大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『亜人の槌と盾』

亜人の槌と盾(作者 大丁)

 《七曜の戦》で蹂躙戦記イスカンダルイタリア半島を新たな領域として強奪した。
 その領域における新たな支配者達が仮の宮殿として使用している、港町バーリの邸宅の一つに、翼をはやした狼の亜人『境界を越えし者』レムスが足早にやってくる。
「兄貴、キルケーがやられた、ディアボロスが攻めて来るぞ」
 《七曜の戦》後に新たに産まれたジェネラル級亜人であるレムスは、彼の兄にしてイタリアの王となるべき『起源王ロームルス』に言い放つ。
「ならば、迎え撃つ準備が必要だ」
 ロームルスがそう告げると、レムスは挑発するように鼻を鳴らした。
「ハッ、準備すれば勝てるとでも思ってるのか?」
「ならば、どうする? 断片の王よりの命が無いままに、支配地を放棄するなど出来はしない」
 ロームルスの威厳ある言葉に、だが、レムスは同意しない。
「俺達亜人は、攻めは強いが守りは弱い。デメトリオスは浅はかだったが、その力は本物だった。そのデメトリオスが攻めて負けたのならば、守勢に回った俺達がディアボロスに勝てる道理が無かろう」
 レムスの提言に、ロームルスは渋面を作る。
 バーリで新たに産まれた亜人達は、まだ充分な練兵も出来ていない弱兵に過ぎない。
 その戦力に、デメトリオスの敗残兵を加えても、バーリを守り通すのが厳しい事は事実だ。
「ならばどうする?」
 ロームルスの問いに、レムスは自嘲気味に答えた。
「『単眼王・アンティゴノス』を頼るしかない。『砕城者・デメトリオス』は、アンティゴノスの息子だった。アンティゴノスは、デメトリオスの仇を取ろうとするだろう。アンティゴノスを頼り、その仇討ちの軍勢に加えてもらい、ローマを取り戻すのだ」
 暫し思案したロームルスは、最終的にレムスに同意した。
「わかった。バーリは放棄して、共にアンティゴノスに向かおうでは無いか」
 だが、レムスは、そのロームルスの言葉に頷かず、さらなる案を口にする。
 その内容に、ロームルスの渋面はさらに深まることとなった。

「ジェネラル級亜人『魔女キルケー』を撃破した事で、蹂躙戦記イスカンダルのイタリアにおける拠点、バーリへの侵攻が可能になりましたわ」
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、車内で時先案内をおこなっている。
「バーリの戦力は、デメトリオスの残存兵力と、ここ数か月で産まれた、亜人の軍勢といったところ。バーリにも大灯台があり、ファロスの光も確認されています。この大灯台を破壊できれば、イタリア南部に新たな亜人は生まれてきませんわ」
 掲出された地図の前でおおきく手を回し、該当地域を囲った。
「敵軍は、寡兵ながらも、徹底抗戦の構えを見せています。この統制のある動きをみる限り、ジェネラル級亜人であるローマの王が、直接指揮を取っているのは間違いないかと。皆様には、バーリを守る亜人の軍勢を一蹴し、バーリにいるジェネラル級との決戦に備えていただきます」

 今回は、港町バーリを守るように布陣した、敵部隊の撃破が作戦の目的となる。
 予知によれば、トループス級の『亜人剣闘士』は、最近産まれたばかりの新兵らしく、戦闘力は低い。本人たちとしては、真面目に一生懸命指示に従って戦おうとしているようだが、正直、烏合の兵士と大差ない。
 この兵を、元デメトリオス配下のアヴァタール級『生と死を司る者キュベレイ』が率いて防衛にあたっている。彼女も本心では本土に逃げ出したいはずだが、軍勢を指揮するジェネラル級に直接の命令を受けているためかなわず、死に物狂いでディアボロスと戦おうとしているようだ。
「階級が絶対のクロノヴェーダの悲しいところ、ですわね」
 しかし、ファビエヌの顔は、同情を示していない。
 バーリの街の一般人は全て殺された後だという。敵のジェネラル級は、バーリ大灯台を最終決戦の拠点に選んだようで、敵の軍勢はバーリ大灯台を護るように配置されている。
「皆様も正面から対峙し、亜人を撃破して、バーリ大灯台への道を切り開いてくださいませ」

 パラドクストレインの発車時刻となった。
 ファビエヌはホームに降りて見送る。
「少し気になったのは、敵の動きが時間稼ぎに見えることです」
 戸口から、話を付け加えた。
「デメトリオスの父親である、ジェネラル級亜人『単眼王・アンティゴノス』の援軍を期待している可能性もあるので、可能な限り早く、制圧を完了するのがイイコトかもしれませんわ」

 市街地の通りのひとつを塞ぐよう、獅子頭の指揮官は指示した。
「ここでディアボロスどもを食い止めます。あなたたちの働きで、大灯台は護られるのですよ!」
「おおー!」
 配下たちは威勢のいい声をあげた。
 鋼の鎧に身を包み、円形の盾を装備したヤギ頭のトループスたち。指揮官『生と死を司る者キュベレイ』は、口の端を持ち上げて笑ってみせた。ともかくも、防衛戦のかたちにはなりそうだと。
 ところがだ、いくらも経たないうちに、配下たちが揉め始めた。
 キュベレイはあわてて制する。
「な、なにをしているのです! 敵はまだ現れていませんよ!」
「だってコイツが、俺のほうにはみ出してきたんで……」
「ちげぇよ、隣の奴を盾で守るんだって!」
「あ、邪魔すんじゃねぇ」
「どけよ、オイラが活躍できないじゃんか」
 どうやら、剣闘士として生まれたために集団行動が苦手で、防御陣形がちぐはぐになっているらしい。せっかくの大盾も、敵を殴るために使うつもりの者が多そうだ。ただでさえ、訓練不足だというのに。
「ええい、立ち位置を教えるから、静かになさいッ!」
 キュベレイは叫び、槌で地面を叩いて、最初のひとりの持ち場を伝えた。

 街の風景には、生活の雰囲気がまだ残っていた。
 それらがそっくり戦場と化していることに、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)はいらだちを隠せない。
「皆殺しかぁ……こりゃひどいねぇ」
 建物の陰から陰へ。身を隠しながらバーリの大通りに沿って進んでいく。
「ローマが無事な内からジェネラル級が生まれてるわけで、多分そーだと思ってたけどさ。いざ人のいない街を見ちゃうと、分かってても……」
 唇を噛む。
 やがて、亜人が陣取っていると教えられたポイントから、1ブロック手前まで到達した。
「先に、エネルギーを溜めちゃおう」
 両手で巨砲を抱える。
 ダブルチェーンソーの名の通り、二枚の回転鋸刃を銃剣の如く備えたブラスターだ。曲がり角から慎重に様子を伺うと、甲冑を着たヤギ亜人が、盾を重ねて隊列を組んでいるのが見えた。
 前情報と比べて、規律正しい印象だが、おそらく列の後方からアヴァタール級が見張っているのだろう。
 そして、鎧や盾にわずかに残っている赤茶けたくすみが、残虐なる行いの証拠として、燐寧の心をまたざわつかせる。
「あたしに力を与えてくれるのはクロノヴェーダの犠牲者の怨念。痛みと怒り、未だ果たされてない復讐への想いと共鳴し、力を溜め込むよぉ」
 怨みのエネルギーは、隠しておけない。
 フルチャージまで、いくらもかからなかった。
「仇を滅し冥府へ下らん……『闇雷収束咆・殲尽破(プラズマ・ダーク・ハウリング・カタストロフ)』!」
 物陰から銃身を突きだし、敵の隊列にむかって無数のホーミングレーザーをブッ放す。
 トループス級亜人の、両端と中央を同時に抜いた。数枚の丸盾が、吹き飛ばされて宙を舞う。倒れたものと立っているもの、両方のヤギが鳴いている。
「ぎゃああッ!」
「て、敵だ、ディアボロスだ!」
キュベレイさま、キュベレイさまッ!」
 隊列の起点を失って、恐慌をきたしている。燐寧は『DCブラスター』を構えたまま、大通りを斜めに横切る。
「ただでさえちぐはぐな陣形を更に乱して、兵隊からただの群れに変えたげるねぇ」
 レーザーは撃ち続けた。
 配下の後ろから聞こえた女性の声は、指揮官のものだろう。ようやく数体の剣闘士に、応戦の指示が届く。
 盾で突っ込んでくる者は、攻撃が届くまえに打ちたおし、ヤギの口から放ってきた炎は、鋸刃を回転させて散らした。拒絶の呪力が纏わせてある。
「この世界じゃ命は安いって決めたのはきみ達だよぉ。自分らで決めたルールには、しっかり従わなきゃねぇ?」
「く、脆すぎです……」
 獅子頭亜人が、全滅した配下に愚痴をこぼしている。
「見てくれだけ立派なものを抱えて、盾役のひとつも果たせないとは!」
 アヴァタール級『生と死を司る者キュベレイ』は、黄金の槌をふりかぶる。

「いやー、きみも手下をボロクソに言えるほど立派じゃないと思うけどねぇ?」
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)の挑発に、しかし獅子頭の雌亜人は口の端をつり上げた。
「何を言いますか。私は、『砕城者・デメトリオス』様に実力を認められ、指揮官にとりたててもらった誇り高きディアドコイ。いずれは戦場で息絶える運命にあっても、今はまだその時ではありません」
 槌の巨大さに加えて、全身鎧の威容を見せつける。
「ふうん……」
 斜に構えて眺めながらも警戒を怠らず、燐寧はトループスをせん滅させたブラスターを収める。
「ぎらぎらの金メッキでド派手に着飾ってるけど、中身はちっともキレイじゃない。そーゆー奴を俗物って言うんだよぉ!」
 背負っていた鎖鋸剣『テンペスト・レイザー』に持ち替え、上段の構えを経由して振り下ろした。
 『生と死を司る者キュベレイ』もすぐに反応し、鈍器と鋸刃が打ちあわさる。
「でっかいハンマーとやり合うなら、こっちもクソデカを繰り出すしかないねぇ。……『絶技:界を絶つ巨剣(フェイタリティ・ワールドスレイヤー)』!」
 街の隅々に残る怨念を、刀身に集積する。
 ハンマーを受け止めたままで、チェーンソーの全長が伸びていく。鋸の出力も増し、黄金の表面が削れてきた。
「ぐ、……くく」
 キュベレイは眼光だけを鋭くさせる。
 力任せから一転し、槌も鎧もその重さを感じさせない軽やかさで、飛び退いた。支えを失ったチェーンソーは、大きく空振りするが、燐寧はそれさえも自身の旋回力に転じる。
「ブン回すよぉ!」
 巨大化したことで、切っ先は敵に届く。
 だが、手ごたえがない。
 雌獅子は、リボンでも振っているかのように槌を扱っていた。鋸刃をいなしているのだ。
「そう来るんだったらねぇ」
 燐寧は、武器を片手持ちにし、空いたほうの袖口から『憑依の包帯』を放った。細く伸びた布は、ハンマーを握るキュベレイの手に絡みついた。
 あの動き、『クルパンデスの舞』を崩す。
 怨念で超巨大化に至ったチェーンソーが、黄金鎧の胸に。
「人を死なせなきゃ生まれてこれない以上、きみら亜人は生きてちゃいけない存在なんだ。消えてった皆のために……絶対、ブッ殺すッ!」
 刀身を叩きつける衝撃で鎧を粉砕し、回転鋸刃の斬撃で肉体を斬り削る。
「あぁっ……!」
 二段構えの破壊力に、捕縛されていないがわの腕で胸元を押さえると、アヴァタール級は後ろによろめいた。

 燐寧のことを睨みつける、獅子の瞳。
 しかしやがて唸り声もかすれて、亜人『生と死を司る者キュベレイ』に微笑みが戻ってくる。
ディアボロスのお嬢さん、あなたも死にこだわっているのですね。おしゃべりが過ぎるのも、その裏返し……」
 あからさまな挑発には乗らず、ハンマーごと捕縛した包帯も緩まらない。
 ジリジリと対峙を続けるふたりの元へ、ディアボロスの援軍が駆けつけてきた。
「ちょーっち参戦が遅れたけれども、天さん征くぜぃ☆」
「自分は、四葉。遅くになりましたが、参戦します」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)と靫負・四葉(双爪・g09880)だ。
「ファビエヌさんからバーリの制圧はガンダ案件って聞いたし、やるっきゃないっしょー☆ 幸い、他の人のお陰で残ってるのは金ぴか鎧だけになってんし☆」
「ガンダ……? ええ、強者を気取ってはいても、この牝獅子も先だってのゴブリンやオークと同じく、ここまで敗走して来た類。甘く見るつもりはありませんが、必要以上に恐れる相手でもありません。自分はいつも通り、全力でかかるのみです」
 ふたりはダッシュしたまま、包帯でつながったアヴァタール級とディアボロスの周囲をグルグルまわる。
「また、おしゃべりなお嬢さんですか!」
 キュベレイは、無理矢理にでも『クルパンデスの舞』を踊りだす。
 変幻自在な打撃は、一秒たらずの先読みでは対応しきらない。
 四葉は、全身に装備した爪や刃、浮遊腕を次々と射出していくが、それらの武器は黄金の槌に打ち返された。
「――心苦しいですが」
 弾かれた武器を、わざと背後の建物にぶつける。
 砕けてできた瓦礫で足場を乱した。キュベレイの動きは足さばきによるものとみている。舞いの妨害のために、街並みを壊させてもらう。
 チラと、燐寧の表情を伺った。
 舞いに引きずられながらもかすかに頷いてくれる。蹂躙された人々の思いは、この敵の撃破をもって昇華されるかのように。
 天にしても、喋りつづけて亜人の注意を引き付けていた。
「ハンマーの一撃って、喰らうと刀も身体もガチぱおん案件になりそうだし、回避優先になりそ。んで、金ぴか鎧とハンマーの組み合わせって『重×重』って感じだから大きく間合いを取るように回避してっても良さ気かなー☆」
「ええい、だんだん鬱陶しくなってきましたよッ!」
 軽やかに振っていたはずの槌に、重さが返ってきた。
 天を捉えようと、雌獅子は力んだらしい。
「だって、大きく間合いを取って攻撃に転じた時の踏み込みの速度なら、私も負けないだろうし。なんたって、天さんの使うパラドクスは参式抜刀。ガチのマでメッチャ速いよ?」
「お喋りのお嬢さんが……あっ!」
 瓦礫に、足をとられるキュベレイ
 その機を見て、四葉は一息に間合いを詰める。
「『テレキネシスシュート』!」
 浮遊腕の右と左。
 『参七式次元断裁器・裂天割地』と『四壱式次元破断器・四海抱擁』が、黄金鎧をえぐった。さらに、瓦礫も念動力で飛ばす。
「どう舞ったところで逃げ場のない形に追い込みます!」
「く、立ち位置を間違えたのは、私のほう……」
 獅子の口元が歪む。
 天は満面の笑みになり、宣言通りに逃げ回っていた場所から、バタバタと戻ってきた。
「その鎧、なんか金ぴか部分が剥がれてるし鍍金とか? 全身マジのゴールド鎧、とかだったらアゲだったのに、サゲだよ……ぴえん……。けどまぁ……今の指揮官たるキミの実力に相応しい……って言ったら相応しい感?」
「ぐ、あなた、……このッ」
 口の回りの速さでも、キュベレイは叶わなくなってきた。
 片手でハンマーを振り下ろしたが、天はもう、叩きつけた地面よりも内側に入り込んでいる。右足を折り左足を後ろに伸ばした極端に低い異形の構え。
 『参式抜刀「娑伽羅」(サンシキバットウ「シャガラ」)』で、逆風の斬り上げを放つ。
臥竜は止水を鑒みず――!!」
「あああぁッ!」
 腹の下辺りから脳天の上まで、天の刀が振りぬかれた。アヴァタール級亜人『生と死を司る者キュベレイ』は、黄金の全身鎧ごと一刀両断される。
 バーリの防衛箇所のひとつが堕ちた。
 ひとまず戦いは終わり、四葉灯台の方向を見る。
「しかし敵将は何を目論んでいるのやら。幾つか予想が付かないわけではありませんが……。いえ、考えても仕方のない事ですね。今はなるべく早く奴らの喉元に食らいつくことを考えなければ」
「ガンダ案件……ねぇ?」
 燐寧が、薄く笑う。
「そ、ガンダでゴーゴー☆」
 天は、日本刀を鞘に納める。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp

全文公開『コトリンを護る料理人』

コトリンを護る料理人(作者 大丁)

 時先案内人は、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)。
 パラドクストレインの車内に掲出された地図はコトリン島で、今回の行先が吸血ロマノフ王朝であると示していた。
「当地は、サンクトペテルブルクにとっての西側の防壁ですわ。言わば、断片の王を護っている一枚が、コトリン島。《七曜の戦》以前にも攻略を行っていましたが、《七曜の戦》後に防衛体勢が一新された為、攻略は中断されておりました」
 人形遣いの華奢な指が動く。
 二体のぬいぐるみが、追加の資料を掲出していく。
「今回は、怪僧・ラスプーチンの情報も踏まえ、海中からの攻撃でコトリン島の防衛戦力を削っていく作戦を行います。成果しだいでは、新たな作戦を行なえるようになるかもしれませんわ」

 掛け替えられた地図は、島の周辺海域の拡大図だ。
 点や線で、ディアボロスに対する警戒網がしるされている。
「ごらんのとおり、無策で近づけば、連携した敵の攻撃で包囲殲滅されてしまうでしょう。案内人からの提案としましては、敵部隊の一部を誘引し、敵の増援が来るまでに各個撃破がイイかと思います。仮に、敵の誘導に失敗して、多くの敵に囲まれそうになったとしても、一時撤退して別方面からの再挑戦も可能です。いずれにせよ、【水中適応】は必須です。特に、海面上を【飛翔】などされませんよう」

 出発を見送るまえにファビエヌは、敵警戒部隊のひとつに『イヴァン・ハリトーノフ』というアヴァタール級がいて、功を焦って独特な手段でディアボロスを見つけようとしているらしいと付け加えた。
「こうした部隊を撃破することで、コトリン島側に新たな動きが出てくるかもしれません。例えば、『ディアボロスの罠の可能性があるので、安易に誘導されないように……』といった指示が出される、などです。防衛態勢が変われば、こちらもそれを逆用した作戦を行うまで。その際には、ぜひ攻略旅団でイイ作戦を提案なさってくださいませ」

 料理人は自ら海に潜っていた。
 この、人間さえも食材にしてしまうヴァンパイアノーブルは、もしディアボロスがコトリン島に攻めてきたのなら、自分が一早く料理したいと考えているのだ。
 海底の景色に目を凝らしながら、護衛のトループス級『ネビロスの従者』に尋ねる。
「君たちはそんな耳をしているのだから、犬のように鼻も効くんじゃないのかね」
「いえいえ、『イヴァン・ハリトーノフ』様、これは犬耳という属性でして。私たちはアークデーモンであり、犬ではありません」
 赤髪の犬耳悪魔メイドが答えた。
「けど、ディアボロスと戦って負けたのだろう? 悔しかったと思うし、なにか敵の特徴を覚えてはいないのか? 私ならリベンジの機会を与えてあげられる」
「それが……。直接、戦うことがなかったから、こうして無事にロマノフに流れついたしだいでして」
 青髪メイドは、しょんぼりして言う。
 黄髪が詫びとともに、聞き返した。
「お役にたてず、申し訳ありません。他の部隊を出し抜き……いえ、先んじて仇敵と戦えたなら、光栄なことだとは思っております。イヴァン様に、なにか秘策はありませんでしょうか」
「ふむ。最初に匂いの話をしたのは、目で見るばかりが獲物を追う手段ではないと伝えたかったからだ」
 灰色の顔で得意げに話す、ヴァンパイアノーブルの料理人。
「いい食材は、それなりの雰囲気を持っている。私の考えでは、ディアボロスが強者たちならば、相応のオーラを発しているに違いない」
「オーラ、ですか? 聞いたことありませんね」
 赤髪メイドに即答されて、イヴァンは咳払いした。
「例えばの話だ、例えばの!」

 フィンランド湾へ転移してのち、パラドクストレインはすぐに停車した。
 敵をおびき寄せる作戦ではあるが、島からの警戒に引っかかって見せるにはまだ早い。ディアボロスたちは、列車の開け放たれた戸口から、冷たい海中へと飛び込んでいく。
 温度は違っても、水中作戦の段取りにかわりはなかった。
 海洋ディヴィジョン『冥海機ヤ・ウマト』出身の潮矢・鋼四郎(零式英霊機のボトムマリナー・g09813)は、仲間のために『水中適応』を残留させる。
「基本に則って動きましょう」
 いったんは水底を目指し、地形の起伏をたどりながら、コトリン島の方角へと近づく。
 海の破壊工作員、ボトムマリナーを先頭にして、ヴァンパイアノーブルの警戒ラインのひとつ、その手前まで難なく進むことができた。情報によれば、ここを指揮するアヴァタール級は、『吸血鬼式下拵え』という料理に見立てたパラドクスを使うらしい。
「さて、相手の特技に合わせてあげると、誘導も容易いかもしれません」
 鋼四郎は仲間たちを振り返り、敵部隊の釣り出し方法について確認をとる。彼はサイコソルジャーでもあり、オーラを使う技に長けていた。機械の身体に蓄積されたそれを発揮するか、あるいは。

「ここまでは順調ですね。ありがとうございます、潮矢様」
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が、赤い瞳で視線を差し向けてきたので、彼女に策があるのだろうと鋼四郎は、先頭を代わった。
 岩礁海域ゆえ、人がすっかり姿を隠せそうな大きさの岩が、周囲にゴロゴロしている。レイラたちはそのひとつに取りつく。
「料理に見立てたパラドクスを使う……ということは料理人の吸血貴族でしょう」
 試してみたいのは、オーラ操作。
 吸血鬼もそういったことは苦手ではない。
「良い食材として彼個人に訴えかけるものがあれば、他の部隊に気取られず彼のみの気を引けるかもしれません。とはいえ、色艶を見えるまで姿を現せば、私でも他の動物でも色艶などに関係なく狙われます。であるなら……」
 思いつきを、再度検討してから、レイラは『バットストーム』の要領でコウモリ型のオーラを作りだした。
 自身は岩陰に隠れたまま、コウモリを防衛線より先へと送り込む。
 敵拠点防衛部隊に見せるにせよ、ちらりと視界の隅に姿を現す程度が理想だ。オーラに興味を持っているらしい料理人でなければ、見間違いかと思うような動きもさせたい。
 冷静な判断と、精密な技術が必要だった。
「……さて、どうなるか」
 オーラに岩のあいだを出し入れさせるうちに、前方から別の気配が近づいてきた。
「……君たちにお手本を示せるいい機会となったな」
 男の声も聞こえてくる。
 レイラは軽く振り返り、仲間に合図した。
「釣れました」
 その一言で、ディアボロスたちは隠れ場所から後退をはじめる。
 オーラ操作の担い手も、少しずつ下がりながらコウモリを引いて、誘導に務めた。
 やがて、水の揺らぎのむこうに透けてくる、料理人の帽子をかぶったシルエットと、小柄なメイドのものが数体ぶん。
「イヴァン様、よろしいのですか?」
「私の感じたオーラは、間違いなく強者のものだ。なに、さっさと調理してしまえばいいのだよ、素材が新鮮なうちにな」
 それは、レイラたち側にとっても同じこと。
 防衛線から離れた場所まで誘導したのち、トループス級アークデーモン『ネビロスの従者』と、アヴァタール級ヴァンパイアノーブル『イヴァン・ハリトーノフ』に、攻撃を仕掛けた。

「ほな、いきましょか。全部倒したるわ」
 岩陰から浮かび上がる、リュウターレン(奪われた者。奪い返す者。・g07612)。獲物の水晶剣はまだ、モーラット・コミュの『シュウェジン』に持たせてある。
「ああ。ここで終わりにしようじゃないか!」
 夜鳥・空也(零落のアンピエル・g06556)も続く。
 海底での探索に、ぼーっとついてくるだけの存在だったが、戦闘がはじまったとたんに豹変した。艶めいた烏羽色の三叉槍を押したて、敵トループスへと切り込んでいく。
「はわわ~! ホントにいましたよ、ディアボロスぅ!」
 赤髪の犬耳悪魔メイドは、バタバタと水を掻いた。主人であるアヴァタール級のいうことを信じていなかったのか、驚いた様子だ。
「逃げられると思ったのかい? 『こーさん』、『雷槍乱れ突き』よ!」
 メーラーデーモンの電磁槍が周囲にスパークする。
 黒曜石の破断面の如く鋭い穂先は、空也の『濡烏』ともお揃いだ。ふたりでトループス級を突きまくって、攪乱させた。
 『ネビロスの従者』のあわてぶりに、指揮官のヴァンパイアノーブルは、口を半開きにしている。
「はっ。私まで固まってしまった。……君たち挽回のチャンスだ。復讐心を再加熱したまえ!」
「イヴァン様のおおせのままに。『魔犬召喚』!」
 犬型のアークデーモンが、溶かした墨のようなモヤモヤから呼び出されてくる。敵が増えても、空也たちは猪突猛進だ。
 リュウはモーラットに剣を構えさせる。
「やれやれ、冷たい海にまで悪魔がいるんか」
 手にした水晶ペンを向けると、『シュウェジン』も水晶剣を突きだす。両者の動きに合わせて槍衾が具現化され、魔犬の群れを迎撃した。
「きゃああ! お嬢様がかわいがってらしたのに!」
 『スピアウォール』に串刺しされるペットたちの姿に、お世話係は悲鳴をあげる。リュウの眼光が、ますます鋭くなった。
「TOKYOエゼキエル戦争から逃げ出したやつやね……」
 いまさら思うところはない、としつつも、過去を透かし見ている気分だ。
「むぅ……」
 空也は、あらかた魔犬を刺し終えたところで仲間を振り返り、かすかに唸る。彼女のなかには過去がない。

 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は、トループス級の頭上をとれる位置まで浮かび上がっていた。
「なぜこのようなところにメイドが居るかは存じませんが……それはお互い様ですね」
 銀の針を手にする。
 戦況を俯瞰すれば、なかば不意打ちになったのだとわかる。先ほどから感じる水流は、自分たちを後押しする戦場の風が、転じたものかもしれない。
「全ての人民の奉仕者、レイラ・イグラーナがお相手いたします。『手製奉仕・雨(ハンドメイドサービス・ドーシチ)』」
 大量の針が、犬耳に降り注いだ。
 『ネビロスの従者』たちが、また慌てふためいているのがわかる。特に、青髪のメイドがいちじるしい。
 臨戦態勢だった相手から先手をとれたのもそうであるが、岩礁海域とはいえ、誘導のさいには姿を隠しとおせた。敵の不注意がすぎるし、落ち着きもない。
「もしや……臨機応変に対処いたしましょう」
 レイラは、針の雨を降らせながらも、口元を引き締めた。
 従者のもつ、『ドジっ娘スイッチ』とやらが謎だ。どのようなことが起こるか分からない。
「うわーん、イヴァン様ぁ、やっぱりディアボロスは強いんですよー。エゼキエル戦争のお返しなんか、できませんてー」
「コ、コラッ! 私にしがみつくんじゃない!」
 青髪の犬耳悪魔メイドだった。
 料理人が腰に巻いているエプロンに、顔をうずめている。押されてバランスをうしなったアヴァタール級は、巨大包丁をかたわらの岩にぶつけてしまう。
「しまった、研ぎ直さないと!」
 注意を道具にむけているあいだに、欠けた岩のほうが海底を転がって、岩礁を崩しはじめる。将棋倒しかドミノ倒し、あるいはバタフライ効果か。
 優勢だったディアボロスたちにだけ、巨岩が降ってくる。レイラも、背中に一発をくらった。
「この程度なら、問題ありません。たいしたお返しにはなりませんでしたね」
 なにか起こるなら物理的な害だろうと、肉体を強固にして耐えた。
 そして、アークデーモンを再び、見下ろす。
「私たちは貴女たちのディヴィジョンを滅ぼした。それは事実でしょう。ですが……私たちは復讐者。私たちの戦いにも、相応の理由がございます。お覚悟を」
「強者と踏んだのは正しかったな。ゆえに手柄とするには申し分ない!」
 料理人が、メイドにかわって応えた。
 銀針の投擲をはじめ、パラドクスを連携させたディアボロスの前に、『ネビロスの従者』たちはそれ以上為すすべもなく、全滅したからだ。

「手柄って言った? いいえ、獲物はアナタ、アタシがハンター!」
 ルミ・アージェント(全力乙女・g01968)は魂を喰らう呪いの大鎌、『ソウルマローダー』を担いでアヴァタール級に向かっていった。
 適応効果を使い、岩の散らばる海底を水抵抗なくダッシュする。
 前衛にはトループスたちを蹴散らした高遠・葉月(猫・g04390)がいて、先に仕掛けている。
「『レディ・オールレディ』ッ!」
 魔力生成武器が太い柄になった。
 青髪犬メイドと料理人がぶつかってできた岩塊。そのひとつに突き刺し、即席の巨大ハンマーとする。
「受けて、みなさいッ!」
 軽々と持ち上げ、力のままに叩きつける。料理長の高い帽子がぺちゃんこになり、『イヴァン・ハリトーノフ』はクラクラと目を回して後退った。
「うぐぐ……。それは、私の包丁の切れ味を鈍らせた、忌々しい岩ではないか!」
「知らないわ、適当に落ちてたのを使ったまでよッ!」
 葉月は振り下ろすだけでなく、突いたり捻じったりしながら、攻撃を続けた。イヴァンは、ダメージに口から舌をはみ出させるものの、右手から赤黒いオーラを立ち昇らせている。
「褒めはしたが、いい気になるのはよしたまえ」
 ヴァンパイアノーブルの素手が、葉月の脇腹をかすめる。
「……!」
 すんでのところで避けたにもかかわらず、ひとすじ散った鮮血が、海水に溶けだしている。
 得意と聞かされていた、イヴァンのオーラ操作だ。
 『吸血鬼式下拵え』に用心するディアボロスたちのなか、追いついたルミだけは勢いを落とさなかった。
「オーラ? 精神の力? だったら、魂ごと全部奪ってあげる!」
 大鎌ソウルマローダーで薙いだ。
 武器が持つ呪いの衝動と自らを重ねたかのようだ。一閃は鋭く、イヴァンの上体が揺らぐ。
 かわりに鮮血のオーラが、カースブレイドの乙女にまとわりついた。
 もとより、覚悟のうえで放った『魂合一閃(コンゴウイッセン)』だ。下拵えに身を下ろされてしまうのか。
「ルミさんッ! 思いっきりやっちゃって!」
 ほとんど砕けた岩ハンマーで、葉月が護りにはいった。ルミへのとどめの包丁をはじく。
「またしても刃を痛めてしまった。よくも、料理人の魂を……。うぎ、た、魂が、吸われる?!」
 イヴァンの舌がだらしなく伸びている。
 ルミは血を吹きながらもケタケタと笑った。
「あははっ! 青春を奪うアナタ達が悪いんだよ! 逆に奪われる覚悟くらいできてるよね!? 魂ごと喰らい尽くしてあげる!」
 差し違えのようなパラドクス。
 クロノヴェーダを浸蝕するが、自らも侵される。
 料理人とそっくり同じに、ルミの口元から長い舌が垂れた。

 ディアボロスの発見を、食材探しに例えていたようだが、アヴァタール級は前衛の数人と剣戟をこなしている。
「あれが、ニコライ二世の料理人イヴァン・ハリトーノフの名を騙る吸血鬼ですか」
 加勢にきた零識・舞織(放浪旅人・g06465)は、オーラ攻撃から距離をとっていた仲間に尋ねた。
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)が静かに答える。
「はい。料理人という触れ込みでしたが……。ただ命令に従い防衛するのでもなく、食材を求めるのでもなく、支配を求めるでもなく」
「さながら武人ですね。コトリン島の守将を任されるだけはありそうですね」
 舞織は、『人妖筆』を握る。
「それではこちらも全力で参りましょう。『妖怪写百鬼夜行軍(ヨウカイウツシヒャッキヤコウグン)』」
 宙に、といっても空気ではなく水に満たされてはいるが、手早くしっかりとアートを描き出した。題材は海や川にちなんだ妖怪で、それらが出来上がるはしから実体化し、連なって泳いでいく。
「肉切り包丁を振り回すような方との近距離戦は避けたいので」
 後衛に陣取ったまま、妖怪画をけしかけている。
 料理人の斬撃が鈍った。
 調理する気になれない、グロテスクな存在と受け取ったらしい。
「やむをえん。『吸血鬼式冷凍保存』にでもしよう」
 血のように紅い氷で妖怪を包む。
「冷たい海で、これ以上、熱を奪われるわけにはいきませんね。題材をかえます」
 舞織は、絵を描く手は止めず、火に関する妖怪を描き出した。
 血の氷を溶かして体温を保持する。
 妖怪軍と、ヴァンパイアノーブル単体の戦力は拮抗。海の妖怪には顔をしかめた料理人も、火の妖怪には手応えを感じているようだ。
 離れてはいるが、互いに全力を出すのに値していた。
「『黒翼卿・ウピル』の立ち位置には懸念がありますがそんな事は関係ありません。貴方を討ちコトリン島を突破させていただきます」
 ここはサンクトペテルブルクへの玄関口だ。
 レイラも銀の針を手にしながら、攻略のさきを見据える。
ラスプーチンともどうなるにせよ……ここを落とさなければ始まりません」
 そして、いま相手をしている防衛部隊の指揮官は、戦いに高揚している。
「やはり強者を求めますか。かしこまりました」
 針は、鉤爪のように両手の指の間に挟んだ。
 『手製奉仕・爪(ハンドメイドサービス・コーゴチ)』により、接近戦を仕掛ける。水中で、踊るように。
「革命家レイラ・イグラーナ。お相手いたします」
「おお、ディアボロスめ。その道具の使い方、私も腕がなるというもの」
 イヴァン・ハリトーノフは、本格的に『吸血鬼式包丁捌き』を繰り出してきた。
 防御の弱点を狙う軌道、レイラはさらに動きを悟って銀の針の爪で受け流す。
「その包丁は料理のためのものではないのでしょう? 斬り合いがお望みであれば、お望み通りお付き合いいたしましょう」
「いかにも、只今はそうである。私の技にいつまで付いてこられるかな?」
 経験に裏打ちされた鋭い斬撃に、レイラは細かな傷を負った。
 強固にした肉体でも、ダメージを低下しきらない。だが、勝負を焦らず、粘り強く立ちまわる。
「見抜いたぞ! 君の最も切りやすい部分!」
 包丁が大振りになる。
 レイラの目に、赤い光がうつった。イヴァンから抜けた魂のぶんだけ出来た、致命傷への隙だ。
「明月の龍、貪食の蛇。忿怒の腕が虎狼を削ぐ……!」
 パラドクスの力が、通常では考えられない『針による切断』を可能にする。腰に巻いたエプロンから上下に、料理人の身体は分かたれたのだった。
 悲鳴も呻きもなしに。
「はぁ、はぁ……」
 普段クールなレイラが、息を切らせたかのように肩を上下させている。仲間たちが集まってきた。
 大事ないと身振りをして、レイラは皆に礼を言う。
「潮矢様、夜鳥様にターレン様。それに高遠様、アージェント様と零識様……。お借りした残留効果で勝てました。今日はここで帰還です。いずれ必ずやコトリン島を、突破してみせましょう」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『断頭に赴く火刑の乙女』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『断頭に赴く火刑の乙女』のオープニングを公開中です。
火刑戦旗ラ・ピュセルを舞台とした、『グランダルメに向かうキマイラウィッチ』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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シナリオ『取り引きはモスクワで』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『取り引きはモスクワで』のオープニングを公開中です。
吸血ロマノフ王朝を舞台とした、『モスクワ市街地解放作戦』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『勇敢なる突撃』

勇敢なる突撃(作者 大丁)

 新宿駅グランドターミナルに新たなパラドクストレインが出現した。時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、車内で依頼を行っている。
ごきげんよう。当列車は『断頭革命グランダルメ』、ヴォーバン要塞行きですわ」
 断片の王である、人形皇帝ナポレオンは、フランス本土から退去し、スイスを新たな拠点としたらしい。情報を得た攻略旅団では、スイス地域に対して多方面からの偵察作戦が提案された。
 現在、敵の目を引き離す陽動として、スイス国境に近い、玄関口ともいえる拠点への攻撃が行われている。
 その舞台が、ヴォーバン要塞だ。
「正面から攻撃する事で、他の偵察作戦への警戒が薄れ、成功率を高める事になるでしょう」

 担当の区域は、急斜面の上につくられた城壁。
 トループス級自動人形『モラン・ドール』が、城壁内部につくられた砲座から、パラドクスを撃ってくる。
 攻めるディアボロス側が斜面を駆け登ったり、飛翔で飛んだりして接近するあいだは、敵トループスにとってはいいマトだ。なにか、防御しながら近づく手段を講じないと、成功度は下がってしまうだろう、とのことだった。
「しかしながら……」
 ファビエヌは微笑む。
「皆様が人数を揃えられるなら、押し切ってしまえる程度だとも思います。城壁の『モラン・ドール』を撃破すると、指揮をとっていたアヴァタール級淫魔『ムッシュ・ド・パリ』のところへ突入できますから、これは通常どおりに皆様で囲んで撃破なさってください。作戦としては以上となりますので、速やかに撤退くださいませ。城壁ひとつを墜としただけでは、要塞全体の攻略が叶わないことは大陸軍側も理解しています。占領箇所を放棄しても、陽動作戦としての効果は十分ですから」

 出発を見送る案内人は、たおやかに手を振った。
「城壁への急斜面は、走っても歩いても敵からの砲撃を受けますわ。今回に限っては、いっそ単純な突撃こそが、堅牢さを打ち破るイイコトになるかもしれません。お気をつけて」

 現地についてみれば、助言は本当だと感じられた。桜・姫恋(苺姫・g03043)は、屈んだ姿勢でつぶやく。
「要塞ね……また大層なものを」
 上り坂は長く続き、それに適合するよう巧みに建てられているようだ。
「まさに天然の防衛ライン……」
 小柄なマリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)は、むしろ背伸びで地形を覗き見た。ディアボロスたちは、わずかな隆起の陰に身を寄せている。ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、マリアラーラの頭越しに城壁を上へと視線移動する。
「さすが玄関口だけあるね、相手があんな高い所にいるんじゃ攻め辛くて仕方ない」
「近づくのも大変だよね」
 セミロングの銀髪が、ハニエルの鼻先でふわふわと動いて提案をした。
「だからここは陽動の陽動が必要だと思うの」
 くっつきあってる者たちは、わずかな身じろぎで同意を示す。
 真正面から攻めるには攻撃側が不利なのは分かった。指揮官のアヴァタール級はともかく、トループス級の姿も見えないが、城壁の方々にあいた開口部の奥に陣取り、斜面を狙っているに違いない。
 その眼前に、こちらからひとりが姿を現わせば、残りが斜面を登る隙を作れるかもしれない。
「……まぁ、場所取りが全てじゃないからね。そーいうことなら、ハニィちゃんは『光学迷彩』を出しちゃうよ♪」
「陽動の陽動作戦に便乗させてもらって、『光学迷彩』も借りとくわ。お返しに、はい『パラドクス通信』よ。連携を図っていきましょ」
 姫恋は、小さな機器を配る。
 言い出したのはマリアラーラだから、攻撃役も彼女が務めるつもりだろう。せめて、危険な状態に陥った時のために、素早く退ける手立てになる。
 年長者が真面目な顔になったので、ハニエルは小声ながらも明るく言った。
「斜面さえ登っちゃえば、後はいつもの戦いと同じだもんね! 私達はディアボロス、きっと何とかなるなる!」
 姿が、周囲に溶け込んでいく。
 マリアラーラは単身で隆起をよじ登り、高らかに詠唱した。
「インスタント錬金術、『夢魔の黄金郷(エルドラド・エルドロイド)』!」
 錬成されたのは、黄金騎士団。
 輝く鎧たちに、まずは黄金対空防壁を張らせ、小さなサキュバスは前進をはじめた。さっそく、要塞側にも動きがあると気配がしてくる。
(「目を引き付けつつ、フルチャージ黄金螺旋砲シーケンスを開始しちゃうよ」)
 キンキラな光が空気中から集まってくる。
 より派手にそのエネルギー量を見せつけ、斜面に当たれば壁が傾くかもしれないと思わせるほどに。
(「きっと上から見てるベーダは慌てるよね。そう考えちゃったらマリアが一番の攻撃目標になるよね?」)
 初弾が充填できたので、すぐさま水平に発射した。
 もちろん、要塞が崩れてくることはなかったが、ドリルで大地を抉るような光を放ち、城壁の下を抜くようなトンネル工事にも見える。
 陽動は上手くいった。
 城壁開口部から、聖火型大口径砲がにょきにょきと生えてきて、すべてがマリアラーラと騎士団に向けられる。発射されるのは重力波動弾で、なんの前触れもなく、騎士の一体がねじ曲がった姿勢で弾き飛ばされた。黄金螺旋砲の威力もそのぶん落ちる。
 ハニエルたちは、姿を紛れさせながら斜面を登っていった。
 草や木、岩などがあれば、もっと確実に姿を消せたのだろうが、傾斜の表面は平坦になるよう、よく整備されている。隠密に集中しなければ移動できない。
(「陽動の方も心配だからなるべく急ぐけど、焦って見つからないようにしなきゃね」)
 仲間を集中砲撃する要塞を睨みながらもハニエルは、がんばって手足を動かした。少し離れたところを移動していた姫恋は、振り返った拍子に、また一体の黄金騎士が倒れるところを目撃する。
「『マーシレス』……」
 つい、人形歩兵部隊を召喚しかけた。
 減っていく騎士の代わりに手助けできそうだったからだ。
 しかし、ここでパラドクスを使ってしまえば、反撃も受けるし、迷彩の効果もなくなってしまう。
(「こういう陽動作戦ってやったことないのだけどこれで合ってるのかしらね?」)
 ちょっとだけ負けな感じがしたものの、味方のマリアラーラはよく耐えている。黄金防壁も重力砲に邪魔されたが、ドリル砲撃での穴掘りは続けていた。
(「まぁ、城壁のすぐ麓から不意打ちをかけられれば、モラン・ドールを倒すのはきっと造作もないはず……」)
 そう自分に言い聞かせて、姫恋も上へと急いだ。
 気持ちは通じている。
(「マリアの黄金資産はこんな物じゃないよ? 螺旋砲を構える部隊は後からどんどん錬成してあげるからね。後は本隊の活躍次第だけどきっと上手くいくって信じてるよ」)
 城壁の穴のひとつから、『ラ・ピュセル・ド・グランダルメ』の軍旗が突きだされてきた。
 それとともに、女神の言霊らしきものが響いてくる。
 姫恋かハニエルが発見されたらしい。
 モラン・ドールの言霊は、ディアボロスの連携を断つよう促してくるが、その直前にふたりは通信を交わして突撃に転じた。
「やれることをやって倒すしかない。『マーシレスタクティクス』!」
「見つかっちゃったか。後は姿を晒して思いっきり戦うだけ。『フォトン・ハイドロ・スリケン』!」
 すぐ足元とはいかなくとも、十分に届いた。
 姫恋の人形歩兵部隊は、銃弾と砲弾を打ち上げながら壁を登り、軍旗をひっこぬいてへし折る。内部の自動人形は粒子光線砲も発射してきた。
「光陰矢の如しってことは、投げつける事だってできるのさ!」
 ハニエルは高密度の光子を手のひらに集め、トループス級のいる穴へと投げ入れる。
 爆風のかわりに眩しいハレーションが穴から漏れ出してきて、モラン・ドールの数体を撃破した手応えがあった。
「そんなに派手なパラドクスじゃないけど、私も陽動部隊だって事は忘れてないよ! まぁ、あの黄金騎士団の活躍っぷりならあれだけで本来の陽動の役目も果たしてる気がするけどね!」
 耐える期間が過ぎて、マリアラーラたちは城壁への直撃をはじめていた。
「バレないギリギリまで近づけてたってことかしら」
 姫恋は、口元に手をあてて微笑んだ。
 敵の自動人形は女性型らしいが、よく姿がわからないうちに、当方の人形歩兵による制圧は叶った。城壁を指揮していたアヴァタール級に迫るべく、ディアボロスたちは開口部から侵入する。

「よーし、とりあえず上手く行ったね!」
 石組みの構造物内に、ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)の元気な声が響く。もう、姿を隠してにじり寄る必要もない。
「何を相手にしてたのかはよく分かんなかったけど、とにかく後は指揮官だけ」
 両手に光の力を集めて輝かせる。
 低い天井を照らしながら、奥へと進んだ。城壁といっても、それだけで建物と言えるような、分厚さをもっている。傍らには、マリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)がついていて、彼女の胸元からも光がもれている。
 魂の記憶、そこから一振りの剣を引き抜いた。
「ほら……いたよ!」
 壁の一部が切り欠かれたような部屋。ディアボロスたちが外の斜面を登ってくるあいだ、ここから眺めて指揮をとっていたのだろう。アヴァタール級の淫魔は、大陸軍の上級仕官のような出で立ちだった。
「諸君らの勇敢なる突撃は見させてもらった。表と裏を互いに入れ替えながら、我が配下の猛き砲撃をよく耐えきったな」
 剣を振りかぶりながら、『ムッシュ・ド・パリ』はペラペラと喋りつづける。
「ああ、しかし人類よ。その死を恐れない勇敢さこそが罪。いずれ、多くの同胞を道連れにする呪い……」
 剣先がゆっくりと降りてきて、最後にぐんと伸びた。
 マリアラーラが、ハニエルの前に割り込むようにして刺突を防ぐ。魂剣パラドクス『最古の剣(サイコソード)』が、淫魔の『正義の剣』を受けとめている。
「このベーダ……ポエムでパラドクスの威力を上げてるの!」
「ありがと! 何だか小難しい事言ってるけど、そんな言葉で私達のやる気は……えっ、あれポエムなの!?」
 助けられたお礼と、敵への反抗心。
 そして、剣技とはかけ離れたマリアラーラの警告に、ハニエルの青い瞳はキョロキョロと動いた。そのあいだにも、ムッシュ・ド・パリの口は『小難しい事』を漏らしている。
「うーん、そう言われればそんな気も……」
「斬撃と共に紡がれるポエムには、ポエムと共に斬撃で返さなければならない。そうでなければ『呑まれて』しまう。でもマリアはラリーできるほどポエムに熟してない。だから対抗できるうちにベーダの詩はラブラブポエムだ、って相手の解釈を捻じ曲げるの!」
 刃が数回にわたって撃ち合わされた。
 ちっちゃなサキュバスの頬が、赤く染まっている。息も荒い。
 苦戦を示しているのではなくて、吐息だった。
「ねぇ、貴方。死を恐れない勇敢さこそが人類の美徳。その背中は多くの同胞が追いかける憧れである。貴方のささやきに応え、弱さを露呈しよう。それは恋心。愛のみが世界の救いになる」
「なに?! 愛だと?!」
 淫魔の剣筋が乱れる。マリアラーラは次から次へと諳んじる。
「貴方の詩に恋をし人類は剣を取る。貴方の剣(想い)に剣(愛)を合わせましょう。詩いましょう。剣で。愛しましょう。世界(貴方/人類)を」
 サイコソードは、人類の歴史につながる魂から引き出されている。
 この敵の武器とは案外、相性はいいのかもしれない。
 部屋の入口付近から、攻撃の機会をうかがっていた桜・姫恋(苺姫・g03043)は、困惑しながらも認めた。
「ポエム? ……本来なら詩的なのだろうけど生憎私ポエムとか興味ないしそんなの詠んで威力上げられても困るわ」
「まぁどっちにしても相手のペースに飲まれる訳にはいかないってのには賛成! それに同じポエムなら、私は人間の愛を詠う詩の方を聞いていたいしね」
 ハニエルも、少し退いた位置で、両手の光に集中することにした。
 マリアラーラの頬はますます紅潮し、ムッシュ・ド・パリのことを切なげに見つめる乙女の表情。と、その演技。
 曰く。
 貴方の詩には愛を感じると。
 それはこじれた人類賛歌であると。
 つまり、『両想いだね☆』と。
「否、我の言いたいのは、そういうことじゃなくてですな……」
 淫魔は韻や節までも乱している。
 だが、剣と同様に、まだ振るわれていた。
「世界に、平等な死を。死は世界で唯一すべての命に平等な事象であり……」
「お口チャックできないかしら?」
 姫恋は、いまいる場所から不意打ちを狙った。
 『狂縛法(キョウバクホウ)』は、床の敷石を砕いて放たれた鎖。ムッシュ・ド・パリを縛り付けた。
 喉に巻き付いた一本が、声を出させないように、グイグイと締めあげていく。
「狂わずに耐えれるかしら?」
「ぐむ、……むぐ、ぐ!」
 鎖には捕らえた者に幻覚を見せる魔法も仕込んであり、姫恋は『ポエム』とやらのセンスも乱させる。苦手だからと怯んでもいられないのだ。対象の心に、勇気をもって踏み込む。
「だったら私のする事は一つ、人間を否定するポエムなら、それを否定する!」
 ハニエルも、詩で受け答えはできそうもないから、自分のやり方をとった。『正義の剣』を恐れずに、両手の光をぶつけていく。
「同胞を道連れにする呪い、か」
 そう言った淫魔は、鎖の縛めから脱しようとしていた。
「勇気は確かにそう言うものだって思う。でも誰かが勇気を出せば周りの皆もそれに共感して立ち上がれる、そんな感じ。皆を道連れにして死にに行く、なんて後ろ向きなものじゃないよ!」
 敵の片腕が自由になった。
 振り下ろされる切っ先に、真正面から光球を押しつける。
「私の勇気が死を恐れないだけじゃなく生を繋ぐものだって事を見せてあげなきゃね。両想いの所を邪魔してごめんだけど、やっつけさせてもらうよ!」
 輝きが、ムッシュ・ド・パリの上体を押し返す。新たな鎖が、その腕を再び封じた。
「そうそう、クロノヴェーダディアボロス。両想いなのに悪いけど、貴方はここで終わりよ? こちらは連携しながら戦える。さっさとやられてね?」
 姫恋は、自分の割り込みが本当に邪魔ではなかったかと、確認を求めてマリアラーラの顔を見た。
 首をすくめるような、軽いお辞儀が返ってきて。
「ポエムへたっぴで恥ずかしいからほっぺが赤くなるけど、気にしないでね」
「あら、そうだったの」
「マ、マリアラーラちゃんてば……」
 あれだけの超越世界を展開させておきながら、サキュバスには照れがあったのだった。そっちのほうがよほど脅威だが、敵の口が、心理的にも物理的にも封じられているいま、ディアボロスが攻撃を緩める理由はない。
 ハニエルは光球のエネルギーを、太陽のようになるまで高めた。
「自分の力を信じて……『エンジェリック・サンシャイン』!」
 投げつける技だが、至近でもろとも爆発させる。
 外から見た城壁の一部が吹き飛んで、指揮所室内がむき出しになった。主であった、アヴァタール級淫魔『ムッシュ・ド・パリ』が消滅していくさまも、わずかに見える。
 幾ばくもないうちに、ディアボロスたちは開いた大穴から、斜面側へと飛び降り撤退したのだった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『海賊船で漕ぎ出そう!』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『海賊船で漕ぎ出そう!』のオープニングを公開中です。
黄金海賊船エルドラードを舞台とした、『東メラネシアの海賊船』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『スサ出産研究所を叩け!』

スサ出産研究所を叩け!(作者 大丁)

 赤と青の照明が、暗い室内をぐるぐると回っていた。
 時折、色ごしに人間の女性の顔が浮かぶ。悲鳴をあげている顔が。
 いくら叫んでも、振動のような、警笛のような、不快な音が響きわたり、女性の声はかき消される。
「改造妊婦、第三段階準備手術。完了しました」
 何者かが宣言をすると、不快音はおさまり、照明の回転も止まった。さっきまでの苦痛が去ったのか、女性はぐったりとなって、鼻筋のシルエットだけをみせている。別の太い声が、部屋の一段高くなった奥から聞こえてきた。
「よろしい。諸君、我々の研究所が、イスカンダルに大きな貢献をもたらす日は近い。ワッハッハー!」
 銅鑼をがなり立てるような笑いだ。
「実験体を部屋に戻せ! ワッハッハッハッハー!」
「了解!」
 長衣をまとった亜人らしき影が数体、女性を担ぎ上げて部屋から出て行ったようだ。太い声の主は、しばらく笑っていたが、小さな声で訊ねた。
「ハッハッハ……。女はもう、牢へ?」
「はい。楊懐様。きっと、恐怖に凍り付いて、逃げる気など起こしませんでしょう」
 宣言をした者の仕草で、部屋全体に白い照明がついた。中央にある丸テーブルが目立つ。おそらく、さっきまで女性が寝かせられていた手術台だ。壇上にいたのは、六本腕の蟲将であり、長衣の亜人『オーガコンスル』にむかって首を鳴らしてみせた。
「やれやれ。悪そうなことを、悪そうにふるまうのは、かえって骨が折れる」
「お手数をおかけします。蹂躙を含まない態度では、配下どもも納得しませんゆえ」
 亜人が下げる頭に、蟲将は囁きかける。
「わかってるよ。大戦乱の結果ならば、どれだけ民が苦しもうと平気なのだがね。せめて、小規模でいいから、戦術を活かすような戦いがないかなあ」

 新宿駅グランドターミナルには、イスカンダルのスサ行きのパラドクストレインが出現していた。
 ぬいぐるみの手伝いのもと、時先案内人は資料を抱えて列車に乗り込む。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です。スサで行われていた非道な合同結婚式による亜人の増加は、ディアボロスの活躍で阻止する事が出来ましたわ」
 その事件の一つも担当していた。
「加えて、攻略旅団の調査により、女性たちが改造手術を受けていた施設を特定できましたの。施設は、出産研究所と呼ばれているようで、スサ周辺に小規模の研究施設が点在しており、現在も、捕らえた女性を使った実験などが続けられているようです。皆様には、この施設に向かい、囚われた女性を救出した上で、二度とおぞましい実験ができないよう、施設を破壊していただきたいのです」
 事前調査が上手くいったのだろう。
 向かう先の位置や内部構造も、詳しく予知できていた。
「施設内には、重要な機密データも収められているようです。このデータは法正が施したと思われる『プロテクト』が掛かっているようですが、可能ならば、プロテクトを解除して、暗号化された機密データの奪取を行ってくださいませ。持ち帰った機密データを新宿島で解析することが出来れば、研究所を統括する敵拠点の位置や法正の所在、改造された女性の治療データなど、重要な情報を得ることが出来るかもしれませんわ」
 ファビエヌは、期待のこもった目で、依頼参加者たちを見回す。

 今回の依頼では、牢に捕らわれた女性たちを保護し、施設の完全破壊のあとで一緒に脱出することになる。
 研究所内には、手術を担当している『オーガコンスル』がいるが、全滅までさせなくとも、そこそこ戦闘を行なえばよく、設備の破壊を優先していいとのことだった。
 見取り図を差し示しながら、案内は続く。
「牢の場所はこちら、さほど厳重ではありません。扉の鍵を壊す程度で十分です。誘う説得などにも手間はかかりません。女性たちを連れて、手術室を目指してください」
 手術台の頭側に端末的なものがあり、機密データが収められている。
「プロテクトですが、3×3のマス目をもった盤になっており、横においてある『象』の人形を正しい位置に置く、という謎かけです」
 資料によると、『王』と『兵』の人形もあった。
 マスの上段中央に『王』が置かれ、それと向かい合わせになるように下段中央に『兵』が置かれている。空いているのは、上段と下段の左右と、中段の左右と中央。『象』を置けるのは、この7か所である。
 二回間違えるか、プロテクトを解除せずに、機密データを持ち帰ろうとすると、データが自動的に破壊されてしまうらしい。
「おそらく、亜人たちに内容を確認されない為のものだと思いますので、ディアボロスである皆様ならば、解除できるのではないでしょうか」
 予知によれば、一回目の回答で、もっと枠しいルールのようなものが判るはずだという。もちろん、一回で正解に至れれば十分だ。
「順調にデータを得られたならば、手術室にアヴァタール級蟲将『白水軍督・楊懐』が入ってきます。皆様の動きをよく観察して千変槍を繰り出し、的確に毒刺を行ってきます。それらの攻撃に気をつけ、楊懐を撃破してください。責任者の死亡によって、研究所は自爆装置が作動します。あとはただ脱出するだけですわ」

 列車を見送るために、ファビエヌはプラットホームに降りた。
 戸口から、付け加える。
イスカンダルの地を借りながら、法正の行為はまさに悪逆非道です。従う蟲将のなかには、良しとしない者もいるようですが、どうか白水軍督の撃破は確実に。結局のところ、彼も法正と同じことをしているのですから」

 スサ出産研究所内では、悪の準備が進められている。
 人がすっかり入る大きさのガラス円柱に、大量の蟲が入れられ、緑の液体が煮だされていた。
 オーガコンスルたちは、容器のまわりを忙しそうに動きまわる。
 円柱は、二列に並んで奥まで続く。
 あたかも、古代の神殿のごとく。

 攻撃目標の研究所は、岩山をくりぬいた内部に収められていた。
「やあやあ。随分悪どくやっているようだ」
 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、秘密の出入口を眺めて言う。
「これはまた気分がよくねー感じねぇ……」
 見張りを数えながら、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)。
「「ま……」」
 言葉がかぶって、ふたりは顔を見合わせた。冷桜が、お先にどうぞと手を差し出し、リンはかるく咳払い。
「ま、これだけ悪どくやっているならば、壊してしまっても一向に構わんだろう?」
「ええ、ええ。私たちはやることやるだけです」
 ディアボロスにとって、クロノヴェーダに手心を加えてやる必要などない。
 また先を譲られ、リンは確認したとおりの経路で忍び足。出入り口に近づいていく。冷桜もカモフラージュの布をかぶって続いた。
「とりま、警備が厳重でないってのは助かりますわね。とはいえ、警戒しないで行ってバレたら笑い話にもならんので慎重にーっと」
 施設全体を隠しているため、いかにもな見張りをつかうと目立ってしまう。
 研究所がわには、そうした都合があるようだ。少し待てば、亜人をやりすごして、内部に侵入できた。もちろん、ずっと見つからずにはおれないだろうと、リンにも心づもりがある。
亜人だからね。誘惑に引っ掛かりそうなマヌケであるならば、色仕掛けも考慮しよう。……何かこう、色欲というか繁殖欲みたいなもののイメージではあるが」
 しかし、この予測も、肩透かしになった。
 働いている『オーガコンスル』は、角の生えた赤ら顔にもかかわらず研究者然としていて、トループスどうしのやり取りも冷静で理知的だ。抱えた巻物状の書物を見たり返したりして、通路を移動しながらも議論を交わしている。
 侵入者がいるなどと、まったく想定していない。
 リンたちは順調に、第一目標を目指せた。そのかわり、トループスを捕縛や篭絡などしても、情報を得られるような隙はなさそうだ。
 牢のあるエリアに入ると、また様子が変わった。
 下働きのウェアキャットがいる。どうやら、牢番の代わりらしく、実験体にされている女性たちがいるのも、牢というより普通の居住区だった。
「人間で話が通じるのなら話をしてもいいだろうが……話が通じるような良心的な人間をそもそも牢番にはしないかな?」
 リンの問いかけに、冷桜も頷いた。
 そして、亜人の下働きでも、クロノヴェーダではないから、『モブオーラ』だけで十分にやりすごせている。見取り図のとおりに目標の部屋の前までくると、リンは扉の格子から、捕まっている女性たちの様子をみた。
 触覚や外皮など、部分的にインセクティアモドキへの兆候がある。
 皆がうなだれているが、動く体力は残っているようだった。ディアボロスたちは段取りを確認しあい、女性たちには冷桜が声をかけた。
「はぁい、脱走のお時間よ。詳しいことを話してる時間はないんで、こっから逃げ出したいんなら私を信用して付いてきて下さいな」
 召喚したメーラーデーモン『だいふく』に、なるべく静かに電磁槍を使わせ、鍵を破壊する。
 牢から出てきた順番に、羽織るための布と、飲み水のはいった容器を、『アイテムポケット』から配った。
「ここからが本番。慌てず騒がずに逃走劇と洒落こみましょうか」
「よしよし。先頭は、またまた私だね」
 リンはロングコートの前を合わせて、色仕掛け用の衣装を女性たちの視線から隠す。彼女らを、冷桜と『だいふく』に護らせ、研究ブロックへと一行を進ませた。
 手術室はその奥だ。

 丸い手術台のかたわらへと、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は一足先に向き合う。
 ここも事前情報どおり、機密データの端末があった。
「まぁさっと当たって砕けよう。頭脳労働が得意な人に後を任せるさ」
 3×3のマス目をもった操作盤に『王』と『兵』の人形が配置され、盤外には『象』だ。
「これ……チャトランガかな?」
 人形が駒だとするなら、その種類はインドのボードゲームに似る。
「んー。移動範囲的に移動先に割り込ませるのは無理がありそうな気がするが……」
 蹂躙戦記イスカンダルにあたる時代ですでに存在し、将棋やチェスのもとになったとも言われるものの、古代のルールには失われた部分や不明点も多い。
「とりあえず王の左に象を置いて見ようか。初期位置だし」
 リンは盤外の人形を手に取った。
 それを上段の左に。
「こうだ。アレだったとしても何かわかることはあるはずさ。少なくとも確率は1/6になるしね」
 プロテクトは機械仕掛けや電子部品ではなく、魔法的なものだった。ディヴィジョンの排斥力を考えれば当然だろう。
 まず、『王』と同じ向きにおいた『象』が、くるりと向きを変えて上辺側を向いた。つまり、『兵』と同じ陣営ということだ。
「おー……」
 眺めているうちに、王が象の位置に移動し、象が弾かれる。ふたたび、盤上の人形はふたつだけになったあと、魔法的なノイズのようなものが入って、配置は元通りとなった。
 象の人形も戻ってくる。
 どうやら、一回目は不正解だったようだ。
「ふむふむ、ひらめいたよ」
 ディアボロスの翻訳能力なのか、リンには今の動作で謎解きのルールが判る。
 『王』は、将棋の後手王将。動きも同じ。
 『兵』は、先手の『歩』だ。チャトランガとちがって、将棋の歩のとおりに、上方に向かって1マス動ける。
 『象』は、『金』に読み替えられる。先手として、この金を配置し、後手王将が次の手番で何をしてもとられてしまうようにすればよい。
チャトランガの駒を使ってるけど、将棋の一手詰めだよね」
 むしろ、ルールに気がつくゲームだ。

 リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、手術台のかげから顔をあげ、研究ブロックと指令室につながる扉のそれぞれを見た。
 アヴァタール級の来る気配はないが、味方も追いついてこない。
「まぁ、さっと行こうか……」
 謎解きの仕組みが判り、その流れで答えにも近づいた。
「なるほど? つまりこうなるわけだ」
 もう一度、操作盤に向き合い、『象』の人形を手に取る。
「諸説ある範囲内の解釈と考えておこう。……ふっ、まるで私が頭脳派のようだね」
 ヒントを得るための玉砕役、と思っていたのでちょっと気恥ずかしい。コートの下のチューブトップは、きちんと下ろしてあるけれども。3×3マスのうち中段の中央。ちょうど、『王』と『兵』のあいだに、上方を向くかたちで『象』を置く。
「でまぁ、こうなるわけだ」
 またもや魔法的な挙動がおこり、盤面が鈍く輝く。
 一回目は正解しなかったが、人形がチャトランガの駒だと気が付けたのは、やはり大きかった。駒の姿が徐々に消え、代わって怪しげな文字の彫られた石板が現れる。
「王は進まないと死ぬので進むしか無いが、進んでも死ぬ。後ろがないならそうなる。……まぁ、普通の王様が前に出る段階で怪異に片足突っ込んでいない限り玉砕必死だろうけど」
 薄く透けていく駒を眺めながら、指で解法をなぞった。
 発光がおさまると、石板は台から取り外せて、持ちだせるようになる。
「……たまに史実では無双するのもいるが」
 この出産研究所の管理者は、『白水軍督・楊懐』の蟲将だ。戦術を駆使し、なおかつ自身も戦いたがる性格のようだから、プロテクトを仕掛けた『法正』は、彼にちなんで盤ゲームにしたのかもしれない。
 まだ姿を現さないアヴァタール級のことを思いつつ、リンは石板を抱えた。
「ま、隠密行動もここまでだね。研究所もぶっこわしにかかろう」

「さて……」
 応援に駆け付けた、逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)は、モーラット・コミュの『モ助』に語りかける。
「女性の救助と謎解きの方は大丈夫そうかな。俺たちは施設の破壊へと向かおうか」
 研究ブロックまで侵入すると、情報どおりに蟲入りの円柱が立ち並んでいた。周囲には、長衣の裾を引きずりながら、トループス級亜人『オーガコンスル』が行き来している。
 オルカと『モ助』は、適当な機材の陰に隠れて様子を伺う。
 どうやらオーガたちの働きは、円柱の操作などの作業ではなく、もっぱら議論にあるらしい。数体が寄り集まるとなにやら話し込み、円柱を見上げてはめいめいに意見を言う。集まりはすぐに解散し、また別の集まりをつくっては口を動かしていた。頭から湯気が出そうな勢いで。
 見ているうちにふつふつと感情が湧き上がってくる。嫌悪よりも先立つのは、怒り。
 亜人の議論は、むしろレクリエーションだ。楽しみのさきで造られた蟲に、毒されてゆく身体が、思考が、不憫でならない。オルカは、あらゆる負の感情を怒りへと昇華させ力に変えてゆく。
 頭の芯は冷静に。けれども敵を許さぬ熱い思いを胸に。
 誰かの為ではなく、自分自身の為に、戦いの引き金を引くと決意した。
「二度とこんな実験を出来ないようにしてやろう……!」
 漏れる言葉に、モ助も頷く。
 『神を貫く氷の弾丸(フロスト・インパクト)』で、データ粒子化していた『ガジェットライフル』を具現化する。狙いは、しゃべる亜人ではなく、蟲入り円柱。後で自爆すると知っていても、壊せるものは壊しておきたい。
 見える範囲の円柱上方へと次々に、弾丸を打ち込んだ。
 不意打ちは成功だったのだろう。
 コンスルたちは最初、ガラス片が降ってきたのを設備の異常と勘違いし、この期に及んで仮説や予測をわめきあっていた。ますます、溜まる熱気。
「頭が熱いなら冷やしてやろう。――凍りつけ!」
 特殊ガジェット弾が冷気ビームとなる。
 柱の下部に狙いを移し、亜人の研究者を破壊に巻き込んだ。
「お。始まってますな」
 手術室からいったん戻ってきたリン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)は、倒れた円柱からこぼれる緑の液体を、ひょいと片足あげて避ける。
 眼前に、長衣の背中がいくつもあり、その頭部から熱線を放っているのが判った。
 頭の使い過ぎにより溜まった熱を、武器に利用している。オーガコンスルの『知恵熱』攻撃だ。
「……頭脳派に見せかけてえらい近距離パワーっぷりだなあ」
 熱線を使っているのに狙う相手、オルカたちディアボロスへとグイグイ迫っていた。
「私でもそこまではいかんよ。見た目だけは哲学者っぽいのにねぇ……」
 仲間が施設破壊を優先していることも判ったので、リンは敵の後ろから陽動をしかける。コートの前をあけると、チューブトップをちょっとだけズラした。
 亜人亜人だ。自慢の肢体で誘惑できると期待。
 研究ブロックのよどんだ大気から、『大体全部機雷になる(ワールドイズマイン)』で爆弾をつくる。自分の横の円柱をふっとばした。『オーガコンスル』は振り返り、リンのほうへも迫ってくる。
「まぁ正直、組み合いはしたくないので、頑張って逃げようじゃないか」
 機材を盾にして、あちらこちらへと動き回る。
 熱線も追ってくるけれど、熱源たる知恵の使用が必要なのか、コンスルたちはリンを捕まえようとしながらも、一生懸命に話をしていた。ときどき、柱の陰から顔を出して誘導するリンには、亜人の会話の内容は聞き取れない。だが、なにやらもっと期待させられる。
「ああ、非力な私では何をされるかわかったものではない。趣味趣向的にはまぁ、構わんのだけれど、一応ね……」
 リンまで、妙なことを口走り始めた。
「……まぁしかし、組まれると本当に不利だからなぁ。ナイフくらいはあるし、刺したナイフを爆破したりは出来るけどね。ここで積極的に首絞めプレイとかSMプレイに興じているわけにもいかないからなぁ……。あちらのモノに興味はあるけど」
 ゆったりした長衣を押し上げるモノ、はリンの位置からでは確認できなかった。
 それはそうと、仲間たちを攻撃していた亜人を、すっかり引き付けることに成功している。残った敵にオルカは、ガジェットライフルを連射した。
亜人も蟲も、軽んじる事はない。その強さと繁殖力は身に染みて知っている」
 知恵熱を凍らせ、円柱も壊す。出来る限り徹底的に。
「だから、こそ。あんた達は、許せないんだよ」
 砕けたガラスと、冷気に固まる緑の液体。なかに閉じ込められる蟲。
 逃げ回ったリンの周囲も、あらかた破壊されていた。爆弾を撒いたり投げたりしていたから。
「爆発に爆発を混ぜてしまっても構わんのだろう? 木を隠すなら森の中というしね」
 最後に、遠隔爆破で数体の亜人を吹き飛ばした。
 研究ブロックの入り口側にかくまわれていた女性たちと、施設破壊のオルカたち。そして、脱出口のある手術室側に立つリンが一直線に結ばれる。味方だけ残して、邪魔なものを奇麗に爆破したかっこうだ。
「逃げ道にも爆発物置いていくから! 先に進んで!」
 手招きして、皆を通す。
 おそらく、アヴァタール級と鉢合わせになるだろう。撃破せねばならない相手なので、それもちょうどいい。

 援軍も駆け付けた。
「情報の奪取も、女性たちの保護もうまくいったか。道を切り拓く役は私が担おう」
 黒龍偃月刀をたずさえ、夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、リン・エーデルリッター(爆弾魔のテロリスト・g01691)の前を通りすぎる。
「うんうん、私のぶんを取っておかなくてもいいからね」
「心得た!」
 無双武人は赤い闘気から、分身のように狼の群れを出現させ、連れ立っていく。『神護の長槍』と『神護の輝盾』を手にエイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も続く。
「残すは蟲将のみのようですね。速やかに戦況を先に進めるため、微力ながら助太刀いたします」
「ありがと。アヴァタール級の武器も槍だっけ? がんばってよ」
 声をかけながら、リンも爆薬のセットを終えた。
 ちょうどそこへ、逆叉・オルカ(オルキヌスの語り部・g00294)が、女性たちを連れて研究所エリアを渡ってくる。
「敵も騒ぎに気づいている。『モ助』、最後は堂々と正面突破するよ」
 モーラット・コミュと意思を通じ合わせる。
「確実に仕留めよう」
 オルカは、出発前の忠告を繰り返し、リンがそれに頷く。彼女にも思うところがあったようだ。そして、女性たちの護衛も引き継いだ。
 手術室内では、方々から火花が散っている。
 研究設備を破壊した影響だろう。錬晏とエイレーネが円形の手術台のそばまで来ると、奥まった壇上にアヴァタール級蟲将が姿を現した。『白水軍督・楊懐』である。
 間髪入れず、錬晏は壇を乗り越え、偃月刀を『楊懐』に叩きつけた。
「ぬう、何者だ?」
「貴様は逃がさん!」
 虫の外皮を刃で押さえたまま、その場で体を入れ替え、クロノヴェーダを床へと突き落とす。錬晏が背にした壁にはアーチ状の構造があり、その先が指示された脱出口となっていた。救出した女性たちのため、まずは確保したのだ。
 斬られた箇所を、腹に近い腕で押さえると、蟲将は残りの2腕で槍を構える。
「人間の……武人のようだが」
 紫の複眼が、襲撃者をよく見ている。錬晏は取り合わず、闘気の狼に包囲を命じた。
 『悍狼縦横(カンロウジュウオウ)』、本物の狼の狩りのように、縦横無尽に駆け回り、多方面から牙を突き立てる。
「くッ……! そっちは、ウェアキャットじゃないか」
「『勇敢なる不退の志(サラレア・スターシー)』!」
 エイレーネは、急激な加速でもって突撃を行う。槍の穂先は、抉りぬくように深く突きこまれた。アヴァタール級に、地形に潜む時間を許さない。
「状況が見えてきた。法正様から預かった研究所を襲うなどと、ディアボロス以外には考えられん」
 刺し傷を、また別の手で押さえながらも、この敵は冷静になっていく。
 手術室には、オルカたち仲間が次々と入ってくる。その中には、リンに護られた、改造途中の一般人女性も含まれる。
 傷を負っているとはいえ、蟲将の姿を見た者の中からは、かぶりをふって悲鳴を上げる者がいる。
 オルカは、あえて明確に言葉にする。
「……あんたが陽懐だな。もう人々の命を弄ぶ事が出来ないよう、ここで倒させてもらう!」
 女性たちの希望となるかはわからないが、あとは有言実行するだけだ。
「いかにも、俺がこの施設の支配者さ」
 白水軍督の声色には、どこか軽さがあった。ドラのような笑い声を聞かされていた女性たちは、怖れながらも疑問を感じている。
「俺を相手に、奇襲や暗殺などと、ウキウキしてくるねぇ。ちょうど、戦いたくて仕方がなかったんだよ」
 楊懐の『白水千変槍』、変幻自在の槍が怒涛の如く振るわれる。
「オルカ殿、エイレーネ殿!」
 錬晏は、味方と呼吸を合わせ、狼たちとも一斉に動いて、この策士の視線を撹乱しようと努める。槍には偃月刀で打ち合った。それでも、刺突を防ぎきれない。
「リン殿、『フライトドローン』を使わせてもらう」
 浮遊機械のひとつをぶつけて身代わりにする。
「もちろん、構わないよ。むしろ、私もマネしよう。まぁ他の人も居るなら全周囲に気は張れまいよ」
 ひとりのアヴァタール級に、打ちかかるディアボロスたちだが、リンはそこには加わらず、危険がないよう女性たちを庇って、手術台のへりを右へ左へと移動している。
 オルカが防御ガジェットによる水の壁を張ってくれて、さらにはエイレーネが前衛に突出する。
「法正に支配され、愚かな亜人に手を焼く境遇には同情します。ですが……」
 盾で、敵の一撃を弾いた。
 頭の上でピンと立った耳が、軋む槍の柄の僅かな音を感じ取ったのだった。
「ほう、俺の『白水璧守』を見破ったのか、ウェアキャット」
「結局のところ、あなたも人の死を喰らう蟲なのです。決して許しはしません!」
 金のオーラが、エイレーネを包む。
 一度刺した穂先をもう一度、蟲将の身体に突き通した。痛打を与えたものの、神経をすり減らされたように消耗も激しい。
 ただ、物理的に槍や刀をぶつけ合う戦いではないと、逃げ回りながらもリンの観察は捉えている。
「いやあ。短剣で槍とやり合うとか御免被りたいね」
 片手の得物をチラと見る。
「戦闘狂ではあるが、まともそう? 誘惑は効かないか。……おっと、左、左! もっと寄って!」
「は、はい!」
 号令に反応する女性たちの手際が良くなってきた。
 白水軍督は戦うばかりで、一般人たちを襲ってはこない。それは、クロノヴェーダがよくみせる態度ではあるが、計略に奇策を重ねて槍を放ってくるために、リンも逃げ足を止めてはいられないのだ。
「下の槍じゃなくて手に持った槍との差し合い等御免だしね。下の槍での差し合いを挑んでくるなら、それはそれで見上げた侠気だが。受けて立ってもいいくらい」
「そ、そうなんですか?」
 止まらない言説に応じられるほど、女性たちの気力は回復していた。
「怖い声を聞かされて……、わたしたちは直接の乱暴は受けていません」
「まぁ、無いと思うけどね。せっせと不意打ちして殺そう。さっき、いいのを教えてもらった」
 股の間から、真っ赤な機械が生成される。『スーサイド・ホッパー』は、バイク型の装備だ。『秘密の贈り物(シークレット・プレゼント)』で爆弾を添えると、錬晏がドローンでやったように、蟲将の刺突にぶつけてみる。
「ぐわぁ、俺が不意打ちを?!」
 爆炎が周囲の火花を誘発しないか、ちょっとヒヤッとする感じだったが。
「どーんとやれたな。いやあ、こう言ってはあれだが、自分の思想信条に従えていないというのはテロリスト未満なのではなかろうか? まぁ、なんであれ殺すんだけれども」
 すでに女性たちとも仲良くなったので、リンは遠慮なくコートを脱ぎ、爆弾つきのままそれも投げた。
 『白水軍督・楊懐』を、さらなる爆発が襲う。
 オルカは、手術室内が赤く照らされても、女性たちが無事でいるのを確認した。
「記憶喪失の俺も、自分に子や妻がいた事は思い出している。だからこそ怒りが燃える。生命への愚弄を、許すわけにはいかない。例え敵も望まなかった蛮行であったとしてもだ!」
 『衝撃(レクゥィエスカト・イン・パーケ)』の魔術を展開する。
「その身を持って罪を知れ!」
「うう……。ディアボロスは本気で俺を殺しに来ている。余興では済まなくなってきた」
 状況の分析をするのはいいが、判りすぎるのも問題だ。
 楊懐の槍は、明らかに勢いが落ちていた。オルカは、呼び出した水のシャチでその弱り目の敵を穿つ。
 全力で魔力を込め、最大火力をぶつけて。
「水よ、怒りを得て怪物と化せ。毒なる蟲を噛み砕き冥界(オルキヌス)へと誘(いざな)おう。……駆け抜けろ!」
「これというのも、法正の奴が……ぐ、ぐあああ!」
 蟲の身体が噛み砕かれ、固い殻の潰れる嫌な音がした。
 アヴァタール級蟲将、策士とうたわれた白水軍督・楊懐は沈黙する。
「片が付いたな。……さ、早く移動を」
 錬晏は、また壇上に登ると、アーチの扉をこじ開けた。逃げ遅れがないよう、今度は自分が殿になるという。オルカとリンは手を貸して、女性たちを脱出させた。
 ディアボロスたち全員が施設の外に出て走り、しばらくすると岩山ごと、出産研究所は吹き飛んでしまった。
「これまでの戦いで、法正の足取りを掴む材料は揃ったことでしょう」
 エイレーネが振り返る。
「大灯台の防衛戦力に真っ向から飛び込むことなく、暗殺できる機会があるかもしれません。……暴虐なる行いを終わらせる瞬間のため、備えましょう」
「うんうん。そっちもバッチリ」
 リンは機密データの刻まれた石板を取りだし、仲間に笑ってみせるのだった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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