大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『バンダ海哨戒作戦』

バンダ海哨戒作戦(作者 大丁)

 最終人類史においては、『アメリカ国旗』としか表現しようがない。
 ビキニ水着のデザインの話だ。
 アヴァタール級冥海機『エルドリッジ』は、トループス級の不安をよくわかっていた。この上は、自信のある指揮官っぷりを示して、任務に集中させなくてはならない。
 ことさら堂々と姿態を、バンダ海に見せているのは、そうしたわけだった。
「あの空前の大艦隊を……」
プリンス・オブ・ウェールズ様が率いてらしたんでしょ、敗北なんてウソですぅ」
「ホントだったらヤバイじゃん。インドネシアの維持なんてできんの?」
「オーストラリア方面からの敵の侵入を警戒せよとは言われたけど、そのヤバイのと出くわしたりとか?」
 ひそひそ話の特殊潜航艇たちに、エルドリッジは笑いかけた。
「はっはっはっ。どーした、どーした。アタシにはねぇ、秘密の兵器がつまってんのよぉ」
 国旗模様のトップスを、ふんぞり返って誇示する。

 新宿駅グランドターミナルには、攻略旅団の提案を受けた列車が出現していた。
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、手早く案内の準備を済ませると、車内に依頼参加のディアボロスを集める。
ごきげんようインドネシア航路の封鎖作戦を行いますわ」
 インドネシア方面を管轄していた、ヤ・ウマト東洋艦隊は、『七曜の戦』で旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズを含めて、その主力が壊滅している。
「皆様が海戦を挑み、勝利すれば、残存戦力をインドネシアに封じ込め、流通を途絶させられます」
 人形遣いによって、ぬいぐるみが海図を広げた。
 当地には、史実の第二次世界大戦に『空の神兵』と称された日本軍落下傘部隊が制圧した、パレンバン油田などがあるようだ。
「この資源を抑える事が出来れば、冥海機ヤ・ウマトに大きな打撃を与えられるはずですわ」

 海戦の戦場も表示されていた。
 それが、バンダ海だ。
「広さは東西約1,000km、南北約500kmで、インドネシアの島々に囲まれた海域となります。ヤ・ウマト側は、オーストラリアから来るかもしれないディアボロスを警戒して哨戒活動を行っていますから、この哨戒艦隊に海戦を挑み、撃破していただきます」
 広い海域で敵を見つけるのは難しいので、哨戒活動はしっかり行なう必要がある。
 また、哨戒と同時に、『水中適応』『水面走行』などの効果が準備出来れば、海戦でも有利に戦えるはずだ。
 ファビエヌは、それらの注意点をあげたあと、敵艦隊の構成も説明した。
「護衛のトループス級は、特殊潜航艇『回天』です。指示を受ければ、体ごとぶつかって来ます。その指揮官が、アヴァタール級『エルドリッジ』で、派手な恰好に反して得意は隠密ですわ。特別な機能を搭載しているようです。ご注意ください」

 プラットホームに降りがてら、案内人は付け加えた。
「冥海機の活動には石油も資材も必要ありませんが、随伴艦を動かす為には燃料や資材は不可欠です。『冥海機ヤ・ウマト』ディヴィジョンにおいても、油田や運搬に関わる作戦が重要になってくるかもしれませんわね」

 提供された資料の写しを、玖珂・藤丸(海の漢・g09877)は開いた。
 何度目のことか判らぬほどだが、この作戦に必要なのは地道さだと、よく理解している。バンダ海の海図にまた、偵察結果を記載した。
 持ち込みは、『水面走行』エフェクトも、そう。
 凪いだ海上から、基本的には動かずに周辺を確認する。双眼鏡で何も見つからなければ、先のように記録をとり、別の海上へと移動する。敵側から探知されることを踏まえて、水面を静かに。
 その、繰り返しだ。
 『水中適応』を使い、海中から偵察しているのは、アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)。
「たゆんの気配を察知して参上したぜ」
 青い兜の内側で、意気込みを呟いた。
 スレイヤーを担う以上、対象への感度は大事にしたい。
 無機質さと禍々しさを合わせた面あて。それを含めた『悪魔装甲』に、『試作海戦装ブラスター』を装備し、潜航を続ける。
 可能な限り水底に近いところを進むのは、やはり敵側からの探知を恐れてのことだ。海戦装の推進器の出力も落とし、なるべく静音の状態を心がけた。なおかつ、水面側の細かな痕跡や、不自然なぐらい魚群がいないなどの変化に目を光らせておく。
「探索範囲が広いからな。説明で聞いてはいたがほんとに見つかるのか?」
 アッシュと藤丸は、海上のとあるポイントで落ち合った。
 確認結果の随時共有をする。
「俺のほうは、こんなとこだ。そっちの海図にも書いといてくれ」
「了解であります。水中からの情報があるのは嬉しいですね」
 改めて、インドネシアの資源分布もみる。
「ふむふむ、航路を封鎖して、敵の補給を断つんだよな。……藤丸君は、冥海機との戦いは専門だったか?」
「スレイヤーとしては、海洋生物が討伐対象であります、アッシュ殿。ただ、冥海機共の随伴艦隊による作戦の厄介さは、七曜の戦の際によく味わいましたね……」
 油田や運搬に関わる作戦が重要と、案内人の言葉を思い返していた。
「随伴艦がいるだけで余計な手間がかかるから出てこれなくするに越した事はないわな」
「一般人の被害を減らすためにも、ここはしっかりと補給線を潰しましょう! まずは敵部隊の発見からです」
 整理の終わった資料から、藤丸が顔をあげる。アッシュの青い兜が、力強く頷いた。
 再び、海戦装を操り、潜航する。
 偵察範囲の共有だけではなく、藤丸はアッシュに助言もしていた。
 深度のとりすぎは良くないとのこと。
「アヴァタール級の方は派手な格好してるらしいんでそれも判断材料にしつつ……にしてもどんな格好してるんだろうな」
 下から見上げる波の揺らぎ。
 揺れ。
 たゆんスレイヤーの心中にイメージが湧いた時、それが現れた。
「青と、赤と白……。縞パン……いや、国旗模様だ! それも上のほうの!」
 水面を、人影が滑走している。
 速度にあわせて左右に揺れるそれを、見間違えるはずがない。上下が反転した視界であっても。『エルドリッジ』と、彼女が率いる哨戒艦隊だ。
 アッシュはさっそく、敵発見の報を、仲間に伝える算段をとる。
 何かを探すためには、地道さに加えて、対象への執着も必要だ。

「割とすぐ見つかってよかったぜ!」
 兜の内側で呟き、潜航推進器の出力をさらに抑える。『パラドクス通信』には合図のコールを打ち済みだ。
「あの星条旗たゆんの相手を……いや、まずはまわりのnotたゆんから片付けるべきか?」
 ディアボロスが合流するまでのあいだ、アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、水面の影を静かに追跡した。
「敵部隊を発見出来たようですね。さっそく魚もどき共をぶちのめすとしましょう!」
 玖珂・藤丸(海の漢・g09877)は、海図を閉じると水面走行で現場に直行する。
 ふたりから離れた位置にあった風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、景色を眺めるひまもなく。
「バンダ海ねー……ファビエヌさんの人形ちゃんが資料開いた時、一瞬、パンダ海に空目して、きゃわわってテンアゲしたんだけどさー」
 いくらも経ずに、海戦へと入りそうだ。
 もちろん、白と黒のかわいいヤツにちなんだ何かはない。
「冥海機と戦うのって初めてなんだよね☆ 慣れないとこもあるけれど、頑張るよ☆」
 天(そら)は、敵味方の航跡らしきものに追いついた。それは、『回天』の子たちと、藤丸だった。
「まずは護衛のトループス級からです」
「一緒にゴー☆」
 目標を確認できたら、さっそく戦闘だ。
 水中からも、アッシュが攻撃を加えたらしく、水しぶきがあがって、アヴァタールとの連絡を分断する。
 大きな雫型のものが、跳ねた。
 アクアスライムの『レイニー』で、ビシッときまった軍服姿がともに駆けてくる。
「出遅れてしまいましたが、何とか交戦にたどり着けましたか」
 エリシア・ランヴェルト(エルフのガジェッティア・g10107)だった。救援機動力で参加した彼女に対し、藤丸が状況を伝える。
 援軍への謝意も短く述べると、『玖珂式想起術』で召喚を行なった。
「さぁ、参りましょう。火喰い鳥号!」
 かつて持っていた漁船だ。
 強くイメージすることで再現したもので、サイズは実物より小さく、藤丸が乗るとそれでいっぱいになるほど、小型である。
 エリシアは海面に立って、魔導銃を構えていた。
 特殊潜航艇『回天』の、緩く羽織ったパーカー状の装備が、敏捷性のみなもとになっている。
ディアボロスか。……神速ノ弾丸!」
 数体が突撃してくる。
 魔力障壁に頼りながらも、エリシアは照準をずらしたりはしなかった。
「エレキコート!」
 ガジェッティアが三点バーストで発射した弾丸は、雷属性の魔力がコーティングされている。直進せず、雷のようなギザギザの軌道を描いてトループスたちに命中した。
 弾丸で弾丸を打ち落とす。
 しかし、回天はまったく怯まない。ただの体当たりが続くと、エリシアもきつくなる。
「体当たりなら、こちらもぶちかましてやりましょう!」
 藤丸が、船体を走り回らせて、軟体動物化した少女と衝突させる。
 その隙に、魔導銃が構えなおされた。
 火喰い鳥号と、狙う相手を集中させ、一体ずつ確実に処理し、相手の数を減らしていく。
「進捗良好であります、エリシア殿! 敵もこちらに突っ込んできてくれるのであれば、なお都合がいいでしょう」
「なにしろ、素手ですからね。いえ、彼女たち自身が兵器……」
 一度のトリガーで、『バレットコーティング:エレクトリック』が三度の銃声をあげた。
 僚船を失いながらも、藤丸に向かってくる『回天』。
 彼女たちに側面を捉えられれば危ないと思いつつも、トループス級の航跡は単調なままだった。
「遠慮はしません。出鼻をくじいてやりますよ!」
 藤丸は、背丈ほどもある巨大な銛、『杭喰具(くいくえぐ)』を持ちだした。漁師時代から愛用している。
 特殊潜航艇が向かってきたところに投げ込み、刺し貫く。
 ややあって、青い悪魔装甲が浮上してきた。
 海中から攻撃を仕掛けていたアッシュが、『水面走行』に切り替える。
「これでもうブラスターの出力を抑える必要はない。出力全開の一斉射で相手を屠らせてもらうぜ」
 『海戦装』各面のハッチが解放される。
 角のある強面に、トループスたちは互いにくっついて怖れた。
「ヤバそうなヤツが来たじゃん……」
「わたくしたちが負けるなんてウソですぅ」
「ほら、エルドリッジ様がへーきだって。覚悟きめようよ。『剛力ニテ無双』してこー!」
 小柄だった回天に、筋力の強化が起こる。
 パーカーのフードみたいな部分の縁が、鋭い牙になった。
「アレなんだけれどさ……」
 天が、刀を鞘に納めて言った。
「なんか、ぶつかって来る子を避けるのってお姉ちゃん度が試されてない?」
「俺だとアニキ度か? 来た相手から、優先的に狙うだけだぜ!」
 アッシュは、武器を発射して、一体を撃破した。
「なーんてね。私もカウンター重視で☆」
 怖れの感情を持っているそぶりをみせたとしても、僚船を沈められれば、そこは冥海機だ。剛力に頼って肉弾戦を仕掛けてくる。
 『回天』たちは、砲撃に倒れながらも、残った個体がアッシュにしがみつくようにした。
 牙での噛みつきをくらったが、悪魔装甲が受けとめる。
「残念ながらちびっこには興味がないんでね。本命とやりあうためにささっと処理させてもらうぜ」
 少女のからだを掴んで投げた。
「『絶海砲戦』ー!!」
 轟音とともに、ひきはがした『回天』らを、次々と殲滅していく。
 天は、大破したものと、まだアッシュにしがみつくもの、藤丸やエリシアが標的にしていないものなど、敵の一体ずつの動きを把握していた。
 もちろん、自分へと殴り掛かってくるものも、だ。
 六内処を総動員した観察眼である。
「残留効果で水中抜刀も問題なさげだし、とりま、やったれー☆」
 まるで八方破れに陥ったが如くの、構えとは言えない構え。
 海戦への不慣れからではない。
 これが、『弐式抜刀「跋難陀」(ニシキバットウ「バツナンダ」)』。捌式抜刀の中で最も『後の先』に特化された抜刀術なのである。
「ヤバっ……」
「ウソでゅ」
「ごーり……き」
 必要最低限の回避と反撃を神速で実行する。天が一呼吸するうちに刀は鞘から抜かれ、トループスの少女たちに一語のみ許し、海の藻屑と斬り捨てた。
 すべての特殊潜航艇が、二度と浮上できなくなったのを確認するまで、納刀と抜刀が繰り返される。
 エリシアは、軍服の襟元に手をやった。
「ここに来る前に回天について調べてきました。あのような有人兵器が実在していたなんてにわかに信じがたいですが、その名を冠した相手が特に装備らしきものをもっていなかった辺り、そうゆうことなのでしょうね」
 汗が頬をつたったが、着衣を緩めたりはしない。
 国旗柄のビキニが近づいてきたから。
 アヴァタール級冥海機『エルドリッジ』は、口の端をひきつらせながらも笑顔を維持する。
「どーやら、配下の不安のほうが、正しかったようね。この上は、アタシの秘密兵器で……!」

「護衛も倒しましたし、指揮官のお出ましですね」
 玖珂・藤丸(海の漢・g09877)は『杭喰具』をしっかりと握り、アヴァタール級冥海機へとむかう。
「リーダー面した魚もどきを打ち倒し、インドネシア航路を封鎖に追い込みましょう!」
「来たな、俺を呼んだたゆんの持ち主!」
 『試作海戦装ブラスター』の砲身が、アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)の背中側に倒れる。近接兵装の中から『撃剣スタンエッジ』を構えると、水上機動に専念した。
 特攻兵器を片付けた後で、みずからが特攻するかのようだ。
 もしくは、吸い寄せられてるのかも。
 敵の恰好に、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、青い瞳を白黒させて呻いた。
星条旗ビキニかー……可愛い的にありよりの……いや、なしよりの……う~ん……悩む」
「鎧の人が好きそうな相手ですね」
 エリシア・ランヴェルト(エルフのガジェッティア・g10107)が申し添えたが、天はまだピンときていない。
「とりま、私は『水面走行』を使っての海上戦でゴー☆」
 水に自信がついたのか、吸血鬼の傾奇武者は近接組を追う。
「前衛は足りてそうなので、私はこのまま後衛を務めたいと思います」
 エリシアは、魔導銃に特殊弾を装填した。
「『エルドリッチ』……。当然こちらについても軽く調べました。中々面白い計画の情報が出てきたのですが、作り話ということでちょっとがっかりしましたね」
 最終人類史の記録にあるものと同名の艦は、腕組みしたままディアボロスの牽制をかわしている。
 アッシュの兜は相変わらず強面だが、動き自体はどこか楽しげだった。
「下から見上げた時もすごかったが正面から対峙するとまた違った迫力があるな……!」
 一撃離脱で間をとり、感嘆の声をもらす。納刀したままの天が、思いつきで敵に近づいた。
「迫力って……? あ、そだ。閑話休題ってヤツで……はいはーい☆ 秘密兵器ってどんなん? ニンジャ?」
 無邪気な問いかけに小首をかしげたあと、敵指揮官はふんぞり返る。
「ふふ。はっはっは!」
「あれ? 何かあんまし答えてくれそう感がない……ぴえん」
 天のしょんぼりと、豪快に笑うエルドリッチ。
 ふたりのあいだに、なにか光るものが飛来してきた。
「『玖珂式銛術"セントエルモの祝福"』、輝く一撃です!」
 藤丸の気合にあわせて投擲された、『杭喰具』だ。
 アヴァタール級は、笑ったまま難なくそれを避ける。前傾姿勢をとり、丸めた背の上を、発光体がかすめていった。
「へーき、へーき……」
 水面を見た彼女と、その足元へと滑り込んできた藤丸とで、目が合う。
「我らが船の錨をとくと味わってもらいます!」
 銛は牽制だ。
 藤丸が昔乗っていた漁船の錨、『振掬(ふらすく)』が振り上げられ、エルドリッチのあごを殴打する。
「どうですか、魚女!」
「ふーん。アタシが光る、順番てとこね」
 軽くあごを擦ると、彼女の輪郭が明るくなる。
 水着姿と思っていたが、肩から透き通った上着を羽織っていた。それと同じ透け感で冥海機の艦体、というか人間らしい身体の部分が薄くなっていく。
「深海魚にある生体発光を、魚もどきが……?」
 藤丸には透明化の原理よりも、内側からもれてくる光のほうが気になった。
「『フィラデルフィア・フローティングマイン』!」
 光は、いくつかの塊となって輪郭を抜ける。ひとつずつが浮遊爆雷となって、藤丸を爆破に巻き込んだ。
 アッシュが斬りにいったときには、エルドリッチはもうそこにはいない。
「案内人のお嬢も秘密兵器がどうとか言っていたが、アレがそうなのか?」
 すこし離れた位置に、国旗模様の上下が揺れていた。
 布地だけがヒラヒラしている。
「なんてことだ。拝むはずのものが、消えちまってやがる!」
「はっはっは。ディアボロスよ、ご期待どおりに秘密を見せよう」
 腕組みしている輪郭から、片手が背中にまわって、なんらかの操作をした。プツンと気配がして、布地の上が外れる。輪郭はさらに薄くなり、宙に浮いた下も、スルスルと水面近くまで下ろされた。
「いや! 見えないぞ! すばらしいことが起こっているはずなのに、なにひとつ見えないぞ!」
 青い兜が、咆哮をあげた。
 悔しがっても何も変わらない。ところが、外れた上下は、星と縞模様が組み変わり、対潜迫撃砲となったのだ。
「『フィラデルフィア・ヘッジホッグ』!」
 完全に透明化したエルドリッチの命令が聞こえると、アッシュは砲撃に晒される。
 エリシアは、すぐさま水面歩行から水中適応に切り替え、完全視界もつかって海の中から敵の痕跡を探った。
「透明と言えど実体がある以上、相手の挙動が反映されるはず……まさかワープなんてしてきませんよね?」
 一瞬の思いつきが、しかし悪い方に当たっていた。
 突如として背後に、気配がしたところまでは判ったのに、奇襲を防げない。
「『フィラデルフィア・フィールド』!」
 大量の気泡がブクブクと、水面に上がってくる。
「エリシア! だーいじょうぶー?」
 心配した天が、泡の中央にたどりつくと、無事な様子で浮上してきた。
「彼女の特徴が、作り話からきてるとなると……なんだか不思議な感じですね」
 魔力障壁で全身を覆ったので、致命傷は防げたようだ。口走ったのは、調査の所感らしい。
「おー……藤丸とアッシュも、よきよき☆」
「致命傷になりうるものだけを見極めて回避しました。爆雷から、私の心臓や頭などを」
「俺は悪魔装甲が受け止めてくれたぜ。……なぁ、さっきの言葉はなんだい?」
 アッシュが尋ねると、エリシアは作り話と念を押してから、『エルドリッチ』をつかった計画を話す。
「初期のステルス実験として、磁気で機雷を無効化しようとしました。ところが、艦体は光学的にも透明になってしまった。さらに瞬間移動までして離れた別の港に出現したというのです」
「生体発光と磁気に関係はないですが、透明と瞬間移動は能力に対応しております、エリシア殿」
 そして、ディアボロス側の行動も無為ではなかったと、藤丸は言った。
「搦め手から潰されるのはムカ着火ファイヤーだし、陸式抜刀を使ってガン攻めな☆」
 つまりは、もう一巡、全員の攻撃を連携させれば、敵の秘密兵器も破れる。立腹ぎみの天。
「何が秘密か聞いたけど、ノリ悪くて教えて貰えなかったしさ☆」
「そうか……ゴフッ!」
 兜の面のなかで咳き込むアッシュに、エリシアが支えの手を差し伸べたが、軽く辞退された。わずかに血の匂いまで感じる。それでも、本人がトドメ役を希望するので、それを認めた。
「最初に私が隙をつくります!」
 エリシアは、再び海中に潜ると、『ウェーブショット』を発動した。特殊な音響弾を放ち、瞬間移動の力場を乱して無効化をはかる。
 間合いの遠いところでエルドリッチが実体化し、天はボディラインだけの相手を捉える。
「電光影裏に春風を斬る――!! 『陸式抜刀「阿那婆達多」(ロクシキバットウ「アナバダッタ」)』!」
 『主殿司宗光』を抜き放った。
 不確かな敵に流水の如き太刀筋をみせていけるのは、己が身を顧みない捨て身の一撃だからこそ。
 『攻めの華』とも謳われる抜刀術は、エルドリッチを海上にまで押し上げた。
「マジオッケー☆ One for all, all for oneってヤツっしょ☆」
 ジャストのタイミングで、錨を構えた藤丸が滑り込んでくる。
「海の漢は、おまえたちの兵器には負けません!」
 降りぬいた腕に、殴打の手応えがある。そして、アッシュの感覚にも、間近でゆれる生々しさがあった。
「もはや、たゆんを拝むことはかなわないが、心の目でみてやる。お前のほうこそ、俺の技を見切れたなら褒めてやるぜ」
 幻影騎士が呼びだされた。
 斬撃による飽和攻撃で、アヴァタール級の位置を割り出す。いわば、透明対分身だ。
 水着が変化した迫撃砲も動いてはいるが、アッシュに命中させることはかなわなかった。
「『七輝剣(セブンエッジフラッシュ)』!」
 刃のない撃剣に、光の切れあじが加わり、たしかにトドメの一太刀をあびせた。
「……アタシの秘密も、出し尽くしちまったよ」
 一言、聞こえて、透明の女は消滅した。……らしい。
 水着にもどった砲が、崩れて消えたから。それを確認したエリシアと藤丸は、見えない敵と戦う緊張を解いた。
「無事に全部終わった、おつ☆ なんだけど……アレ、気になる。たゆんて?」
 天がまとわりついてくるのを、アッシュは手で制した。
「今は、そっとしておいてくれ」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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