大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『キプロス島威力偵察行き』

キプロス島威力偵察行き(作者 大丁)

 新宿駅グランドターミナルのホームからホームへ。
 時先案内人ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、慌ただしく車内へと駆けこんできた。
ごきげんよう。当列車は攻略旅団提案による、『蹂躙戦記イスカンダル』行きとなりますわ。依頼内容は『キプロス島』への威力偵察です。現地には、マミーなどの異種族のクロノヴェーダの訓練施設があると判明しており、『TOKYOエゼキエル戦争』から漂着した大天使やアークデーモンがどの程度存在しているか等を確認する事が、作戦の目的となっております」
 人形遣いが広げた資料によれば、アンティオキア沖、キプロス島近海までは、パラドクストレインで移動できる。
「その後は、キプロス島沖の海上での戦闘を行うこととなります。巡回部隊は、大天使『神の腕』ゼルエルが率いる、マミー屑人兵ですが、マミー部隊は訓練が十分では無い烏合の衆に過ぎないようですわ」
 過去の報告を基にした、当該のアヴァタール級とトループス級の姿が掲出された。
ゼルエルは、TOKYOエゼキエル戦争を奪ったディアボロスへの復讐心を持っていると思われます。会話をする時は、それを利用すれば多くの情報を得られるかもしれません。攻略旅団の提案があるので、ゼルエルから得られる情報は、精度が高くなる筈です。ゼルエル撃破後は、他の巡回部隊が集まる前に速やかに撤退してくださいませ」

 ファビエヌは車内に資料を残し、ホームへと降りる。
 「アンティオキア制圧後ならば、キプロス島の完全攻略も不可能では無いでしょう。キプロス島の異種族訓練施設の情報か、或いは、イスカンダルにいるエゼキエル勢力の現状などについての情報があれば、攻略時の情報精度も高まる筈です。今回は海上の戦いになりますけど、冥海機ヤ・ウマトでの経験もあるので、大天使やマミーに後れを取りはしませんわね。皆様でイイコトを……」
 見送ろうとした手をあげかけて、注意を付け加えた。
「そうでしたわ。『飛翔』で高空を飛んだりした場合は、キプロス島からも目視されて、撃墜される可能性が高くなるので、絶対に行わないようにしてくださいね」

 波に揺られて、ボロ着のようなものがいくつか浮かんでいた。
 キプロス島の沖合である。
「遅いぞ、遅いぞぉ! もっとしっかり水を掻いて、俺についてこんか、マミーどもぉ!」
 ボロに声をかけているのは、筋骨隆々とした短髪の男性。
 ヒョウ柄の海パン一丁な姿だが、泳いではおらず、翼をつかって海上を飛翔している。
 『神の腕』ゼルエルが、ボロ着にみえたトループス級、『マミー屑人兵』を訓練している最中だった。
「ウボォア、ゴボ、ゴボ……」
「なんだとぉ? 片腕がもげて沈んでしまいましただぁ? 気合が足らん!」
 屑人兵の訴えを退け、鬼教官ゼルエルはゴールまでの距離を上乗せしてしまう。
「まったく、なぜ俺がこんなことを……!」
 『鬼教官』は鬼ではなく、大天使だ。
 浮かんでいるのか、沈んでいるのかわからないような配下たちを見下ろして、愚痴をこぼした。

 遠方に島影の見える海上にパラドクストレインは停車した。
 ここまでキプロスに寄っていると、内陸まではかなりの距離がある。それでもクロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は、シリアのある方角を振り返らずにはいられなかった。
「アンティオキアに包囲が敷かれている今なら、と思いましたがそう簡単にはいきませんか」
 今回は、威力偵察だ。
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、情報源を確認した。
「ふむ、大天使が他の種族に対して指導的な立場に就いているのですね」
「これまで見かけなかった天使が居るあたり、無駄足にはならずに済みそうですが」
 漂着者を探ることで、クロエの望む攻略も進展するはず。
「そうですね。様子を伺うに、好き好んでというよりは、亜人どもから面倒事を押し付けられたように見えますが……。実際のところは、戦いを通じて見定めるとしましょう」
 エイレーネがエフェクトを残留させると、水面が凪いだ。その上を走っていけるようになる。クロエは、水中での呼吸を可能とさせた。
 ディアボロスたちは互いに効果を借り合い、キプロスを目指す。
 敵の姿が見当たらないうちは水面を駆け、島まで十分に接近するか、巡回兵の気配があれば泳ぐといったように、残留効果を使い分けて効率的に進んだ。
 飛翔する大天使を、こちらが先に見つけることに成功する。
 特異なスタイルから、遠目にもアヴァタール級、『神の腕』ゼルエルと判る。その真下で飛沫をあげているのがトループス級『マミー屑人兵』であろう。
 ふたりは潜って身を隠す。
(「種子に宿るは我が憤慨、芽吹け『ケートス・サジタリア』……」)
 クロエは、オモダカの種に魔力と尽きることのない憤慨の感情を注ぐことで急成長させ、ギリシャ神話の海獣を象った植物の怪物を作り出した。
 『ケートス』ともに、巡回部隊の位置まで潜水で近づく。
 『神護の長槍』と『神護の輝盾』を構えたエイレーネが、海中からいきなり飛び出し、先手を打った。
 『バヨネットパレード』での強襲だ。
 溺れかけのような泳ぎをしていたマミーたちは、慌ててさらに無駄な水音をたてたが、それでも呻き声で仲間を呼び寄せ、ディアボロスたちを取り囲もうとする。
「本来は銃剣を使う技とのことですが、私は銃の心得がありませんので」
 エイレーネは、『神威の光』を連射して弾幕を張ったのち、突撃して槍で刺突を浴びせるという形で同じ戦術を行う。
「アイギュプトスの哀れな死者たちよ……呪いより解き放たれ、冥府の道行きに就きなさい!」
 穂先を浴びた屑人兵はバラバラにちぎれて沈んでいった。
 海の底で死者の船に乗せてもらえればいいが。
 腕が残っているマミーは、石斧で殴打してくる。エイレーネは盾で受け止めて耐え抜き、海面に立って包囲からの離脱を試みる。そこへ、狂った声をあげながら、泳いで近づいてくる屑人兵。
 胸の魔石がはじければ、ちぎれとんだ身体が凶器となる。
(「自爆攻撃だろうと、こんな慣れない地形では恐れるに足りません」)
 クロエは、敵の動きを下から見ていた。
(「あの暑苦しい大天使と話をするにも、まずはマミーから片付けましょう。水中での戦闘に適した個体には見えません……なぜそんなものを水中戦に適応させようとしているかは知りませんが、蹂躙しましょう」)
 『ケートス』は、水中で高い能力を発揮するのだ。
 トループス級の真下につくと、次々と跳ね上げる。宙に飛ばされたマミーは単独で爆発を起こした。
(「これで、誘爆は防げますね」)
 クロエも水上に顔を出す。
 海獣の巨体を活かした体当たりと、エイレーネの槍のまえに、海に浮かんでいたマミー屑人兵は残らず砕かれた。
 ようやく高度を落としてきたアヴァタール級大天使『神の腕』ゼルエルは、悔しそうに拳を握りしめている。いや、力こぶをつくっているのかもしれない。クロエは宣言する。
「これで残るはお前だけです」

「キサマらこそ、ノコノコと追って来やがって!」
 やはり大天使は怒っているらしい。
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は身構えたまま思考を巡らせる。
(「さて……問答無用で倒してしまっては片手落ち。攻略旅団の提案の力もありますし、大天使の現状を聞かせてもらいたいですね。マミーの教官であったようですし、その線から探りましょうか」)
 軽い目配せに、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も頷きを返してきた。
 まずはクロエが、『神の腕』ゼルエルを誉める。
「なるほど、ただのマミーにしては水中戦に慣れている雰囲気でしたが、お前の教練あってこそでしたか」
 先ほどの戦闘からは、全く感じなかったことを口にした。
「ああ、苦労させられた。『TOKYOエゼキエル戦争』が奪われ、流浪の民とならなければ、あんな屑どもの相手をすることもなかった……」
 筋骨隆々なのに、肩を落としたように見える。
 エイレーネも調子を合わせ、相手への評価と、不満への同調の言葉を投げかけた。
「あなたは敵ですが、壊れかけの死者達を一廉の戦士に仕立て上げる手腕、実に見事でした。信仰を糧とする大天使として、クロノヴェーダ相手の仕事は不本意なことでしょう。それでもやり抜いたのですから、偉大な忍耐と言う他ありません」
「フン……。屑でも、一太刀くらいは浴びせられた、ってわけかい」
 いかついアゴを、自嘲気味にゆがめる。
キプロス島には異種族の教練施設があるらしいですね」
 踏みこむ、クロエ。
イスカンダル……いえ、法正でしょうか。あれがどんな指示を出したのかは知りませんが。力ばかりで戦術も知恵もない相手に、お前やお前と一緒に流れ着いた大天使……特にジェネラル級の位階にあるものが教練を行っているならば脅威になりそうですね」
 これは本心でもある。
 敵対ディヴィジョンを侵略して数を増やす亜人という勢力は危険だ。
 亜人たちに直接新宿島を狙う技術は無いかもしれないが、北アフリカや東欧など、蹂躙戦記イスカンダルに隣接する地域の住民を帰還させた後に、イスカンダルが侵攻してきたならば、最終人類史は深刻なダメージを受けてしまうだろう。
 なんとしてもディアボロスを滅ぼそうと考えた、ヘルヴィム配下の大天使やアークデーモンが、イスカンダルに協力する事は充分に考えられるのだ。
「俺たちのことを、そこまで買ってくれていたのか。シノギを削り合ったライバルだったのかもな。……けどな、喜べよ、ディアボロス。エゼキエルから来た者の扱いも、屑呼ばわりしたマミーと変わらねぇ。ただの戦闘要員になり下がったんだ」
 教官のサングラスが、複雑な心境を隠している。
 それを伺おうと、エイレーネはひとつの視点を持つ。
(「人々を殺し尽くす亜人どもと、人間を生かして感情を搾り取る種族は相性が悪いように思えます。ただ、意図的に人間を狩り尽くしていない地域や、囚われた人々が搾取される施設があるなら、エゼキエル勢力は、そこに配置されているかもしれません」)
 キプロス島から、話を広げてみた。
「あなたをここに配置した亜人どもは、いったい何を考えているのやら。大天使とアークデーモンの性質を考えれば、人口の密集した都市部に配置するのが得策ですよね。キプロスから海を渡った先……クレタ島ギリシアの地にも、アナトリア半島にも、壮麗な都市があることでしょうに。エゼキエル勢は皆、人々がいる場所には配置されていないのでしょうか?」
「さあな……。そもそも、ユダヤの聖地にくれば、新たな力を得られるかと思ったが、そうでは無かったんだ」
 抜けていた力が、拳に入り始める。
「この地には人間など数えるほどしか残っておらず、女は亜人を産み母体とされて殺され、男は蹂躙されており、信仰を説く事すらできねぇ!」
 一時は、僅かな賛辞にいい気になってしゃべったアヴァタール級だったが、結局は激昂した。
 ここまでか、とクロエは判断する。
 有力な敵や他の拠点についての情報はなかったが、少なくともキプロス島の彼らは不遇の扱いを受けている。
 下っ端の天使達やアークデーモンにとっては、信仰や畏怖を得られない、イスカンダルの情勢は厳しいのだと、エイレーネは再確認した。
「これも、すべて、ディアボロスのせいだ! だから殺す!」

「随分と吠えますね。お前は死んでもいない癖に」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)の声が、海の水のように冷たくなる。
「苦しい思いをした。許せない。だから殺す。それ自体を否定はしません。……ですが、だからこそ。殺すのはこちらです」
 尽きぬ憎悪。
 アマランサスの種に魔力とともに感情を注ぎ、クロエは次の怪物を作りだす。
 水面に立ったディアボロスたちは、戦闘を再開した。
 アヴァタール級大天使『神の腕』ゼルエルは空中にいる。縦横無尽な動きを見せるが、対抗して飛翔するわけにもいかない。キプロス本土に捕捉されるのは良くないし、かといって撃破に時間も掛けられなかった。
 慎重さに気がついたのか、海パン一丁が勝ち誇ったようなポーズをとる。
「鍛え上げられた筋肉に不可能は無い!」
「種子に宿るは我が憎悪、芽吹け『ヒュドラ・アマランサス』!」
 号令で、水面に顔を出す怪物の多頭。
 飛んでくるゼルエルを待ち受け、クロエはヒュドラに食らいつかせた。
「この地には人間など数えるほどしか残っておらず、女は亜人を産み母体とされて殺され、男は蹂躙されている。だから利用することができない、それが許せないと。ふざけていますね。蹂躙された者の憎悪を少しは知れましたか?」
 抵抗を許さず、牙からは毒が流し込まれる。
「ぬおおおぉ!」
 筋肉の天使は、力任せに怪物の顎を引き裂くが、神話をなぞるように首は再生し増える。アヴァタール級の手足に次々と噛みついた。
 ただし、無尽蔵といかないのは、術者の魔力を代償としているからだ。
 わずかな波の揺れで、クロエの足元がふらつく。
 ゼルエルは強力な羽ばたきでヒュドラの多頭をかいくぐると、魔女にむかってフライングドロップキックをぶちかます
「守護の……赤薔薇!」
 棘付きの防壁で、蹴りを受け止めたクロエだったが、後方にふきとばされ水切り皿のように跳ねた。

 頭から海に突っ込もうとしている仲間の身体を、背の高い男がキャッチした。
「もう、場外乱闘が始まってたのか。救援が遅くなっちまったぜ!」
「いいえ。間に合いました、丈治」
 クロエをそっと下ろす、常和・丈治(筋肉絵師レスラー・g04474)。いわゆるライダースーツのような、レザー地の派手なツナギ服で、鍛えた肉体を包んでいる。
 空中の『神の腕』ゼルエルを指差した。
「あんた! さっきのドロップキック、なかなか上手いじゃないか。足先も揃ってたし、威力もある! プロレスは、どこで習ったんだ?」
「専門の指導はうけてねぇ。しかし、TOKYOだったらトレーニング機器には不自由しなかったなぁ」
 大天使はいかつい顎をさすったあと、眉根を寄せた。
「おい! 俺のこと煽てておしゃべりすんのは、もう終わったんじゃねぇのか!?」
 ゼルエルは羽ばたきを強める。
「トレーニングの成果、広背筋の力を見せてやるぜぇ!」
「遅れたのは、謝っただろ?」
 丈治は両手で振りかぶった。
 畳んだパイプ椅子が握られている。プロレスの凶器としては定番で、彼が使うなら『復讐の刃』で具現化可能だ。
 投げつけられた平たい飛翔物が、ゼルエルの腹筋に食い込んだ。
「はぐうッ! げほぉ!」
 呼吸が止まったかのような顔。飛行自慢の大天使がきりもみで落ちてくる。

「ラダー(はしご)を立てられる場所がありゃ、登っていって叩き落としたところだぜ」
 ここは場外、海の上を見渡す丈治。
 ドボーンと水柱があがり、アヴァタール級は落下した。
 ずぶ濡れの翼で、『神の腕』ゼルエルは水からあがる。
「げほげほっ! ……屑どもと同じ目にあっちまった。おのれ、ディアボロスどもぉ!」
「あなた達の苦しみは即ち、人々を利用した悪行への報いでしょう」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は『神護の長槍』を構えた。
「手を下す者は確かに、わたしたち復讐者――されど、滅びの因果を導いたものは、自らの業に他なりません!」
「うるせぇ。『TOKYOエゼキエル戦争』での俺たちは、人間から信仰されていたのだ。証拠はこの、神の上腕二頭筋ッ!」
 グッとポーズをとると、力こぶからマッスルビームが放たれる。
 物理とも魔術ともつかない攻撃を、ゴルゴーンの睥睨の図像が逸らした。エイレーネは『神護の輝盾』をかざしている。
 ビームの歪曲をみて、ボディビルダーのように姿勢をかえるゼルエル
「これでもかっ!」
 しかし、静止した瞬間を狙い、クロエのヒュドラが上半身に噛みついた。さらに、滑り込んできた丈治が、相手の足首をとって関節技をきめる。
「ぐわあぁあ、きいてるっ」
 毒か拉ぎかしらないが、ディアボロスの技がゼルエルを追い詰めているのは間違いない。
 エイレーネは、間髪入れずに畳みかける。
「この身を燃え盛る流星と化してでも、人々に仇なす者を討ちます!」
 強い信仰心が加護を呼び寄せ、物理的な推進力を生む。
 超加速突撃する戦技、『舞い降りる天空の流星(ペフトンタス・メテオーロス)』だ。
「神に仕える身として、信仰の濫用を赦しはしません。欺瞞を伝うアンゲロスよ――覚悟なさい!」
 長槍の穂先が海面を二つに裂き、そのさきにあった『神の腕』をも両断した。
「お、のれ……」
 恨みの言葉を残し、アヴァタール級の鬼教官は、烏合のマミーといっしょに海の藻屑となる。
「史実におけるディアドコイの時代に、キプロスはエジプトとギリシアを結ぶ中継地点であったと聞いています。……あの地を抑えられれば、故郷への道も拓けるでしょうか?」
 島影を望む、エイレーネ。
 仲間たちも倣ったが、長居は無用だ。すぐにキプロス沖をあとにした。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『慈悲深い人形には適任だ』

慈悲深い人形には適任だ(作者 大丁)

 かつて、『サラマンカ』の城の城主の部屋にて。グランダルメの大参謀『バティスト・ジュールダン』は驚きの声をあげたものだ。
「本国からの撤退命令ですか」
「パリがディアボロスに奪われ、ミュラ殿がナポリを奪われ撤退したという事だ。これ以上、イベリア半島に戦力を置いておく事はできまい」
 そう答えながら『ジャン・ランヌ』元帥は、まっすぐに見据えてくる。
「しかし、エルドラードがスペインを制する事は、なんとしても避けねばならなかったのでは?」
「優先順位の問題だ。それに、エルドラードからイベリア半島を護る手も既に討っているそうだ」
 元帥は、大参謀の反論にも微動だにしない。ジュールダンは制帽のつばに手をやり、視線を落とした。
「どちらにせよ、私たちに拒否権はありませんね。ですが、撤退中にディアボロスの襲撃を受ければ、被害は免れません」
「ある程度の被害は織り込み済みではある。だが、君の采配で、少しでも多くの戦力を本国に送って欲しい」
 ランヌの視線には、信頼が含まれていた。
 制帽のつばが、再び上を向く。
「心得ました。あなたと、そして精鋭軍だけでも必ず、本国に送り届けましょう」
 大参謀はその後、『采配』を実行に移した。
 いくつかの経過報告を聞きながら、ランヌ元帥との約束を思い返している。
(「ようやくここまで来た。『慈悲深い人形』には適任だったな」)

 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、車内で案内している。
「『断頭革命グランダルメ』は、『黄金海賊船エルドラード』から防衛したイベリア半島を放棄して、半島の軍勢を本国に帰還させようとしているところです。『サラマンカ』は別の作戦の舞台となっておりますわ」
 ぬいぐるみを操り、変化した情勢へと資料を架け替えていく。
「自動人形の部隊は、ディアボロスと因縁のある『ジャン・ランヌ元帥』と、大参謀の称号を持つ『バティスト・ジュールダン』の2体のジェネラル級が指揮しているようですわね」
 今回の依頼は、この撤退軍に攻撃を仕掛け、できるだけ多くの軍勢を撃破して欲しいとのことだった。
「作戦がうまくいけば、ジュールダンやランヌといったジェネラル級を討つチャンスも得られますわ」

 地図は詳細なものに差し替えられる。
 ピレネー山脈の拡大図と、フランスへの帰還ルートだ。
「この山脈越えの隙を狙います。当列車は、敵の経路を先回りするように移動しますから、撤退しようとする大陸軍を先に見つけ、撃破してくださいませ」
 軍勢は、指揮するアヴァタール級と、精鋭部隊、その精鋭部隊に率いられる大群のトループス級という編成になっているようだ。
 種族はすべて自動人形である。記録や目撃例も多い敵だ。
「指揮官『慈悲深いメリザンド』は、処刑とは罪人への慈悲という考えを持っていて、刃物や爪、青いバラを武器とする冷酷な存在でした。しかし、この依頼で遭遇する個体は、人間が思うところの慈悲深さを備えているようですわ」
 大群のトループスを護って、落伍者を出さずに山脈越えを果たそうとしている。
「精鋭部隊『解体少女』もまた、大群のトループス級『リベルタス・ドール』を護ろうとします。今までの護衛するトループス級の任務は、もっぱらボスの安全でしたから、この変化は覚えておいてください。さらに、精鋭部隊と大群のどちらに攻撃を仕掛けても、指揮官はそれを護ろうとするということです」
 ファビエヌは、方法は参加者に任せるとしながらも、ひとつの提案をした。
「類似の事件を扱ったさいに判明した作戦が、今回も通用しそうです。まず、『敵部隊哨戒任務』を行い、指揮官の情報を集めてください。その上でなら、『指揮官』のみを攻撃し、撃破することが可能です。この『指揮官攻撃班』のほかに、『護衛追撃班』と『大群追撃班』を組織し、同時に依頼参加します。指揮官撃破後に逃走する精鋭部隊は護衛を放棄しており、大群は無防備、両トループスとも全滅させるまでの負担が減っていますわ」
 三班をもれなく用意できるかが、難しいところ。
「メリットは、作戦完了までの時間が短くて済む。これにつきます」

 プラットホームに降りがてら、ファビエヌはつけくわえた。
「もしも、ランヌ元帥や、大参謀のジュールダンなどの有力なジェネラル級を討てたのなら、グランダルメに与えられる打撃は計り知れませんわ。イイコトをなさってくださいませ」

 ピレネー山脈も深いところまで来ていたが、森林限界よりも低いルートをとっていたため、周囲は樹々に囲まれていた。
 『慈悲深いメリザンド』に率いられた大群は、森を抜けたところにある草原で、休憩をとらせてもらっている。精鋭部隊が等間隔で円をつくるようにして警備し、メリザンドは周回しながら、配下たちの様子を見て回る。
 とあるリベルタス・ドールが、不調をきたしていると報告を受けた。
 メリザンドはすぐに駆け付け、他の配下に症状を聞いた。
「足関節のからくりが、摩耗から破損しています」
「補給部品は十分でしたでしょう。この場で交換してあげて」
 人間を模した顔が、心配そうに眉根を寄せている。故障した人形は、首を振った。
「メリザンド様、ワタシのために時間をとらせるわけにはいきません。どうか、この森に打ち捨てていってくださいまし」
「いいえ。本国に帰るときは、みんな一緒よ」
 今度は、とびきりの笑顔になった。
 解体少女が修理するあいだ、リベルタス・ドールは何度も頷いている。瞳のない目に、涙を流す機能があれば、泣いていただろう。

 ディアボロスたちが到着した森も、生えているのは高木だ。
 その足元には茂みがあり、土地の起伏でデコボコしている。陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が見立てたところでは、木陰や岩陰を利用し、潜みながら敵部隊に近づいていけそうだった。
「今回はこっちが有利な立場にいる」
「いいじゃないいいじゃない、あたしたちが押してるって事よね?」
 牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)は、哨戒任務に手をあげた。
「うん。撤退軍を撃破していけばジェネラル級を仕留めるチャンスが出来る。ファビエヌからもらった地図は、僕の頭に叩き込んだから、フランスへの帰還ルートを逆に辿って見つけてくるよ」
 双眼鏡を手に、頼人も名乗りをあげた。
 ふたりが森に分け入ってしばらく、見渡した周囲に猛禽類とおもわれる鳥の姿があった。
「さーて、あたしも一仕事しちゃいますか!」
 エフェクトを起こし、『使い魔使役』の管理下に置く。
 先行させれば、大陸軍の現在位置を探しやすくなるだろう。指揮官『慈悲深いメリザンド』の居場所と情報も掴めるかもしれない。
「しかしいくら敵とはいえ仲間への慈悲の心を持っている相手と戦うのって気が進まないけど……」
 視覚と聴覚を鳥と共有しながら、星奈が調子を抑えた声で言った。
 頼人は、その肩に手を置く。
「『こころ』や『矜持』を持つ敵と戦うのは今回が初めてじゃないさ」
 ときに身を屈め、茂みから茂みへと駆け足になり、樹木の幹に重なるように立つこともあれば、草のあいだを腹ばいで進む。
 下生えに覆われた傾斜のむこうを覗き込もうと双眼鏡を調整していると、頼人のうしろで呻きが聞こえた。
「……うぅ」
「どうしたの、星奈?」
「鳥ちゃんの見聞きが急に途切れちゃった」
「場所は判るかい?」
「あのへん……」
 指差した方向に焦点を合わせる。
 ふたりがじっとしていると、レンズが人影を捉えた。
「『解体少女』だ。向こうもふたりいる」
 撤退軍を護衛しているトループス級であろう。近くに本隊は見当たらなかった。
「なにしてるの?」
「偵察だと思うな。僕たちには気がついていないみたいだよ。……あっ」
 双眼鏡の枠の中で、解体少女の一体が、何かを拾い上げる。
 羽を掴まれ、だらりと垂れ下がった、猛禽類だ。
 胴体部分に鋸を引いたような、荒い傷跡があり、それが致命傷になったのは明らかだった。その様子を星奈にも確認してもらい、使役していた鳥と特徴が一致した。
 トループスたちは何事か相談したあと、別行動をとった。
 去っていった一体は、おそらく指揮官への報告だろう。起伏を越えてすぐに見えなくなる。鳥を掴んだ一体はその場に残り、辺りを警戒していた。
 頼人たちからは距離があるので潜伏の続行は可能だが、突破は出来そうにない。
 待っていても、本隊が通りかかることもないだろう。ただ、敵のルートのひとつを潰したのは確かだ。哨戒はやり直せる。
 静かに後退りし、最後に見た『解体少女』の行動は、鳥の遺骸を無造作に捨てるところだった。
 アヴァタール級がどうかは知らないが、このトループスから慈悲深さは感じられない。
「戦争なんだよね、これ」
「僕達には取り戻したいものがあるんだ。悪いけど、容赦はしないよ」
 ディアボロスの仲間たちとの合流を急ぎながら、ふたりは依頼内容を聞いたときの感想をまた言い合った。意味合いに若干の変化を伴って。

 頼人と星奈が掴んだ情報は、レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が用意した『パラドクス通信』によって共有される。
「撤退中の部隊でも……いえ、だからこそと言うべきでしょうか。私たちへの警戒、対策は怠っていないようですね」
「うーん、この森の中で敵軍を探して指揮官を探るのかぁ……ちょっと骨が折れそうな予感」
 ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、また別の場所に潜んでいる。
 以後のやり取りも、通信を介したものだ。
「でも、手間がかかるのは、この作戦そのものと一緒だよね。小さな事からこつこつと行こう!」
 明るい声が、ディアボロスの手元の小さな機器にいきわたった。
「お聞きした敵の斥候の様子からすると、そのルートを本隊が通ることはないと私も考えます。報告に去った自動人形の行き先から、本隊の位置をおおよそ予測してみましょう」
 レイラは迷彩服を着こみ、先発と同じように木陰や茂みに身を隠しながら偵察に加わる。
 手分けして、別のルートを探すのだ。
「大軍って言うくらいだから、結構な人数なんだよね? だったら足音とか指示を出す声とかで大まかには場所を掴めるはず」
 ハニエルは耳をそばだてて。
「あ。レイラちゃんは、通信機をありがと☆ 私の『光学迷彩』も使ってね♪」
「フェニックス様、お借りします」
 もともと、パラドクストレインで先回りできていたので、レイラとハニエルの予測を大きく外れたりはしなかった。それぞれの隠れ場所から、撤退軍を観察できる位置につくことになる。
 森の中では迷彩は重宝し、護衛トループスによる偵察もやり過ごす。
 このあたりは、すべてが樹木に覆われているわけではなく、ところどころで森がきれ、丈の低い草だけのなだらかな地形もあった。撤退軍はそうした草原で休憩をとっていたのだ。
 大群の『リベルタス・ドール』を中央に寄せて座らせ、その周囲を『解体少女』が等間隔に並んで警備している。
 レイラとハニエルは、発見後も慎重を期した。
 当然、敵に対してすぐに手は出さず、指揮官の所在を探ろうとする。
「青い薔薇とか持ってるなら、色合い的にも見つけやすい気がするね」
 実際、ハニエルの居場所から近いところで、アヴァタール級が見回りをしていたのだ。
 薔薇と、青系のドレス。補助の腕に鋭い刃が取り付けてある。『慈悲深いメリザンド』で間違いない。
 ふたりは手分けすることとし、ハニエルは指揮官の監視に残った。
 レイラは、この後の予測行軍ルートへと先回りする。
「襲撃に適した、隠れる場所の多いところや、大群での戦闘には向かない、細い道などを探し襲撃地点を見定めてきます」
「気をつけてね☆ 私もがんばる。自軍の人形を見回るとかで、指揮官だけを攻撃出来るような動きをしたり、陣形を組んだりする時がきっと来る! はず!」
 ふたりともに収穫があった。
 ハニエルからの通信で、故障した人形を手当てするために、メリザンドが単独で休憩場所の端に向かっているらしい。もし、時先案内人の提案した三班体制で指揮官から撃破し、残りを追撃する作戦をとるなら、いますぐこの草原で行うのがいい。
 それ以外の順番で各自動人形と戦っていくなら、広い草原よりもレイラがみつけてきた森林の深い場所での襲撃地点が適している。撤退軍が休憩をあけて、移動するまで待つ。その場合、どの敵にもなにかしら護衛がついた状態となる。
 『草原』か、『森林』か。
 ディアボロスたちは、すぐに決断を下さねばならない。通信機ごしに、レイラは低く言った。
「これを逃せば、次にランヌまで手を届かせられる機会は多くないでしょう。必ずや完遂させましょう」

「みーっけた!」
 ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、指揮官の単独行動を捉えた。
 撤退軍の全体は草原で休憩中だ。
「仕掛けちゃいたいな。あの青い薔薇とドレスがこの大群の中でも目立ってると言っても見失いそうだから。決めるなら、ちょっと急ぎ目に」
 隠密や調査で散らばる仲間に通信する。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、現場のあいだを取り持っていた。
ピレネーの攻略は……ただできることを、進めていくしかない。着実に、大陸軍の戦力を削ぎ落とすために」
 チームの意見を纏めるあいま、通信機を下ろして独り言ちる。
「秩序を保った状態で撤退されるのも難儀な話だが、それも順調に事が進めばの話だ」
 アドル・ユグドラシア(我道の求道者・g08396)が、『草原』に票を投じた。
「付け入る隙があるのなら利用しよう。この戦い、俺も助力させて貰う」
「ありがとう、これで決まった。仲間たちが見つけてくれた好機を活かし、単独の指揮官へ仕掛けよう」
 迷彩コートの装備とエフェクト残留、地形の利用など、先発の偵察に倣う。
 不意打ちのタイミングと合図を周知し、敵指揮官の撃破後に追撃する二班も組織された。
「……ん?」
「おやぁ」
「これは……!」
 指揮官攻撃班の魂に、なにかが響いてきた。作戦は上手くいく、そんな予感がする。エトヴァは天使の翼から、鱗粉状のオーラを舞い散らせた。
 隠れ場所から、自動人形の手当てをしているあたりにオーラが届く。
 まかれた者を惑わし、動きを鈍らせるのだ。クロスボウ型の武器、『»Paradiesvogel«』に矢を番え、狙いをつけた。
 在りもしない幻を見ながらも、敵指揮官は存在しない物、青きバラを手に取った。
 アヴァタール級自動人形『慈悲深いメリザンド』の緊張は、配下たちには伝わっていないようだ。
「あの薔薇がじゃんじゃか降ってくるのは恐いね!」
 襲撃を一番推していたハニエルも、楽観はしていない。
 突如としてメリザンドは、周辺にそれらを叩きつけはじめる。ただし、目標はとれていないようだ。エトヴァは『山繭幻惑弓』で、彼女の胸を射抜く。
 攻撃班は隠れ場所から立ち上がり、矢を受けた敵のもとへと走った。
 青薔薇の乱舞に向かっていくことになるが、エトヴァは魔力障壁を張り、タワーシールドを掲げて広範囲を防御しつつ、視線を逸らさぬよう、まっすぐに駆ける。
「青薔薇は、すでに手にしつつあるものだな」
「エトヴァくん、すっごーい! 近寄れないし、中々狙いを定める時間も取れないよ……」
 弓状の剣、『エンジェル・ムーン』を携えながらも、ハニエルはあたふたした。
「……でも頑張る! ここでクロノヴェーダの大軍を逃がしちゃったら、このディビジョンが後々大変だもん」
 聖なる力を込めようと、精神を集中させた。
 エトヴァは翼をしならせて、鱗粉を標的にあびせ続ける。そのあいだに弓剣には、聖なるオーラの矢が番えられ、銀色に輝きだした。
「出来る限りの矢を射て、出来る限り私に釘付けになってもらうよ!」
「手負いなのに、この指揮官の攻撃には注意が要るな」
 接敵したアドルは、矢が胸に刺さったままの自動人形が、補助腕の先端に装備された刃を、激しく回転させているところに出くわす。
 処刑任務の本領発揮である。
「あう、あうううう!」
 悲痛な叫びと、敵襲を退けようという意思、回転する刃の機械音が、ないまぜになっていた。
 その懐へ、アドルは潜り込むのだ。
「小細工はせず全身全霊を込めて敵の防御諸共叩っ切る!」
 『バーサーク・ブレード』を発動した。
 クロスボウからのものに加え、ハニエルの『ホーリー・シルバー・エンジェリック・アロー』が援護してくれる。
「射抜いてみせるよ、キミのハート!」
 指揮官のすぐそばにいた自動人形は、巻き込まれて機能停止した。
「まぁ、ハニィちゃんの矢は結構優れものだからね♪」
 片目をつぶってウインク。
 ハニエルに、いつもの調子が戻ってくる。アドルの背中が合図してきたので、射撃をいったん控えると、彼はメリザンドの『哀悼の刃』について攻略法を見つけたのか、動きが変わっていた。
「慈悲深いだか何だか知らんが、首狙いと分かっているなら、どれが来るかを見定め続けるより、首の近くに来た攻撃だけを受け流すか弾くかする方が手間は少ないか?」
「多少狙いが逸れたって、あなたのハートを追いかけちゃうんだからね!」
 取り巻きの人形を倒した銀の矢が、アドルが攻めているのと反対側に回り込んで、クロスボウの矢と同じ個所に突き立った。
「あ、あああッ!!」
「メリザンド様……?」
「そんな、メリザンド様がっ!?」
 叫びに、護衛のトループスたちが気付いた。
ディアボロスだ、この罪人どもめ!」
 まだ、十分に距離は離れている。
 従順な配下が、必死に駆けつけているのは判るのだが。
「この首、渡す気は毛頭ないのでな」
 アドルが、刃のひとつをギリギリのところではじき返した。護衛や大群の動きを、潜んだ仲間たちは堪えてくれている。この作戦にも、ギリギリのところの判断が必要なのだ。
「全て、断ち切る……!」
 物理的、精神的な全力を長剣『月光』と『流星』に込め、味方の援護と魂のつながりものせた。
「ひぅっ……」
 アヴァタール級自動人形『慈悲深いメリザンド』は、まるで息をのんだような音を喉からたてたあと、アドルによって斬首された。
 指と、補助腕のさきは、撤退軍に伸ばされている。
 最期の瞬間まで配下を思っていたと、エトヴァには感じられた。
「その心意気は、指揮官として見事だよ、敬意を表する」
 クロスボウは下ろさず、メリザンドの配下たちへと向けた。指揮官撃破の合図を、パラドクス通信で飛ばしたあとで。
「ジュールダンは貴女の慈悲を利用したよ……とは伝えぬのが慈悲になったか」

「一網打尽のチャーンス! 行っくよー、ジンライくん!」
「ここで敵を全滅させられれば一気に戦力を削ぎ落せる。がんばろう、星奈!」
 合図を受けて、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)と陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、隠れ場所から草原へと飛び出した。
 ふたりは『護衛追撃班』。
 グランダルメの精鋭部隊、『解体少女』を受け持つこととなる。戦力差は、連携で埋めるつもりだ。
「あたしたちのコンビネーション、見せてあげる!」
 長柄武器を構えて走る星奈だったが、精鋭部隊は逃げるばかりだった。
 指揮官が襲撃されているあいだは護衛を間に合わせようと全力だったのに、メリザンドが撃破されてしまうと方向転換をかけてしまう。
 案内人から聞いていたように、もはやこのトループスは、護衛ではないのだ。
 お人形らしいヒラヒラした服を追いかけて、星奈は武器が届きそうな距離まで接近する。解体少女のもつ『処刑者の剣』は、鋸のような刃だった。追跡者にむかって後ろ向きに振られると、一種の波動が放たれる。
「あれ、おぞましいって聞いてたけど、抵抗できちゃった☆」
 情報では、当たれば動きが鈍くなるはずだから、距離をあけられてしまったはずだ。
「ひょっとして、あたしの勇気のせい? なんでもないなら、カウンターの薙ぎ払いをお見舞いしちゃうよ!」
 『キラキランサー』を横一文字。
 すぐ前を走っていた解体少女は、背中に重大な損傷を負って、転倒した。星奈は人形をまたぎ越す。おそらく、撃破出来ている。
「このまま倒していくのもいいけど、ジンライくんの手助けもしたいな♪」
 魔術知識をひもといて、氷雪使いの呪文を高速詠唱した。
 呼び起こした『アイスエイジブリザード』は、解体少女の群れを、まるごとその範囲に含め、凍てつく吹雪で覆い尽くしてしまう。
 真っ白になった草原で、トループスたちは視界を遮られているだろう。
 頼人は低空の飛翔に移行し、星奈を抜き去りながら手を振り、感謝を伝えた。自身も、吹雪のなかに突っ込んでいく。
「敵は総崩れだ。戦闘知識の範疇を越えて陣形が成立していない。僕が囮になって、浮き足立った敵を一ヶ所に集める計略だったけど、解体少女に戦うつもりがまったくないな。……おっと!」
 方向感覚を失った一体が、鋸剣を大上段から振り下ろしてきた。
 出会いがしらなら、『死を招く剣』も使ってくる。けれども頼人は、飛翔のスピードを活かしてフェイントをかけた。
 右に振ってから、左へ。
 鋸刃は、白くなった草地を削っただけだ。吹雪にまぎれた地面スレスレのまま、この場は離脱した。
「敵戦力が想定よりも劣っている……。これもイレギュラーのうちかな? 臨機応変にいこう」
 飛びながら反転してくると、敵の鋸刃を回避しながら早業で、トラップを仕掛ける。
 罠使いの面目躍如だ。
 早く、そして一度で多く、敵を仕留めたい。
「『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』!」
 視界が真っ白で判りにくいが、獲物が落とし穴にかかっていく気配がする。
「星奈、もうじゅうぶんだよ!」
「わかった、ジンライくん☆」
 ブリザードが止むと、解体少女たちは草より低い位置に埋もれている。
 竜骸剣とキラキランサー。
 武器でのとどめを刺した。罠の仕掛けは、混乱を助長させる目的で持ち込んだものだったが、今回は決着をつけるほど効果的だった。
「ねぇ、ジンライくん」
 大群のトループスは数があるので、ふたりは気を抜かずに敵を追い、また走りだしたのだが。
「なんとなーく、いつもより好きに戦えた、というか……。そんな感じしない?」
 星奈の問いには、頼人も頷けるところがある。
「うん。考えていた以上に、事態が良くなっていくみたいだった。息も合ってたし……」
「だよね? あたしたちのコンビネーションも成長してるんだよ♪」

「一匹残らず倒し切ろう」
 ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)が号令をかけると、ディアボロスたちにはなにか魂に響いてくるものがあった。レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)の表情はいつも通り。
「こちらの戦力は十分」
 むしろ、より落ち着いている。
 ミニドラゴン『リュカ』とフィリス・ローラシア夢現の竜使い・g04475)は、元気な感じがすると、素直に伝えあう。
「撤退する敵部隊の追撃ですか。なるべく逃がさずに仕留めますよ、リュカ」
 大群にサーヴァントをけしかけ、思いっきり暴れてもらう。フィリスも雷でトループスを撃つが、攻撃の主体はミニドラゴンだ。
 自動人形『リベルタス・ドール』は旗つきの槍を持つが、飛び回る小型の竜を追い払うのにその穂先は使われない。
「体が小さいからといって油断していると命取り……むしろ怖れているのです」
 『神竜の行進・雷撃(シンリュウノコウシン・ライゲキ)』により、リュカの動きはより激しくなった。
 身体に雷をまといつつ、飛行する軌跡も稲妻をかたどったジグザグだ。
「こ、来ないで! ここから先は、グランダルメの領土としますから!」
 震える人形の一体が、槍の石突を草地に立てた。
 ひるがえる旗を、レイラは冷ややかに見つめる。
「たとえ心なき自動人形に仲間同士を慈しむ心があったとしても」
 催眠効果を無視して踏み込む。
「あなた方が人民の皆様を弾圧し、処刑し、苦しめてきたことに何ら変わりはございません」
「それに、逃げるつもりの敵がこの地の領土宣言をするなんて、矛盾に満ちていて説得力が足りない気がするのです」
 フィリスにも旗の効果はないようだ。
 レイラは、『手製奉仕・迷(ハンドメイドサービス・ザブルゥヂーッツァ)』の銀糸を手にする。
「私たちは私たちの大事なもののために戦う、ただそれだけのことです。あなた方はもう、自身の大事なもののために戦うことすらできない」
 類似の依頼に参加したときのように、精鋭部隊も撃破され、烏合の衆と化すならば、大群の撃破も難しくないだろう。
 立てた旗はすぐに放棄され、リベルタス・ドールは敗走を続ける。
 武器としてトーチ型火炎放射器も所持しているものの、せっかくの高熱火炎も振り返りざまに使用されるだけでは、自由自在にばら撒くとはいかないようだ。
「『汚物を浄化する自由なる聖火』……。ちゃんと消火しないとね」
 ラズロルは、草原に燃え広がってしまわないか、気にかけている。レイラは、銀の糸を張り巡らせた。
 どこかのタイミングで、大群の逃亡を阻害する必要はあったから。
 糸を足場にすると、レイラはそれを伝って戦場を駆けた。拘束した人形たちのあいだを巡り、銀の針を投擲し、あるいは直接刺し貫くことで撃破していく。フィリスのミニドラゴンがそうであったように、広範囲の攻撃を行うことで敵の数を効率良く減らし、討ち漏らしのないよう心がけている。
 草が、なびいた。
「砂塵よ集え、鉄壁となりて護る力となれ! 『デザートウォール』!」
 風にふかれた砂が集まり、大きな手の形になる。ラズロルはそれを操った。まずは、あちこちに散った火の粉が、燃え移ろうとしているのを止めたい。
「砂の手で、ぱんぱん!」
 引火しそうな草を潰して砂で覆い、鎮める。
「やぁ、いつもより手が言うことをきくね。みんな、手分けして囲い込むように位置取りしよ」
「ここで敵の数を減らして、後顧の憂いを少なくするのですよ」
 砂の手に覆われた範囲へと、フィリスはリュカを放つ。レイラも銀糸を張り直した。
「貴女がたはイベリアを放棄し、キマイラウィッチを呼び込み、人民の虐殺を招いた。人民を守らぬ為政者に領有の権利はございません」
 範囲内で旗を立てようとする人形を、針の一刺しで倒す。
 砂の手は、通せんぼを逃れようとするものをビターンとはたき潰し、あるいはとっ捕まえて、仲間の方へ引き渡すかのようにぽーいと投げ飛ばした。
 ラズロルは、大群の動向を見渡しながら仲間と連携し、砂の手の囲いを狭めていく。
 連携には、指揮官と護衛の撃破にまわったディアボロスたちも含まれた。最終盤では、誰がとどめを刺したのかわからないほど、リベルタス・ドールの残骸が積み上がる。
「ナポレオンの下に行かせはしないよ。ついでにジュールダンもランヌも出てこれば良いのにな」
 『デザートウォール』を解除し、ラズロルは撤退軍のひとつを潰せたと確認する。ジェネラル級を含む本隊を捕まえるのには、まだかかりそうである。
「……ん?」
 彼の横顔に、エトヴァはこれまで以上のつながりを感じた。
 アドルとハニエルも、なにとは判らぬものに引かれている。頼人と星奈は手を握り合う、普段なら人前でそんなことはしないのに。レイラもフィリスも、戦闘前の感触を辿って、それが同じ班だったラズロルに行きついた。
「ラズ、君がなにかしたのか?」
 エトヴァが尋ねる。
「ごきげんにしてたね。みんなも何かイイことあったのかい?」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『愛情をもって育てます』

愛情をもって育てます(作者 大丁)

 畑には違いないが、森林だったところをクロノヴェーダが力任せに開墾したらしかった。
 ソロモン諸島の中央州に含まれる、小さな島だ。
 樹々がへし折れていたり、不自然に土が盛られていたりする。肝心の作物の植え方は丁寧で、10列×10列にちょうど100本。
 人間の顔が埋まっていた。
「う、ううう……」
「助けて、助けてください」
「……」
 かぼそく声をあげている者もおり、ほとんどは意識がある。意識があるまま、顔のすぐ横の『知恵ある植物』の栄養となっているのだ。
 黒いドレスの女性が、列と列のあいだを行き来していた。
 世話係のアヴァタール級フローラリアだ。
「大きくなってきましたわ。わたくしが、愛情をもって育てておりますもの」
 このような相手であっても、近くに歩いてこられれば、人はすがる。
「うう、許して……」
「はい。どういたしまして。あなたは許されたから、知恵ある植物になれるのですよ」
 もちろん、フローラリアはとりあわない。
 愛をあたえ、愛されていると思うから。
 すでに、栄養をすべて抜き取られた者たちが何人もおり、干からびた遺体が畑の周囲に無造作に積み上がっている。

 新宿駅グランドターミナルに、攻略旅団の提案を受けた列車が出現した。
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は車内に依頼参加のディアボロスを集める。
「バンダ海海戦に無事勝利できましたわ。冥海機ヤ・ウマトはインドネシアの資源を利用できなくなるでしょう」
 人形遣いによって、ぬいぐるみが海図を広げる。
 その一部は、前回のヤ・ウマト関連依頼でも掲出されたものだ。
「遠からずインドネシア奪還軍なども組織されるかもしれませんので、再奪還されないように気を付ける必要はございますが、バンダ海を制圧したことで、南太平洋への海路が開けたようです」
 海図の東側が追加された。
「皆様には、攻略旅団の方針に従い、海に沈んだ大陸の伝承がある太平洋中央に向かい、ゆくゆくは、冥海機ヤ・ウマトと黄金海賊船エルドラードの最前線となる、ガラパゴス諸島を目指していただきます」
 ぬいぐるみが、持ちきれないほど図を足していく。
 遠大な距離を移動する長期間の作戦となることがわかる。
「戦況が変わって探索が難しくなったり、探索の意味がなくなったと判断した場合は、攻略旅団で探索の停止を提案してくださいませ。今回の探索は、バンダ海から東に向かった『ソロモン諸島』となります。ソロモン諸島は、オーストラリアから漂着したフローラリアに与えられているようですわ。フローラリアは、ソロモン諸島を新たな妖精郷とするため、知恵ある植物を育て始めています」
 過去の依頼の資料なども、どんどん出てくる。
 それによれば、妖精郷では、フローラリアは知恵ある植物とエルフが融合して生まれていたが、これにはさらに前の準備段階があったようだ。
 ソロモン諸島で行われているのは『知恵ある植物』の創造だ。
 一般人を肥料として知恵ある植物を創造する。その知恵ある植物と生きた一般人を融合させてエルフを創造する。
 さらに知恵ある植物とエルフを融合させてフローラリアにする……と、こちらも果てしない計画のようだ。
 ファビエヌは、いわゆる中吊り広告の留め具をいくつも使って資料を並べた。
「正直に申し上げますと、2年後に行われる『戴冠の戦』に間に合う可能性は皆無なので脅威度は高くありません。ですが、多くの一般人が、フローラリアの農園の肥料として命を落としつつあるのです。放置する事はできませんわ」
 以降の探索の足がかりにする上でも、フローラリアの撃破は必要となる。

「現地の農園では、一般人が肥料として生き埋めにされており、その横で植物が育てられています。植物が育ち、知恵ある植物になると、肥料となった一般人は死亡してしまいます。既に、数十人の犠牲者が出ているようなので、これ以上の犠牲者を出さないように知恵ある植物農園を潰してください」
 案内人の指がもう一本たった。
「ただ、トループス級フローラリア『ヴァインビースト』が、海岸近くの難民キャンプのような集落で、一般人狩りを行う命令を受けています。肥料となって亡くなった一般人のぶんを補充するためですわ。農園と同時にビーストの撃破も行っていただきたいのです」
 資料によれば、ソロモン諸島の難民キャンプは、台湾から避難してきた一般人の中で、利用価値が低いと判断されたものが、運び込まれているらしい。
「農園に生き埋めにされた一般人は、アヴァタール級フローラリア『ディエリアナ』の世話で無理やり生かされている状態なので、埋まった状態でディエリアナを倒すと多くは死んでしまうようです。アヴァタール級と戦闘しつつ、数十人の生き埋めにされた一般人を掘り出して救出してください。一般人は酷く疲弊しており、いつ衰弱死してもおかしくないので、救出後のケアも重要となるでしょう。それが完了すれば、アヴァタール級を撃破しても被害は増えません」
 手順の多い依頼だからか、ファビエヌはそれを指折り数えて案内する。
フローラリアを一掃したあとのことです。農園の周囲には干乾びた一般人の死体が多く積み上げられているので、最後に彼らの埋葬もしてあげてくださいませ。それで、依頼は完了となります」

 ファビエヌは、役割分担などの相談を促し、ホームに降りた。
「これだけの悪行を行っていながら、フローラリアには悪意が無いようです。彼らは、一般人が知恵ある植物になる事は、一般人にとっても良い事だと信じているようです。どうか、みなさまで、もっとイイコトをなさってください」

 死体は、またも積み上がった。
 知恵ある植物が、収穫されたからだ。ディエリアナは、配下に命じる。
「お願いがありますの。海岸の集落にいって、人間をかってきてくださいな」
 ツルやツタで構成された肉食獣たちは、大きく吠えて森を抜けていった。
 その様子を、ディエリアナは見送る。
「みんないい子。わたくしの愛で、島ごと包んであげたい」
 豊かな胸部を、自ら抱きしめるようにして身を捩る。

 中央州の小島に上陸したディアボロスたちのなかに、年少で小柄な女の子たちがいた。
 月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)は10歳だ。
「バンダ海の制圧が成った今、これからの戦いをどう進めていくかには議論の余地がある……」
 零式英霊機だからなのか、出身によるものなのか。
 口ぶりは硬い。
「ことによっては、ヤ・ウマトとエルドラードの最前線を追いかけるよりも、東南アジアの平定に戦力を向けるべきだろうか」
「うーん、ヤ・ウマトのフローラリアも、すごい先を見据えた作戦だし……」
 ちょっとだけ背が高くて、3つ年上のハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、よっぽど子供っぽいしゃべりをしていた。
「肥料が一般人じゃ、後回しにもできないね。でもそうするとあっちもこっちも一気に助けないといけないのかぁ、大変だけどここは皆で何とかしなきゃね!」
「同感だ。今ここで察知できた殺戮を無視はできない。島を解放するために、往こう」
 洋上の重点についての考えを、サヨコはとりあえず脇に置くことにする。ハニエルの指摘したとおり、この依頼も方々を同時に見据える必要があるからだ。
「私はとりあえず、まだ捕まってない人を守りに行こう。捕まえるのが目的でも、一般の人達が抵抗したら傷付けられたりするかもだし」
「よし。敵が襲撃しようとする場所が分かっているなら、待ち伏せて撃滅できるはず。戦いに集落を巻き込まない、少し離れた位置で戦いに持ち込めるように待機すればいい」
 その提案が通り、ディアボロスたちは茂みに姿を隠して敵を待ち受ける。
 サヨコは森林迷彩服を身に纏い、『完全視界』によって視界を確保して、薄暗い葉陰にいても索敵に支障がないようにした。やがて、同じ植物の組成であっても、はっきりと獣の特徴をもったモノが、木々のあいだに浮かび上がる。
 『ヴァインビースト』の群れだ。
 敵の姿を認めたならば、英霊機は『銃剣付歩兵銃』による『精密狙撃』で戦端を開く。
 いくばくかのダメージを与えたことで、トループス級は戦闘態勢をとる。ディアボロスと対峙し、集落への危険度は下がったろう。
 フローラリアのトループス級は、全身を構成する植物の蔓をほどき、ハニエルの居場所まで伸ばしてきた。
「手さえ自由に出来れば矢は射てるんだよ!」
 巻き付かれて気持ち悪い。
 締められる痛みもあるが、ファンシーな錫杖『ムーンロッド』を支えに隙間を広げ、なんとか耐えている。あと、衣装がずれて、ちょっと恥ずかしい。
 蔓は、ハニエルに噛みつくために、彼女の身体を引き寄せた。
「逆に当てやすくて良いくらいかも!」
 両腕を戒めから抜き出して、弓状の剣『エンジェル・ムーン』に、光の矢をつがえる。
「蔦の塊って感じで、射掛けてもすり抜けちゃう所とかありそうだけど……頭なんかは射抜けそうだよね」
 狙いをつけていると、別の個体が口を大きくあけて、獣の咆哮をあげはじめた。
 『デッドリーハウリング』が、射撃中のサヨコに向けられている。
 先に、天使っぽい光の矢が放たれた。
「『エンジェリック・アロー』、キミのハートにブルズアイ、だぞ☆」
 ハニエルはまず、自分を噛もうとしている頭部に命中させた。拘束が解け、地面に落っことされると、すぐさま伏せ撃ちの姿勢をとり、サヨコを援護する。
 彼女は、高い位置をとろうと木の枝に足をかけている。
 咆哮していたヴァインビーストは、全身からガスを噴出させた。浴びた者の身体を蝕ませる毒素を防げるか。
「……捉えた」
 樹上からの精密狙撃で、ビーストの頭部を正確に撃ち抜き、粉砕する。
「サヨコちゃん、やったぁ♪ 私も一体ずつでも確実に仕留めて行くぞ☆」
 ハニエルは、起き上がって後退しながら光の矢を射る。
 ふたりは、敵から一定の距離を保つようにして、銃撃戦を展開した。枝葉のあいだを、弾丸と矢と、蔓とガスが何度も行き来したが、ついにヴァインビーストを構成する植物のすべてが、しなびて枯れるか、バラバラに吹っ飛ばされる。

 樹上からなら、海岸近くの集落がわずかに見えるらしかった。
 難民には被害がなさそうだと、仲間の合図を受け取りハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は飛び立つ。
「今度は埋まってる人を助けに行かなきゃ」
 クロノヴェーダが根拠地としている場所に、飛んで近づくのは危険だ。
 ゆえに今回の作戦では有益となる。
「味方が掘り出す手筈になってる。私はその邪魔をさせないように、アヴァタール級の気を引く所から!」
 『知恵ある植物』の農園は、情報通りに森の中にあった。
 樹々を乱暴に切り開いたあとがある。
 黒っぽいドレスの女が、ハニエルの飛翔をみとがめ、顔を上げてきた。
「あのアヴァタール級はお世話係。栄養にされてる人たちを救出する前に倒しちゃうと駄目なんだよね、そこはちょっと難しいな」
 天使の翼をもうひと羽ばたきさせると、ハニエルのそばに、回転する光の輪が無数に出現した。
「リングスラッシャーの光輪だよ!」
 飛翔に加えて、目立つのは確かだ。
 フローラリア種族の『ディエリアナ』は、空からの襲撃者を歓迎するかのように笑顔を浮かべた。四肢の区別がつく程度の距離なのに。ハニエルはいぶかしむ。
「敵の攻撃が、もう始まってるのかな。単なるビームならまだ良いんだけど、あの顔に魅了されちゃうのはちょっと気持ち悪い……!」
 先手はとれているはずで、地上をめがけて光輪を放った。
 黒ドレスの裾に、何か所もの裂け目をつくることに成功する。態度から、ディエリアナが戦闘に気を取られているのは間違いない。
「よしよし……。騒ぎを起こせば、弱った人を避難させる時間も稼げるはず」
 引き付けながらハニエルは、飛行ルートを農場から遠ざけようとするが。
「『わたくしに堕ちてくださる?』」
 優しい声が耳をうった。
 いや、撃たれたのは、絶対悩殺光線にだ。
「と、とにかく、気を強くもって……」
 意識は保てている。
 にもかかわらず、戻ってきたリングスラッシャーが、ハニエルの片翼をかすめた。大きなダメージは負っていないが、赦せないゲージは振り切れる。
「自分を傷つけちゃうなんてハニィちゃんには似合わない! 精一杯抵抗するぞ!」

 空対地上で展開されるディアボロスの戦いを、チラとだけ見て森住・奏(キッティコーダー・g10526)は、農園へと進み出た。
「私にはまだ十分戦えるだけの力がないから……せめて、一人でも多くの人を助けるよ!」
「はい。人間はエサでも肥料でもないのです。これ以上、犠牲者が出ないようにしなくては」
 土岐野・有人(ファントム・オブ・ザ・シルバースカイ・g02281)は、装備のほかにいくつかの道具を持ち込む。それらを置いた土のそばに、埋められた者の顔があった。
「気を確かに。少々お待ちくださいね」
「絶対に助かるから、諦めないで!」
 ふたりが声をかけると、カラカラにひからびた唇が動く。
「う、うう。助けとは、植物に生まれ変わる……ってこと……?」
 吸われた栄養のかわりに絶望を注ぎ込まれている。奏は潤む瞳を、がんばって細めた。
「ほら、見える? 私の仲間が今悪い人たちと戦ってるから、安心して。みんなも、助けにきたよ! なんだか力も湧いてきたでしょ?」
 言いつつ、有人に借りた道具を、最初のひとりのそばに差し入れる。
「……よいしょ、よいしょ……ふぅ、土を掘るって大変……みんなは農作業とかもするんだよね、すごいね! こんな大変な仕事をしてるなんて、私はお部屋にこもることが多いから……」
 奏が話しかけ続けるのは、一般人に意識を保ってもらうためだ。
 有人は、高価そうな服が汚れるのも厭わず、力仕事に勤しんでいる。
「ハァ、ハァ、……残念ながら……ちょうど良いパラドクスは持ち合わせていませんので……、地道にスコップで掘り出しましょう……ふぅふう」
「ああっ、目を閉じちゃだめだよ! 気をしっかり持って! みんな、頑張って!」
「あ、ありが……とう……」
 ただの畑仕事ではない。
 アヴァタール級の注意がそれている僅かな時間で、100人を救出せねばならないのだ。それでいて、埋まっている人を傷つけないような繊細さも要する。
 おおまかにスコップを使ったあと、最後は素手で土をどけた。
「少しでもみんなの体力の回復を試みるよ」
「応急処置もしよう。器具と薬品ならあります」
 ふたりともが持ち込んだ『活性治癒』。そして、トループス戦で先行した者も効果を残留させてくれていた。有人は『Pochette Medic』、医療用の装備も併用する。
「自力で動ける元気のある人には、動けない人が逃げるのを手伝ってもらいます。一人でも多くの人を助けたいですし、皆さん気合い入れてください」
 肥料にされていた期間の違いか、半数以上を助けたあとは、その中から救助に協力できる者もでてきた。
「ああ、畑から出られた……」
「なんて言ったらいいか。お礼をしたいが、オレたちには何もない」
「そんな! いまは生きる事だけ考えて。またいつもの日々がきっと戻ってくるからね」
 奏の口からは、ほんとの明るい声がでる。
 有人は、自分たちが潜んでいた森を指し示す。
「あ、逃げるのはアヴァタール級のいない方向でお願いしますね。アレはこの後で退治しておきますから」
 振り返って睨む。
 フローラリアの後ろ姿を。

「さて、救助できる方は救助したことですし、フローラリア・ディエリアナを退治するとしましょう」
 掘り起こした土をまたいで、土岐野・有人(ファントム・オブ・ザ・シルバースカイ・g02281)は戦場に駆け付ける。汚れた服のままでも、優雅な態度は崩さずに敵と対峙した。
 挨拶を交わそうとすると、先に黒ドレスがひるがえり、妖艶なささやきが聞こえてくる。
「あなたも……わたくしに堕ちてくださるのですか?」
「……」
 一目見て、対話する意欲が失せた。
 根本的に価値観も考えも違いすぎるのだ。
「後顧の憂いが無いよう、ここで駆逐させていただきます。……それはともかく」
 絶対悩殺は厄介だ。
 スコップを使っている間も、味方の戦いを覗き見ていたが、会話するだけでも危険そう。ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)が嫌がっていたのも印象深い。
 じっさい、土工道具から持ち替えたナイフ、『Dague en argent』の刃先が、自身に向きかけているではないか。
「的を分散させる意味でも、お互いに離れて戦った方がいいですね」
 大声を出して話しあわずとも、身振りでハニエルとは通じた。
 空中の天使は高度を下げることにする。
「よーし、生き埋めにされてた人は皆が助けてくれたみたいだね。……じゃあ私も頑張って、もう一押しと行こうかな!」
 目立って敵の気を引く必要は無くなった。
 上から見ていたが、強引に開墾された農園には、倒木や盛り土がそこいらにある。
 それらを遮蔽物に使い、不意打ちを仕掛けるのだ。有人も木々のあいだを駆け抜け、光線の直撃を避けながら戦う。
 潜んだディアボロスに対し、アヴァタール級は、無数の葉を舞い上がらせて妨害してきた。
 乱雑につくったとはいえ、地の利は農園世話係にあるようだ。
 果敢にも、有人は脚を止めないようにし、左手でナイフを投げつけては敵をけん制、右手に魔力を集中させる。攻撃のタイミングを伺った。
 隠れ場所のハニエルも、纏わりつく葉っぱを払いながら耐える。
 フェイントの一本に、ディエリアナの注意が向いた。
「星の光を束ね、疾く走れ、銀の流星!」
 右手に集めた魔力が銀光に輝く槍を形成する。本命の投擲はいまだ。
 黒ドレスの豊かな膨らみのあいだに、穂先が突き立った。
「あ、あああっ!」
 世話係は、胸元をかきむしった。
 槍は実体ではないので、すぐに魔力に還元されるが、純粋な力場がそこに残る。
「知恵ある植物のために奪ってきたものを、あなたから返してもらいますよ」
 有人は、ナイフで自傷した傷を癒す。
 力場が吸い出すのは、フローラリアの生命力。
 倒木の影で、蓑のようにくるまれていたハニエルは、重なる葉っぱを突き破って復活した。
「人間を肥料にしちゃうなんて私達が許さない! やっつけてやるんだから!」
 叫びながら登場し、ずびしっと指を突き付ける。
「ど、どういたしまして。許されたから肥料に、わたくしは許されて……」
 口上へ、『愛情』の姿勢でかえそうと、ディエリアナはしどろもどろになっている。
「えんじぇるびぃーむっ!」
 ハニエルに、問答をする気はさらさらなく、突きつけた指先からは緑色の光線が放たれた。
 撃たれた相手は、黒い布地を燃え上がらせる。
「戦いはもう十分、これで終わらせちゃうよ!」
 さらに、トドメの光線が、植物種族を炭化させていく。
「ああああ、ああ~!」
 ソロモン諸島につくられた、フローラリア農場を世話していたアヴァタール級の一体、ディエリアナは滅びた。
 残ったのは、すでに栄養を抜かれ、無造作に積まれた犠牲者たちだ。

 ディアボロスが農園に集合したときには、育ちかけの『知恵ある植物』はすべて枯れていた。
 この島を新たな妖精郷とする企ては防がれる。
「いっぱいやる事があったけど、何とかなったね!」
 ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、仲間たちと労い合ったが、すぐに畑の周囲へと視線が向く。
「助けられる人は助けられて、それは良かったけど……間に合わなかった人もいるんだよね」
 悔しい。そして赦せない。
 せめて自分たちに出来る仕事をする。
「本当は集落の近くに埋めて上げたいけど、あまり現実的じゃないかな?」
 ハニエルの問いかけに、サヨコが唇を硬く閉ざしたまま頷く。
 遺体は多いものの、奏たちが掘り返した穴は、縦横に100が整列していた。
「幸いと言うか何と言うか、この穴を利用して埋めさせて貰おう。有人くん、また道具を貸してね」
 ハニエルを中心にして、ディアボロスたちは手分けをし、犠牲者の埋葬をすすめた。
 世話係が残した農園の設備を『建造物分解』し、出来た資材で墓標を作る。
「……後は祈りを捧げておこう。この人達がどんな神様を信じてたかとかどんな慣習で埋葬してたかは分からないから、今は私のやり方で我慢してね」
 ヤ・ウマトとの争いは、今後どのような展開をみせるのか。
 沈んだ大陸の伝承、最前線のガラパゴス諸島、はたまた資源を押さえたインドネシア
 ここ、ソロモン諸島には、台湾から連れてこられた難民がおり、フローラリアの犠牲者たちは仮の墓地に眠ることとなった。
「でも祈りは決して無駄にはならないはず。私達は頑張らなきゃね、次の戦いも!」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『革命軍指揮者リヴォリャーツィヤ』

革命軍指揮者リヴォリャーツィヤ(作者 大丁)

 

 配下に耳打ちされた。

 頭部のすべてを包帯で巻かれたヴァンパイアノーブルは、急ぎそこをたつ。

「さすがだなディアボロス。幾つもの大領主を滅ぼし、ココツェフ伯爵を討っただけでなく、怪僧ラスプーチンと冬将軍すら滅ぼしたというのは、嘘では無いようだ」

 目鼻の位置には血の色の星型。

「だが、革命軍など、使い捨ての駒に過ぎないのだよ。お前達が、革命軍に気を取られている間に、我々は新しい支配体制の準備を整えることが出来たのだからな」

 写真で飾られた廊下を、真っ赤なスーツ姿が歩いていく。

「せいぜい、仮初の勝利に浮かれているがいい。私は、ここで退場させてもらうよ」

 玄関ホールのバルコニーに立つ。

 マントをひるがえし、階段を降りようとしたところで、慌てた配下に裏口へと引き戻された。

ストックホルムに、私がいない事に気付いて、せいぜい歯噛みすればよい」

 押し込められるようにして乗せられた車のなか。

 ふんぞり返って指示を出す。

「まずは秘密拠点に戻り、その後悠々と、サンクトペテルブルクに帰還するとしよう」

 革命軍を指揮するジェネラル級、『リヴォリャーツィヤ』の脱出劇であった。

 

 新宿駅グランドターミナルに、『吸血ロマノフ王朝』行きのパラドクストレインが出現していた。

 車内で、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)による時先案内が行われる。

「皆様の活躍で、ストックホルムの革命軍拠点を壊滅させる事ができましたわ」

 嬉しそうに微笑んだ。

「肝心の、革命軍の指導者『リヴォリャーツィヤ』の姿は既にありませんでしたが、こちらについては、怪僧ラスプーチンから面白い情報が来ております。リヴォリャーツィヤの目的は、革命軍を利用した時間稼ぎに過ぎない。革命軍が壊滅させられれば、すぐに拠点を捨てて、サンクトペテルブルクに撤退するだろう。……ですって」

 各都市間の位置を示した地図が掲出された。

 いつもどおり、ぬいぐるみたちがお手伝いをする。

 ストックホルムからサンクトペテルブルクに撤退する際に、立ち寄るだろう秘密拠点の場所まで記されていた。

「皆様には拠点へと先回りし、内部の敵を掃討してから、リヴォリャーツィヤを出迎え、決戦を挑み、撃破していただきます。革命軍の終焉の宴ですわ。完全に滅亡し、二度と現れる事はないでしょう」

 

 二枚目の地形図を出させる。

 秘密拠点とやらは、ストックホルムフィンランドの間にあるオーランド諸島の海沿いに建てられている。

 海に面した洞窟の一つから出入り出来るのだが、敵に気付かれずに侵入するには、秘密の合言葉が必要になるらしい。

「洞窟に隠された扉の前で合言葉を唱えますと、扉が開き、秘密拠点の中に入り込むことが出来るという仕掛けですわ。……迷路ですとか鍵ですとか、お好きなのね」

 この合言葉は、リヴォリャーツィヤが管理し、たびたび更新しているのだろう。ラスプーチンにも判らないらしい。

 もっとも、『合言葉』で開くという事がわかっていれば、試行回数で何とでもなるだろう。

ラスプーチンからは、リヴォリャーツィヤは、革命家や思想家の格言などを好んでいたので、それが合言葉に使われている可能性が高いだろうという話もありました。参考になさってください。拠点潜入後は、内部にいるトループス級、『ノーブルメイド』を撃破して拠点を制圧、のこのこやってくる、リヴォリャーツィヤを待ち受けるのがイイですわ。……フフ」

 ファビエヌの微笑みが、いたずらっぽくなる。

「リヴォリャーツィヤは、秘密拠点は絶対に安全だと油断しているので、ノーブルメイドの振りをして近づくのも、イイコトかもしれませんわ」

 

 説明を終えて、案内人は姿勢を正した。

「怪僧ラスプーチンの情報で、うまく、待ち伏せして撃破する事が可能になりました。旧来の吸血ロマノフ王朝の支配の象徴の一つであった革命軍が滅びるとなると、わたくしにも感慨深いものがあります。ですが……」

 片付けの済んだ人形たちが、ファビエヌの傍らに並んだ。

「視点を変えれば、怪僧ラスプーチンが、ディアボロスを利用して政敵を葬っているとも言えるのですからね。今回の情報にも嘘はありません。ただ、信用しすぎないように注意は必要でしょう」

 

 秘密拠点の大広間は天井も高く、豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。

 ノーブルメイドたちは、リヴォリャーツィヤのお出迎えの準備で忙しい。

 掃除をするものが、真っ赤な調度品を丁寧に磨いている。

 テーブルクロスだけは真っ白で、銀器の並び具合から、豪華な料理や高級な酒類の用意もなされるようだ。

 クロノヴェーダにとって、飲食は趣味である。

 より、芸術向きな吸血鬼が、余興の段取りについて、地位のあるメイドと相談を続けていた。

 

 秘密拠点の主人に先駆け、オーランド諸島に到着したディアボロスたち。

 あまりにも多くの島があるから、情報がなければ出入口など見つけられなかっただろう。洞窟の前までは、打ち合わせもなく海岸を進んでこられた。

ラスプーチンはここまで手回しが良いと不気味ではあるな」

 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が言うと、数人が同意の頷きを返してくる

 岩肌に手をあて、内部に進むにつれて声を落とした。

「……わかってはいたが、革命を語る軍も手段でしかないのだな。奴が支配層と繋がっているのは滑稽ですらある」

「なんというか、リヴォリャーツィヤは、またしても回りくどいことをしてますね」

 括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)がしんがりについた。

「回りくどすぎて後手後手になっているのは気の所為ですかね? まっ、敵の心配なんてしてる暇はありません、人々がまた被害を被るならここで倒しましょう」

「ああ。ロマノフの現状を放ってはおけない。民を振り回すのはここまでだ。革命軍との付き合いも長かったが、この機を逃さず、仕留めよう」

 先頭から、扉発見の報を受け、『合言葉』の試しが始まった。エトヴァも加わる。

「正史のウラジーミル・レーニンから……『一人は万人のために 万人は一人のために』」

 しばらく待っても、開かない。

「わかりやすいが、奴らしくはないのだろうか?」

 エトヴァは首をひねる。漸が前に出てきた。

「らしく……。ならボクは、あの真っ赤っ赤スーツに似合いそうな格言を見つけてきました。ほとんど直感で選んできましたが、やるだけやってみましょうか」

 扉は、岩への偽装がしてあり、重そうだ。

「『自分の星に従え』」

 重さ以上に、固く閉ざしたままである。

「あの赤い星型に似合いそうな格言ですけどね。あ、でもこれは詩人の格言………好みとは外れてますね」

 誰かが、ダンテの名を答える。

 エトヴァは、トロツキーの格言と聞いた、と前置きし。

「『革命家の生活は、一定の「宿命論」なしにはありえない』」

 反応はなかった。

「強い響きだな……と感じたのだが。では、再びレーニンだ。『前進するな、不意をつかれないために』」

 その後も、仲間たちがいろいろと試すが何も起こらない。

 いくつか変わり種もあったが、やはりレーニントロツキーが多かった。エトヴァは少し疲れた声でつぶやく。

「『機械化ドイツ帝国』出身の俺には……どれも新宿島で得た知識だからな」

「ボクは『吸血ロマノフ王朝』出身なんですけど、格言なんて勉強するヒマ、ありませんでしたからねぇ」

 漸は、サーベルの柄をポンと叩いた。当時は狂犬のように戦っていたのだ。

「合言葉が必要というので、パラドクストレインに乗るちょっと前に、調べたくらいです。試行回数で開けようとするなら、自分なりの当たりを見つけてからの方が出しやすいでしょうし。だから、出身とかかんけーなく、新宿島頼みなのはボクも一緒……」

 励まそうと浮かべていた笑みが固まった。

「エトヴァさん、ドイツって言いましたよね?」

「うん? ああ……」

 ふたりで洞窟の天面、というか宙を見つめる。漸の言わんとすることにエトヴァも気がついた。

レーニントロツキーでは、改竄世界史と土地や時代が近すぎるのか」

「例えば、史実のプロイセン王国で、活躍年がここより少し過去に遡る、リヴォリャーツィヤが格言として引用しやすい有名どころですと……」

 口に出そうとする漸の背を、エトヴァが押して扉の前へと連れて行った。

「『混沌を内に秘めた人こそ躍動する星を生み出すことができる』……ですかね?」

 ゴゥン。

 低い音がして、それは開く。

 歓声をあげそうになる口を手で塞ぎながら、皆が漸へと祝福の視線を贈る。そうして、秘密拠点へと忍び込んだ。

「またもや赤い星に引っ張られました」

 ささやく、漸。

ニーチェだったか」

 マルクスの日もあったかも、とエトヴァも続いて潜入する。

 

 隠し扉を抜けても、似たような洞窟が続いていた。

 床だけは平らで、曲がりくねった通路を進んでいけば、徐々に壁や天井も整えられ、装飾の細工も増えていく、という構造らしい。

「さてと。漸さんらのおかげで無事中に入れたわけやけど」

 八蘇上・瀬理(鬼道漫遊奇譚・g08818)は振り返り、仲間に礼を言った。

「ここで時間が掛かって、準備に余裕が無くなるのは防ぎたいところでしたからね」

 括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)は、出入口が元通りに閉じたのを確認している。

 合言葉については、まだ首をひねっている者もいた。百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)がそうだ。

「なるほどなあ。年代から考える必要があったか」

 眼鏡をかけ直して、黒髪をなでた。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、また頷く。

ニーチェを解すとは見上げたものだな……」

 すると、ドラゴニアンの思想家が小さく唸る。鳴・蛇(墓作り手・g05934)だ。

「『哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。重要なことは世界を変えることである』……この言葉は知らずに、虚無主義者であるニーチェさんの格言を導く合言葉として使うとは」

 とはいえ、何通りかのひとつなので、本当に重視しているかはわからない。

「ま、所詮は支配階級、偽物の革命者……いえ、そよう言い方を既に本物の革命者を侮辱したのう……奴らは虫豸、自分の利益のために他人を害する滓、除去せざるを得ない汚物だ。さって、浄化を始めましょうか」

 蛇は、通路の先へと首をもたげた。エトヴァも戸口の前を離れる。

「ああ。ジェネラル級が戻るまでに、支度を整えておこう」

「この秘密拠点を制圧して大将首を待ち構える、やったかな」

 瀬理は、意気揚々とした笑顔を見せる。漸は拳を握りこんだ。

「中の『ノーブルメイド』たちをさっさと倒して、『リヴォリャーツィヤ』をビックリどっきりさせる出迎えをしないとですからね」

「排除が必要な吸血貴族の数はそう多くないはず。手早く終わらせましょう」

 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は、武器にする針を、何本も用意している。

「まだ侵入されたと気がつかれていないかな?」

 運命の問いに、レオニード・パヴリチェンコ(“魔弾卿”・g07298)が、ポツリポツリと答えた。

「ん。すぐにはボクたちに気づいたりすることはないはず。あちらは戦闘の準備なんてしていない、はず」

 言われてレイラも、つまんでいた針先から視線をはずした。

「私たちがこの場所を知って、扉を開けてくるとは思っていないでしょう。もしかしたら、主人の到着と勘違いし、慌てて出迎えに来るかもしれませんが」

「だったらなんだけど……」

 運命は、このあとの作戦について、どの程度有効か本番前に試しておきたいと言った。エヴァ・フルトクヴィスト(星鏡のヴォルヴァ・g01561)が、口をぽかんとあける。

「あぁ、アレ? リヴォリャーツィヤにノーブルメイドの振りをして近づくって言ってた……。運命さんが!?」

 変装そのものには賛成する。

「おっけ、了解したで」

 ますます、満面に笑みの瀬理。

 レオニードやレイラも、敵の不意をつけるならと了承し、エトヴァは罠に使うワイヤーを引き出す。

「連携をしっかりとって、奇襲を仕掛けさせて貰うとするさ。……此処迄は正しい情報だったか」

 ルィツァーリ・ペルーンスィン(騎士道少年・g00996)は、デーモンの翼をいったん畳んだ。

「まあ、最終的にはあちらもこっちに嘘の情報を与えてダメージがくる様に仕向けるだろうが、其れは此方も判っていた話。正しい情報をよこしてきたんだから、もう少し利用したいと思える様にしっかり其の分の仕事はしていかないとな」

 ルィツァーリが言っているのは、『怪僧ラスプーチン』のことだ。

 運命の着替えは素早いが、それを待つちょっとの合間にでも思いが口をついて出てくる。

「革命軍に関してラスプーチンから情報が来るというのは、彼としては革命軍を切り捨てたとも取れますよね」

 エヴァも同様らしい。

「こういった平然と切り捨てる輩は、私達に利用価値を認めなくなった段階で平然と罠に嵌めそうですね。警戒心を無くさない様にしなければいけませんね」

 もちろんいまも、奥からトループスが来ないか警戒している。

 実際、数人が近づいてくる気配があった。

 黒髪に眼鏡はそのままで、運命のメイド姿は完成する。

「うーむ高校の学園祭でやった時は女子連中に禁じ手扱いされたが大丈夫だろうか?」

 ほう、とため息をもらす、ディアボロスの女子もいた。

 敵にも変装がバレないか実験だ。仲間たちには隠れてもらい、メイドはヴァンパイアたちと接触する。

「外から来たのですか? あなた、ひとり?」

 バレてはいないが、トループス級が単身で秘密基地に来たので、いぶかしんでいる。

「はい。リヴォリャーツィヤ様のご命令で……」

 いちおう、実験は成功と言える。

 長々とお芝居をしても分が悪くなりそうだ。

(「『斬糸結界』……!」)

 エトヴァが先手をうって、通路に展開していた極細糸で、ノーブルメイドたちを絡めとる。

 話しかけてきた一体は、糸の鋭さに服の上へと血を噴きださせた。

「な、何者かが隠れて……!」

 苦しみながら、鞭をふってくる。

 炎の渦が発生するが、エトヴァには軌道が読めていた。盾で直撃をふせぐあいだに、残りのディアボロスたちも、次々とトループス級へと攻撃を加えた。

 レオニードは通路に置かれた装飾品を遮蔽に利用している。

「そんなに炎を撒き散らすと、折角用意した物も燃えてしまう、よ?」

 ポツリポツリと、惑わすような問いかけ。

 たしかに、悪趣味なデザインの壺が倒れたことで、メイド服の敵は焦りの表情をみせた。

 少しでも動きが鈍れば儲け物。挑発を交えながらレオニードは魔弾を発射する。視線の動きに合わせて、『кики́мора(キキーモラ)』は炎をかいくぐり、焦るメイドに命中する。

「どれも命には替えられないものですが、自分で用意した装飾を傷つけるのは無意識に避けるかもしれません」

 レイラも倣って、装飾を盾にするように立ち回る。

 敵の鞭には、赤い血のような魔力が宿っている。直接、縛り上げようと振られるが、巻き付いたのはレイラのまえに置いてあった、古い甲冑の立像だった。

「瞬く乾坤、刻む遼遠。閃く轍が晴天を打つ。『既製奉仕・雷(レディメイドサービス・グラザー)』!」

 雷の魔術を仕込んだ針を投擲した。

 ノーブルメイドたちの首筋や心臓に刺さり、感電させる。銀髪を逆立たせて、彼女らは倒れた。

 初撃を生き残り、運命に声をかけてくる個体もいる。

「あなた! 戦える? いっしょに『ブラッドウィップ』を使って!」

「不確定要素は多かったが、変装は上手くいくとわかった。ありがとう」

 『投剣』による『聖なる一撃』で、一撃のもと仕留める。

 大広間があるのだろう。

 撤退しようとする動きを、レイラがみつけて知らせてきた。

「逃げられると……思う?」

 蛇が、蓄積し続ける怒りを気炎として噴出し、贅沢品もメイドも目に見える革命を侮辱したものを全て燃やしにかかる。

「『旱災の息吹(カンザイノイブキ)』、これこそ、天地二気を断絶する我が気炎よ」

 翼からおこる悪風で、出迎えにきたノーブルメイドはすべて灰になる。

 すぐさま、その経路をたどり、蛇は這うように秘密拠点内部を進んだ。

「何処まで革命を侮辱するつもりだ……」

 大扉を開けたあと、小さくでた言葉だ。

「拠点でここまで絢爛とは……」

 エヴァも絶句した。

 やはり、主人をもてなすための大広間となっており、長大なテーブルといくつも下がったシャンデリアが目につく。

 夜の住人にかような照明器具は不要であろう。

 そして、真っ赤なインテリアの数々。

 通路の戦闘は察知していなかったらしく、ノーブルメイドたちは食器を抱えたまま、ディアボロスたちを眺めかえしていた。

「敵が混乱している内に押し切ってしまいますよ!」

 エヴァは、相手の様子を看破して号令をかける。

 この場でも奇襲は成功した。味方と連携して集中攻撃で一人ずつ、確実に迅速に倒すのだ。

「『氷像の復讐者(フリームスルス)』、託された思いを受け継ぐ者として、そのお力お借りします。識りなさい、美しくも散りし復讐者たちの氷像たち、その闘いを!」

 高速詠唱が生み出したのは、ある復讐者を模して具現化した氷の像だ。

 ともに戦い、エヴァの斬撃がトループス級にきまる。

 もはや食器も捨てて、炎の渦を巻き起こすノーブルメイド。氷が残像となって誤認を起こさせ、できた隙にエヴァは魔術砲撃を喰らわせた。

 厨房と思われる戸口からも、トループス級が応戦に来る。

 秘密基地を預かるクロノヴェーダは、戦闘態勢を立て直したようだ。瀬理はニコニコ顔で、親指と人差し指を立てた。

「そしたらー……あそこで『お客様お帰り下さいあの世まで』みたいな殺気ビンビンに飛ばしとる連中を全部ぶちのめせばええんやね。シンプルやなーうち好みやわ」

 鉄砲の形をとった指先から、『雷弾(ライデン)』を発射した。

 体内で走らせた電荷のスピン半径を極限まで圧縮し、超高圧高速化したものである。

「まあ室内戦の短期決戦セオリー通りにやろか」

 基本、味方の射線を遮らない、室内の遮蔽物は有効活用、後は短期決戦でケリつけたいから、前線は常に押し上げて敵にプレッシャーかけつつ、乱戦に持ち込んだら後は『やられる前にやる』精神で一体でも多くの敵を速やかに駆逐していく。

「━━穿ち灼け!」

 傭兵の隠し武器が、鞭を振るうメイドを撃ち抜いた。

 その個体が、バスケットにいれて運んでいたのは、ワインボトル。そして、高価そうな銀器だった。

「うわっ………革命と言っておきながら豪華絢爛ですねぇ」

 漸が、呆れたふうに声をあげる。

「革命というお題目も、こんな風にお飾りということですかね。いっぺん化けの皮を剥がしてみればなんてことのないペテン師集団ということですか」

「けどこれ、ホンマもんやろ。……うちらもぶん投げたりして使えんやろか?」

 瀬理の提案に、漸も笑いながら応じた。

 通路での戦いで、多少はメイドの気を散らせそうだと判っている。

 ふたりして瓶や皿を投げまくり、戸口から厨房へと敵を押し戻した。

「では、お邪魔しまーす」

 軽い呼びかけに、料理支度のノーブルメイドが困惑する。

「おや、そんな顔をしなくても。残念ながら貴女方のご主人ではありませんよ。ですがご安心ください、貴女方のお出迎えの準備はこちらで引き継ぎます」

 漸は駆け寄り近づきながら、拳に橙色の炎を纏わせる。

「『猟犬陸拳・運命戦犬(ムゲン・ライラプス)』!」

 握り込んだ拳で、敵を燃やしながら打撃を打ち込み衝撃で内側からぶっ壊すのだ。派手に調理された。

 この殴打は、何度も殴ることで衝撃を互いに共振させ、威力を増大させられる。

「ほら、せっかく高級な場所なのです。楽しく踊りましょうよ?」

 ダンスのようなステップを踏みつつ打撃を続けた。

 調理器具から持ち替えられた、赤い血の鞭打ちも、拳に纏わせた炎を挟んで受けとめられる。

 大広間ではルィツァーリが、デーモンの翼を大きく広げていた。

「悪いがお前達の主を歓迎しなくてはいけないんでね。邪魔をしてくるメイドには退散して貰うぜ!」

 残存のトループス級は、赤く染まった抜き手を、一丸となって放ってくる。

 狙うは、心臓のえぐりだしだ。

 ルィツァーリは相棒、無双馬『スヴェルカーニエ』を召喚すると、戦場となった広間を駆け、血の抜き手に囲まれない様に注意している。そうやって、騎乗したまま、翼からは魔弾を撃ちだした。

「『双翼魔弾』!」

 飛翔の威力を借りなくとも、魔弾には高性能な誘導特性がついた。

「さらに! 高速詠唱で連続魔法だ!」

 味方の攻撃を凌いでいた敵も、ついに力尽きる。

 秘密拠点の配下は全滅し、倒れたメイドが消滅する間際、レイラは声を投げかける。

「リヴォリャーツィヤのお迎えは私たちにお任せ頂きます。彼の者に相応しい『もてなし』をお約束しましょう」

 そうやって『引き継』いだ。

「ところで執事はいないのかい? 豪奢な拠点は、吸血貴族の名に違わない待遇だな。……革命軍とは程遠いものだ」

 エトヴァの評は、もはや届かず。

 戦闘後は片付けをはじめた。出入口の周囲から順に支度を整える。ロマノフ王朝のクロノヴェーダが、似たような拠点をほかにも持っているかもしれない。エトヴァは、ついでに設備の規模や様子も確認している。

 黒髪眼鏡のメイドは、『建物復元』を提供した。

 運命のことだ。経験上、姿勢がよくて所作がいいので、似合っているらしい。戦闘の痕跡は消え、ジェネラルの訪問に間に合いそうだ。

 エヴァも、着替えた。リヴォリャーツィヤの出迎えの為のメイド服に。

「ノーブルメイドの振りをして相手の油断を誘います」

 厨房も直ったので、作りかけだった料理も出来上がった。

 銀器を並べ直していると、エヴァの元にパラドクス通信が。洞窟側から合言葉が唱えられているそうだ。

「ロマノフの人々に偽り、希望と深い絶望を与える舞台装置でもあった革命軍。潰せる機会にきっちりと潰して退場して貰いましょう!」

 やがて、頭部を包帯で覆ったヴァンパイアノーブルが、大広間に姿を現す。

 

「やぁ、諸君。今帰ったよ」

 真っ赤なスーツ姿が、両手を広げた。

 大広間に整列したメイドが、そろってお辞儀する。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 礼のあと、上げた顔にはルィツァーリ・ペルーンスィン(騎士道少年・g00996)のような、少年のものもあった。

(「あー、んー……まあ、情報を得る為だ。女装位は仕方ない」)

 正体を気付かれていないか心配だし、相手の態度を確認したいが、なにしろ『ご主人様』の顔は包帯に星マークである。視線はわかりにくく、こちらからまじまじと見るのも怪しまれそうで怖い。

 手筈どおり、この場のノーブルメイドは全員、ディアボロスの変装だった。

(「髪伸ばしてたのが、こんなとこで役立つとはなあ……」)

 軽くだが、メイクも施してある。

 仲間のなかには、服飾に詳しい者もいたし、女装を試してくれる者もいた。

(「幸い、背が低いのも当時の女性なら、だし。……いや、それは関係ないか」)

 青い髪の長身男性が化けたメイドがいる。『彼女』に席まで案内された赤スーツは上機嫌で、なにか知識のひけらかしをしている。

 バレてない。

 秘密拠点へと到着し、ここが安全だと信じ切って油断しているのだ。ジェネラル級ヴァンパイアノーブル『リヴォリャーツィヤ』は。

 仕切り役に扮した仲間が、手をパンパンと二度叩いた。

 ニセのトループスたちは、給仕や世話で忙しく動き始める。

 ルィツァーリもワインボトルをとりに厨房へと急いだ。

(「しかし、話を何処まで引き出せるかだが……そうだな。見当違いでもドラキュラの名を出してみるか。なにか、情報が得られるかもしれんしな」)

 教えられたとおりの所作で、うやうやしく接し、リヴォリャーツィヤのグラスに中身をついだ。

 仮の主と心に命じ、敬意を表す。

 そんな少年の気持ちなど感づくこともなく、ほかのメイド相手にヴァンパイアノーブルはぺらぺらとよく喋った。普段の様子はわからないものの、ちょっと浮かれ気味だ。

 料理をつまむのと、会話に加える身振り手振りで、革手袋をはめた腕がせわしなく動く。

 もちろん、グラスは何度もカラにした。

「知っているかね。弱い者はいつだって、奇跡を信じることで救いを見つけるものだ。ディアボロスもそうだし、それにすがる一般人もそう。私はね、ヤツらに弱者であると突きつける用意があるのだよ。いまは奇跡を信じさせておくさ。フハハハハ!」

 グラスをまた持ち上げたので、ルィツァーリはワインボトルを傾けながら切りだす。

「本当にディアボロス共は忌々しい輩。ご主人様、ドラキュラ様もモルドバディアボロス共に反撃を行なおうとなさっていると噂が流れておりましたが……」

 テーブルの白布に、赤く雫が落ちた。

 革手袋が震えており、持った杯のふちが注ぎ口からズレている。

「し、失礼しました!」

 ボトルを戻し、ルィツァーリは包帯頭に注目する。さっきまでの上機嫌が消え失せ、身体を硬直させているのが判る。

「『竜血卿』が動く、だと?!」

 その名が出ただけで、畏怖を感じているかのようだ。

 かぶりをふってから少年の顔を見上げた。

「いやいや、そのような情報が何処から入ったというのだ。ラスプーチン殿にも、カーミラ様にも与さなかった、彼の御方の情報をメイド風情が……、お、おお」

 落ちて割れる、高価そうなガラス製品。

「お前は、ディアボロス!」

「みんな! 此処迄にしよう!」

 ルィツァーリは飛びすさり、ニセのメイドたちも同様にした。

 立ち上がったジェネラル級『リヴォリャーツィヤ』は、両手に血塗られた鎌と槌を握る。

「お前たちが、なぜここに!?」

 問うのと同時に、パラドクスを放ってきた。

 

 顔の表面から、赤い星型の光線を放たれる。

「『弱い者はいつだって、奇跡を信じることで救いを見つけるものだ』」

 革命軍を指揮してきたヴァンパイアノーブルは、主義思想を叫ぶことでこの技を発動する。光線は部屋中を照らし尽くすかのように、無茶苦茶に振り回された。

 メイドの変装を解く者、そのまま戦う者、あるいは元からメイドの恰好の者。

 ディアボロスは、おのおので光線に対処したが、何人かは星形を当てられ、その部位を破裂させられた。

 百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)は、いったんは武装を手放して身軽になり、床に転がって光線『レッドスターレボリューション』をかわす。

「おや、予想外の反応だな。瓢箪から駒という奴か?」

 強力な暴れっぷりかもしれないが、ジェネラル級『リヴォリャーツィヤ』の首の振り方は、冷静さを欠いたものだ。

 『竜血卿』ドラキュラの名が出たせいとも、秘密拠点に入り込まれたせいともとれる。

「メイド服は、脱いでいる時間が惜しいな。敵が動揺しているうちに畳みかけさせてもらいたい」

「また先ほどと同じことを仰いましたね」

 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は銀の針を手に、ジェネラル級のまえへと進み出た。

「革命とは弱者に許された最後の反抗。弱者に寄り添わねばならない革命家がそれを揶揄するなど、私は許容いたしません。革命家として……人民のため、貴方を粛清します。リヴォリャーツィヤ」

「諸君は……」

 包帯の上からでも、ジェネラル級が口を開きかけたとわかった。しかし、それを閉じて次のパラドクスを使う。

 自身と同じ姿をした無数の『革命軍兵士』の幻影を出現させたのだ。大広間のいたるところに、鎌と槌を持った赤スーツが立っている。

 本体もふくめ背筋の伸びた姿勢で、見立てたよりも早く落ち着いたらしい。

 運命は、もう一度ゆさぶりをかけるため、レイラの言葉に続いた。

「そうとも、人民を象徴する鎌と鎚を持ちながら、言っている内容はそれらの搾取とは悪趣味この上ないな!」

 呼びかけながら、納刀したまま放っておいた武器を拾い上がる。

「……」

 赤い星は無言だ。

 運命は構わず、殺気をとばした。それが幻惑の攻撃となり、相手の防御のタイミングをずらす。

(「上から斬り下ろす幻惑の攻撃に下から斬り上げる本命の攻撃……では二刀流相手では防がれる恐れがあるか?」)

 リヴォリャーツィヤが上にかざした鎌で受けた斬撃は幻惑。

 下におろした槌で受けた斬撃も幻惑。

「御太刀、重ネテ分カツベシ、『蛟龍乃太刀(ミズチノタチ)』!」

 がら空きになった吸血鬼の胴に、横薙ぎの本命の攻撃を叩きこむ。神刀『十束乃大太刀』の抜刀しながらの不意打ちだ。

 振りぬいた切っ先から、微量の鮮血が散った。

 ジェネラル級あいてに一太刀は浴びせたのだ。

共産主義を叫んでるようだが、さっきの悪趣味な話を聞いた後では空虚に過ぎる」

 追い打ちに挑発。

「……」

 やはり、のってこない。無言である。つぶやくのは、詠唱のみ。

「『永久革命論』……」

 ヤツの操る幻影。

 同型の鎌と槌が、血を撒きながら振るわれる。

 他の復讐者と連携を取り、レイラはリヴォリャーツィヤの幻影から包囲されないようにつとめる。

 一方的に追い詰められはしなかったが、すべての攻撃を回避するまでには至らなかった。

「くっ……。全員が同じ姿、同じ武器の集団、攻撃の癖も同じでしょう」

 ダメージを負っても、レイラはしっかりと針を手にしていた。

 観察によって幻影の動きに慣れようとする。

 鎌をいくつも避け、槌のあいだをくぐり抜けると、本体へと迫った。すれ違いざま静かに、素早く、確実に心臓を狙い穿つ。

「『手製奉仕・縫(ハンドメイドサービス・シーチ)』……」

 銀の針は、真っ赤な上着をとらえる。

「ぐッ……!」

 あがったのは、小さなうめき。

 運命はふと、思った。

 ひょっとしたら、リヴォリャーツィヤのやつは、ドラキュラの件でうっかり自身の態度を露わにしてしまったと悔やんでいるのかもしれない。

 光線で暴れたあとは慎重になり、こちらの言葉には無言を貫くつもりだろう。

 知ったことではない、といった態度で、レイラは思いを吐いた。

「私も人民の皆様も、縋っているものでは奇跡などではございません。そこに確かに存在する希望。それを掴み取るため、全霊で足掻いているのです。これまでも、これからも」

 

 リヴォリャーツィヤの『永久革命論』は続いたが、レイラは相手の包囲を抜けるよう指示を飛ばした。

 それに応えるエヴァ・フルトクヴィスト(星鏡のヴォルヴァ・g01561)。

 切れ目のない連携攻撃を試みる。

 短剣やダガーを駆使し、舞い散る桜の花弁の如く。『神楽武舞『桜花』(カグラブトウオウカ)』だ。

「私達が弱者なのは、一度は敗れ去ったからこそ、重々承知の上です」

 主義思想への異議も、引き継いで唱える。

「突き付けるも何もありません。それに奇跡というのは信じるものでなく、力を尽くして起こすものです。自身が強者たる故の侮りと奇跡に対する間違った考えが、貴方の身の破滅へと繋がっていると識りなさい!」

「……」

 革命軍指揮者は黙ったまま。

 ただ、血濡れの鎌と槌を繰り出してくる。

「革命の志はただ支配の為の方便の輩に、革命戦士に無数に分裂した位で私達が止められるとでも?」

 引っかき傷に、打撲。

 未来予測や残像によるフェイント、飛翔による上下に緩急で回避を試みても、エヴァのダメージはかさんでいく。致命傷を負わず、動けているだけいい。

 やがて、幻影をやりすごして、本体に対し張り付くような距離から、連撃の斬撃を喰らわせた。

「これで! 吸血鬼族による恐怖の支配から人々を救う革命の為というお題目の元、人々を搾取するという偽りの革命軍、支配を緩めない為のシステムは終わりです!」

「……」

 鎌の歪曲した刃に、短剣がからんだ。

 つかの間、両者は膠着状態に陥る。

「私達が何故ここにいるかを馬鹿正直に話す訳が無いでしょうに」

「……!」

 ひっかかった武器を通じ、エヴァの言葉にリヴォリャーツィヤが反応したことが伝わってくる。

「敢えて言うのなら、世の中に絶対に安全な場所なんて無いというのと、人に管理させている以上、情報は洩れると思いますが?」

「……情報が、洩れる? 合言葉のことか?!」

 武器を扱う腕が互いにひっこめられ、両者は距離をとった。

 ジェネラル級は、別のパラドクスを使って、ディアボロスたちと闘っている。しかしエヴァは、だんまりを決め込んだはずの彼が喋るのを聞いた。

 まだ、何かに動揺しているかのような。

 

 獅子の形をした電撃塊を疾走させ、それとともにエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は、拠点の主に疑問を投げかけた。

「そうだとも。どうして情報が洩れないと思ったんだ?」

 電撃は、赤い星の発光に簡単に弾かれたものの、包帯をまいた顔が、エトヴァをまじまじと見つめてくる。

「青い瞳、青い髪……。私の配下に擬態しただけでなく、君は男だったのですか!」

 あきらかに腹を立てている。拠点の秘密が破られたことには反応するようだ。

(「ラスプーチンの思惑や情報網に繋がる情報収集ができるかもしれない……」)

 エトヴァは決意した。

 ジェネラル級ヴァンパイアノーブル、革命軍の指揮者、そして今はサンクトペテルブルクへと撤退中の敵。

 この、『リヴォリャーツィヤ』に裏切りの示唆を与えて動揺を広げ、真贋交えた会話をしようと。

 仲間のディアボロスたちも察し、攻撃を仕掛ける姿勢を保ったまま、距離をとる。念のため、『通信障害』も展開した。

「貴方の隠れ家を、合言葉を教えられたのは……誰だ?」

「そ、それは……」

 もう、ノーブルメイドへの変装の件は忘れている。クロノヴェーダとはいえ頭の傾きかげんから、思考を巡らせているのはエトヴァにもわかった。

 言葉で畳みかける。

「ココツェフ伯爵から優先的に物資が送られてきて安心したか? それこそが貴方の信を得るラスプーチンの策であったというのに。奴は貴方を利用したんだよ。死に際に、色々とばらしてくれたのでな……。ドラキュラ様のこともそうだ。主流派を嵌める恐ろしい計画も……」

「か、軽々しく、『竜血卿』のことを話さないでください。ラスプーチンさま……殿にもあの御方に関わることなど、けっして」

 先のルィツァーリの引っかけどおり、『ドラキュラ』はかなりの大物のようだ。

「悔しかろうな」

 エトヴァは、声色を優しくした。

「貴方程の人物がラスプーチンの掌の上。俺達に拠点を話して討たせようとするなんて……」

 芝居がかったように、肩をすくめてみせる。

ラスプーチンの置き土産には、俺たちも手を焼いている。奴の遺志を受け、今は冬将軍が暗躍しているようだ……。俺達もラスプーチンは嫌いだ。いい加減、思惑を潰してやりたいが。奴の情報網が生きている限り、下手な動きはできない。こちらも弱みを握られた。お互いつらいな」

 語りかけるうちに、包帯頭は消沈していく。

 だが、ピタリとその動きが止まった。

「お前は嘘をついている。擬態だ」

 赤スーツの背筋がのびた。

 ここが一押しと、エトヴァはあえて話した。

「そう、たとえば……ラスプーチンが生きていたなら?」

「と、途中で気がつきましたよ。ラスプーチン殿の死こそが擬態でしたか。しかしまさか、ディアボロスを利用して再起を図ろうとは」

 血濡れの鎌と槌を持ったまま、腕がせわしなく動きはじめた。

ラスプーチン殿が復権を狙うのならば、この私が一番の邪魔者になる……」

 まるで、食事時の調子を取り戻したように。

「だから、ディアボロスを使って、暗殺しようというのでしょう!」

 再起、復権

 リヴォリャーツィヤの口が、敵の意図を補完してくれた。

ラスプーチンにはラスプーチンの都合がある……か。当たり前だが、気を付けなければな」

 エトヴァのつぶやきが、仲間への合図となった。

 再開される戦闘に、ジェネラル級は必死で臨んでくる。

ラスプーチン殿の思惑にのってたまるものですか!」

 

「成程、俺の時といい、エトヴァさんの時といいそんな反応をするって事は、ドラキュラとは余程の高位の存在の様だ」

 ルィツァーリ・ペルーンスィン(騎士道少年・g00996)は無双馬を召喚しなおし、騎乗までのあいだに敵との会話を反芻していた。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)はまだ、耳をそばだてているようだ。

 ほかの仲間とも連携をとり、互いの攻撃を効果的なものにしようとする。

 通信は小声で短く、レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が陣形を指揮し、各個が打ちかかっていった。

「ボクたちディアボロスがやってきた事をさも自分たちの行動のように吹聴しやがって、ここで終わらせてやらぁ!」

 鞘から銀のサーベルを引き抜き、切っ先を向ける、括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)。

 いっぽうで、ジェネラル級ヴァンパイアノーブルは、包帯で見えないものの口先だけは本来の姿を取り戻す。

「ハハハ、楽しかったでしょう? ラスプーチン殿とどちらが名演技でしたかぁ?」

「だからラスプーチンも潰す。けどなぁその前にお前からだよ、リヴォリャーツィヤ!」

 怒りの刺突を下がりながらかわす、赤スーツ。

 その背後の天井に、張り付いている影があった。

「革命の名を汚し、それによって利益を得るウジ虫め、報いの時だ」

 鳴・蛇(墓作り手・g05934)である。

 全員が変装作戦に参加していたわけではなかった。

 情報収集が成されるまで、機会を待っていたのだ。メイドの筆頭、百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)は、ペラペラしゃべりだした『ご主人様』の動きを注視している。

(「大分追い詰めたはずだが、さすがはジェネラル級。隙をついてこの場から逃げる事は可能だろう。此方との会話や今回の奇襲された状況からいろいろと復讐者の情報が推測されかねない」)

 あの後ずさり方は、いかにも怪しい。

 しゃべりにも格言を混ぜてきて、赤い星の光線、『レッドスターレボリューション』へとつなげてきた。

「『あらゆる社会の歴史は』……」

「黙れ!」

 上から否定の叫びが降ってくる。

「幾らに共産主義思想を口にしても、貴様の腐った魂を隠すことはできぬ、『幾らカラスがクジャクの羽で飾っても、カラスは所詮カラス』だ。これ以上、より良い世界を作るために生み出した思想を、侮辱するな……ウジ虫はウジ虫らしく、腐肉に溺れてそのまま終わりを迎えましょう」 

 逆さに落ちてきた蛇の顔が、リヴォリャーツィヤの発光しかけの星と至近距離で向き合った。

 『瘟部「瘟呪」(イブフアンウンキンジュ)』、体内の炎毒と瘟疫の気を混成し、息吹の形で口から噴射する。星形光線と正面対決だ。

 磨かれた床へと着地した蛇の、防具の一部が爆ぜる。

 『鳴蛇皮鎧』は、全体の形を保っているものの、より禍々しい姿となった。筆頭メイドが『十束乃大太刀』を携えて、敵との間に割り込む。

「思想の光線をくらったのか、せ、蛇(せえ)さん!?」

「汝、百鬼運命(なぎり・さだめ)よ、案ずるな。まだ、言いたいことがあるのだ」

 蛇は、包帯頭を指差した。

「その偽りの赤星、その黄金の槌、そしてその膿を出し続ける悪臭に満ちた魂! どれもこれも目障りなんだ……消えろ!」

「う、げほ、うごぉ……!」

 リヴォリャーツィヤは咳き込み、腰を折る。口元を拭うような仕草をした。

 炎毒を吸い込んだ肉体は腐食する。包帯や衣服で確認できないが、皮膚に異常が起こっているらしい。ようやく言葉を絞ぼり出し、自身と同じ姿をした『革命軍兵士』を出現させた。

「『永久革命論』……ぐほっ!」

「目には目を、歯には歯を、そして幻影には幻影を」

 大太刀を構えた運命は、仲間を背後に庇いながら、『七影斬』で分身する。幻影と斬り結び、相殺していくなかで、ジェネラル本体が大扉を垣間見ようとする仕草を察知した。

 その一秒の先手をとり、分身にはあえて、包囲に隙を作らせる。案の定、はしゃぐヴァンパイアノーブルが戸口へと逃げ出す。

「まだ一幕目が終わっただけ、私はいったん退場し……げふっ」

 と、そこには秘密扉付近でやりすごした援軍が待ち構えていた。

「のっくのっく。死神ですよ」

 先頭にいるのは、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)。

「……なんてね。ドアが開いてたからお邪魔しに来ました。ディアボロス達の活躍を奪おうとしてた頃を思えば妥当な展開だね? その様子じゃあ、散々贅沢出来たのかな。お会計だよ。最後に徴収されるのはきみの命さ、リヴォリャーツィヤ」

 戦闘で散らかった食事を、おかっぱ頭の男の娘が、顎で示した。

 逃走への失敗で、助かるためにはディアボロスの排除が必須であると、今度こそ悟ったであろう。

 うろたえるジェネラル級に、背中から大太刀が突き入れられる。

「目には目を、歯には歯を、そして因果には応報を。奇跡を信じることで救いを見つけるものと言ったな。自分の言葉通りに死ぬんだ本望だろう?」

 運命は、偽りのチャンスを演出したのだ。

 血をまぶしたような上着は、赤黒く変色する。もんどりうって、長テーブルに寄りかかった。

 銀器が甲高い音をたてて床に落ちる。ロキシアは『“魔槍”』を手に、その様子を見据えた。石橋を叩いて渡るように、迂闊には近づかない。

「ここに至るまでディアボロス達の目から逃れていた狡猾さは確か。戦闘能力もジェネラル級相応にある。……万全を期すならガードアップを……っと!」

 なにより本体の周囲で、幻影の革命軍兵士が護っている。ロキシアが揃えているのは、防備と突破力だ。

 ナノマシン流動体『Moon-Child』はゴスロリ衣装の上から外骨格化し、詠唱により勇気は障壁に変わった。槍型決戦兵器には、ゲイ・ボルグの伝承を可能なかぎり再現させてある。

「きみにも恐れるものがあるなら、真正面から立ち向かうべきだったんだ!」

 ダッシュを乗せたランスチャージ、『フィアレストーピード』は護衛の幻影を裁き、本体へと一息に迫った。

 穂先を受けた勢いで、テーブルは真っ二つになり、リヴォリャーツィヤの身体は調度品のひとつに衝突して止まる。赤い木片に埋もれたまま、包帯の顔だけをあげて、咳混じりの格言を吐き続けた。

 消滅させたはずの幻影はすぐに復活し、ロキシアをはじめ、ディアボロスたちに絡みつく。

 赤い星型光線も乱射された。

「ごほっ……『社会の歴史は、階級闘争の歴史である』」

「貴方が革命を騙ることに違和感しかない」

 エトヴァが、光線による負傷をおして近づいた。薄浮彫の細工がのこる破片を踏みしめる。

「民を騙して搾取を続け、味方のはずの革命軍は時間稼ぎ。ディアボロスの名さえ利用した。豪奢な物資の幾ばくか、北欧で食うや食わずの民へ向けられたなら……」

「ハハ……。欺くなら、君もそうでしょう? ラスプーチン殿も」

 ジェネラル級の攻撃力は健在だが、腰を落としたきり立ち上がってこない。大太刀と槍に突かれた箇所から、血があふれていた。苦笑するばかりの相手に、エトヴァも詮無い言葉をかけた。

「男で失礼……。ラスプーチンは……復讐者をどこまで利用するつもりなのだろうな」

 絵筆をとった。

 大広間には、リヴォリャーツィヤの似姿が溢れているが、『リアライズペイント』でもう一体を加える。

 漸は、サーベルを振り回していた。

「く……。近づこうにも幻影が邪魔ですね。離れていても攻撃は届きますが、やるなら直接刃を叩き込みたいところです」

「無数の兵士全てを相手にしている余裕はございません」

 レイラも口惜しそうに、針を握りしめていた。無双馬『スヴェルカーニエ』でさえも、鎌や槌にまとわりつかれて、ルィツァーリの突進を助けることができない。

「俺達にとってロマノフの地の奪還の為、虐げられた人々を開放する為倒さなければならない相手がまたひとり判明したんだ。どれだけ強かろうと騎士として討ち取っていくのみ。ならば、この場においても!」

 血塗られた鎌を、騎士道少年が一身に受けた。

 そのタイミングに合わせて漸は、槌をサーベルで受け、刀身に火花を散らせる。レイラの手の中で、小さな針が覚醒した。

「革命とは――人民の流した血によって始まり、革命家の血によって成され、支配者の血によって終わるもの。この地に苦しむ人民の在る限り、貴方たちによる支配を打ち砕くまで、どれだけでもこの血を流しましょう」

 細剣『惨禍鬼哭血革針』を握るとともに、針仕事メイドは、革命家としての姿に変わる。

 ネメシス形態だ。

 必要最低限の幻影を斬り伏せ、貫き、突破することを優先する。『天上奉仕・革命(メイドインヘブン・リヴォリャーツィヤ)』が効いているあいだは、受けた負傷により、身体能力はさらに向上し、細剣の切れ味は増す。

 革命家レイラの前進で、幻影に捕らわれていたディアボロスたちは解放され、一気に攻勢へと転じた。

 リヴォリャーツィヤの眼前では、エトヴァが描き、実体化させた指導者が、星型光線を放っている。

「『革命家の生活は、一定の「宿命論」なしにはありえない』」

 強い響きで、赤い星が包帯上の星を焼いた。

「そ、そんな格言はありません……」

 やはり、トロツキーを知らなかったようだ。ようやく膝立ちまで身を起こせたところに、レイラの細剣が突き立つ。

「人民を従属させるための偽りの革命、偽りの希望はこの地にはもはや必要在りません。代わりに、私たちが吸血ロマノフ王朝を打ち倒す、真の希望となりましょう」

 形態変化した服装が、いまのジェネラル級と同等くらいに綻びている。

 立てない敵よりも、レイラはより多くの血を流していた。

 刺さったままの刀身に、ジェネラル級は鎌を引っかけ、抵抗する。

「うう……。従属と吸血が、代えられるものですか」

「どれもこれも幻影、虚偽、欺瞞」

 火花散るサーベルに熱を帯びさせ、漸が進みでる。

「革命という名前を騙り、流言飛語を撒き散らす貴方にはこの言葉を送りましょう。『夢想家は自分自身に嘘をつくが、嘘つきは他人にだけ嘘をつく』」

「……!」

 包帯頭が、焼け焦げた顔面を漸に向けた。

「おお、ニーチェです。ま、前の、そのまた前の合言葉で……」

「人々に革命という名の嘘をついた貴方にはピッタリです。『時は過ぎ去り、日は落ちる』」

 サーベルの熱が解放され、漸は『夕暮落とし』に斬り落とす。

「ぐはっ! あぐう……」

 リヴォリャーツィヤの肩口から血が吹き出すが、両手の鎌と槌は握ったままだった。

 ふらふらと立ち上がる、ヴァンパイアノーブル。

 しかし、偽りの革命軍は二度と現れないだろう。何かを呟いているが、もはや光線を放つ魔力も、幻影を生み出す技もない。包囲していたディアボロスたちは、その輪を解いて下がり、立ち位置を広げた。

 無双馬が駆けてきたからだ。

「此れは奇跡なんかじゃない。俺達が辛酸をなめ其れでも足掻き……幾多の戦いを積み重ね掴み取った現実だ!」

 馬上で、高速詠唱をおこなう、ルィツァーリ

 赤いシルエットは、鎌と槌を頭上に持ち上げている。

「空駆けし天空の神よ、偉大なる雷神よ! 我が敵を討つ為に御身の焔矢を降らせたまえ! 『ペルーン神の焔矢(ホムラヤ)』!」

 巨大な大砲が顕現した。

 誘導弾が放たれ、大広間の一方の壁が瓦解する。その向こうには岩肌が見えている。秘密拠点を隠していた洞窟だ。

 直撃をくらったジェネラル級ヴァンパイアノーブル、革命軍指揮者リヴォリャーツィヤは、爆発四散した。

 ディアボロスたちは、すぐ脱出にかかる。

 拠点全体が、崩壊をはじめていた。

 海岸に出ても走り続ける。吸血ロマノフ王朝を倒す、この戦いで数多の誓いをたてたからには。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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