大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『勇敢なる突撃』

勇敢なる突撃(作者 大丁)

 新宿駅グランドターミナルに新たなパラドクストレインが出現した。時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が、車内で依頼を行っている。
ごきげんよう。当列車は『断頭革命グランダルメ』、ヴォーバン要塞行きですわ」
 断片の王である、人形皇帝ナポレオンは、フランス本土から退去し、スイスを新たな拠点としたらしい。情報を得た攻略旅団では、スイス地域に対して多方面からの偵察作戦が提案された。
 現在、敵の目を引き離す陽動として、スイス国境に近い、玄関口ともいえる拠点への攻撃が行われている。
 その舞台が、ヴォーバン要塞だ。
「正面から攻撃する事で、他の偵察作戦への警戒が薄れ、成功率を高める事になるでしょう」

 担当の区域は、急斜面の上につくられた城壁。
 トループス級自動人形『モラン・ドール』が、城壁内部につくられた砲座から、パラドクスを撃ってくる。
 攻めるディアボロス側が斜面を駆け登ったり、飛翔で飛んだりして接近するあいだは、敵トループスにとってはいいマトだ。なにか、防御しながら近づく手段を講じないと、成功度は下がってしまうだろう、とのことだった。
「しかしながら……」
 ファビエヌは微笑む。
「皆様が人数を揃えられるなら、押し切ってしまえる程度だとも思います。城壁の『モラン・ドール』を撃破すると、指揮をとっていたアヴァタール級淫魔『ムッシュ・ド・パリ』のところへ突入できますから、これは通常どおりに皆様で囲んで撃破なさってください。作戦としては以上となりますので、速やかに撤退くださいませ。城壁ひとつを墜としただけでは、要塞全体の攻略が叶わないことは大陸軍側も理解しています。占領箇所を放棄しても、陽動作戦としての効果は十分ですから」

 出発を見送る案内人は、たおやかに手を振った。
「城壁への急斜面は、走っても歩いても敵からの砲撃を受けますわ。今回に限っては、いっそ単純な突撃こそが、堅牢さを打ち破るイイコトになるかもしれません。お気をつけて」

 現地についてみれば、助言は本当だと感じられた。桜・姫恋(苺姫・g03043)は、屈んだ姿勢でつぶやく。
「要塞ね……また大層なものを」
 上り坂は長く続き、それに適合するよう巧みに建てられているようだ。
「まさに天然の防衛ライン……」
 小柄なマリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)は、むしろ背伸びで地形を覗き見た。ディアボロスたちは、わずかな隆起の陰に身を寄せている。ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)は、マリアラーラの頭越しに城壁を上へと視線移動する。
「さすが玄関口だけあるね、相手があんな高い所にいるんじゃ攻め辛くて仕方ない」
「近づくのも大変だよね」
 セミロングの銀髪が、ハニエルの鼻先でふわふわと動いて提案をした。
「だからここは陽動の陽動が必要だと思うの」
 くっつきあってる者たちは、わずかな身じろぎで同意を示す。
 真正面から攻めるには攻撃側が不利なのは分かった。指揮官のアヴァタール級はともかく、トループス級の姿も見えないが、城壁の方々にあいた開口部の奥に陣取り、斜面を狙っているに違いない。
 その眼前に、こちらからひとりが姿を現わせば、残りが斜面を登る隙を作れるかもしれない。
「……まぁ、場所取りが全てじゃないからね。そーいうことなら、ハニィちゃんは『光学迷彩』を出しちゃうよ♪」
「陽動の陽動作戦に便乗させてもらって、『光学迷彩』も借りとくわ。お返しに、はい『パラドクス通信』よ。連携を図っていきましょ」
 姫恋は、小さな機器を配る。
 言い出したのはマリアラーラだから、攻撃役も彼女が務めるつもりだろう。せめて、危険な状態に陥った時のために、素早く退ける手立てになる。
 年長者が真面目な顔になったので、ハニエルは小声ながらも明るく言った。
「斜面さえ登っちゃえば、後はいつもの戦いと同じだもんね! 私達はディアボロス、きっと何とかなるなる!」
 姿が、周囲に溶け込んでいく。
 マリアラーラは単身で隆起をよじ登り、高らかに詠唱した。
「インスタント錬金術、『夢魔の黄金郷(エルドラド・エルドロイド)』!」
 錬成されたのは、黄金騎士団。
 輝く鎧たちに、まずは黄金対空防壁を張らせ、小さなサキュバスは前進をはじめた。さっそく、要塞側にも動きがあると気配がしてくる。
(「目を引き付けつつ、フルチャージ黄金螺旋砲シーケンスを開始しちゃうよ」)
 キンキラな光が空気中から集まってくる。
 より派手にそのエネルギー量を見せつけ、斜面に当たれば壁が傾くかもしれないと思わせるほどに。
(「きっと上から見てるベーダは慌てるよね。そう考えちゃったらマリアが一番の攻撃目標になるよね?」)
 初弾が充填できたので、すぐさま水平に発射した。
 もちろん、要塞が崩れてくることはなかったが、ドリルで大地を抉るような光を放ち、城壁の下を抜くようなトンネル工事にも見える。
 陽動は上手くいった。
 城壁開口部から、聖火型大口径砲がにょきにょきと生えてきて、すべてがマリアラーラと騎士団に向けられる。発射されるのは重力波動弾で、なんの前触れもなく、騎士の一体がねじ曲がった姿勢で弾き飛ばされた。黄金螺旋砲の威力もそのぶん落ちる。
 ハニエルたちは、姿を紛れさせながら斜面を登っていった。
 草や木、岩などがあれば、もっと確実に姿を消せたのだろうが、傾斜の表面は平坦になるよう、よく整備されている。隠密に集中しなければ移動できない。
(「陽動の方も心配だからなるべく急ぐけど、焦って見つからないようにしなきゃね」)
 仲間を集中砲撃する要塞を睨みながらもハニエルは、がんばって手足を動かした。少し離れたところを移動していた姫恋は、振り返った拍子に、また一体の黄金騎士が倒れるところを目撃する。
「『マーシレス』……」
 つい、人形歩兵部隊を召喚しかけた。
 減っていく騎士の代わりに手助けできそうだったからだ。
 しかし、ここでパラドクスを使ってしまえば、反撃も受けるし、迷彩の効果もなくなってしまう。
(「こういう陽動作戦ってやったことないのだけどこれで合ってるのかしらね?」)
 ちょっとだけ負けな感じがしたものの、味方のマリアラーラはよく耐えている。黄金防壁も重力砲に邪魔されたが、ドリル砲撃での穴掘りは続けていた。
(「まぁ、城壁のすぐ麓から不意打ちをかけられれば、モラン・ドールを倒すのはきっと造作もないはず……」)
 そう自分に言い聞かせて、姫恋も上へと急いだ。
 気持ちは通じている。
(「マリアの黄金資産はこんな物じゃないよ? 螺旋砲を構える部隊は後からどんどん錬成してあげるからね。後は本隊の活躍次第だけどきっと上手くいくって信じてるよ」)
 城壁の穴のひとつから、『ラ・ピュセル・ド・グランダルメ』の軍旗が突きだされてきた。
 それとともに、女神の言霊らしきものが響いてくる。
 姫恋かハニエルが発見されたらしい。
 モラン・ドールの言霊は、ディアボロスの連携を断つよう促してくるが、その直前にふたりは通信を交わして突撃に転じた。
「やれることをやって倒すしかない。『マーシレスタクティクス』!」
「見つかっちゃったか。後は姿を晒して思いっきり戦うだけ。『フォトン・ハイドロ・スリケン』!」
 すぐ足元とはいかなくとも、十分に届いた。
 姫恋の人形歩兵部隊は、銃弾と砲弾を打ち上げながら壁を登り、軍旗をひっこぬいてへし折る。内部の自動人形は粒子光線砲も発射してきた。
「光陰矢の如しってことは、投げつける事だってできるのさ!」
 ハニエルは高密度の光子を手のひらに集め、トループス級のいる穴へと投げ入れる。
 爆風のかわりに眩しいハレーションが穴から漏れ出してきて、モラン・ドールの数体を撃破した手応えがあった。
「そんなに派手なパラドクスじゃないけど、私も陽動部隊だって事は忘れてないよ! まぁ、あの黄金騎士団の活躍っぷりならあれだけで本来の陽動の役目も果たしてる気がするけどね!」
 耐える期間が過ぎて、マリアラーラたちは城壁への直撃をはじめていた。
「バレないギリギリまで近づけてたってことかしら」
 姫恋は、口元に手をあてて微笑んだ。
 敵の自動人形は女性型らしいが、よく姿がわからないうちに、当方の人形歩兵による制圧は叶った。城壁を指揮していたアヴァタール級に迫るべく、ディアボロスたちは開口部から侵入する。

「よーし、とりあえず上手く行ったね!」
 石組みの構造物内に、ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)の元気な声が響く。もう、姿を隠してにじり寄る必要もない。
「何を相手にしてたのかはよく分かんなかったけど、とにかく後は指揮官だけ」
 両手に光の力を集めて輝かせる。
 低い天井を照らしながら、奥へと進んだ。城壁といっても、それだけで建物と言えるような、分厚さをもっている。傍らには、マリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)がついていて、彼女の胸元からも光がもれている。
 魂の記憶、そこから一振りの剣を引き抜いた。
「ほら……いたよ!」
 壁の一部が切り欠かれたような部屋。ディアボロスたちが外の斜面を登ってくるあいだ、ここから眺めて指揮をとっていたのだろう。アヴァタール級の淫魔は、大陸軍の上級仕官のような出で立ちだった。
「諸君らの勇敢なる突撃は見させてもらった。表と裏を互いに入れ替えながら、我が配下の猛き砲撃をよく耐えきったな」
 剣を振りかぶりながら、『ムッシュ・ド・パリ』はペラペラと喋りつづける。
「ああ、しかし人類よ。その死を恐れない勇敢さこそが罪。いずれ、多くの同胞を道連れにする呪い……」
 剣先がゆっくりと降りてきて、最後にぐんと伸びた。
 マリアラーラが、ハニエルの前に割り込むようにして刺突を防ぐ。魂剣パラドクス『最古の剣(サイコソード)』が、淫魔の『正義の剣』を受けとめている。
「このベーダ……ポエムでパラドクスの威力を上げてるの!」
「ありがと! 何だか小難しい事言ってるけど、そんな言葉で私達のやる気は……えっ、あれポエムなの!?」
 助けられたお礼と、敵への反抗心。
 そして、剣技とはかけ離れたマリアラーラの警告に、ハニエルの青い瞳はキョロキョロと動いた。そのあいだにも、ムッシュ・ド・パリの口は『小難しい事』を漏らしている。
「うーん、そう言われればそんな気も……」
「斬撃と共に紡がれるポエムには、ポエムと共に斬撃で返さなければならない。そうでなければ『呑まれて』しまう。でもマリアはラリーできるほどポエムに熟してない。だから対抗できるうちにベーダの詩はラブラブポエムだ、って相手の解釈を捻じ曲げるの!」
 刃が数回にわたって撃ち合わされた。
 ちっちゃなサキュバスの頬が、赤く染まっている。息も荒い。
 苦戦を示しているのではなくて、吐息だった。
「ねぇ、貴方。死を恐れない勇敢さこそが人類の美徳。その背中は多くの同胞が追いかける憧れである。貴方のささやきに応え、弱さを露呈しよう。それは恋心。愛のみが世界の救いになる」
「なに?! 愛だと?!」
 淫魔の剣筋が乱れる。マリアラーラは次から次へと諳んじる。
「貴方の詩に恋をし人類は剣を取る。貴方の剣(想い)に剣(愛)を合わせましょう。詩いましょう。剣で。愛しましょう。世界(貴方/人類)を」
 サイコソードは、人類の歴史につながる魂から引き出されている。
 この敵の武器とは案外、相性はいいのかもしれない。
 部屋の入口付近から、攻撃の機会をうかがっていた桜・姫恋(苺姫・g03043)は、困惑しながらも認めた。
「ポエム? ……本来なら詩的なのだろうけど生憎私ポエムとか興味ないしそんなの詠んで威力上げられても困るわ」
「まぁどっちにしても相手のペースに飲まれる訳にはいかないってのには賛成! それに同じポエムなら、私は人間の愛を詠う詩の方を聞いていたいしね」
 ハニエルも、少し退いた位置で、両手の光に集中することにした。
 マリアラーラの頬はますます紅潮し、ムッシュ・ド・パリのことを切なげに見つめる乙女の表情。と、その演技。
 曰く。
 貴方の詩には愛を感じると。
 それはこじれた人類賛歌であると。
 つまり、『両想いだね☆』と。
「否、我の言いたいのは、そういうことじゃなくてですな……」
 淫魔は韻や節までも乱している。
 だが、剣と同様に、まだ振るわれていた。
「世界に、平等な死を。死は世界で唯一すべての命に平等な事象であり……」
「お口チャックできないかしら?」
 姫恋は、いまいる場所から不意打ちを狙った。
 『狂縛法(キョウバクホウ)』は、床の敷石を砕いて放たれた鎖。ムッシュ・ド・パリを縛り付けた。
 喉に巻き付いた一本が、声を出させないように、グイグイと締めあげていく。
「狂わずに耐えれるかしら?」
「ぐむ、……むぐ、ぐ!」
 鎖には捕らえた者に幻覚を見せる魔法も仕込んであり、姫恋は『ポエム』とやらのセンスも乱させる。苦手だからと怯んでもいられないのだ。対象の心に、勇気をもって踏み込む。
「だったら私のする事は一つ、人間を否定するポエムなら、それを否定する!」
 ハニエルも、詩で受け答えはできそうもないから、自分のやり方をとった。『正義の剣』を恐れずに、両手の光をぶつけていく。
「同胞を道連れにする呪い、か」
 そう言った淫魔は、鎖の縛めから脱しようとしていた。
「勇気は確かにそう言うものだって思う。でも誰かが勇気を出せば周りの皆もそれに共感して立ち上がれる、そんな感じ。皆を道連れにして死にに行く、なんて後ろ向きなものじゃないよ!」
 敵の片腕が自由になった。
 振り下ろされる切っ先に、真正面から光球を押しつける。
「私の勇気が死を恐れないだけじゃなく生を繋ぐものだって事を見せてあげなきゃね。両想いの所を邪魔してごめんだけど、やっつけさせてもらうよ!」
 輝きが、ムッシュ・ド・パリの上体を押し返す。新たな鎖が、その腕を再び封じた。
「そうそう、クロノヴェーダディアボロス。両想いなのに悪いけど、貴方はここで終わりよ? こちらは連携しながら戦える。さっさとやられてね?」
 姫恋は、自分の割り込みが本当に邪魔ではなかったかと、確認を求めてマリアラーラの顔を見た。
 首をすくめるような、軽いお辞儀が返ってきて。
「ポエムへたっぴで恥ずかしいからほっぺが赤くなるけど、気にしないでね」
「あら、そうだったの」
「マ、マリアラーラちゃんてば……」
 あれだけの超越世界を展開させておきながら、サキュバスには照れがあったのだった。そっちのほうがよほど脅威だが、敵の口が、心理的にも物理的にも封じられているいま、ディアボロスが攻撃を緩める理由はない。
 ハニエルは光球のエネルギーを、太陽のようになるまで高めた。
「自分の力を信じて……『エンジェリック・サンシャイン』!」
 投げつける技だが、至近でもろとも爆発させる。
 外から見た城壁の一部が吹き飛んで、指揮所室内がむき出しになった。主であった、アヴァタール級淫魔『ムッシュ・ド・パリ』が消滅していくさまも、わずかに見える。
 幾ばくもないうちに、ディアボロスたちは開いた大穴から、斜面側へと飛び降り撤退したのだった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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