倒せ! バクーの油井掘削塔(作者 大丁)
空気が凍って感じるのは月のない夜だから、というばかりではない。
常冬のロマノフを歩くヴァンパイアノーブルは、気取った調子で黒々とした塔を見上げた。近辺にも建築物の影が散見されるが、そのノッポの四角錐が、ひと際高い。
「くくく。今宵は、少女の生き血にありつけるか、さもなくば……」
マントがひるがえると、三つ揃えにきめたスーツ姿があらわになった。
けれども、『ブルートファング』は、似たような背格好の同僚の呼び掛けで、せっかくの気分を台無しにされる。
「おーい。そろそろ交代の時間だ。異常はないかー?」
「ないっすよー。あと頼んますー」
バクー油田城塞の警備などという、地味な仕事にもすっかり慣れてしまった。昼間であれば、労働に従事する人間どもをいじめる楽しみもあるが、いまは別の場所に押し込めてある。
暗い中で働かせて、重油を扱う設備でヘマをされたら、大損害になるかもしれないからだ。
「やれやれ。せめて、ナボコフ様のご趣味と合うのが救いか」
ヴァンパイアは、油井掘削塔の前から立ち去る。
新宿島では、『吸血ロマノフ王朝』ディヴィジョン行きの列車に乗り込んだディアボロスたちにむけて、時先案内が行われていた。
「ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)ですわ。攻略旅団の提案から、バクー油田城塞に関する作戦を皆様にお伝えいたします」
カスピ海東岸とバクー近辺の略図が示された。
先の密約を破棄し、原油採掘場に攻撃を仕掛ける。
「油田城塞の石油資源が利用できなくなれば、吸血ロマノフ王朝には打撃でしょう。わたくしたち最終人類史では、石油・ガソリン等の液体燃料は『液体錬成』で無尽蔵に増やせますし、ディアボロスの意見を元に備蓄も行われております。資源確保のために危険を冒す必要はないので安心してくださいませ」
ちなみに、とファビエヌは略図の隅をいくつか指差す。
「現地は、吸血ロマノフ王朝の南端となります。カスピ海の対岸が海になっているという調査結果もあり、西側のトルコ、南側のイラン方面についても、海になっている様子。トルコ方面については、獣神王朝エジプトのジェネラル級『大いなるトート』から『ヒッタイト』方面のディヴィジョンについての情報がありましたね。よろしければ、後で確認しておいてくださいまし」
黒手袋の指は、再び図の中央に戻ってきた。
「まずは、カスピ海の湖底を渡って、バクー油田城塞へと潜入していただきますわ。吸血ロマノフ王朝の気候は常冬で、寒中水泳になりますけど、ディアボロスの皆様ならば問題はございません」
続けて、板張りの塔を描いた絵を出してくる。
「今回の作戦では、この油井掘削塔を破壊していただきます。目標は、城壁よりも高く、水上からでも見えます。『水中適応』の能力を知らないクロノヴェーダは、カスピ海側の警戒が甘いようです。城壁上の通路を行き来するトループス級『ヴァンパイアヴァイキング兵』さえ突破すれば、城塞内部に潜入、掘削塔への攻撃が可能となりますわ」
絵の塔は、角柱のようでいて、上にいくほど幅が狭くなる。
「TOKYOで見られるような、送電鉄塔に板を張ったような構造です。内部には掘削用のパイプが吊り下げられており、昼間の作業中ならば、これを押し込んでいって地下の岩盤を掘るのですが、作戦時には動いておらず、パイプ内には詰め物がされています。岩盤下の原油の圧力が高く、採掘を休んでいるあいだは、この塔が栓や蓋の役割を果たし、原油が吹き上がってくるのを防いでいます」
ファビエヌの拳が、塔の下で開く身振りをした。
つまり、どんな形であれ、この塔を破壊すれば、原油の勢いで近辺の施設もろとも爆発が起こるということらしい。
「破壊が進めば、『ブルートファング』が皆様を倒そうと集まってきます。塔の状態が戦闘に影響を及ぼすことはありません。しまいには、アヴァタール級『少女愛卿ナボコフ』が現れるでしょうが、これを撃破し、カスピ海側へ脱出してくださいませ。それで作戦は完了です」
駅のホームに降りたファビエヌは、皆を激励した。
「ラスプーチンに対する、とってもイイ宣戦布告になりましょう。ぜひ、派手にやってらして下さい」
城壁の上を行き来する『ヴァンパイアヴァイキング兵』は、すれ違うときこそ、手を上げて注意を促しあうものの、あとはだらけた雰囲気だった。
ある兵士は、着任時こそ湖面を羨ましそうに眺めていたが、どうせ船には乗れないのだと、そんな習慣も忘れてしまっている。むしろ、明るいうちの作業時間のほうが、役割があって退屈しない。
人間どもが事故を起こせば、火消しに駆け付けるのは、自分たちヴァイキング兵なのだから。
あまりに大きく、水は塩分をふくむことから、『海』なのだそうだ。
「それでも、『湖底』とよぶべきでしょうね」
括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)は、潜水をつづけてたどり着いた。持ってきた『完全視界』で、夜間の水中であっても、岩肌を見通すことができる。
「潜入からの大爆発……映画みたいですね。まぁ、それ以上のスリリングなものにしますけどね」
諜報員としては、楽しみがあっていい。
ディアボロスの仲間のひとり、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)が提案したことには、人数が固まって動くより、最初はばらけて行ったほうが目立たない、だそうだ。漸も、スパイがぞろぞろ歩いていたら気分がでないと賛成した。
各自、敵の警戒を抜けられたら、城壁のうちの潜入ポイント近くで合流できるだろう。
「極寒のカスピ海でございます、と。さすがに、寒気を感じますね。なに、このあと採掘場を爆破させて暖まりますか」
ときどき、湖面を蹴るようにして、バクーの方角へと泳いでいく。
その、分散行動を提案した頼人だったが、水に潜ってからいくらもしないうちに、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)といっしょになってしまった。
彼女はまた、チューブトップの派手な水着である。
いつもの任務時のヒロインコスチュームと、色合いや装飾を合わせてあって、露出度はさらに上がっていた。頼人にむかって口をパクパクさせる。
「ジンライくん、あたしの水着姿に見惚れてミスしないでよね☆」
そんな事を言って、からかっているのだろうと、すぐに気づいて、軽装を指差した。
「星奈こそ。水から上がった時の着替え、用意してる?」
小脇の包みを見せれば、これもやはり意図は通じたようで、笑顔でかぶりを振られた。
頼人は、やれやれと肩をすくめてから、星奈と手をつなぎ、バタ足で先導した。
いっぽう、ロザーリヤ・ユスポヴァ(“蒐集卿”・g07355)は、本格的な足ヒレをつかって、湖底を進んでいた。
ダイビングスーツを身につけ、酸素ボンベに潜水セット一式を装着している。
「水路での侵入……あまりに多用していると警戒が強まりそうだが、今はこれ以上の手がないのも事実か」
岩塊や魚群など、注意すべきものはよく見えている。
おそらく、あの吸血鬼の男、漸のエフェクトだと思った。
「ありがたく使わせてもらう。ぼくの『宝』も、皆に届くだろうか?」
『寒冷適応』の残留に務めた。
しばらく水をかいていると、ふいに抵抗が軽くなった。ボンベが肩に食い込み、足が湖底にしっかりとつく。
「ロザーリヤね。お互い、うまいこと敵に見つからないように進んでこれたわね」
リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)が、声をだして呼んでいる。
地上とかわらぬ振る舞いができるようになったので、リーシャの描いた『水中適応』であろう。
「ああ。目的地の塔へは、まだ距離があるのか」
「そうでもないわ。あとちょっと歩くだけで油田城塞よ。どこぞのゲームみたく潜入できそう」
じきに水着の男女、頼人と星奈も姿を現した。
「夏なのに寒中水泳ってのもおかしな気分だったよ。寒冷と水中の適応をありがとう」
「新しい一着にさっそく出番があったけどね。ああ、でもあたし的には夏の海のほうがいいけど☆」
「お役にたてて良かった。貴族もどき共が、折角のヴァイキングを陸で遊ばせている間に、秘かに上陸するとしよう」
ロザーリヤが水面のある斜め上を指差し、リーシャが頷く。
「いやー、派手に大暴れして施設を破壊する作戦ってのは、シンプルでいいわね」
「同感ですな」
漸が大股で歩いてくる。
「お相手が油断している隙に潜り込みましょう。そして、塀の向こうにいるのんきな貴族もどき達も採掘場と一緒に爆破です」
事前の情報どおり、湖底を踏破できれば、上陸は楽そうだった。
ディアボロスたちは、海が浅くなったところから姿勢に気をつかい、水面から顔を出しては油田に接近していく。
不要になった装備はたたむ。頼人は包みの防水シートを解くと、衣服をはおり、アームドフォートを装着した。
海岸線から城塞までの距離を、漸が伺う。
「足元よし! 標的よし!」
壁内にそびえる施設のうち、一番高い四角錐。
現時刻では稼働していないが、指定された油井掘削塔で間違いない。
城壁の上を歩くヴァンパイアヴァイキング兵が僅かな人数であると、ロザーリヤは見て取った。
「警備要員がカスピ海側を見ていない。この隙を突いて、一気に上陸するぞ」
「いきましょう」
「そんじゃま」
「だね☆」
「いいよ!」
全員が、壁のふもとにへばりつくのには、きわめて短時間で済んだ。
この障害物は、たいして手入れもされておらず、表面は荒れていて、登攀の足がかりは十分そうだ。リーシャが見上げながら、当然の議題をささやく。
「乗り越えて、掘削塔まで行っちゃう? それとも、見える範囲の警備兵は倒しておくの?」
返事をしたのは、ブレロー・ヴェール(Misère tue à l'abattoir・g05009)。
「城壁の上の敵は、始末しておこう。不意打ちなら、僕に任せてほしい」
わずかに笑みを浮かべる。
それは、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)の顔が、自分も行きたそうにしていると判ったからか。あるいは、クロノヴェーダを見過ごせず、倒せる機会を得た愉悦か。
ふむ、と白髪の男性も立ち上がった。
「この長沙の魏鋼も、助太刀いたしましょう」
魏・鋼(一臂之力・g05688)が言うには、警備のヴァンパイアヴァイキング兵は、壁上の歩廊に持ち場を割り振って、そこを行き来している。
一体を撃破しても、その様子を左右の持ち場にいる兵に見咎められれば、城塞内に警報を出されてしまうかもしれない。
「アイツ等、だらけてるようだから、手分けして5人くらいきざめば、じゅうぶんか?」
戦闘要員のつもりではなかった、ロン・ユイリィ(インセクティアの特級厨師・g04127)が関心を示した。梵・夜華(半醒半睡・g00551)がコクリ、と大きく首を振る。
不意打ち班のメンバーが決まった。残りのディアボロスは、彼らの奇襲後に城壁を乗り越え、油井掘削塔に向かう手順となる。
二本角兜がブラブラと通り過ぎ、ブレローは歩廊に登った。
よそ見をしていたクロノヴェーダと言えど、知らぬ間に打ち倒されるほどの迂闊さはない。背後をとられた気配に、振り返りながら大きく飛び退く。
「なんだ? 人間がいるぞ」
「僕を捕まえられるかな?」
片足を持ち上げ、踏み出すと見せかけ、また引き付けるという、独特の動きでフェイントをとる。ブレローがグランダルメで身につけた近接格闘術だ。
ヴァイキング兵は、アックスを片手に構えて、間合いを測っているようだった。むこうも暗殺の心得があるのか、ブレローの靴に警戒を示している。
だが、こらえきれずに、速度にまかせて刃を振り下ろしてきた。
人間のダークハンターは、斬撃を受けることなくすれ違い、片足をミドルの高さにあげて振りぬく。
「『転封斬(マルセイユ・ルーレット)』!」
「ぐ……ブフォッ!」
警備兵は、腹部をおさえて石の廊下に倒れた。鮮血が、流れている。
切り裂いたのは、ブレローの靴先から飛び出した仕込みナイフだった。
「下っ端にしては目の付け所はよかったよ。盗みきれなかったけどね」
にやりと口の端を曲げた。
騒ぎにはなっていないが、異常を感じた別の兵が近づこうとする。すぐに、歩廊の幅いっぱいに、なにかが影をつくっているのを見つけた。
「さあ、行こうか。我が愛馬よ」
なんと、魏鋼は、白い無双馬にまたがって、道をふさいでいたのだ。それが、銀の槍を構えて、警備兵のほうへ駆けだした。
動揺するヴァイキングは、兜の下から声を張る。
「海が! 俺を! 呼んでいるー!!」
召喚した津波が、壁上の枠を満たして、無双馬のほうに押し寄せる。
「兵法は、流水の如くと申しましてな」
鋼の操る馬は、水に足をとられることもなく、むしろ巧みに流れをさかのぼる。波に紛れて突撃するはずだったヴァイキングは、異常を感知した場所から一歩も動けず、槍に貫かれた。
「海から離れていた貴殿は、持ち技がかえって弱点となりましたな」
反対側の通路でも、ヴァンパイア兵が駆け付けようとしていた。同じくディアボロスが立ちふさがる。
「散り行く命の一本道……」
夜華が『殺界領域(キルボックス)』を展開している。
向かってくるクロノヴェーダはまさに、ひとつしかない道を前後どちらかに進むしかなく、彼女には死へと急いでいるようにしか思えなかった。
「悪意の残滓は燃え盛り、禍根を断ち切らん」
導火線に見立てられた敵の警備ルートを、焔がたどって元凶に達する。
「うぎゃああっ!」
火柱があがって、ヴァイキング兵は黒焦げになった。
「あなた、死ぬなら静かに死んで。迷惑だから」
話かけてはいるが、夜華は相手に寄りつこうとはしない。鉄兜を残して炭がくずれるまで、冷ややかな視線を投げ続けた。
発火現象を見て、また別の警備兵は報告を優先し、持ち場から離れた。
油田の採掘場なのだ。ちょっとの火でも危険がある。
これもディアボロス、ロンによって足止めされる。彼は、通路にあぐらをかいて、火を起こしていた。
兵は誤解する。
「お前の、仕業か。ここがどこか判ってんのか?!」
「悪いな。料理は丸焼きにかぎるんでね。すぐに済むからよ」
敵のそばだが、腹が膨れるなら、機嫌はよい。ロンは、本当に瞬時で調理を仕上げて、なおかつたいらげた。
『美味三昧砲』の闘気が高まると、困惑していたヴァイキング兵も我に返り、『ブラッディアサルト』を発動させる。
「報告よりも先に、お前を倒さなきゃならんようだ」
血を思わせる紅いオーラを纏った。
食の闘気と打ち合いになり、警備兵はもう、任務をまっとうできなくなる。
「まずまずだ。おい『ヒジョーショク』、お前はまた今度な」
ロンはミニドラゴンに声をかけ、敵の絶命を確かめる。
あと一体、はずれで何も気がついていないヴァンパイアに、リーシャから、挨拶する。
「こんばんは」
「あん? こんな時間になぜ採掘場をうろついてる。夜は寝てていいだろう」
兵士は最初、労働者と勘違いした。しかし、背中の翼は特徴的で、天使などは珍しい。
「まあまあ。退屈してるあなたに刺激的な出来事をプレゼント!」
「ああん? なにをくれるって?」
差し出された掌のうえには、炎と魔力を収束させた光球が浮かんでいた。リーシャは、とびきりの笑顔で言う。
「そう、この施設を爆破させまぁす!」
球体から高い貫通力を秘めた魔力光線が放たれた。
ヴァイキング兵の毛皮では、防ぎようがない。血のオーラを纏おうとするが、手遅れだ。
「あああん?」
よく理解もできないまま、このトループス級も、通路に倒れた。
リーシャは左右を見渡して、ほかに見回りにくる警備がいないことを確認し、本隊に合図を送る。
「……言っててなんだけど、漫画のヴィランみたいだったね」
思いかえせば、不意打ち班はみんなそんな感じだった。ともかく、下準備はこれで終わりだ。
「さぁ、大暴れといきましょうか!!!」
仲間のあとを追って、リーシャも城壁の内側へと飛び降りる。
「今回の目標物はこちらの掘削塔です。楽しい楽しい大爆発の時間ですよー!」
その足元にたどり着いた括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)は、うきうきとした様子を隠さずに、見上げた。
闇を見通せるようになっているので、月のない夜であっても、板張りの細部が判別できる。
昼間に作業をさせられている一般人は、情報通り付近にはいないようだ。しかし、火気厳禁な場所で炎を出そうというのだから、万が一の救助用に、フライトドローンも呼び寄せておいた。
準備を終えて、漸は地面に手をつき、四つん這いになる。
丸めた背中が燃え始める。
「塔にむかって、タックルです。ドーーーン!!」
『猟犬肆肢・執黒妖犬(シシ・ブラックドッグ)』の勢いで、基部に体当たりした。
仲間のディアボロスにも、はっきりわかる勢いで、全体が揺れた。
外装の板が剥がれ落ち、金属製の枠組みが露わになる。そこに吊り下げられていた筒が、ぐらぐらと鳴動していた。
体当たり一回では、爆発までは起こらないか、と様子をみていると。
「いや、構造は破壊された。次はぼくのアートを見せる番だ」
ロザーリヤ・ユスポヴァ(“蒐集卿”・g07355)が、『ユスポフ家所蔵品目録』より、『落涙の絵筆』を取りだす。
金属筒の先端は地面に突き立っていた。枠組みによる支えを失ったことで、埋まっている部分で断裂が起きたらしい。
根本から、真っ黒な液体が吹き上がり、掘削塔の高さをはるかに越えて撒き散らされた。
「幻想贋造『火に溺れる水妖(フォージェリィ・スコーチドルサルカ)』の発動だ」
原油の黒に反して、あざやかな青と赤を、ロザーリヤの絵筆は描き出す。
目にも止まらぬ速さで空中に一枚の絵が完成した。
ロシアの水の妖精ルサルカが炎に巻かれ焼け焦げていく様を描いた凄惨な絵画。その赤い炎はカンバスから溢れだし、黒い液体に引火する。
待っていた大爆発が起こった。
完全視界の必要なく、あたりを明るく照らしながら、火球が天へと昇る。
先に付近の施設へと降りかかった油にも、漸の背中と、ロザーリヤの絵画から、つぎつぎと火が着いていった。
と、筆先が背後に向けられる。
「増援の貴族もどきか」
音を聞きつけて、『ブルートファング』の集団が駆けてくる。
マントを乱して叫びあっていた。
「火を消せ、ヴァンパイアヴァイキング兵をよんでこい。津波を出させて消すんだ」
リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)が、くすくす笑った。
「すぐには、集まらないと思うよ。先に倒しちゃったもの」
「お、お前らがやらかしたのか?!」
燃え盛る炎を背に、リーシャの顔が影っているのを見て、トループスはたじろいだ。
牙と爪を伸ばして、この侵入者を撃退しようとするも、相手は手遊びのように、なにもない空間に絵筆を走らせている。
「描雅(エディット)!! そして、射出(シュート)!!」
リボルバー銃の弾倉のようなものが現出して、そこから炎の弾丸が、連射されてくる。
「や、ヤメロッ!」
攻撃もさることながら、これ以上、火気をばらまかれたら、どんな被害になるかしれない。
慌てふためく、ブルートファングらに、ディアボロスは追い打ちをかける。
「寒い中ご苦労さん、あったまっていってね♪」
吸血鬼・漸のダッシュが、ヴァンパイアノーブルを火だるまにする。
「貴族もどき共、この灼熱地獄で歓迎してやろうではないか」
リアライズペインターの吸血鬼、ロザーリヤの絵筆はなお冴える。
そして、遅れて駆け付けた三つ揃えに、リーシャの炎熱武器が貫通し、牙にみずからの吐血を吹きかけながら、夜の眷属はくずおれた。
リーシャは、撃破を確認しようと、その顔を見下ろす。
油田の焔がチロチロと、ブルートファングの頬に映るなか、口元が動いた。
「おまえ、12歳、くらい、か。生き血を吸いたかったなぁ。ねぇ、ナボコフ様ぁ……」
「アタシの血ぃ?」
寒気を感じて蹴ったら、もう動いてなかった。
「よくぞ、ここまで来たな、12歳よ!」
薄い頭髪の男が、襟の高いきっちりした服装で、建物のあいだから姿をあらわした。
このエリアの管理者、アヴァタール級のヴァンパイアノーブルであろう。
施設を燃やされて、さぞ怒り狂っているかと思いきや、炎の照り返しを受けながらも涼しい笑みを浮かべている。
リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)は、足元の遺体から禿頭の男へと視線を移す。
「ようやく、親玉の登場ね……部下があんなこと言う訳だし、余計に寒気を感じるわ」
「ふははは。我はナボコフ! 少女愛卿とまで讃えられた紳士!」
自慢気に名乗られた。
二足にもどった括毘・漸(影歩む野良犬・g07394)も、あきれて吠える。
「へ、変態だーーー!!」
しかし、投げつけられた言葉には少女愛卿、意に介さず。
「さあ、わが軍勢よ、あの12歳を連れてこい」
失ったトループスの代わりにか、口の端から流した血が歩兵や騎士に変化して、リーシャへと向かってくる。
「その前に、さっさと倒してやるわっ!!」
少女は銀色の軽装鎧に、炎のような翼を3対6枚備えた大天使の姿となる。ネメシスモードだ。
「『目録再描雅・全放出(インベントリーアウト・フルオープン)』!」
武器を具現化する能力も格段に上昇している。
『翠焔・創像:デモリッシュアーツ・クロス』で描雅(エディット)された幾種類もの得物を、大天使リーシャは次々と持ち替え、軍勢を退ける。
ソードが歩兵を斬り、ランスが騎士を貫き、グレイブが僧正を薙ぎ払った。
ナボコフは、思ってたのと違う華麗な動きに、怯む。
「むむ。ならば、12歳が自らを差し出すよう、仕向けてくれよう」
魅了の視線を放つが、先ほどの躊躇が災いしたか、リーシャとのあいだにドラゴニアン、レオネオレ・カルメラルメルカ(陰竜・g03846)を割り込ませてしまった。
「イヒヒヒ。あっしは単なる人形遣いでさぁ……」
視線をくらったレオネオレは、ひょろ長い両腕を差し出し、爪のある掌を重ねて揉み手をしながら、魅了もとの主人にすり寄っていく。
「ナボコフのダンナ。どうか子分にしてくだせえ。あっしがさらってきますよ、もっとイイ女を……」
「おまえ、我に従う気は全くないだろう! 同志ならともかく、子分などいらん。少女でなければ首をはねるまで」
敵の演技を見破ったというよりは、『イイ女』というフレーズが気に入らなかったようだ。レオネオレも、態度を変えた。
「あ? バレた? イイネェ、たまんねぇなぁ!」
揉み手を解くと、十指には魔力糸が結わえられていた。
デブリパッチワークドール『ヴァリアント』に繋がっている。
「踊れ踊れ。ここは素敵な凍てつく舞踏会!」
冷気を帯びた連続攻撃、『アイスダンスショー』をみせる人形は、レオネオレが十分に近づいたことで、ナボコフの軍服を霜で覆っていく。
「くう、ロマノフの大地に身を置く我でさえ、凍えるような舞踏。……やっぱ、子分のふりしてるうちに、掘削塔の一本でも凍らせてもらったらよかったかな」
「誰がするかよ、油田といっしょに燃えてくたばっちまえ!」
レオネオレが、もう一撃と踏み込んだところで、ナボコフの身体が、小さな破片に分裂した。
「戯れ言に決まっておろうが。ともに語り合った同志を倒されたいま、貴様らを生かしてはおくまい」
「同志って、あれのことでしょうか?」
湯上・雪華(悪食も美食への道・g02423)が、リーシャの後方で倒れているブルートファングを指差した。
「さよう。夜ごと議論をした。12歳のニンフ傾向はいかほどか、14歳はありかなしかとか、17歳はもう……」
破片のひとつずつが吸血コウモリへと変わり、その口がしゃべり続けている。ついに、ロザーリヤ・ユスポヴァ(“蒐集卿”・g07355)が、怒りだした。
「花を静かに愛でるのではなく、徒に手折る趣味は感心せぬな!」
愛剣『死せざる■■■■■』を抜く。
コウモリの群れと対峙した。
「お前は数奇者としても低劣――所詮は、情趣など解さぬ貴族もどきよ」
「何を言うか、15歳だって時間経過のうちには……」
かみ合わない話に、切っ先が殺気に包まれた。
「この“蒐集卿”ロザーリヤ・ユスポヴァが処断してくれよう!」
放たれた剣閃は、それでもまだ囮だった。
コウモリたちが散開しているうちに、『魔性契約・灼裂の贖罪(デモニックパクト・レンディングフレイム)』によって、ロザーリヤの腕が異形と化す。
その力をもって、本命の連撃が、黒い翼どもを切り裂き、焼き尽くす。
「存在の痕跡ひと欠片すらこの世には残さぬぞ!」
ふいに、景色がまた夜になった。
『完全視界』が効かなくなり、それ以上の闇がディアボロスたちを覆う。
「なるほど奴は、侮れぬ相手だ」
ロザーリヤは見通すことができない闇のオーラに、刃をひいて身構えた。
代わって、雪華が前に出て、人形を踊りに加える。
「アヴァタールにしては、トループスのことを同格のように扱うのですね。それに、他人の趣味にとやかく言うつもりは無いです」
女性のような装束には暗器を忍ばせ、ともに踊る片割れは、青いドレスの西洋人形風。
「が……潰しましょうか。渇望抱く伽藍、参ります」
虚ろを抱き、渇望の呪いを宿すといわれる妖刀を抜く。
闇のオーラを得て、ナボコフの化身は凶暴さを増したが、しだいに饒舌さが失われていった。
「他の部下は……、成人ばかりが好みで……同志は」
「視界を奪われても、声や羽音で居場所を割り出すことはできるはず、たぶん」
雪華の耳が、暗所に一定のリズムを聞きとった。
「さぁ、片割れの人形よ、踊りあかそう」
『三拍子の舞曲(ダンスミュージック)』を合わせる。二つの影が交差するたびに、コウモリは落ちて行った。
やがて、数が半減すると、オーラも希薄になってくる。
響いていたアヴァタールの声も、弱々しい。
「少女の……血があれば、じゅうにさい、げんていで」
貯蔵庫のひとつが爆発した。
漸は、その炎でサーベルの刀身を炙る。
「いや、年若い少女の血を好む輩はいると聞きましたが……うん、無理!」
赤熱させた刃は、容易に飛ぶ生き物を焼き切った。
「視界を奪ったって、血の匂いでわかるんですよ!」
また一体、翼の被膜を焼き、さらに一体の急所を穿つ。
「お前らはいつもそうだ、血を、悪意の匂いを巻き散らしている。だから、わかる。お前の居場所が!」
「きゅうけつ、きが、われを……」
少女愛卿ナボコフは、変身を維持できなくなったのか、ボロボロの実体を現した。漸の刃が、四つん這いになったヴァンパイアノーブルの首を胴体から切り離す。
「くたばれ、○□△☆!!」
叫びは最後、なんであるか聞き取れない。
転がった頭と体にも、原油が降る。
「塵すら残すものか、お前は人の敵だ」
サーベルの切っ先で地面を擦ると火花が散った。
引火して、アヴァタール級の遺骸も炎に包まれる。
傾いた油井掘削塔からは、まだまだ原油が溢れ続け、燃え広がった油田施設に注がれている。
あとは放置で、いいだろう。
水着のカップルを連れて、城壁の歩廊の仲間にも合図を送って、ディアボロスたちは、カスピ海へと飛び込んだ。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー