、アヴァタール級に止めを刺さなかった。
 ディアボロスが勝利したが、アヴァタール級に止めを刺したと勘違いして撤退した。
 ディアボロスが敗北して、撤退した。
「などなど……。アヴァタール級を殺さないで戦闘を終了させるお芝居をお願いいたしますわ」

 いくつかの資料は車内にぶら下げて、ファビエヌはぬいぐるみたちと列車を降りた。
「短期で豊島区を奪還する為の陽動作戦となります。方法の工夫も必要ですが、すべての作戦が完了するまでの時間も重要になってきますので、そのような心づもりもお願いいたしますわ」

 ダイビングスーツを着込んだラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)がつぶやく。
「どうにも最近は泳いでばかりだな」
 陽動には、現在も別の作戦が行われている世田谷区が選ばれた。パラドクストレインは、大田区だった海の上に停車する。
 ラキアから『水中適応』が提供され、ディアボロスたちは海面へと飛び込んだ。
 目指すのは、区境と多摩川の交わるところ、緑地広場だ。世田谷の南端にあたり、堤によって住宅街からは目隠しになる。
 方角も確認しながら、ディアボロスたちは適度に浮上した。そうやって、隠密行動を演出する。
「着替えの服なら用意してきた」
 広場に人の気配はなく、ベンチまわりが枯草に覆われている。ラキアはダイビングスーツを脱ぎ、住宅街を歩ける恰好になる。
「さて、これで釣れてくれると良いが……」
 世田谷での別の作戦とは、『残酷処刑ショーの中止』だ。
 区の支配者、ジェネラル級アークデーモン『狼魔侯・マルコシアス』は、反抗グループの人間を捕らえては、彼らの処刑を区民たちに娯楽として公開している。そのいくつかに介入し、アークデーモンに殺されそうになっていた人々を助け出していた。
 表向き、住民は『処刑ショー』を楽しんでいることになっているから、話題に出すのは普通のことだ。
 開催場所などを聞いてまわり、ラキアは、もう少し突っ込んで、処刑されかけた親子のことを話した。
「それは、中止になったはずの……」
 ある男は、声をひそめる。
「一家のことなら心配ない。無事にかくまわれている。もし、あなたたちが、反抗グループにゆかりの者なら注意しろ」
 素性は明かさないが、この男こそ反対している分子なのだろう。
アークデーモンたちが、残酷処刑ショーに罠を張って、救出しにきた相手を殺そうという計画を立てているようなのだ……」
「……!」
 詳しく聞きたい情報だったが、追っ手の気配がする。
「ありがとう。あなたこそ、何事もなかったふりして、ここから離れて」
「お、おう……」
 周辺は、ブロック塀と低層住宅に囲まれていた。マンションなど、5階以上の建物はない。
 路地の一方は、堤にあがる階段だ。そこを、ボロボロの服を着た一団が降りてくる。緑地広場を調べたあと、住宅街まで侵入者を探しにきたのだろう。
 ボロたちは子供の背丈だが、中央のひとりだけは長身で黄色を纏っている。
 アヴァタール級アークデーモン『黄衣の王』ハスターだった。

 ディアボロスたちは、とっさに散って、路地の隅や民家の門柱に身を隠した。ラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)が、顔をのぞかせると、階段から降りてくる一団が良く見えた。
 敵にわざと発見されるよう、一芝居うつことは相談済みだ。
 リストウォッチに視線を落として仲間とタイミングをあわせると、ラキアだけがまた路地に姿を現す。
「ふん、まさかこうも早く尻尾を掴まれるとはな」
 驚いたような、慌てたような足取りで、堤と反対側へと駆けだした。
 秒針の音が妙に響いて、呼吸がそれを追うようになる。早すぎないようにペースを作った。還るべき場所を指し示すという時計、『Blue Bird』に願をかける。
 示し合わせた時間が経過したので、走りながら肩越しに、一団がいた辺りを再度見てみた。
 トループス級『面影のエトランゼ』たちが、ツギハギだらけのシーツをひるがえして迫ってきていた。アヴァタール級『黄衣の王』ハスターのフード付きローブは、ゆっくりと住宅街に入ってきたばかりだ。
「ねぇ遊んでよ」
「遊んでー」
 子供の声がして、ツギハギシーツの何体かが、消える。
「背後から奇襲って、こういう時は前から来るのね!」
 ラキアが、足にストップをかけると、靴がアスファルト舗装にうまく噛んで、鼻先をかすめるアークデーモンのちっちゃな拳。
 やつらは、世界の正しさなど無視して、異空間から先回りしたのだ。
「仕方がない。もう少し色々とさせて貰いたかったが、此処は貴様らを蹴散らし突破させて貰おう」
 いったん、息を整えてから、パラドクスを詠唱する。逃走での消耗を印象づけてもいる。
「『Call:Elder_Javelin(コール・エルダージャベリン)』、術式解凍!」
 旧き印より炎の魔力が沸き上がった。
 軸足を擦りながら一回転し、ラキアは炎で形成した槍を周囲のエトランゼたちに掃射する。
「遊んで……わぁっ」
 炎の槍が爆発したので、小柄な敵たちはボロで顔を覆ったりして防いでいる。ラキアは、いったんは包囲から抜け出たが、またあの異空間移動に掴まった。

 『黄衣の王』は、荒田・誠司(雑草・g00115)が潜んでいる門柱のそばまで歩いてきた。
 なにやら、大げさな身振りでローブの袖を広げる。
「エトランゼたちから逃げ切れるわけないわ。ただの人間じゃなさそうだからディアボロスでしょうけど、世田谷に来るには役不足だったわね」
 呪文を唱えているわけではないらしい。
(「ああ? 誰に向かってしゃべってんだ。……まあ、位置取りはいいから、偽情報でも掴ませるか」)
 誠司は、コートの裾をはだけると、『通信機』を取りだした。
「ここのジェネラル級に奪われたアレはやはりこの区にあるらしい」
 真剣な声色を出し、仲間と通信で会話しているところを聞かせる。実際には、似せた機械で、相手もいない。
「ここの地理情報から内部への侵入ルートを見つけた」
 迂闊さへの怪しみを払拭するために、あえてモブオーラも使ってある。侵入者を追い、それを探しているクロノヴェーダ相手に効果はないが、むしろ丁度いい。
「まった! 交信を終わる。敵に、ミラージュコートのステルス機能を破られたらしい。……ちくしょう」
 門柱からブロック塀の上に飛び乗る。眼下に黄色のフードが見え、アークデーモンが口をぽかんとあけているのが分かった。
「奪われたアレ、ですって?」
「……くっ!」
 話を聞かれた、と動揺する演技をし、誠司はニセの通信機を手で破壊した。そのまま、塀をつたって平屋の民家から民家へと逃走する。
「お待ちなさい!」
 アヴァタール級は、手を伸ばしたが、すぐに路地の先を見返した。
「トループスに囲ませた役不足さんから、なにか判らないか」

 堤の階段を降りてきた時と違って、黄色のローブは足早に路地を進む。いわゆる碁盤目になっておらず、斜めに曲がった先までトループス級が追いかけていったらしくて、ディアボロスは発見できない。
 ふいに、カーブミラーの支柱の影から、さらに別の声がした。
「聞け、愚鈍なる襤褸切れを纏う肉塊よ」
 フレデリカ・アルハザード(軍勢の聖女・g08935)だ。アヴァタール級にとっては、接触できる敵ならなんでもよい。すぐさま、向き直った。
「なによ、それ。大げさなセリフ……え、私のことを言ってんのか?!」 
「他に誰がいる。すぐさまザミエルが持ち去った我らの『レガリア』を返せ」
 フレデリカは気にせず、要求を言った。黄色フードの中身が、ハッと息をのむ。
「レガリア……。『アレ』のことか?」
「ふっ、これは滑稽だ。よくわかっていないようだな」
 少しだけ想定と違う反応だが、フレデリカは筋書きを押し通す。
「メンゲ、いや豊島区め……自分の区を戦場としない策としては、確かにこれはうってつけだ……」
 してやられた、と言わんばかりに笑う。
 アヴァタール級アークデーモン『黄衣の王』ハスターは、人の形をしていた四肢を引っ込めて、うねる触手をローブの隙間から生やした。実力行使にでるのだろう。
「私たちを倒して情報を得ようというのか。なんなら、豊島区の数秘術の使い手にでも聞いてみる事だ」
 路地の影から、ディアボロスの仲間も現れる。
「……一応言っておくが、豊島区を放っておけば、世田谷区等の豊島区以外のアークデーモン大同盟に参加した区が戦場になるぞ?」
「わざわざ戦いに来ておいて、よくも言うわね……」
 ハスターの触手がさらに増えた。

 のたくりうねるものの届く範囲からは、とっくに外れていた荒田・誠司(雑草・g00115)だったが、フレデリカたちのアヴァタール級への足止めは、きちんと把握していた。
「『ストリーム』、配置にはつけたか?」
 本物の通信機をとりだして、今度は本当にパラドクス通信を行う。
「こちら、ストリーム。狙撃ポイント到着。標的への誘導を頼む」
「了解。……ラキアが引き付けてくれているトループス級だが、もう十分だろう。追っ手をまく手助けをしたい」
 誠司は、戦場にあたりをつけて、伝えた。
 通信の相手は、ニーアム・ヒーレー(【流】の魔術師兼歴史研究員・g09075)。『ストリーム』は、彼女のコードネームだ。
「……ちょっと問題アリ、かも」
 低層階の住宅地を、上から狙おうとしてビルに登ったのだが、想定よりも遠くになってしまった。
 『Gungnir Ⅲ』は、全長1mを超える大型の対物ライフルで、射程にはまだ余裕があるものの現場の路地は狭く、車両がようやくすれ違えるほどなうえ、多くが両側を壁に挟まれている。どうやっても敵のアークデーモン、子供くらいの身長の『面影のエトランゼ』たちの姿を捉えることはできそうにない。
「いや、いいんだよ。僅かな隙でも作ってくれりゃ、俺がうまくやるぜ」
 アタッシェケース型トラップメーカーに、解析能力補助ゴーグルからの信号を接続した。その手際の良さのように、誠司は涼やかに応えた。
「あっそ」
 ニーアムの、特徴的な声。
 ツギハギだらけの汚れたシーツが、悪童さながらに路地を駆け回っていた。ディアボロスは戦闘で疲弊し、攻撃に耐えている、ようにふるまう。
 敵と味方のあいだに、盾に乗った誠司が割り込んでくる。
「先に行け! 後で追いつく」
 叫びに、防戦いっぽうだったはずの仲間は、すっと抵抗もなく身をひいた。『面影のエトランゼ』たちは、まるで支えをなくして前のめりになったような顔をしたが、すぐに新しいお友達を迎える体勢をとる。
「じゃあ、キミにもプレゼントあげるね」
 浸蝕する病だ。
 誠司は盾をかざしながら、ゴーグルからケースに信号を送った。
「『模造製作:火花蝶(イミテーションメイク・スパークバタフライ)』!」
 人工の蝶が、鱗粉を撒き散らしながら箱から出てきた。ボロのシーツで、顔を覆う子供型悪魔。その後退りした電柱の、上方からパンと大きな音が響く。
 なにか尖ったものがバラバラと降って来た。
 実際にはただのガラス片で、クロノヴェーダには無害なものにもかかわらず、意外な方向からの脅かしで、全員が街灯のソケットを見上げてしまったのだ。
 この隙に盾、『フェイク・プリドゥエン』を敷くと、誠司はそれに乗って逃げ去った。変形するジェットボードなのだ。
 巡回のトループス級は、どうやらディアボロスたちに置き去りにされている。連絡も受けたニーアムは、ビルの屋上でライフルを分解収納した。
「(派手に壊れたなぁ……こっわ……)」
 適当に電柱にあるものを撃っただけだったが、援護に寄与したようだ。

「撤退戦、開始」
 ストリームこと、ニーアム・ヒーレー(【流】の魔術師兼歴史研究員・g09075)は場所を変えた。
 住宅街に降りると、アヴァタール級にちょっかいを出しにいく。
「時間稼ぎ役は、あたしがやるからね」
 パラドクス通信で仲間たちに伝える。これは、早いもの勝ちだった。荒田・誠司(雑草・g00115)は、短く返事した。
「了解だ。殿はストリームに任せた」
 プランとしては、『黄衣の王』ハスターに追い付かれたディアボロスたちが、その戦闘力にかなわず、『アレ』の奪取をあきらめて世田谷区から逃げ出す、となる。
「最後の仕上げだ。情報戦、絶対に信じさせてみせる」
 本当っぽく見せるためには、最後まで抵抗する役が必要だった。誠司が挙手するつもりが、ついニーアムに先を越されたというわけだ。
「だったら、派手にやられる役でも務めるか。悔しくないといえば嘘になるが、これが後々の助けになると信じよう」
 ゴーグル越しにトラップメーカーを見下ろした。機械仕掛けの翼竜が、ケースの中で組み上がっている。
「製作完了! 飛べ、プテラノドン
 『模造製作:翼竜(イミテーションメイク・プテラノドン)』の生成物に乗って、誠司はアヴァタール級がいるあたり、入り組んだ路地をめざして民家の庭を飛び越える。
 それが落とす逆三角形の影が横切ったので、藺草・風水(天使喰らいの重ガンナー・g00346)は追って、走り出す。
「ここは、引くしかないなら……せめてみんな守るの!」
 背中に垂らした長い三つ編みが、左右に踊る。敵をわざと生かすため、負けるフリはいいが、帰れないほどのダメージは困るのだ。
 電柱のてっぺんより、やや低い位置に、生身の翼竜が羽ばたいていた。
 『黄衣の王』ハスターが召喚した『ビヤーキー』と呼ばれる悪魔だ。誠司を乗せた機械の翼は、空中で群れに囲まれてしまう。
ディアボロスが見つけた侵入ルートとやらも、たいしたことなかったわね。さぁ、私の眷属とともに踊り狂いたまえ」
 触手をくねらせ、地上でアークデーモンが笑っている。
 プテラノドンはビヤーキーについばまれて力を失い、誠司とともに敵のそばに落下した。倒れた衝撃はありそうなのに、声は出さない。
 悲鳴をあげるよりも、怪我の痛みに耐えていたほうがいい、と誠司の判断だ。
 角を曲がってきた風水の表情も、それらしくなった。
「仲間を傷つけさせはしないの! 『天骸銃刃(テンガイジュウジン)』!」
 携行式の大砲、『殲華天榴砲』に水晶が生成された。鋭利な刃として、砲身を振り回すごとにハスターの触手を切り刻む。
「やっぱり、マルコシアス様の元へは行けなかったようね」
 アヴァタール級は、ディアボロスたちが集まってくるのを喜んでいるようだ。斬れた触手は、またすぐに生えてきて、そのさいに輝く胞子を散布する。
「役者がそろうのは歓迎よ。さあ、舞台を彩ろう」
 胞子が爆発する。
 風水は、砲身を顔の前に引き寄せて、かばった。彼女が立っているアスファルト舗装はめくれ、退いた背後の塀は崩れてコンクリート片を巻き上げる。
「見て。悪夢のような光景が広がる地獄絵図を!」
 彩ると言ってもグレーの濃淡でしかないものの、破壊で起こった粉塵に、狂気の演出家は満足そうだ。
 むろん、演技をしているのは、風水のほうだ。爆発が路地を満たすように動き、誠司が倒れた場所にまで至る。不明瞭な視界を利用して、ニーアムも潜りこんできた。
 宣言どおりに、彼女だけが突出して前に出る。『図書館支給武装品』の特殊警棒と自動拳銃をそれぞれの手に構えた。
 誠司は風水に支えられて後退するが、旅団仲間のニーアムへと、自他の無事を示す合図を残していく。
「しるし、ね……」
 相手の姿を見た。真偽は疑わしくとも『ハスター』を名乗る以上、なにかあるかもしれない。
「藁にもすがる、かな。旧神の印を描いてみよう」
 『魔術式 基礎理論展開 【流】(プローフオブプリンセボ)』で、警棒をあやつり、宙に印を刻む。
「『gan stad gan staonadh dul timpeall an domhain』……」
 詠唱が流動体を操作せしめ、気流を発生させた。
 ストリームが、粉塵を晴らして、『黄衣の王』ハスターを捕まえる。ボロボロのローブをたなびかせているが、奴も空気の流れ、すなわち『歌』を浴びせてきた。
「喜びに満ちた歌をここに♪」
 耳にするだけで、心を暴力的、冒涜的な思念に侵されてしまう。ニーアムは、自分の指を噛んだ。
 自傷行為で意識を保とうというのだ。
「拳銃のほうは、逃げられなかった時の自殺用……」

 幸いというか、口のなかに満ちる血の味と、頭上から降って来た怒鳴り声とで、冒涜的な歌はニーアムに届かなくなった。
「正気を保て! 加勢にきた!」
 逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)だ。普段の落ち着きを勘ぐり捨てている。
「皆のお陰で他の部隊も情報を得ることが出来た。先で仲間が待っている。合流して体制を立て直そう!」
 アヴァタール級とのあいだに着地すると、まくし立てた。その敵、『黄衣の王』ハスターにも聞こえるように呼び掛けているところをみると、オルカも、ただ撤退を手伝いにきただけではないようだ。
 情報のかく乱であろう。
 挙手した役割は満たしたことにして、手の甲で口元の血を拭うと、ニーアムは素直に多摩川……今は海だが、そちら方向へと引き返す。
「他の部隊? 情報? まさか、また『処刑ショー』の邪魔でも企んでるんじゃないでしょうね!?」
 ハスターの外套がはためき、さらに増えた触手から胞子が撒かれる。
「それとも、アレのことか? ザミエル様がどうとか、……『レガリア』?」
「相手はハスターか……、また厄介な奴だな」
 もちろん、オルカは相手の言葉には応じない。ただ、冷静な若者に変貌し、それでいて感情の読めない瞳で、クロノヴェーダを見つめかえした。
 黄色いフードの内側で、敵はいらだっている。
「私の舞台を、わけのわからない言葉で汚さないで!」
「これで、どうだ……!!」
 オルカはデータ粒子化していた弾丸を具現化したうえで、拳銃から打ち出す。
 水をまとったガジェット弾は、アークデーモンの胞子とぶつかると、蒸気を吹いて路地を満たした。
「む? ……いや」
 ハスターの疑念が聞こえたあと、光る胞子の爆発が連続しておこり、自分のパラドクスがディアボロスに競り勝ったというような、安堵した声も聞かれた。
 それで、十分だ。
 白い視界に紛れて、オルカは住宅地から逃走する。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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