オルガンを弾いても?(作者 大丁)
「パルマ公国継続支援計画についての依頼ですわ」
ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)はそう言って、今回の案内にはクロノヴェーダとの戦闘は含まれない事をあらかじめ伝えた。
パラドクストレインには、荷物も積まれている。
「すでに長く続けている活動ですけれども、全行程の半分を折り返したところでございます。支援物資の用意も上手くできるようになりました。皆様にはそれをパルマに届けていただいて、ついでにお願いがありますわ」
建物の間取り図のようなものが提示される。
「とある聖堂にあるパイプオルガンが、壊れたままになっています。付近の住民は、それが鳴っていたころのことを覚えていませんが、なぜか懐かしがっていて、もう一度聴きたいと願っているようです」
機械部分だけでなく、聖堂自体が音響に関わっていることからの建物資料だった。
「『修復加速』は助けになると思いますし、音がでるようになったあとは、ぜひ演奏会も催してください。人々の心を癒せれば、復興への意欲も増すはずですわ。パイプオルガンの修理と演奏。それが今回の依頼です」
支援物資の説明をしたあとで、ファビエヌは申し添えた。
「北イタリアに大きな動きがあれば、パラドクストレインでも察知しやすくなります。パルマ公国でイイコトを続けて、都市活動の自立を目指しましょう」
別に祈りにくるような習慣はなかったはず。
しかし、住民はときどき、折れた尖塔、片方しかない鐘楼、穴のあいたドームを眺めに来るのだ。
廃墟のなかを覗くと、人の背丈よりも長い、金属の管が何本も、床に倒れている。振り返って入り口方向の壁を見上げると、バルコニー状の足場があって、そこに据えられた機械が、音を出すものだった事だけが分かる。
バルコニー、『楽廊』には鐘楼の階段をつかって登るようだが、段がいくつか抜けていて、機械にたどり着けない。
「物寂しい気持ちになるのよねぇ」
「うん。廃墟は他にもあるけれど、ここは特別だ。なんだろう……?」
パルマの住民は、聖堂を大事に思いながらも下手に触れず、そのままにしていた。
図面から考えていたよりも、正面側の威容は確かなものである。敷地がこぢんまりとしていたり、階数の少なさだったりで、この高さを想像するのは難しい。
「うーん、俺は演奏家とはいえ……」
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は聖堂を見上げるにつれ、眉根を下げた。
「パイプオルガンの構造に詳しいわけではなく……」
少し手ごわそうだと、天使のサウンドソルジャーはつぶやく。カルメン・リコリスラディアタ(彼岸花の女・g08648)は、しばらく黙っていたが、エトヴァの言葉に、記憶の彼方から帰ってきたようだ。
「パイプオルガンに修道院……あははっ、懐かしいぜ」
「オルガンは良いですよね」
ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)の口ぶりには、パルマのこの聖堂に圧倒されている様子は含まれない。
「修道院の師の元で学んでいた頃、よくミサ曲の演奏を聞いていました」
同じサウンドソルジャーでも、彼はデーモン。新宿島にくる前の話をしている。デジタルサマナー、カルメンは頷く。
「俺は、家族と一緒によくミサ行ったっけな」
『故郷』でのことだ。
あの、幸せな日々が、讃美歌やミサで聴ける曲と音色で、蘇ってくるのではないか、そんな気さえしている。
「初めてオルガンの演奏を許可された時は、とても嬉しかった事を今でも覚えています。人々の心に残るオルガンを、是非蘇らせたいです」
「ああ、俺も協力したいぜ」
記憶としてもっている、ソレイユとカルメンの感覚が、この後の工程で役に立つのだ。エトヴァは、オルガン技師や、金管楽器の製作やメンテ、調律に長けた者に協力を得ようとしたのだが、今回の依頼で使える地域と期間からは、技師たちを見いだすことはできなかった。
ソレイユも同様に、まずは近辺をあたったようだ。
「地元の職人にも協力して頂いてって、方針だったのですが……」
「排斥力が働いて、住民の記憶に影響を及ぼしているとか。いや、まったくの推測だが」
エトヴァは、そう言いつつも、建物の中に入って穴のあいた天井を見つけると、かえって気を取り直したようだ。
「そのかわり、建築作業なら任せてくれ。ウィーンの復興で修行してきた」
『修復加速』を発動する。
なにより、専門家は見つからなかったものの、声をかけた住民のほとんどが、手伝いを申し出てくれたのだ。
「風雪を凌ぐ設備修繕から、音響を考えた空間の響きも確かめよう」
上下左右を指差すごとにひとり、またひとりとパルマの一般人が顔を出してくれる。建材についても、できるだけ同じものをみつくろって、持ってきていた。
「俺の使い魔オオカワウソたちに、荷物運びを手伝わせよう」
カルメンは、『獺祭雷舞劇団(ヴィードラプラーズドニクライブショー)』を詠唱する。力仕事も得意だ。
「住民たちやエトヴァちゃんとソレイユちゃんが聖堂内での作業に集中出来るようにサポート! あと、俺はアイテムポケットを借りて、お使いにもいけるぜ!」
大工仕事をする一般人にも、修復加速の効果がかかっている。
鐘楼の階段が直るより一足早く、ソレイユは楽廊に登った。
ディアボロスとしての強化は、こうした運動能力に限らず、技術や知恵の分野でも発揮される。
「元の音が出るように修理しましょう」
住民たちが耳にしていたとおりに再現できるかは、判らない。
額に汗が浮かぶ場面もありつつ、床に剥落していたパイプ類を、オルガン本体に揃えられたころには、かなり自信を持てていた。
キーを押すたび、作業中の人々から雰囲気が伝わってきたのだ。
これ、聴いたことある、と。
天井の修復が完了する間際で、エトヴァの胸に迫るものがあった。
「……好きだよ、パイプオルガンの音色……」
調律で弾かれることで、住民たちと感触を共有した。
「昔はひどく身近にあって……」
ふと漏らした言葉に、今度は多くの人々が頷きを返す。
「絵の修行時代も、教会に通って……聴いてたな。大人になって見えることもあった」
エトヴァはフレスコ画に、仕上げを施す。
「お披露目演奏してみよう」
「うん、無事にパイプオルガン復活だ」
カルメンの耳にも、出来上がりが確かめられ、ソレイユも、満足げに言った。
「演奏会ですね」
話はすぐに伝わり、横並びの椅子に、改めて招待された住民が掛けることになった。その光景を、楽廊から眺めわたしたあと、ソレイユは鍵盤に向かう。
「やはりミサ曲が良いでしょうか」
第一音から、大きくこだまする。エトヴァの修復は、正確だったようだ。オルガン本体は、祭壇からみて一番後ろにあるが、正面を見ながらでも、音は全体から伝わってくる。
「……これだ」
「おお、おおお……」
「まるで、たった今、目が覚めたような気がする……」
感嘆する人々の目に、光るものがあった。
サウンドソルジャーが交代で弾き、やがて讃美歌と聖歌も加えていった。
「俺の知ってる曲……荘厳だが清澄に、音色はあくまで清らかに」
エトヴァの指は、軽やかに動いた。
「幼い頃は教会で歌っていたな」
弾きながら、いつしか自分も口ずさむ。ソレイユは、古い曲も演奏した。
「この地の人々の心に、安らぎが齎されるように。心を込めて」
すると、オルガンに関する知識を持つ人はいなかったはずなのに、途切れながらも声が聞こえはじめた。
「厳かに清らかに、人々の幸せと安寧を祈りながら歌おう」
カルメンがリードすると、合唱のような形が、おぼろげながら見えてくる。
蘇ったパイプオルガンと共に、皆が歌った。まだ、完全ではなくとも、パルマのように人々が自分を取り戻していく過程の中に、ディアボロスたちは確かに身を置いていた。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー