大丁の小噺

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全文公開『亜人の槌と盾』

亜人の槌と盾(作者 大丁)

 《七曜の戦》で蹂躙戦記イスカンダルイタリア半島を新たな領域として強奪した。
 その領域における新たな支配者達が仮の宮殿として使用している、港町バーリの邸宅の一つに、翼をはやした狼の亜人『境界を越えし者』レムスが足早にやってくる。
「兄貴、キルケーがやられた、ディアボロスが攻めて来るぞ」
 《七曜の戦》後に新たに産まれたジェネラル級亜人であるレムスは、彼の兄にしてイタリアの王となるべき『起源王ロームルス』に言い放つ。
「ならば、迎え撃つ準備が必要だ」
 ロームルスがそう告げると、レムスは挑発するように鼻を鳴らした。
「ハッ、準備すれば勝てるとでも思ってるのか?」
「ならば、どうする? 断片の王よりの命が無いままに、支配地を放棄するなど出来はしない」
 ロームルスの威厳ある言葉に、だが、レムスは同意しない。
「俺達亜人は、攻めは強いが守りは弱い。デメトリオスは浅はかだったが、その力は本物だった。そのデメトリオスが攻めて負けたのならば、守勢に回った俺達がディアボロスに勝てる道理が無かろう」
 レムスの提言に、ロームルスは渋面を作る。
 バーリで新たに産まれた亜人達は、まだ充分な練兵も出来ていない弱兵に過ぎない。
 その戦力に、デメトリオスの敗残兵を加えても、バーリを守り通すのが厳しい事は事実だ。
「ならばどうする?」
 ロームルスの問いに、レムスは自嘲気味に答えた。
「『単眼王・アンティゴノス』を頼るしかない。『砕城者・デメトリオス』は、アンティゴノスの息子だった。アンティゴノスは、デメトリオスの仇を取ろうとするだろう。アンティゴノスを頼り、その仇討ちの軍勢に加えてもらい、ローマを取り戻すのだ」
 暫し思案したロームルスは、最終的にレムスに同意した。
「わかった。バーリは放棄して、共にアンティゴノスに向かおうでは無いか」
 だが、レムスは、そのロームルスの言葉に頷かず、さらなる案を口にする。
 その内容に、ロームルスの渋面はさらに深まることとなった。

「ジェネラル級亜人『魔女キルケー』を撃破した事で、蹂躙戦記イスカンダルのイタリアにおける拠点、バーリへの侵攻が可能になりましたわ」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、車内で時先案内をおこなっている。
「バーリの戦力は、デメトリオスの残存兵力と、ここ数か月で産まれた、亜人の軍勢といったところ。バーリにも大灯台があり、ファロスの光も確認されています。この大灯台を破壊できれば、イタリア南部に新たな亜人は生まれてきませんわ」
 掲出された地図の前でおおきく手を回し、該当地域を囲った。
「敵軍は、寡兵ながらも、徹底抗戦の構えを見せています。この統制のある動きをみる限り、ジェネラル級亜人であるローマの王が、直接指揮を取っているのは間違いないかと。皆様には、バーリを守る亜人の軍勢を一蹴し、バーリにいるジェネラル級との決戦に備えていただきます」

 今回は、港町バーリを守るように布陣した、敵部隊の撃破が作戦の目的となる。
 予知によれば、トループス級の『亜人剣闘士』は、最近産まれたばかりの新兵らしく、戦闘力は低い。本人たちとしては、真面目に一生懸命指示に従って戦おうとしているようだが、正直、烏合の兵士と大差ない。
 この兵を、元デメトリオス配下のアヴァタール級『生と死を司る者キュベレイ』が率いて防衛にあたっている。彼女も本心では本土に逃げ出したいはずだが、軍勢を指揮するジェネラル級に直接の命令を受けているためかなわず、死に物狂いでディアボロスと戦おうとしているようだ。
「階級が絶対のクロノヴェーダの悲しいところ、ですわね」
 しかし、ファビエヌの顔は、同情を示していない。
 バーリの街の一般人は全て殺された後だという。敵のジェネラル級は、バーリ大灯台を最終決戦の拠点に選んだようで、敵の軍勢はバーリ大灯台を護るように配置されている。
「皆様も正面から対峙し、亜人を撃破して、バーリ大灯台への道を切り開いてくださいませ」

 パラドクストレインの発車時刻となった。
 ファビエヌはホームに降りて見送る。
「少し気になったのは、敵の動きが時間稼ぎに見えることです」
 戸口から、話を付け加えた。
「デメトリオスの父親である、ジェネラル級亜人『単眼王・アンティゴノス』の援軍を期待している可能性もあるので、可能な限り早く、制圧を完了するのがイイコトかもしれませんわ」

 市街地の通りのひとつを塞ぐよう、獅子頭の指揮官は指示した。
「ここでディアボロスどもを食い止めます。あなたたちの働きで、大灯台は護られるのですよ!」
「おおー!」
 配下たちは威勢のいい声をあげた。
 鋼の鎧に身を包み、円形の盾を装備したヤギ頭のトループスたち。指揮官『生と死を司る者キュベレイ』は、口の端を持ち上げて笑ってみせた。ともかくも、防衛戦のかたちにはなりそうだと。
 ところがだ、いくらも経たないうちに、配下たちが揉め始めた。
 キュベレイはあわてて制する。
「な、なにをしているのです! 敵はまだ現れていませんよ!」
「だってコイツが、俺のほうにはみ出してきたんで……」
「ちげぇよ、隣の奴を盾で守るんだって!」
「あ、邪魔すんじゃねぇ」
「どけよ、オイラが活躍できないじゃんか」
 どうやら、剣闘士として生まれたために集団行動が苦手で、防御陣形がちぐはぐになっているらしい。せっかくの大盾も、敵を殴るために使うつもりの者が多そうだ。ただでさえ、訓練不足だというのに。
「ええい、立ち位置を教えるから、静かになさいッ!」
 キュベレイは叫び、槌で地面を叩いて、最初のひとりの持ち場を伝えた。

 街の風景には、生活の雰囲気がまだ残っていた。
 それらがそっくり戦場と化していることに、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)はいらだちを隠せない。
「皆殺しかぁ……こりゃひどいねぇ」
 建物の陰から陰へ。身を隠しながらバーリの大通りに沿って進んでいく。
「ローマが無事な内からジェネラル級が生まれてるわけで、多分そーだと思ってたけどさ。いざ人のいない街を見ちゃうと、分かってても……」
 唇を噛む。
 やがて、亜人が陣取っていると教えられたポイントから、1ブロック手前まで到達した。
「先に、エネルギーを溜めちゃおう」
 両手で巨砲を抱える。
 ダブルチェーンソーの名の通り、二枚の回転鋸刃を銃剣の如く備えたブラスターだ。曲がり角から慎重に様子を伺うと、甲冑を着たヤギ亜人が、盾を重ねて隊列を組んでいるのが見えた。
 前情報と比べて、規律正しい印象だが、おそらく列の後方からアヴァタール級が見張っているのだろう。
 そして、鎧や盾にわずかに残っている赤茶けたくすみが、残虐なる行いの証拠として、燐寧の心をまたざわつかせる。
「あたしに力を与えてくれるのはクロノヴェーダの犠牲者の怨念。痛みと怒り、未だ果たされてない復讐への想いと共鳴し、力を溜め込むよぉ」
 怨みのエネルギーは、隠しておけない。
 フルチャージまで、いくらもかからなかった。
「仇を滅し冥府へ下らん……『闇雷収束咆・殲尽破(プラズマ・ダーク・ハウリング・カタストロフ)』!」
 物陰から銃身を突きだし、敵の隊列にむかって無数のホーミングレーザーをブッ放す。
 トループス級亜人の、両端と中央を同時に抜いた。数枚の丸盾が、吹き飛ばされて宙を舞う。倒れたものと立っているもの、両方のヤギが鳴いている。
「ぎゃああッ!」
「て、敵だ、ディアボロスだ!」
キュベレイさま、キュベレイさまッ!」
 隊列の起点を失って、恐慌をきたしている。燐寧は『DCブラスター』を構えたまま、大通りを斜めに横切る。
「ただでさえちぐはぐな陣形を更に乱して、兵隊からただの群れに変えたげるねぇ」
 レーザーは撃ち続けた。
 配下の後ろから聞こえた女性の声は、指揮官のものだろう。ようやく数体の剣闘士に、応戦の指示が届く。
 盾で突っ込んでくる者は、攻撃が届くまえに打ちたおし、ヤギの口から放ってきた炎は、鋸刃を回転させて散らした。拒絶の呪力が纏わせてある。
「この世界じゃ命は安いって決めたのはきみ達だよぉ。自分らで決めたルールには、しっかり従わなきゃねぇ?」
「く、脆すぎです……」
 獅子頭亜人が、全滅した配下に愚痴をこぼしている。
「見てくれだけ立派なものを抱えて、盾役のひとつも果たせないとは!」
 アヴァタール級『生と死を司る者キュベレイ』は、黄金の槌をふりかぶる。

「いやー、きみも手下をボロクソに言えるほど立派じゃないと思うけどねぇ?」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)の挑発に、しかし獅子頭の雌亜人は口の端をつり上げた。
「何を言いますか。私は、『砕城者・デメトリオス』様に実力を認められ、指揮官にとりたててもらった誇り高きディアドコイ。いずれは戦場で息絶える運命にあっても、今はまだその時ではありません」
 槌の巨大さに加えて、全身鎧の威容を見せつける。
「ふうん……」
 斜に構えて眺めながらも警戒を怠らず、燐寧はトループスをせん滅させたブラスターを収める。
「ぎらぎらの金メッキでド派手に着飾ってるけど、中身はちっともキレイじゃない。そーゆー奴を俗物って言うんだよぉ!」
 背負っていた鎖鋸剣『テンペスト・レイザー』に持ち替え、上段の構えを経由して振り下ろした。
 『生と死を司る者キュベレイ』もすぐに反応し、鈍器と鋸刃が打ちあわさる。
「でっかいハンマーとやり合うなら、こっちもクソデカを繰り出すしかないねぇ。……『絶技:界を絶つ巨剣(フェイタリティ・ワールドスレイヤー)』!」
 街の隅々に残る怨念を、刀身に集積する。
 ハンマーを受け止めたままで、チェーンソーの全長が伸びていく。鋸の出力も増し、黄金の表面が削れてきた。
「ぐ、……くく」
 キュベレイは眼光だけを鋭くさせる。
 力任せから一転し、槌も鎧もその重さを感じさせない軽やかさで、飛び退いた。支えを失ったチェーンソーは、大きく空振りするが、燐寧はそれさえも自身の旋回力に転じる。
「ブン回すよぉ!」
 巨大化したことで、切っ先は敵に届く。
 だが、手ごたえがない。
 雌獅子は、リボンでも振っているかのように槌を扱っていた。鋸刃をいなしているのだ。
「そう来るんだったらねぇ」
 燐寧は、武器を片手持ちにし、空いたほうの袖口から『憑依の包帯』を放った。細く伸びた布は、ハンマーを握るキュベレイの手に絡みついた。
 あの動き、『クルパンデスの舞』を崩す。
 怨念で超巨大化に至ったチェーンソーが、黄金鎧の胸に。
「人を死なせなきゃ生まれてこれない以上、きみら亜人は生きてちゃいけない存在なんだ。消えてった皆のために……絶対、ブッ殺すッ!」
 刀身を叩きつける衝撃で鎧を粉砕し、回転鋸刃の斬撃で肉体を斬り削る。
「あぁっ……!」
 二段構えの破壊力に、捕縛されていないがわの腕で胸元を押さえると、アヴァタール級は後ろによろめいた。

 燐寧のことを睨みつける、獅子の瞳。
 しかしやがて唸り声もかすれて、亜人『生と死を司る者キュベレイ』に微笑みが戻ってくる。
ディアボロスのお嬢さん、あなたも死にこだわっているのですね。おしゃべりが過ぎるのも、その裏返し……」
 あからさまな挑発には乗らず、ハンマーごと捕縛した包帯も緩まらない。
 ジリジリと対峙を続けるふたりの元へ、ディアボロスの援軍が駆けつけてきた。
「ちょーっち参戦が遅れたけれども、天さん征くぜぃ☆」
「自分は、四葉。遅くになりましたが、参戦します」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)と靫負・四葉(双爪・g09880)だ。
「ファビエヌさんからバーリの制圧はガンダ案件って聞いたし、やるっきゃないっしょー☆ 幸い、他の人のお陰で残ってるのは金ぴか鎧だけになってんし☆」
「ガンダ……? ええ、強者を気取ってはいても、この牝獅子も先だってのゴブリンやオークと同じく、ここまで敗走して来た類。甘く見るつもりはありませんが、必要以上に恐れる相手でもありません。自分はいつも通り、全力でかかるのみです」
 ふたりはダッシュしたまま、包帯でつながったアヴァタール級とディアボロスの周囲をグルグルまわる。
「また、おしゃべりなお嬢さんですか!」
 キュベレイは、無理矢理にでも『クルパンデスの舞』を踊りだす。
 変幻自在な打撃は、一秒たらずの先読みでは対応しきらない。
 四葉は、全身に装備した爪や刃、浮遊腕を次々と射出していくが、それらの武器は黄金の槌に打ち返された。
「――心苦しいですが」
 弾かれた武器を、わざと背後の建物にぶつける。
 砕けてできた瓦礫で足場を乱した。キュベレイの動きは足さばきによるものとみている。舞いの妨害のために、街並みを壊させてもらう。
 チラと、燐寧の表情を伺った。
 舞いに引きずられながらもかすかに頷いてくれる。蹂躙された人々の思いは、この敵の撃破をもって昇華されるかのように。
 天にしても、喋りつづけて亜人の注意を引き付けていた。
「ハンマーの一撃って、喰らうと刀も身体もガチぱおん案件になりそうだし、回避優先になりそ。んで、金ぴか鎧とハンマーの組み合わせって『重×重』って感じだから大きく間合いを取るように回避してっても良さ気かなー☆」
「ええい、だんだん鬱陶しくなってきましたよッ!」
 軽やかに振っていたはずの槌に、重さが返ってきた。
 天を捉えようと、雌獅子は力んだらしい。
「だって、大きく間合いを取って攻撃に転じた時の踏み込みの速度なら、私も負けないだろうし。なんたって、天さんの使うパラドクスは参式抜刀。ガチのマでメッチャ速いよ?」
「お喋りのお嬢さんが……あっ!」
 瓦礫に、足をとられるキュベレイ
 その機を見て、四葉は一息に間合いを詰める。
「『テレキネシスシュート』!」
 浮遊腕の右と左。
 『参七式次元断裁器・裂天割地』と『四壱式次元破断器・四海抱擁』が、黄金鎧をえぐった。さらに、瓦礫も念動力で飛ばす。
「どう舞ったところで逃げ場のない形に追い込みます!」
「く、立ち位置を間違えたのは、私のほう……」
 獅子の口元が歪む。
 天は満面の笑みになり、宣言通りに逃げ回っていた場所から、バタバタと戻ってきた。
「その鎧、なんか金ぴか部分が剥がれてるし鍍金とか? 全身マジのゴールド鎧、とかだったらアゲだったのに、サゲだよ……ぴえん……。けどまぁ……今の指揮官たるキミの実力に相応しい……って言ったら相応しい感?」
「ぐ、あなた、……このッ」
 口の回りの速さでも、キュベレイは叶わなくなってきた。
 片手でハンマーを振り下ろしたが、天はもう、叩きつけた地面よりも内側に入り込んでいる。右足を折り左足を後ろに伸ばした極端に低い異形の構え。
 『参式抜刀「娑伽羅」(サンシキバットウ「シャガラ」)』で、逆風の斬り上げを放つ。
臥竜は止水を鑒みず――!!」
「あああぁッ!」
 腹の下辺りから脳天の上まで、天の刀が振りぬかれた。アヴァタール級亜人『生と死を司る者キュベレイ』は、黄金の全身鎧ごと一刀両断される。
 バーリの防衛箇所のひとつが堕ちた。
 ひとまず戦いは終わり、四葉灯台の方向を見る。
「しかし敵将は何を目論んでいるのやら。幾つか予想が付かないわけではありませんが……。いえ、考えても仕方のない事ですね。今はなるべく早く奴らの喉元に食らいつくことを考えなければ」
「ガンダ案件……ねぇ?」
 燐寧が、薄く笑う。
「そ、ガンダでゴーゴー☆」
 天は、日本刀を鞘に納める。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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