大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『有角公アムドシアスの失敗』

有角公アムドシアスの失敗(作者 大丁)

「目を付けられないように工夫していたのに、ディアボロスが来るの、早すぎない?!」
 ジェネラル級アークデーモン『有角公アムドシアス』は愚痴りながらも、逃げ出す段取りはきちんとこなしていた。
「ミュラ元帥の敗残兵が漂着したせいで、こんな目に……うん、まぁ、キミたちちゃんとついてきてね」
 取り巻きの淫魔には、美青年を揃えており、音楽性でも通ずるものがある。
 再起する場所、次の新天地を目指せばいいのだ。
 まずは、シチリア島からの脱出である。
 向かうは海岸だ。

 新宿駅グランドターミナルに断頭革命グランダルメ、シチリア島行きのパラドクストレインが出現。
 時先案内人は明るい調子で依頼を行う。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)です。皆様の活躍で、アークデーモンによる、『シチリア島の牧場計画』は阻止されることとなりました。わたくしも一肌脱いだ甲斐がございましたわ」
 ぬいぐるみたちが、島の地図を掲出する。
「この牧場計画を進めていた、ジェネラル級アークデーモン『有角公アムドシアス』は、ディアボロスとの決戦を避けて、シチリア島から脱出しようとしているようです。現在は、取り巻きとともに島からの脱出を目指して移動しているので、そこを襲撃していただきます。護衛や精鋭などの配下達は見捨ててますので、周囲には取り巻きのトループス級しかおりません。ジェネラル級といっても、撃破は難しくないかと」

 淫魔としては報告も多い、『欲望のバイオリニスト』の資料が添えられた。
「アムドシアスは、戦闘力の高いジェネラル級ではありませんが、漂着した直後に、シチリア島の支配を確立するなど、一般人を篭絡する手腕は確かなようですわ。撃破できるときに確実に撃破しておかなければ、あとあと厄介な存在になるかもしれません。アムドシアスはディアボロスから逃走しようと、戦闘しながら移動を続けるようなので、海岸地点に先回りして退路を遮断する事も必要になるでしょう」
 海岸までの逃走ルートが地図上に重ねられる。
 ファビエヌは指を一本たてた。
「敵の行動についてもうひとつ。アムドシアスは、ディアボロスから逃げ切る為の時間稼ぎとして、ディアボロスが興味を持つような会話を仕掛けて来るようです。時間稼ぎが目的なので、すぐに嘘だとばれるような話はしない筈ですわ。情報源として有効に活用できればイイですわね」

 発車を見送ろうとプラットホームに降りたファビエヌだったが、二本指をたてて話を付け加えた。
「そうそう、『飛翔』と『対話』についてですけども」
 アムドシアスは海岸に向かって移動し、最終的に海から逃走するつもりだ。ディアボロスの追撃を畏れているので、空を飛んで移動する事は無い。そして、シチリア島には、アムドシアスの逃走を知らない配下も多く残っている。
「皆様も『飛翔』はお控えください。敵退路の遮断を行なった場所に、アムドシアスが逃げ込むように追い込みつつ、戦闘を行ってくださいませ」
 そして最後に。
「アムドシアスとの対話では、彼女が知っているだろう情報で、かつ、彼女の不利益にはならない情報であれば、精度の高い情報を得ることが出来るかと。そのかわり、彼女が知らない情報については、適当に話を盛ってくるので、そのあたりの見極めは重要かもしれませんわ」

 地図を見てきたかぎり、追いつくのはさほど難しいとは思えない。
 そのかわり、シチリア島にはまだ牧場計画のために準備されたクロノヴェーダが残っている。ディアボロスたちは、時先案内人の注意を守り、走ってルートをたどっていた。
「我が故郷の世界を蹂躙してきた重要な一角を討伐できる機会です」
 エアハルト・ヴィオレ(天籟のエヴァンジル・g03594)は念のため、『完全視界』も発動する。
「力を尽くさない理由がどこにありましょうか。信念を持って、挑みましょう」
 海岸にむかって逃げている『有角公アムドシアス』。海上の不意の霧が味方しないとも限らない。
「逃げ足の速さから性格が見えるな」
 パラドクス通信から顔を上げる、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。
 事態は流動的だ。
 エアハルトの指摘を受け、退路を封じに海へと向かった班と連絡をとった。足場の悪さも予測し、滑らないように靴も選んである。
「このジェネラル級は音楽を司るだけあって、淫魔に似ている気がする。島の人々を弄び、エネルギー牧場化などと、ふざけたことを考えてくれたものだ」
「アムドシアスはエゼキエルの地に居た筈でしたが、グランダルメで暗躍とは随分と遠くに漂着したのですね」
 駆けるエトヴァの横顔に、菅原・小梅(紅姫・g00596)のすずしい顔がスライドしてきた。
「牧場計画も秘密裏に成功していれば結構な脅威になったでしょうが……上手くいかなかったあたり持ってますよね」
「お嬢が、覚えのある敵を追っ掛け回しに行かれると聞いて、奴崎組組長こと奴崎・娑婆蔵、助太刀に参りやしたぜェ~」
 と、話すのは、自転車型の装備『トンカラ号』をこいでいる、奴崎・娑婆蔵(月下の剣鬼・g01933)であった。小梅は、その後ろに、女の子座りで載せてもらっているのだ。
「組長、今回の大将首を挙げたらお小遣いを大幅アップして差し上げますよ?」
「なんと、これまた! 俄然やる気が出て来やしたぜ。大将首狙い。よござんす!」
 童女に財布の紐を握られて久しい組長、なのか。
 おかしな取り合わせだと、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、ニヤリと笑う。
「いいねぇ、お小遣い。あたしも観光したいんでねぇ……けどぉ!」
 高級そうな仕立ての服を着た一団が、眼前にいるのを指差す。
シチリア島と言えば、ステキなミイラでいっぱいなカプチン修道会の墓所! 後でじっくりとまわるから、邪魔者には消えてもらうよぉ」
 またニヤリとし、挑発の投げキッスを一つ。
「マフィアの死の口づけ……には、ちょっと時代が早かったかな」
「性懲りもなく現れちゃってえ。ディアボロスめ~!」
 体型の違うひとりが口を尖らせた。飛んできたキスを、手で払うようなマネまでする。
 『有角公アムドシアス』だ。
 取り巻きのトループス級は、情報どおりに『欲望のバイオリニスト』たち。エトヴァが言っていたように、アークデーモンと淫魔で種族は違うはずだが、見た目の相性が妙にいい。
「ボクこそが、この島をもっとステキにできるつもりだったの!」
「アムドシアス様、ここはオレたちに任せてください」
 美青年が、キラキラした微笑みをたたえて、女主人を押しとどめた。
「ん……。そう、キミたちも気をつけてね」
 ジェネラル級は素直に従うようだ。眉根を下げて、心配そうにしている。
 ボクっ子に仕える、トループス級の一人称が『オレ』、というだけでも、どんな構成の関係なのかと勘繰ってしまうが、ただいま重要なのは、『欲望のバイオリニスト』たちの動きだ。
 ディアボロス側を妨害して、アムドシアスを逃がされては困る。
「淫魔たちは、ウィーンが陥落しても相変わらずであるな。ここで駆逐させて頂く」
 エトヴァは挑発しつつ、敵の布陣を注視している。エアハルトは、右手に剣、左手に銃を構えた。
「何度かこの集団には遭遇しましたが、相変わらずバイオリン奏者でもある私に対して喧嘩売ってんじゃないかという音色を奏でますね……いい機会です。怒りを存分にぶつけましょうか」
 トループス級との戦いが始まる。
 淫魔は旋律を武器として、様々な攻撃を繰り出してきた。
 燐寧は、『ダブルチェーンソーブラスター』を手に挑んでいくが、少し手応えのなさを感じる。
(「退路を遮断するのが、仲間の方針。攻撃によって死地へ追い詰められるように、もしくは誘導がきっちり完了してから逃がさず攻撃できるように動く……つもりだったんだけどねぇ」)
 本当に、護衛に適した配下を連れてこられなかったようだ。
 加えてディアボロス側が、過去のジェネラル級戦を踏まえて、戦力を厚めにしていた成果でもある。
「形式に囚われない旋律と言うのは聞こえは良いですが、定められた型をなぞることで成立する良さもあることを……!」
 小梅が、敵の『鳥籠のカプリース』を打ち破る。身動きを封じる旋律のはずだった。
 『飛梅奇譚『東風』(トビウメキタン・コチ)』をもって、アムドシアスへのアピールにした。歌を引き金として思考を加速し、呼びだした幻影の英雄が、美青年たちを倒していく。
 その動作のなかに、娑婆蔵が混ざる。
「連中を追い立てようッてんなら、やはり広く面制圧を掛けられるような技がよろしいか。ではこいつでさァ」
 どす黒い殺気が放出される。
 抜き身の刀を手にして、小梅の幻影たちとともに立ち回る。
「せいぜい真ッ赤に裂けて咲け。殺人領域――『七花八裂大紅蓮(シチカハチレツダイグレン)』!」
 バイオリニストたちは、甘い旋律で闘争心を鈍らせにきていたが、『黒い冷気』を散らすには至らない。娑婆蔵の刃にかかって、物理的な死を与えられる。
(「お気に入りの取り巻きなら少しは気にかけるか……?」)
 エトヴァが見ると、アムドシアスのほうこそ、心が折れそうになっていた。いっぽうで、エトヴァのパラドクスは歌である。
 響く声が、敵の旋律『誘惑のセレナーデ』に重なり対決して、自身の闘争心を維持させる。
「一歩も譲らず歌声の誘惑を返そう! 『Retitativ:Zusammenhalt(レツィタティーフ・ツーザンメンハルト)』♪」
 音の伝わる空間一面に、激しい蒼雷を放つ。
 電子が空を走り抜けるように。
 立っていられたバイオリニストは、もうわずかだ。
「あたし達TOKYOエゼキエル戦争の復讐者は、アークデーモンを地獄の果てまで追いかけるの。アムドシアスの手下になったばかりに、怒りの矛先を向けられるなんて……災難だよねぇ、あははっ!!」
 燐寧は、さらに笑う。
 トループス級の旋律は、激しさを増した。『悲劇の幻影』を具現化し、襲いかかってくる。
 それを怨念の力で、本体ごと跡形もなく粉砕する、無数の炸裂弾。
 鋸刃のついた銃口から放たれていた。
「『闇雷収束咆・迅雷吼(プラズマ・ダーク・ハウリング・ブリッツ)』、悲劇を味わうことになるのはきみ達のほうだよぉ」
 連撃と爆風で、逃げ場も潰していく。
「『悲劇のオーヴァチュア』、ですか。確かに繰り出す幻影は辛いですが、元がバイオリンであれば対処はできるというもの。同じバイオリニストであれど容赦はしません」
 エアハルトは、右手の剣で近接攻撃を捌く。
「悲劇の現実は嫌という程体験してきた。今更幻影には屈しませんよ」
 愛用の銃による、『一射絶命(いっしゃぜつめい)』。
「我が故郷の世界に害を及ぼす敵集団であるとともにバイオリニストの信念を穢す集団。ここで確実に狩り尽くす!! 覚悟しろ!!」
 最後の演奏者は、エアハルトによって撃ち抜かれ、主人に言葉を残す間もなく撃破された。
「ああ、せっかくの淫魔たちが……! なんだってこんな島にディアボロスが来たんだよ!」
「戦力的には大したことがなくとも強力な補給を築ける存在が戦略的に厄介なのは認識しています」
 小梅は、トループスの全滅に打ちひしがれているアムドシアスに、正論をぶつけた。

 白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)は、ジェネラル級の反応をみている。
(「全てのディヴィジョンに散ったTOKYOエゼキエル戦争のクロノヴェーダの思惑。少しでもそれが探れると良いのだけれど……」)
 配下たちはたいして時間稼ぎにはならなかった。
 しかし、無念に思うばかりでは、散ったメンバーも浮かばれない。
 などと感じているとは信じられないが、有角公アムドシアスはひとりだけでも逃げようと、背後の海岸をめざして岩場にはいる。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も、目を離さぬようにして、退路遮断班へとパラドクス通信をいれておいた。
「生き別れたお姉ちゃんじゃありませんか?」
 意外な言葉が、早苗の口から飛び出す。
「なんて言うか、髪とか瞳とか結構、私とカラーが似ている気がするし……」
 岩場に問うてみると、なにやら反応がある。アムドシアスは距離をおきながらも、早苗のほうを覗き見してきた。
 ニッコリ笑って見せると、姉と呼んだのは冗談であったと双方に伝わる。
(「初めから警戒している相手がうっかり口を滑らせるとは思えないし、ちょっと気が抜ける話題から入ってみたけど……」)
 相手も時間稼ぎが必要で、交渉の真似事がしやすくなったはずだ。
「キミが妹というのはウソか。そうだろうね」
 ジェネラル級とディアボロスは、距離を維持したまま海岸へと移動し、さらに会話も続ける。
「うん。私は違うよ。けど、あなたも一人ぼっちではないのでしょう?」
「ああ、断頭革命グランダルメには、ボクと同じく、漂着したアークデーモンや大天使もいる筈だね」
 早苗の質問に、アムドシアスが答えた。
 エトヴァをはじめとした仲間たちが、敵の言葉の真偽を、慎重に測っている。
「でも、それとは別に……」
 もったいぶったような、間。
「ヘルヴィム様の『直属軍』も来ているんだ」
 岩陰からの声に、早苗はギクリとした。得たい情報の本命が、『ヘルヴィム直属軍』の勢力についてだったからだ。
「じゃ、じゃあ、仲はいいんじゃないの? あなたは、私から見てもグランダルメに溶け込んでそうだから、何かはじめからヘルヴィム直属軍としての目的があってグランダルメに来たんじゃないのかな?」
「とんでもない!」
 語気が強まった。
「『地獄の策略家』バラムからは、配下として降れという勧告も来ていたが、いまさら、滅んだTOKYOエゼキエル戦争の上下関係で命令されても困ってしまうよね」
 名前がひとつ出てくる。『地獄の策略家』バラム、と。
 感情の乗った言葉から、真実を言っているように聞こえる。
「君達ディアボロスは、こんな島では無く、奴ら直属軍を相手にすべきでは無いのかな?」
「ふむ、一理ある……」
 相槌をうつエトヴァ。
 話のわかる与しやすい相手とみせかけるためだ。
 早苗と目配せして、役を交代した。
シチリア島を出て、どこへ行こうというんだい? 実は、貴女がグランダルメで一番最初に見つかったアークデーモンの将だよ。他のエゼキエルの連中は逃げ延びているみたいだが……不運だったな」
「不運だって……?」
 また、声を荒げた。
「キミたちが、こんな価値も無い島に来たのは、幸運のせいだとでも? ボクは、島の住人だって、他の地域よりも苦しめてはいなかったはず。ディアボロスに『一般人が虐げられている事を察知する特殊能力』があったとしても、この島に来る理由にはならないじゃないか、おかしいよ!」
 アムドシアスは理不尽さを感じている。
 これはつまり、アークデーモンが『一般人を虐げるとディアボロスはそれを察知できる特殊能力があると予測している』ことにはならないだろうか。
 考察はいったん脇に置き、エトヴァは話を繋げた。
「憤られても、運としかいいようがない。価値の無い島……。辺境のシチリアにいた貴方でも、グランダルメに漂着したエゼキエル勢力の名前くらいは知っているだろう?」
「それがどうした」
「エリゴールやマスティマ、彼女たちばかり安全な場所でずるいと思わないか。もうシチリアを失った貴女は役に立たなさそうだし、行先を知っていたら、そっちに行ってもいいくらいだが……」
「『マスティマ』か。あいつはうまくナポレオン陛下に取り入ったみたいだね」
 また、名前が出てくる。
 王の傍にいるのか。それとも重要な役割を得ているのか。
 アムドシアスは明るくこう言った。
「でも、ディアボロスがその名を知っているという事は、あの女の命運も尽きたという事かな? ざまぁないね」
 それを最後に、ジェネラル級の声はふっつり途切れる。
 海岸まで、もう近い。
「仲良く振舞っといてなんだけど、逃がすつもりは全くないからね」
 早苗たちは、追う速度を上げる。

「どっかの区に所属していたのが組み込まれたヤツってとこなのかしらね。それとも単に人心掌握特化ってだけなのか」
 ジェネラル級との対話は終わったと、冰室・冷桜(ヒートビート・g00730)は通信を受け取った。
 ヴィルジニー・フラムヴェールト(緑焔の奇蹟・g09648)は、案内人ファビエヌに教わった逃走経路を覚えている。これまでの準備で、うまく対応できそうだ。
「放っておけないアークデーモンね。護衛も連れていないなんて無防備だわ」
「少数の取り巻きだけで逃げているのなら、撃破する好機でありますね。確実に仕留めるであります」
 と、バトラ・ヘロス(沼蛙・g09382)。ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は『水面走行』を提供している。
「逃走前に補足できて何よりでした。逃さぬように、退路の遮断と行きましょう」
 海のディアボロスたちは、ある程度ちらばって布陣していた。
 追撃をしている仲間との通信で、『有角公アムドシアス』がやってくるアタリはつき、包囲を縮めるように集まってきている。
 バトラは無双馬『青縞』に騎乗している。
 『水面走行』が使えるから、機動力を活かせるはずだ。パラドクス通信も重ね掛けしておいた。
 エフェクトは、もう一つ。
「海岸で待ち伏せ―ってことでね」
 冷桜の『水中適応』。彼女は、メーラーデーモンの『だいふく』とともに、海中で待機だ。ヴィルジニーも近い位置にいる。そして、ソレイユは海岸の岩場に身を隠した。
 アークデーモンは翼を持っているものの、先の事情で迂闊に飛翔することはできない。
 岩に隠れながらも、急いで通過するうちに、アムドシアスはすっかり消耗してしまったようだ。息も絶え絶えといった様子で、何度も振り返りながら波打ち際まで出てきた。
「ハァ、ハァ。ここまでくれば、ディアボロスだって……ハァ」
 海を前にして油断したのか、まず乱れた着衣を直した。
 外れそうになっていた胸元のボタンをとめなおし、ブラウスにふくらみをしまうと、上着のあちこちについた汚れを手で払う。
「ふふふ。シチリア島でのことは負けではないよ。こうして生きのびたのなら、TOKYOに続いて、またボクの勝ちだ」
「一人でどこへ行くのかしら? さあ、もう逃げられないわよ」
 ヴィルジニーが、水中から身をおこして立ち塞がる。
「う、うわあッ!」
 ジェネラル級とも思えないような悲鳴が、アムドシアスの口から洩れた。
「ディ、ディアボロスは、いったい、どうなってるんだよ!」
 また不満をもらしながらも、海岸線にそって岩を伝っていく。ヴィルジニーの手にはロングボウが握られていて、威嚇の射撃を浴びせかけた。
 それは、冷桜の潜む位置に追い込むかたちになっている。
 先に『だいふく』が飛び出して、アークデーモンに槍を差し向ける。
「こ、こっちにも!」
「はいはい、いらっしゃいませ。分かっちゃいるとは思うけど、ここで張ってんのは私らだけじゃねーですからね? こんな孤島から頑張って逃げだすよか、腹を括る方をおススメしますわよ」
 ばっちり待ち伏せしてましたよ、とアピールする冷桜。
 もちろん、言葉どおりだ。
 海上を駆けてくる無双馬『青縞』の姿。バトラは、長槍サリッサと魔力盾スクトゥムを構えて防御体勢をとっている。伸縮自在の槍を最大長まで伸ばして間合いを広げ、突破を封鎖出来るように。
 ロングボウとだいふくを避け、なおかつ海を臨もうとしても、無双馬が回り込んでくる。
 ディアボロスたちの連携により、アムドシアスは囲いこまれていた。腰を落とした姿勢で、左右方向へとウロウロし、表情にも余裕がない。
「腹を括るだって? まるで、ボクに意気地がないみたいじゃないか」
「そもそも、南イタリアイスカンダルに取られた状況でのシチリア島など、孤島も孤島。逃走には向かぬ地形というのが仇となりましたね」
 ソレイユが、水面走行で海側から来る。
大陸軍の膝下へ逃げ込みたいなら、私達を倒して行くしかありませんよ。それとも、ディアボロスを蹴散らして進むことも出来ない程、自信が無いのですか?」
「言ったでしょ、ボクは臆病なわけでも、敗走しているわけでもない」
 背筋をのばすと、上着の襟を整えた。
「一人でどこかへ行ったりもするものか。いっしょに音楽をするメンバーなら揃っているし」
 取り巻きのトループス、美青年を集めたバイオリニストなら、全滅させたとパラドクス通信にはあった。ある種のはったりだ。ただし、パラドクスの。
「まずは、歌劇さ!」
 デーモンの楽団員が召喚されてくる。
 オーケストラ一式なので、かなりの数だ。ヴィルジニーは海がわへと飛びすさった。
 弦楽器が低音を響かせる。
 冷桜が『だいふく』をけしかけ、槍を突きださせると、楽器も演奏者にもダメージは通らないと分かった。やがて、アムドシアスの美声がかぶさってくる。
 対抗してソレイユは、自分の音楽を奏でた。
「もう逃げられないと観念するまで追い詰めるまでです!」
 ふたりの妖精が現れ、彼女たちの織りなす波紋は、大きな波へと姿を変える。海を封じていると見せつけるのだ。無双馬のバトラが、動きを合わせてくれ、ヴィルジニーと冷桜たちも、今一度包囲を固めた。
 召喚されたデーモンは、アムドシアスに追従できるらしい。
 なおも抜け道を探ってくる。
 そのたびに、バトラは盾での押し返しを行い、槍の穂先で牽制した。
 的が大きくなってくれたのも、封鎖側には有利に働く。少なくとも、突破を見逃すことはない。無双馬の蹄から放つ電撃が、アークデーモンの歌声とぶつかりあう。
 冷桜が、待ちに待っていた通信を得た。
 追撃班が到着したのだ。
 ジェネラル級を誘導するために、一時的に距離をあけていたのである。海岸に出られたことそのものが罠だったと知ったとき、『有角公アムドシアス』の怒りは頂点に達した。
「いいじゃないか。シチリアはボクの島だ。牧場はやめて、キミたちの処刑場にしてやるよ!」
 アークデーモンは、『断頭革命グランダルメ』らしいセリフを吐く。

シチリアの街で……」
 岩塊の上に立つ、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)。
「支配に屈せず、誰かのためにと歌っていた少年を思い出すよ。貴女は随分と、シチリア島の人々に迷惑をかけたものだ。アークデーモンにしては、マシなやり方だったが……このまま放っておけばさらに酷くなっただろう。年貢の納め時だ、アムドシアス」
 追撃班の面々が、敵の動きに注意しながら、囲い込むように布陣する。
「この美しい島でこれ以上勝手なことはさせないよ」
 両手を広げた白臼・早苗(深潭のアムネジェ・g00188)が、その場でくるりと回ってみせた。エアハルト・ヴィオレ(天籟のエヴァンジル・g03594)は、娘のシエル・ヴィオレ(神籟のプリエール・g09156)を伴っている。
「人々を苦しめる為に音楽を悪用することは断じて許せません。貴女の感覚では価値がない島でしょうが、故郷の人間として我が世界を蹂躙する存在は全て倒すべき敵ですよ」
「目の前にいるのがジェネラル級……」
 一族の継承者たるシエルは、最初は息をのんでいたものの。
シチリアは私達人間にとっては素敵な風景が育まれた土地ですので。あんなやり方をすれば目をつけられます。詰めが甘いですね。それ故に補足されるのは当たり前です」
 『叡智の魔法銃』を構え、『有角公アムドシアス』に狙いをつけた。標的の彼女は、眉間にしわを寄せたまま肩をすくめる。
「はぁん。故郷とか、自分の世界とか。いまはナポレオン陛下のものなんじゃないの? それとも、ボクが知らないディアボロスの嗅ぎ付け方があるのかなぁ?」
「価値の無い島、そんな考えだから補足されるのですよ」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、電脳ゴーグル型デバイス『Boeotia』のテンプルをノックして起動させる。
「もっと……こう……、人間の立場になって考えて見てください。そうすればきっと……んん、――ふっ……無理か」
 諦め顔にかかったデバイスに、『≪ - 人機接続:Lynx of Boeotia - ≫』が標示される。
 『Boeotia』と精神と全武装がリンクされた。今のレイは、機械と一体。
「グランダルメに来たのが運の尽きです。どうかお覚悟を」
「ったく、こうもディヴィジョンにお似合いなジェネラル級アークデーモンが漂着するとはな。見た目からして淫魔と殆ど区別も付かねぇしよ」
 呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、魔晶剣を構える。レイとともに、援軍として包囲に加わった。
「国を越えてまで、ディアボロスに仇なそうだなんて、そこはむしろキマイラウィッチのようだけれど……」
 退路遮断で動いていた、ヴィルジニー・フラムヴェールト(緑焔の奇蹟・g09648)が合流する。
「あなたの悪事はここまでよ。……逃走阻止はうまくいったわね、ソレイユさん」
「ええ。シチリア島だけでなく、牧場も処刑場も、グランダルメには不要です。遥々、来訪されたのですから、ディアボロス流のもてなしを味わって行ってください」
 宙に展開した鍵盤に、指を置くソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)。
 沖のほうでも封鎖を続けるディアボロスが、そして外から二重に取り囲む者もいる。菅原・小梅(紅姫・g00596)は、そうした任につく仲間へ頭を下げた。
「皆様、足止め役をありがとうございました。……組長」
「菅原のお嬢。あっしの仕事は分かり切っておりやすぜ。即ち――アレを、叩ッ斬る。悪魔殺しの策の〆、その務め、しかと果たして見せやしょうとも」
 奴崎・娑婆蔵(月下の剣鬼・g01933)は、小梅のうしろに控える恰好をとった。
 そのお嬢さんは、大太刀『月下残滓』を構える。凛とした刃が、美しい音色を放っているかのようだ。『天神刀法『風月無辺』(テンジントウホウ・フウゲツムヘン)』は、その音色にのって流麗なる剣技で敵の肉体と魂を斬り裂く。
 血が飛んだが、アムドシアスはもう、逃げ道を探してはいない。囲みは厳重、スッと背筋を伸ばすと、華奢な指を振る。
「『魔王の輪舞曲』!」
 召喚されたデーモンが、いっせいに楽器を奏ではじめた。
 音響の圧力に、波さえも押し返されそうだ。歴史上類を見ない魔王を称える華々しい楽曲で、聴く者の魂を揺さぶる。
「愛娘の前で歪んだ音楽に屈する訳にはいきません」
 エアハルトは、『ヴィオレ流戦術』を紐解き、『信念の剣』を振るう。正当な音楽のあり方を示さねば、と。
「お父様……!」
 『叡智の知恵』が、魔法銃に標的を与えた。シエルの射撃に合わせ、近接での切っ先が、ジェネラル級を斬りつけた。
「くッ、ボクは参らないよ。キミには、せっかく連れて行こうとしたメンバーを、殺された怨みもある。先に魂を破壊されたまえ!」
「ああ、シエルよ。このアヴァタール級は指揮官の器ではなかっただろう。しかし」
 デーモン楽団員に混じり、演奏される輪舞曲からくる精神的ダメージは極めて強力だ。
「我が一族の軍人としての積み重ね、音楽家としての洗練を駆使する」
「はい、連携をしっかりとって、お父様についていきます!」
 親子の魂が抗うなか、輪舞曲に合わせて踊る早苗。
「そう、その曲は魔王を称える曲なんだよね。……似てるって言ったのは、実は外見だけの話じゃないよ」
 音楽と精神影響ならば、得意分野だ。
「曲の主導を奪ってしまえば、……称えられる魔王の役は私」
 『扇がれる鸚鵡の鏡』、アークデーモンの音楽性を写し取って、返す。
「私も音楽家ですから、奏でられる華々しい楽曲には心惹かれぬ訳ではありません」
 鍵盤を操るソレイユは、重ねた防御上昇と、魔力障壁の展開で凌いでいる。その上で、旋律は合わせた。早苗が踊り易くするために。
「いいね、ソレイユさん。あっちの魔王の輪舞曲に合わせた歌と舞いで勝負しよう」
「ええ、アークデーモンにしては美しいと、認めましょう。しかし、私の方がより美しく演奏してみせます!」
 当方の損害は、ソレイユが旋律を誘導して代わりに受けた。いわば、音のディフェンスだ。
 できるだけ負担を分担しつつ、敵には音楽の中で果てるまで疲弊してもらう。音楽家の意地をかけ、より演奏に集中し、指の動く限り福音の光を喚び続ける。
 魔王から、『幻想ロンド「福音」(ラ・カンパネッラ)』へと、音を動かした。
「聖なる光は剣となりて、邪悪を貫きます。『光あれ、恵みあれ』!」
 破壊力を増し、命中率をあげた光の剣が、鐘の音にあわせて無数に飛ぶ。悪しき者、アークデーモンを貫くだろう。
「ボ、ボクの演奏を乗っ取られた?!」
 アムドシアスはかわしたが、燕尾服の裾がズタズタになる。
「『幸いあれ』!」
 ソレイユの声に、光の剣は意図的に回避方向を誘導し、仲間の射線へと誘導する。そこには、エトヴァがいた。
 彼も『Seraphim(チェロ)』を演奏している。
 飛来する剣に翻弄される隙をつき、音楽のパラドクスで畳みかける。『魔王』に対しては、やはり魔力障壁を張り、精神攻撃の影響を和らげつつ、己の演奏で抗う。
「わたしは神へ祈りを捧げるわ」
 皆が、音楽を使うわけではない。ヴィルジニーの魔王への対抗は、祈り。しかしながら、エトヴァの『Paradiesmelodie(パラディースメロディー)』は、激しいながらも天上の音色、美しき讃美歌の旋律だ。
 ふたりのイメージする情景が合致し、侵略者の主義主張を溶かしていく。
「うぐっ、ディアボロスに聴かせるはずなのに、ボクが惑わされるなんて……!」
「敵の技ながら演奏は楽しみだが、聴き入る訳にもいくまい。こちらへ耳を澄ましてもらおうか」
「悪しき者は光に包まれて去るのです」
 魔王の闇が霞むほどに降り注ぐ光の音色をエトヴァがつくり、ヴィルジニーの世界観に惹き込んでいく。
「華々しい音楽にも、思想がなくてはね」
「敵が聴く力がもっていたから、この攻撃は成立した。音楽を奏でる者ならば、淫魔もアークデーモンもないのかもしれないな」
 エトヴァは涼しい表情でウインクしてみせたが、顔にやつれが出ている。
 相殺しつつも、ジェネラル級に魂を削られていたのだ。ヴィルジニーは、自身も攻撃に加わろうと、『十字剣≪le Rosaire d'Émeraudes≫』に、奇蹟の炎を纏わせた。
 そのあたりから、デーモン楽団の曲調が変わってくる。レイの姿勢が不安定だ。『魔神の交響曲』に影響されている。
 十字剣が振るわれた。
 纏った炎が放たれる。『Feu d'Émeraude(フ・デムロッドゥ)』はエメラルド色に輝いて、燃え移ったアムドシアスの動きを封じた。
「オーケストラの指揮は集中が必要じゃないかしら!」
 妨害はしたが、禍々しい楽曲は続いている。
 価値観を塗り替えるほどの刺激的な曲調が、人機の一体性を揺さぶっているようだ。ゴーグルデバイスの表示が乱れている。
「『アルヴァーレ』……展開……結界を」
 レイも制御を取り戻そうと必死だ。ヴィルジニーは、炎を撃ち続けて、楽団の演奏をさらに妨害する。
「叩き斬ってやる! 第五封印解除。変異開始!」
 晶が駆け付け、『魔晶剣アークイーター』の封印を一部解除した。
 刀身を淡い光の集合体に変異させ、その光は大鎌の形状へと変化する。ようやくレイのデバイスに、正常なデータが流れだした。
 機械魔導群『ナノマギア』に魔力をくべ、機械魔導弓『ACRO』に形成される。
 姿を変えた武器を手に、晶とレイが連続攻撃を仕掛ける。
「チッ!本当に淫魔みてぇなパラドクス使いやがって!」
「手に宿すは蒼き魔力の奔流!」
 まずは、『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』。レイは必中を誓い、矢に番えて放つ。
 交響曲の影響は去った。敵への最適な攻撃航路を算術できている。矢は、フォトンエネルギーと魔力を混ぜ合わせて形成したものだ。楽団の中央にいるアークデーモンの左胸を、正確に射抜いた。
「あぐぅ、くはっ!」
 有角公アムドシアスの白いブラウスに、真っ赤な血が吐かれる。
「お前が精神を攻撃するなら、俺は肉体を傷つけずに魂だけを刈り取ってやるよ!」
 晶が突っ込んできた。
 大鎌型のアークイーターで、邪魔に思った楽団員を斬り払いつつだ。この召喚存在にダメージは無関係だが、晶の勢いの前では、それこそ関係ない。
「これがサリエルの大鎌だ! 刈り取れ、アークイーター!」
 形状に由来するように、淡い光の刃がジェネラル級をすり抜けた。魂を傷つけたのだ。
「うう……。悪魔の歌劇を聞……け……」
 吐血まじりの、それでいて恐ろしい美声が、晶を襲う。
「俺達が今更こんなもんで惑わされるとでも思ってやがるのか!」
 そう叫んで二撃目を振るおうとしたまま、大鎌が止まった。
 細い指が、レイにうたれた電撃の矢を握り、自分の胸から引き抜いて霧散させる。術を維持できないのか、召喚されていた楽団員の数が減ってきた。
 小梅の刀は美しい音色で攻撃していたが、アムドシアスの余裕が無くなってきたのを見て、敢えてその刀を下げる。
「無理に腹を括った振りなどせずに逃げても良いんですよ?」
 音楽好きのアークデーモンのプライドを打ち砕く、小梅の策略。こっそりとハンドサインを仲間に送って、その旨を伝えてある。
「楽器の扱いや歌い方、知識さえも上の私には敵わなくて当然ですし♪」
 どや顔で挑発し、不意打ちするための隙を作った。
「歌い手は兎も角、貴女には『指揮者』は向いてませんでしたね。存分に歌ってくれたことは記憶と記録に残して置きましょう。失敗こそ重ねてましたが曲の方は『いとおかし』と呼ぶに相応しかったですよ」
 輪舞曲や交響曲の旋律を、真似して鼻歌にさえする。
 ギリっと歯ぎしりが、有角公の口元から漏れる。小梅は、背後の娑婆蔵にサインを送った。
「時遡十二氏抜刀術外伝『殺人技芸「抜刀術・罪咎百八」(バットウジュツ・ソノツミトガヒャクヲコエ)』!」
 組長はお嬢に全幅の信頼を置いている。
 合図を見次第、すぐさま動いた。
(「こいつはまだ剣を抜いてもいねえ所から、都合108通りの『斬るイメージ』を叩き付け取り囲む技。プライドにヒビを入れられた直後の精神への責めはさぞや効きやしょう?」)
 そして、百八に紛れて、ディアボロスの技も繰り出される。
 エアハルトの剣にシエルは。
(「共にお父様と心合わせて歪んだ音楽に対抗します。お父様の剣での斬り付けの援護として銃で射撃を」)
 舞う、早苗。
(「……妹って言った時の反応がちょっと気になったけど、本当の妹がいたりするのかな?」)
 ソレイユの鍵盤に、エトヴァのチェロ。
「貴方への葬送曲、ご堪能ください」
「音色はきっと人々を幸せにするものだから。人々を悲しませるような音楽はここまでだ。シチリア島の平和を取り戻そう」
 ヴィルジニーの十字剣からは、エメラルド色の炎が吹き出される。
「ここで計画はおしまい。シチリアはあなたの島ではないわ。人々の手へ返してもらうわね」
 レイのフォトンエネルギーの矢が、幾本も突き立った。
「グランダルメの精鋭達を舐められちゃ困ります。皆さん本当に優秀ですから、何処に居たって必ず補足しますよ」
 晶の腕が、再び力を取り戻した。
「テメェの命運は此処で尽きる。俺達が終わらせるからな!」
「手前、姓は奴崎、名は娑婆蔵。人呼んで『八ツ裂き娑婆蔵』。八ツ裂きにしてやりまさァ、大悪魔の君」
 虚実が入り乱れて翻弄させたのち、娑婆蔵はやっと抜刀した。
 今度はイメージではなく実際の斬撃。
「本命の居合斬りを見舞うってェ寸法よ」
「ボ、ボクはキミたちになにか、騙されていたのかもな……」
 胸元を押さえて、『有角公アムドシアス』はうずくまった。
 楽団員の姿は薄くなっていき、海岸の岩場でアークデーモンはひとりになる。命が尽きるまではあとわずか。誰の目にもあきらかだった。
「これは単純に興味本位で聞くが……」
 晶が見下ろして言った。
「お前のことはTOKYOエゼキエル戦争では見たことも聞いたこともなかったぜ、東京では誰の配下でなにをしてたんだ?」
「……も、もうその手は喰わないよ。フフ、何も聞けなくて悔しいか、ディアボロス」
 伏せた顔が、無理に笑っている。
「じゃ、じゃあっ」
 早苗が、丸まった背中に手をやる。
「本当の妹がいたとか?」
 クロノヴェーダにとっての家族がどんな存在に当たるのかは分からない。だが、なぜだか聞かずにはおれなかった。
「ほら、またキミたちのウソだ。まったく、これだから大人しくしていたはずだったの……に……」
 立ち上がった早苗は、首を振る。
「最期まで、被害者意識の強い人だったね」
「残虐な作戦を指揮するような蹂躙者です。諭せるはずもないのはわかっていますが」
 エアハルトはそう言って、娘の肩に手を置いた。それぞれの頷きかたをするディアボロスたち。
 黙っている小梅に。
「――よう、菅原のお嬢?」
 娑婆蔵が声をかける。
「さっきの技をあっしに伝授下すった宅の姉貴分にゃよろしくお伝え下せえよ。『達者な手際であった』ってなァ、カハハ」
「組長……キメ顔してないで帰ったら報告書を書いて下さいね?」
 シチリアの指揮官は倒されたのだ。また次の戦いに備えて、ディヴィジョンをあとにする。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『サラマンカ要塞に逃げ込め!』

サラマンカ要塞に逃げ込め!(作者 大丁)

 イベリア半島へのキマイラウィッチの制圧が続いていた。
 一般人が住む村は、自動人形が目的をもって設けたものだが、今では放棄されたような扱いになっている。住民たちには何も知らされず、キマイラウィッチの侵攻上にあったばかりに、虐殺にあっていた。
 兵士の頭に鎧をまとい、身体は狼という異形が、村人を爪で引き裂く。
 方々で建物が倒壊しているのは、異形が背負う大砲のせいだ。
 人語は離さないが、群れとして統率されている。
 すべての住民が死体に変えられるまで、さして時間はかからなかった。
 村に起こった悲劇は、まだ回避可能である。

 時先案内人、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は、予知で判明した事態を解決すべく、パラドクストレイン車内で依頼を行っていた。
ディアボロスが火刑場の罠を打ち破った事で、キマイラウィッチは現時点でのディアボロスの殲滅は諦め、イベリア半島を制圧して拠点化する作戦を開始したようですわ」
 お手伝いのぬいぐるみが資料を掲出する。
イベリア半島を支配していた自動人形が、キマイラウィッチに土地を譲り渡すように撤退した為、現地は瞬く間に、キマイラウィッチの勢力圏に変わりつつあります。しかし、半島にはディアボロスの拠点も存在していますわ」
 ポルトガル国境付近を描いた地図に、『サラマンカ要塞』があった。
「攻略旅団の提案により整備しておりました。ここを拠点に、キマイラウウィッチのイベリア半島制圧に待ったをかけてくださいませ」

 もともと、サラマンカ要塞の整備は、『黄金海賊船エルドラード』への対策が目的だったという。
 キマイラウィッチの襲撃に対しても、要塞は有効に働くとのことだった。
「要塞までは、パラドクストレインで移動できるので、そこを拠点に、イベリア半島を制圧しようとするキマイラウィッチを見つけ、迎撃してください。キマイラウィッチは進路上の一般人を虐殺しながら移動してくるので、彼らの救援も必要でしょう。さいわい、サラマンカ要塞には、一般人を避難民として受け入れる準備もあるので、一般人を襲うトループス級『ジェヴォーダンの獣』は撃破し、救助した一般人を、要塞に避難させるとイイでしょう。説得の方法はお任せ致します」
 一般人を避難させると、ディアボロスの拠点を発見した、キマイラウィッチが、サラマンカ要塞に押し寄せてくる。
「こちらは、アヴァタール級『ピエール・ダルク』に率いられた、トループス級『怨讐騎士』という編成です。要塞の防御施設も利用して、敵を撃退してくださいませ」

 ファビエヌは、一般人の悲劇回避を託し、列車を見送る。
「キマイラウィッチがイベリア半島を完全制覇してしまえば、火刑戦旗ラ・ピュセルの力が大きく上がってしまいますわ。その阻止のため、ぜひ要塞を活用なさって」

 焚火を囲んで、中年男性が話し合っていた。
「なぁ、冬の準備は終わったけど、このままでいいんか?」
「わからねぇ。自動人形さまが来ないのはなぜなんだろう」
 支配されてきた者たちだが、漠然とした不安を抱えていた。
「村長さんに、大きな街まで調べに行ってもらったらどうだろう」
「う~ん。それはそれで危険な気もする。噂だが、狼の集団が現れて、滅びた村があるとか」
「こわいなぁ」
 ひとりが、ブルブルと震える仕草をしたが、誰も笑わなかった。
 村がキマイラウィッチに襲われるまで、ほんの僅かである。

 時先案内人の用意してくれたタイミングで、ディアボロスたちは災厄に滑り込む。
 村まではいくぶん距離があり、かつトループス級キマイラウィッチ『ジェヴォーダンの獣』は目前だ。
「……ファビエヌさんにもう少し外見、聞いておくんだった感」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)が、テンション低い。いっぽう、新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)は、皆と協力して頑張ろうと張り切っている。
「大砲付きの人面の獣たちが相手なんだねっ」
 木に登って偵察していた。
「キモ感がどちゃくそ高い敵が健在だと避難する人に被害が出るから、最優先で斃していかないと。けど、マジでビジュアル的にはなしよりのなし……。ま、戦うんだからそんなこと言ってられないのはがってんしてるんだけどさー」
 天が肩をすくめても。
「くっ……」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は怒った顔のままだった。
「容赦なく人々を殺していくキマイラウィッチ達も、そうなる事が分かった上で人々を放置して撤退した自動人形達も許せない……! 何処に行っても苦しい思いをするのは何の罪もない一般人じゃないですか……! 1人でも多く、助けなくちゃ……!」
 ディアボロスとして、当然の感情である。
 そして、この赦せない思いが、力を生むこともある。天は頷き、アゲていった。
「みんなで連携を取って戦いに向かおー☆ ウェイ☆ 索敵はよろよろー☆ その代わり、前衛はお任せあれ☆」
 掲げた腕に、枝につかまっていた橙花が応え、やがて兜かぶった人面狼たちが道に沿ってやってくる。
 レイは、ゴーグル型デバイス『Boeotia』のテンプルをノックして武装と神経のリンクを行う人機一体の状態になった。
「『 - 人機接続:Lynx of Boeotia - 』」
 フライトデバイス『アクロヴァレリア』を点火して飛翔を行う。彼女は注意を引く囮役だ。
 手には機械魔導弓『ACRO』、フォトンと魔力の灯火を番えて引き絞り、必殺の一矢へと昇華して放った。ジェヴォーダンの獣の一体に突き刺さり、額から兜にヒビを走らせて、それが割れた。
 待機していた天は、素顔になった獣の、よりいっそうキモイ姿に辟易する。
 ともあれ、トループスたちは、空中のレイをめがけて、背中の大砲を斉射する。囮作戦は成功だ。
 『アクロヴァレリア』による瞬間加速で回避を試みているものの、いつまでも避けられるものではない。樹上からの奇襲で、橙花は、『呪法【妖葉乱舞】(ジュホウ・ヨウヨウランブ)』を発動した。
「呪いの葉の乱れ撃ちだよっ」
 妖狐が、森の中で使うには、相性がいい。
 呪力を込めて硬度を上げた大量の葉の竜巻を生み出して、狼が収まっている鎧を切り裂いていく。
「大砲だけ怖いから、こちらの位置をなるべく気づかれないようにしつつ、敵の数を削るようにするねー。気づかれたら他の場所へさっさと移動だよー」
 と、作戦を決めるときに言っていた。
 しかし、至近から撃ち込まれる砲弾が、結局は樹々をなぎ倒し、やっぱり、いつまでも避けられるものではないのだ。
「やったるー☆」
 ちょっとだけ村から離れたのを良しとして、天は銃撃を加えた。
 仲間たちも、普通に地上に降りて戦う。
 葉の乱舞で切り刻まれた、キマイラウィッチが、まだ撃破されずに向かってくるのだ。頭や胴体がちょん切れている。
「何か絶対に止まらん感がある敵なので、念入りに跡形も無く蜂の巣にしてやんよー☆」
 天は、『肆式疆域守節(シシキキョウイキシュセツ)』を詠唱した。
 拾参式と呼ばれる結界術の肆で、術式対象の周囲に大量の重火器を召喚しての飽和攻撃を行う。武器が並ぶまでは、『術』然としているが、射撃がはじまると、あまりにもけたたましかった。
 バリバリと、大きな音が鳴り響く。
 フォトンの矢や、葉の攻撃とはくらべものにならない。
「多数を巻き込みたいけれど多数に一斉攻撃を受けるのはヤだし、動き捲って的を絞らせないようにしないとね☆」
「天さんも、飛翔なさればよろしいのでは……?」
「レイさーん、いまからだとかえって的になるよー」
 ディアボロスたちは、最初の隠密行動風はどっかに置いてきて、輪切りになっても突進してくる獣を端から撃破していく。
 なし、な敵だったが、強敵というほどではなかった。
 すっかり片付いたところで、天たちはその場をあとにする。
「次は避難だね。今の戦闘音で何か気付いてくれたりしてるとよきなんだけどなー」

 村に続く道まで、もどってきた。
 薄暗い森の先を透かして見るが、キマイラウィッチの残りや、増援などの気配はない。
「私たちしか勝たん☆」
 ビジュアルなしな敵の全滅を確認し、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は片腕を突き上げる。
「と、テンアゲしたところで村の方にゴー☆ さっきの戦闘、かなり派手めに音も出たから何かしら気付いてくれてるかな? とりま、期待半分で行きますか☆」
「戦闘音……。砲撃や銃声が、人々に聞こえていると良いですね」
 レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)は、言いつつゴーグルを通じて、デバイスの操作を行っている。
「先に向かってます」
 再び、『アクロヴァレリア』を点火した。樹々よりも高く飛翔する。天の掲げた拳の真上を一回りしてから、直進していく。新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)も手を振って見送る。
「せっかく襲撃は防げたんだからね。また危険な目に合わせないように、いっしょに説得を頑張ろー」
「おけまる水産よいちょまる☆」
 『友達催眠』や『プラチナチケット』などの交渉系エフェクトをかけ、橙花と天は道沿いに駆けだした。
 全員で飛ばないのは、キマイラウィッチの本隊に捕捉されないよう、念のため。
 いっぽうで、レイが期待しているのは、村人たちの反応だ。
「時代に似合わない格好で空を飛んでくるのですからね。先程の状況も合わせてただ事ではないと感じ取って頂けるといいのですが」
 簡素な囲いが見えてきた。
 あの、大砲を背負ったトループスたちの威力の前では、なんの防御もできなかったろう。やや高いところから村を見渡し、レイは声をかける。
「先程大きな音が聞こえなかったでしょうか? あれは爆撃の音です!」
 焚火を囲んだ中年男性たちが、ガジェッティアの航空突撃兵のことを、そろって見上げてくる。ほとんどが口をぽかんと開けたままだが、ひとりがレイに問い返した。
「爆撃? さっきのが? 狼が襲ってくるんじゃ、ないのかー?」
武装した狼の姿をした、しかし根本は全く違う魔物との戦闘になりました。撃退はしましたが連中はまだ健在です、より強力な軍を連れて戻ってきます。みなさんに相談がありますから、できるだけ集まってください。村長さんがいれば、お話を聞いて頂きたいです」
 質問をしてくる別の男性。
「自動人形さまが来ないのはなぜなんだろう? なにか知っていませんか!」
「守ってくれるはずの自動人形もこの地より撤退しております。このままだと村人1人残さず殺されてしまいます。どうか悲劇が起こる前に避難を行って頂きたく!」
 男性たちの顔色がかわり、ざわめきだす。
 橙花が地上から登場したのは、このタイミング。囲いは、ひょいと跳び越えた。
「そこのお姉さんの言っているのは本当だよっ。私たち、一度戦ったんだよっ」
 あえて、トループスたちからうけた負傷や、服の汚れはそのままにしてある。これも、危険度のアピールだ。
「俺たち、殺されるのか? こ、こわいなぁ……」
 村人は本気で震えた。
 どうやら、ディアボロスへの信用も得られたらしい。大き目の家屋に走る者がいて、すでに騒ぎを聞きつけて相談をおこなっていたのか、その家屋からは数人の老人と、付き添いの女性たちが出てくるところだった。
 村の外周に沿うようにして、天は声かけをする。
「レイちゃんが集めているとこに、行きそびれてる人たちもいるかもだし☆」
 やはり、はじめは大陸軍の使者と思われたようだ。
「違うよ、自動人形はもう居ない。迫っている敵と戦えるのは、私たちディアボロスだし☆ なんなら、大陸軍とも敵同士。その私たちが、この村までフツーに来てるのが、自動人形撤退の証拠になるかな?」
「そんな! 避難というのは、村を捨てなきゃならんのか。いったいどこへ行けば……」
 中央の広場でも、村長から同様の問いがなされていた。
サラマンカ要塞です」
 レイは、人々の集まりを十分とみて、地上に降りた。皆と目線の高さを合わせ、誠意をみせるために。
「要塞で、我らの仲間や避難に応じた近隣の村民が抵抗の構えを見せております。どうか、そちらまで一緒に移動しては頂けないでしょうか」
「私たちで皆を守るからっ、要塞にいったん逃げてっ」
 橙花は、時間に猶予がないことを伝える。天が、周辺住民をつれて、合流した。
 最低限のものだけ持たせている。
「ちゃんと要塞内には皆を受け入れる準備が出来てるから。……ここはガチのマで大事なところだかんねー☆」
 まさに、取る物も取り敢えずといった様相だが、おかげで説得は上手く行った。
 最後は村長が、レイに避難の決断を伝える。
「いまほど、村のみんなの命を大切に思ったことはない。お願いしますじゃ」
「お任せください」
 ディアボロスたちは、避難民たちの護衛について、要塞へと向かう。今度は目立たぬよう、一般人の速度にも合わせて、地上を徒歩で。
 しんがりは天が努めて、取り残しがないよう、『避難勧告』をかけておいた。
「さて、大口叩いて逃げて貰った以上……後の敵はキッチリ斃さないとね☆」

 村人の列は、頑丈そうな石組みの壁を見上げて、感嘆の声をもらした。
 新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)たちは協力して前後を守り、村からサラマンカ要塞へと無事に一般人を収容する。
「これで後ろを気にせずに戦えるよねっ」
「避難は成功し、一旦の安全は確保されました。何よりです」
 息をつく、レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)。そして、風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、人々を誘導するあいだも、キョロキョロと見回している。
「この要塞……メッチャ映えポイントありそうなのがテンアゲ案件だよね☆」
 城郭や聖堂を備えており、避難民を引き渡した広場はとても大きく、きちんとした石畳が敷かれて、全体が方形をしていた。周囲をとりまく建築も立派なものだ。
 村長たちと別れるとレイは、彼らにむけていた笑みを引っ込め、ひきしまった顔になった。
「しかしすぐに敵はやってくる、本番はこれから……預かった命を必ず護りきります」
「とりま、敵が来る前に要塞探検しておかんとー☆ ファビエヌさんが要塞の防御施設って言ってたし、どんな感じに利用できて効果がありそうなのかを確認しないとね☆」
 と、見回す動きは維持した天が言い、橙花は広場から出るゲートを指差して頷く。
「今回は敵の数が多いけど、壁とか門とかを利用すればかなり相手の数は絞れそう」
 やはり、一番気になるのは要塞の外周部だ。
 レイも敵が来るまでのあいだに設備を見ておきたいと、皆で連れ立つ。
「城塞を利用した防衛戦は初めてです。折角ですから、高低差を利用して戦いたいですね」
「ってことは、遠距離攻撃中心の偶に近接な雰囲気な感☆」
「完全に封鎖しているところじゃなくて、一か所だけは通れそう、当たりが良い感じかも。敵を誘い込めるような」
 橙花と、天も手伝って、城壁が谷のように内側へと入り込んでいるような箇所の歩廊を探し出した。
 キマイラウィッチが侵攻してくる方角とも合致している。ディアボロスたちは、そこを自分たちの持ち場と定め、敵の接近を待った。
 やがて、甲冑に身をつつんだ人馬、トループス級『怨讐騎士』の姿が見える。
「今度の敵は……よし、外見オーライ☆ テンション下げんくて済みそー☆」
 天たちは、サラマンカの内側へとクロノヴェーダ接近の報を出し、呼吸を合わせて歩廊の上から迎撃を開始する。
 ゴーグル型デバイス『Boeotia』を起動し、レイはその超視界による知覚能力で敵の挙動を観察した。どうやら、目論見が当たったらしい。怨讐騎士は、楔型の陣形をとったまま、そっくり城壁の谷へと侵入してくるようだ。
「いくらでもかかってくると良いです、ボクの矢で撃ち抜いて差し上げます」
 続けてレイは、右手の蒼き魔力の灯火を、機械魔導弓『ACRO』に番えて引き絞り、必中を誓って放った。
 『人機一体:電撃戦の一矢(ブリッツディゾルバー)』は、神経リンクに従い、敵陣形の先頭へと刺さる。一体が転倒したことで、全体も通せんぼになった。
 トループスたちはその場から、『復讐気闇弾』を撃つ。
 復讐心をエネルギー弾に変えて放ち、当たった相手のエネルギーを奪い取るものだ。レイは、サイキックオーラの『アルヴァーレ』を張って耐えた。幾何学模様の光の防護壁で、超常の脅威を遮断してくれる。
 未来的なデザインと、歴史的な城壁によるミスマッチが、共にキマイラウィッチの砲撃からレイを守った。
 その間に、天は結界術の詠唱を終わらせている。
「キッチリ斃すって口に出した以上、やり遂げないと女が廃る感☆ マジでやったるー☆」
 『肆式疆域守節(シシキキョウイキシュセツ)』だ。
 歩廊に沿って等間隔に、召喚された重火器が設置されていく。
 『電撃戦の一矢』に倒れた人馬は、仲間のはずの他の騎士たちによって踏みつけられている。陣が城壁の麓に到達するまで、『復讐気闇弾』も撃ち続ける。
 レイは、ガントレットシャルダント』からも幾何学模様の結界術を重ねて防いだ。
「家名の重みは決して破られまいとする、ボクの誓いです!」
「来た来た☆ 準備はいい、橙花?」
「うん、近い敵から削って一度に襲ってこられないように足止めだねっ」
 胸壁の陰で、妖狐がくるりと舞うと、『呪法【八岐魂魄】(ジュホウ・ヤマタガタマシイ)』で呪を呼び込む。
 天の重火器の並びは、誘い込んだ敵へと弾丸を浴びせて、先頭から順に撃破していく。
 だが、敵の数は多い。倒れた同族を踏み越えてくる。
 しかも、『怨讐騎士』の下半身担当は、蹄を突き刺す要領で、ほぼ垂直の壁を登攀してきた。
「やっぱり、天さんが言ってたとおりに近接戦闘に移行しようとしてるっ。ちょっと危なそうだから、攪乱もしてみようっと」
 橙花は、フライトドローンを飛ばす。
 まあ、これは気休め程度。
 生き残って攻めてくるトループス級は、復讐心をたぎらせ、それが兜のすき間から漏れ出し、大剣に炎となって纏わりつく。『リベンジブレード』の切っ先が、ついに歩廊へと届いた。
「私もっ! 複合防御で頑張ってみるねー」
 橙花の懐には、押し花のお守りと、狐娘の守護人形がしのばせてある。
 お守りは、同じカースブレイドで、好ましく思っている人間から贈られたものだ。その破魔の力が、怨讐騎士の剣から炎を取り去る。元々は流し雛だった橙花に似た人形は、不思議な力で敵の武器の軌道を捻じ曲げる。
 振り下ろされた剣は、胸壁の一部に引っかかった。
「我は喚ぶ、諏訪が地の大蛇の魂を……蹂躙だよっ!」
 舞いが、恨みの霊力でもって、無数の鏃を放った。
 城壁のてっぺんまで昇って来ていたトループスは、『八岐魂魄』を受けて馬の腹をみせながら落下していく。
「引き続きの肆式疆域でゴー☆ 敵が大量だから、ガンガン征くし☆」
 天の斉射、そしてレイのフォトン矢が、キマイラウィッチを叩き落としていった。
 防御施設の使い方は、適していたようだ。トループス級を全滅させて判ったのは、防御側の有利さである。
 最後に、ヤギの足をもつ甲冑が、トコトコと歩いてくる。
「みんな勇敢に死んだ。結構なことだね」
 アヴァタール級『ピエール・ダルク』が、ディアボロスたちに微笑みかける。

「随分と遅いお出ましですね。余裕ですか?」
 新城・橙花(呪刀の裁定者・g01637)が、城壁の上から返した。口調は救出任務時と違い、冷たさと鋭さが備わっている。『ピエール・ダルク』は大げさな仕草で、ため息をつく。
「フゥ。僕はいつでも余裕さ。君たちと違って命を捧げる相手、ジャネットがいる。いくつ消費したって、もったいなくはないんだ。ほら、結構だろ?」
「何が結構なものか。それが指揮官の物言いならば、配下も浮かばれないな」
 サラマンカに合流してきた、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も声を投げかける。
 自動人形、そしてキマイラウィッチの身勝手さ。
 その被害者である村人を守るため、要塞防衛は成功させる。
 思いを同じくする皆が頷いた。アヴァタール級は、かぶりを振る。
「言い方を間違えたかな? 僕は怨讐騎士たちの勇敢さを誉めたんだよ?」
「んー★」
 風祭・天(逢佛殺佛・g08672)は、敵指揮官の姿をしげしげと眺めていた。
「台詞はちょっと諸行無常系っぽいけど、隠しきれないナルシー感がメンディーでサゲ……」
 むしろ、外見よりも態度にやられてる感じだ。レイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)が言葉にした。
「なるほど、配下がロクでも無ければ指揮するものも、またロクでもない」
 飛行ユニット『アクロヴァレリア』の起動は済ませてある。
「ただただ突撃するしか脳のない敵は非常に与しやすかったですよ。これもまともな戦術も立てられない指揮官のおかげですね」
 拝むふりまでして挑発している。
(「これくらい言わないとさ、気が済まないのですよね。このキマイラウィッチ相手にはさ!」)
 溜めてきた『飛翔』を使った。
 防壁の味方と挟撃する態勢だ。
 ヤギの角をもつクロノヴェーダは、金髪を乱して前後を振り返る。
「僕の手腕を疑うのかい? 勝ってから言いたまえよ!」
 背後の上空から視線を戻すと、胸壁にいたディアボロスたちが、それぞれ別方向に駆けだしている。
「今度は敵が単数、こちらが多数ですので相手を複数の方向から狙える場所で戦いましょう」
「いいだろう、作戦は合わせよう」
「ここで倒さんとだし気合入れなおしてゴー☆」
 橙花の号令に、エトヴァと天が応えた。
 天は、敵から遠ざかりながら、歩廊の折り返し地点を目指す。その間も、大型拳銃『Vertex.M51』をぶっ放している。仲間への援護を主体にして。射撃は彼女に任せ、橙花は反対方向へと走る。あえて姿をみせることで、敵の注意を引き攪乱した。エトヴァは胸壁を遮蔽に利用しながらゆっくりとだ。
 クロスボウに魔力の矢を番える。
 まるきりうずくまったのでは敵の動きは見えない。魔力障壁で身を護りつつ、遮蔽から遮蔽へと移動した。
 空が唸る。
 レイが、アクロヴァレリアの出力を最大にして、瞬間的に音の壁を超えたのだ。
「……!」
 アヴァタール級のヤギ足が、振り返りぎわにもつれる。不意打ちのタイミングを、エトヴァは逃さない。
「――光、守護と成せ。『Fedelschüsse(フェーデルシュッセ)』!」
 クロスボウからの矢が、精密連射される。
 青き羽根の残像をともない、『ピエール・ダルク』の甲冑へと次々に突き刺さった。
「ぐぅっ! ……うう、うふふ♪」
 呻き声をあげた同じ口の端が、きゅっと吊り上がる。
「復讐しよう。そうすればジャネットの為になるだろう!」
 笑いながらの怒りには、なるほど狂気が見て取れる。エトヴァは、用心深くタワーシールドも構えた。戦旗をはためかせた槍の突撃が、城壁を登ってきた。
 幾重にも張った守りは、凶悪な痛打に突き通される。
(「その憤怒の元凶が、自作自演だと知ったらどうするのか。あなた方の女王はそんな存在だと、言っても聞く耳もたなさそうだが……」)
 シールドの裏で耐える。
「お門違いの恨み言だな。ましてや、お門違いな八つ当たりをされる民の立場など……理解することはなかろうな」
 ふいにエトヴァが、顔を見せてピエールと視線を合わせた。
 横殴りのように、高速で迫ったレイが、キマイラウィッチを胸壁から叩き落とす。
「この空を駆ける、これがボクの……機動戦闘の極致だ!」
「わあぁぁッ!」
 頭から堕ちるピエールに、降下しながら追いすがるレイ。わずかな時間だが、あまりの速度に世界は止まったようになり、そしてブレた。煌剣『シュトライフリヒト』を握った彼女がいくつも現れて、敵を幾度も一閃する。
 ボロボロになった胸鎧に、笑うピエールが顎をつけて、レイの本体を見返してきた。
「死を恐れてはいない。僕はジャネットの為に生まれてきた」
 下半身の異形化が進む。垂直の壁に蹄を引っかけると、地面に激突することもなく、残像をかわしはじめる。やはり、ピエールはレイの位置を捉えている。
「アルヴァーレ……展開!」
 幾何学模様の結界が張られた。
 蹄の蹴りが、結界とインパクトする瞬間に、レイは『姿勢制御用噴射装置【Leprechaun】』を瞬間噴射。
 異次元の空中機動でフラットスピンを慣行し、異形の攻撃をいなして弾く。
「ちぃッ! ……うふふ。勇敢に死ぬんだ。総てはジャネットの為になるからね」
 攻撃が届かなかったアヴァタール級は、妄執を魔槍に宿して、壁面を走る。
 レイは、噴射を続けて後退、高さで言うなら上昇した。この働きは、自分のための攻防ではない。視線を巡らせなくとも、初動で判っている。
 胸壁の上からの、橙花とエトヴァの援護と、そして天。
(「戦闘がある程度派手になって来たら、私の攻撃頻度が減っても気にならなくなるだろうし、コッソリ敵の死角への回り込み大作戦―☆」)
 歩廊の折り返しを回った天は橙花たちの向い側、ちょうどピエールの背中を狙える位置なのだ。
 もちろん、レイたちが注意を引いているからこそである。
「からの~……ザ・突貫☆」
 納刀したまま、跳躍した。
 『初式抜刀「難陀」(ショシキバットウ「ナンダ」)』は、捌式抜刀の基礎中の基礎。構えは奇をてらうこともなく、王道を征く。
 ただし今は、その姿勢のまま、壁から壁へと跳んでくる。
「ズンバラリン☆ ウェイ☆」
 一瞬の太刀筋に、甲冑の背が真っ二つに割れた。
 中身の異形化したピエールが、勢い余って歩廊の上に投げ出される。
「ディ、ディアボロスめぇ~! 僕は、これしきの騙し討ちは怖れないぞ。ジャネットの受難に比べれば、これしきの……!」
 強がりだろう。
 背中の負傷箇所に手をまわし、その刀傷をつけた相手を警戒するあまり、壁の下を覗いている。
「目前の敵から目を離すとは、戦う者としては未熟では?」
 歩廊を駆け、橙花は距離を詰めた。
 研ぎ澄まされた感覚のまえでは、隠しようもなく露わになっているクロノヴェーダの存在そのもの。切断できる断面を認識した上で、橙花は正確無比にその軌跡を切り裂く。
「『呪剣【繊月乃刃】(ジュケン・センゲツノヤイバ)』、貴方を終わりの旅へと、誘いましょう……心配不要です。貴方の主君もいずれ同じ道を歩むのですから」
「ジャネット……! ぼ、僕は!」
 もんどりうって、アヴァタール級『ピエール・ダルク』は、今度こそ要塞の外側へと落ちていった。
 橙花のそばへと着地したレイは、すこしは気が済んだような顔を、ゴーグルデバイスの奥に覗かせる。改めて眺めるに、サラマンカから広がる景色は良いものだ。
 エトヴァは仲間たちと決意を新たにする。
「キマイラウィッチには渡さない。この場所から、イベリアを取り戻そう」
「うん☆ ……帰還前にちょっち映えポイント見て、テンアゲしてくるー☆」
 胸壁の端っこにへばりついていた天が、ひっこめていた首を伸ばしてその笑顔を見せた。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『亜人の槌と盾』『最も多い人形』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにてオープニングを公開中です。

亜人の槌と盾』は、蹂躙戦記イスカンダルを舞台とした、『港町バーリ攻略作戦』に関する事件です。

『最も多い人形』は、断頭革命グランダルメを舞台とした、『スイス方面に向かう大陸軍』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『進軍! キマイラウィッチ』

進軍! キマイラウィッチ(作者 大丁)

 自動人形が去った村で、噂が流れていた。
 近くにあった別の村がもぬけの殻になったと。
「自動人形様のかわりに、天使様が現れたそうじゃ」
「大きな声で誘われて、みんなでいいところへ連れていかれたとか」
「四つ足の女が同行してくれるらしい」
「帰ってきた者はだれもおらん」
 老人たちのおしゃべりを黙って聞いていた若者が、とうとう口を挟んだ。
「誰も帰ってきてないんじゃ、その話はいったい誰がしたってーの?」
「それは……うん? なんか、聞こえんか?」
 耳をすませた村人たちは、ある者は天使の声を聞き、ある者はやかましい騒音を聞いた。
 そして、異形の女を見た者も。
「たくさん、走ってくるぞ! あれは四つ足じゃねぇ、獣の上に女の身体がのっかって……!」
 爪と牙で引き裂かれる。
 声を聞いた者は、意識を乗っ取られた。
 村が全滅した悲劇は、まだ回避可能である。

「攻略旅団の提案により、断頭革命グランダルメに増援として現れるキマイラウィッチの動きを察知することが出来ましたわ」
 パラドクストレインの車内で、時先案内人が依頼をしている。
 この列車の担当は、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)だ。
「ディヴィジョン境界の霧を越えて火刑戦旗ラ・ピュセルから断頭革命グランダルメに移動してきたキマイラウィッチは、イベリア半島に向かって移動しているようです。この道すがらに村があれば、その村を襲って虐殺行為も行います。皆様には、このキマイラウィッチの凶行を止めて、増援を阻止するためにも確実に敵を撃破していただきたいのですわ」

 ぬいぐるみの助手が現地の地形図を広げた。
「今から向かえば、キマイラウィッチの襲撃の少し前のタイミングで、村に到着することが出来ます。まずは、一般人を戦場となる場所から避難させた上で、キマイラウィッチを迎え撃ってくださいませ」
 村人を動かすには説得が必要だ。
 ただし、今回は戦闘が終わるまでの一時的なものであり、村の近くの森に隠れていてもらうだけでいい、とのことだった。
「村を戦場にするしかありません。今回の依頼では、破壊された村の修復など、支援を行う猶予はありませんから、そこはご了承ください。村人には、先に謝っておくことも説得のうちかもしれませんわ」
 予知の内容が話され、襲ってくる敵について説明があった。
「一般人を襲うトループス級は、『マンティコアウィッチ』です。すでに何回か目撃報告のあるキマイラウィッチですわ。指揮しているのはアヴァタール級『洗脳と平和』ハニエルで、大天使ですが行動指針はすっかりラ・ピュセルのものになっています。一般人を見れば襲い掛からずにはおれず、洗脳や平和、愛の言葉も虐殺の手段として使ってきます。ご注意ください」

 プラットフォームに降りる、ファビエヌ。
「進路上の村々は、大陸軍から見捨てられたのです。すぐに出来るイイコトは、村人の命を守ることですわ」

 列車の到着地点から、予知にでていた村まではすぐだった。
 その短い道すがらであっても、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)は腹立たしさに声を荒げている。
「増援ついでに虐殺しながら移動とか、ふざけんじゃないわよっ!!」
 クロノヴェーダに対しては当然の感情だろう。
 復讐者なのだから。
 アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、悪魔装甲の物々しさ。
「たゆんの気配を察知して参上したぜ」
 金属の籠手を打ちつけて気合をいれる。武器の準備も万端だ。村の外観はごく平凡で、それなりに生活が営まれている気配がある。武装した姿を見せれば、臨戦態勢感も出せるかもしれない。
「まずは避難誘導をしていかないとな」
「じゃ、アタシからね。『避難勧告』から始めるわよ」
 予知が現実になるのに時間的な猶予は無かったのだろう。効果を発動させるとすぐ、村全体に赤い光が明滅し、時代に合わせたサイレンが鳴り響く。
 戸外にいた人は寄り集まり、方々の扉も開いた。
 ただ、人影は増えていくが、みなまごついている様子だ。
「自動人形様のかわりに現れるという、天使様のおよびじゃろうか?」
「いいところに連れて行ってくれると噂の……」
「それにしては、気持ちがザワつく音だってーの」
「うん? なんか来るぞ!」
 男性に指差されながら、リーシャとアッシュは集落のなかへと踏み入る。
「もうすぐこの村に怪物共がやってくるわ、アタシはそれを見たから急いでこの村に来たの」
「俺たちはディアボロス、道中で敵の大群を確認したんでここに来た」
 ふたりとも、要件から切り出す。
 『友達催眠』がかかっているから、多少のぶしつけは許されるだろう。なにより、急ぐ。
 老人のひとりが、代表のように問いかけてきた。
「怪物……? 天使様のはずじゃがのう」
「ああ、怪物だ。行軍がてら遭遇した一般人を虐殺するような奴らで、このままここにいたらあなた方も対象になっちまうんだ。急な事で申し訳ないが、今すぐ村を出て近くの森などに身を隠してくれないか?」
 アッシュの鎧は効果があったらしい。
 素朴な村ゆえ、これまでも自動人形の軍隊による乱暴狼藉はなかったと思える。武装した姿に対しても、恐ろしさよりも、守護者への安心を感じてくれたようだ。
「仰せの通りにします、ディアボロス様」
 村人たちは、それぞれの家族が揃っているのを確認し、端から森へと動き出す。
「俺たちとしては奴らのことをみすみす見逃すわけにもいかないんで、ここで滅ぼす。ただ……場所が場所なんで建物などにも被害が出るかもしれない」
 最後まで残った老人と若者たちに、村が戦場になることも伝えた。リーシャは頭を下げる。
「村の建物が壊される件は……可能な限り、努力するとしか言えないわ、ごめんなさい」
「極力そうならないように気を付けはするけどな」
 アッシュはもう武器を抜いて、敵の来る方角へと移動していった。
「それでも、あんな奴らに村ごと壊されて命を落とすよりは……どうか、どうか、最善の選択ではないにせよ、命を守ることを優先して、逃げてください、お願いします」
「ああ、ああ。わかっておるよ。怪物退治は任せますじゃ」
 老人と、付き添いの若者も集落から出ていく。
「天使様の噂を聞いても不安なだけじゃった。村より離れた場所のことが判らず、孤立して過ごしておったからの。怪物の話だったとしても、知らせてくれてありがたい。どうか、みなさまも命を大切に……」
 去り際に、より深く頭を下げられ、リーシャはキマイラウィッチに対する怒りを増幅させる。
「ここで絶対にぶちのめして、少しでも数を減らしてやるわっ!!」

 村の入り口でアッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は備える。
「さてと、ここからがお楽しみの時間だ。まずはマンティコアの方からって事でしっかり拝ませてもら……処理させてもらうぜ!」
 視覚支援デバイス『たゆライズ』を起動した。
 バトルグラス型で、戦闘映像保存機能を有する。すぐに敵接近の信号が発せられたので、身の丈ほどの長さの双刃刀『ヴァルディール』を構えた。
 背後方向から、アッシュの頭を越えて、飛翔していく者がいる。
「さぁて、来たわねキマイラウィッチ共。跡形もなくぶっ潰してやるから、覚悟しなさい!!」
 追いついた、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)だ。
「確か、飛行中は目立つから多数のクロノヴェーダが警戒する中だと集中攻撃を受けやすいんだっけ? 逆に言うと、こっちに注意を引き付けたい時には好都合ってことよね?」
 はたして、四つ足のトループス級どもは、道の幅をはみ出し、横に広がって迫りくる。
 『マンティコアウィッチ』の名の通り、怪物プラス魔女だ。人面の獅子ではなく、獣の頭部のあるべきところから、さらに女性の上半身がついている。花束のような意匠の杖を両手で抱いており、空中にいるディアボロスへと、その先端を向けてきた。
 目論見どおり、とリーシャはほくそ笑む。
「あいつら、こっちの姿を見たら、気をとられるはずだからね」
 杖から魔術で、花びらを打ち出してくる。『復讐のグロリオサ』は触れたものを燃え上がらせるのだ。リーシャのすぐ近くで、連続して発火が起こった。
「うまく、引き付けられた。村の被害は可能な限り防ぐわ。アタシがダメージを負ってでも!」
 実際のところ、最初のグロリオサで、服のあちこちが焦げてしまっている。胸元のそれを確認がてら、後方の様子を覗き見ると、幸いなことに、この発火現象は、村の建物には届いていない。
 天使の翼を大きく羽ばたかせ、リーシャは敵軍へと突っ込んでいく。
 アッシュは、そうした仲間の動きを意識し、上に注意を向けていない敵を優先する。『たゆライズ』には、村への直進速度を緩めない魔女が捕捉されていた。解析結果によれば、彼女らの胸部を守る防具は、いわゆるハーフカップのような形状で、下から支える構造になっているらしい。
「たゆんはいいけど、このままじゃすれ違っちまう」
 双刃ヴァルディールに、稲妻を纏わせた。復讐で動くやつらなら、挑発にものってくるだろう。
「それに、こっちを狙ってもらわないと正面からの記録映像が撮れないんでな」
 捕捉していた魔女が、ほかの個体にも指示らしきものを出した。
 小集団に纏まり、進行方向を地上のディアボロスに変更したようだ。空中で戦う仲間の安否は気になるが、任せて大丈夫だという信頼がある。アッシュは、自分の相手に集中した。
 上から見ていたリーシャも意図を汲み、翼をいっそう羽ばたかせた。
「舞え、炎の輪よっ!」
 回転する無数の輪を出現させる。
 燃える花びらを打ち出してくる敵の魔術に、『翠焔・創像(ブレイズ・リアライズ):フレアスラッシャー』で対抗した。
 杖を差し向けてくるマンティコアウィッチが、次々と炎の輪に切り裂かれていく。『人食い獅子の狩猟』で、アッシュに飛び掛かった集団は、獣のほうの前脚で魔装装甲を踏みつけ、爪を立ててきていた。
「わざわざ飛び込んできてくれてありがとさん……っと!」
 即座に、パラドクスの雷を纏った得物で攻撃だ。
「悪事を働くたゆんども、このたゆんスレイヤーが相手をしてやるぜ。『ライトニングテンペスト』!」
 一体目を感電させ、縦横に激しく揺さぶらせた。ハーフカップでは支えきれないほどに。
 この雷撃は、連鎖するように広がりながら敵の群れを焼き尽くす。
 トループス級の小集団は、村への進路はおろか、その場でバタバタと倒れた。
「ふぅ、意図せず至近距離のたゆん映像が手に入ったぜ」
 怪物の姿を、さらに異形化したマンティコアウィッチ。魔女の上半身部分は、討伐対象としては申し分なかった。
 押さえつけられた姿勢のまま、アッシュは双刃を振るう。
 電撃連鎖と、炎の輪の切り裂きで、襲い来る脅威をせん滅した。
「アッシュ、だいぶやられたみたいだけど、平気よね?」
 空から降ってくる気遣いに、仰向けで返す。
「リーシャ嬢こそ、服がボロボロじゃねぇか」
 ふたりして、村への被害を減らすよう、がんばった結果だ。
「気を付けとけよ、これからアヴァタール級が……」
「あー。あー」
 ザラついた声が響きわたる。
 拡声器を通したそれは大天使、洗脳と平和『ハニエル』のものだ。

 残る敵は、指揮官の一体のみ。トループス級をせん滅したディアボロスが、飛翔で体勢を立て直すあいだに、応援の部隊が到着した。
「村の被害を防ぎながら戦う方針と聞いた。俺も、それに倣おう」
 落ち着いた雰囲気だが、背の低い12歳の女の子。
 ザイン・ズワールド(剣・g09272)は、スレイヤーソードを抜いてアヴァタール級へと接近する。
「リーシャ殿、アッシュ殿。それがしも助太刀に参った。大天使の生き残りなどに、勝手はさせぬ」
 人間の戦国武将にして、古風な言葉使い。
 襲名したものゆえ、19の娘が蘇芳・昌義(8代目蘇芳衆頭領・g08681)とは、事情を知らない者は驚くかもしれない。
「『虎丸』、クロノヴェーダはおなごの姿だが、遠慮はいらん」
 ミニドラゴンは一声鳴くと、先行した。
 新宿島でみたような現代的な服装、学校の制服から羽根を生やしたアヴァタール級にむけて、『ミニドラブレス』を吐く。
「あー!」
 ざらついた声で、『洗脳と平和ハニエル』は悲鳴をあげる。
 昌義は、手の振りで虎丸に動きの指示を与えると、忠実なサーヴァントは、女学生の周囲に浮かんでは、ブレス攻撃を続けた。
「蘇芳衆の底力思い知るといい」
「いちち。このぉ、ちっちゃいヤツ! 私の言うことを聞きなさい。なんちゃら衆のほうを向いて!」
 ハニエルは、メガフォンを口にあて、ミニドラゴンへと自分の命令を伝える。
 危うく、昌義の脇をかすめる、竜の息。
 虎丸が敵の手に墜ちた、というほどではないが、指示する手には追従させづらい。洗脳を司る大天使は、メガフォンの力でそれを行うのだ。さらに、『幸せボイスシューター』を使えば、『声』が物質化する。
「目の前の村も興味あるけど、あんたたちから、『平和』にしてあげよぉ」
 角ばった二文字が飛んできた。
「――参る」
 スレイヤーソードが、『平』を弾き、『和』をへんとつくりに両断した。
 しかし、使い手の姿は見えず、剣だけが浮いている。
「俺は一振りの剣、鞘にも見捨てられた孤独な剣だ。だが……」
 武器から、ザインの声がする。
 『翔け、斬る(ゲキハイボウボツ)』は、『剣(レプリカ)』と一体化して、自身が『“剣”』となる技なのだ。
「本当の平和を待っている村人たちのため、俺は敵を斬るだけの剣で構わない」
「それがしも、クロノヴェーダの狼藉は赦せんな!」
 サーヴァントへの指示が取り戻され、昌義は上体ごと大きく手を振った。
 銀の長髪もなびく。
「ふ~ん?」
 八重歯をのぞかせ、ハニエルは笑っている。

「それが、『洗脳と平和』か。ハニエル?」
 アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、低空の飛翔で近づきながら、仲間たちの攻撃を見守った。上空では、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)が、リアライズペインターの力で、『描雅』を始めている。
「勇気の焔よ……」
 燃える何かが形になりつつある。
「……ふむ、かたちと言えば、中々のサイズでかっこいいたゆんをお待ちで」
 制服の胸元が、大きく盛り上がっているのも、もちろんよく見る。アッシュの観察のなか、ハニエルの『武器』は、上を向いた。リーシャを狙っているようだ。
「にしてもこの距離この人数で拡声器なんているか? 天使の声の主さんよ」
「うるさいわねぇ、鎧の木偶の坊さん。私は、たくさんの人間に幸せを届けなきゃならないのぉ。あんたたちと違って、復讐と付き合っていくのは、『大変』なんだからぁ!」
 二字が手裏剣のように回転して飛び出した。
 『大』のボイスは、切れ味が良さそうである。
「いや、俺だって十中八九拡声器で力を増幅する感じだろうてのはわかってるさ。……その耳障りな音あんま好きじゃないんだよな」
「ふ~ん?」
 ハニエルの八重歯がまた除く。
 飛んで行った手裏剣ボイスは、リーシャに届く前に消滅した。勇気の心を宿した火の鳥が、彼女の前で羽ばたいている。ボイスを燃やしたらしい。
「復讐と付き合うって、キマイラウィッチたちのことかしら。あちらこちらに散らばって媚び売って、大天使様も大変そうねぇ?」
 リーシャは、標的を指差した。
「まぁ、お前らがどう動こうが全部叩き潰すつもりだから容赦なんてしないんだけどね? ……羽撃けっ!!」
 号令に合わせて、火の鳥が急降下していく。
 『翠焔・創像(ブレイズ・リアライズ):フェニックスブレイヴ』が、ボイスだけでなく本体も炎につつんだ。
「きゃー!」
「ほら、天使さまはいい声してるからな」
 アッシュは、メガフォンからズレて聞こえた悲鳴に称賛を贈る。
「どうせ歌声披露してくれるなら、もっと直で聞かせてくれ」
 炎をはらった女子高生に、最接近して双刃刀を突き付けた。合わせて、ザインの一体化した剣が、横切りをくり出す。火の鳥が旋回して戻ってくるあいだに昌義の指示のもと、ミニドラゴン『虎丸』がブレスをぶつけた。
 ディアボロスの連携が効いて、ハニエルは焦りの表情を浮かべるが、口元だけは相変わらず笑っている。
 得物のメガフォンは大事そうにして、剣や刃から守っていた。
 あれを壊せたのなら大幅な戦力減になるのは確かだが、それが叶わなくともアッシュは、ひたすら攻撃を仕掛けている。果たして兜の内側では満足そうにしていた。
(「せいぜい動き回ってもらってそのたゆんを揺らしていってもらうぜ! ……もちろんこの光景は『たゆライズ』で記録しておくからな」)
 ハニエルの笑みも気になるところだが、おおかた誘惑のための予備動作だろう。
 伊達にたゆんスレイヤーはやっていない。これまでに培った経験や閃きがあるのだ。あと、撮影した動画も。
(「けどな、……音は防ぎようがないんだよ」)
 アヴァタール級はときどき、メガフォンを近づけてなにかしゃべっている。
(「たゆんのかたち、調和がとれてる。もう、愛だな。こりゃあ……」)
「アッシュ!!」
 リーシャの声がふってきた。……気がした。
「アッシュ殿……!」
「お前、足が止まってるじゃないか!」
 昌義に、ザインの声も。
「ハッ!?」
 知らぬ間に、大天使の発する『愛と調和の歌声』に、誘惑されていたようだ。
「チッ!」
 舌打ちで、ハニエルの口元が初めて歪んだ。
「それでも俺は! たゆんを見る! たゆんスレイヤーとして悪しきたゆんを排除しなければならないという使命感を想起させ、こいつを喰らわせてやるぜェ!」
 アッシュの指がそろい、魔力で硬質化した貫手が、制服の上着の裾から差し込まれた。
「『ペネトレイトクロー』!」
 鋭さに背中側から突き出して、翼が片方もげた。アヴァタール級大天使、洗脳と平和『ハニエル』への致命傷だ。
 メガフォンは手からすべり落ち、うめきもせずに絶命した。
 脅威は去ったので、村人たちを呼びに行きたいところだったが、案内人からの話のとおり、すぐに排斥力が働きはじめたようだ。ディアボロスたちは慌ただしく、パラドクストレインへと戻る。
 帰還の道も、遠くはない。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『合同結婚式のたくらみ』

合同結婚式のたくらみ(作者 大丁)

 ジェネラル級蟲将『法正』は、大灯台の居住区で実験結果を聞いていた。
「母体に息はあるのか?」
 石造りの部屋のなかで、ウェアキャットが忙しそうに行き来する。指示を出すのは、医者の装束を身につけた蟲将で、彼らの会話のほかに、赤子の産声が響く。
 法正と会話をしているのも、医者の蟲将である。
「重体で意識はありませんが、息はあります。成功です」
 節くれた手が、記録をめくった。
「生まれた亜人の生育が悪いので、経過の観察は必要かと思います。また、死ななかった母体を何回再利用できるか等、課題も残っておりますが……。さすがは法正様の策でございます」
「フン、その程度は試行回数でどうとでもなる。計画通りに進めるぞ」

 新宿駅グランドターミナルに、『蹂躙戦記イスカンダル』行きの列車が到着した。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)は車内で案内をすすめる。
「インドに向けて移動中だった巨大砂上船ミウ・ウルが、史実のアケメネス朝ペルシャの首都でもあった『スサ』に到着しております。蟲将『法正』の指示で行われる『合同結婚式』を阻止していただきますわ」
 依頼で示された集落には、一般人の女性を閉じ込めた家屋がある。
 集落の亜人は、この連れて来られた一般人女性の花婿を決める、選抜大会を開く。
「花嫁の脱出準備を整えたうえで、選抜大会に乱入してトループス級を撃破、最後に法正配下の亜人を撃破すると、依頼は完了です」
 救出した女性たちは、ミウ・ウルで保護できる。

 人形遣いにあやつられたぬいぐるみたちが、現場の配置図を掲出した。
「選抜大会は、トループス級『アンティゴノス・テュポーン』によるバトルロイヤルです。この部族は、知性が低い状態から、急激な進化を起こすことがあり、会話能力と独自の武器を生み出します。バトルに生き残れるほどの進化を、アヴァタール級亜人『魔女メーデイア』は期待しているのですわ」
 今回のアヴァタール級は、自身でトループス級の吟味をするために、大会に出席している。
 会場は集落の中央広場であり、日が暮れてから、かがり火に囲まれた闘技場で行われる。一般人女性が閉じ込められている住居は、闘技場の脇だ。
「救出の手助けは、建物に忍び込めさえすれば、それほど難しくありません。夜の闇を利用できればなお良いでしょう。バトルへの乱入と並行して行ってもいいですわ。『アンティゴノス・テュポーン』と戦うだけでなく、大天使・アークデーモンの活動について話しかけることもできます。知性進化をおこしたばかりの亜人は、積極的に話そうとし、会場の混乱が、救出班から注意をそむけさせる助けにもなりましょう」

 資料を預けて、ファビエヌはプラットホームに降り立った。
「法正は、スサにある大灯台を拠点にしているようですわ。合同結婚式を阻止した後は、スサの大灯台の攻略に入れるかもしれません。イイコトになるようお祈りしております」

「法正様が、あなたたちにお嫁さんを用意してくれたわ」
 脚部が数匹の蛇となった亜人が、スサ近郊の亜人の集落にやってきた。法正配下のアヴァタール級であり、女性型なことも珍しい。
 紹介された10人ほどの一般人女性には、虫の触覚が生え、手足を甲殻が覆っている。インセクティアに似た容姿だ。
「この嫁は、赤子を産んでも死ぬ事無く、再び赤子を産めるようになるのよ、ステキでしょう?」
 花婿の座をかけてバトルロイヤルを開催し、『合同結婚式』を執り行う。
 アヴァタール級はそう宣言した。
「我と思う者は、日没までに広場に集まって。あなたたちが、個性的な武器を持つように進化することも承知してるわよ。わたしはそれも楽しみにしているの。どんな亜人が生まれてくるのか、興味深いわ!」
 手にした薬瓶をカチャカチャと鳴らす。
 嬉しそうな表情といい、実験のたぐいが好きなようだ。
 集落のトループス級たちは、湧いた。
「うおおおおーん!」
 まだ、ちゃんとした言葉にならず、吠えただけかもしれない。

 花婿選抜のバトルロイヤルは、始まる前から大いに盛り上がっているようだ。
 出場の資格は、一定レベルの知性化である。
 ゆえに、出られない亜人は程度が低く、野次や声援はとても騒がしい。建物の裏手にまわったディアボロスたちにとっては好都合である。エレイア・カラー(ウェアキャットのジン契約者・g10646)は、花嫁候補たちが囚われているほうの建物を覗き見た。
「むむむ、あんな所に閉じ込められてたら元気でないよね。こっそり忍び込んで元気だしてもらおう」
「法正は亜人の愚かさを補う極めて危険な存在です。ようやく居所が掴めましたが……攻略に手間取れば、ディオゲネスなどの亜人の将が救援に来るかもしれません。迅速に事を運ぶといたしましょう」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)もウェアキャットだ。
 すでに日は暮れて、闇に紛れることができる。
 加えて、黒い外套を纏うようにした。
 エレイアは、偵察として猫変身を使う。さいわい、途中で兵士などと出くわさずに済んだ。猫の前足を器用にふって、ハンドサインを送り、後続の仲間を呼び寄せる。
 建物内も、それほど厳重な警備はされていなかった。
 その理由は、実際に捕らわれている女性たちに会うことで判明する。
「しー。怪我してる人とかいない? お腹すいてない?」
 エレイアは、疲れてても食べやすい甘いドライフルーツや、飲み物を差し入れる。エイレーネが危惧したほど、ざわめきも起こらなかった。
 囚われて改造された一般人女性はみな、打ちひしがれている。
 亜人や蟲将から逃げ出そうなどと考えられないのだ。
「皆様、どうかお逃げ下さい。亜人どもはわたし達が相手をしますから、夜が明けぬうちにかがり火がない闇の中へ向かうのです」
「元気だして。絶対逃げられるから」
 ふたりの異種族、エイレーネとエレイアは小声で説得を続ける。
「わたしはウェアキャットですが人間と共に戦ってきました。故に、人ならざる体を持つ苦悩はよくわかります。しかし……それでも、生きてきたことを後悔はしておりません。生に絶望すれば亜人に負けたも同然……勝利のため、この手を取って頂けないでしょうか?」
「私だけじゃなくて、協力してくれる人もいっぱいいるからさ、大丈夫!」
 10人のなかには心を動かされる者も出てきて、亜人からかくまってもらえるなら、と全員が脱出を承諾してくれた。
「よし、みんな動ける?」
 エレイアは体調を気遣い、医療の知識はないまでも、包帯などを持参して、怪我人の手当てを申し出る。そこは、インセクティアもどきの実験体だけあって、10人ともが健康であり、改造以外はまだ手荒な扱いは受けていないようだ。
 ただし、全員で建物から出れば、さすがに発見されてしまう。
 ディアボロスたちは、バトルロイヤルへの乱入、妨害を行って騒ぎを起こす、と段取りを言い含めた。
 建物内の経路も覚えさせ、作戦をすすめるためにその場を出ていく。
「あの……」
 花嫁のひとりがベールごしに、触覚のついた顔で呼び止めた。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「うん。あとでね!」
「生きましょう。必ず」

 有象無象の集まり。
 亜人とは人型の怪物のことと言われても、トループス級『アンティゴノス・テュポーン』は、その概念からは遠い存在に思える。
 ずんぐりとした頭部が、上半身に複数個生えているのだ。本来の首の位置からずれていたり、肩や背中からであったり。
 目や耳、鼻に当たる器官はあるのか、ないのか。
 ただ、人とも獣ともつかない叫びをあげる口は大きくて、頭部の数と同じく、複数だ。口内に並ぶ牙は鋭い。
 夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、フードのかぶりを深くして、顔の下半分を覆う黒豹の仮面に触れた。暗い色の外套で闇にまぎれ、奴らの様子を観察してきたが、観客側の個体ではどうにも意思の疎通をとれそうにない。
「となれば、大会出場側だな。乱入してでも接触せねば……」
 衛兵のような役割のものでさえ、バトルロイヤル開始に興奮し、中央の広場にばかり注意を向けている。
 そのせいで彼らに見つからずに済んでいるのは幸いだ。
 おそらく、一般人女性の脱出準備をしにいった仲間も、順調にことを進めていると思える。実際、すぐに合流できた。
「エイレーネ殿、首尾はいかがか?」
 仮面に口元が隠れているものの、錬晏が信頼を寄せているのは明らかだ。エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、静かに頷いてみせる。続いて、情報を得るためには出場側のトループス級からになると、確認しあった。
「うおおおおーん!」
 いっそう大きな歓声らしきものがあがった。
 選手たちが入場してくる。どこか背筋が伸びていて、ちゃんと整列していた。
「雑兵相手ではあまり見込みは無いかもしれませんが……」
 会場を眺めながらエイレーネは、小声でもらす。
「これまでの依頼で集めた情報を踏まえると、亜人とエゼキエル勢の相性の悪さは確実と見てよさそうです。アヴァタール級とトループス級に関して言えば、亜人が面倒に思う仕事を押し付けられる以上の役割はないでしょう。そうなると、知りたいのは『ジェネラル級が漂着してきているか』。……話して反応を見てみましょう」
 ディアボロスたちは頷き、一足飛びに広場の真ん中へと出た。
「ふむ……あなたは亜人としてはかなり賢い部類のようですね」
 エイレーネは、目星をつけた一体に切りだす。
 はたして、相手は吠えもせず、人語で返してきた。
「ウェアキャットよ、我は話すことができる。つい、さっきから。だから、選手に選ばれた。この戦いに勝って、さらに選ばれるつもりだ。その戦う前の我に、なんの用だ」
 尊大そうでいて、少し心もとない感じはする。錬晏も、別の個体に話しかけていた。
先の大戦で敗北した種族が、この世界に紛れこんでるらしい。そいつらは蟲とは違う翼があって、人間を蹂躙することもなく、『人間を生かす』そうだ。そんな変わったやつら、見たことないか?」
 わざと大天使やアークデーモンを小馬鹿にしたような口ぶりをした。相手の饒舌を誘えればいい。
「はっはっはっ!」
 笑う、アンティゴノス・テュポーン
「『人間を生かす』、だってぇ? 俺はしゃべれるようになったのは最近のことだが、ここいらの様子はこの目でしっかり見てきた。お前たちのような召使いでもなければ、生かす理由なんかねぇ。そんな種族は見てねぇな!」
 こっちは、乱暴者タイプか。
 どこの『目』で見たかは定かでないが、真ん中の首が喋る内容に、わざわざウソが混じっている印象は受けなかった。
 エイレーネは、観客側をちらと眺める。
 騒いでいるのは変わらない。この大会じたいが初めての経験だ。段取りなどないから、ウェアキャットだか人間だかが現れて、選手になにか世話を焼いていたとしても、その意味はわからないのだろう。
「周りの仲間を見ていると、あまりにも愚かだと感じませんか? きっと、策謀を語り合う戦友にも信用に値する指導者にもならないでしょう」
 本心も含めたエイレーネの言葉を、テュポーンは首を上下させながら聞いている。
「それこそ法正のように賢い者がもっと仲間にいれば、もっと満足いく会話が楽しめるはずですよね」
「確かに」
 肩についたほうの口が喋りだす。
「我はもっと賢くなりたい。我の部族は、知性が戦力に変わるのだ。もっと話して、賢く、強くなりたい」
 エイレーネは、より具体的な言葉を使った。
「そう言えば……。『大天使』や『アークデーモン』と呼ばれる者たちが、このディヴィジョンに来ているとか。彼らの中には、亜人に引けを取らぬ武力と高い知性を兼ね備えるジェネラル級も少なからず存在するようです。一度顔を合わせてみてはいかがでしょう?」
「会いたい。そんな方がいるのなら。だが、我は聞いたことがない。大天使もアークデーモンも。ましてやジェネラル級のそんな種族も」
 期待したような情報ではなかった。
 けれども、この地域においては、エゼキエル勢の有力者が権力を持っているということはない、という現れなのかもしれない。
 尊大くんも、乱暴者も、戦いに集中しはじめた。
 エイレーネにも、錬晏にも、同様なことを言う。すなわち、バトルロイヤルで生き残り、花嫁をめとって亜人たちの父となれば、もっと広く知見を得られる。
 その時には、めずらしい種族の話も耳にするだろう、と。
「ちょっと! 選手に混じっているのは、ディアボロスじゃない?!」
 女性型の亜人が叫ぶ。
 場が、混乱してきた。

「(潮時か……)」
 夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、仲間に目配せする。
「エイレーネ殿の言う通り、大天使・アークデーモン亜人との相性は最悪で、少なくともスサでは、エゼキエル勢の活動はないものと見える。そこまでが分かれば、今回は十分だろう」
 ディアボロスたちは頷きあい、素早く戦闘準備を整える。
 女性型亜人の言葉を、バトルロイヤルの選手たちの一部が開始の合図と勘違いしていた。トループス同志で攻撃しあうなか、衛兵は乱入者を捕えようと広場の戦闘エリアへと入ってくる。すると今度は、参加資格の無かった観客が、飛び入りの解禁だと、これも勘違いしてなだれ込んできた。
 もはや、誰が何をしているのかわからない、『アンティゴノス・テュポーン』たち。
 大混乱に乗じ、錬晏は弾かれたようにダッシュする。
 身をかがめた姿勢で、群れの中心部に突入した。外套は勢いよく脱ぎ捨てられ、愛刀である黒龍偃月刀の柄が、地面を強く叩く。
「復讐者・錬晏。この大会の勝者となり、花嫁はもらい受ける!」
 柄の先から、衝撃波が走った。
 噛みつきあっていたテュポーンが、吹き飛ばされる。
「『ΕΞΕΛΙΞΗ』……!」
 立った姿勢を維持した一体がいた。
 急激な自己進化とやらを起こしたのか。両腕の肘から先が刃物だ。
「私も、花嫁をもらうぞ!」
 正確な発音で喋り、手近な同族の、首をはねてしまう。
 頭を失ったテュポーンは動かなくなるが、遺骸を押しのけて立ち上がった個体には、小さな翼がいくつも生えている。
「ミーこそが、お婿さんにふさわしいデース!」
 次々と進化体が現れ、アヴァタール級は『研究のとおり』と歓声を上げているようだ。すると、ウェアキャットのひとりが、そうしたテュポーンたちの前へと回り込む。
「クロノヴェーダの皆様、ごきげんよう。ミィのこと、お見知りおきくださいましね」
 ミィミ・ミィ(里親募集中・g09552)だった。
「ユーは花嫁ではないデスネ?」
「蟲の力で改造された女じゃないな。猫の召使いはあっちへ……」
 翼と刃物が困惑しているところへ、ミィミは爪をたてて飛び掛かった。
「子猫だからと侮る勿れ、お覚悟なさいませ!」
 『Fight like Kilkenny cats(キルケニーノネコ)』は、爪を刃のごとき切れ味にする技。猫のように引っ掻き、猫のように逃げる。黒い怪物たちのあいだを跳ね、翻弄する。
「命あっての物種、これがミィの戦い方ですわ」
 むしろ、野性味を感じる。
「ミーが、ミィに負けタ……」
 半端な知性化体は、切り殺された。
 客席から押し寄せてきたよりも、テュポーンの数が増えている。恐らく増殖、あるいは分裂か。
「うおおおーん!」
 言葉は不自由でも、勝者への報酬は理解している。
 怪物たちのあげる咆哮を押し返すような、怨嗟の叫びがこだました。
リア充は死ねぇぇぇぇぇい!!!!!」
 桐生・巧(リア充スレイヤー・g04803)だ。魔改造エアガンを連射する。
合同結婚式だとぉぉお! 赦せるものかぁぁあ!」
 増殖するさきから、弾丸が殲滅する。
「結婚相手を得られる機会があるだけでもぉぉ、リア充認定ぃぃぃ!」
 やがて、呪詛の気持ちが高エネルギーに変換され、衝撃波となってトループスを襲うのだった。巧のパラドクス、『リア充退散インパクト』だ。
 乱入してきた者たちはもちろん、衛兵たちも打ち倒される。
 エアガンの乱射は続く。
 敵認定に屁理屈をこねがちな巧だが、スサでのこの催しには一切の迷いがなかった。退散インパクトの威力も高い。
 戦闘が進むと、これはバトルロイヤルではなくて、敵の襲撃であるとトループスたちも理解した。
 残っているのは、やはり知性化の進んだ花婿候補たち。
 慣れない言語を操っていたが、咆哮で連携を図りだす。
「いくら話せるようになったといっても、闘いの場となれば、獣に戻る、か。声がでかいだけで、俺の矛先が鈍ると思うなよ!」
 錬晏は、偃月刀を構え直す。
(「奴らの連携に音を使っているのであれば、その規則性を読み取れないか」)
 もし、会場に登場したときのように、軍隊としての行動をとってこられたら、もっと苦戦したかもしれない。烏合の衆では、連携も単純で、錬晏にも見破ることができた。
「咆えろ!」
 闘気をこめて、『黒龍の咆哮』を振るう。
 トループス級亜人『アンティゴノス・テュポーン』の隊列は崩れ、散り散りになって滅びる。
「ああ……あああ……! 理論は完ぺき、実験は上手くいきそうだったのに!」
 嘆く、女性型の亜人
 アヴァタール級『魔女メーデイア』は、短剣と薬瓶を握りしめた。ドレスの裾から複数の蛇が、鎌首をもたげる。

 薬瓶の中身が、辺りに振りかけられた。
「『王女のための呪い火』よ、いまいましいディアボロスらを焼き尽くせ!」
 魔女メーデイアは、バトルロイヤル会場の一段高くなったところにいる。薬品のほとんどは、倒された『アンティゴノス・テュポーン』の死骸にかかり、それらを燃え上がらせた。
 攻撃よりも、敵を寄せ付けない壁として、炎を利用するつもりらしい。
 トループス戦に参加していなかった宇都宮・行(一般的な地方公務員・g03895)は、主催者席の裏側で小型拳銃『鬼怒』を抜く。
(「一般人たちは、建物から脱出できたようです。彼女たちが集落を離れて安全な場所に至るまで、まだあと少し……」)
 亜人たちの注意をひくため、アヴァタール級へと挑みかかった。
「行さん、加勢するわね」
 緋室・エマ(スカーレットガード・g03191)だ。
 元ボディーガードにして、素手格闘に秀でたバウンサー。クロノヴェーダから人々を護るためなら、どんな労力も惜しまない。時間稼ぎをしつつも、花嫁奪還の意図を隠した。
 背後をとられ、魔女メーデイアはますます不機嫌になる。
「ちょこまかと! 『ヒュプノスの竜眠術』でおとなしくしていて!」
 眠気を起こす魔術だ。蹴りを放ったバウンサーの、軸足がふらついた。行が拳銃の照準を合わせる。
「エマさま、姿勢を低くしてください。……射撃強化『与一(ヨイチ)』!」
 集中力を増すことで、味方の後ろから放った銃弾を、敵にだけ命中させた。
「くッ、うう、……薬瓶が!」
 亜人の上半身に火花が散り、黒いドレスにも穴があく。左手をかすめた一発が、薬液を飛び散らせた。魔女メーデイアは短剣をかざして引き気味になっている。
 しかし、まるでアヴァタール級の意思から独立しているかのように、裾からでている蛇たちが、エマを締めつけようと巻き付き始めた。
「使えるものは、なんだって使うわよ!」
 エマは、燃えさしになっていたテュポーンの首を差し出す。大蛇は誤って、目鼻のない頭部に絡みついてしまう。すかさず、『クイックアサルト』で異空間に繋がる穴からバールのようなものを取りだすと、魔女の下半身に打ちつけた。
「痛いっ、痛いじゃないの! ……実験に乱入するし、不意打ちに隠し武器、あなたたちひどい!」
素手で戦うとは言ってないからね。蛇とはちゃんと、繋がっているみたいね、メーデイア!」

 合同結婚の式場になるはずだった広場は、赤々と燃えていた。
 アヴァタール級亜人『魔女メーデイア』によって試されたトループス級が、処分とばかりに炎の薬液を浴びたからである。
「侵略者どもで実験、か」
 自分が切り伏せた『テュポーン』の亡骸を横目に、夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は魔女へ視線を向ける。
 火の囲いのむこうへと。
「人を人と思わぬ『法正』の所業もだが、お前も大概だな」
 朱殷の闘気が偃月刀の刃に纏わりつき龍頭を模した。錬晏は、『エアライド』を使って、燃える亡骸を一気に飛び越す。続く、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、『神護の長槍』と『神護の輝盾』を抱え、短時間の『飛翔』を行う。
「真正面から戦えば脚の蛇に邪魔されることになりそうですね。異なる角度から攻めてゆきましょう」
 敵の頭上をとった。
 偃月刀が、袈裟懸けに振り下ろされたところだ。
 接近戦を挑んでいたディアボロスたちは、蛇足から逃れて散開した。アヴァタール級は短剣をふるい、錬晏も下がらせると、その刃に何か細工をする。
「研究成果のひとつ、『プロメーテイオンの短剣』よ。盾だろうと鎧だろうと貫き通すわ。魔女メーデイアの術を味わいなさい!」
 見れば、切っ先をうけた錬晏の大籠手に、深い裂け目ができている。
「動かぬ右腕に痛覚はない」
 リターナーの戦意は、剣が肉に達したところで落ちはしないようだ。しかし、あの切れ味は。
「神話に語られる、力もたらす薬を塗りつけた剣。それを模倣する魔女……」
 エイレーネは警戒し、輝盾を身に引き寄せたが、ふと心に浮かぶものがある。
 知らず、クロノヴェーダに思いをぶつけていた。
亜人どもを許さず、人々のために尽力する、一人の魔女をわたしはよく知っています。彼女は魔術の女神ヘカテー様に仕え、その系譜に連なる神代の魔女への敬意を絶やさぬお方です。彼女と共に戦ってきたからこそ、あなたが伝説の魔女の名を騙り、冒涜しているのが許せません!」
 気迫に、メーデイアは顔を上げる。
 ひとりのファランクスランサーが、超加速を乗せた槍を突きたて真っすぐに降りてくる。
「どんな盾だって効かないって言ったでしょ!」
 薬液にまみれた短剣を差し向ける。
 神護の輝盾は横に振るわれ、短剣を弾いて狙いを逸らした。
「『舞い降りる天空の流星(ペフトンタス・メテオーロス)』!」
 神護の長槍が、亜人の身体を深々と穿ち、勢いあまって地面にたたきつける。
「エイレーネ殿……」
 錬晏は彼女の言葉を聞き、因縁浅からぬと察する。闘気の色彩が消え、黒い靄が湧きだすと、佩楯と胸当てを形成した。
 ネメシス化だ。
 生前の戦装束に近づくことで一層戦意を高めていく。
「『鋭鋒噛砕(エイホウゴウサイ)』、我が刃は牙の如く――!」
 霞は『踢腿飛針』、履物に仕込まれた暗器にも宿った。今度は、錬晏の両足が龍頭を模した形状に変化する。倒れたアヴァタール級の下半身、すなわち蛇の頭へと、龍が襲い掛って噛み砕く。
「痛い、痛い痛いッ」
 魔女メーデイアは、その場に縫い付けられたようになり、逃れることはかなわない。ドレスの腹には、長槍が突き立ったままだ。
「――覚悟なさい!」
 柄を持つ手が燃え上がった。エイレーネは破壊の熱を送り込む。
「ああああ! わたしが、こんなところでぇ!」
 一般人女性を改造し、テュポーンの集落で合同結婚式を行なおうとした目論見は、潰えた。アヴァタール級の身体も、炎のなかに朽ちる。
 花嫁にされそうになった10人が、無事にミウ・ウルに保護されたのを見届け、ディアボロスたちは帰途に就く。
 錬晏が、蟲将の名を口にした。
「あとは『法正』を――……」
「ええ、これだけ計画を妨害してやれば、スサでの戦いは新たな局面を迎えることでしょう。……異邦の将なれど、その悪辣さは亜人と同等です。蛮行の報いは受けさせます」
 エイレーネはかのジェネラル級にも感情を抱いている。錬晏は深く頷く。
「必ず尻尾を捕まえて、討ち取ってやる」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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全文公開『ザミエル、復讐の果て』

ザミエル、復讐の果て(作者 大丁)

 もはや、拠点を守りきることはできない。
 ディアボロスの襲撃を受けたマン島では、ジェネラル級竜鱗兵『ミセス・モーガン』が、他のジェネラル級に声をかけていた。
 すなわち、『復讐の魔弾ザミエル』、『愛吹かす者フュルフュール』、そして『ネビロス』にである。
「グィネヴィア様から、皆さまを護るように申し付かっています」
 ミセス・モーガンは受けた命令と、自身の決断を打ち明ける。
「ここは、私が防ぎますので、撤退を」
「……」
 最初、ザミエルは黙っていた。
 骸骨のような顔の、眼窩の奥に灯る赤い眼。ただ足元から、カリカリと耳障りな音が聞こえる。
 右足の機械化された爪が、床を引っかいていた。
「命令には従おう。……後でな」
 そう告げるとロングコートをひるがえし、護衛を引き連れ退出する。
 三人のジェネラル級を見送ったあと、ミセス・モーガンは呟く。
「あの方たちは、グィネヴィア様の作戦の為に重要です。失う訳にはいかないのです」

 新宿駅グランドターミナルには、作戦の進展にともなったパラドクストレインが出現していた。
「『第二次マン島強襲作戦』は、最大限の成功を収めつつありますわ」
 時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)が依頼内容を伝える。
「防衛は不可能と悟った敵のジェネラル級が、マン島から脱出を試みようとしているようです。現在も、拠点強襲作戦は続いていますが、皆様には、撤退しようとするジェネラル級を狙い打つ決戦部隊として、マン島に向かっていただきます」
 人形遣いは、四枚のクロノヴェーダの資料を掲出する。
 そのうちのひとつを指差した。
「戦うべき敵は『復讐の魔弾ザミエル』です。皆様は、三体のジェネラル級が、城から抜け出したところへ先回りできます。ザミエルは、フュルフュールとネビロスを逃がして、その場で戦いを挑んできますから、これを受けて撃破してください」

 四つの印のついた地図も張り出される。
「パラドクストレインで、強襲作戦が行われているマン島拠点から少し離れた場所に移動し、敵ジェネラル級の退路で待ち伏せる事になります。ザミエルとの戦闘は、彼が城壁を背にしたかたちで行われるでしょう。敵が脱出できないように、退路を遮断する必要もあります」
 ファビエヌによれば、一辺を城壁とし、半円型の包囲を維持できれば可能だという。
「ザミエルはアークデーモンなので、飛行能力を持っているものの、マン島が陥落しかけている状況では、目立つ行動をとればディアボロスに撃墜されてしまうと考えています。急降下攻撃もしてきますが、舞い上がるのは城壁の高さまで。これは、護衛するトループス級『ガーゴイルガンナー』の戦闘方法も同様ですわ」

 ファビエヌは、プラットホームへと降りる。
 ふと、物憂げな顔になり、そこから見える景色へと視線を彷徨わせた。
 車内のディアボロスたちへと言葉を付け加える。
アークデーモンを利用して、最終人類史に侵攻しようとする、王妃竜グィネヴィアの計画を阻止してくださいませ。王妃竜をアークデーモンが利用しているのかもしれませんが、どちらにせよ、新宿島不在の東京23区への侵攻は許すわけにはいきませんから」

 敵の姿はない、と報告された小さな門から、ジェネラルとその配下たちは城外へと出た。
 このままマン島からの脱出を計れるはずだったのに、そこには待ち伏せがいたのである。
 ディアボロスだ。
 武器をとり、詠唱をし、逃がさぬ構えで迫ってくる。
 人形遣いに案内されたチーム、とはジェネラルたちのあずかり知らぬこと。
 それどころか、『復讐の魔弾ザミエル』にとって一人ずつの顔は重要ではなかった。
「ミセス・モーガンの願いは聞きたかったが、やっぱりダメだ」
 骸骨が、詫びるように頭を垂れた。
 様子の変化に、『愛吹かす者フュルフュール』と『ネビロス』はいぶかしむ。
ディアボロスへの復讐が我慢できないんだ」
 ザミエルはライフル銃を構えようとする。
 戦ってはならない、命令は撤退だと、ほかのジェネラルが諭そうとも、赤く光る眼は燃え上がる。
「なぁに、こいつらは俺が倒してやるから、先に行ってろ」
 右足の鉤爪が地面に食い込む。
 フュルフュールとネビロスは頷き、脇から逃がされるようにして、去った。
 この地こそ、ザミエルの復讐の果てとなるか。
 残った配下とともに、待ち伏せチームに攻撃を仕掛ける。

 人形遣いの話によれば、二体のジェネラル級は別の案内人が組織したチームの迎撃を受ける手筈になっている。この場のアークデーモンには、撤退も残留もさせない。
 ディアボロスたちは突撃した。
 走りながら、武器の封印を解く、呉守・晶(TSデーモン・g04119)。
「豊島区以来になるなザミエル、随分と久しぶりに感じるぜ」
ディアボロス撃滅作戦に参加したジェネラル級として覚えているよ。相手は戦いたい気持ちを抑え任務を遂行しようとしていた……。私だって決着をつける機会を待っていたんだ」
 アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)が構えるのは、『Day Braek of Leo』。黄金で装飾された分厚い大剣だ。
 袖口から万能ナイフを取り出す、光道・翔一(意気薄弱なりし復讐者・g01646)。
「……奪還戦も近い中、漂着したアークデーモンの尻尾をいよいよ掴むことができたって訳だ」
「仲間達の獅子奮迅の活躍により、ジェネラル達を追い詰められる」
 頷く、ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)。彼には『妖精の加護』がついている。
 ナイフは手品のように虚空に消えた。
「……といってもまだまだ逃走阻止できるかは予断を許さないって感じだが……それでもまたとない好機だ」
「ああ、決して逃せない好機だ。必ずや奴等の首級を一つでも多く狩り、この地に正義を示さねばならない」
 騎士のそばを、妖精が飛んでいるような燐光がちらつく。
 ザミエルは、配下たちを前面に押したててきた。
ガーゴイルガンナーかぁ、確かにちょっとドラゴンっぽいよね」
 頭の上で、光を灯す、ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)。翔一のナイフがまた消える。
「…先ずは配下だな。敵の大将と同じく銃使いか」
「武器以外は見た目的に中々このディビジョンに馴染んでるし、暮らしやすかったのかな?」
 ハニエルの天使の輪には、『ヘイロー』という名がついている。
「ともあれ、ザミエルが此処を死に場所に選んだのならな」
 晶の魔晶剣は『アークイーター』。
「いやー、私情で居残るボスに付き合わされるなんて、配下達も災難だよねぇ。『復讐が我慢できない』なんて……あははっ、ディアボロスじゃないんだからさ」
 嗤う、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)。
 榴弾砲に取り付けたチェーンソーもあわせて唸った。
「わたし達も、あなた達に奪われたものを取り返すための復讐で動いているから」
 シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)は白銀の長杖、世界樹の翼『ユグドラシル・ウィング』を握りしめる。 魔晶剣の切っ先で、地図をなぞる真似をする晶。
「俺らディアボロスに言うとはな。そんなに復讐に拘るなら火刑戦旗ラ・ピュセルに行けばよかったものを」
「成程のう。それほどまでに妾達が憎いか。じゃがそれはお互い様……という訳じゃ」
 『デストロイガントレット』から、マユラ・テイル(みすてりあすじゃ・g05505)は鉤爪を引きだす。
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は、『巨大魔導狙撃銃・零式』が、より重くなったように感じている。
「その心は綾音ちゃんもよーくわかる。だって綾音ちゃんもTOKYOの復讐者だしね。でも譲れないものってのもあるんだ。だから――」
「どちらが先か、後かなんてものは関係ありません。私たちはただ私たちの世界を守り、取り戻すために戦うのみです!」
 『魔法発動デバイス:"Morgan"』、園田・詠美(社畜(元)系魔法少女・g05827)が携えるのは、機械化された『魔法使いの杖』だ。
 互いの表情がよく見える距離にまで、接近した。
 指差すかわりに鉤爪を差し向ける。
「被害者ぶるでない、あーくでーもんよ。妾達はえぜきえるの土地を……否、東京を取り戻したのみ。妾達こそ、正当なる大地住まう者じゃ」
「何の抵抗も許さず東京を盗んでいったのはあいつらなのに、よく言うよぉ」
 『ダブルチェーンソーブラスター』は、回転数をあげた。
「随分危険な策を練ってたみてーだし、ここで確実に仕留めとかねーとな」
 消えるナイフは、亜空間に蓄えられている。
「東京に攻め入るなんて許さないよ、ここで私達がやっつけてやるんだから!」
 『ヘイロー』は輝き、『アークイーター』は変異した。
「すぐに相手をしてやるよ!」
「護衛から引きはがしに行くっ」
 大剣から獅子のオーラがのぼり、機械杖が起動する。
「さぁ、ここまで来たのなら真っ向からぶつかり合いましょう!」
「わたしは、あなたを倒して先に進むよっ!」
 差し向けられる『世界樹の翼』。担ぎ上げられる『零式』。
「さあ、やりあおうか?」
 騎士の防具は、妖精と一体となった。
「いざ、参る」
 一部のアークデーモンは翼に揚力を得た。
 高く飛ぶよりも、宙に浮くようにしている。
「飛翔移動には注意だね」
 シルは、『世界樹の翼』を『type.B』に変形させる。魔法の杖からバスターライフルへ。
 ディアボロス側にとっても、砦をはみ出す上昇は危険だ。マン島拠点側からの流れ弾が飛んでくる危険がまだある。
 足を止めて、仰角をつけた初撃後は、ジェネラル級の所在を気にしつつ動き回った。
 牽制の通常誘導弾も混ぜていく。
 頭上のガーゴイルは、魔弾をばらまいてきた。
 その合間をぬって、機械化魔法杖には、詠美のプログラムが流し込まれる。機械的な発動音と、シルの高速詠唱が、奇妙なハーモニーを奏でた。
「空を舞う風の精霊よ、銃口に宿りて、すべてを穿つ力となれ!」
 『裂空絶砲(エア・インパクト)』、ガーゴイルたちが組んだ空の陣を抜けるように、無数の風属性の魔力弾が撃ちだされた。
 風弾にバランスをくずすアークデーモンもいれば、シルめがけて急降下突撃をかけてくるものもいる。
「今回のわたしは移動砲台っ! どこから来ても、どこからでも、撃っていくからっ!」
 灰色のコウモリ翼にも焦らない。確実に一体一体仕留めていかなければ。
 計算の完了音。
「凍結弾精製装置、起動。『フリージングミサイル』!」
 詠美が機械杖から、冷気を封じたミサイルを発射した。シルに襲い掛かるガーゴイルを凍結させる。浴びせていた風属性弾のダメージに重なり、敵の身体は粉々に砕けて降ってくる。
「射撃を終えた瞬間は隙が大きくなるもの、ましてや上空からの急降下なんて大きな動きをするなら尚の事。凍らせていきますよ!」
 詠美は、攻撃を繋げることができて、上機嫌のようだ。シルも、セミロングの青髪についた氷粒を払うと、『type.B』をトループスたちに向けた。
「あなた達の勢いや覚悟はすごいけど……。でも、わたし達だって負けてないんだいっ!」
「そうそう、護衛だけでは私たちの相手は荷が重いと思いますよ!」
 次のプログラムが、走る。
 ガントレットの爪をたて、マユラが走る。
「妾は、地上におる取り巻きから退治させて貰うぞ。銃使いか、お揃いというやつかの?」
 ジェネラル級と配下に共通点があるのは珍しいことではない。マユラの問いは。
「貴様等も妾達が憎いか? 復讐心を燃やしておるのか? お互い様じゃ、それならば……どちらの意思が強いか、その勝負じゃ」
 鉤爪に炎を纏った。
 両腕の振りが残像になって、赤い帯をたなびかせているかのよう。詠美はその光景を目で追う。
「急降下による攻撃、足を止めていては良い的になるだけですよね……。私もこちらを狙う敵に注意を向けながら動き続けて、直撃を狙いにくくなるようにしよう」
 魔法発動デバイスを抱えた。
 頭の上に魔力障壁を展開したまま、居場所を移す。マユラのように華麗にとはいかないが、次のミサイルが発射できるようになるまでは、これでガーゴイルのダイブをしのぐのだ。
「燃えよ我が魔力……『爆炎爪(バクエンソウ)』!」
 赤い帯が、彫像にまとわりついたように見えた。
 爪の間合い、近接攻撃が届く距離まで近付いて、ガーゴイルを切り刻んでいた。
「貴様等の復讐心ごと、燃やし尽くしてくれようぞ!」
「マユラさん、すごいよー! ……わー!?」
 詠美が頭を引っ込めると、ほんのちょっと上を、ガーゴイルがかすめていった。
「あぶなかった。お手本どおりにしたら避けられた。研修は大事です。……ん?」
 銃弾をバラまきながら接近してくる一団。
 奴らも鋭い爪を持っている。
「銃撃と近接攻撃、連撃とは厄介じゃの。……回避は無理じゃな!」
「アレぇ?!」
 避けるために走っていたのではなかった。詠美のチラ見によると、マユラは集団の『ショットアンドクロー』を受けきるつもりのようだ。
 銃撃は炎の鉤爪で弾き、命中する弾数を減らす。
 いくつか喰らっても、敵の動きからは目を離さない。爪が何処を狙っているのか見定め、バトルガントレットの装甲で防御した。
 体勢を固持したところからの、爆炎爪をきめる。
 敵の一団もまた、マユラの間合いに立ち入っていたのだ。
「やー。あれは真似しちゃダメね。おっと、計算完了、凍結弾精製装置!」
 ミサイルが、ダイブしかけの敵めがけて飛んでいく。
 では、封印を解いた魔晶剣は、『ショットアンドクロー』にいかに対処するか。
「攻撃のタイミングを計りやすくしてやるぜ!」
 晶も、ばら撒かれる銃弾に怯まない。
「こっちから突っ込むぞ!」
 備えるどころか真正面から挑みかかっていった。魔晶剣が、いわゆる斬り払いによって銃撃のなかを前へ進ませる。ガーゴイルの爪が振り下ろされるまで、あとわずか。
「たかが一秒、されど一秒だ」
 計っていたのは、この瞬間。
 爪攻撃に替わるところを先んじて、魔晶剣アークイーターが敵の胴体を袈裟懸けに斬った。
 コートの袖がついたまま、爪をとがらせた石像の腕が、晶の脇をすっとんでいく。
 突貫する相手を探し、魔創機士と彼の武器は、勇猛さを増すのだった。アークデーモンのトループスたちは、翼をひとかきして後方に飛び、城壁の高さを背負うかたちで仕切り直そうとする。
「逃走の援護をされては厄介だな」
 地上の敵と、いったん退いたザミエル、そして攻撃を仕掛ける仲間たちの動きを見たラシュレイは、自身も飛翔する。
 シルから指摘されたとおり、他の戦場から狙われない様に必要以上の高度は取らない。
「あくまでも、ガーゴイル共と同じ闘技場に立つだけだ」
 上昇とともに、キラキラとした燐光を宙に残す。妖精からもらった『浄化』の力を解放していた。
 接近する燐光めがけて、『石化の魔弾』が放たれるが、浄化が呪いを遮り、ナイトシールドが魔弾を受け流した。
「光よ!」
 ラシュレイの手元がひときわ明るくなる。
 配下たちは空中で決着をつけようと突撃してくるが、妖精剣の切っ先に達した燐光は、それを『破邪の剣』に変えた。
「『光輝疾走(デイブレイクソード)』!」
 すれ違いざま、数枚のコウモリ翼が、切断されて散る。
 ヒラヒラと落ちてくる残骸を見上げて、ハニエルの天使の輪が力を増した。
「ラシュレイくん、やるね☆ とゆー事で、私も飛翔♪」
 機動力を確保した上で、敢えて目立ち、敵の攻撃を引き受けるつもりだ。空中での戦況を伺っていた翔一は、地上でも同じことを試みる。
(「初めは撃ちこまれる位置を見切っておいて、っと」)
 ダッシュやジャンプで魔弾を回避していく。
 にもかかわらず、覇気の薄い、ぼんやりした翔一の表情。それが幸いしたか、ドラゴンにも似た石像たちは苛立った。牙を剥きだしトリガーを引き続けている。
(「そろそろか。わざと魔弾へ当たりに……。といってもモロに喰らわず掠めて呪詛はもらっとく程度にだが」)
 『亜空仕掛けの刺突罠(サブスペース・スタブトラップ)』をチェックしておいてから、翔一は転倒してみせた。アークデーモンたちは、自分の撃った弾が当たったと主張しあいながら、我先にと飛翔突撃に出てくる。
(「最終的に接近してくるのが分かってるならそれを使わない手はねぇ」)
 亜空間に溜め込んだ、スローイングナイフが高速射出されてくる。
 仕掛けをし、自らが餌役になり、そして不意打ちである。
 地面に転がって見た空を、ラシュレイが横切った。全身に燐光を纏い、高速で飛び回りながら敵を片端から切り払う。彼が斬ったぶんか、ナイフが貫通したぶんか、翔一のまわりでドサドサと、重量物の落下音が連続する。
「……せいぜい気をつけな」
 身を起こすと、撃破されたガーゴイルたちの骸を確認した。
 忍ばせたナイフは、まだ十分な本数がある。ふと、敵意とは別の視線を感じてたどると、綾音だった。
 いつもの笑顔ではないが、適度に心配しているような表情。あの、巨大な魔導狙撃銃を片手で掲げ、ジェスチャーからすれば、翔一にもその下に入るか、たずねているようだ。
 銃身で敵の魔弾を防いでいるらしい。被弾して、呪詛で動けない仲間を助けようとしている。
 雨が降ってきたよ、傘がないなら綾音ちゃんと一緒に使う?
 身振りはそんな感じ。
「あー……まぁ、ダイジョウブ」
 翔一も、身振りで辞退を申し入れた。
「そっか。怪我じゃなくて良かった。なんなら石化されたとしても逆にその硬さが活かせるもんね、多分」
 綾音は『流星剣』を展開する。
「天の星は剣となりて道切り拓かんと……!」
 鋼属性の魔力で生成し、光属性の魔力をエンチャントした剣が、空中のガーゴイルよりも高いところから降り注ぐ。自分にむけて撃って来ていた敵は、突撃にはいる隙に串刺しになった。ハニエルへの魔弾は、ちょいちょい命中している。
「石化させられるのは勘弁だけど、こっちだってちょっとやそっとの呪詛に負けたりなんてしない!」
 天使の輪に全力を出させている。
 巨大武器の下にいれるのは無理そうだったから、綾音は魔弾の射線をふさぐように、剣を降らせた。鋼属性がハニエルを護ってくれたようだ。射撃中の敵の下へと急いだ。
灯台下暗しを狙っていくぅ!」
 傘ではなく、魔導狙撃銃としての『零式』の出番である。
 援護を受けて立て直したハニエルは、解放したオーラの防御力を信じて攻勢に出る。ガーゴイルの突撃に、こちらも飛翔で応じた。
「ザミエルの護衛になっちゃったのが運の尽き!」
「おのれ! 我が主君を愚弄するか!」
 トループス級は、歯を食いしばる。
 綾音が覗くスコープごしにも、激昂が映った。
「君達も相当復讐心があるのはわかるけど……こっちも生憎負けてあげるわけにはいかないからね」
 結局、マジ天使の飛翔は引き付ける役で、綾音の流星剣がその個体にとどめを刺した。
ハニエルぅ!」
「囲まれないように注意だよっ!」
 アンゼリカも、大声をだして警告する。ちょっと、高度をとりすぎだ。回避を続けていると、敵があまり飛びたくない高さへと入りこんでしまう。
 ややもすると、上方向に追い詰められかねない。
 見ているあいだに、別のガーゴイルが、アンゼリカへとダイブしてきた。
「上は仲間に任せる。少しでも早く、1体また1体と倒していこうっ」
 視線を自分の敵へと集中させた。
 黄金の大剣を構える。
 ヘイローの輝きは、最高潮。
「ハニィちゃん、マジ天使なので!」
 頭の上のほかに、回転する無数の光の輪を出現させている。
 『リングスラッシャー』と魔弾は撃ち合いになり、撃破されたのはガンナーたちのほうだった。天使を空に追い詰めることなど、アークデーモンには出来なかったのだ。
「さよなら、ドラゴンっぽい人たち。ザミエルだって、逃がさないんだからね!」
 地上への激突で砕けた石像。
 急降下攻撃のすえに、地上戦に戻った護衛のトループス級。アンゼリカたちディアボロスは、残った敵を始末していった。
 仲間で息をあわせ、挟撃するように足を使って動く。
 ガーゴイルの数が減ったことで、パラドクス通信で意思疎通する余裕も出てきた。
「空中戦を得意とする相手みたいだったけど、空からバンバン撃ってくるヤツは片付いたかぁ」
 燐寧は、布陣を整えるのに苦心していた。
 敵も味方も、上も下も、お互いの隙や側面、背面のカバー。
 がんばった甲斐もあって連携は成功したようだ。
「あたしも相応のお返しをした方がよさそうだねぇ」
 『ダブルチェーンソーブラスター』を抱えた。
「燐寧、仕掛けるタイミングを合わせて一斉に切り込むよっ」
「いいねぇ、アンゼリカちゃん。逃げ場のない城壁のカド側に押し込もうよ」
 ディアボロスに追い詰められ、トループス級アークデーモンガーゴイルガンナー』は、護衛としての最後の抵抗を示した。でたらめに爪を振り回してくる。
「ウオオオ! 主君を護れェ!」
「狙いどおりにはいかせないよぉ」
 ふたつもついているチェーンソー刃が、クローを弾き、へし折った。燐寧は、武器を砲撃姿勢に構える。
 アンゼリカは、『Day Braek of Leo』に、獅子のオーラを立ち昇らせている。
マン島に集った敵は全て倒す。アークデーモンに好きにはさせない。その心とともに私の雷光よ、輝けぇっ! 『雷剣波紋衝(ライケンハモンショウ)』!!」
「不運なきみ達には悪いけど、さっさと死んでもらうよぉ。生憎、こっちは我慢する必要もない身分だからねぇ。『闇雷収束咆・迅雷吼(プラズマ・ダーク・ハウリング・ブリッツ)』!」
 ふたりの身体に別々の力が宿る。
 いっぽうには怒りの雷光。
 もういっぽうには成仏していく怨念。
 大剣は輝きながら、ジェネラルの配下を薙ぎ払う。榴弾砲はガトリング弾のような怒涛の連撃を吐きだして、すべてにトドメを刺した。
「トループスは終わったよっ」
 シルがまっすぐ見据えるさき。
「……護衛は全員倒していよいよアンタ一人だけだ」
 翔一は、ボサボサの髪ごしに目を光らせる。綾音が相手の名を呼んだ。
「ザミエル……やりあおうか。綾音ちゃん達の、復讐の戦いを」
「新宿決戦で重傷を負わされた復讐なんてちっぽけな復讐にプラスして豊島区とマルコシアス、そしてTOKYOエゼキエル戦争の復讐を果たせるなら果たしてみな!」
 晶が並べ立てると、痩身のアークデーモンは呻いた。アンゼリカも、思い出すことがある。
ディアボロスとは豊島区からの……。ううん、もっと前からの因縁だよね。いざ勝負! 決着をつけよう」

 ジェネラル級『復讐の魔弾ザミエル』の背後は、すでに城壁によって塞がれていた。
「なるほど、味方の撤退の殿を務めたか。単に命を捨てる覚悟とも見えぬ。騎士として、その勇猛に敬意を表しよう」
 妖精剣を引き気味に構えると、ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)はナイトシールドを掲げ、防御体勢を取る。
「だが、我等にも大義あり。ここで雌雄を決する為、退路は断たせて貰う」
 『パラドクス通信』を開いて陣形の指示を出した。ディアボロス全員で連携し、敵を包囲封鎖するのだ。
 悪魔の翼は健在だから、逃げ道を塞ぐなら三次元的な展開が必要になってくる。
 砦の高さからはみ出さない位置に、天使の輪『ヘイロー』が位置した。
 他戦場から狙われない加減を把握しているのだろう。
 なおもアークデーモンが、頭上を越えようとするならば、狙撃を任せられる布陣がある。
 『ダブルチェーンソーブラスター』の威力はトループス戦でみたとおり。『ユグドラシル・ウィング』は射撃姿勢をとっている。
 巨大魔導狙撃銃の『零式』こそ補助的な扱いだが、『魔法発動デバイス:"Morgan"』と上手く組みあうに違いない。
 ジェネラル級の右足が、地面を掻いた。
 機械の爪で踏み切ってくるか。
 地上を移動しようとする動きならば、予測も出来よう。
 魔晶剣『アークイーター』と大剣『Day Braek of Leo』の切っ先が追従し、鉤爪つき『デストロイガントレット』が見逃さず、いざとなれば亜空間から、『万能ナイフ』が飛来する。
 ザミエルの突破行動に即座に対応するため、ラシュレイは反応速度が上昇する世界に変えていた。
 陣形全体の管理に集中する。
「もはや逃さぬ、とは言わん。貴公の望みは私達への復讐だろう。ならば私達こそ逃げも隠れもせん。かかって来るがいい」

 蝙蝠の被膜と機械化ウイング。
 ジェネラル級アークデーモンは左右で不揃いの翼を広げ、ディアボロスたちへとむかってきた。白水・蛍(鼓舞する詩歌・g01398)は、合図のひとことをパラドクス通信にいれて、詠唱へと入る。
「さて、ザミエル。年貢の納め時ですわね。先に倒れた者達の後を追わせてさしあげましょう」
 包囲と連携を維持するためだ。
 お互いの技の隙を埋め、標的にされている者に警告をだす意味もある。いま、悪魔の銃口が狙っているのは、シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)。
「……ザミエル、殿を務めるくらいにわたし達への復讐心が強いんだね」
 通信機からの合図で身構えた。
「この期に及んで逃げる……とは申しませんね? 逃げればその名の名折れですわよ」
 蛍は、敵に倣って低空の飛翔をつかい、シルとのあいだに割って入る。
 挑発の言葉は宙に消えた。
 確かに速いが、ディアボロスの陣を突破する意図は、ザミエルにはない。そう読んで、蛍は相対速度をゼロにして、パラドクスを発動した。
「貴方には我々を打ち破るか、此処で朽ち果てるかの二択しかないのです。さあ、参りますよ! ――我が音に応えて来たれ。死へと誘う薔薇の香を此処に。その香りも花びらも汝の命を手向けとなる!」
 薔薇の花々が、髑髏の顔を包む。
 『マルメゾンローズ』の香気が、その精神を蕩かし、動きを妨げるだろう。蛍の飛翔に後れをみせた。
 次の瞬間、花びらを散らして銃声が轟く。
 シルの身体がばったりと後ろに倒れ、蛍は地面と衝突して、大きく跳ねた。数回ころがったが、体勢をたてなおし、薔薇の香気を送り込もうと両手を突きだす。
「致命傷さえ避ければ問題はない。立っているのならまだ戦えます。そうでしょう、ザミエル!」
 前哨戦で、仲間が防御効果を溜めてくれたおかげ。
 ジェネラル級は答えないが、装備で防いだ被弾箇所がうずく。
 込められた復讐の念だ。
 あのアークデーモンは、立っているかぎり、戦ってきた。
「復讐心なら負けないよ、ディアボロスは。だって……」
 シルの声が小さく、通信に入る。彼女も銃撃の予測や、防御効果をつかって無事らしい。
「あなた達に奪われたものを取り返すために戦っているんだからっ!」
 チクリ、と痛みが。
 なにか思い出しかけたが、敵のパラドクスの術かもしれない。それよりも、低空飛行のむかう先がわかってシルは伝達する。
「ラシュレイっ、『復讐の魔弾』に気をつけてっ!」
 彼のほうでも察知していたようだ。ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)は、ナイトシールドを掲げた。
「事此処に至れば、もはやお互い語る事もあるまい。決着を付けるのみ。いざ、参る!」
 飛んでくるザミエルを、正面から待ち構える。妖精の燐光も薄く見えた。シルは、『世界樹の翼type.B』のモードで射撃体勢を継続し、高速詠唱も開始する。
 燐光は、妖精界より光輝く槍を召喚した。拝領するラシュレイ。
 アークデーモンの背中側から、先行してシルの援護が届く。すなわち、誘導弾の連射と、続く『七芒星精霊収束砲(ヘプタクロノス・エレメンタル・ブラスト)』。
六芒星に集いし世界を司る6人の精霊達よ、過去と未来を繋ぎし時よ…。七芒星に集いて虹の輝きとなり、すべてを撃ち抜きし光となれっ!!」
 増幅魔法術から四対の魔力翼が展開し、『type.B』への反動を支えた。
 属性の合わさった砲撃が、ザミエルの機械翼に命中する。火花を吹いたが、身体が少し傾いただけだ。ラシュレイにむけてライフルを乱射しながら突っ込んでいく。
 妖精騎士は盾も使いつつ、静かに槍を構えていた。
「我等ディアボロスも、復讐から生まれ其を力の源とする身。だが、各々その先に目指すものがある。命を賭した貴公の復讐には敬畏を払おう。故に、全力を持って打ち砕き、進ませて貰う!」
 まるで、銃弾に込められた憎悪と会話している気分だ。
 ラシュレイも、己が信念を槍に込め、更に輝きを高める。
「これぞ復讐を越える私の力、正義の光! 貴公の魔弾にも劣らぬ英雄の聖槍、その威力受けてみよ!」
 渾身の力を込め、槍を投げつけた。
 『英雄王の槍(ロンゴミニアド)』は、閃光と成しザミエルの身体を貫く。
 いや、体幹のどこかを突き抜けたようだが、撃破するほどではない。ボロボロのコートに、新しい穴を開けている。照準をつけていたシルからは、そう見えた。
「射手としてはあなたの方が格段に上だけど……。でも、魔力砲撃なら負けるつもりはないからっ!」
 くすぶっていた機械翼から、放電が起こっている。
 コートも発火した。
 色からすると、ラシュレイの槍であろう。貫いたさいに残した、浄化の光だ。眼下の奥で赤い目を明滅させたが、骸骨の顔に焦りのそぶりはない。
 翼を畳んで、着地する。まだ少しの距離があるラシュレイに、銃口は合わさっていた。
「百発百中の魔弾ならば、千発の弾丸に耐えてみせよう!」
 ナイトシールドに、撃ち込まれる念。
 魔弾を止めながらラシュレイは、仲間に陣形を狭める指示を出した。空を守っていたハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)が、高度を落としてくる。
「もう護衛もいないし退路も断った。ここで終わらせてやる!」
「シルさんも注意してたけど、『魔弾』は恐ろしいからね!」
 通信機からは、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)の慎重な声。
「『魔弾』? あ、ザミエルって『魔弾の射手』と言うオペラに出てくる悪魔じゃねぇか!」
 今度は、カルメンリコリスラディアタ(彼岸花の女・g08648)だ。
「同じオペラ由来の名前も何かの因縁だ、この手でザミエルを仕留めて討伐してやるぜ」
 仲間たちが、短く連絡をとりながら、包囲を縮めていく。上からながめるハニエルには、その様子がよく分かった。
 そして、敵の殺意も見える気がする。
「直接会った事はなかったはずだけど……この気迫、ディアボロスなら誰でも良いから復讐したいって感じだね」
 敵の武器のライフルは、囲みに対して乱射されている印象だ。ハニエルは弓で対抗する。
「復讐したいのは、こっちも同じ。他所のディビジョンでまで悪い事はさせない。もちろん新宿島に攻め込むなんてさせないよ、アークデーモン!」
 聖なる力を秘めたオーラによって作られた銀色に輝く矢を『エンジェル・ムーン』に番えた。
 やることは同じだ。
「よーく狙って撃つ。私の力を目一杯込めたこの矢で、そのハートを射抜いてあげる!」
 幾筋かの銀の輝きが、地上に振った。
 コートの上から射抜いているから、命中はしている。ザミエルの動きが変わらないので、効き目は不明だ。
「まぁ、悪魔のハートがどこにあるのかは分かんないけどね」
 するうち、空にむけても発砲されだした。
「言うだけあってすっごい怨念……」
ハニエルちゃん、降りてきたほうがよくないか?」
 気づかう、カルメンの通信音。彼女の装備にも着弾している。見えるように手だけ振った。
「流石にちょっとキツいけど、復讐者なんて呼ばれてる私達が負ける訳にはいかないね」
 天使はめげずに、オーラ全開で身を守った。
「よーし、よし! 俺は、『氷襲花』の護りの魔力の盾で防いで、致命傷にならないようにっと」
「ちょっとやそっと逃げたって無駄だよ、矢だけど誘導弾なんだから!」
 ハニエルはポジションを堅持し、魔弾から受けた圧迫からも平静を保った。
「どんなに強い復讐の念にだって怯まない! こっちも聖なる力でお返しだ! 弓じゃ銃には勝てないって思ってた? それが正しいかどうか……勝負だ!」
「退路断たれて殿を務めようがどんなに俺達への復讐心を燃やそうが、てめーの末路は俺達によって倒される……。悲劇どころかグランギニョルも真っ青なくらい超絶悲惨なバッドエンドだぜ!」
 カルメン心理的な抵抗を示した。
 そして、ロキシアが前に出る動きを見せる。
「いつもながらジェネラル級と戦うのは恐ろしいけれど、挑まないって選択肢は勿論無い。僕が戦えばそれだけ怖い思いをしなくて済む人が増える。だから……!」
 勇気をもって踏み出し、駆けた。
 合わせてカルメンが、援護の魔法砲撃を準備する。
「俺達には絶対に護るべき大切な存在がいるんだ! 大好きな新宿島にザミエルの魔弾なんぞ1発も届かせはしねぇぜ!」
 黒く煤けた機械の翼が、また開いた。
 ハニエルに牽制をしたのち、垂直に上昇しようとしている。ロキシアは、気を引こうとしているかのように、ヒール音を鳴らし、ヴェールを靡かせた。
「メンゲやイマジネイラの仇討ちさんかな? そんなに昔でもないのに。なんだか懐かしいや。どーぞ、かかってこい!」
「仇討ちだと……俺があいつらの?」
 無言で攻撃を繰り出していた『復讐の魔弾ザミエル』が、口をきいた。
「あんたこそ、俺の全力魔法砲撃な闇の魔砲……『曼珠沙華日蝕砲(ブラッディ・エクリプス)』を喰らって、とっととこの世から退場して消え失せやがれ!」
 空中で悪魔の翼を広げた相手に、カルメンがパラドクスを放つ。
 属性は闇だが、赤い花びらが舞い上がった。すでにあちこち焦がしたザミエルのコートに、花びらからの引火が起こる。燃える『デーモンウィング』が、ロキシアへと急降下してきた。
「鎖みたいに繋がって次へ次へと生まれるもの。僕らがやってることに正当性があるなら、きみの復讐も、きみの抱えた感情も真正面から受けるべきだって思ったのさ」
「だが、豊島区の支配者たちは違うな! メンゲはいいものをくれたが、我が主君は『狼魔侯・マルコシアス』様だった!」
 ザミエルの放つ衝撃波で、ロキシアは吹き飛ばされそうになるが、『魔槍』を地へ突き刺し身体を支える。『Moon-Child』を外骨格化させてダメージを軽減させた。
「障壁を張り、迎撃の中でも無理矢理に叩き込めるこの技なら、復讐心にだって、負けやしない!」
 さらに、秘めたる勇気を、己を守る障壁へと変えている。
 降下してくるアークデーモンに対し、魚雷の如き勢いで突進した。
「速度を乗せたランスチャージで敵を貫く! 『フィアレストーピード』!」
 ぶつかり合い、双方が跳ね返された。
 仲間の捨て身の攻撃でも、ザミエルはすぐに射撃姿勢に戻っている。ロキシアの無事を確認したのち、カルメンはこぼした。
「あれがジェネラル級かぁ……戦うのは初めてだが、気迫も何もかもが今までの敵とは桁が違う、かなり用心しなきゃな」
「そうだね。相手は攻撃にいくらでも感情を乗せられる状態。次にどんな一撃が飛んでくるだろう」
 ふと、ロキシアにも、直接の対戦は初めてでも、ザミエルとは因縁があることを思い出した。
 アークデーモンのジェネラル級が知れば、個人的な復讐対象になるのだろうか。
 障壁を破られ、負傷した箇所を押さえながら、ロキシアは攻撃の機会をうかがう。

 ライフル銃を構えたアークデーモンは、すぐには射撃にうつらなかった。
 コートの裾で、まだ炎が消えていなかったためである。戦意も消えていないがザミエルは警戒しつつ、それをはたいている。イルゼ・シュナイダー(サイボーグの殲滅機兵・g06741)は、ビーム砲のフルチャージを待ちながら、仕草を注視していた。
「ザミエル、ドイツの民間伝説を基にしたオペラに登場する悪魔の名前でしたね。ドイツ人として少々複雑な気分にさせられますね」
 無言で戦っていたザミエルが、先ほど少し口をきいた。
「……今更ですが少々聞きたいことがあります」
 イルゼはジェネラル級に問いかける。
「一つは、新宿決戦で重傷を負った、とのことですが……新宿決戦で実際、なにがあったのですか? 当時のディアボロスに、アナタに重傷を負わせるのも、ましてや大天使ヘルヴィムを斃す程の力があったとは思えないのですが」
 コートをはたく音だけが続く。
 ディアボロスの仲間たちも、武器や詠唱を準備しながらも、成り行きを見守った。
「もう一つは、世田谷区の支配者マルコシアスがアナタと共に豊島区に派遣したというジェネラル級アークデーモンのハーゲンティは、いったい何をしていたのですか? 結局、ハーゲンティは豊島区の戦いにも世田谷区の戦いにも顔を出しませんでした。まさか豊島区でただサボっていたわけでも、主であるマルコシアスの命令を無視して実は豊島区に行っていなかったわけでもないでしょうし、それとも同僚だったのにハーゲンティのことを知らないのですか?」
 人見知りのはずだが、こんな時はなぜだか口が回る。
 ザミエルは、イルゼの顔を見て、周囲のことも見た。
「お前らディアボロスのせいなのに、よく言うぜ。どちらの答えも、お前たちはもう知っている」
 右足でトントンと地面をついた。
 少なくとも彼は、それが新宿決戦でつけられた傷であると示したことがある。
「ハーゲンティなら、豊島区に派遣されて、大同盟に加わっていた。いっしょに戦いはしなかったが、ゲーセンの台パンがどうとか言ってたから、作戦のひとつはお前たちが潰したんだろ」
 この場には、アークデーモン大同盟が起こした初期の事件に絡み、依頼に参加した者も多かった。
 大同盟側で現場の指揮を執っていたのはアヴァタール級までだ。姿を見せずとも、裏で引いていたのが他区からのジェネラル級だったのは想像に難くない。
 イルゼも頷かされる。
「それに、マルコシアス様の元までたどり着けないように遅滞戦術を仕掛けてきやがったな」
 赤い目が光る。
「俺もハーゲンティも遠回りさせられた。世田谷区に入れたところでそれっきりだ。俺はキングアーサーに漂着したが、あいつがどうなったかなんて知らん」
 これには、シルとロキシア、そしてアンゼリカが口を丸くする。
 彼女たちが、杉並区で相手したのは、『デーモンギャル』だった。天使との共同戦線をほのめかして退かせた。あのトループス級を先頭にして、そのうしろにザミエルだけでなく、ハーゲンティの部隊もいたことになる。
 ビーム砲のフルチャージが完了したことで、イルゼの雰囲気が変わった。と、ザミエルも気がつく。
 コートの火も消え、アークデーモンは武器を構えた。
「ザミエルの話が本当かはわかりませんね。ハーゲンティもどこかに漂着している可能性があるわけですか……」
 遠慮なく、『リヒトシュトラール』を発射する。

「豊島区でお前と決着がつかなかったのは心残りさ。さぁ存分に戦おうか――勝負!」
 光焔剣を実体化させる、アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)。
「台パン……。アレか? あそこか?」
 一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は、首を振る。過去の詮索をしている場合ではない。
「ザミエル……やりあおうか。綾音ちゃん達の、復讐の戦いを」
 戦闘が再開され、あらためて挑発の言葉を述べる。
「君の退路も最早断たれたけど、元から殿をするにあたり撤退できない覚悟はできていたでしょ? いいよ、綾音ちゃん達が存分に復讐の相手をしてあげるから!」
 その返事は、また『復讐の魔弾』だった。
 ザミエルは喋らなくても、込められた念が、感情を雄弁に語る。もちろん、受けて嬉しいものではない。
 宙に浮くような位置取りをされたので、綾音は魔弾を狙いにくくなるよう、なるべくザミエルの足下の灯台下暗し、さっきのガーゴイルガンナーを相手にした時と同じ距離感でいくようにした。
 城塞の崩れた箇所など、遮蔽物も有効活用してワンパターンでは見切られないようにしていく。通信での連携や予測、そして防御効果は、ここまでの戦闘で周知、共有も十分だ。
 綾音は、巻き込まないよう合図をし、『厄災の星光』(レディアント・アステル・ディザスター)』の詠唱に入った。
「焦熱の炎、極寒の氷、激流の水、烈震の土、浄化の光、堕落の闇…世界に溢れし6つの力よ、今こそ一つに集い、彼の者を滅する極光となれ!」
 複合属性魔法だ。
「君の復讐心も、何もかも、全て飲み込む浄化の極光! その身で、全身で、余すことなく受け止めるがいい、ザミエル!」
 戦場全体に吹く、風のような魔力。
 ディアボロスたちも一時は、大地に身を伏せた。
 収束したのちに、魔砲となって放たれる。
「これがTOKYOエゼキエル戦争からさらに成長したディアボロスの力だ!」
「ぐ、うぉぉ!」
 ザミエルが、気合の叫びを発した。大技を受けて、全身を震わせている。トリガーにかかる指に、力がこもった。
 アンゼリカは、銃撃を盾と障壁でしっかり凌ぎそのまま近接戦を挑む。
 強固になった肉体だけでなく、命中をあげる導きも、十分なエフェクトが得られている。仲間がつないだ効果を積極的に活用するのだ。
「足の鉤爪がこちらの身を裂こうが心は折れないよ。お返しにどーんと強烈な光焔を叩き込んでやるんだから。私達の心の光ッ、今最大まで輝けぇーっ!」
 『神焔収束斬(ジャッジメントセイバー・ネクスト)』、魔力とオーラ操作で構築した光の巨大剣が、ザミエルに振り下ろされる。
 それを、高く上げた右足が、受け止めた。
 機械の鉤爪が。
「私達も復讐が心の中心にあるはお前と同じかな。けれど私達は常に仲間と作戦を信じ、時に己の感情を殺し、奪還のその先に人々の笑顔があると信じ戦い抜いてきた! お前の、己の心1つを満たすだけの復讐に、負けるものか!」
 今迄歩んできた復讐者としての戦いに、恥じることはない。
 自分たちへの復讐なら堂々と受け止め、そして勝つ。
 アンゼリカの気迫と、仲間への鼓舞が共鳴したのか、大剣を受けた爪の一本が、甲高い金属音とともに折れる。
 『《RE》Incarnation』を構え、ザミエルの様子を窺っていた、ラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)。かつて、彼女を蹴り飛ばし、胴を切り裂いた鉤爪が、欠けるのを目の当たりにする。
 この瞬間こそが、攻撃を連携させ、途切れさせずに一気にきめる、チャンスだ。
「『Call:Breaker_Lance(コール・ブレイカーランス)』起動。穂先を拡張……そして突撃」
 ラキアは、飛翔するアークデーモンと高度を合わせ、勢いを乗せた貫通撃で奴の胴を狙う。まさに復讐をとげる一撃に見えた。
「お、おまえは……!」
 ディアボロスの顔など見分けていないと嘯いていたジェネラル級は、瞬間的にラキアを意識する。
 そのために、見せかけに引っかかった。
 二重螺旋状に回転する炎と風の穂先は、生身のほうの翼を貫く。
「何もこの一撃で倒す必要は無いのだからな」
 ラキアは交差し、ザミエルはバランスを崩す。
「仲間の為に殿を務めるとは、大した奴だ。例えそれが、此方への復讐等といった理由でも……だ。其方が此方に対して復讐心を持つように、此方も同様だ」
 両翼を傷つけられ、さすがに空中での自由が利かなくなっている。
 一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、その姿を見上げて『ダブルチェーンソーブラスター』から榴弾を放つ。
「だけどこれはぁ、牽制!」
 時限信管で命中前に爆発させ、黒煙と炎で視界を塞ぐ。
「あはっ。その覚悟決まった顔は嫌いじゃないかも。でもこっちはずーっと前から、それ以上の覚悟決めてるんだよねぇ。自分の人生と皆の未来を奪った奴は全員ブッ殺すってさ。さぁ――《復讐者》としての年季の違い、見ていきなよぉ」
 一本が折られたとはいえ、返答はやはり爪。
 ラキアと燐寧を追って来て、鋭い切り裂きを繰り出してくる。避けるさきを塞ぐように、ライフルも乱射した。
 槍の穂先を爪に当てて逸らし、直撃を回避するラキア。燐寧も足を止めないようにして狙撃と爪撃のあいだを抜ける。攻撃のひとつずつが、復讐だ。
 だんだんと、ラキアの槍だけが、爪の相手をする形に持っていく。
「貴様等翼持つ者達は、七曜の戦の時に滅ぶべきであった。生き延びているのは滅ぼしきれなかった、此方の責。故に貴様等は誰一人逃がしはせん!」
「いまは、キングアーサーに仕えている。やがてアークデーモンは、TOKYOに還るだろうよ!」
「昼だろうが夜だろうが、あたしがいる時が逢魔が時だよぉ」
 煙と混乱に紛れて、燐寧が肉薄していた。
 頭上を取り、落下の勢いを乗せた突撃を敢行する。
「『屠竜技:真滅落陽斬(スレイヤーアーツ・ブラックサンズトワイライト)』!」
 二枚の回転鋸刃に、太陽が落ちて来たかのような衝撃と破壊力が加わった。機械翼の根元をかすめ、大きな裂け目をつくる。
「お、俺の翼が、またしても、……おのれぇ」
「地平線に沈めたげる!」
 ザミエルは、マン島の大地へと落下した。
「……直属軍でも区の支配者でも無かったにせよ、アンタも手練れなら、おいそれと逃げおおせられる状況でないのは分かり切ってるだろ」
 光道・翔一(意気薄弱なりし復讐者・g01646)が魔導書を手に近づく。
 ジェネラル級は、よろめきながらも立って銃撃してきた。翔一は、相手が鉤爪での攻撃に切り替え接近してくる隙を突く。
「……ましてや本願たる復讐を果たさせる気概は毛頭無ぇ。……大人しくとは行かねーだろうが、ここで討ちとられてもらおうか」
 魔法で空間を歪めた。
 ザミエルには、まだ戦闘能力が残っている。鉤爪はひっこめられ、消失を免れる。また、銃撃に戻った。繰り返される『スナイプアンドクロー』。
 呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、魔晶剣を構えた。
「豊島区から此処まで随分と先延ばしにしてきたが、いい加減に決着を付けようぜ。味方を逃がす為ってのは建前で、お前だってそれを望んでるから残ったんだろう? 『ディアボロスと戦えるなら何でも良かった』とは、豊島区で他ならぬテメェが言った台詞だぜ!」
「豊島か……」
 骸骨の顔が、ニィと笑った気がした。赤い目が、晶に焦点を合わせているようにも感じる。
 翔一とふたり、銃撃と格闘を織り交ぜた乱打に臨む。
 ナイフのほかにも、変幻自在だ。翔一は、魔法杖で近接戦闘を装いつつ、『一極集中魔穿(ワンポイント・キル・オーバー)』を仕掛けていく。
 指定したごく狭い一定の範囲が、魔力エネルギーに満たされ、空間ごと消し炭と化すのだ。
「……今度は演技でも下手に隙を晒すのは危ないだろうからな」
「チッ! やっぱ、その鉤爪がパラドクスか! だが、それは豊島区でも見たぜ!」
 晶は、銃撃を剣のはばで受けて、斬撃を返していく。
「新宿決戦で死にかけて機械化した、その右足と翼をパラドクスにするとは大した復讐心だ。機械化前は別の攻撃だったのか?」
「その前は……忘れたな!」
 『復讐の魔弾』の誕生こそが、彼を形作っている、そう思える。
 鉤爪が、晶の左腕に食い込み、長い傷をつくる。肉を切らせて骨を断つ、だ。
 しかし、この隙に頭を狙った翔一の『魔穿』は避けられ、アークデーモンの胸元をはぎとった。なにか、金色のキラキラしたものがこぼれたが、ふたりの波状攻撃に、仲間のディアボロスも加わって来て、気に留められなかった。
 傷だらけのザミエルは、もう動きが鈍い。
 燐寧は、得物の刃に『焼尽の呪炎』を纏わせ、捨て身の一撃を加える。
「全力でブッタ斬り、身体を貫く鋸刃で敵を完全に粉砕するよぉ! きみのTOKYOエゼキエル戦争が終わってないなら……最期まで、付き合ったげるっ!」
「ザミエル、わたしの全力、遠慮せずにもってけーーーっ!!」
 シルは、高速詠唱からの全力魔法の『七芒星精霊収束砲』を発射した。
 満身創痍のジェネラル級は、晶にむかって鉤爪を振り下ろす。
 魔晶剣アークイーターの封印が一部解除され、『貪リ喰ラウモノ(ムサボリクラウモノ)』、巨大な牙と口のような異形の大剣に変異した。
「テメェと俺ら、どっちの復讐が上回るか勝負といこうぜ! さぁ、豊島区からの……いいや、新宿決戦から続くテメェと俺らディアボロスの因縁にケリをつけようか! 喰い破れ、アークイーター!」
 右腕一本で、それを振り上げた。
 手ごたえがある。
 機械の足は、大剣に切断され、宙を舞う。力を使い果たしたザミエルは背中から倒れた。
 ラキアが、見下ろして言う。
「お前の戦もこれで終わりだ」
「いや、終わりじゃない。……すまねぇ、あれを」
 ザミエルが指差した先には、宝飾品が落ちていた。金のネックレスだ。
 晶と翔一は顔を見合わせる。
「あれは、鼠野郎とか使って……」
「これが何かなんてどうでもいい。悪魔がお守りなんて変だと思うかもしれないが、持ってりゃディアボロスと戦えると信じてたのさ。ご利益は、あったな」
 銃もコートも、分解しはじめている。
「復讐が、終わることはねぇ。さんざん、言ってくれたが、それはお前らだって同じだ……ぜ……」
 ジェネラル級アークデーモン『復讐の魔弾ザミエル』はこと切れた。
「ふぅ、これで1体だね。あと少しだから……。もうちょっと踏ん張って頑張らないとね」
 シルがそう言うまで、それほど時間がかかったわけではない。
「……願わくば、復讐なんかに囚われることもなく。あの世でみんなと楽しくいれたらよかっただろうにね……」
 綾音の言葉通りになるか、どうか。アンゼリカは、わざと元気な声を出した。
「引き続き次の目標を討ちに行こう!」

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『勇敢なる突撃』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『勇敢なる突撃』のオープニングを公開中です。
断頭革命グランダルメを舞台とした、『スイス偵察作戦~ヴォーバン陽動攻略戦』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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