大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『合同結婚式のたくらみ』

合同結婚式のたくらみ(作者 大丁)

 ジェネラル級蟲将『法正』は、大灯台の居住区で実験結果を聞いていた。
「母体に息はあるのか?」
 石造りの部屋のなかで、ウェアキャットが忙しそうに行き来する。指示を出すのは、医者の装束を身につけた蟲将で、彼らの会話のほかに、赤子の産声が響く。
 法正と会話をしているのも、医者の蟲将である。
「重体で意識はありませんが、息はあります。成功です」
 節くれた手が、記録をめくった。
「生まれた亜人の生育が悪いので、経過の観察は必要かと思います。また、死ななかった母体を何回再利用できるか等、課題も残っておりますが……。さすがは法正様の策でございます」
「フン、その程度は試行回数でどうとでもなる。計画通りに進めるぞ」

 新宿駅グランドターミナルに、『蹂躙戦記イスカンダル』行きの列車が到着した。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は車内で案内をすすめる。
「インドに向けて移動中だった巨大砂上船ミウ・ウルが、史実のアケメネス朝ペルシャの首都でもあった『スサ』に到着しております。蟲将『法正』の指示で行われる『合同結婚式』を阻止していただきますわ」
 依頼で示された集落には、一般人の女性を閉じ込めた家屋がある。
 集落の亜人は、この連れて来られた一般人女性の花婿を決める、選抜大会を開く。
「花嫁の脱出準備を整えたうえで、選抜大会に乱入してトループス級を撃破、最後に法正配下の亜人を撃破すると、依頼は完了です」
 救出した女性たちは、ミウ・ウルで保護できる。

 人形遣いにあやつられたぬいぐるみたちが、現場の配置図を掲出した。
「選抜大会は、トループス級『アンティゴノス・テュポーン』によるバトルロイヤルです。この部族は、知性が低い状態から、急激な進化を起こすことがあり、会話能力と独自の武器を生み出します。バトルに生き残れるほどの進化を、アヴァタール級亜人『魔女メーデイア』は期待しているのですわ」
 今回のアヴァタール級は、自身でトループス級の吟味をするために、大会に出席している。
 会場は集落の中央広場であり、日が暮れてから、かがり火に囲まれた闘技場で行われる。一般人女性が閉じ込められている住居は、闘技場の脇だ。
「救出の手助けは、建物に忍び込めさえすれば、それほど難しくありません。夜の闇を利用できればなお良いでしょう。バトルへの乱入と並行して行ってもいいですわ。『アンティゴノス・テュポーン』と戦うだけでなく、大天使・アークデーモンの活動について話しかけることもできます。知性進化をおこしたばかりの亜人は、積極的に話そうとし、会場の混乱が、救出班から注意をそむけさせる助けにもなりましょう」

 資料を預けて、ファビエヌはプラットホームに降り立った。
「法正は、スサにある大灯台を拠点にしているようですわ。合同結婚式を阻止した後は、スサの大灯台の攻略に入れるかもしれません。イイコトになるようお祈りしております」

「法正様が、あなたたちにお嫁さんを用意してくれたわ」
 脚部が数匹の蛇となった亜人が、スサ近郊の亜人の集落にやってきた。法正配下のアヴァタール級であり、女性型なことも珍しい。
 紹介された10人ほどの一般人女性には、虫の触覚が生え、手足を甲殻が覆っている。インセクティアに似た容姿だ。
「この嫁は、赤子を産んでも死ぬ事無く、再び赤子を産めるようになるのよ、ステキでしょう?」
 花婿の座をかけてバトルロイヤルを開催し、『合同結婚式』を執り行う。
 アヴァタール級はそう宣言した。
「我と思う者は、日没までに広場に集まって。あなたたちが、個性的な武器を持つように進化することも承知してるわよ。わたしはそれも楽しみにしているの。どんな亜人が生まれてくるのか、興味深いわ!」
 手にした薬瓶をカチャカチャと鳴らす。
 嬉しそうな表情といい、実験のたぐいが好きなようだ。
 集落のトループス級たちは、湧いた。
「うおおおおーん!」
 まだ、ちゃんとした言葉にならず、吠えただけかもしれない。

 花婿選抜のバトルロイヤルは、始まる前から大いに盛り上がっているようだ。
 出場の資格は、一定レベルの知性化である。
 ゆえに、出られない亜人は程度が低く、野次や声援はとても騒がしい。建物の裏手にまわったディアボロスたちにとっては好都合である。エレイア・カラー(ウェアキャットのジン契約者・g10646)は、花嫁候補たちが囚われているほうの建物を覗き見た。
「むむむ、あんな所に閉じ込められてたら元気でないよね。こっそり忍び込んで元気だしてもらおう」
「法正は亜人の愚かさを補う極めて危険な存在です。ようやく居所が掴めましたが……攻略に手間取れば、ディオゲネスなどの亜人の将が救援に来るかもしれません。迅速に事を運ぶといたしましょう」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)もウェアキャットだ。
 すでに日は暮れて、闇に紛れることができる。
 加えて、黒い外套を纏うようにした。
 エレイアは、偵察として猫変身を使う。さいわい、途中で兵士などと出くわさずに済んだ。猫の前足を器用にふって、ハンドサインを送り、後続の仲間を呼び寄せる。
 建物内も、それほど厳重な警備はされていなかった。
 その理由は、実際に捕らわれている女性たちに会うことで判明する。
「しー。怪我してる人とかいない? お腹すいてない?」
 エレイアは、疲れてても食べやすい甘いドライフルーツや、飲み物を差し入れる。エイレーネが危惧したほど、ざわめきも起こらなかった。
 囚われて改造された一般人女性はみな、打ちひしがれている。
 亜人や蟲将から逃げ出そうなどと考えられないのだ。
「皆様、どうかお逃げ下さい。亜人どもはわたし達が相手をしますから、夜が明けぬうちにかがり火がない闇の中へ向かうのです」
「元気だして。絶対逃げられるから」
 ふたりの異種族、エイレーネとエレイアは小声で説得を続ける。
「わたしはウェアキャットですが人間と共に戦ってきました。故に、人ならざる体を持つ苦悩はよくわかります。しかし……それでも、生きてきたことを後悔はしておりません。生に絶望すれば亜人に負けたも同然……勝利のため、この手を取って頂けないでしょうか?」
「私だけじゃなくて、協力してくれる人もいっぱいいるからさ、大丈夫!」
 10人のなかには心を動かされる者も出てきて、亜人からかくまってもらえるなら、と全員が脱出を承諾してくれた。
「よし、みんな動ける?」
 エレイアは体調を気遣い、医療の知識はないまでも、包帯などを持参して、怪我人の手当てを申し出る。そこは、インセクティアもどきの実験体だけあって、10人ともが健康であり、改造以外はまだ手荒な扱いは受けていないようだ。
 ただし、全員で建物から出れば、さすがに発見されてしまう。
 ディアボロスたちは、バトルロイヤルへの乱入、妨害を行って騒ぎを起こす、と段取りを言い含めた。
 建物内の経路も覚えさせ、作戦をすすめるためにその場を出ていく。
「あの……」
 花嫁のひとりがベールごしに、触覚のついた顔で呼び止めた。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「うん。あとでね!」
「生きましょう。必ず」

 有象無象の集まり。
 亜人とは人型の怪物のことと言われても、トループス級『アンティゴノス・テュポーン』は、その概念からは遠い存在に思える。
 ずんぐりとした頭部が、上半身に複数個生えているのだ。本来の首の位置からずれていたり、肩や背中からであったり。
 目や耳、鼻に当たる器官はあるのか、ないのか。
 ただ、人とも獣ともつかない叫びをあげる口は大きくて、頭部の数と同じく、複数だ。口内に並ぶ牙は鋭い。
 夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、フードのかぶりを深くして、顔の下半分を覆う黒豹の仮面に触れた。暗い色の外套で闇にまぎれ、奴らの様子を観察してきたが、観客側の個体ではどうにも意思の疎通をとれそうにない。
「となれば、大会出場側だな。乱入してでも接触せねば……」
 衛兵のような役割のものでさえ、バトルロイヤル開始に興奮し、中央の広場にばかり注意を向けている。
 そのせいで彼らに見つからずに済んでいるのは幸いだ。
 おそらく、一般人女性の脱出準備をしにいった仲間も、順調にことを進めていると思える。実際、すぐに合流できた。
「エイレーネ殿、首尾はいかがか?」
 仮面に口元が隠れているものの、錬晏が信頼を寄せているのは明らかだ。エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、静かに頷いてみせる。続いて、情報を得るためには出場側のトループス級からになると、確認しあった。
「うおおおおーん!」
 いっそう大きな歓声らしきものがあがった。
 選手たちが入場してくる。どこか背筋が伸びていて、ちゃんと整列していた。
「雑兵相手ではあまり見込みは無いかもしれませんが……」
 会場を眺めながらエイレーネは、小声でもらす。
「これまでの依頼で集めた情報を踏まえると、亜人とエゼキエル勢の相性の悪さは確実と見てよさそうです。アヴァタール級とトループス級に関して言えば、亜人が面倒に思う仕事を押し付けられる以上の役割はないでしょう。そうなると、知りたいのは『ジェネラル級が漂着してきているか』。……話して反応を見てみましょう」
 ディアボロスたちは頷き、一足飛びに広場の真ん中へと出た。
「ふむ……あなたは亜人としてはかなり賢い部類のようですね」
 エイレーネは、目星をつけた一体に切りだす。
 はたして、相手は吠えもせず、人語で返してきた。
「ウェアキャットよ、我は話すことができる。つい、さっきから。だから、選手に選ばれた。この戦いに勝って、さらに選ばれるつもりだ。その戦う前の我に、なんの用だ」
 尊大そうでいて、少し心もとない感じはする。錬晏も、別の個体に話しかけていた。
先の大戦で敗北した種族が、この世界に紛れこんでるらしい。そいつらは蟲とは違う翼があって、人間を蹂躙することもなく、『人間を生かす』そうだ。そんな変わったやつら、見たことないか?」
 わざと大天使やアークデーモンを小馬鹿にしたような口ぶりをした。相手の饒舌を誘えればいい。
「はっはっはっ!」
 笑う、アンティゴノス・テュポーン
「『人間を生かす』、だってぇ? 俺はしゃべれるようになったのは最近のことだが、ここいらの様子はこの目でしっかり見てきた。お前たちのような召使いでもなければ、生かす理由なんかねぇ。そんな種族は見てねぇな!」
 こっちは、乱暴者タイプか。
 どこの『目』で見たかは定かでないが、真ん中の首が喋る内容に、わざわざウソが混じっている印象は受けなかった。
 エイレーネは、観客側をちらと眺める。
 騒いでいるのは変わらない。この大会じたいが初めての経験だ。段取りなどないから、ウェアキャットだか人間だかが現れて、選手になにか世話を焼いていたとしても、その意味はわからないのだろう。
「周りの仲間を見ていると、あまりにも愚かだと感じませんか? きっと、策謀を語り合う戦友にも信用に値する指導者にもならないでしょう」
 本心も含めたエイレーネの言葉を、テュポーンは首を上下させながら聞いている。
「それこそ法正のように賢い者がもっと仲間にいれば、もっと満足いく会話が楽しめるはずですよね」
「確かに」
 肩についたほうの口が喋りだす。
「我はもっと賢くなりたい。我の部族は、知性が戦力に変わるのだ。もっと話して、賢く、強くなりたい」
 エイレーネは、より具体的な言葉を使った。
「そう言えば……。『大天使』や『アークデーモン』と呼ばれる者たちが、このディヴィジョンに来ているとか。彼らの中には、亜人に引けを取らぬ武力と高い知性を兼ね備えるジェネラル級も少なからず存在するようです。一度顔を合わせてみてはいかがでしょう?」
「会いたい。そんな方がいるのなら。だが、我は聞いたことがない。大天使もアークデーモンも。ましてやジェネラル級のそんな種族も」
 期待したような情報ではなかった。
 けれども、この地域においては、エゼキエル勢の有力者が権力を持っているということはない、という現れなのかもしれない。
 尊大くんも、乱暴者も、戦いに集中しはじめた。
 エイレーネにも、錬晏にも、同様なことを言う。すなわち、バトルロイヤルで生き残り、花嫁をめとって亜人たちの父となれば、もっと広く知見を得られる。
 その時には、めずらしい種族の話も耳にするだろう、と。
「ちょっと! 選手に混じっているのは、ディアボロスじゃない?!」
 女性型の亜人が叫ぶ。
 場が、混乱してきた。

「(潮時か……)」
 夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、仲間に目配せする。
「エイレーネ殿の言う通り、大天使・アークデーモン亜人との相性は最悪で、少なくともスサでは、エゼキエル勢の活動はないものと見える。そこまでが分かれば、今回は十分だろう」
 ディアボロスたちは頷きあい、素早く戦闘準備を整える。
 女性型亜人の言葉を、バトルロイヤルの選手たちの一部が開始の合図と勘違いしていた。トループス同志で攻撃しあうなか、衛兵は乱入者を捕えようと広場の戦闘エリアへと入ってくる。すると今度は、参加資格の無かった観客が、飛び入りの解禁だと、これも勘違いしてなだれ込んできた。
 もはや、誰が何をしているのかわからない、『アンティゴノス・テュポーン』たち。
 大混乱に乗じ、錬晏は弾かれたようにダッシュする。
 身をかがめた姿勢で、群れの中心部に突入した。外套は勢いよく脱ぎ捨てられ、愛刀である黒龍偃月刀の柄が、地面を強く叩く。
「復讐者・錬晏。この大会の勝者となり、花嫁はもらい受ける!」
 柄の先から、衝撃波が走った。
 噛みつきあっていたテュポーンが、吹き飛ばされる。
「『ΕΞΕΛΙΞΗ』……!」
 立った姿勢を維持した一体がいた。
 急激な自己進化とやらを起こしたのか。両腕の肘から先が刃物だ。
「私も、花嫁をもらうぞ!」
 正確な発音で喋り、手近な同族の、首をはねてしまう。
 頭を失ったテュポーンは動かなくなるが、遺骸を押しのけて立ち上がった個体には、小さな翼がいくつも生えている。
「ミーこそが、お婿さんにふさわしいデース!」
 次々と進化体が現れ、アヴァタール級は『研究のとおり』と歓声を上げているようだ。すると、ウェアキャットのひとりが、そうしたテュポーンたちの前へと回り込む。
「クロノヴェーダの皆様、ごきげんよう。ミィのこと、お見知りおきくださいましね」
 ミィミ・ミィ(里親募集中・g09552)だった。
「ユーは花嫁ではないデスネ?」
「蟲の力で改造された女じゃないな。猫の召使いはあっちへ……」
 翼と刃物が困惑しているところへ、ミィミは爪をたてて飛び掛かった。
「子猫だからと侮る勿れ、お覚悟なさいませ!」
 『Fight like Kilkenny cats(キルケニーノネコ)』は、爪を刃のごとき切れ味にする技。猫のように引っ掻き、猫のように逃げる。黒い怪物たちのあいだを跳ね、翻弄する。
「命あっての物種、これがミィの戦い方ですわ」
 むしろ、野性味を感じる。
「ミーが、ミィに負けタ……」
 半端な知性化体は、切り殺された。
 客席から押し寄せてきたよりも、テュポーンの数が増えている。恐らく増殖、あるいは分裂か。
「うおおおーん!」
 言葉は不自由でも、勝者への報酬は理解している。
 怪物たちのあげる咆哮を押し返すような、怨嗟の叫びがこだました。
リア充は死ねぇぇぇぇぇい!!!!!」
 桐生・巧(リア充スレイヤー・g04803)だ。魔改造エアガンを連射する。
合同結婚式だとぉぉお! 赦せるものかぁぁあ!」
 増殖するさきから、弾丸が殲滅する。
「結婚相手を得られる機会があるだけでもぉぉ、リア充認定ぃぃぃ!」
 やがて、呪詛の気持ちが高エネルギーに変換され、衝撃波となってトループスを襲うのだった。巧のパラドクス、『リア充退散インパクト』だ。
 乱入してきた者たちはもちろん、衛兵たちも打ち倒される。
 エアガンの乱射は続く。
 敵認定に屁理屈をこねがちな巧だが、スサでのこの催しには一切の迷いがなかった。退散インパクトの威力も高い。
 戦闘が進むと、これはバトルロイヤルではなくて、敵の襲撃であるとトループスたちも理解した。
 残っているのは、やはり知性化の進んだ花婿候補たち。
 慣れない言語を操っていたが、咆哮で連携を図りだす。
「いくら話せるようになったといっても、闘いの場となれば、獣に戻る、か。声がでかいだけで、俺の矛先が鈍ると思うなよ!」
 錬晏は、偃月刀を構え直す。
(「奴らの連携に音を使っているのであれば、その規則性を読み取れないか」)
 もし、会場に登場したときのように、軍隊としての行動をとってこられたら、もっと苦戦したかもしれない。烏合の衆では、連携も単純で、錬晏にも見破ることができた。
「咆えろ!」
 闘気をこめて、『黒龍の咆哮』を振るう。
 トループス級亜人『アンティゴノス・テュポーン』の隊列は崩れ、散り散りになって滅びる。
「ああ……あああ……! 理論は完ぺき、実験は上手くいきそうだったのに!」
 嘆く、女性型の亜人
 アヴァタール級『魔女メーデイア』は、短剣と薬瓶を握りしめた。ドレスの裾から複数の蛇が、鎌首をもたげる。

 薬瓶の中身が、辺りに振りかけられた。
「『王女のための呪い火』よ、いまいましいディアボロスらを焼き尽くせ!」
 魔女メーデイアは、バトルロイヤル会場の一段高くなったところにいる。薬品のほとんどは、倒された『アンティゴノス・テュポーン』の死骸にかかり、それらを燃え上がらせた。
 攻撃よりも、敵を寄せ付けない壁として、炎を利用するつもりらしい。
 トループス戦に参加していなかった宇都宮・行(一般的な地方公務員・g03895)は、主催者席の裏側で小型拳銃『鬼怒』を抜く。
(「一般人たちは、建物から脱出できたようです。彼女たちが集落を離れて安全な場所に至るまで、まだあと少し……」)
 亜人たちの注意をひくため、アヴァタール級へと挑みかかった。
「行さん、加勢するわね」
 緋室・エマ(スカーレットガード・g03191)だ。
 元ボディーガードにして、素手格闘に秀でたバウンサー。クロノヴェーダから人々を護るためなら、どんな労力も惜しまない。時間稼ぎをしつつも、花嫁奪還の意図を隠した。
 背後をとられ、魔女メーデイアはますます不機嫌になる。
「ちょこまかと! 『ヒュプノスの竜眠術』でおとなしくしていて!」
 眠気を起こす魔術だ。蹴りを放ったバウンサーの、軸足がふらついた。行が拳銃の照準を合わせる。
「エマさま、姿勢を低くしてください。……射撃強化『与一(ヨイチ)』!」
 集中力を増すことで、味方の後ろから放った銃弾を、敵にだけ命中させた。
「くッ、うう、……薬瓶が!」
 亜人の上半身に火花が散り、黒いドレスにも穴があく。左手をかすめた一発が、薬液を飛び散らせた。魔女メーデイアは短剣をかざして引き気味になっている。
 しかし、まるでアヴァタール級の意思から独立しているかのように、裾からでている蛇たちが、エマを締めつけようと巻き付き始めた。
「使えるものは、なんだって使うわよ!」
 エマは、燃えさしになっていたテュポーンの首を差し出す。大蛇は誤って、目鼻のない頭部に絡みついてしまう。すかさず、『クイックアサルト』で異空間に繋がる穴からバールのようなものを取りだすと、魔女の下半身に打ちつけた。
「痛いっ、痛いじゃないの! ……実験に乱入するし、不意打ちに隠し武器、あなたたちひどい!」
素手で戦うとは言ってないからね。蛇とはちゃんと、繋がっているみたいね、メーデイア!」

 合同結婚の式場になるはずだった広場は、赤々と燃えていた。
 アヴァタール級亜人『魔女メーデイア』によって試されたトループス級が、処分とばかりに炎の薬液を浴びたからである。
「侵略者どもで実験、か」
 自分が切り伏せた『テュポーン』の亡骸を横目に、夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は魔女へ視線を向ける。
 火の囲いのむこうへと。
「人を人と思わぬ『法正』の所業もだが、お前も大概だな」
 朱殷の闘気が偃月刀の刃に纏わりつき龍頭を模した。錬晏は、『エアライド』を使って、燃える亡骸を一気に飛び越す。続く、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、『神護の長槍』と『神護の輝盾』を抱え、短時間の『飛翔』を行う。
「真正面から戦えば脚の蛇に邪魔されることになりそうですね。異なる角度から攻めてゆきましょう」
 敵の頭上をとった。
 偃月刀が、袈裟懸けに振り下ろされたところだ。
 接近戦を挑んでいたディアボロスたちは、蛇足から逃れて散開した。アヴァタール級は短剣をふるい、錬晏も下がらせると、その刃に何か細工をする。
「研究成果のひとつ、『プロメーテイオンの短剣』よ。盾だろうと鎧だろうと貫き通すわ。魔女メーデイアの術を味わいなさい!」
 見れば、切っ先をうけた錬晏の大籠手に、深い裂け目ができている。
「動かぬ右腕に痛覚はない」
 リターナーの戦意は、剣が肉に達したところで落ちはしないようだ。しかし、あの切れ味は。
「神話に語られる、力もたらす薬を塗りつけた剣。それを模倣する魔女……」
 エイレーネは警戒し、輝盾を身に引き寄せたが、ふと心に浮かぶものがある。
 知らず、クロノヴェーダに思いをぶつけていた。
亜人どもを許さず、人々のために尽力する、一人の魔女をわたしはよく知っています。彼女は魔術の女神ヘカテー様に仕え、その系譜に連なる神代の魔女への敬意を絶やさぬお方です。彼女と共に戦ってきたからこそ、あなたが伝説の魔女の名を騙り、冒涜しているのが許せません!」
 気迫に、メーデイアは顔を上げる。
 ひとりのファランクスランサーが、超加速を乗せた槍を突きたて真っすぐに降りてくる。
「どんな盾だって効かないって言ったでしょ!」
 薬液にまみれた短剣を差し向ける。
 神護の輝盾は横に振るわれ、短剣を弾いて狙いを逸らした。
「『舞い降りる天空の流星(ペフトンタス・メテオーロス)』!」
 神護の長槍が、亜人の身体を深々と穿ち、勢いあまって地面にたたきつける。
「エイレーネ殿……」
 錬晏は彼女の言葉を聞き、因縁浅からぬと察する。闘気の色彩が消え、黒い靄が湧きだすと、佩楯と胸当てを形成した。
 ネメシス化だ。
 生前の戦装束に近づくことで一層戦意を高めていく。
「『鋭鋒噛砕(エイホウゴウサイ)』、我が刃は牙の如く――!」
 霞は『踢腿飛針』、履物に仕込まれた暗器にも宿った。今度は、錬晏の両足が龍頭を模した形状に変化する。倒れたアヴァタール級の下半身、すなわち蛇の頭へと、龍が襲い掛って噛み砕く。
「痛い、痛い痛いッ」
 魔女メーデイアは、その場に縫い付けられたようになり、逃れることはかなわない。ドレスの腹には、長槍が突き立ったままだ。
「――覚悟なさい!」
 柄を持つ手が燃え上がった。エイレーネは破壊の熱を送り込む。
「ああああ! わたしが、こんなところでぇ!」
 一般人女性を改造し、テュポーンの集落で合同結婚式を行なおうとした目論見は、潰えた。アヴァタール級の身体も、炎のなかに朽ちる。
 花嫁にされそうになった10人が、無事にミウ・ウルに保護されたのを見届け、ディアボロスたちは帰途に就く。
 錬晏が、蟲将の名を口にした。
「あとは『法正』を――……」
「ええ、これだけ計画を妨害してやれば、スサでの戦いは新たな局面を迎えることでしょう。……異邦の将なれど、その悪辣さは亜人と同等です。蛮行の報いは受けさせます」
 エイレーネはかのジェネラル級にも感情を抱いている。錬晏は深く頷く。
「必ず尻尾を捕まえて、討ち取ってやる」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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