大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『強欲な将軍と盗賊と山賊』

強欲な将軍と盗賊と山賊(作者 大丁)

 亜人の衛兵たちは、辛抱強く整列していた。
「『七曜の戦』で、カナンの地とエルサレムが失われた。バビロンとの連絡も潰えている。更に、このアンティオキアまで、ディアボロスの手が迫ってきているという状況では……」
 『勝利王セレウコス』の独り言だけが、部屋に響く。
プトレマイオスが敗れたのも、必定であったか。いまは、迂闊に動く事は出来ぬ。アンティオキアの護りを固め、周囲の情報を集めねばなるまい」
 ジェネラル級は、そうとう焦れた様子だ。配下の列のあいだを行き来する。
「大王様はインドから動けぬとしても、ダレイオスか、アンティゴノスが、必ず救援にやってくるはずだ」

 新宿駅グランドターミナルでは、『蹂躙戦記イスカンダル』行きのパラドクストレインが出現していた。
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は案内の準備を済ませて車内にいる。
「『七曜の戦』を乗り越え、最終人類史に多くの大地を奪還する事に成功しましたわ」
 大きな勝利に、目を細める。
「ですが、わたくしたちディアボロスの戦いは、まだ終わりではございません。再び、ディヴィジョンに分割された世界で、虐げられる一般人を救い、大地を強奪したクロノヴェーダに復讐を果たしてまいりましょう」
 両手を胸の前で合わせてそう言うと、開いた十指には人形繰の糸が結わえられている。
 ぬいぐるみたちが、地図や資料を持ちだし、大きく変化した勢力を示した。
 これからは、『七曜の戦』後の状況に合わせた、作戦を展開していく事になるのだ。眺める依頼参加者たちは、表情を引き締めた。
「バビロンを奪還した事で、蹂躙戦記イスカンダルは大きく混乱しているようですわ。皆様には、史実のセレウコス朝の首都であった『アンティオキア』の包囲に加わっていただきます」
 ファビエヌに操られたぬいぐるみが、図の上で動き回る。
「勝利王セレウコスは、混乱する情勢を見極める為にと『アンティオキア』から動かずに防御を固めているようですわ。それを逆手に取り、アンティオキア周辺を封鎖して、敵を孤立させる作戦となります。更に、アンティオキアを護る亜人を挑発して各個撃破する事ができれば、戦力の低下したアンティオキアの攻略も可能になるかもしれません」

 作戦は、ふたつの段階に分かれていた。
「まず、アンティオキアに出入りしようとする亜人の部隊を見つけ出して撃破を行ってください。敵に正しい情報を掴ませない事が、最も重要ですわ。予知では、『黒山賊蟻兵』のトループスが城壁を目指して近づいてくるようです。種族は『蟲将』となっていますが、強欲ゆえにイスカンダル勢に雇われました。亜人と呼んで差し支えありません」
 城塞からまだ見えない、手前の荒れ地を通過しているところを発見して撃破する必要がある。
 次に、ディアボロスが代わりに城壁に近づくことになる。
「アンティオキアを護る亜人に対して挑発を行なってください。勝利王セレウコスは、情報が集まるまで護りを固めるように指示を出しているようで、頭が弱く粗暴な亜人たちは、この命令に不満を持っています。さらに、名前にまで強欲とつく、『強欲将軍』ペイトンが城壁を守っていますので、指揮官の性格をうまく利用すれば、敵を釣り出せましょう」
 挑発に成功すれば、やはり強欲なトループス級亜人、『ゴブリン盗賊団』を護衛にともなって、壁の開口部から飛び降りてくる。
 これらを撃破し、敵の戦力を削れば、依頼は完了だ。

「もちろん、『強欲将軍』はジェネラル級ではありません。アヴァタール級の亜人ですわ」
 ファビエヌは、ホームに降りるまえに付け加えた。
「ですが、アンティオキアの戦いでイイコトが起これば、ジェネラル級『勝利王セレウコス』を討つチャンスも得られるかもしれませんわ」

 城壁内の物見の穴から、亜人は首を出し入れしていた。
 人型の身体に頭が蛇なのである。
 焦れているのはセレウコスと動揺だったが、当のジェネラル級から城塞都市防衛の命令が下り、ふてくされた様子だ。
 伝令役の衛兵とは顔を合わさず、城外を眺めている。
 衛兵は、指示の念押しをしてきた。
「……と、いうわけで、ペイトン様。情勢がはっきりするまでは、蹂躙はお控えください」
「何度も言わなくたって、将軍はわかってらぁ!」
 代わって答えたのは、ゴブリン盗賊団の一体。
「ちゃんと見張りをしてくださってるだろぉ。さっさと持ち場に帰れ、ブチのめされてぇのか!」
 同格とはいえ、乱暴な口をきく。しかし、衛兵も用事はすませたので、ゴブリンのことは一瞥しただけで引き下がった。
「お察ししますよ、将軍。早く、略奪にいきてぇもんです」
 ほかの盗賊団員たちは、積み上げた財宝を丁寧に磨いていた。
 亜人の蹂躙といっても傾向に違いがある。ペイトンをはじめ、この部隊の目的は略奪だ。殺人や繁殖からくる快楽はそれに劣る。
 城外に突出した蛇頭はつぶやいた。
「誰でもいいから、財宝を運んでいる奴が通りかからないものか」

 少なくとも、運んできてもらうなら情報だった。
 孤立したアンティオキアには、バベルの塔が陥落したことすらわからない。大王軍側からも、『黒山賊蟻兵』を向かわせてきているものの、『大戦乱群蟲三国志』の生き残りを雇ったのには、様子見の捨て駒の疑いすらある。
「強欲だろうと無欲だろうと蟲将だろうと……」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、敵の偵察を待ち伏せしている。
亜人に与し、行動の基準も亜人と同じ程度というのはいいですね。事情は関係ありません。確実に殺しましょう」
 封鎖作戦の参加者たちは、返事したり頷いたりと同意を示した。
 ディアボロスは種族や風体がまちまちなものだが、この部隊は殺意の高さにおいて一致するところがある。
 荒れ地で蟲将の捜索をするにあたり、水場に行きついた彼らは、そこに『平穏結界』をはって隠れた。クロエ、曰く。
「七曜の戦の前段階、秘境偵察で亜人やアビスローバーどもは水場を利用していましたね。今回殺すのは生態としては蟲将ですが、水も休みもなく行軍し続けるということはないでしょう」
 と、いうことだった。
 はたして、出現した直立歩行の蟻は、全身を黒光りさせ、縦横にきっちりとした隊列を組んでいる。
 ぎりぎりまで引き付けてから、殺意の部隊は襲い掛かった。クロエは、クルミの種に魔力と恐怖の感情を注ぐことで急成長させ、ギリシャ神話の巨人『ヘカトンケイル』を象った植物の怪物を作り出す。
 しかし、山賊どもは、冷静だ。
 一時は引いてもまた押し返し、整然とした波状攻撃を仕掛けてくる。それに比してディアボロスは、各個が暴れまくっている。
「お前たちの国や世界と一緒に滅んでしまえばよかったものを」
 クロエが怪物に感情を植えた。
「ただでさえ亜人どもが鬱陶しいというのに、目障りなんですよ。そんなに蟲に似合いの末路が欲しいのでしたら、くれてあげましょう」
 ヘカトンケイルは、腕に見合う巨大なクルミを隊列に投げ込んで、蟻兵を押しつぶした。

 投擲物で穴のあいた隊列に、踏み込むディアボロスたち。
「これ食らって寝てな!!」
 新堂・亜唯(風華流・g00208)の戦闘スタイルは拳法、そして気功を操る。頼坂・ソウマ(君と星が消えた日・g10271)は、喧嘩殺法でがむしゃらに戦っていた。
「苛つくんだよ、何かも!!」
 ようやく山賊に、蜂の巣をつついたような騒ぎが起こり、蜘蛛の子を散らすような乱れが生じる。モチーフは蟻だが。
 分かれた黒山賊蟻兵の一部は、『蟻巣穴槍撃(ぎそうけつそうげき)』にはいった。
 戦場にいくつもの穴を出現させ、穴から穴へと高速移動しているらしい。
 ソウマの苛立ちは、なお増す。
 穴のひとつに殴りにいけば、死角になった別の穴から、刺突による攻撃を仕掛けてくるからだ。
「ソウマ! こいつらの武器は槍だけじゃないぜ!」
 身代わりとなり、亜唯が浴びたのは、蟻酸だ。
 格闘用の装束から、白い煙があがっている。本人は指ぬきグローブを開いて手を振り、無事を伝えてきているが、12歳の少年らしいあどけない顔を、ときおりしかめた。
「亜唯、助かったぜ」
 ちゃんと礼は言ったが、ソウマの形相は鬼のようだった。
「おまえらクロノヴェーダと戦うのはなぁ。苛つく時に殴っていい相手だからだぜ!」
 人間の破軍拳士が、穴の中の敵へと拳を叩きつける。
 『蟻酸滅軍陣(ぎさんめつぐんじん)』の痛みを乗り越え、亜唯は呼吸を整えた。『風華流・万承(フウカリュウ・バンショウ)』、無我無形の型を取ることにより、人類史に存在した技を、みずからの身体へと反映させる。
 数を減らした黒山賊蟻兵だが、蟻酸は戦場全体に広がり、毒の大地に変えはじめていた。
 ディアボロスもろともの作戦なのか、会敵時にあった冷静さを失ったのか、水場はすでに濁っている。
「『破軍衝』ぉッ!!」
 蝕んだ地面に、ソウマの拳が衝撃波を与えた。
 潜んでいた蟻兵がいっせいに地上へと浮きだす。その一体ずつを、亜唯の拳法がいくつもの流派を同時に再現し、討つ。
「人間、やればできるモンだ」
 封鎖班は、城塞都市へと急ぐ。

 強欲な将軍と盗賊と山賊のうち、山賊は退けた。
「では、わたくしが籠城している方々を外に連れ出す事を担当致しますの」
 ライヤ・フリメア(エンジェル・ファイター・g04845)は、殺意の部隊と違って、朗らかに言う。
 アンティオキアの城壁のまえへと進み出ると、ちょっと考え、小首を傾げた。
(「……さて、下品な挑発……少し知能を抑えた形で行きましょうか……」)
 まずは、亜人の見張りに対して、目立たなくてはならない。
 天使の翼を、大きく広げて羽ばたかせた。
「皆さ~ん。あなた方など、わたくしがイチコロですわ~」
 挑発の言葉を投げかける。からかうような言葉をさらにいくつも並べ、手を叩く。
 だが、城壁は静まり返っていた。
 将軍と盗賊が息をひそめたまま、ライヤの動向に注目している可能性もあるから、続けるしかない。
「腰抜けさん達~。悔しかったらここまでおいでなさいませ~」
 おしりを向け、自分でぺちぺちと叩く。
「ほらほら~♪ ほらほらほら~♪」
 実は大きめだと、自分でもわかっているそれを、左右に振ってまでして、挑発した。
 水着のように露出度の高い服装から、揺れこぼれそうになる。
「これで来てくれないと、色々お恥ずかしいですけれど仕方ありませんわね……」
 城壁に向き直り、口に手を添え、ひときわ大声を出した。
「私、お嬢様なので割と金持ちですわよーッ!」
 ライヤにとっては、身体の線を晒すより、実家の話をするほうが、イヤなのだ。
「なんだと?」
「あ、いけませんって、将軍」
 無音だったのに、かすかな会話が聞き取れた。
 そして、見張り用の穴のひとつから、兜をかぶった蛇の頭が、ニョロと突きだされたのである。

亜人たちが詰めている砦に対して、金品を運ぶ者が騒ぎを起こしてわざと見つけられるなんて露骨な真似、いくら亜人といえど罠だと気付く可能性が……まぁ、万に一つ程度はある……かもしれませんからね」
 隠れて様子をみていたクロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、用意していたものに被せていた布を取り去る。
 財宝を積んだ手押し車だ。
「ライヤが、上手く気を引いてくれて助かりました」
 それに続くのは、金品を運んでいる姿を見せる、という作戦である。
 『アイテムポケット』に入れられるだけの金……に似せた金色に光る、遠目に見れば財宝に見えなくもない物。城壁からある程度離れたところを横切れば、あの首をのばした亜人は、また反応をするだろう。
 取っ手を握り、ゆっくりと歩み出した。
 待機しているディアボロスでも、半信半疑に思うシチュエーションである。
 そもそも、どこに運んでいるのか、一人で運べる量なのか。
(「まともな知能があれば不自然な点に気づくでしょうが、亜人どもにはこれがいい」)
 少なくとも、クロエは自信たっぷりだった。
(「罠の可能性などあれらの頭にはありません。財宝を多く持っているように見えれば、ただの大きな獲物としか認識しない。その程度の生物です」)
 金持ちと名乗ったライヤは、蛇頭の動きをみて、踊り子のようなポーズをとった。
 彼女よりも、手押し車に注意がむいているという、合図である。クロエは、城壁へと顔をあげ、驚いた顔をつくる。
 強いて言うなら、亜人あいてに、この芝居が一番むずかしかったかもしれない。
 最後の仕上げに逃げようとする姿を見せる。地面のでこぼこに車輪をとられそうになりながら、横切る速度を増した。
「ものどもぉー! 財宝を運んでいるぞ、奪えー!」
 見張り穴からいったん引っ込んだ頭は、壁の中腹に大きな開口部をつくり、完全武装で身をのりだす。
 そのまま、地面まで飛び降り、手押し車にむかって突進してきた。
 大剣も携えている。アヴァタール級『強欲将軍』ペイトンで間違いない。
「あー、もー。いーや、将軍につづけぇー!」
 開口部からは、トループス級『ゴブリン盗賊団』もあふれ出てくる。
 クロエは満足そうに、財宝の車をひっくり返した。
「あとは殺すだけです」

 オトギリソウの種に魔力と感情が注がれる。
「情報として聞いてはいましたが、聞きしに勝る猪ぶりですね」
 将軍の速度と、配下の位置関係とに、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は注意した。
 封鎖班が隠れ場所から出て追いついてきたし、ライヤ・フリメア(エンジェル・ファイター・g04845)との間隔も縮める。
「挑発したり自分の家柄を暴露したり、多少の甲斐はありましたでしょうか……」
「もちろん。それにしても、ペイトンは予想をはるかに下回っていましたけれども」
 クロエの言い草に、ライヤはちょっと笑ってしまった。
 当たりの強さは止まらない。
「見るからに脳に何も詰まっていないゴブリンども未満の知能とは。セレウコスには、あの程度の者を守将にしたことを恥じてもらいましょうか」
「配下のほうが面倒みる側かもしれませんわ。私はその盗賊団を先に倒そうと思います」
 姿勢を低くするライヤ。
「賛成です。ペイトンを殺すにも、まずは後ろから続くゴブリンどもが邪魔ですからね。……芽吹け『ハルピュイア・ヒペリカム』!」
 オトギリソウは植物の怪物となった。ギリシャ神話の『ハルピュイア』を象っている。
 それを見たアヴァタール級は、意外にも急停止した。
「はッ? て、敵だ!」
「さーて! 戦いの始まりですわね!」
 エアライドもつかって空中へと踊り、ライヤは強欲将軍の蛇頭を飛び越える。
 成長しきったハルピュイアたちも羽ばたき、トループス級の上空へと舞う。
「これは……ついでです」
 クロエの命令で何羽かは、地面にちらばったニセの財宝を、その鉤爪に掴んだ。
 ゴブリンたちの目の前へと放り投げさせる。
「まともな知能があれば戦場でこんなものに気を取られることはありませんが……さて、お前たちはどうでしょうね」
 盗賊団は、互いに手足を貸し合って、植物怪物にぶら下がる。
 武器をふるって、滅多刺しにしてきた。茎や葉が刈られ、散っていく。
 どうやら、役割分担ができているらしい。攻撃に加わらない数体が、財宝を回収する。
「ダメだ、こりゃ。ニセモノだぜぇ!」
「将軍ー! 財宝じゃねぇっす!」
 ゴブリンたちの強欲さは、鑑定する目を養ってきたのかもしれない。ともかく、全員が武器を放り出して財宝に群がる、という反応はみられなかった。
 ライヤのもとにも、財宝にこだわらないゴブリンが威勢のいい声をあげ、殺到してきている。
「ひょっとして、金目のものが得られるなら何でもいいわけではなく、『略奪』という過程がほしいのかもしれませんわね」
 繁殖への興味が薄いとはいえ、露出度の高い女性を取り囲めば、雰囲気も変わってくる。
「鬼さんこーちら!」
 再びお尻をたたきながら、ライヤは跳ねまわる。クロエは、負傷箇所を一瞥しただけだ。
「偽の財宝にゴブリンが気を取られるにせよ取られないにせよ」
 ハルピュイアたちは下降した。
 馬乗りになったゴブリンを振り落とし、地上にいたものも含めて、鉤爪で引き裂き、バラバラに解体する。
 ほっておかれたまがい物は、土埃にまみれていたが、女体にはいよいよ手が届きだしていた。
「ひゃっほーう!」
 略奪でなければ、むしろ隙が生じる。
「のこのこ集まってきましたわね。『破軍衝』ーっ!」
 ライヤの拳が、衝撃波をいっきに打ち出す。
「たくさん吹っ飛ばしますわ!」
 盗賊団はなさけなくも、何もできずに撃破されていく。
「過ぎた野心や欲望は身を滅ぼすもの。お前たちには似合いの末路です」
 クロエは足裏に、鉤爪が踏みつけた敵の感触を得る。
「よくも、盗賊団を……!」
 兜をかぶった蛇が身を震わせている。
「金持ちの女も、ニセモノか!」
「それは……あまり話したくはありませんわ」
 ライヤが、ゴブリンたちの死体にかしずかれた状態で、振り返ろうとする。だが、寸前で気配を感じて横っ飛びに回避した。熱光線がとんできて、地面と亜人を焼く。
「我らが大切に手入れしてきた財宝こそが、本物だ。その威力をみせてやろう!」
 城壁には、見張り用の穴がある。
 そのひとつずつから、光がもれている。攻撃を受けたライヤが、その出所に気がついて、ディアボロスの仲間に知らせた。
「宝石や金塊が、穴の中で浮いていますわ!」
 財宝に溜まった欲をエネルギーに変え、熱光線として放ってくる。まるで、砲台をそなえた陣地だ。
 アヴァタール級亜人『強欲将軍』ペイトンが、防御に徹するように命じられた理由であろう。ディアボロスたちは、その砲撃に晒された。

 宝石や貴金属を反映しているのだろうか。
 『強欲怪光線』は、城壁の高い位置に並ぶ見張り穴の、そのひとつずつで違う色を発していた。
 地上への砲撃が激しくて、操っているペイトンの姿をしばし見失う。
 山賊も盗賊も倒したのだから、残った強欲は将軍だけだというのに。
 エルス・シャティエル(流離の月・g02510)は、ヒスイだかエメラルドだかの光線から身を守りながら、それらの火力、ダメージ程度を見定めようとしている。
 悔しいが、簡単には攻略できそうにない。
 まずは、ディアボロス側が陣形を立て直さなくては。水蓮寺・颯(灼がて白く・g08972)は、『本』を開いた。
「この手で護れるものがあるのなら、全力で!」
 彼女の述(術)は、逸話を読み上げることにより発動する。
 それまでは無防備になるので、エルスが防御にはいった。真鍮だか、金塊だかの熱線を受ける。
 魔力凝集の光輪が、ある程度は吸収してくれた。
「颯! 私なら平気だから読み切っちゃって!」
 天使に護られた、ヒルコのビブリオマンサーは、頷きだけで謝意を示す。
 小さく動く唇が最後の一説を唱えた。
「其は嘗て水蓮泉の番人が賜りし飾櫛。今ひとたび目を醒まし、その御業を成し給え」
 逸話は、火打石から彫られた櫛。
 その御業を受けた者に、守りの力を授ける。刃をも跳ね返す甲羅の如き。
 ディアボロスへのすべての攻撃が無効化されるわけではないが、少なくとも怪光線から、ずっと伏せていなければならないような状態ではなくなった。
 エルスは颯のそばを離れると、城壁にむかって怒鳴りつける。
「いいか、子供に扱うと痛い目にあっちゃうよ!」
 まあ、いろいろあって、13歳のエルスよりも、颯のほうが小柄だったのだが。
 ともあれ、エルスは竪琴、リラ型の魔楽器を爪弾いた。雄々しき楽曲によって幻影の『英雄』を創造する、『ヒロイックシンフォニー』だ。
 天使のような軍団が、見張り穴の高さまで昇っていき、浮かんでいる財宝ごと、壁を崩して埋めてしまう。
 これには、身をくらませていたペイトンも、猛抗議してきた。
「盗賊団と集めてきた財宝に、なんてことをしてくれるんだ!」
 蛇の口から噴き出されているのは、毒の息である。

「……熱線は耐えられたものの危なかったです」
 ライヤ・フリメア(エンジェル・ファイター・g04845)は天使の翼をたたみ、身体を縮こまらせていた。
「颯たちのおかげで楽になりましたね」
 仲間の無事を確認し、クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)も立ち上がる。
「エルスさんもありがとう。砲撃がかなり弱まって、遠慮なく戦えますわ!」
 姿を現した『強欲将軍』のほうへと、ライヤは駆けだす。
 城壁を背にするかたちになったが、覚悟の上だろう。クロエの位置からは、宝石や金塊が浮かび上がり、塞がった瓦礫を押し退ける様子が見えていた。
「やはり……。ゴブリン未満の知能であっても指揮官でアヴァタール級。まったく手が打てない……という程の雑魚であるとは思いません」
 ハルピュイアは、絡まった草になって地面に散らばっている。クロエは、アマランサスの種を掴んだ。
「優勢な時ほど侮らず、確実に殺しましょう。怪光線が再度放たれるより先に」
 植物の怪物を芽吹かせる。
 だが、ペイトンの召喚のほうが速かった。
「くくく。この敵がディアボロスというらしいな。ウソつきな奴らを薙ぎ払ってしまえ、『蛇身転生』!」
 乾いた砂地に、巨大な大蛇が現れる。
 しっぽの振りで、数人が跳ね飛ばされた。蛇の頭の亜人が、それを操っているのも、奇怪な光景だ。
 クロエは、暴れている召喚生物ではなく、本体に狙いを定める。
「あれも毒蛇。ヒュドラの毒は効果が薄そうですが、それはあちらの毒の息も同じ。パラドクスでもないただの毒息で私のアマランサスは止められません」
 急成長して完成した怪物は、多数の首をもっていた。
「種子に宿るは我が憎悪、『ヒュドラ・アマランサス』!」
「ぐぅ、なんだ。ディアボロスも蛇を?!」
 ヒュドラの首がペイトンを締め上げる。いくつかの頭が、鋭い牙で噛みついた。お互いに毒の息を吹きかけ合う。
 将軍は大蛇を呼び戻し、加勢させようとするが、ライヤが追いすがる。
「言っときますが、私の家がお金持ちなのは本当ですわ!」
「なんだと!?」
 まさかと思ったが、挑発に引っかかった。
 大蛇のしっぽは目標を変更し、お嬢様を跳ね飛ばそうと激しく振られる。
「後少し、頑張りますわ!」
 二段になった『エアライド』を駆使し、空中回転で大きな尻が宙に浮く。ライヤは、しっぽを避けきった。
「……好機を逃すのもまた愚かなことです」
 クロエは、ヒュドラに限界をこえて力を出させる。
「がふ、うがああ……」
 拘束にペイトンが呻く。
 ライヤはふたたび、天使の翼を、大きく広げて羽ばたかせた。
「……限界はあるでしょうが、これしかありませんわ」
 大蛇の薙ぎ払いを、届かぬ高さまで上昇して逃れる。頂点で軌道を修正し、急降下に入った。
「飛んで……落ちますわ!」
 ヒュドラに押さえつけられている、ペイトンの蛇頭へと。
「『エンジェルドロップ』!!」
 尻肉が直撃した。
 蛇頭は砂を噛むほどの勢いで落ち込み、兜が割れる。
「ぐ、ぐふう。せ、せめて、お嬢様の財宝を、見たかったぞ……」
「まあ、私は家出中の身なので関係ありませんけどね!」
 と、ライヤは尻をどけながら付け加える。
 将軍が発する死に際の強欲に、クロエは心底イヤそうな顔をした。
「お前たちが奪うことを止めないのならば。こちらが先に奪い去るのみです。都市も、砦も、その命も」
 ヒュドラを構成する葉と花がしおれていく。
 拘束をとかれたアヴァタール級の遺骸も消滅し、亜人が召喚した大蛇も、まぼろしだったかのようにかき消えた。
 砦の壁は、見張り穴のいくつかは潰したものの堅牢なままだ。アンティオキアの都市も健在。
「クロエさんの言うとおりですわね。その機が来るまで封鎖を続けますわ」
「みんな、いまは退却しましょう」
 ディアボロスたちは、荒れ地の方角へと去る。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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