大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『スサ出産研究所を叩け!』

スサ出産研究所を叩け!(作者 大丁)

 赤と青の照明が、暗い室内をぐるぐると回っていた。
 時折、色ごしに人間の女性の顔が浮かぶ。悲鳴をあげている顔が。
 いくら叫んでも、振動のような、警笛のような、不快な音が響きわたり、女性の声はかき消される。
「改造妊婦、第三段階準備手術。完了しました」
 何者かが宣言をすると、不快音はおさまり、照明の回転も止まった。さっきまでの苦痛が去ったのか、女性はぐったりとなって、鼻筋のシルエットだけをみせている。別の太い声が、部屋の一段高くなった奥から聞こえてきた。
「よろしい。諸君、我々の研究所が、イスカンダルに大きな貢献をもたらす日は近い。ワッハッハー!」
 銅鑼をがなり立てるような笑いだ。
「実験体を部屋に戻せ! ワッハッハッハッハー!」
「了解!」
 長衣をまとった亜人らしき影が数体、女性を担ぎ上げて部屋から出て行ったようだ。太い声の主は、しばらく笑っていたが、小さな声で訊ねた。
「ハッハッハ……。女はもう、牢へ?」
「はい。楊懐様。きっと、恐怖に凍り付いて、逃げる気など起こしませんでしょう」
 宣言をした者の仕草で、部屋全体に白い照明がついた。中央にある丸テーブルが目立つ。おそらく、さっきまで女性が寝かせられていた手術台だ。壇上にいたのは、六本腕の蟲将であり、長衣の亜人『オーガコンスル』にむかって首を鳴らしてみせた。
「やれやれ。悪そうなことを、悪そうにふるまうのは、かえって骨が折れる」
「お手数をおかけします。蹂躙を含まない態度では、配下どもも納得しませんゆえ」
 亜人が下げる頭に、蟲将は囁きかける。
「わかってるよ。大戦乱の結果ならば、どれだけ民が苦しもうと平気なのだがね。せめて、小規模でいいから、戦術を活かすような戦いがないかなあ」

 新宿駅グランドターミナルには、イスカンダルのスサ行きのパラドクストレインが出現していた。
 ぬいぐるみの手伝いのもと、時先案内人は資料を抱えて列車に乗り込む。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です。スサで行われていた非道な合同結婚式による亜人の増加は、ディアボロスの活躍で阻止する事が出来ましたわ」
 その事件の一つも担当していた。
「加えて、攻略旅団の調査により、女性たちが改造手術を受けていた施設を特定できましたの。施設は、出産研究所と呼ばれているようで、スサ周辺に小規模の研究施設が点在しており、現在も、捕らえた女性を使った実験などが続けられているようです。皆様には、この施設に向かい、囚われた女性を救出した上で、二度とおぞましい実験ができないよう、施設を破壊していただきたいのです」
 事前調査が上手くいったのだろう。
 向かう先の位置や内部構造も、詳しく予知できていた。
「施設内には、重要な機密データも収められているようです。このデータは法正が施したと思われる『プロテクト』が掛かっているようですが、可能ならば、プロテクトを解除して、暗号化された機密データの奪取を行ってくださいませ。持ち帰った機密データを新宿島で解析することが出来れば、研究所を統括する敵拠点の位置や法正の所在、改造された女性の治療データなど、重要な情報を得ることが出来るかもしれませんわ」
 ファビエヌは、期待のこもった目で、依頼参加者たちを見回す。

 今回の依頼では、牢に捕らわれた女性たちを保護し、施設の完全破壊のあとで一緒に脱出することになる。
 研究所内には、手術を担当している『オーガコンスル』がいるが、全滅までさせなくとも、そこそこ戦闘を行なえばよく、設備の破壊を優先していいとのことだった。
 見取り図を差し示しながら、案内は続く。
「牢の場所はこちら、さほど厳重ではありません。扉の鍵を壊す程度で十分です。誘う説得などにも手間はかかりません。女性たちを連れて、手術室を目指してください」
 手術台の頭側に端末的なものがあり、機密データが収められている。
「プロテクトですが、3×3のマス目をもった盤になっており、横においてある『象』の人形を正しい位置に置く、という謎かけです」
 資料によると、『王』と『兵』の人形もあった。
 マスの上段中央に『王』が置かれ、それと向かい合わせになるように下段中央に『兵』が置かれている。空いているのは、上段と下段の左右と、中段の左右と中央。『象』を置けるのは、この7か所である。
 二回間違えるか、プロテクトを解除せずに、機密データを持ち帰ろうとすると、データが自動的に破壊されてしまうらしい。
「おそらく、亜人たちに内容を確認されない為のものだと思いますので、ディアボロスである皆様ならば、解除できるのではないでしょうか」
 予知によれば、一回目の回答で、もっと枠しいルールのようなものが判るはずだという。もちろん、一回で正解に至れれば十分だ。
「順調にデータを得られたならば、手術室にアヴァタール級蟲将『白水軍督・楊懐』が入ってきます。皆様の動きをよく観察して千変槍を繰り出し、的確に毒刺を行ってきます。それらの攻撃に気をつけ、楊懐を撃破してください。責任者の死亡によって、研究所は自爆装置が作動します。あとはただ脱出するだけですわ」

 列車を見送るために、ファビエヌはプラットホームに降りた。
 戸口から、付け加える。
イスカンダルの地を借りながら、法正の行為はまさに悪逆非道です。従う蟲将のなかには、良しとしない者もいるようですが、どうか白水軍督の撃破は確実に。結局のところ、彼も法正と同じことをしているのですから」

 スサ出産研究所内では、悪の準備が進められている。
 人がすっかり入る大きさのガラス円柱に、大量の蟲が入れられ、緑の液体が煮だされていた。
 オーガコンスルたちは、容器のまわりを忙しそうに動きまわる。
 円柱は、二列に並んで奥まで続く。
 あたかも、古代の神殿のごとく。

 攻撃目標の研究所は、岩山をくりぬいた内部に収められていた。
「やあやあ。随分悪どくやっているようだ」
 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、秘密の出入口を眺めて言う。
「これはまた気分がよくねー感じねぇ……」
 見張りを数えながら、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)。
「「ま……」」
 言葉がかぶって、ふたりは顔を見合わせた。冷桜が、お先にどうぞと手を差し出し、リンはかるく咳払い。
「ま、これだけ悪どくやっているならば、壊してしまっても一向に構わんだろう?」
「ええ、ええ。私たちはやることやるだけです」
 ディアボロスにとって、クロノヴェーダに手心を加えてやる必要などない。
 また先を譲られ、リンは確認したとおりの経路で忍び足。出入り口に近づいていく。冷桜もカモフラージュの布をかぶって続いた。
「とりま、警備が厳重でないってのは助かりますわね。とはいえ、警戒しないで行ってバレたら笑い話にもならんので慎重にーっと」
 施設全体を隠しているため、いかにもな見張りをつかうと目立ってしまう。
 研究所がわには、そうした都合があるようだ。少し待てば、亜人をやりすごして、内部に侵入できた。もちろん、ずっと見つからずにはおれないだろうと、リンにも心づもりがある。
亜人だからね。誘惑に引っ掛かりそうなマヌケであるならば、色仕掛けも考慮しよう。……何かこう、色欲というか繁殖欲みたいなもののイメージではあるが」
 しかし、この予測も、肩透かしになった。
 働いている『オーガコンスル』は、角の生えた赤ら顔にもかかわらず研究者然としていて、トループスどうしのやり取りも冷静で理知的だ。抱えた巻物状の書物を見たり返したりして、通路を移動しながらも議論を交わしている。
 侵入者がいるなどと、まったく想定していない。
 リンたちは順調に、第一目標を目指せた。そのかわり、トループスを捕縛や篭絡などしても、情報を得られるような隙はなさそうだ。
 牢のあるエリアに入ると、また様子が変わった。
 下働きのウェアキャットがいる。どうやら、牢番の代わりらしく、実験体にされている女性たちがいるのも、牢というより普通の居住区だった。
「人間で話が通じるのなら話をしてもいいだろうが……話が通じるような良心的な人間をそもそも牢番にはしないかな?」
 リンの問いかけに、冷桜も頷いた。
 そして、亜人の下働きでも、クロノヴェーダではないから、『モブオーラ』だけで十分にやりすごせている。見取り図のとおりに目標の部屋の前までくると、リンは扉の格子から、捕まっている女性たちの様子をみた。
 触覚や外皮など、部分的にインセクティアモドキへの兆候がある。
 皆がうなだれているが、動く体力は残っているようだった。ディアボロスたちは段取りを確認しあい、女性たちには冷桜が声をかけた。
「はぁい、脱走のお時間よ。詳しいことを話してる時間はないんで、こっから逃げ出したいんなら私を信用して付いてきて下さいな」
 召喚したメーラーデーモン『だいふく』に、なるべく静かに電磁槍を使わせ、鍵を破壊する。
 牢から出てきた順番に、羽織るための布と、飲み水のはいった容器を、『アイテムポケット』から配った。
「ここからが本番。慌てず騒がずに逃走劇と洒落こみましょうか」
「よしよし。先頭は、またまた私だね」
 リンはロングコートの前を合わせて、色仕掛け用の衣装を女性たちの視線から隠す。彼女らを、冷桜と『だいふく』に護らせ、研究ブロックへと一行を進ませた。
 手術室はその奥だ。

 丸い手術台のかたわらへと、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は一足先に向き合う。
 ここも事前情報どおり、機密データの端末があった。
「まぁさっと当たって砕けよう。頭脳労働が得意な人に後を任せるさ」
 3×3のマス目をもった操作盤に『王』と『兵』の人形が配置され、盤外には『象』だ。
「これ……チャトランガかな?」
 人形が駒だとするなら、その種類はインドのボードゲームに似る。
「んー。移動範囲的に移動先に割り込ませるのは無理がありそうな気がするが……」
 蹂躙戦記イスカンダルにあたる時代ですでに存在し、将棋やチェスのもとになったとも言われるものの、古代のルールには失われた部分や不明点も多い。
「とりあえず王の左に象を置いて見ようか。初期位置だし」
 リンは盤外の人形を手に取った。
 それを上段の左に。
「こうだ。アレだったとしても何かわかることはあるはずさ。少なくとも確率は1/6になるしね」
 プロテクトは機械仕掛けや電子部品ではなく、魔法的なものだった。ディヴィジョンの排斥力を考えれば当然だろう。
 まず、『王』と同じ向きにおいた『象』が、くるりと向きを変えて上辺側を向いた。つまり、『兵』と同じ陣営ということだ。
「おー……」
 眺めているうちに、王が象の位置に移動し、象が弾かれる。ふたたび、盤上の人形はふたつだけになったあと、魔法的なノイズのようなものが入って、配置は元通りとなった。
 象の人形も戻ってくる。
 どうやら、一回目は不正解だったようだ。
「ふむふむ、ひらめいたよ」
 ディアボロスの翻訳能力なのか、リンには今の動作で謎解きのルールが判る。
 『王』は、将棋の後手王将。動きも同じ。
 『兵』は、先手の『歩』だ。チャトランガとちがって、将棋の歩のとおりに、上方に向かって1マス動ける。
 『象』は、『金』に読み替えられる。先手として、この金を配置し、後手王将が次の手番で何をしてもとられてしまうようにすればよい。
チャトランガの駒を使ってるけど、将棋の一手詰めだよね」
 むしろ、ルールに気がつくゲームだ。

 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、手術台のかげから顔をあげ、研究ブロックと指令室につながる扉のそれぞれを見た。
 アヴァタール級の来る気配はないが、味方も追いついてこない。
「まぁ、さっと行こうか……」
 謎解きの仕組みが判り、その流れで答えにも近づいた。
「なるほど? つまりこうなるわけだ」
 もう一度、操作盤に向き合い、『象』の人形を手に取る。
「諸説ある範囲内の解釈と考えておこう。……ふっ、まるで私が頭脳派のようだね」
 ヒントを得るための玉砕役、と思っていたのでちょっと気恥ずかしい。コートの下のチューブトップは、きちんと下ろしてあるけれども。3×3マスのうち中段の中央。ちょうど、『王』と『兵』のあいだに、上方を向くかたちで『象』を置く。
「でまぁ、こうなるわけだ」
 またもや魔法的な挙動がおこり、盤面が鈍く輝く。
 一回目は正解しなかったが、人形がチャトランガの駒だと気が付けたのは、やはり大きかった。駒の姿が徐々に消え、代わって怪しげな文字の彫られた石板が現れる。
「王は進まないと死ぬので進むしか無いが、進んでも死ぬ。後ろがないならそうなる。……まぁ、普通の王様が前に出る段階で怪異に片足突っ込んでいない限り玉砕必死だろうけど」
 薄く透けていく駒を眺めながら、指で解法をなぞった。
 発光がおさまると、石板は台から取り外せて、持ちだせるようになる。
「……たまに史実では無双するのもいるが」
 この出産研究所の管理者は、『白水軍督・楊懐』の蟲将だ。戦術を駆使し、なおかつ自身も戦いたがる性格のようだから、プロテクトを仕掛けた『法正』は、彼にちなんで盤ゲームにしたのかもしれない。
 まだ姿を現さないアヴァタール級のことを思いつつ、リンは石板を抱えた。
「ま、隠密行動もここまでだね。研究所もぶっこわしにかかろう」

「さて……」
 応援に駆け付けた、逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)は、モーラット・コミュの『モ助』に語りかける。
「女性の救助と謎解きの方は大丈夫そうかな。俺たちは施設の破壊へと向かおうか」
 研究ブロックまで侵入すると、情報どおりに蟲入りの円柱が立ち並んでいた。周囲には、長衣の裾を引きずりながら、トループス級亜人『オーガコンスル』が行き来している。
 オルカと『モ助』は、適当な機材の陰に隠れて様子を伺う。
 どうやらオーガたちの働きは、円柱の操作などの作業ではなく、もっぱら議論にあるらしい。数体が寄り集まるとなにやら話し込み、円柱を見上げてはめいめいに意見を言う。集まりはすぐに解散し、また別の集まりをつくっては口を動かしていた。頭から湯気が出そうな勢いで。
 見ているうちにふつふつと感情が湧き上がってくる。嫌悪よりも先立つのは、怒り。
 亜人の議論は、むしろレクリエーションだ。楽しみのさきで造られた蟲に、毒されてゆく身体が、思考が、不憫でならない。オルカは、あらゆる負の感情を怒りへと昇華させ力に変えてゆく。
 頭の芯は冷静に。けれども敵を許さぬ熱い思いを胸に。
 誰かの為ではなく、自分自身の為に、戦いの引き金を引くと決意した。
「二度とこんな実験を出来ないようにしてやろう……!」
 漏れる言葉に、モ助も頷く。
 『神を貫く氷の弾丸(フロスト・インパクト)』で、データ粒子化していた『ガジェットライフル』を具現化する。狙いは、しゃべる亜人ではなく、蟲入り円柱。後で自爆すると知っていても、壊せるものは壊しておきたい。
 見える範囲の円柱上方へと次々に、弾丸を打ち込んだ。
 不意打ちは成功だったのだろう。
 コンスルたちは最初、ガラス片が降ってきたのを設備の異常と勘違いし、この期に及んで仮説や予測をわめきあっていた。ますます、溜まる熱気。
「頭が熱いなら冷やしてやろう。――凍りつけ!」
 特殊ガジェット弾が冷気ビームとなる。
 柱の下部に狙いを移し、亜人の研究者を破壊に巻き込んだ。
「お。始まってますな」
 手術室からいったん戻ってきたリン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、倒れた円柱からこぼれる緑の液体を、ひょいと片足あげて避ける。
 眼前に、長衣の背中がいくつもあり、その頭部から熱線を放っているのが判った。
 頭の使い過ぎにより溜まった熱を、武器に利用している。オーガコンスルの『知恵熱』攻撃だ。
「……頭脳派に見せかけてえらい近距離パワーっぷりだなあ」
 熱線を使っているのに狙う相手、オルカたちディアボロスへとグイグイ迫っていた。
「私でもそこまではいかんよ。見た目だけは哲学者っぽいのにねぇ……」
 仲間が施設破壊を優先していることも判ったので、リンは敵の後ろから陽動をしかける。コートの前をあけると、チューブトップをちょっとだけズラした。
 亜人亜人だ。自慢の肢体で誘惑できると期待。
 研究ブロックのよどんだ大気から、『大体全部機雷になる(ワールドイズマイン)』で爆弾をつくる。自分の横の円柱をふっとばした。『オーガコンスル』は振り返り、リンのほうへも迫ってくる。
「まぁ正直、組み合いはしたくないので、頑張って逃げようじゃないか」
 機材を盾にして、あちらこちらへと動き回る。
 熱線も追ってくるけれど、熱源たる知恵の使用が必要なのか、コンスルたちはリンを捕まえようとしながらも、一生懸命に話をしていた。ときどき、柱の陰から顔を出して誘導するリンには、亜人の会話の内容は聞き取れない。だが、なにやらもっと期待させられる。
「ああ、非力な私では何をされるかわかったものではない。趣味趣向的にはまぁ、構わんのだけれど、一応ね……」
 リンまで、妙なことを口走り始めた。
「……まぁしかし、組まれると本当に不利だからなぁ。ナイフくらいはあるし、刺したナイフを爆破したりは出来るけどね。ここで積極的に首絞めプレイとかSMプレイに興じているわけにもいかないからなぁ……。あちらのモノに興味はあるけど」
 ゆったりした長衣を押し上げるモノ、はリンの位置からでは確認できなかった。
 それはそうと、仲間たちを攻撃していた亜人を、すっかり引き付けることに成功している。残った敵にオルカは、ガジェットライフルを連射した。
亜人も蟲も、軽んじる事はない。その強さと繁殖力は身に染みて知っている」
 知恵熱を凍らせ、円柱も壊す。出来る限り徹底的に。
「だから、こそ。あんた達は、許せないんだよ」
 砕けたガラスと、冷気に固まる緑の液体。なかに閉じ込められる蟲。
 逃げ回ったリンの周囲も、あらかた破壊されていた。爆弾を撒いたり投げたりしていたから。
「爆発に爆発を混ぜてしまっても構わんのだろう? 木を隠すなら森の中というしね」
 最後に、遠隔爆破で数体の亜人を吹き飛ばした。
 研究ブロックの入り口側にかくまわれていた女性たちと、施設破壊のオルカたち。そして、脱出口のある手術室側に立つリンが一直線に結ばれる。味方だけ残して、邪魔なものを奇麗に爆破したかっこうだ。
「逃げ道にも爆発物置いていくから! 先に進んで!」
 手招きして、皆を通す。
 おそらく、アヴァタール級と鉢合わせになるだろう。撃破せねばならない相手なので、それもちょうどいい。

 援軍も駆け付けた。
「情報の奪取も、女性たちの保護もうまくいったか。道を切り拓く役は私が担おう」
 黒龍偃月刀をたずさえ、夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)の前を通りすぎる。
「うんうん、私のぶんを取っておかなくてもいいからね」
「心得た!」
 無双武人は赤い闘気から、分身のように狼の群れを出現させ、連れ立っていく。『神護の長槍』と『神護の輝盾』を手にエイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も続く。
「残すは蟲将のみのようですね。速やかに戦況を先に進めるため、微力ながら助太刀いたします」
「ありがと。アヴァタール級の武器も槍だっけ? がんばってよ」
 声をかけながら、リンも爆薬のセットを終えた。
 ちょうどそこへ、逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)が、女性たちを連れて研究所エリアを渡ってくる。
「敵も騒ぎに気づいている。『モ助』、最後は堂々と正面突破するよ」
 モーラット・コミュと意思を通じ合わせる。
「確実に仕留めよう」
 オルカは、出発前の忠告を繰り返し、リンがそれに頷く。彼女にも思うところがあったようだ。そして、女性たちの護衛も引き継いだ。
 手術室内では、方々から火花が散っている。
 研究設備を破壊した影響だろう。錬晏とエイレーネが円形の手術台のそばまで来ると、奥まった壇上にアヴァタール級蟲将が姿を現した。『白水軍督・楊懐』である。
 間髪入れず、錬晏は壇を乗り越え、偃月刀を『楊懐』に叩きつけた。
「ぬう、何者だ?」
「貴様は逃がさん!」
 虫の外皮を刃で押さえたまま、その場で体を入れ替え、クロノヴェーダを床へと突き落とす。錬晏が背にした壁にはアーチ状の構造があり、その先が指示された脱出口となっていた。救出した女性たちのため、まずは確保したのだ。
 斬られた箇所を、腹に近い腕で押さえると、蟲将は残りの2腕で槍を構える。
「人間の……武人のようだが」
 紫の複眼が、襲撃者をよく見ている。錬晏は取り合わず、闘気の狼に包囲を命じた。
 『悍狼縦横(カンロウジュウオウ)』、本物の狼の狩りのように、縦横無尽に駆け回り、多方面から牙を突き立てる。
「くッ……! そっちは、ウェアキャットじゃないか」
「『勇敢なる不退の志(サラレア・スターシー)』!」
 エイレーネは、急激な加速でもって突撃を行う。槍の穂先は、抉りぬくように深く突きこまれた。アヴァタール級に、地形に潜む時間を許さない。
「状況が見えてきた。法正様から預かった研究所を襲うなどと、ディアボロス以外には考えられん」
 刺し傷を、また別の手で押さえながらも、この敵は冷静になっていく。
 手術室には、オルカたち仲間が次々と入ってくる。その中には、リンに護られた、改造途中の一般人女性も含まれる。
 傷を負っているとはいえ、蟲将の姿を見た者の中からは、かぶりをふって悲鳴を上げる者がいる。
 オルカは、あえて明確に言葉にする。
「……あんたが陽懐だな。もう人々の命を弄ぶ事が出来ないよう、ここで倒させてもらう!」
 女性たちの希望となるかはわからないが、あとは有言実行するだけだ。
「いかにも、俺がこの施設の支配者さ」
 白水軍督の声色には、どこか軽さがあった。ドラのような笑い声を聞かされていた女性たちは、怖れながらも疑問を感じている。
「俺を相手に、奇襲や暗殺などと、ウキウキしてくるねぇ。ちょうど、戦いたくて仕方がなかったんだよ」
 楊懐の『白水千変槍』、変幻自在の槍が怒涛の如く振るわれる。
「オルカ殿、エイレーネ殿!」
 錬晏は、味方と呼吸を合わせ、狼たちとも一斉に動いて、この策士の視線を撹乱しようと努める。槍には偃月刀で打ち合った。それでも、刺突を防ぎきれない。
「リン殿、『フライトドローン』を使わせてもらう」
 浮遊機械のひとつをぶつけて身代わりにする。
「もちろん、構わないよ。むしろ、私もマネしよう。まぁ他の人も居るなら全周囲に気は張れまいよ」
 ひとりのアヴァタール級に、打ちかかるディアボロスたちだが、リンはそこには加わらず、危険がないよう女性たちを庇って、手術台のへりを右へ左へと移動している。
 オルカが防御ガジェットによる水の壁を張ってくれて、さらにはエイレーネが前衛に突出する。
「法正に支配され、愚かな亜人に手を焼く境遇には同情します。ですが……」
 盾で、敵の一撃を弾いた。
 頭の上でピンと立った耳が、軋む槍の柄の僅かな音を感じ取ったのだった。
「ほう、俺の『白水璧守』を見破ったのか、ウェアキャット」
「結局のところ、あなたも人の死を喰らう蟲なのです。決して許しはしません!」
 金のオーラが、エイレーネを包む。
 一度刺した穂先をもう一度、蟲将の身体に突き通した。痛打を与えたものの、神経をすり減らされたように消耗も激しい。
 ただ、物理的に槍や刀をぶつけ合う戦いではないと、逃げ回りながらもリンの観察は捉えている。
「いやあ。短剣で槍とやり合うとか御免被りたいね」
 片手の得物をチラと見る。
「戦闘狂ではあるが、まともそう? 誘惑は効かないか。……おっと、左、左! もっと寄って!」
「は、はい!」
 号令に反応する女性たちの手際が良くなってきた。
 白水軍督は戦うばかりで、一般人たちを襲ってはこない。それは、クロノヴェーダがよくみせる態度ではあるが、計略に奇策を重ねて槍を放ってくるために、リンも逃げ足を止めてはいられないのだ。
「下の槍じゃなくて手に持った槍との差し合い等御免だしね。下の槍での差し合いを挑んでくるなら、それはそれで見上げた侠気だが。受けて立ってもいいくらい」
「そ、そうなんですか?」
 止まらない言説に応じられるほど、女性たちの気力は回復していた。
「怖い声を聞かされて……、わたしたちは直接の乱暴は受けていません」
「まぁ、無いと思うけどね。せっせと不意打ちして殺そう。さっき、いいのを教えてもらった」
 股の間から、真っ赤な機械が生成される。『スーサイド・ホッパー』は、バイク型の装備だ。『秘密の贈り物(シークレット・プレゼント)』で爆弾を添えると、錬晏がドローンでやったように、蟲将の刺突にぶつけてみる。
「ぐわぁ、俺が不意打ちを?!」
 爆炎が周囲の火花を誘発しないか、ちょっとヒヤッとする感じだったが。
「どーんとやれたな。いやあ、こう言ってはあれだが、自分の思想信条に従えていないというのはテロリスト未満なのではなかろうか? まぁ、なんであれ殺すんだけれども」
 すでに女性たちとも仲良くなったので、リンは遠慮なくコートを脱ぎ、爆弾つきのままそれも投げた。
 『白水軍督・楊懐』を、さらなる爆発が襲う。
 オルカは、手術室内が赤く照らされても、女性たちが無事でいるのを確認した。
「記憶喪失の俺も、自分に子や妻がいた事は思い出している。だからこそ怒りが燃える。生命への愚弄を、許すわけにはいかない。例え敵も望まなかった蛮行であったとしてもだ!」
 『衝撃(レクゥィエスカト・イン・パーケ)』の魔術を展開する。
「その身を持って罪を知れ!」
「うう……。ディアボロスは本気で俺を殺しに来ている。余興では済まなくなってきた」
 状況の分析をするのはいいが、判りすぎるのも問題だ。
 楊懐の槍は、明らかに勢いが落ちていた。オルカは、呼び出した水のシャチでその弱り目の敵を穿つ。
 全力で魔力を込め、最大火力をぶつけて。
「水よ、怒りを得て怪物と化せ。毒なる蟲を噛み砕き冥界(オルキヌス)へと誘(いざな)おう。……駆け抜けろ!」
「これというのも、法正の奴が……ぐ、ぐあああ!」
 蟲の身体が噛み砕かれ、固い殻の潰れる嫌な音がした。
 アヴァタール級蟲将、策士とうたわれた白水軍督・楊懐は沈黙する。
「片が付いたな。……さ、早く移動を」
 錬晏は、また壇上に登ると、アーチの扉をこじ開けた。逃げ遅れがないよう、今度は自分が殿になるという。オルカとリンは手を貸して、女性たちを脱出させた。
 ディアボロスたち全員が施設の外に出て走り、しばらくすると岩山ごと、出産研究所は吹き飛んでしまった。
「これまでの戦いで、法正の足取りを掴む材料は揃ったことでしょう」
 エイレーネが振り返る。
「大灯台の防衛戦力に真っ向から飛び込むことなく、暗殺できる機会があるかもしれません。……暴虐なる行いを終わらせる瞬間のため、備えましょう」
「うんうん。そっちもバッチリ」
 リンは機密データの刻まれた石板を取りだし、仲間に笑ってみせるのだった。

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