一つ目をぎょろりとさせて、『砕城者・デメトリオス』は号令をかける。
「お前ら喜べ、この先は、誰も蹂躙していない、まっさらな土地だ。人間どもが集まっている村や町がうなっているのだ!」
「うぉおおお!」
割れんばかりの歓声をあげ、亜人たちは割り振られた土地へと進軍を開始する。
とあるゴブリンの部隊は、数台からなる戦車(ウォーマシン)を並べて走らせていた。
手押し式だが、車体に乗っている奴は上機嫌だ。
「ヒャッハハー!!」
そして、ひときわ大型の一台に、指揮官である有翼の亜人が座乗している。
「ああ。おまえたちがこんな生き生きしてんのは久しぶりにみたぜ。デメトリオス様がおっしゃるとーり、獲物は好きなだけ狩りやがれ!」
新宿駅グランドターミナルに、『蹂躙戦記イスカンダル』行きの列車が出現した。
車内のロングシートに腰かけたディアボロスたちを、担当のファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は見渡す。
「『七曜の戦』を乗り越え、最終人類史に多くの大地を奪還する事に成功しましたわ」
大きな勝利に、目を細める。
「ですが、わたくしたちディアボロスの戦いは、まだ終わりではございません。再び、ディヴィジョンに分割された世界で、虐げられる一般人を救い、大地を強奪したクロノヴェーダに復讐を果たしてまいりましょう」
両手を胸の前で合わせてそう言うと、開いた十指には人形繰の糸が結わえられている。
ぬいぐるみたちが、地図や資料を持ちだし、大きく変化した勢力を示した。
これからは、『七曜の戦』後の状況に合わせた、作戦を展開していく事になるのだ。眺める依頼参加者たちは、表情を引き締めた。
「『七曜の戦』で、蹂躙戦記イスカンダルが断頭革命グランダルメから強奪したイタリア南部には、『共和制ローマ』時代の一般人達が暮らしているようですわ」
つまり、歴史上の当時の知識を持った人たちだ。
クロノヴェーダに支配されたといった、改竄された歴史の知識をもっていない。
「おそらく『蹂躙して殺し尽くすので、歴史を改竄する必要は無い』と考えているのかもしれません。クロノヴェーダの侵攻など想像もしていない、彼ら一般人を、蹂躙戦団の略奪から護り、亜人たちを撃退してくださいませ」
ぬいぐるみに資料を掛け替えさせる。
今回の依頼の範囲が示された。
「蹂躙戦団の亜人たちは、人間がいる場所の気配を頼りに、襲撃を仕掛けてきますわ。そのため、一般人が範囲内に散らばっていると、全員を護り切れず、被害が出てしまいます。みなさまには、手分けして農村部の人々を地域の中核都市に避難させ、護りやすいようにしていただきます。同時に、都市の支配階級にも、農民の受け入れを準備させてください」
ファビエヌは、地図上にある農村と都市の位置を指し示す。
人々の説得にあたって、注意点があると言った。
「農村といっても、この地域の人々は、ローマが『戦争する』と決まれば、兵士となって中央に送られる立場です。武器や防具の装備から、戦闘訓練なども普段から行っています。その制度がかえって障害になってしまうのですわ」
問題はみっつあり、ファビエヌは指を3本立てた。
「まず、中核都市からの正式な伝令なしに、勝手に移動しようとしない村があります。そのいっぽうで、血気盛んすぎて、自分たちで『敵』を倒そうとしてしまう村もあるのです」
ふたつのタイプのどちらにも対応し、説得せねばならない。
「三番目は、都市の支配者の説得です。他国や敵国ではなく、亜人(ディアドコイ)が攻めてきたことを理解してもらわないといけません」
ただし、相手は一般人だ。
ディアボロスとしての、いくつか能力は有意に働くという。
「一般人の対策を終了させた後は、都市に向かってくる亜人の部隊を迎撃して、撃破すれば作戦は成功となります。今回、この地域に攻めてくるのは、『ゴブリン戦車』と『天弓のウルフシャ』。凶悪な武器を一般人にむけるつもりで来ますわ。ぜひ、返り討ちにして、思い知らせてやってくださいませ」
少々、過激な物言いをしたファビエヌは、咳払いをひとつした。
「繰り返しになりますが、現地は歴史の改竄を受けていないために、クロノヴェーダの存在を知らず、ウェアキャットなどの亜人も存在せず、ディアボロスも存在していないようです。これまでと勝手が違うかもしれませんわ」
その光景は、蹂躙戦団の略奪強行がなされた場合の予知であろう。
農民たちは、顔出しの兜に胸甲をし、楕円の盾を構えている。しかし、ローマ中央からの知らせがないままの戦争に、足並みはそろわない。
ウォーマシンの威力と、ゴブリンの凶暴さに、どんな盾も鎧も、都市の城壁でさえ守りの役には立たないのであった。
案内人の言葉どおり、農村といっても規模が大きく、建物群は整然と並ぶよう設計されていた。人口も多そうだし、町と言っていい。
教えられた地図によれば、このような町村が拠点都市の周囲にいくつもある。すべての人々を、都市に集めねばならない。
ディアボロスの仲間は手分けし、避難の呼びかけに散っている。
「クロノヴェーダの方も、例の戦で土地を奪い合ってるんだよな。とにかく蹂躙などさせねえ! まずはトップの説得だ!」
グレン・ゲンジ(赤竜鬼グレン・g01052)は、ドラゴニアンの赤い容貌でもって、ノシノシと集落に入っていった。
見知らぬ来訪者に、ざわめくものの、村人たちはまだ遠巻きに見ている。
「変わったかっこうだ、ローマ市からきた金持ちだろう」
「お供もつけずにそれはない。おい、誰か身分を確かめに行けよ」
「今日の衛兵当番は誰だ?」
「コノリーだったはずだ。ウェリテス帰りの」
人の目は増えるが、まごつくばかりで、来訪者へと近づく者はいない。グレンはとりあえず、一番大きい建物を目指した。
やがて、槍で武装し、一揃いの防具を身につけた若者が立ちふさがる。
「待ちなさい。おまえはどこから来たのか」
「俺の名はグレン! この村で一番偉い人間に話がある!」
目的がわかると、若者は槍の穂先を差し向けた。
「許可証や、伝令文はお持ちか? 手続きのためにまず……」
「通してくれとは言ってない! 無理やりにでも会う!」
堂々と宣言し、グレンは大きい建物のほうを向いた。おそらく、この若者がコノリーなのだろうが、とっさに建物のほうを庇うようにしたので、トップかボスか、それ相当の人間がいる場所とわかった。
人間ひとりを押しのけ、怪力無双で扉を押し開ける。
「おおい! もっと人を寄越してくれ!」
コノリーの呼びかけに、兜をかぶった兵が駆けつける。先ほど遠巻きにしていた村人も含まれ、彼らは槍だけ持って参じていた。
「待て! 止まれと言っているだろ!」
兵のひとりが、ディアボロスの身体を槍で突いた。まるで通じない。
「バ、バケモノだぁ!」
効かないならば、なお刺突の数は増す。
村人たちによる当然の抵抗に、グレンは内心ほくそ笑んだ。
「パラドクスでなきゃ効かん。恐れられても文句は言わねえさ、何も知らなきゃ同じようなもんだ」
警備が厚くなる方向に進み、服装と年齢から、身分の高そうな人物のもとまで乗り込めた。
「この村にな、亜人と言う奴らが攻めてくる!」
「ディ、亜人(ディアドコイ)とはなんぞ?」
待っていた質問だ。
「俺のように、槍も矢も効かないバケモノだ! 俺はそいつ等と戦いに来た! 俺の事は信じなくてもいい! だが、このままではアンタ達全員が亜人に殺される! それだけは信じろ!」
グレンが無理に押し通ってきたのは、敵戦力のデモンストレーションであった。
「わかれ! そして人間を拠点都市に避難させろ。人々に逃げろと命令するんだ!」
村長(仮)は、兵士コノリーの形相を見た。槍に傷つかないのは本当らしい、と。
「わ、わかりました」
さて、説得は、やっと村ひとつぶんだ。
敵が来るとわかっても、頑固に動かない集落もあるだろう。コノリーのような勇敢な若者が、ただの村人であるのだから。
「亜人の脅威など知らずにいられた人々にまで累が及ぶとは……」
ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)も、説得にまわる一人だ。
「しかしディヴィジョンにある以上は時間の問題だったのかもしれません。知恵の神トトよ、お力添えを。人々の命を救うためにも私達の言葉をお届け下さい」
奪還済みの世界の、信じる神に祈りを捧げる。
目的の村に着いた時には、旅の商隊風の身なりとなっていた。
そのまま入っても、とくに咎められることはない。やはり、蹂躙戦団の侵攻に対して無防備なのだ。ここでも区画整理の行き届いた建築物が並んでいるが、人の出入りのある大き目の建物の前で、ハーリスは身を隠した。
フードを片目のぶんだけ上げて、よく観察する。
どうやら、公衆浴場らしい。
上機嫌の男が出てきたので、人のよさそうな雰囲気にたのみ、声をかけることとした。
「ああよかった、ここはまだ無事だったのですね!」
走り込んできて接触する。恐ろしいものを見て急いだかのように。
「おお、あんたは……あんたじゃないか。そんな息を切らせて」
「いまは、ハーリスと名乗っています。それよりも、どうか聞いてください」
『友達催眠』で警戒を和らげ、知人のように振る舞うことに成功した。
「信じられないかもしれませんが、ディアドコイと名乗る蛮族が手当たり次第に村や都市を襲っているのです。女たちは拐われた上で口にできぬ扱いをされ、それ以外は惨たらしく殺され……」
いかに残忍な扱いを受けるか、人の手に負えるものではないのだと強く訴える。
するうち、建物に出入りする者たちが、ふたりのまわりに溜まり始めた。
「ハーリスの言う事なら、嘘はあるまい。しかし、拠点都市やローマ市中央から連絡もないのに、移動したり戦争したりとはいかんだろう」
ざわざわと口々に意見をいいながらも、大勢は静観で落ち着きそうになる。
無知ゆえに勇敢な人々を動かすため、ハーリスは話を付け加えた。
「ここに来るまでに、他の村も避難を始めていると聞きました。拠点都市が村からの避難を受け入れるという噂もあります」
「じゃあ、誰かに伝令になってもらって、確認を……」
と、のんきそうに最初に接触した男が言う。
それが、かえって人々の不安を煽った。
「時間をかけているうちに、俺たちだけ逃げ損なったんじゃ、許可があっても意味ないぞ!?」
雪崩を打つように、村人たちは脱出をはじめる。
「お力添えに感謝します」
ハーリスは、つぶやく。
作戦範囲内の村人は、都市に集められそうだ。
ディアボロスたちは、拠点都市にむかって合流していった。
「村々での避難の説得は、終わったようですね」
首尾を聞いて安心する、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)。
「後は都市の受け入れ、と」
「はい。明確な支配者が存在する都市では、まずその支配者を説得せねばなりません」
ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、少し浮かない顔を見せた。
「都市の財政や治安を揺るがしかねない避難民の受け入れを承知してくださるかどうか……」
イスカンダルとなったイタリア南部だが、ディアボロスや冒険者、あるいは英雄などと名乗っても効果はない。
「例えば、ローマに神官のような者がいれば」
「神々の威を示すなら、大神……。この地での同一視はまだ先の時代ですが、共和制においてもすでに熱心に信仰されているはず。つかさどる力は雷です」
クロエは、出身ディヴィジョンとの齟齬に気をつけながら、知っていることを教えた。服装の準備など、神官と従者たちに扮することは可能そうだ。
「仕方ありません」
方策が見つかったのに、ハーリスの表情はまだ固い。
すると彼は、大地に跪き、儀礼用の剣を取りだす。いくつか持っている武器のうち、柄頭にコブラが象られたものだ。
「この地に御座す神々よ、どうか我が祈りを御聞き届け下さい。この地に生きる者達を守るためお力添えを」
振りをするだけなのに、エジプトとローマ、双方の神格に伺いをたてている。これには、魔女を名乗るクロエも感心した。
「あとは……。治安はさておくことしかできませんが、財政……特に食料の問題ならば私たち復讐者の得意分野、なるようになるでしょう」
変装した一行は拠点都市につくと、ここでも『友達催眠』を用いて入城を許された。
貴族階級も含め、大勢あつまった広場で、ハーリスはとうとうと語った。
「私は神々のお言葉と御力を授かって参った者。今ディアドコイと名乗る異形の者達がこの地に現れ、全てを蹂躙するべく迫っています。周辺の農村に住まう人々は神々のお言葉に従い、こちらに避難するために移動を始めました。彼らを受け入れ、災禍が過ぎ去るまで共に都市を守るのです」
さきの祈りに使った儀礼用の剣は、幸運と電撃にご利益がある。
まさに丁度のタイミングで、雲が厚くなり、雷鳴が轟き出した。
人々は空を仰ぎ見る。
特に、貴族や支配者たちは、緊張した面持ちだ。
派手な落雷とはいかなかったが、ハーリスは『水源』を出現させ、大神の名を唱えた。クロエも、現地の食事をつかって『口福の伝道者』を行う。
「我らの敬愛する神々は苦難を齎すだけではありません。敬虔に従う者たちにはこうして奇跡を齎します。神々の言葉に従い、正しく生きるあなたたちにも、神々の加護があるでしょう」
雷鳴を伴い、広場に清らかな川が流れ、食事が増えていく。
演出の奇跡は、十分に効果があった。
支配者たちは、村落からの受け入れと戦争の準備をはじめると約束してくれる。
話してみて分かったのだが、大神の神官というからにはローマ市からの派遣に違いない、と思われたらしい。拠点都市の住人にとって、その言葉は中央政府からの正式な命令も同然なのだった。
もちろん、対応の早さは、『奇跡』に起因する。
「あくまで、都市を守ること。決して災禍に手を出してはなりません」
支配者のやる気がありすぎて、武器を持って攻めに出られても困る。
ハーリスは念押しした。
「あれだけ言ったのですから、ひとまずは問題ないかと思いますが……」
クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、拠点都市のある方向を振り返った。
「皆さんの協力に感謝いたします」
ローマ市の神官の扮装を解く、ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)。支配者の説得に成功し、地域内からの受け入れも完了している。
もっとも、住民の避難というより戦争準備な出で立ちの村もあった。クロエが、不穏なことを口走る。
「亜人どもに都市へ近づかれれば、打って出ようとする者もいるでしょう。それ自体は悪いことではありません。結果は悪いものとなるでしょうが」
「まぁまぁ、亜人に槍は効かねえって、人々もよーくわかっただろうぜ」
竜型派のドラゴニアン、グレン・ゲンジ(赤竜鬼グレン・g01052)は、あの勇敢な若者の顔を思い出していた。
「つーか俺も亜人だと思われてそーだな……見た目それっぽいし」
急に落とした肩を、ハーリスがたたく。
「『改竄されていない歴史』とやらも手ごわかったですね。残るは亜人を倒すのみ。被害を広げないよう迅速に倒しましょう」
「えぇ、ここで殺せばいいだけのことです」
クロエは、狐耳を動かして澄ましている。自分にも種族特徴があることをみせているのか、それともゴブリン戦車の音を聞き分けているのか。
「とにかく! 亜人の方こそ皆殺しだ!」
胸をはり、グレンは勢いをつけた。
しばらく進んでから、ディアボロスの布陣をクロエが決める。
「敵の戦車が、部隊を分けて別のルートで都市へと向かう……なんてことをする知能があるとは思えませんが、取りこぼしがあってもいけません。都市が見えるくらいのこの場所で亜人どもを迎え撃ちましょう」
地面に魔力の球根を植えた。
「芽吹け、『タロース・オフリス』!」
植物が急成長し、ギリシャ神話の怪物『タロース』を象った怪物となる。
亜人の戦車隊が、横にひろがって現れたのは、そのすぐ後だ。
「ヒャッハハー!!」
調子にのった一両が速度をあげてきた。クロエの怪物が、太い腕ですくい上げ、高熱を発する。
押し役も乗り役もふくめてゴブリンたちの肉を焼き焦がした。
「こういうときは『ヴォイスバズーカ』だ! 俺たちを避けて都市に向かうような奴がいれば、そいつに声の砲撃をおみまいしてやるぜ!」
グレンが敵の列に向かって大声を出す。
各車を操る小型ゴブリンは、ディアボロスたちに注意を引き付けられた様子だった。
「のこのことご苦労なことですね。そのご大層な戦車を、わざわざ船に乗せて海を渡ってきたと思うとお前たちを殺すのにも身が入ります。無駄に死んで下さい」
クロエの命令で、『タロース』の熱量がさらに上がった。
足元が融解し、その跡がぬかるみ状になっている。
「たかが1割、されど1割。急ぎこちらに突撃しようとする算段から狂わせましょう」
「ウオオオーーッ!!!」
『心のままに叫びたい』というグレンの意思は、機械にも入り込みノイズとなる。
車輪が外れたり、軸が折れたりした戦車が、遠方で横転していた。
「ゴブリンども! 地球上のどこに現れようと、ディアボロスが相手だ!」
「この地で蹂躙されるのは、お前たちの方です」
クロエの仕掛けで、戦車の横隊は幅を狭めている。
亜人たちはその状態から、無理に押し通るつもりのようだ。グレンはむしろ、口の端をニヤリと吊り上げた。
「最初から全員が正面切ってかかってくるなら、俺も真正面から吹き飛ばすだけだ!」
赤竜鬼グレンと怪物タロースが先頭をせき止める。
そのあいだにハーリスは、車列のあいだへと駆けこんだ。残像を生むほどの速度で、戦車の旋回性能を上回り、同士討ちにも誘導する。
見立てどおり、ゴブリンの操るそれらは、直進以外は苦手だった。
「あれは……!」
大きい一両に、有翼の亜人が乗っている。ハーリスはサンダルを滑らせて急停止すると、大地を強く打ち据えた。
衝撃で砂礫が巻き起こり、大型戦車の操縦士は、視界を塞がれたようだ。
大型車の蛇行が、曲がれない戦車群を巻き込み、つぶしていく。
「もういい! おれが指示するからその通りに動かしやがれ!」
指揮官が、車体の上に立ち上がった。
『天弓』と称するだけある。砂礫のなかでもハーリスの位置を見通し、大型戦車は猛進してきた。
「へへへ……!」
ウルフシャは笑って見下ろしてくる。このアヴァタール級は、砂の扱いも心得ているようだ。リターナーの緑の瞳に焦りが浮かんだあと、すぐに眼光が取り戻された。
「大地の神ゲブよ、お力添えを。異郷の地であれど大地は神そのもの!」
砂礫の衝撃波に強打を加える。
車体にぶつけて、破壊を試みた。
「種子に宿るは我が憤激!」
「こうなりゃ、力ずくしかねえ!」
クロエの怪物とグレンの腕力が、槍付きの前ガードに突っ張って、大型戦車の前進を阻んだ。敵の車には動力がなく、結局のところ車体を介して、怪力同士が押し合っているかたちだ。
「ちっ……!」
有翼の亜人は、ひしゃげていく戦車を見捨てて、上空へとはばたいた。
砂礫の渦、『ゲブへの嘆願』が大小のゴブリンごと、ウォーマシンにとどめをさす。ハーリスは短く祈りの言葉を呟くと、『天弓のウルフシャ』に向かって叫んだ。
「一人として逃がしはしません!」
「生きの良い獲物のようで、やり甲斐があるぜ」
グレン・ゲンジ(赤竜鬼グレン・g01052)は、竜翼を広げた。クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、ハルピュイアを象った怪物を作り出し、亜人を追って飛ばさせる。
「逃げるような相手とは……。ですが、念のため」
自身も『飛翔』を発動した。
効果を重ねてグレンも飛び立ち、力を借りたハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)が続く。
上空のアヴァタール級、『天弓のウルフシャ』は奇声をあげていた。
「ひゃっほほーぅ!」
「ふむ。その翼は飾りではないようですね」
ハルピュイアを伴ったクロエは、目線が合いそうな位置まで高度をあげる。
「それで? その弓はどうなのでしょうか? 飾りの弓しか持っていない亜人に尻尾を巻いて逃げられると、追って殺すのが面倒ですから本物だと助かるのですが」
挑発しているのは、万が一に撤退されないための用心だ。
ウルフシャは、弓に矢をつがえた。
「飾りか、だって? おまえらディアボロスこそ、見栄をはって飛んできたのは失敗だったな!」
射られたのは、流星の如き煌めき。
亜人の粗野さに似つかわしくない、美しさをともなっていた。
「……この距離であれば、問題はないかと思いますが」
クロエは、避けるのが一瞬遅れて、灼熱の矢じりを身に受ける。その代わり、ハルピュイアたちに命じていた。
取り囲むように纏わりつかせ、鉤爪でウルフシャの翼を切り裂かせる。
「敵の飛行力は、俺たちを上回っているかもしれねえ」
グレンが、仲間の負傷を気にした。
「あえて改竄していないとはいえ、ここは連中のディヴィジョンだしな。楽な相手じゃなさそうだ」
「いえ、問題はそこではありません」
意外と元気そうに、クロエは言った。
「矢の力を見たときに思いました。あれは大地から生命力を奪っています」
魔法の種子を使いこなす、妖花の魔女ならではの視点だ。
「飛翔に気をとられて戦場を拡大してしまうと、拠点都市の生命力でさえ、亜人に利用されてしまいます」
いまは、ハルピュイアの爪が、敵を抑えている。ハーリスも、口元から牙をのぞかせながら、方針の確認をする。
「気をつけるべきは空中ではなく、地上だったのですね」
「都市の受け入れを無駄にするのは避けたいですし、神の名を口にした以上、そのくらいの責はあります」
彼らよりもっと高くに浮かぶ、遠方の黒雲を眺めるクロエに、ハーリスは申し出た。
ハルピュイアの並びへと加わり、攪乱役になる、と。
「豊穣の神にして軍神たるセベクよ、お力添えを。悪逆たる者を打ち砕くため恐るべき牙の力をお貸し下さい」
「地殻変動を起こすほどの矢、飛行力よりもどこを射られるか、だ。まともに喰らうわけにもいかんし……」
グレンは、大きく羽ばたく。
「だからって引いたら男が廃る!」
いまさら下降はせず、『天弓』にむかって速度をあげた。
「ひゃははー! 言ったろうがぁ。マトが増えるだけだぜぇ!」
直接、狙いをつけられたのは、直下の地表だ。
破壊の力を宿した矢が突き立ち、めり込んだ箇所から裂け目をつくっていく。
隆起した岩石が高波のように持ち上がり、欠片がグレンを、ハーリスとハルピュイアたちを、激しく打ち据えた。
「多少の傷は、耐え抜いてみせます!」
食いしばるハーリスの口元から、鋭さを増した牙がまたのぞく。
周囲では、葉の羽を散らされた怪物がバランスを失っている。それにともない、クロエの肌にも傷が増える。
「その翼を捥ぎ取り、地へと落としてあげましょう」
残った怪物に、距離をつめるよう命じた。
礫の攻撃は続いたままだったが、分解しかけの植物の影から、ハーリスが飛び出す。
「侵攻が始まった以上この歴史も無傷とはいかないでしょうが、この手が届く限り、守り通します!」
「うおっ?! 岩石の欠片が死角に?!」
セベク神の象徴は鰐だ。並んだ牙で、亜人の翼の一枚に噛みつき、引き裂いた。
「砂使いでも、あなたには負けません」
羽根を吐き捨てる。
反対側の翼には、ハルピュイアの爪が食い込んでいた。
そしてグレンが、真下から昇ってくる。
「竜頭を砕けるかどうか、やってみろォ! 」
隆起した岩石を蹴り、跳躍できる高度をさらに高めていた。
「『竜翼翔破』ーッ!!」
ドラゴニアンの翼で方向を微調整し、赤い鱗に覆われた筋力を生かして、タックルをかます。亜人の手元で、なにかが砕けた。
「矢を折り! 弓を折り! 魂までバラバラにしてやるぜェーッ!」
「こんな、こんなことってあるかっ! 蹂躙できる人間の気配が山ほどあるってぇのによぉ!」
武器を失い、翼をもがれた『天弓のウルフシャ』は、飛翔するディアボロスたちの眼下へと堕ちていった。
地割れで傷つけた大地に、亜人みずからが飲み込まれていく。
遠方にある城塞都市は健在だ。
なかでは住民が、槍を構えたままであろう。
「亜人(ディアドコイ)とはなんぞ?」
できれば永く、問いのままであればいい。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー