大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『ザミエル、復讐の果て』

ザミエル、復讐の果て(作者 大丁)

 もはや、拠点を守りきることはできない。
 ディアボロスの襲撃を受けたマン島では、ジェネラル級竜鱗兵『ミセス・モーガン』が、他のジェネラル級に声をかけていた。
 すなわち、『復讐の魔弾ザミエル』、『愛吹かす者フュルフュール』、そして『ネビロス』にである。
「グィネヴィア様から、皆さまを護るように申し付かっています」
 ミセス・モーガンは受けた命令と、自身の決断を打ち明ける。
「ここは、私が防ぎますので、撤退を」
「……」
 最初、ザミエルは黙っていた。
 骸骨のような顔の、眼窩の奥に灯る赤い眼。ただ足元から、カリカリと耳障りな音が聞こえる。
 右足の機械化された爪が、床を引っかいていた。
「命令には従おう。……後でな」
 そう告げるとロングコートをひるがえし、護衛を引き連れ退出する。
 三人のジェネラル級を見送ったあと、ミセス・モーガンは呟く。
「あの方たちは、グィネヴィア様の作戦の為に重要です。失う訳にはいかないのです」

 新宿駅グランドターミナルには、作戦の進展にともなったパラドクストレインが出現していた。
「『第二次マン島強襲作戦』は、最大限の成功を収めつつありますわ」
 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が依頼内容を伝える。
「防衛は不可能と悟った敵のジェネラル級が、マン島から脱出を試みようとしているようです。現在も、拠点強襲作戦は続いていますが、皆様には、撤退しようとするジェネラル級を狙い打つ決戦部隊として、マン島に向かっていただきます」
 人形遣いは、四枚のクロノヴェーダの資料を掲出する。
 そのうちのひとつを指差した。
「戦うべき敵は『復讐の魔弾ザミエル』です。皆様は、三体のジェネラル級が、城から抜け出したところへ先回りできます。ザミエルは、フュルフュールとネビロスを逃がして、その場で戦いを挑んできますから、これを受けて撃破してください」

 四つの印のついた地図も張り出される。
「パラドクストレインで、強襲作戦が行われているマン島拠点から少し離れた場所に移動し、敵ジェネラル級の退路で待ち伏せる事になります。ザミエルとの戦闘は、彼が城壁を背にしたかたちで行われるでしょう。敵が脱出できないように、退路を遮断する必要もあります」
 ファビエヌによれば、一辺を城壁とし、半円型の包囲を維持できれば可能だという。
「ザミエルはアークデーモンなので、飛行能力を持っているものの、マン島が陥落しかけている状況では、目立つ行動をとればディアボロスに撃墜されてしまうと考えています。急降下攻撃もしてきますが、舞い上がるのは城壁の高さまで。これは、護衛するトループス級『ガーゴイルガンナー』の戦闘方法も同様ですわ」

 ファビエヌは、プラットホームへと降りる。
 ふと、物憂げな顔になり、そこから見える景色へと視線を彷徨わせた。
 車内のディアボロスたちへと言葉を付け加える。
アークデーモンを利用して、最終人類史に侵攻しようとする、王妃竜グィネヴィアの計画を阻止してくださいませ。王妃竜をアークデーモンが利用しているのかもしれませんが、どちらにせよ、新宿島不在の東京23区への侵攻は許すわけにはいきませんから」

 敵の姿はない、と報告された小さな門から、ジェネラルとその配下たちは城外へと出た。
 このままマン島からの脱出を計れるはずだったのに、そこには待ち伏せがいたのである。
 ディアボロスだ。
 武器をとり、詠唱をし、逃がさぬ構えで迫ってくる。
 人形遣いに案内されたチーム、とはジェネラルたちのあずかり知らぬこと。
 それどころか、『復讐の魔弾ザミエル』にとって一人ずつの顔は重要ではなかった。
「ミセス・モーガンの願いは聞きたかったが、やっぱりダメだ」
 骸骨が、詫びるように頭を垂れた。
 様子の変化に、『愛吹かす者フュルフュール』と『ネビロス』はいぶかしむ。
ディアボロスへの復讐が我慢できないんだ」
 ザミエルはライフル銃を構えようとする。
 戦ってはならない、命令は撤退だと、ほかのジェネラルが諭そうとも、赤く光る眼は燃え上がる。
「なぁに、こいつらは俺が倒してやるから、先に行ってろ」
 右足の鉤爪が地面に食い込む。
 フュルフュールとネビロスは頷き、脇から逃がされるようにして、去った。
 この地こそ、ザミエルの復讐の果てとなるか。
 残った配下とともに、待ち伏せチームに攻撃を仕掛ける。

 人形遣いの話によれば、二体のジェネラル級は別の案内人が組織したチームの迎撃を受ける手筈になっている。この場のアークデーモンには、撤退も残留もさせない。
 ディアボロスたちは突撃した。
 走りながら、武器の封印を解く、呉守・晶(TSデーモン・g04119)。
「豊島区以来になるなザミエル、随分と久しぶりに感じるぜ」
ディアボロス撃滅作戦に参加したジェネラル級として覚えているよ。相手は戦いたい気持ちを抑え任務を遂行しようとしていた……。私だって決着をつける機会を待っていたんだ」
 アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)が構えるのは、『Day Braek of Leo』。黄金で装飾された分厚い大剣だ。
 袖口から万能ナイフを取り出す、光道・翔一(意気薄弱なりし復讐者・g01646)。
「……奪還戦も近い中、漂着したアークデーモンの尻尾をいよいよ掴むことができたって訳だ」
「仲間達の獅子奮迅の活躍により、ジェネラル達を追い詰められる」
 頷く、ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)。彼には『妖精の加護』がついている。
 ナイフは手品のように虚空に消えた。
「……といってもまだまだ逃走阻止できるかは予断を許さないって感じだが……それでもまたとない好機だ」
「ああ、決して逃せない好機だ。必ずや奴等の首級を一つでも多く狩り、この地に正義を示さねばならない」
 騎士のそばを、妖精が飛んでいるような燐光がちらつく。
 ザミエルは、配下たちを前面に押したててきた。
ガーゴイルガンナーかぁ、確かにちょっとドラゴンっぽいよね」
 頭の上で、光を灯す、ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)。翔一のナイフがまた消える。
「…先ずは配下だな。敵の大将と同じく銃使いか」
「武器以外は見た目的に中々このディビジョンに馴染んでるし、暮らしやすかったのかな?」
 ハニエルの天使の輪には、『ヘイロー』という名がついている。
「ともあれ、ザミエルが此処を死に場所に選んだのならな」
 晶の魔晶剣は『アークイーター』。
「いやー、私情で居残るボスに付き合わされるなんて、配下達も災難だよねぇ。『復讐が我慢できない』なんて……あははっ、ディアボロスじゃないんだからさ」
 嗤う、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)。
 榴弾砲に取り付けたチェーンソーもあわせて唸った。
「わたし達も、あなた達に奪われたものを取り返すための復讐で動いているから」
 シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)は白銀の長杖、世界樹の翼『ユグドラシル・ウィング』を握りしめる。 魔晶剣の切っ先で、地図をなぞる真似をする晶。
「俺らディアボロスに言うとはな。そんなに復讐に拘るなら火刑戦旗ラ・ピュセルに行けばよかったものを」
「成程のう。それほどまでに妾達が憎いか。じゃがそれはお互い様……という訳じゃ」
 『デストロイガントレット』から、マユラ・テイル(みすてりあすじゃ・g05505)は鉤爪を引きだす。
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は、『巨大魔導狙撃銃・零式』が、より重くなったように感じている。
「その心は綾音ちゃんもよーくわかる。だって綾音ちゃんもTOKYOの復讐者だしね。でも譲れないものってのもあるんだ。だから――」
「どちらが先か、後かなんてものは関係ありません。私たちはただ私たちの世界を守り、取り戻すために戦うのみです!」
 『魔法発動デバイス:"Morgan"』、園田・詠美(社畜(元)系魔法少女・g05827)が携えるのは、機械化された『魔法使いの杖』だ。
 互いの表情がよく見える距離にまで、接近した。
 指差すかわりに鉤爪を差し向ける。
「被害者ぶるでない、あーくでーもんよ。妾達はえぜきえるの土地を……否、東京を取り戻したのみ。妾達こそ、正当なる大地住まう者じゃ」
「何の抵抗も許さず東京を盗んでいったのはあいつらなのに、よく言うよぉ」
 『ダブルチェーンソーブラスター』は、回転数をあげた。
「随分危険な策を練ってたみてーだし、ここで確実に仕留めとかねーとな」
 消えるナイフは、亜空間に蓄えられている。
「東京に攻め入るなんて許さないよ、ここで私達がやっつけてやるんだから!」
 『ヘイロー』は輝き、『アークイーター』は変異した。
「すぐに相手をしてやるよ!」
「護衛から引きはがしに行くっ」
 大剣から獅子のオーラがのぼり、機械杖が起動する。
「さぁ、ここまで来たのなら真っ向からぶつかり合いましょう!」
「わたしは、あなたを倒して先に進むよっ!」
 差し向けられる『世界樹の翼』。担ぎ上げられる『零式』。
「さあ、やりあおうか?」
 騎士の防具は、妖精と一体となった。
「いざ、参る」
 一部のアークデーモンは翼に揚力を得た。
 高く飛ぶよりも、宙に浮くようにしている。
「飛翔移動には注意だね」
 シルは、『世界樹の翼』を『type.B』に変形させる。魔法の杖からバスターライフルへ。
 ディアボロス側にとっても、砦をはみ出す上昇は危険だ。マン島拠点側からの流れ弾が飛んでくる危険がまだある。
 足を止めて、仰角をつけた初撃後は、ジェネラル級の所在を気にしつつ動き回った。
 牽制の通常誘導弾も混ぜていく。
 頭上のガーゴイルは、魔弾をばらまいてきた。
 その合間をぬって、機械化魔法杖には、詠美のプログラムが流し込まれる。機械的な発動音と、シルの高速詠唱が、奇妙なハーモニーを奏でた。
「空を舞う風の精霊よ、銃口に宿りて、すべてを穿つ力となれ!」
 『裂空絶砲(エア・インパクト)』、ガーゴイルたちが組んだ空の陣を抜けるように、無数の風属性の魔力弾が撃ちだされた。
 風弾にバランスをくずすアークデーモンもいれば、シルめがけて急降下突撃をかけてくるものもいる。
「今回のわたしは移動砲台っ! どこから来ても、どこからでも、撃っていくからっ!」
 灰色のコウモリ翼にも焦らない。確実に一体一体仕留めていかなければ。
 計算の完了音。
「凍結弾精製装置、起動。『フリージングミサイル』!」
 詠美が機械杖から、冷気を封じたミサイルを発射した。シルに襲い掛かるガーゴイルを凍結させる。浴びせていた風属性弾のダメージに重なり、敵の身体は粉々に砕けて降ってくる。
「射撃を終えた瞬間は隙が大きくなるもの、ましてや上空からの急降下なんて大きな動きをするなら尚の事。凍らせていきますよ!」
 詠美は、攻撃を繋げることができて、上機嫌のようだ。シルも、セミロングの青髪についた氷粒を払うと、『type.B』をトループスたちに向けた。
「あなた達の勢いや覚悟はすごいけど……。でも、わたし達だって負けてないんだいっ!」
「そうそう、護衛だけでは私たちの相手は荷が重いと思いますよ!」
 次のプログラムが、走る。
 ガントレットの爪をたて、マユラが走る。
「妾は、地上におる取り巻きから退治させて貰うぞ。銃使いか、お揃いというやつかの?」
 ジェネラル級と配下に共通点があるのは珍しいことではない。マユラの問いは。
「貴様等も妾達が憎いか? 復讐心を燃やしておるのか? お互い様じゃ、それならば……どちらの意思が強いか、その勝負じゃ」
 鉤爪に炎を纏った。
 両腕の振りが残像になって、赤い帯をたなびかせているかのよう。詠美はその光景を目で追う。
「急降下による攻撃、足を止めていては良い的になるだけですよね……。私もこちらを狙う敵に注意を向けながら動き続けて、直撃を狙いにくくなるようにしよう」
 魔法発動デバイスを抱えた。
 頭の上に魔力障壁を展開したまま、居場所を移す。マユラのように華麗にとはいかないが、次のミサイルが発射できるようになるまでは、これでガーゴイルのダイブをしのぐのだ。
「燃えよ我が魔力……『爆炎爪(バクエンソウ)』!」
 赤い帯が、彫像にまとわりついたように見えた。
 爪の間合い、近接攻撃が届く距離まで近付いて、ガーゴイルを切り刻んでいた。
「貴様等の復讐心ごと、燃やし尽くしてくれようぞ!」
「マユラさん、すごいよー! ……わー!?」
 詠美が頭を引っ込めると、ほんのちょっと上を、ガーゴイルがかすめていった。
「あぶなかった。お手本どおりにしたら避けられた。研修は大事です。……ん?」
 銃弾をバラまきながら接近してくる一団。
 奴らも鋭い爪を持っている。
「銃撃と近接攻撃、連撃とは厄介じゃの。……回避は無理じゃな!」
「アレぇ?!」
 避けるために走っていたのではなかった。詠美のチラ見によると、マユラは集団の『ショットアンドクロー』を受けきるつもりのようだ。
 銃撃は炎の鉤爪で弾き、命中する弾数を減らす。
 いくつか喰らっても、敵の動きからは目を離さない。爪が何処を狙っているのか見定め、バトルガントレットの装甲で防御した。
 体勢を固持したところからの、爆炎爪をきめる。
 敵の一団もまた、マユラの間合いに立ち入っていたのだ。
「やー。あれは真似しちゃダメね。おっと、計算完了、凍結弾精製装置!」
 ミサイルが、ダイブしかけの敵めがけて飛んでいく。
 では、封印を解いた魔晶剣は、『ショットアンドクロー』にいかに対処するか。
「攻撃のタイミングを計りやすくしてやるぜ!」
 晶も、ばら撒かれる銃弾に怯まない。
「こっちから突っ込むぞ!」
 備えるどころか真正面から挑みかかっていった。魔晶剣が、いわゆる斬り払いによって銃撃のなかを前へ進ませる。ガーゴイルの爪が振り下ろされるまで、あとわずか。
「たかが一秒、されど一秒だ」
 計っていたのは、この瞬間。
 爪攻撃に替わるところを先んじて、魔晶剣アークイーターが敵の胴体を袈裟懸けに斬った。
 コートの袖がついたまま、爪をとがらせた石像の腕が、晶の脇をすっとんでいく。
 突貫する相手を探し、魔創機士と彼の武器は、勇猛さを増すのだった。アークデーモンのトループスたちは、翼をひとかきして後方に飛び、城壁の高さを背負うかたちで仕切り直そうとする。
「逃走の援護をされては厄介だな」
 地上の敵と、いったん退いたザミエル、そして攻撃を仕掛ける仲間たちの動きを見たラシュレイは、自身も飛翔する。
 シルから指摘されたとおり、他の戦場から狙われない様に必要以上の高度は取らない。
「あくまでも、ガーゴイル共と同じ闘技場に立つだけだ」
 上昇とともに、キラキラとした燐光を宙に残す。妖精からもらった『浄化』の力を解放していた。
 接近する燐光めがけて、『石化の魔弾』が放たれるが、浄化が呪いを遮り、ナイトシールドが魔弾を受け流した。
「光よ!」
 ラシュレイの手元がひときわ明るくなる。
 配下たちは空中で決着をつけようと突撃してくるが、妖精剣の切っ先に達した燐光は、それを『破邪の剣』に変えた。
「『光輝疾走(デイブレイクソード)』!」
 すれ違いざま、数枚のコウモリ翼が、切断されて散る。
 ヒラヒラと落ちてくる残骸を見上げて、ハニエルの天使の輪が力を増した。
「ラシュレイくん、やるね☆ とゆー事で、私も飛翔♪」
 機動力を確保した上で、敢えて目立ち、敵の攻撃を引き受けるつもりだ。空中での戦況を伺っていた翔一は、地上でも同じことを試みる。
(「初めは撃ちこまれる位置を見切っておいて、っと」)
 ダッシュやジャンプで魔弾を回避していく。
 にもかかわらず、覇気の薄い、ぼんやりした翔一の表情。それが幸いしたか、ドラゴンにも似た石像たちは苛立った。牙を剥きだしトリガーを引き続けている。
(「そろそろか。わざと魔弾へ当たりに……。といってもモロに喰らわず掠めて呪詛はもらっとく程度にだが」)
 『亜空仕掛けの刺突罠(サブスペース・スタブトラップ)』をチェックしておいてから、翔一は転倒してみせた。アークデーモンたちは、自分の撃った弾が当たったと主張しあいながら、我先にと飛翔突撃に出てくる。
(「最終的に接近してくるのが分かってるならそれを使わない手はねぇ」)
 亜空間に溜め込んだ、スローイングナイフが高速射出されてくる。
 仕掛けをし、自らが餌役になり、そして不意打ちである。
 地面に転がって見た空を、ラシュレイが横切った。全身に燐光を纏い、高速で飛び回りながら敵を片端から切り払う。彼が斬ったぶんか、ナイフが貫通したぶんか、翔一のまわりでドサドサと、重量物の落下音が連続する。
「……せいぜい気をつけな」
 身を起こすと、撃破されたガーゴイルたちの骸を確認した。
 忍ばせたナイフは、まだ十分な本数がある。ふと、敵意とは別の視線を感じてたどると、綾音だった。
 いつもの笑顔ではないが、適度に心配しているような表情。あの、巨大な魔導狙撃銃を片手で掲げ、ジェスチャーからすれば、翔一にもその下に入るか、たずねているようだ。
 銃身で敵の魔弾を防いでいるらしい。被弾して、呪詛で動けない仲間を助けようとしている。
 雨が降ってきたよ、傘がないなら綾音ちゃんと一緒に使う?
 身振りはそんな感じ。
「あー……まぁ、ダイジョウブ」
 翔一も、身振りで辞退を申し入れた。
「そっか。怪我じゃなくて良かった。なんなら石化されたとしても逆にその硬さが活かせるもんね、多分」
 綾音は『流星剣』を展開する。
「天の星は剣となりて道切り拓かんと……!」
 鋼属性の魔力で生成し、光属性の魔力をエンチャントした剣が、空中のガーゴイルよりも高いところから降り注ぐ。自分にむけて撃って来ていた敵は、突撃にはいる隙に串刺しになった。ハニエルへの魔弾は、ちょいちょい命中している。
「石化させられるのは勘弁だけど、こっちだってちょっとやそっとの呪詛に負けたりなんてしない!」
 天使の輪に全力を出させている。
 巨大武器の下にいれるのは無理そうだったから、綾音は魔弾の射線をふさぐように、剣を降らせた。鋼属性がハニエルを護ってくれたようだ。射撃中の敵の下へと急いだ。
灯台下暗しを狙っていくぅ!」
 傘ではなく、魔導狙撃銃としての『零式』の出番である。
 援護を受けて立て直したハニエルは、解放したオーラの防御力を信じて攻勢に出る。ガーゴイルの突撃に、こちらも飛翔で応じた。
「ザミエルの護衛になっちゃったのが運の尽き!」
「おのれ! 我が主君を愚弄するか!」
 トループス級は、歯を食いしばる。
 綾音が覗くスコープごしにも、激昂が映った。
「君達も相当復讐心があるのはわかるけど……こっちも生憎負けてあげるわけにはいかないからね」
 結局、マジ天使の飛翔は引き付ける役で、綾音の流星剣がその個体にとどめを刺した。
ハニエルぅ!」
「囲まれないように注意だよっ!」
 アンゼリカも、大声をだして警告する。ちょっと、高度をとりすぎだ。回避を続けていると、敵があまり飛びたくない高さへと入りこんでしまう。
 ややもすると、上方向に追い詰められかねない。
 見ているあいだに、別のガーゴイルが、アンゼリカへとダイブしてきた。
「上は仲間に任せる。少しでも早く、1体また1体と倒していこうっ」
 視線を自分の敵へと集中させた。
 黄金の大剣を構える。
 ヘイローの輝きは、最高潮。
「ハニィちゃん、マジ天使なので!」
 頭の上のほかに、回転する無数の光の輪を出現させている。
 『リングスラッシャー』と魔弾は撃ち合いになり、撃破されたのはガンナーたちのほうだった。天使を空に追い詰めることなど、アークデーモンには出来なかったのだ。
「さよなら、ドラゴンっぽい人たち。ザミエルだって、逃がさないんだからね!」
 地上への激突で砕けた石像。
 急降下攻撃のすえに、地上戦に戻った護衛のトループス級。アンゼリカたちディアボロスは、残った敵を始末していった。
 仲間で息をあわせ、挟撃するように足を使って動く。
 ガーゴイルの数が減ったことで、パラドクス通信で意思疎通する余裕も出てきた。
「空中戦を得意とする相手みたいだったけど、空からバンバン撃ってくるヤツは片付いたかぁ」
 燐寧は、布陣を整えるのに苦心していた。
 敵も味方も、上も下も、お互いの隙や側面、背面のカバー。
 がんばった甲斐もあって連携は成功したようだ。
「あたしも相応のお返しをした方がよさそうだねぇ」
 『ダブルチェーンソーブラスター』を抱えた。
「燐寧、仕掛けるタイミングを合わせて一斉に切り込むよっ」
「いいねぇ、アンゼリカちゃん。逃げ場のない城壁のカド側に押し込もうよ」
 ディアボロスに追い詰められ、トループス級アークデーモンガーゴイルガンナー』は、護衛としての最後の抵抗を示した。でたらめに爪を振り回してくる。
「ウオオオ! 主君を護れェ!」
「狙いどおりにはいかせないよぉ」
 ふたつもついているチェーンソー刃が、クローを弾き、へし折った。燐寧は、武器を砲撃姿勢に構える。
 アンゼリカは、『Day Braek of Leo』に、獅子のオーラを立ち昇らせている。
マン島に集った敵は全て倒す。アークデーモンに好きにはさせない。その心とともに私の雷光よ、輝けぇっ! 『雷剣波紋衝(ライケンハモンショウ)』!!」
「不運なきみ達には悪いけど、さっさと死んでもらうよぉ。生憎、こっちは我慢する必要もない身分だからねぇ。『闇雷収束咆・迅雷吼(プラズマ・ダーク・ハウリング・ブリッツ)』!」
 ふたりの身体に別々の力が宿る。
 いっぽうには怒りの雷光。
 もういっぽうには成仏していく怨念。
 大剣は輝きながら、ジェネラルの配下を薙ぎ払う。榴弾砲はガトリング弾のような怒涛の連撃を吐きだして、すべてにトドメを刺した。
「トループスは終わったよっ」
 シルがまっすぐ見据えるさき。
「……護衛は全員倒していよいよアンタ一人だけだ」
 翔一は、ボサボサの髪ごしに目を光らせる。綾音が相手の名を呼んだ。
「ザミエル……やりあおうか。綾音ちゃん達の、復讐の戦いを」
「新宿決戦で重傷を負わされた復讐なんてちっぽけな復讐にプラスして豊島区とマルコシアス、そしてTOKYOエゼキエル戦争の復讐を果たせるなら果たしてみな!」
 晶が並べ立てると、痩身のアークデーモンは呻いた。アンゼリカも、思い出すことがある。
ディアボロスとは豊島区からの……。ううん、もっと前からの因縁だよね。いざ勝負! 決着をつけよう」

 ジェネラル級『復讐の魔弾ザミエル』の背後は、すでに城壁によって塞がれていた。
「なるほど、味方の撤退の殿を務めたか。単に命を捨てる覚悟とも見えぬ。騎士として、その勇猛に敬意を表しよう」
 妖精剣を引き気味に構えると、ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)はナイトシールドを掲げ、防御体勢を取る。
「だが、我等にも大義あり。ここで雌雄を決する為、退路は断たせて貰う」
 『パラドクス通信』を開いて陣形の指示を出した。ディアボロス全員で連携し、敵を包囲封鎖するのだ。
 悪魔の翼は健在だから、逃げ道を塞ぐなら三次元的な展開が必要になってくる。
 砦の高さからはみ出さない位置に、天使の輪『ヘイロー』が位置した。
 他戦場から狙われない加減を把握しているのだろう。
 なおもアークデーモンが、頭上を越えようとするならば、狙撃を任せられる布陣がある。
 『ダブルチェーンソーブラスター』の威力はトループス戦でみたとおり。『ユグドラシル・ウィング』は射撃姿勢をとっている。
 巨大魔導狙撃銃の『零式』こそ補助的な扱いだが、『魔法発動デバイス:"Morgan"』と上手く組みあうに違いない。
 ジェネラル級の右足が、地面を掻いた。
 機械の爪で踏み切ってくるか。
 地上を移動しようとする動きならば、予測も出来よう。
 魔晶剣『アークイーター』と大剣『Day Braek of Leo』の切っ先が追従し、鉤爪つき『デストロイガントレット』が見逃さず、いざとなれば亜空間から、『万能ナイフ』が飛来する。
 ザミエルの突破行動に即座に対応するため、ラシュレイは反応速度が上昇する世界に変えていた。
 陣形全体の管理に集中する。
「もはや逃さぬ、とは言わん。貴公の望みは私達への復讐だろう。ならば私達こそ逃げも隠れもせん。かかって来るがいい」

 蝙蝠の被膜と機械化ウイング。
 ジェネラル級アークデーモンは左右で不揃いの翼を広げ、ディアボロスたちへとむかってきた。白水・蛍(鼓舞する詩歌・g01398)は、合図のひとことをパラドクス通信にいれて、詠唱へと入る。
「さて、ザミエル。年貢の納め時ですわね。先に倒れた者達の後を追わせてさしあげましょう」
 包囲と連携を維持するためだ。
 お互いの技の隙を埋め、標的にされている者に警告をだす意味もある。いま、悪魔の銃口が狙っているのは、シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)。
「……ザミエル、殿を務めるくらいにわたし達への復讐心が強いんだね」
 通信機からの合図で身構えた。
「この期に及んで逃げる……とは申しませんね? 逃げればその名の名折れですわよ」
 蛍は、敵に倣って低空の飛翔をつかい、シルとのあいだに割って入る。
 挑発の言葉は宙に消えた。
 確かに速いが、ディアボロスの陣を突破する意図は、ザミエルにはない。そう読んで、蛍は相対速度をゼロにして、パラドクスを発動した。
「貴方には我々を打ち破るか、此処で朽ち果てるかの二択しかないのです。さあ、参りますよ! ――我が音に応えて来たれ。死へと誘う薔薇の香を此処に。その香りも花びらも汝の命を手向けとなる!」
 薔薇の花々が、髑髏の顔を包む。
 『マルメゾンローズ』の香気が、その精神を蕩かし、動きを妨げるだろう。蛍の飛翔に後れをみせた。
 次の瞬間、花びらを散らして銃声が轟く。
 シルの身体がばったりと後ろに倒れ、蛍は地面と衝突して、大きく跳ねた。数回ころがったが、体勢をたてなおし、薔薇の香気を送り込もうと両手を突きだす。
「致命傷さえ避ければ問題はない。立っているのならまだ戦えます。そうでしょう、ザミエル!」
 前哨戦で、仲間が防御効果を溜めてくれたおかげ。
 ジェネラル級は答えないが、装備で防いだ被弾箇所がうずく。
 込められた復讐の念だ。
 あのアークデーモンは、立っているかぎり、戦ってきた。
「復讐心なら負けないよ、ディアボロスは。だって……」
 シルの声が小さく、通信に入る。彼女も銃撃の予測や、防御効果をつかって無事らしい。
「あなた達に奪われたものを取り返すために戦っているんだからっ!」
 チクリ、と痛みが。
 なにか思い出しかけたが、敵のパラドクスの術かもしれない。それよりも、低空飛行のむかう先がわかってシルは伝達する。
「ラシュレイっ、『復讐の魔弾』に気をつけてっ!」
 彼のほうでも察知していたようだ。ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)は、ナイトシールドを掲げた。
「事此処に至れば、もはやお互い語る事もあるまい。決着を付けるのみ。いざ、参る!」
 飛んでくるザミエルを、正面から待ち構える。妖精の燐光も薄く見えた。シルは、『世界樹の翼type.B』のモードで射撃体勢を継続し、高速詠唱も開始する。
 燐光は、妖精界より光輝く槍を召喚した。拝領するラシュレイ。
 アークデーモンの背中側から、先行してシルの援護が届く。すなわち、誘導弾の連射と、続く『七芒星精霊収束砲(ヘプタクロノス・エレメンタル・ブラスト)』。
六芒星に集いし世界を司る6人の精霊達よ、過去と未来を繋ぎし時よ…。七芒星に集いて虹の輝きとなり、すべてを撃ち抜きし光となれっ!!」
 増幅魔法術から四対の魔力翼が展開し、『type.B』への反動を支えた。
 属性の合わさった砲撃が、ザミエルの機械翼に命中する。火花を吹いたが、身体が少し傾いただけだ。ラシュレイにむけてライフルを乱射しながら突っ込んでいく。
 妖精騎士は盾も使いつつ、静かに槍を構えていた。
「我等ディアボロスも、復讐から生まれ其を力の源とする身。だが、各々その先に目指すものがある。命を賭した貴公の復讐には敬畏を払おう。故に、全力を持って打ち砕き、進ませて貰う!」
 まるで、銃弾に込められた憎悪と会話している気分だ。
 ラシュレイも、己が信念を槍に込め、更に輝きを高める。
「これぞ復讐を越える私の力、正義の光! 貴公の魔弾にも劣らぬ英雄の聖槍、その威力受けてみよ!」
 渾身の力を込め、槍を投げつけた。
 『英雄王の槍(ロンゴミニアド)』は、閃光と成しザミエルの身体を貫く。
 いや、体幹のどこかを突き抜けたようだが、撃破するほどではない。ボロボロのコートに、新しい穴を開けている。照準をつけていたシルからは、そう見えた。
「射手としてはあなたの方が格段に上だけど……。でも、魔力砲撃なら負けるつもりはないからっ!」
 くすぶっていた機械翼から、放電が起こっている。
 コートも発火した。
 色からすると、ラシュレイの槍であろう。貫いたさいに残した、浄化の光だ。眼下の奥で赤い目を明滅させたが、骸骨の顔に焦りのそぶりはない。
 翼を畳んで、着地する。まだ少しの距離があるラシュレイに、銃口は合わさっていた。
「百発百中の魔弾ならば、千発の弾丸に耐えてみせよう!」
 ナイトシールドに、撃ち込まれる念。
 魔弾を止めながらラシュレイは、仲間に陣形を狭める指示を出した。空を守っていたハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)が、高度を落としてくる。
「もう護衛もいないし退路も断った。ここで終わらせてやる!」
「シルさんも注意してたけど、『魔弾』は恐ろしいからね!」
 通信機からは、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)の慎重な声。
「『魔弾』? あ、ザミエルって『魔弾の射手』と言うオペラに出てくる悪魔じゃねぇか!」
 今度は、カルメンリコリスラディアタ(彼岸花の女・g08648)だ。
「同じオペラ由来の名前も何かの因縁だ、この手でザミエルを仕留めて討伐してやるぜ」
 仲間たちが、短く連絡をとりながら、包囲を縮めていく。上からながめるハニエルには、その様子がよく分かった。
 そして、敵の殺意も見える気がする。
「直接会った事はなかったはずだけど……この気迫、ディアボロスなら誰でも良いから復讐したいって感じだね」
 敵の武器のライフルは、囲みに対して乱射されている印象だ。ハニエルは弓で対抗する。
「復讐したいのは、こっちも同じ。他所のディビジョンでまで悪い事はさせない。もちろん新宿島に攻め込むなんてさせないよ、アークデーモン!」
 聖なる力を秘めたオーラによって作られた銀色に輝く矢を『エンジェル・ムーン』に番えた。
 やることは同じだ。
「よーく狙って撃つ。私の力を目一杯込めたこの矢で、そのハートを射抜いてあげる!」
 幾筋かの銀の輝きが、地上に振った。
 コートの上から射抜いているから、命中はしている。ザミエルの動きが変わらないので、効き目は不明だ。
「まぁ、悪魔のハートがどこにあるのかは分かんないけどね」
 するうち、空にむけても発砲されだした。
「言うだけあってすっごい怨念……」
ハニエルちゃん、降りてきたほうがよくないか?」
 気づかう、カルメンの通信音。彼女の装備にも着弾している。見えるように手だけ振った。
「流石にちょっとキツいけど、復讐者なんて呼ばれてる私達が負ける訳にはいかないね」
 天使はめげずに、オーラ全開で身を守った。
「よーし、よし! 俺は、『氷襲花』の護りの魔力の盾で防いで、致命傷にならないようにっと」
「ちょっとやそっと逃げたって無駄だよ、矢だけど誘導弾なんだから!」
 ハニエルはポジションを堅持し、魔弾から受けた圧迫からも平静を保った。
「どんなに強い復讐の念にだって怯まない! こっちも聖なる力でお返しだ! 弓じゃ銃には勝てないって思ってた? それが正しいかどうか……勝負だ!」
「退路断たれて殿を務めようがどんなに俺達への復讐心を燃やそうが、てめーの末路は俺達によって倒される……。悲劇どころかグランギニョルも真っ青なくらい超絶悲惨なバッドエンドだぜ!」
 カルメン心理的な抵抗を示した。
 そして、ロキシアが前に出る動きを見せる。
「いつもながらジェネラル級と戦うのは恐ろしいけれど、挑まないって選択肢は勿論無い。僕が戦えばそれだけ怖い思いをしなくて済む人が増える。だから……!」
 勇気をもって踏み出し、駆けた。
 合わせてカルメンが、援護の魔法砲撃を準備する。
「俺達には絶対に護るべき大切な存在がいるんだ! 大好きな新宿島にザミエルの魔弾なんぞ1発も届かせはしねぇぜ!」
 黒く煤けた機械の翼が、また開いた。
 ハニエルに牽制をしたのち、垂直に上昇しようとしている。ロキシアは、気を引こうとしているかのように、ヒール音を鳴らし、ヴェールを靡かせた。
「メンゲやイマジネイラの仇討ちさんかな? そんなに昔でもないのに。なんだか懐かしいや。どーぞ、かかってこい!」
「仇討ちだと……俺があいつらの?」
 無言で攻撃を繰り出していた『復讐の魔弾ザミエル』が、口をきいた。
「あんたこそ、俺の全力魔法砲撃な闇の魔砲……『曼珠沙華日蝕砲(ブラッディ・エクリプス)』を喰らって、とっととこの世から退場して消え失せやがれ!」
 空中で悪魔の翼を広げた相手に、カルメンがパラドクスを放つ。
 属性は闇だが、赤い花びらが舞い上がった。すでにあちこち焦がしたザミエルのコートに、花びらからの引火が起こる。燃える『デーモンウィング』が、ロキシアへと急降下してきた。
「鎖みたいに繋がって次へ次へと生まれるもの。僕らがやってることに正当性があるなら、きみの復讐も、きみの抱えた感情も真正面から受けるべきだって思ったのさ」
「だが、豊島区の支配者たちは違うな! メンゲはいいものをくれたが、我が主君は『狼魔侯・マルコシアス』様だった!」
 ザミエルの放つ衝撃波で、ロキシアは吹き飛ばされそうになるが、『魔槍』を地へ突き刺し身体を支える。『Moon-Child』を外骨格化させてダメージを軽減させた。
「障壁を張り、迎撃の中でも無理矢理に叩き込めるこの技なら、復讐心にだって、負けやしない!」
 さらに、秘めたる勇気を、己を守る障壁へと変えている。
 降下してくるアークデーモンに対し、魚雷の如き勢いで突進した。
「速度を乗せたランスチャージで敵を貫く! 『フィアレストーピード』!」
 ぶつかり合い、双方が跳ね返された。
 仲間の捨て身の攻撃でも、ザミエルはすぐに射撃姿勢に戻っている。ロキシアの無事を確認したのち、カルメンはこぼした。
「あれがジェネラル級かぁ……戦うのは初めてだが、気迫も何もかもが今までの敵とは桁が違う、かなり用心しなきゃな」
「そうだね。相手は攻撃にいくらでも感情を乗せられる状態。次にどんな一撃が飛んでくるだろう」
 ふと、ロキシアにも、直接の対戦は初めてでも、ザミエルとは因縁があることを思い出した。
 アークデーモンのジェネラル級が知れば、個人的な復讐対象になるのだろうか。
 障壁を破られ、負傷した箇所を押さえながら、ロキシアは攻撃の機会をうかがう。

 ライフル銃を構えたアークデーモンは、すぐには射撃にうつらなかった。
 コートの裾で、まだ炎が消えていなかったためである。戦意も消えていないがザミエルは警戒しつつ、それをはたいている。イルゼ・シュナイダー(サイボーグの殲滅機兵・g06741)は、ビーム砲のフルチャージを待ちながら、仕草を注視していた。
「ザミエル、ドイツの民間伝説を基にしたオペラに登場する悪魔の名前でしたね。ドイツ人として少々複雑な気分にさせられますね」
 無言で戦っていたザミエルが、先ほど少し口をきいた。
「……今更ですが少々聞きたいことがあります」
 イルゼはジェネラル級に問いかける。
「一つは、新宿決戦で重傷を負った、とのことですが……新宿決戦で実際、なにがあったのですか? 当時のディアボロスに、アナタに重傷を負わせるのも、ましてや大天使ヘルヴィムを斃す程の力があったとは思えないのですが」
 コートをはたく音だけが続く。
 ディアボロスの仲間たちも、武器や詠唱を準備しながらも、成り行きを見守った。
「もう一つは、世田谷区の支配者マルコシアスがアナタと共に豊島区に派遣したというジェネラル級アークデーモンのハーゲンティは、いったい何をしていたのですか? 結局、ハーゲンティは豊島区の戦いにも世田谷区の戦いにも顔を出しませんでした。まさか豊島区でただサボっていたわけでも、主であるマルコシアスの命令を無視して実は豊島区に行っていなかったわけでもないでしょうし、それとも同僚だったのにハーゲンティのことを知らないのですか?」
 人見知りのはずだが、こんな時はなぜだか口が回る。
 ザミエルは、イルゼの顔を見て、周囲のことも見た。
「お前らディアボロスのせいなのに、よく言うぜ。どちらの答えも、お前たちはもう知っている」
 右足でトントンと地面をついた。
 少なくとも彼は、それが新宿決戦でつけられた傷であると示したことがある。
「ハーゲンティなら、豊島区に派遣されて、大同盟に加わっていた。いっしょに戦いはしなかったが、ゲーセンの台パンがどうとか言ってたから、作戦のひとつはお前たちが潰したんだろ」
 この場には、アークデーモン大同盟が起こした初期の事件に絡み、依頼に参加した者も多かった。
 大同盟側で現場の指揮を執っていたのはアヴァタール級までだ。姿を見せずとも、裏で引いていたのが他区からのジェネラル級だったのは想像に難くない。
 イルゼも頷かされる。
「それに、マルコシアス様の元までたどり着けないように遅滞戦術を仕掛けてきやがったな」
 赤い目が光る。
「俺もハーゲンティも遠回りさせられた。世田谷区に入れたところでそれっきりだ。俺はキングアーサーに漂着したが、あいつがどうなったかなんて知らん」
 これには、シルとロキシア、そしてアンゼリカが口を丸くする。
 彼女たちが、杉並区で相手したのは、『デーモンギャル』だった。天使との共同戦線をほのめかして退かせた。あのトループス級を先頭にして、そのうしろにザミエルだけでなく、ハーゲンティの部隊もいたことになる。
 ビーム砲のフルチャージが完了したことで、イルゼの雰囲気が変わった。と、ザミエルも気がつく。
 コートの火も消え、アークデーモンは武器を構えた。
「ザミエルの話が本当かはわかりませんね。ハーゲンティもどこかに漂着している可能性があるわけですか……」
 遠慮なく、『リヒトシュトラール』を発射する。

「豊島区でお前と決着がつかなかったのは心残りさ。さぁ存分に戦おうか――勝負!」
 光焔剣を実体化させる、アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)。
「台パン……。アレか? あそこか?」
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は、首を振る。過去の詮索をしている場合ではない。
「ザミエル……やりあおうか。綾音ちゃん達の、復讐の戦いを」
 戦闘が再開され、あらためて挑発の言葉を述べる。
「君の退路も最早断たれたけど、元から殿をするにあたり撤退できない覚悟はできていたでしょ? いいよ、綾音ちゃん達が存分に復讐の相手をしてあげるから!」
 その返事は、また『復讐の魔弾』だった。
 ザミエルは喋らなくても、込められた念が、感情を雄弁に語る。もちろん、受けて嬉しいものではない。
 宙に浮くような位置取りをされたので、綾音は魔弾を狙いにくくなるよう、なるべくザミエルの足下の灯台下暗し、さっきのガーゴイルガンナーを相手にした時と同じ距離感でいくようにした。
 城塞の崩れた箇所など、遮蔽物も有効活用してワンパターンでは見切られないようにしていく。通信での連携や予測、そして防御効果は、ここまでの戦闘で周知、共有も十分だ。
 綾音は、巻き込まないよう合図をし、『厄災の星光』(レディアント・アステル・ディザスター)』の詠唱に入った。
「焦熱の炎、極寒の氷、激流の水、烈震の土、浄化の光、堕落の闇…世界に溢れし6つの力よ、今こそ一つに集い、彼の者を滅する極光となれ!」
 複合属性魔法だ。
「君の復讐心も、何もかも、全て飲み込む浄化の極光! その身で、全身で、余すことなく受け止めるがいい、ザミエル!」
 戦場全体に吹く、風のような魔力。
 ディアボロスたちも一時は、大地に身を伏せた。
 収束したのちに、魔砲となって放たれる。
「これがTOKYOエゼキエル戦争からさらに成長したディアボロスの力だ!」
「ぐ、うぉぉ!」
 ザミエルが、気合の叫びを発した。大技を受けて、全身を震わせている。トリガーにかかる指に、力がこもった。
 アンゼリカは、銃撃を盾と障壁でしっかり凌ぎそのまま近接戦を挑む。
 強固になった肉体だけでなく、命中をあげる導きも、十分なエフェクトが得られている。仲間がつないだ効果を積極的に活用するのだ。
「足の鉤爪がこちらの身を裂こうが心は折れないよ。お返しにどーんと強烈な光焔を叩き込んでやるんだから。私達の心の光ッ、今最大まで輝けぇーっ!」
 『神焔収束斬(ジャッジメントセイバー・ネクスト)』、魔力とオーラ操作で構築した光の巨大剣が、ザミエルに振り下ろされる。
 それを、高く上げた右足が、受け止めた。
 機械の鉤爪が。
「私達も復讐が心の中心にあるはお前と同じかな。けれど私達は常に仲間と作戦を信じ、時に己の感情を殺し、奪還のその先に人々の笑顔があると信じ戦い抜いてきた! お前の、己の心1つを満たすだけの復讐に、負けるものか!」
 今迄歩んできた復讐者としての戦いに、恥じることはない。
 自分たちへの復讐なら堂々と受け止め、そして勝つ。
 アンゼリカの気迫と、仲間への鼓舞が共鳴したのか、大剣を受けた爪の一本が、甲高い金属音とともに折れる。
 『《RE》Incarnation』を構え、ザミエルの様子を窺っていた、ラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)。かつて、彼女を蹴り飛ばし、胴を切り裂いた鉤爪が、欠けるのを目の当たりにする。
 この瞬間こそが、攻撃を連携させ、途切れさせずに一気にきめる、チャンスだ。
「『Call:Breaker_Lance(コール・ブレイカーランス)』起動。穂先を拡張……そして突撃」
 ラキアは、飛翔するアークデーモンと高度を合わせ、勢いを乗せた貫通撃で奴の胴を狙う。まさに復讐をとげる一撃に見えた。
「お、おまえは……!」
 ディアボロスの顔など見分けていないと嘯いていたジェネラル級は、瞬間的にラキアを意識する。
 そのために、見せかけに引っかかった。
 二重螺旋状に回転する炎と風の穂先は、生身のほうの翼を貫く。
「何もこの一撃で倒す必要は無いのだからな」
 ラキアは交差し、ザミエルはバランスを崩す。
「仲間の為に殿を務めるとは、大した奴だ。例えそれが、此方への復讐等といった理由でも……だ。其方が此方に対して復讐心を持つように、此方も同様だ」
 両翼を傷つけられ、さすがに空中での自由が利かなくなっている。
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、その姿を見上げて『ダブルチェーンソーブラスター』から榴弾を放つ。
「だけどこれはぁ、牽制!」
 時限信管で命中前に爆発させ、黒煙と炎で視界を塞ぐ。
「あはっ。その覚悟決まった顔は嫌いじゃないかも。でもこっちはずーっと前から、それ以上の覚悟決めてるんだよねぇ。自分の人生と皆の未来を奪った奴は全員ブッ殺すってさ。さぁ――《復讐者》としての年季の違い、見ていきなよぉ」
 一本が折られたとはいえ、返答はやはり爪。
 ラキアと燐寧を追って来て、鋭い切り裂きを繰り出してくる。避けるさきを塞ぐように、ライフルも乱射した。
 槍の穂先を爪に当てて逸らし、直撃を回避するラキア。燐寧も足を止めないようにして狙撃と爪撃のあいだを抜ける。攻撃のひとつずつが、復讐だ。
 だんだんと、ラキアの槍だけが、爪の相手をする形に持っていく。
「貴様等翼持つ者達は、七曜の戦の時に滅ぶべきであった。生き延びているのは滅ぼしきれなかった、此方の責。故に貴様等は誰一人逃がしはせん!」
「いまは、キングアーサーに仕えている。やがてアークデーモンは、TOKYOに還るだろうよ!」
「昼だろうが夜だろうが、あたしがいる時が逢魔が時だよぉ」
 煙と混乱に紛れて、燐寧が肉薄していた。
 頭上を取り、落下の勢いを乗せた突撃を敢行する。
「『屠竜技:真滅落陽斬(スレイヤーアーツ・ブラックサンズトワイライト)』!」
 二枚の回転鋸刃に、太陽が落ちて来たかのような衝撃と破壊力が加わった。機械翼の根元をかすめ、大きな裂け目をつくる。
「お、俺の翼が、またしても、……おのれぇ」
「地平線に沈めたげる!」
 ザミエルは、マン島の大地へと落下した。
「……直属軍でも区の支配者でも無かったにせよ、アンタも手練れなら、おいそれと逃げおおせられる状況でないのは分かり切ってるだろ」
 光道・翔一(意気薄弱なりし復讐者・g01646)が魔導書を手に近づく。
 ジェネラル級は、よろめきながらも立って銃撃してきた。翔一は、相手が鉤爪での攻撃に切り替え接近してくる隙を突く。
「……ましてや本願たる復讐を果たさせる気概は毛頭無ぇ。……大人しくとは行かねーだろうが、ここで討ちとられてもらおうか」
 魔法で空間を歪めた。
 ザミエルには、まだ戦闘能力が残っている。鉤爪はひっこめられ、消失を免れる。また、銃撃に戻った。繰り返される『スナイプアンドクロー』。
 呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、魔晶剣を構えた。
「豊島区から此処まで随分と先延ばしにしてきたが、いい加減に決着を付けようぜ。味方を逃がす為ってのは建前で、お前だってそれを望んでるから残ったんだろう? 『ディアボロスと戦えるなら何でも良かった』とは、豊島区で他ならぬテメェが言った台詞だぜ!」
「豊島か……」
 骸骨の顔が、ニィと笑った気がした。赤い目が、晶に焦点を合わせているようにも感じる。
 翔一とふたり、銃撃と格闘を織り交ぜた乱打に臨む。
 ナイフのほかにも、変幻自在だ。翔一は、魔法杖で近接戦闘を装いつつ、『一極集中魔穿(ワンポイント・キル・オーバー)』を仕掛けていく。
 指定したごく狭い一定の範囲が、魔力エネルギーに満たされ、空間ごと消し炭と化すのだ。
「……今度は演技でも下手に隙を晒すのは危ないだろうからな」
「チッ! やっぱ、その鉤爪がパラドクスか! だが、それは豊島区でも見たぜ!」
 晶は、銃撃を剣のはばで受けて、斬撃を返していく。
「新宿決戦で死にかけて機械化した、その右足と翼をパラドクスにするとは大した復讐心だ。機械化前は別の攻撃だったのか?」
「その前は……忘れたな!」
 『復讐の魔弾』の誕生こそが、彼を形作っている、そう思える。
 鉤爪が、晶の左腕に食い込み、長い傷をつくる。肉を切らせて骨を断つ、だ。
 しかし、この隙に頭を狙った翔一の『魔穿』は避けられ、アークデーモンの胸元をはぎとった。なにか、金色のキラキラしたものがこぼれたが、ふたりの波状攻撃に、仲間のディアボロスも加わって来て、気に留められなかった。
 傷だらけのザミエルは、もう動きが鈍い。
 燐寧は、得物の刃に『焼尽の呪炎』を纏わせ、捨て身の一撃を加える。
「全力でブッタ斬り、身体を貫く鋸刃で敵を完全に粉砕するよぉ! きみのTOKYOエゼキエル戦争が終わってないなら……最期まで、付き合ったげるっ!」
「ザミエル、わたしの全力、遠慮せずにもってけーーーっ!!」
 シルは、高速詠唱からの全力魔法の『七芒星精霊収束砲』を発射した。
 満身創痍のジェネラル級は、晶にむかって鉤爪を振り下ろす。
 魔晶剣アークイーターの封印が一部解除され、『貪リ喰ラウモノ(ムサボリクラウモノ)』、巨大な牙と口のような異形の大剣に変異した。
「テメェと俺ら、どっちの復讐が上回るか勝負といこうぜ! さぁ、豊島区からの……いいや、新宿決戦から続くテメェと俺らディアボロスの因縁にケリをつけようか! 喰い破れ、アークイーター!」
 右腕一本で、それを振り上げた。
 手ごたえがある。
 機械の足は、大剣に切断され、宙を舞う。力を使い果たしたザミエルは背中から倒れた。
 ラキアが、見下ろして言う。
「お前の戦もこれで終わりだ」
「いや、終わりじゃない。……すまねぇ、あれを」
 ザミエルが指差した先には、宝飾品が落ちていた。金のネックレスだ。
 晶と翔一は顔を見合わせる。
「あれは、鼠野郎とか使って……」
「これが何かなんてどうでもいい。悪魔がお守りなんて変だと思うかもしれないが、持ってりゃディアボロスと戦えると信じてたのさ。ご利益は、あったな」
 銃もコートも、分解しはじめている。
「復讐が、終わることはねぇ。さんざん、言ってくれたが、それはお前らだって同じだ……ぜ……」
 ジェネラル級アークデーモン『復讐の魔弾ザミエル』はこと切れた。
「ふぅ、これで1体だね。あと少しだから……。もうちょっと踏ん張って頑張らないとね」
 シルがそう言うまで、それほど時間がかかったわけではない。
「……願わくば、復讐なんかに囚われることもなく。あの世でみんなと楽しくいれたらよかっただろうにね……」
 綾音の言葉通りになるか、どうか。アンゼリカは、わざと元気な声を出した。
「引き続き次の目標を討ちに行こう!」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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