大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『生死の境をいくつ越えたら』

生死の境をいくつ越えたら(作者 大丁)

 神殿の奥まで逃げ込んだ王家の者たちは、命乞いをした。
 壁の薄浮彫に、屈強そうな男の影が重なる。剛弓剛剣を携え、影はゆっくりと近づいてくる。
 老人のひとりが、金切り声をあげた。
「しょ、将軍ッ! メルセトラー将軍! 頼む、助けてくれ!」
「御子とハーリス殿のことは仕方がなかったんだ。裏切ったわけじゃない!」
 他の者たちも、次々と言葉を並べる。
 黄金の装身具をぶら下げていても、みじめなものだった。
「こうして、将軍がマミーとして死から復活した、いやクロノヴェーダ様として顕現なさったからには、我ら王家に連なる者、すべての民に至るまで、絶対の服従を誓います。……こ、心から、本当にッ!」
 太い腕が、剣を大上段に持ち上げ、そこで止まった。
 もうひとつの影、長身の男性が背後に立っていた。
「主よ、私はリターナーとなりました」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は緑色の澄んだ瞳で、しかし眼差しには悲しさをにじませている。
 いっぽうで、主と呼ばれたクロノス級マミー『打ち破る者』メルセトラーは、口元をほころばせた。
「おお、ハーリスか。では、かわりなく、我が配下に加われ。ここにいるのは、お前を嬲り殺しにした張本人たち。まずは、復讐をとげよ」
 打ち下ろされなかったものの、剣先は王家の者を指し示している。なかの老人がまた、恐れおののいた。
「ハ、ハーリスまでが復活を……! やめてくれ、助けて!」
「その、欲望にまみれた姿に生前の私は……」
 こみ上げてくる嫌な感情を、ハーリスは押しとどめたようだった。かわりに、主の存在を乗っ取ったクロノヴェーダに意思を突き付ける。
「私を、友として家族として愛してくださった主に報いるため」
 琥珀色の肌が、戦いの構えに緊張する。
「そして生前の主との誓いを守るため、従僕とはなりません」

 特別なパラドクストレインが、新宿駅グランドターミナルのホームに停まっている。
 時先案内人ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、『獣神王朝エジプト』の過去へ向かう列車と伝えた。
「すでにディアボロスによって奪還済みのエジプトで、クロノス級が支配歴史を持ち、アヴァタール級を送り込んできているのですわ」
 支配している歴史に行き、クロノス級を撃破できれば、そのアヴァタール級は今後、『蹂躙戦記イスカンダル』などに漂着することがなくなる。
「支配されている時代は、すでにディヴィジョン化が進んでおり、クロノス級マミー『打ち破る者』メルセトラーは、人間の将軍が復活再生した存在です。同じく、メルセトラー将軍に仕えていた人物から、リターナーとして復活されたのがハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)様だったのですが、お互いが人間だったころの約束を守るため、ハーリス様は主の姿をした相手の支配から逃れました」
 しかし、クロノヴェーダにはかなわず、ハーリスは二度目の死を迎えたという。
 また、その際に、多くの一般人も犠牲になったようだ。
「過去のハーリス様の、二度目の死の歴史を覆し、クロノヴェーダによる虐殺も防いでください。それが今回の依頼です」

 宿縁についての依頼は、いくつか報告がなされているが、ファビエヌはもう一度、要点をまとめた。
 ハーリス自身が依頼に参加し、現地に到着すると、襲われている被害者が消え、その位置にディアボロスの本人が瞬時に移動するようになっている。
 この場合、被害者は自動的に救助される仕組みだ。
 他に一般人の犠牲者もいるため、そちらはクロノス級がその場に誕生させたトループス級『マミー屑人兵』から、守ってやる必要がある。
「少し問題がありまして……。一般人たちは、リターナー化する前のハーリス様を、謀殺した相手なのですわ」
 救助しようにも、そのままでは指示に従ってくれないという。
 過去においても、リターナー化直後のハーリスは、庇いきれなくなって全滅させてしまったようだ。
「戦闘中になりますが、一般人への演説で、味方であるとわからせてください。彼らがいるのは神殿の最奥で行き止まりです。その前に、『マミー屑人兵』。背中合わせに出口側を向いているのがクロノス級『メルセトラー』、対峙するかたちで出口にいるのが、過去の、あるいは入れ替わったハーリス様となります。出口から先は長い廊下となっていて、ディアボロスの皆様はこの廊下を通って、神殿奥に到着することになるでしょう」
 最終的に、クロノス級の撃破に成功すれば、支配歴史は消滅し、依頼は成功となる。

「まさに、生死の境界が揺らぐ砂漠、ですわね。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
 ファビエヌはそう言って、皆を見送った。

 その瞬間が来た時、クロノス級も外からの来訪者の気配を察知した。だが、目の前の友にディアボロスの彼が成り代わったとまでは、誰も理解していなかった。ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)を除いては。
(「漸くこの時が来たのですね。民を守るため戦った主を罪なき民の血に染めぬため、主と御子のために戦います)
 内に秘めた決意。
 リターナーの目が開く。緑の瞳が訴えていたものが、悲しみだけではなくなっていた。『打ち破る者』メルセトラーは悟る。
「お前は……わが友に違いないが」
「主よ、私とて御子に不遇を強いた者達を許してはいません」
 ハーリスの声は、メルセトラーの背後で震えている者たちにも届き、小さく悲鳴も聞こえた。クロノス級は、剣をおろしたが、そのかわりにクロノヴェーダの配下を呼びだす。トループス級『マミー屑人兵』であろう。
 まもなく仲間が駆け付けてくる。王家の者たちの救出は彼らを信じて任せよう。ハーリスは、パラドクスの効果だけを残留する。
「……ですが、主と御子が生きた証、歴史を繋ぐ事ができるのは彼等生者なのです」
「復讐はせぬ、と?」
 メルセトラーは顔をしかめた。どこかに同情に似たものを感じて、ハーリスも相手が何者になったか忘れそうになる。
 だが、前を向いた。
「私にした事はよいのです。主の庇護を失えばそうなると覚悟していました。また共に歩める時を私こそ切望していました。私は主と御子が生きた歴史を消さぬため、来世に繋がるアアルへの旅に送るために再び蘇ったのです」
 はっきりと意思を伝えたものの、マミーの王が心を動かされた様子はない。
 我知らず、左の胸に手を当てていた。音も振動も感じない。冷たい掌を握り、ハーリスはつくった拳を主だった者へと突きだした。
「クロノヴェーダとなられた以上、罪なき民の命までも奪い続ける事になりましょう。どうか刃をお納めください」
「いや、それはならぬ。ハーリスよ、アアルには渡らせんぞ。再び、蘇るため、この剛剣はお前を殺す」

 クロノス級が前に出てくるのにあわせて、ハーリスは戸口側へと後退した。
 背後の通路から丁度良く、足音が響いてくる。ディアボロスたちが、神殿の最奥に到着すると、残留効果を渡した。能力は、『飛翔』。
「ハーリス、ご無事ですか!?」
 ニーニ・ニニ(雪陽の子猫・g08923)は、高い天井すれすれまで上昇しながら、安否を気遣った。『打ち破る者』メルセトラーは、驚いた顔で見上げてきたが、対峙している相手にすぐ視線を戻す。
 その間に、仲間たちは次々とハーリスを飛び越えてくる。
 救出対象のいるところまで長い跳躍のようなもの。筧・勢理(パニッシュメントスタンド・g00706)は、その『王家の者たち』を見た。
(「正直、ハーリスさんに酷い事した人たちって聞いちゃったし、フツーにおこだし、いぢわるなキモチも出てきちゃうよ」)
 勢理の足は、クロノス級とトループス級の戦列を過ぎた。
「でも、当事者がどうしたいかが最優先だからねー」
 磨かれた床に着地する。
 マミー屑人兵は、鈍い動きながらも迫ってくる。
「ひ、ひいいッ!」
 じたばたするだけの、一般人。石斧で殴打してくるのを、ディアナ・レーヴェ(銀弾全弾雨霰・g05579)は、あえて受けた。
 傷を抑えもせず、緩く笑う。
「……ねえ。その目をきちんと開いて、周りを見て頂戴よ」
 ディアナの言葉に、おののきながらも耳を貸す老人。
「ハーリスが今、何してるか分かる? 将軍に立ち向かう形で構えてるのが見えるわね。あなた達に刃を向ける様な配置、してないでしょう?」
 指差した先につられて、頷く男性。
「じゃあ、私が何をしたか分かる? こうして文字通り、身を切ってあなた達を守ってみた訳だけど」
 石斧のダメージは、ディアボロスにとってはまだ軽いが、一般人には深手に思える。
「私? 『ハーリスとあなた達』の味方。……彼があなた達に望んでる事を教えましょうか」
 ディアナは、渡って来た全員と連携し、防衛ラインも構築する。
「彼と主と御子さん達が生きたその歴史を、生きて未来に継いで欲しいそうよ。ほら、逃げなさい!」
「この場は危険です! 命が惜しいのなら、さっさと走って逃げて下さいですよ!」
 ニーニは、『避難勧告』を使う。
「……もし、ほんの少しでも、悪いことをしたと思っているのならば。きみ達が奪ったハーリスの命の分まで、生きて下さい」
「生きて償え!」
 イケメン声を出す、勢理。
(「……ってやつかな。三十六計逃げるにしかず、だっけ」)
 そして、『友達催眠』を施す。
 王家の者たちは、へたり込んだ状態から、ようやく立ち上がった。
「安全なとこまでお届け、まかせておけまるよー」
「ほ、本当に、許して、助けてくれるのか。なぜ……?」
 彼らにとっては将軍よりも、直接手を下したハーリスの復讐のほうが恐ろしいらしい。
「どうして、って? ……だって、ほら。命は惜しい、でしょ?」
 もちろん、異論があるはずもない。
 ディアボロスたちは付き従い、トループス級の突破を試みる。

 脱出の先導は、モロク・アルデバラン(誇り高き砂暮らし・g01160)が務めた。
 神殿最奥からみて、飛翔してきたぶんを引き返さなければならない。トループス級『マミー屑人兵』がつくる群れのむこう、戸口付近にはクロノス級と対峙する者の影がちらついている。
「ハーリスよ、汝の信念しかと聞き届けたぞ。アレらの守護は吾輩らに任せよ。友の想いに準じ、尽力するのだ」
 一般人を連れてだから、帰りは飛べない。
 力任せな石斧攻撃に対して、『グラウィスキューマ』の濁流で押し流して進む。
「……貪欲なる湿原、濁りのうねり。飲み込め」
 魔力によって生み出した粘り気の強い泥塊だ。それが波状に放たれる。
 流れは、敵を退けて空いた神殿の床に、緩衝地帯としての『泥濘の地』をつくりだした。時間稼ぎが欲しいときだ。足止め程度でも、役にはたつ。
「吾輩らがいる。退路を防げると思うな」
 モロクが、考えていたより、効果は十分だった。『マミー屑人兵』は、動きが鈍い。さらに、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)が、防衛ラインを重ねてくれている。
「今までの戦いを通じて、わたしはハーリス様の忠誠と敬神の深さを目の当たりにしてきました……」
 あるときは砂漠で、またあるときは岩棚の多い荒れ地で。
「主君の姿をしたマミーに果敢に立ち向かっていくお姿も、心に焼き付いております」
 エイレーネは、『神護の長槍』と『神護の輝盾』をそれぞれ手にしている。槍は伸びて『スピアウォール』となり、盾は斧の殴打を受け止める。
「宿縁を断つ戦いに臨まれる今、力の全てをお貸ししましょう!」
 エイレーネは、具現化した槍衾で、マミーたちの胸を刺し貫いていった。このトループスにはその身体を動かす魔石がある。
 貫通撃が魔力源を砕き、防衛ラインの内側にかばった一般人たちには手出しできないようにした。
「人々を必ず守り抜きましょう。彼らを赦したハーリス様と、言葉を尽くした仲間の想いにかけて。わたしが立つ限り、誰一人としてこの先には通しません!」
「ああ。俺だって、彼らがやったことに思うところはあるが、それでも、だ」
 獅子堂・崇(破界拳・g06749)は、聞かれていないつもり。モロクを助けて、『泥濘の地』を重ねる。
 戦いの騒々しさのなかとはいえ、小さな声ではない。人々を背にして立っているので、ディアボロスたちの感情も伝わっているだろう。だが、戦いながら何かをぶつけるのもまた、パラドクスの原動力である。
「ハーリスさんはそれでも守ると決めたし、俺も人を守る為に戦っているつもりだ。それを違えるつもりはない」
 足の運びをさらに鈍らせたマミー兵に、力を込めた正拳突きを打ち込む。
「まだまだぁ! 『我流破界拳 無縫(ガリュウハカイケン・ムホウ)』!」
 練り上げられた闘気と念動力が破壊の衝撃波を生み出すのだ。
 トループスがまとめて吹き飛んだ。
「ここから後ろへは一歩も通さない。通りたければ俺たちを倒してからにすることだ」
 崇の気迫に、心を待たないクロノヴェーダでも怯んだ。力押しを続けても無駄な相手だ、くらいは理解できる。
 そして、王家の者たちは、ようやくディアボロスたちの真意を汲めるようになってきた。
「す、すまんかった。今こそ、本心から詫びたい。ハーリス殿……」
 逃げのびてからでいい、と誰かが励ますほどに。
 角と尾でマミーの身体を遠ざけながら、セリュカド・ネア(睡の錬金術師・g08767)は、安堵もしている。
 望みは、繋がりそうだから。
(「主に報いる。それがハーリスくんが、自分を殺した人達を護る理由なら……。セリュ達は、いつも優しいハーリスくんに報いる為、大好きなハーリスくんを殺した人達を……全力で護ると誓うよ」)
 屑人兵の様子が変わったことにも気がつき、仲間たちに合図を送る。
 敵が、赤い魔石を自爆させる危険が出てきたからだ。
 セリュカドは、『万能溶解液』を瞬時に精製するパラドクスを持っている。先手を取れれば、被害を抑えられるはずだ。
(「マミーに、壊死する筋線維があるか分からないけれどぉ」)
 神殿奥に飛び込んでから、ディアボロスたちは、つねに一般人を背負って戦ってきた。
 ここ一番で、自爆に耐えるべく、モロクと崇、ディアナは胆力を貯めている。ニーニと勢理は誘導する先を見極め、エイレーネは槍衾を強化した。
 はたして、マミー屑人兵は奇声をあげ、いっせいに突撃してくる。それが、『兆候』だ。
「『アルカヘストシャワー』だよぉ」
 投げつけた精製物。セリュカドはすぐに翼を広げ、溶解の巻き込みからも防御できるようにした。
 被膜のむこうで、『はじける』攻撃をはじく音。自爆するはずの肉塊が溶けていく。
「竜は誓いを違えないから」
 トループスが全滅し、ディアボロスたちはもう一度、クロノス級のそばを抜けることとなった。ハーリスが、敵を引き付けているので、通路にまで到達する。王家の者たちは、感謝の言葉を口々につげて、神殿の出口へと走っていった。
「友よ。二言はなかったか……」
 『打ち破る者』メルセトラーは、深く嘆息した。復讐の対象を、本気で逃がしたのだ。
 それに、仲間と称する来訪者ら。
 クロノス級は、いまいちど剛剣を構えなおした。

「分かってはいましたが、頑固なものです。やはり退いては下さいませんか。……お互い様ですが」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、背後を抜けていく人々の気配を感じながらも、まったく油断できなかった。
「あの者達は皆さんが守ってくださるでしょうが、主が追わないとも限りません。流れ弾一つでも死んでしまうでしょう」
 ディアボロスの仲間たちが説得し、屑人兵を倒して誘導してくるまで、こうしてクロノス級を押し留めてきた。ハーリスはふたたび、握った拳で祈りを捧げる。
「天空の神ホルスよ、お力添えを」
 翼を授かり、舞い上がった。
 神殿内ゆえ、それほど高度はとれないが、メルセトラーの注意を引き付ける事ができればいい。ホルスの剣を押し立てて、急降下からの一撃離脱を繰り返す。
「……ぬう!」
 剛剣で応じたクロノヴェーダは、しかしハーリスのシックルソードを捉え損なった。太刀筋に、残像を伴う速さが加わっていたからだ。
 それだけではない。
 当たればあらゆる物を両断するほどの一撃も、繰り出す機会を悟られているのだ。
「我は、ハーリスひとりを相手しているはず……。なぜだ、いくつもの力が重なっていくのを感じるのは」
 もはや、『打ち破る者』のほうにこそ、逃げた一般人へと割く猶予はなかった。
「主を、出入口から遠ざけましょう」
 避難を完了させた仲間たちが、戻ってくる。ハーリスはそう感じ、預かった残留効果を結集して打ちかかる。

 気配で判ったが、戸口から再びニーニ・ニニ(雪陽の子猫・g08923)が、入って来た。
「メルセトラー。大きくて、強そうで……でも、さっきの人達みたいな悪い人ではなさそうですね」
 続いて、一般人たちに付き添っていた、他のディアボロスたちが戻ってくる。エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も、敵を見て。
「気高きハーリス様が仕えた主君も、かつては偉大な統治者だったのでしょう」
 ニーニは頷いた。
「ハーリスの大切な人が、ハーリスの大切な歴史を踏み躙ることがあってはいけません。ここで、終わらせましょう!」
「縁を繋ぎこの場に至れたことに……。皆さん、ありがとう」
 ハーリス・アルアビド(褪せる事を知らない愛・g04026)は、深く感謝する。そして、改めて神殿奥の構造を把握するよう努めた。
 決着をつけるこの時まで、ディアボロスとして改竄歴史の戦地をまわってきたハーリスだが、ひとりで取り組むつもりはない。仲間と連携するのだ。『打ち破る者』メルセトラーは、復讐の機会を逃したことで、さらに力まかせな攻撃をしてきた。
 戦車を召喚して、磨かれた床を駆け、それを操りながらも剛弓剛剣を振るう。
「我が手によって、裏切った歴史を断ち切る!」
「主よ!」
 刃を受け止めたハーリスが、ずるずると押される。
 ディアナ・レーヴェ(銀弾全弾雨霰・g05579)は、改めて敵の威容を目に。
(「体格、風格、全てが『大物』だ」)
 と、息を呑む。
(「仲間であればさぞ頼もしかったでしょうに……全く!」)
 まず後方から、機関銃の弾をばらまいた。撹乱するのにも、火力が必要だ。
 神殿の柱の一本を穿ち、敵戦車の上から倒れてくるように仕向ける。剛剣から逃れたハーリスは、いったん床に着地して、間合いをとった。
 かわって、ディアボロスたちは、各自が放つパラドクスを集中させ、崩れた柱を境界のようにして、神殿のさらに奥へとクロノス級を追いこむようにする。
 ディアナは、『Rat(ラート)』で予測を立てて、包囲の音頭をとる。残った柱の土台部分に陣取り、探す。
 敵が晒す、一瞬の隙をだ。
「セリュカド! あなたの次の攻撃で狙えるわ!」
 大きく頷く、ドラゴニアン。セリュカド・ネア(睡の錬金術師・g08767)は、身体に魔力を纏っていく。
「メルセトラー様、ハーリスくんの主で……友で……。どれだけ強くて、優しい人だったか……セリュも何度か聞いていて……。だからこそ、絶対止めなきゃ……だよねぇ」
 力有る言葉に魔力が満ち、頑丈な角を立てて突進した。
 戦車と正面からぶつかる形になる。ディアナが予測したタイミングだ。頭突きを見舞って、車上のクロノヴェーダをぐらつかせた。
「ぬ……うむ……!」
 マミーの将軍は、綱を引き絞って立て直す。
 セリュカドといえば、衝撃で床に打ち倒される。
「……諦めないよぉ」
 すぐさま、起き上がった。獅子堂・崇(破界拳・g06749)も、戦車の前へと出る。
(「ハーリスさんの主か。話を聞く限り、立派な人だったんだろう。なにか一つ状況が違えば、仲間として共に戦えたのかもしれないな」)
 大きく息を吐いて、余計な考えを捨てる。雑念を抱いたまま勝てる相手ではない。
「俺は獅子堂という。ハーリスさんの友だ。悪いが加勢させてもらうぞ」
 崇は、逃げも隠れもしない。皆が援護しやすいように、なによりハーリスを援護するために真っ向勝負を仕掛ける。
「これは避けられないぜ! 『我流破界拳・驚天(ガリュウハカイケン・キョウテン)』!」
 上段回し蹴りだ。
 破壊された世界を取り戻す拳法と、不幸をもたらした歴史を轢き潰す戦車。
 果たして、旋風を巻き起こすほどの脚力が、冥界の軍馬に打ち勝った。しかし、メルセトラーも回避しない。一頭を失っても、車輪はディアボロスを踏み越えていく。
「崇、傷は深からずか?」
 モロク・アルデバラン(誇り高き砂暮らし・g01160)が、案じて声をかけるものの、視線は戦車を追ったままにした。
「ぐふっ、これしき、望むところだぜ」
「改めて此の風格を感じれば、強いとわかる。一瞬たりとも気を抜けぬぞ」
 おう、と返事の気合を聞いて、仲間の無事を確信し、モロクは『レーヌ・デ・ジーヴル』で畳みかけにいった。馬を新たに召喚されぬうちに。
「深淵に揺らぐ女王の瞳。大地を眠りに誘う昏き慈愛……」
 浮遊する氷の球体を生成する。反転してきた戦車にぶつけると、ついに片側の車輪も壊れて横転しかかった。メルセトラーは滑りながら、乗車台をモロクにぶつけてくる。
 危ういところだったが、モロクの肉体には、ここまでに重ねてきた残留効果があり、ダメージは軽減される。
 乗り物を失ったクロノス級に対して、筧・勢理(パニッシュメントスタンド・g00706)が包囲の声掛けをしてくる。
 倒れた柱の上辺りを飛翔でうろちょろしながら、援護の射撃を続けていた。
(「ハーリスさんの戦い、ってやつだもんね。邪魔したくないけど応援はするし、ピンチになったら手も出すよ。……手ってよか、ビームだけど?」)
 『眼鏡の効果と考察(メガネイズパワー)』だ。
 レンズが輝き、テンションアゲアゲなビームが出る。体躯に焼け焦げた跡をつけながら、『打ち破る者』メルセトラーは剛弓の連射で反撃してきた。
「望まぬも歴史を薙ぎ払う!」
 受ければ体を粉砕するほどの強力な矢の弾幕だ。
「わー! 眼鏡、眼鏡ぇ!!」
 勢理は、この矢を飛び回って避けるが、勢い余ってビーム用の眼鏡を、顔からふっとばしてしまう。ニーニも回避に努め、ハーリスが指示してくれた彫像の影へと飛び込み、遮蔽をとった。
「ひとりじゃ、怖くて戦えませんが。皆がいるから大丈夫です!」
 ニーニは『アイシクルシュート』で氷の塊をつくった。
 彫像へは、もう矢は射られないのをみて、凍てつくほどの冷たい水流に乗せて氷塊を放ち、弓を持つ手にぶつける。
「ぬ、うおお……」
 負傷箇所を押さえるクロノス級を前に、少しだけ振り返った。
「……ハーリス。お別れは、大丈夫ですか? 大切な人をお送りするのですから、たくさん伝えたいことが、あると思います。どうか、ハーリスが後悔の無いように決着をつけてください」
 エイレーネが、彫像よりも前に出て飛ぶ。
「メルセトラー様……。善き王の名残をマミーの暴君に穢させる訳には参りません。謹んで、あなたを冥府に送るお手伝いをさせていただきます」
 『神護の輝盾』をかざしたまま、接近した。
「護るべきものがある限り敗けません!」
 クロノス級は、凍った腕を伸ばして冥府への門を開くと、次の馬を召喚してきた。
 戦車に繋がれず、直接おそってきた獣をしのいだエイレーネは、『悪鬼制する戒めの鎖(デズマ・カタストリス)』を発動する。まずこの軍馬が、光り輝く黄金の鎖に絡めとられた。
「ぐうう、我を封じると申すか」
 召喚存在との連絡により、メルセトラー自身も鎖の束縛を受けている。
 エイレーネは、厚い胸板にむかって『神護の長槍』を突き立てた。
「ハーリス様、今こそ本懐を!」
「主よ、決着をつけましょう」
 生前では従者であり友であり、そして家族でさえあった男は、叫んだ。
「軍神セベクよ、お力添えを。我が主、我が友を救うためその牙をお貸し下さい」
 ふたたび、飛翔の効果も用いて天井付近から攻めるハーリス。胸の装飾に、凍った手をやったままのメルセトラーは、顔を上に向けた。さすがのクロノス級も、出遅れたようだ。逆の手で剛剣を振りかぶったときには、鰐の如きセベク神の牙が刀身にがっちりと嚙みついた。
「この体が、続く限り……!」
 牙の力はマミーを上回る。剣は折れ、腕から順に引き裂かれていく。
「ハーリスよ……。リターナーとなったことを喜んだが、このような最期を迎えるなら、奪っておけばよかった……ぞ……」
 クロノス級マミー、『打ち破る者』メルセトラーの巨躯は、音もなく崩れ去った。
 その灰が落ちた床からはツヤが消え、ひびがはしる。
 壁の薄浮彫の顔料が、見る間にくすんだ。
 神殿の倒壊にも思えるが、この小世界そのものが崩れているのだ。悠久の時にのまれて風化していくかのように。
 ハーリスは、言葉を失っている。
 駆け寄る仲間のなかで、勢理が最初に声をかけた。
「ハーリスさん無事? どっか痛くしてない? ケガとか……キモチとか」
 そして、セリュカドも心配げに見上げてくる。
「そのぉ……きっとまた、来世で一緒に歩めるよぉ。皆で守った、人の生きた歴史は……必ず未来に繋がるからぁ……」
 一方で、モロクも立ち尽くしていた。
(「声をかけようも吾輩には言葉が見つからぬ」)
 崇も黙っていたが、メルセトラーがいた場所に一礼した。信じているからこそ、あえて声はかけないつもりのようだった。別れをし、本懐をとげたのだと、ニーニとエイレーネも見届けている。
 やがて、ハーリスが笑った。
「後悔はもうありません。主とは、繋がれた歴史の何処かで再び見えましょう。……皆さんに感謝します」
「……そっか。納得してるんならよかった」
 勢理が、ホッとした顔になるのと同時に、ようやくモロクは動いて、肩にポンと手を置いた。
「帰ろう、ハーリス」
 世界の崩壊が本格化してきた。迎えの列車が近づく音も聞こえる。
 ディアナも笑顔をみせた。
「……ね。いつかまた、聞かせてくれないかしら。共に歴史を生きていた頃の、あなたと主さんのお話!」
「……ええ、また主の話を聞いて下さい」
 リターナーは左胸に手をあてる。
 交わした誓い。民を守ることを果たしていく。その手に、久しく意識されなかった鼓動を感じている。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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