大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『標的がわかるかなぁ?』

標的がわかるかなぁ?(作者 大丁)

 新宿駅グランドターミナル。その改札口に集まったディアボロスたちに、時先案内がなされている。
「『TOKYOエゼキエル戦争』攻略旅団の提案により、世田谷区で行われている『残虐処刑ショー』を止める作戦を行うこととなりましたわ」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、路線図のあった上から、資料を貼った。
「世田谷区の支配者は、反抗グループの人々を捕らえて残虐な処刑を行ない、区民から反抗の意思を削ぐとともに、アークデーモンに従う人々に娯楽を提供しているようです。今回、皆様には、『目隠し射的ショー』の生放送に介入していただきます。世田谷区の勇気ある人々を救ってあげてくださいませ」

 作戦では、大田区側の海から潜入することになる。
「もともと大田区から世田谷区へとまたがる高級住宅街があり、世田谷区がわに上陸後、多摩川だった海岸線に平行するかたちで住宅街を抜けていけば、現場となる大きな駅にたどりつきます」
 地図に、差し棒が当てられた。
 史実からとられた写真も何枚か添えられている。
「『目隠し射的』は、駅の改札を入った広いスペースで行われています。監視カメラとそれを制御する駅員室が、ショーの生放送に役立つからのようですわ」
 なるほど、新宿駅の改札を案内場所に選んだのは、救出時のリハーサルができるからか、とディアボロスたちは納得した。
「スナイパーライフルを持たされた一般人たちが、薄布の目隠しをつけ、外向きの円陣を組んでいます。その周囲を、標的役の一般人が輪になって歩かされているのです。人間と人間のあいだには、ところどころトループス級『腐敗する再生者』が混じっていて、射撃役は透かしてみえる人影だけを頼りに、引き金をひかねばなりません」
 ファビエヌの声が、少し震えた。
「悪くすれば、自分たちの手で、反抗グループの同志を殺してしまうのです」
 そうなる前に、天井や柱に据えられたカメラを、ディアボロスの能力でもって破壊することで、ショーは一時的にストップする。
 救出のチャンスだ。
「皆様によって、標的役と射撃役の一般人を解放できれば、彼らは改札機を越えて、住宅街に逃げていけます。その場に残ったトループス級『腐敗する再生者』を撃破し、さらに駅員室からアクシデントの確認にきたアヴァタール級『悪魔道化師』も撃破できれば、作戦は成功となりますわ」

 ディアボロスたちは改札機を通り、現場に見立てたフロアで相談を始めた。
 その光景をみながら、ファビエヌは付け加える。
「世田谷区は、アークデーモン大同盟の主戦場である豊島区から離れております。陽動作戦としても有効かもしれませんわね。イイコトなさってください」

 本番直前の駅には、『悪魔道化師』の構内放送が響き渡っていた。
「はぁい。階段そばのトループスは、もうちょっと間隔あけてくださぁい。そこから、射撃役が入場してきますからねぇ」
 駅員室から、監視カメラを使って指示を出しているようだ。
「支配者様がお喜びになるような、すてきなアングルを狙っていきましょう。……標的役は、まだ動かないで! ショーの最中は悲鳴をあげるのもナシですよ。はい、開始、10秒前ぇ!」

 着水ポイントまで、5秒前。
 桜・姫恋(苺姫・g03043)は『水中適応』を残留させ、世田谷区へと侵入するディアボロスたちに快適な移動を提供する。
「処刑ショーなんて物騒なことは止めないとね?」
 『桜魚(オウギョ)』により、人魚の幻影も纏った。シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は効果を借り、水着姿でダイブの瞬間を待つ。
「そう。人を殺してもエネルギーに出来る奴らは本当に最悪。殺すのに躊躇がない」
 カウントがゼロになり、大田区だった場所にいっせいに飛び込んだ。
 人魚の姫恋は、海の中でもピンクの髪を優雅になびかせている。
(「まずは目的地まで泳がないと。とりあえず着くまでは楽しみつつどう助けるかも考えながら慎重に行くしかないわよね?」)
 仲間もめいめいに、進んでいるようだ。不純物がなく、深さによって景色の明度が変わってくる。
(「それにしても海の中は綺麗ね〜♪」)
 水圧への適応のためか、静寂も感じる。
 シエルシーシャの、露出度高めな水着姿が、ゆっくりとしたフォームで潜っていくのも見られた。
 彼女はといえば、作戦について考察を深めている。
(「海からの侵入も、繰り返してたら対応策考えられそうだけど……。先手を打って思い切り叩ければ、対策を練る余裕も無くなるかな? 空からの侵入は目立つし、何か他にもいい手があればいいんだけど」)
 すべての残酷処刑ショーを止めるまでは、まだまだ依頼の回数が必要だろう。
 海底の暗さと、水面の明るさを交互に見比べながら、シエルシーシャは思った。
(「まあ、今はありがたく隙を突かせてもらおう」)
 区の境目が、青い視界に浮かんできて、遂行中のミッションへと意識を戻す。
 高級住宅街は、路地が入り組んでいるうえに高低差もあって、遠方を見通せないような地形だった。出歩いている人もおらず、ひょっとしたら住民は『目隠し射的ショー』の生放送を視聴するように、義務付けられているのかもしれない。
 姫恋は、低い声で感情をにじませる。
「恐怖による支配なんて許せないし、一般人に手を出すようなやつは私が懲らしめてあげるわ」
 アスファルト道路に上陸すると、人魚の幻影も解除した。処刑場になっている駅のことを思うと、自然と声も高くなってくる。
「待ってなさいよ。着いたらあなた達の計画なんて全て台無しにしてやるわ。というか、恐怖での支配なんて一時的なものに過ぎないのよ! ね、シエルシーシャ?」
 仲間のほうをむくと、彼女は『アイテムポケット』から物品を取りだすところだった。
「ちょっと?! 誰もいないからって、ここで着替えるのではないわよね?!」
 バスタオルが目に留まって、姫恋の声はひときわ裏返る。
 水着から雫をしたたらせながら、シエルシーシャはそのタオルを投げてよこした。
「そんな、まさか」
 自分のぶんも取りだして、水気を拭いている。どうやら、装備も水着の上からするようだ。
「あ、ありがとう……」
 ホッとした顔で、姫恋も濡れたピンク髪にタオルをあてる。
 しかし、戦闘用装備を着け終わっても、シエルシーシャの露出度は高いままだった。

「……以上で、反抗グループのみなさんの紹介は終わりでぇす。鉄砲を撃つ人がしている目隠しは、ちょっとだけ透けるようになってますよ。さぁ、標的がわかるかなぁ?」
 切符売り場のあたりに到着すると、おどけた調子のアナウンスが響いてくる。
 生放送はもう行われているようだが、『射的』には間に合ったらしい。
「悪趣味が過ぎる……。いえ、褒め言葉になるのでやめておきましょう。リンバス!」
 レイア・パーガトリー(毒棘の竜騎士・g01200)は、無双馬を召喚する。
 コンコースは広めで、窓口と同じ並びに改札もあった。シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は、輪になった人影を指差す。
「ショーが始まらないうちに」
「えぇ、急いで救出していきましょ!!」
 桜・姫恋(苺姫・g03043)は、髪を跳ねさせながら、改札機を乗り越える。
 輪の中には一般人と、服を着た異形とが混ざっていた。まだ、歩き出してはおらず、人と人の合間から、目隠しされた射撃役の一団も確認できる。
「手数が必要だし……妖精さんたち、おいで」
 シエルシーシャの呼びかけに、妖精門から小さな友達が飛来してきた。
「今回はケガさせちゃいけない人たちが一杯居るから協力してね。うまく出来たら甘いものをご馳走するよ」
 薄羽を鳴らす青い光が、幾筋にもなって天井や柱を周回する。監視カメラの仕掛けられている場所を、次々と知らせてくれる。
「やるわね、妖精騎士さん。……夜天を染めよ、我が劫火!」
 ドラゴニアンの撃竜騎士、レイアは指示された場所にむかってブレスを吹いた。
 炎は、いくつもの火球となって、ばら撒かれる。
 命中したカメラは小爆発に砕け、まだ動いている機械は、妖精たちが支柱からもぎ取る。
「これでもう、駅員室の悪魔道化師からは、状況を把握できないのかしら」
 レイアが炎の息をおさめると、アナウンスにはすぐ反応があった。
「ちょっと、ちょっとぉ! なーんにも映らないじゃないですかぁ。怒られちゃうから、ほら! 『腐敗する再生者』のみなさんは、機材を調べて報告して! あと、人間を捕まえといてぇ!」
 中継ができなくて、トループスに指示を出すアヴァタール級の声。
 姫恋は、標的役をかくまうために、『闇の抱擁(ダークネスハグ)』を使った。クロノヴェーダの一体ずつに、視界を奪う覆いをほどこす。両手を、あるいは移植された腕の全部を前に突きだして、ウロウロしはじめる『再生者』。スキだらけだが、その手を一般人に触れさせるわけにはいかない。
「あくまでも逃がすのが最優先!」
 反抗グループだけを輪から抜き取り、改札がわへと押し出す。
「さぁ、みんな! 早く逃げて! ここから先は私達ディアボロスが引き受けるわ! 何も気にせずとにかく逃げるのよ!」
「同志よ、君たちがきてくれると、信じていた!」
 姫恋の『友達催眠』が、うまく効いている。レイアは、射撃役の目隠しを順番に外していた。
 なかには、事態の変化についていけない人もいた。無双馬『リンバス』の出番だ。
「もし歩けなくても掴まれるようなら移動の補助をしたり、護衛になったりしてあげてね」
妖精さんたちも、お手伝いしておいで」
 カメラの破壊具合をみたアークデーモンが、次の命令として人々を捕まえにくる可能性もある。
 けれども、シエルシーシャの友達たちは、さして妨害も受けずに誘導を務めている。
「一般人を殺すよりも、邪魔をする私たちの排除を優先すると思ったんだけど」
 この『腐敗する再生者』は、自立判断を苦手とするらしい。シエルシーシャは、誰に遠慮することもなく、声を張り上げた。
「さあ皆、早く逃げて。悪魔のショーはもうお終い。ここは私たちが引き受けた!」
 『目隠し射的』への参加を強制されていた反抗グループは、改札機を乗り越え、駅から散っていく。
 うるさかったアナウンスは、ようやく中継現場の襲撃に気付いたようだ。侵入者排除の命令を短く伝えると、それきり沈黙した。

 トループス級アークデーモン『腐敗する再生者』の一部は、人間を追う。
 しかし、反対側から券売機をまわってやって来た、これまたピンク髪の少女に行く手を阻まれた。
「ごめんごめーん、ちょいと出遅れちゃったぁ」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)だ。
「でも残酷処刑ショーの開幕には間に合ったみたいだねぇ」
 出演者は会場を出て行ったはずである。桜・姫恋(苺姫・g03043)、つまりピンクのウェーブヘアは、敵の頭越しに問いかけた。
「避難は終わったわよ。燐寧は、逃げていく人とすれ違わなかったのかしら?」
「あは、まだいるじゃん。処刑するのにちょうどいい連中がさぁ!」
 鋸刃を唸らせ、『テンペスト・レイザー』で、異形の人体に斬りかかる。それが、燐寧の答えだ。
 レイア・パーガトリー(毒棘の竜騎士・g01200)は、小さくため息をついた。
「みんなちゃんと改札を越えられたってわけね」
「すぐに道化師が駆けつけるだろうけど、それまでに綺麗さっぱり掃除しておこう」
 動じた様子もなく、シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)は、深紅の宝玉を取りだす。レイアも無双馬を呼び戻し、その鞍に跨った。
「……よし、『戦騎疾駆』でトループス級を蹴散らすわ」
「わ、私だって、悪魔に慈悲も何もないわよ?」
 姫恋は、毒蝶と桜の花びらを召喚し、つとめて陰惨になるように敵を切り刻んだ。なんだか張り合っているみたいだ。
 嬉々として『再生者』に鋸刃を押しつけている燐寧に。
「射殺とか地味で面白くないよぉ」
 いや、チェーンソーの使い手は、それに没頭しているのか。
「もっと映えるブッ殺し方ってやつを教えたげる」
 燐寧は、肉体改造で得た脚力で一気に踏み込み、敵に肉薄した。すれ違いざまに、『屠竜技:散華乱刃斬(スレイヤーアーツ・ビターブロッサム)』を放つ。
 鋸刃の回転が、真空を生むほどに速まった。
 解体された人体が宙を舞い、噴出した血が花びらのようだ。
 確かに映える。
「ふ、ふん。やるじゃないの」
 姫恋は、定番の負けず嫌いセリフをこぼしたものの、頬も桜色に染めている。
「これで心置きなくお前達を倒せるってわけね?」
 人間を追おうとした肉壁は崩された。襲撃者を倒す命令を受けている人型悪魔は、当の姫恋たちによって改札とは反対方向に寄せられている。
「桜の花びらと蝶のコラボをとくと味わって逝きなさい?」
 派手さも加えて飛ばす。
 『蝶花〜桜舞〜(チョウカ~サクラノマイ~)』は、複数の頭部を持つ個体から、余分を取り払った。
「まさか、一般人に手を出して殺そうとしてたのに、自分たちは助かりたいとかそんなことは言わないわよね?」
 残った顔に、挑発的な言葉を投げかける。
 だが、開いた口から返ってきたのは感情的な言葉ではなく、腐敗性のガスだった。
 姫恋のそばに現れた、紫桜・梓希の幻影が、蝶の毒鱗粉によって、ガスを中和してくれる。
「さぁ、終わりにしましょう?」
 首ひとつの個体は、桜の花びらを浴びせかけられて倒れた。
 シエルシーシャの胸中に、不穏な感触がうずく。
(「……この見た目とか、自我の薄さとか」)
 悪魔が乗っ取ったというより、後から足したようであり、人体のパーツが不均衡についている。
(「まさかこいつら、元はショーの被害者だったりする?」)
 確かにアークデーモンなら、『有効活用だ』などと言って、弄り回してそうではある。もっとも、確かめたり、助けたりするすべは無さそうだ。
 宝玉に封じた妖に向けて詠唱する。
 『限定開封:狂瀾怒濤の蹂躙者(リアライズ・ナックラヴィー)』、呪詛が半物質化してシエルシーシャの身体を包む。
 奇怪で歪な四腕の、巨大な人馬をかたどった。
(「一切合切、叩き潰そう。突撃して蹂躙して、ひと欠片も残らないように。もし何かの面影があったとしても、誰にもわからないくらい磨り潰そう」)
 呪体の内部で願うと、ナックラヴィーはそれを実行した。
 暴れつくしたあとに爆発四散し、多くの『再生者』を破壊に巻き込む。
「……ああ、綺麗さっぱり、とは行かないか」
 吹き飛んだ中から、本体のシエルシーシャが生まれたままの姿、と見まがうほどの水着姿で出てきた。
「悪魔の支配地にふさわしく、凄惨にはなったけど」
「ド派手にバラバラぁ! 血しぶきビューン! あはは! もっとカメラ寄せなよぉ。アークデーモンがグチャグチャになる貴重なシーンだよぉ?」
 燐寧は、ずっと高揚している。
「まあ、これから道化師を処刑するんだ。ちょうどいい装いになったんじゃないかな」
 シエルシーシャが、残りの敵にもとどめを刺していこうと向き直ったとき、階段をつかって改札内へと、派手な服を着た男が到着したのだった。
「まさかと思いましたがぁ。飛び入りの出演者は、ディアボロスとかいう奴らだったんですねぇ?」
 アヴァタール級だ。
 どうした仕組みか、彼が現れたとたんに、トループス級の動きが良くなり、しっかりとした意思疎通のもと、主を守るように壁役となった。
「悪魔道化師がアクシデントの確認に来る前に、全部勢いで片づけたかったわね」
 レイアは、肉壁の正面に、無双馬『リンバス』の鼻先を向ける。
「こんな弱点もわからないような対象にスナイパーライフルだなんて……」
 よくよく世田谷区のアークデーモンは、娯楽のセンスがおかしい。この道化か、あるいは『狼魔侯・マルコシアス』の思いつきなのか。
 『女王の棘』、王笏にも似た魔力の籠った矛を構え、リンバスに伏せて突撃するレイア。
 陣を組まれた敵に挑むのは、騎士としても望むところ。
 再生者の肉の壁は、放電をはじめる。
「その手は喰わないわ!」
 水妖甲、……ちょっとかわいいデザインのカバーをつけてしまっているが、それを投げつけた。電撃がとらえてスパークが集中している。
「はあーっ!!」
 矛の威力に、リンバスの足の良さがのった。
 一撃目で肉の壁は崩壊し、離脱したあとの数撃で、トループスを構成していた人体は、別々の屍に戻る。
 カメラが一台も動いていない撮影現場は、血だらけ。すべて、アークデーモンのものだ。

「出たわね、悪魔道化師……!」
 レイア・パーガトリー(毒棘の竜騎士・g01200)は、無双馬をまた回頭させる。
 トループスに防御させていたアヴァタール級が、ふたたび姿を現したのだ。大仰な仕草で笑っている。
「生放送の続きをね。テレビの前でお待ちの人々が世田谷区に大勢いるんですよぉ。あなたたちはぁ……」
「誰かって? ちょっとそこを通っただけのディアボロスですよ!」
 見栄をきる、高田・ユウト(塔の下の少年・g03338)。戌亥・辰巳(人間のデストロイヤー・g03481)は、無双馬『タケハヤ』の上からアークデーモンを睨みつける。
「人間の殺し合いを楽しむ者などいない。やはり、まず許せねえのはクロノヴェーダ、だな」
 同じく、シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)も、敵の態度にムッとしたようだが。
「悪いけど、悪趣味なショーは中止……いや」
 すぐに、冷淡な表情に戻った。
「うん、飛び入りだよ。道化師を処刑する役が急遽必要になったからね」
「出演? あぁ、道化自身も出演するってことでいいわよね? 私達があなたのために処刑ショー開催してあげるわ」
 桜・姫恋(苺姫・g03043)は、特注の聖剣を抜き放った。
 モーラット・コミュの『モラ』に小声で指示を与えていた仲村・裕介(人間のワールドハッカー・g08579)が、ひょいと顔を上げる。
「皆さんが活躍する番組なら、ぜひ配信したいところですが、今回は見送りましょう。もちろん、世田谷区の支配者による生放送も禁止です」
「ではぁ、ディアボロスをせん滅するリハーサルとしておきましょお。タイトルバックは、わたくしの遊び歌でぇす♪」
 悪魔道化師は不吉な歌唱をしながら、踊り始めた。
 駅構内のうち、複数あるホームと、そこへの階段を、あちらこちらへ飛び回る。姫恋は、聖剣『星桜灯月』をかざした。柄にあしらわれた桜のデザインが発光し、そのまま刀身をおおきく振ると、花びらが召喚されてくる。
「動かれると、仲間も攻撃を通せないからね。これでじっとしてもらうよ! 桜、桜、舞散って刃となれ」
 花びらにはそれぞれ刃が仕込まれており、聖剣の振りに連動して、アヴァタール級へと放たれる。
 道化の奇抜な衣装を切り刻むほどの激しい魔法だが、桜吹雪の美しさに敵でさえ引き付けられるのだ。
 ユウトと裕介も、感心した。
「すごい。特撮ヒーローの武器みたいですね!」
「ユウトさんがおっしゃっているのは、『英雄』のよう、ということでしょうか。確かに素晴らしいです」
「あなたたち、もっとかわいい言い方しなさいよね! ……さぁ、そろそろ、終わりにしましょう? 『桜降〜言ノ葉〜(サクラフルコトノハ)』!」
 『星桜灯月』は、風もつかさどる。
 桜の花びらはつむじにのって、道化師のまわりを回転しながら刃をたてた。
 踊れなくなった相手は、サプライズトイを包装のままバラ撒く。
「ギャラのかわりですよぉ。開けてみてぇ!」
 『トイボックス・ラビリンス』であろう。中身は悪趣味な罠と判っている。しかし、足元のオモチャにディアボロスの注意を引かせるのが、そもそもの狙いだ。
 裕介が、それを待っていたとばかりに、ニコリと笑った。
「モラ、さっき送ったデータを手当たり次第、バラ撒いてくれ」
 意味のない膨大な文字列や画像データだが、撒かれたオモチャの上から、モーラットがさらに撒くと、電子的な不具合がおこって、罠の誤爆を誘発させる。
 開封済みのサプライズトイは、囮にならなくなった。
「辰巳さん、道は作りました」
「ありがたく使わせてもらうぜ!!」
 無双馬『タケハヤ』の蹄が、悪趣味な残骸を踏みつぶしていく。
 ようやく花びらの刃から脱した悪魔道化師は、棘だらけのジャグリングクラブを握った。
「わたくしはぁ、チーフディレクターなのにぃ。力仕事までやらされるなんてぇ」
 笑いが消え、焦りがみえる。むかってくるタケハヤを、待ち構えて殴打する用意だろうが、タイミングがあっていない。
 罠地帯を抜けた辰巳は、馬上槍を前に向けた。
「アヴァタールだか、ディレクターだか知らんが、クロノヴェーダはぶっ潰すまでだ! 『デストロイスマッシュ』!」
 魂に満ちる衝動は、念動力として槍を強化し、悪魔道化師の胸部を打った。
「げふぅッ、あがァ!」
 曲芸の道具を取り落としながら、駅ナカ売店へと背中から突っ込む。設備のいくつかは破壊された。営業はしていない。
 追って、辰巳とレイアは、それぞれの無双馬から降りる。接近戦へと装備を切り替えた。
 商品棚のあいだから身をおこしたアークデーモンは、どこか覚悟した顔つきで、右手の爪をめいっぱい開いた。
「仕方がありません。前に出るときが来たのでしょう」
「あは、よ~やく今日のメインキャストになってくれたねぇ?」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、冷やかしながらも、『テンペスト・レイザー』に力を籠める。
「残酷処刑ショーの主役、悪魔道化師くん! いやー、みーんなきみがその気になるのを待ってたんだよぉ」
「もっとも、番組は今日で打ち切りにしてやる」
 河津・或人(エンジェルナンバー・g00444)は、背部からガジェットベースを伸ばして多腕的な姿になった。それぞれのアームには、銃や剣などの武装がセットされている。
「再放送とかダサい事すんなよ!」
「切られるのはディアボロスのほうですぅッ! バラバラに解体する新企画だ、『ファニー・スクラップショウ』!」
 店舗から飛び出してきた爪を、竜骸剣でいなしたレイアは、体をかえてレジカウンターにまで下がった。
「カメラを回させはしないわ、こんな屍を映したくないもの」
 剣で、上方を突く。
 監視カメラがあり、火花を散らして止まった。チーフディレクターは、まだ撮影を続けようとしていたのだ。或人は、少しばかり興味を持つ。
「どういう構造だったんだ? 追い詰めたと思ったが、コイツは結構、しぶといかもしれないぜ」
「い~じゃない。ねぇ、これってきみが仕切るショーでしょ?」
 燐寧の鎖鋸から、紫のオーラが沸き上がった。
「主役で座長なら、最期の瞬間まで、出来栄えに責任を持たなきゃねぇ!」
 色は、生命を侵す呪詛を表す。歓喜に震えるように鋸刃が振動している。燐寧は、頭上高く得物を持ち上げた。
「きみの全身こそ、サイコロステーキみたいに解体していくよぉ! 『呪式:死離滅裂(ヘクスアーツ・スライスアンドダイス)』!」
「チーフでぇす。ヒョオッ!」
 奇声と共に、悪魔道化師は爪の斬撃を繰り返した。
 すべてがヒットしていたら、宣言通りにディアボロスでさえ刻まれていたかもしれないが、燐寧はたった一度の振り下ろしで残らず受け止めた。
 回転鋸刃を押し付けて、さらにパラドクスで斬撃を複写することで相打ちになったのだ。
 いや、刃の数では『テンペスト・レイザー』が上回る。
 馬上槍に突かれた傷が、えぐれて開いた。
「惜しかったですねぇ。イヒヒヒ」
 ダメージは喰らっているが、おどけた調子が戻ってきている。或人は、執拗になる爪の動きに合わせて、ガジェットベースのアームを動かした。
「乗せられて油断しないように、ノリ悪いって言われても敵を倒す事に専念しよう」
 バスターライフルの銃身が、輪切りにされる。
 妖刀を電子化したレーザーブレードも競り負けた。
「後で直そう。生身の部分さえ守れれば……」
「番組がどうなるって、言いましたぁ?」
 爪が大振りになる。
「今回は格闘で勝負すっから……『SMW式回転蹴り』!」
 機械を操っていた或人が、一転してすさまじいスピードで運動し、自分の足でキックをお見舞いした。爪の一本が折れて飛ぶ。
 右腕を押さえるアヴァタール級に、レイアが上から物を言う。
「あなたが今まで犠牲にしてきた人たちの無念に足を取られてしまいなさい!」
 『女王の玉座(クイーンオブザスローン)』で、カリスマ的プレッシャーを与える。
「犠牲? 反抗グループのことです? 楽しい放送をお届けしていただけでぇ……」
 弁解しつつ、レイアのほうへと許しを請うような姿勢でにじり寄った。残留思念や亡霊をよぶパラドクスではなく、服従のかたちをとった魔術的な捕縛効果だ。
 或人がもらしたように、この悪魔道化師はしぶとい。レイアが引き付けているのは、姫恋もそうしたように足を止めたかったからだ。
 這いながらも、まだ四本残っている爪を、ときおり振り回している。
 ディアボロスたちは道化師を囲み、警戒しつつ攻撃を仕掛ける。ユウトは、『クイックアサルト』で異空間に繋がる穴から武器を取りだした。
 『ヒーロー図鑑』だ。
「さっきの遊び歌攻撃のお返しです」
 特撮テレビ番組の、架空の能力紹介を読み上げる。爪を振る動きが、ぎくしゃくしはじめた。
「やめろぉッ! ジャリ番なんて、わたくしは作りたくなぁい!」
 どうやら、番組制作という観点で、チーフディレクターにはダメージが入っているらしい。あるいは、ユウトが小さい頃から大切にしている本という存在が、歴史改竄にクサビを打ち込み、クロノヴェーダを苦しめるのか。
「君たちがいつもやってる通り被害者側に拒否権は無いから」
 シエルシーシャの足元に、暗い水溜まりが広がってくる。
「観客は居ないけどショーに協力してくれるよね?」
 ざっと見たところ、破壊したほかに撮影機材はなさそうだ。駅員室に放送システムがあるかもしれないが、その停止までは難しいだろう。水溜まりからは、どこまでも長い異形の『手』が無数に湧き出てくる。
 太いものは、悪魔道化師の身体を掴んで床に押さえつけた。
 細いものは、シエルシーシャの身体にまとわりつき、外套のように編み上げる。
「……決して爪で水着が切られるのを警戒したわけじゃないからね? 少しムカついてるだけ」
 被害者の一般人のこともそうだし、『腐敗する再生者』への心当たりもあった。
 服を着るまでもなく、道化の爪は鈍っている。おしゃべりな口もだんだん開かなくなる。
「やめ……や……めろぉ……」
「じわじわと命を啜られるといい。思い知らせる、とは言わないけど。八つ当たりみたいなものだよ。気にしないで? 『限定開封:水底の招き手(デッドリー・エンブレイス)』」
 水妖の呪詛が、アヴァタール級アークデーモンの力を奪いつくした。
 ディアボロスたちは駅構内から、そして世田谷区から引き上げる。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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