表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにてオープニングを公開中です。
『亜人の槌と盾』は、蹂躙戦記イスカンダルを舞台とした、『港町バーリ攻略作戦』に関する事件です。
『最も多い人形』は、断頭革命グランダルメを舞台とした、『スイス方面に向かう大陸軍』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。
進軍! キマイラウィッチ(作者 大丁)
自動人形が去った村で、噂が流れていた。
近くにあった別の村がもぬけの殻になったと。
「自動人形様のかわりに、天使様が現れたそうじゃ」
「大きな声で誘われて、みんなでいいところへ連れていかれたとか」
「四つ足の女が同行してくれるらしい」
「帰ってきた者はだれもおらん」
老人たちのおしゃべりを黙って聞いていた若者が、とうとう口を挟んだ。
「誰も帰ってきてないんじゃ、その話はいったい誰がしたってーの?」
「それは……うん? なんか、聞こえんか?」
耳をすませた村人たちは、ある者は天使の声を聞き、ある者はやかましい騒音を聞いた。
そして、異形の女を見た者も。
「たくさん、走ってくるぞ! あれは四つ足じゃねぇ、獣の上に女の身体がのっかって……!」
爪と牙で引き裂かれる。
声を聞いた者は、意識を乗っ取られた。
村が全滅した悲劇は、まだ回避可能である。
「攻略旅団の提案により、断頭革命グランダルメに増援として現れるキマイラウィッチの動きを察知することが出来ましたわ」
パラドクストレインの車内で、時先案内人が依頼をしている。
この列車の担当は、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)だ。
「ディヴィジョン境界の霧を越えて火刑戦旗ラ・ピュセルから断頭革命グランダルメに移動してきたキマイラウィッチは、イベリア半島に向かって移動しているようです。この道すがらに村があれば、その村を襲って虐殺行為も行います。皆様には、このキマイラウィッチの凶行を止めて、増援を阻止するためにも確実に敵を撃破していただきたいのですわ」
ぬいぐるみの助手が現地の地形図を広げた。
「今から向かえば、キマイラウィッチの襲撃の少し前のタイミングで、村に到着することが出来ます。まずは、一般人を戦場となる場所から避難させた上で、キマイラウィッチを迎え撃ってくださいませ」
村人を動かすには説得が必要だ。
ただし、今回は戦闘が終わるまでの一時的なものであり、村の近くの森に隠れていてもらうだけでいい、とのことだった。
「村を戦場にするしかありません。今回の依頼では、破壊された村の修復など、支援を行う猶予はありませんから、そこはご了承ください。村人には、先に謝っておくことも説得のうちかもしれませんわ」
予知の内容が話され、襲ってくる敵について説明があった。
「一般人を襲うトループス級は、『マンティコアウィッチ』です。すでに何回か目撃報告のあるキマイラウィッチですわ。指揮しているのはアヴァタール級『洗脳と平和』ハニエルで、大天使ですが行動指針はすっかりラ・ピュセルのものになっています。一般人を見れば襲い掛からずにはおれず、洗脳や平和、愛の言葉も虐殺の手段として使ってきます。ご注意ください」
プラットフォームに降りる、ファビエヌ。
「進路上の村々は、大陸軍から見捨てられたのです。すぐに出来るイイコトは、村人の命を守ることですわ」
列車の到着地点から、予知にでていた村まではすぐだった。
その短い道すがらであっても、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)は腹立たしさに声を荒げている。
「増援ついでに虐殺しながら移動とか、ふざけんじゃないわよっ!!」
クロノヴェーダに対しては当然の感情だろう。
復讐者なのだから。
アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、悪魔装甲の物々しさ。
「たゆんの気配を察知して参上したぜ」
金属の籠手を打ちつけて気合をいれる。武器の準備も万端だ。村の外観はごく平凡で、それなりに生活が営まれている気配がある。武装した姿を見せれば、臨戦態勢感も出せるかもしれない。
「まずは避難誘導をしていかないとな」
「じゃ、アタシからね。『避難勧告』から始めるわよ」
予知が現実になるのに時間的な猶予は無かったのだろう。効果を発動させるとすぐ、村全体に赤い光が明滅し、時代に合わせたサイレンが鳴り響く。
戸外にいた人は寄り集まり、方々の扉も開いた。
ただ、人影は増えていくが、みなまごついている様子だ。
「自動人形様のかわりに現れるという、天使様のおよびじゃろうか?」
「いいところに連れて行ってくれると噂の……」
「それにしては、気持ちがザワつく音だってーの」
「うん? なんか来るぞ!」
男性に指差されながら、リーシャとアッシュは集落のなかへと踏み入る。
「もうすぐこの村に怪物共がやってくるわ、アタシはそれを見たから急いでこの村に来たの」
「俺たちはディアボロス、道中で敵の大群を確認したんでここに来た」
ふたりとも、要件から切り出す。
『友達催眠』がかかっているから、多少のぶしつけは許されるだろう。なにより、急ぐ。
老人のひとりが、代表のように問いかけてきた。
「怪物……? 天使様のはずじゃがのう」
「ああ、怪物だ。行軍がてら遭遇した一般人を虐殺するような奴らで、このままここにいたらあなた方も対象になっちまうんだ。急な事で申し訳ないが、今すぐ村を出て近くの森などに身を隠してくれないか?」
アッシュの鎧は効果があったらしい。
素朴な村ゆえ、これまでも自動人形の軍隊による乱暴狼藉はなかったと思える。武装した姿に対しても、恐ろしさよりも、守護者への安心を感じてくれたようだ。
「仰せの通りにします、ディアボロス様」
村人たちは、それぞれの家族が揃っているのを確認し、端から森へと動き出す。
「俺たちとしては奴らのことをみすみす見逃すわけにもいかないんで、ここで滅ぼす。ただ……場所が場所なんで建物などにも被害が出るかもしれない」
最後まで残った老人と若者たちに、村が戦場になることも伝えた。リーシャは頭を下げる。
「村の建物が壊される件は……可能な限り、努力するとしか言えないわ、ごめんなさい」
「極力そうならないように気を付けはするけどな」
アッシュはもう武器を抜いて、敵の来る方角へと移動していった。
「それでも、あんな奴らに村ごと壊されて命を落とすよりは……どうか、どうか、最善の選択ではないにせよ、命を守ることを優先して、逃げてください、お願いします」
「ああ、ああ。わかっておるよ。怪物退治は任せますじゃ」
老人と、付き添いの若者も集落から出ていく。
「天使様の噂を聞いても不安なだけじゃった。村より離れた場所のことが判らず、孤立して過ごしておったからの。怪物の話だったとしても、知らせてくれてありがたい。どうか、みなさまも命を大切に……」
去り際に、より深く頭を下げられ、リーシャはキマイラウィッチに対する怒りを増幅させる。
「ここで絶対にぶちのめして、少しでも数を減らしてやるわっ!!」
村の入り口でアッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は備える。
「さてと、ここからがお楽しみの時間だ。まずはマンティコアの方からって事でしっかり拝ませてもら……処理させてもらうぜ!」
視覚支援デバイス『たゆライズ』を起動した。
バトルグラス型で、戦闘映像保存機能を有する。すぐに敵接近の信号が発せられたので、身の丈ほどの長さの双刃刀『ヴァルディール』を構えた。
背後方向から、アッシュの頭を越えて、飛翔していく者がいる。
「さぁて、来たわねキマイラウィッチ共。跡形もなくぶっ潰してやるから、覚悟しなさい!!」
追いついた、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)だ。
「確か、飛行中は目立つから多数のクロノヴェーダが警戒する中だと集中攻撃を受けやすいんだっけ? 逆に言うと、こっちに注意を引き付けたい時には好都合ってことよね?」
はたして、四つ足のトループス級どもは、道の幅をはみ出し、横に広がって迫りくる。
『マンティコアウィッチ』の名の通り、怪物プラス魔女だ。人面の獅子ではなく、獣の頭部のあるべきところから、さらに女性の上半身がついている。花束のような意匠の杖を両手で抱いており、空中にいるディアボロスへと、その先端を向けてきた。
目論見どおり、とリーシャはほくそ笑む。
「あいつら、こっちの姿を見たら、気をとられるはずだからね」
杖から魔術で、花びらを打ち出してくる。『復讐のグロリオサ』は触れたものを燃え上がらせるのだ。リーシャのすぐ近くで、連続して発火が起こった。
「うまく、引き付けられた。村の被害は可能な限り防ぐわ。アタシがダメージを負ってでも!」
実際のところ、最初のグロリオサで、服のあちこちが焦げてしまっている。胸元のそれを確認がてら、後方の様子を覗き見ると、幸いなことに、この発火現象は、村の建物には届いていない。
天使の翼を大きく羽ばたかせ、リーシャは敵軍へと突っ込んでいく。
アッシュは、そうした仲間の動きを意識し、上に注意を向けていない敵を優先する。『たゆライズ』には、村への直進速度を緩めない魔女が捕捉されていた。解析結果によれば、彼女らの胸部を守る防具は、いわゆるハーフカップのような形状で、下から支える構造になっているらしい。
「たゆんはいいけど、このままじゃすれ違っちまう」
双刃ヴァルディールに、稲妻を纏わせた。復讐で動くやつらなら、挑発にものってくるだろう。
「それに、こっちを狙ってもらわないと正面からの記録映像が撮れないんでな」
捕捉していた魔女が、ほかの個体にも指示らしきものを出した。
小集団に纏まり、進行方向を地上のディアボロスに変更したようだ。空中で戦う仲間の安否は気になるが、任せて大丈夫だという信頼がある。アッシュは、自分の相手に集中した。
上から見ていたリーシャも意図を汲み、翼をいっそう羽ばたかせた。
「舞え、炎の輪よっ!」
回転する無数の輪を出現させる。
燃える花びらを打ち出してくる敵の魔術に、『翠焔・創像(ブレイズ・リアライズ):フレアスラッシャー』で対抗した。
杖を差し向けてくるマンティコアウィッチが、次々と炎の輪に切り裂かれていく。『人食い獅子の狩猟』で、アッシュに飛び掛かった集団は、獣のほうの前脚で魔装装甲を踏みつけ、爪を立ててきていた。
「わざわざ飛び込んできてくれてありがとさん……っと!」
即座に、パラドクスの雷を纏った得物で攻撃だ。
「悪事を働くたゆんども、このたゆんスレイヤーが相手をしてやるぜ。『ライトニングテンペスト』!」
一体目を感電させ、縦横に激しく揺さぶらせた。ハーフカップでは支えきれないほどに。
この雷撃は、連鎖するように広がりながら敵の群れを焼き尽くす。
トループス級の小集団は、村への進路はおろか、その場でバタバタと倒れた。
「ふぅ、意図せず至近距離のたゆん映像が手に入ったぜ」
怪物の姿を、さらに異形化したマンティコアウィッチ。魔女の上半身部分は、討伐対象としては申し分なかった。
押さえつけられた姿勢のまま、アッシュは双刃を振るう。
電撃連鎖と、炎の輪の切り裂きで、襲い来る脅威をせん滅した。
「アッシュ、だいぶやられたみたいだけど、平気よね?」
空から降ってくる気遣いに、仰向けで返す。
「リーシャ嬢こそ、服がボロボロじゃねぇか」
ふたりして、村への被害を減らすよう、がんばった結果だ。
「気を付けとけよ、これからアヴァタール級が……」
「あー。あー」
ザラついた声が響きわたる。
拡声器を通したそれは大天使、洗脳と平和『ハニエル』のものだ。
残る敵は、指揮官の一体のみ。トループス級をせん滅したディアボロスが、飛翔で体勢を立て直すあいだに、応援の部隊が到着した。
「村の被害を防ぎながら戦う方針と聞いた。俺も、それに倣おう」
落ち着いた雰囲気だが、背の低い12歳の女の子。
ザイン・ズワールド(剣・g09272)は、スレイヤーソードを抜いてアヴァタール級へと接近する。
「リーシャ殿、アッシュ殿。それがしも助太刀に参った。大天使の生き残りなどに、勝手はさせぬ」
人間の戦国武将にして、古風な言葉使い。
襲名したものゆえ、19の娘が蘇芳・昌義(8代目蘇芳衆頭領・g08681)とは、事情を知らない者は驚くかもしれない。
「『虎丸』、クロノヴェーダはおなごの姿だが、遠慮はいらん」
ミニドラゴンは一声鳴くと、先行した。
新宿島でみたような現代的な服装、学校の制服から羽根を生やしたアヴァタール級にむけて、『ミニドラブレス』を吐く。
「あー!」
ざらついた声で、『洗脳と平和ハニエル』は悲鳴をあげる。
昌義は、手の振りで虎丸に動きの指示を与えると、忠実なサーヴァントは、女学生の周囲に浮かんでは、ブレス攻撃を続けた。
「蘇芳衆の底力思い知るといい」
「いちち。このぉ、ちっちゃいヤツ! 私の言うことを聞きなさい。なんちゃら衆のほうを向いて!」
ハニエルは、メガフォンを口にあて、ミニドラゴンへと自分の命令を伝える。
危うく、昌義の脇をかすめる、竜の息。
虎丸が敵の手に墜ちた、というほどではないが、指示する手には追従させづらい。洗脳を司る大天使は、メガフォンの力でそれを行うのだ。さらに、『幸せボイスシューター』を使えば、『声』が物質化する。
「目の前の村も興味あるけど、あんたたちから、『平和』にしてあげよぉ」
角ばった二文字が飛んできた。
「――参る」
スレイヤーソードが、『平』を弾き、『和』をへんとつくりに両断した。
しかし、使い手の姿は見えず、剣だけが浮いている。
「俺は一振りの剣、鞘にも見捨てられた孤独な剣だ。だが……」
武器から、ザインの声がする。
『翔け、斬る(ゲキハイボウボツ)』は、『剣(レプリカ)』と一体化して、自身が『“剣”』となる技なのだ。
「本当の平和を待っている村人たちのため、俺は敵を斬るだけの剣で構わない」
「それがしも、クロノヴェーダの狼藉は赦せんな!」
サーヴァントへの指示が取り戻され、昌義は上体ごと大きく手を振った。
銀の長髪もなびく。
「ふ~ん?」
八重歯をのぞかせ、ハニエルは笑っている。
「それが、『洗脳と平和』か。ハニエル?」
アッシュ・シレスティアル(蒼破拳・g01219)は、低空の飛翔で近づきながら、仲間たちの攻撃を見守った。上空では、リーシャ・アデル(絆紡ぎし焔の翼・g00625)が、リアライズペインターの力で、『描雅』を始めている。
「勇気の焔よ……」
燃える何かが形になりつつある。
「……ふむ、かたちと言えば、中々のサイズでかっこいいたゆんをお待ちで」
制服の胸元が、大きく盛り上がっているのも、もちろんよく見る。アッシュの観察のなか、ハニエルの『武器』は、上を向いた。リーシャを狙っているようだ。
「にしてもこの距離この人数で拡声器なんているか? 天使の声の主さんよ」
「うるさいわねぇ、鎧の木偶の坊さん。私は、たくさんの人間に幸せを届けなきゃならないのぉ。あんたたちと違って、復讐と付き合っていくのは、『大変』なんだからぁ!」
二字が手裏剣のように回転して飛び出した。
『大』のボイスは、切れ味が良さそうである。
「いや、俺だって十中八九拡声器で力を増幅する感じだろうてのはわかってるさ。……その耳障りな音あんま好きじゃないんだよな」
「ふ~ん?」
ハニエルの八重歯がまた除く。
飛んで行った手裏剣ボイスは、リーシャに届く前に消滅した。勇気の心を宿した火の鳥が、彼女の前で羽ばたいている。ボイスを燃やしたらしい。
「復讐と付き合うって、キマイラウィッチたちのことかしら。あちらこちらに散らばって媚び売って、大天使様も大変そうねぇ?」
リーシャは、標的を指差した。
「まぁ、お前らがどう動こうが全部叩き潰すつもりだから容赦なんてしないんだけどね? ……羽撃けっ!!」
号令に合わせて、火の鳥が急降下していく。
『翠焔・創像(ブレイズ・リアライズ):フェニックスブレイヴ』が、ボイスだけでなく本体も炎につつんだ。
「きゃー!」
「ほら、天使さまはいい声してるからな」
アッシュは、メガフォンからズレて聞こえた悲鳴に称賛を贈る。
「どうせ歌声披露してくれるなら、もっと直で聞かせてくれ」
炎をはらった女子高生に、最接近して双刃刀を突き付けた。合わせて、ザインの一体化した剣が、横切りをくり出す。火の鳥が旋回して戻ってくるあいだに昌義の指示のもと、ミニドラゴン『虎丸』がブレスをぶつけた。
ディアボロスの連携が効いて、ハニエルは焦りの表情を浮かべるが、口元だけは相変わらず笑っている。
得物のメガフォンは大事そうにして、剣や刃から守っていた。
あれを壊せたのなら大幅な戦力減になるのは確かだが、それが叶わなくともアッシュは、ひたすら攻撃を仕掛けている。果たして兜の内側では満足そうにしていた。
(「せいぜい動き回ってもらってそのたゆんを揺らしていってもらうぜ! ……もちろんこの光景は『たゆライズ』で記録しておくからな」)
ハニエルの笑みも気になるところだが、おおかた誘惑のための予備動作だろう。
伊達にたゆんスレイヤーはやっていない。これまでに培った経験や閃きがあるのだ。あと、撮影した動画も。
(「けどな、……音は防ぎようがないんだよ」)
アヴァタール級はときどき、メガフォンを近づけてなにかしゃべっている。
(「たゆんのかたち、調和がとれてる。もう、愛だな。こりゃあ……」)
「アッシュ!!」
リーシャの声がふってきた。……気がした。
「アッシュ殿……!」
「お前、足が止まってるじゃないか!」
昌義に、ザインの声も。
「ハッ!?」
知らぬ間に、大天使の発する『愛と調和の歌声』に、誘惑されていたようだ。
「チッ!」
舌打ちで、ハニエルの口元が初めて歪んだ。
「それでも俺は! たゆんを見る! たゆんスレイヤーとして悪しきたゆんを排除しなければならないという使命感を想起させ、こいつを喰らわせてやるぜェ!」
アッシュの指がそろい、魔力で硬質化した貫手が、制服の上着の裾から差し込まれた。
「『ペネトレイトクロー』!」
鋭さに背中側から突き出して、翼が片方もげた。アヴァタール級大天使、洗脳と平和『ハニエル』への致命傷だ。
メガフォンは手からすべり落ち、うめきもせずに絶命した。
脅威は去ったので、村人たちを呼びに行きたいところだったが、案内人からの話のとおり、すぐに排斥力が働きはじめたようだ。ディアボロスたちは慌ただしく、パラドクストレインへと戻る。
帰還の道も、遠くはない。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー
合同結婚式のたくらみ(作者 大丁)
ジェネラル級蟲将『法正』は、大灯台の居住区で実験結果を聞いていた。
「母体に息はあるのか?」
石造りの部屋のなかで、ウェアキャットが忙しそうに行き来する。指示を出すのは、医者の装束を身につけた蟲将で、彼らの会話のほかに、赤子の産声が響く。
法正と会話をしているのも、医者の蟲将である。
「重体で意識はありませんが、息はあります。成功です」
節くれた手が、記録をめくった。
「生まれた亜人の生育が悪いので、経過の観察は必要かと思います。また、死ななかった母体を何回再利用できるか等、課題も残っておりますが……。さすがは法正様の策でございます」
「フン、その程度は試行回数でどうとでもなる。計画通りに進めるぞ」
新宿駅グランドターミナルに、『蹂躙戦記イスカンダル』行きの列車が到着した。ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)は車内で案内をすすめる。
「インドに向けて移動中だった巨大砂上船ミウ・ウルが、史実のアケメネス朝ペルシャの首都でもあった『スサ』に到着しております。蟲将『法正』の指示で行われる『合同結婚式』を阻止していただきますわ」
依頼で示された集落には、一般人の女性を閉じ込めた家屋がある。
集落の亜人は、この連れて来られた一般人女性の花婿を決める、選抜大会を開く。
「花嫁の脱出準備を整えたうえで、選抜大会に乱入してトループス級を撃破、最後に法正配下の亜人を撃破すると、依頼は完了です」
救出した女性たちは、ミウ・ウルで保護できる。
人形遣いにあやつられたぬいぐるみたちが、現場の配置図を掲出した。
「選抜大会は、トループス級『アンティゴノス・テュポーン』によるバトルロイヤルです。この部族は、知性が低い状態から、急激な進化を起こすことがあり、会話能力と独自の武器を生み出します。バトルに生き残れるほどの進化を、アヴァタール級亜人『魔女メーデイア』は期待しているのですわ」
今回のアヴァタール級は、自身でトループス級の吟味をするために、大会に出席している。
会場は集落の中央広場であり、日が暮れてから、かがり火に囲まれた闘技場で行われる。一般人女性が閉じ込められている住居は、闘技場の脇だ。
「救出の手助けは、建物に忍び込めさえすれば、それほど難しくありません。夜の闇を利用できればなお良いでしょう。バトルへの乱入と並行して行ってもいいですわ。『アンティゴノス・テュポーン』と戦うだけでなく、大天使・アークデーモンの活動について話しかけることもできます。知性進化をおこしたばかりの亜人は、積極的に話そうとし、会場の混乱が、救出班から注意をそむけさせる助けにもなりましょう」
資料を預けて、ファビエヌはプラットホームに降り立った。
「法正は、スサにある大灯台を拠点にしているようですわ。合同結婚式を阻止した後は、スサの大灯台の攻略に入れるかもしれません。イイコトになるようお祈りしております」
「法正様が、あなたたちにお嫁さんを用意してくれたわ」
脚部が数匹の蛇となった亜人が、スサ近郊の亜人の集落にやってきた。法正配下のアヴァタール級であり、女性型なことも珍しい。
紹介された10人ほどの一般人女性には、虫の触覚が生え、手足を甲殻が覆っている。インセクティアに似た容姿だ。
「この嫁は、赤子を産んでも死ぬ事無く、再び赤子を産めるようになるのよ、ステキでしょう?」
花婿の座をかけてバトルロイヤルを開催し、『合同結婚式』を執り行う。
アヴァタール級はそう宣言した。
「我と思う者は、日没までに広場に集まって。あなたたちが、個性的な武器を持つように進化することも承知してるわよ。わたしはそれも楽しみにしているの。どんな亜人が生まれてくるのか、興味深いわ!」
手にした薬瓶をカチャカチャと鳴らす。
嬉しそうな表情といい、実験のたぐいが好きなようだ。
集落のトループス級たちは、湧いた。
「うおおおおーん!」
まだ、ちゃんとした言葉にならず、吠えただけかもしれない。
花婿選抜のバトルロイヤルは、始まる前から大いに盛り上がっているようだ。
出場の資格は、一定レベルの知性化である。
ゆえに、出られない亜人は程度が低く、野次や声援はとても騒がしい。建物の裏手にまわったディアボロスたちにとっては好都合である。エレイア・カラー(ウェアキャットのジン契約者・g10646)は、花嫁候補たちが囚われているほうの建物を覗き見た。
「むむむ、あんな所に閉じ込められてたら元気でないよね。こっそり忍び込んで元気だしてもらおう」
「法正は亜人の愚かさを補う極めて危険な存在です。ようやく居所が掴めましたが……攻略に手間取れば、ディオゲネスなどの亜人の将が救援に来るかもしれません。迅速に事を運ぶといたしましょう」
エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)もウェアキャットだ。
すでに日は暮れて、闇に紛れることができる。
加えて、黒い外套を纏うようにした。
エレイアは、偵察として猫変身を使う。さいわい、途中で兵士などと出くわさずに済んだ。猫の前足を器用にふって、ハンドサインを送り、後続の仲間を呼び寄せる。
建物内も、それほど厳重な警備はされていなかった。
その理由は、実際に捕らわれている女性たちに会うことで判明する。
「しー。怪我してる人とかいない? お腹すいてない?」
エレイアは、疲れてても食べやすい甘いドライフルーツや、飲み物を差し入れる。エイレーネが危惧したほど、ざわめきも起こらなかった。
囚われて改造された一般人女性はみな、打ちひしがれている。
亜人や蟲将から逃げ出そうなどと考えられないのだ。
「皆様、どうかお逃げ下さい。亜人どもはわたし達が相手をしますから、夜が明けぬうちにかがり火がない闇の中へ向かうのです」
「元気だして。絶対逃げられるから」
ふたりの異種族、エイレーネとエレイアは小声で説得を続ける。
「わたしはウェアキャットですが人間と共に戦ってきました。故に、人ならざる体を持つ苦悩はよくわかります。しかし……それでも、生きてきたことを後悔はしておりません。生に絶望すれば亜人に負けたも同然……勝利のため、この手を取って頂けないでしょうか?」
「私だけじゃなくて、協力してくれる人もいっぱいいるからさ、大丈夫!」
10人のなかには心を動かされる者も出てきて、亜人からかくまってもらえるなら、と全員が脱出を承諾してくれた。
「よし、みんな動ける?」
エレイアは体調を気遣い、医療の知識はないまでも、包帯などを持参して、怪我人の手当てを申し出る。そこは、インセクティアもどきの実験体だけあって、10人ともが健康であり、改造以外はまだ手荒な扱いは受けていないようだ。
ただし、全員で建物から出れば、さすがに発見されてしまう。
ディアボロスたちは、バトルロイヤルへの乱入、妨害を行って騒ぎを起こす、と段取りを言い含めた。
建物内の経路も覚えさせ、作戦をすすめるためにその場を出ていく。
「あの……」
花嫁のひとりがベールごしに、触覚のついた顔で呼び止めた。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「うん。あとでね!」
「生きましょう。必ず」
有象無象の集まり。
亜人とは人型の怪物のことと言われても、トループス級『アンティゴノス・テュポーン』は、その概念からは遠い存在に思える。
ずんぐりとした頭部が、上半身に複数個生えているのだ。本来の首の位置からずれていたり、肩や背中からであったり。
目や耳、鼻に当たる器官はあるのか、ないのか。
ただ、人とも獣ともつかない叫びをあげる口は大きくて、頭部の数と同じく、複数だ。口内に並ぶ牙は鋭い。
夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、フードのかぶりを深くして、顔の下半分を覆う黒豹の仮面に触れた。暗い色の外套で闇にまぎれ、奴らの様子を観察してきたが、観客側の個体ではどうにも意思の疎通をとれそうにない。
「となれば、大会出場側だな。乱入してでも接触せねば……」
衛兵のような役割のものでさえ、バトルロイヤル開始に興奮し、中央の広場にばかり注意を向けている。
そのせいで彼らに見つからずに済んでいるのは幸いだ。
おそらく、一般人女性の脱出準備をしにいった仲間も、順調にことを進めていると思える。実際、すぐに合流できた。
「エイレーネ殿、首尾はいかがか?」
仮面に口元が隠れているものの、錬晏が信頼を寄せているのは明らかだ。エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、静かに頷いてみせる。続いて、情報を得るためには出場側のトループス級からになると、確認しあった。
「うおおおおーん!」
いっそう大きな歓声らしきものがあがった。
選手たちが入場してくる。どこか背筋が伸びていて、ちゃんと整列していた。
「雑兵相手ではあまり見込みは無いかもしれませんが……」
会場を眺めながらエイレーネは、小声でもらす。
「これまでの依頼で集めた情報を踏まえると、亜人とエゼキエル勢の相性の悪さは確実と見てよさそうです。アヴァタール級とトループス級に関して言えば、亜人が面倒に思う仕事を押し付けられる以上の役割はないでしょう。そうなると、知りたいのは『ジェネラル級が漂着してきているか』。……話して反応を見てみましょう」
ディアボロスたちは頷き、一足飛びに広場の真ん中へと出た。
「ふむ……あなたは亜人としてはかなり賢い部類のようですね」
エイレーネは、目星をつけた一体に切りだす。
はたして、相手は吠えもせず、人語で返してきた。
「ウェアキャットよ、我は話すことができる。つい、さっきから。だから、選手に選ばれた。この戦いに勝って、さらに選ばれるつもりだ。その戦う前の我に、なんの用だ」
尊大そうでいて、少し心もとない感じはする。錬晏も、別の個体に話しかけていた。
「先の大戦で敗北した種族が、この世界に紛れこんでるらしい。そいつらは蟲とは違う翼があって、人間を蹂躙することもなく、『人間を生かす』そうだ。そんな変わったやつら、見たことないか?」
わざと大天使やアークデーモンを小馬鹿にしたような口ぶりをした。相手の饒舌を誘えればいい。
「はっはっはっ!」
笑う、アンティゴノス・テュポーン。
「『人間を生かす』、だってぇ? 俺はしゃべれるようになったのは最近のことだが、ここいらの様子はこの目でしっかり見てきた。お前たちのような召使いでもなければ、生かす理由なんかねぇ。そんな種族は見てねぇな!」
こっちは、乱暴者タイプか。
どこの『目』で見たかは定かでないが、真ん中の首が喋る内容に、わざわざウソが混じっている印象は受けなかった。
エイレーネは、観客側をちらと眺める。
騒いでいるのは変わらない。この大会じたいが初めての経験だ。段取りなどないから、ウェアキャットだか人間だかが現れて、選手になにか世話を焼いていたとしても、その意味はわからないのだろう。
「周りの仲間を見ていると、あまりにも愚かだと感じませんか? きっと、策謀を語り合う戦友にも信用に値する指導者にもならないでしょう」
本心も含めたエイレーネの言葉を、テュポーンは首を上下させながら聞いている。
「それこそ法正のように賢い者がもっと仲間にいれば、もっと満足いく会話が楽しめるはずですよね」
「確かに」
肩についたほうの口が喋りだす。
「我はもっと賢くなりたい。我の部族は、知性が戦力に変わるのだ。もっと話して、賢く、強くなりたい」
エイレーネは、より具体的な言葉を使った。
「そう言えば……。『大天使』や『アークデーモン』と呼ばれる者たちが、このディヴィジョンに来ているとか。彼らの中には、亜人に引けを取らぬ武力と高い知性を兼ね備えるジェネラル級も少なからず存在するようです。一度顔を合わせてみてはいかがでしょう?」
「会いたい。そんな方がいるのなら。だが、我は聞いたことがない。大天使もアークデーモンも。ましてやジェネラル級のそんな種族も」
期待したような情報ではなかった。
けれども、この地域においては、エゼキエル勢の有力者が権力を持っているということはない、という現れなのかもしれない。
尊大くんも、乱暴者も、戦いに集中しはじめた。
エイレーネにも、錬晏にも、同様なことを言う。すなわち、バトルロイヤルで生き残り、花嫁をめとって亜人たちの父となれば、もっと広く知見を得られる。
その時には、めずらしい種族の話も耳にするだろう、と。
「ちょっと! 選手に混じっているのは、ディアボロスじゃない?!」
女性型の亜人が叫ぶ。
場が、混乱してきた。
「(潮時か……)」
夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は、仲間に目配せする。
「エイレーネ殿の言う通り、大天使・アークデーモンと亜人との相性は最悪で、少なくともスサでは、エゼキエル勢の活動はないものと見える。そこまでが分かれば、今回は十分だろう」
ディアボロスたちは頷きあい、素早く戦闘準備を整える。
女性型亜人の言葉を、バトルロイヤルの選手たちの一部が開始の合図と勘違いしていた。トループス同志で攻撃しあうなか、衛兵は乱入者を捕えようと広場の戦闘エリアへと入ってくる。すると今度は、参加資格の無かった観客が、飛び入りの解禁だと、これも勘違いしてなだれ込んできた。
もはや、誰が何をしているのかわからない、『アンティゴノス・テュポーン』たち。
大混乱に乗じ、錬晏は弾かれたようにダッシュする。
身をかがめた姿勢で、群れの中心部に突入した。外套は勢いよく脱ぎ捨てられ、愛刀である黒龍偃月刀の柄が、地面を強く叩く。
「復讐者・錬晏。この大会の勝者となり、花嫁はもらい受ける!」
柄の先から、衝撃波が走った。
噛みつきあっていたテュポーンが、吹き飛ばされる。
「『ΕΞΕΛΙΞΗ』……!」
立った姿勢を維持した一体がいた。
急激な自己進化とやらを起こしたのか。両腕の肘から先が刃物だ。
「私も、花嫁をもらうぞ!」
正確な発音で喋り、手近な同族の、首をはねてしまう。
頭を失ったテュポーンは動かなくなるが、遺骸を押しのけて立ち上がった個体には、小さな翼がいくつも生えている。
「ミーこそが、お婿さんにふさわしいデース!」
次々と進化体が現れ、アヴァタール級は『研究のとおり』と歓声を上げているようだ。すると、ウェアキャットのひとりが、そうしたテュポーンたちの前へと回り込む。
「クロノヴェーダの皆様、ごきげんよう。ミィのこと、お見知りおきくださいましね」
ミィミ・ミィ(里親募集中・g09552)だった。
「ユーは花嫁ではないデスネ?」
「蟲の力で改造された女じゃないな。猫の召使いはあっちへ……」
翼と刃物が困惑しているところへ、ミィミは爪をたてて飛び掛かった。
「子猫だからと侮る勿れ、お覚悟なさいませ!」
『Fight like Kilkenny cats(キルケニーノネコ)』は、爪を刃のごとき切れ味にする技。猫のように引っ掻き、猫のように逃げる。黒い怪物たちのあいだを跳ね、翻弄する。
「命あっての物種、これがミィの戦い方ですわ」
むしろ、野性味を感じる。
「ミーが、ミィに負けタ……」
半端な知性化体は、切り殺された。
客席から押し寄せてきたよりも、テュポーンの数が増えている。恐らく増殖、あるいは分裂か。
「うおおおーん!」
言葉は不自由でも、勝者への報酬は理解している。
怪物たちのあげる咆哮を押し返すような、怨嗟の叫びがこだました。
「リア充は死ねぇぇぇぇぇい!!!!!」
桐生・巧(リア充スレイヤー・g04803)だ。魔改造エアガンを連射する。
「合同結婚式だとぉぉお! 赦せるものかぁぁあ!」
増殖するさきから、弾丸が殲滅する。
「結婚相手を得られる機会があるだけでもぉぉ、リア充認定ぃぃぃ!」
やがて、呪詛の気持ちが高エネルギーに変換され、衝撃波となってトループスを襲うのだった。巧のパラドクス、『リア充退散インパクト』だ。
乱入してきた者たちはもちろん、衛兵たちも打ち倒される。
エアガンの乱射は続く。
敵認定に屁理屈をこねがちな巧だが、スサでのこの催しには一切の迷いがなかった。退散インパクトの威力も高い。
戦闘が進むと、これはバトルロイヤルではなくて、敵の襲撃であるとトループスたちも理解した。
残っているのは、やはり知性化の進んだ花婿候補たち。
慣れない言語を操っていたが、咆哮で連携を図りだす。
「いくら話せるようになったといっても、闘いの場となれば、獣に戻る、か。声がでかいだけで、俺の矛先が鈍ると思うなよ!」
錬晏は、偃月刀を構え直す。
(「奴らの連携に音を使っているのであれば、その規則性を読み取れないか」)
もし、会場に登場したときのように、軍隊としての行動をとってこられたら、もっと苦戦したかもしれない。烏合の衆では、連携も単純で、錬晏にも見破ることができた。
「咆えろ!」
闘気をこめて、『黒龍の咆哮』を振るう。
トループス級亜人『アンティゴノス・テュポーン』の隊列は崩れ、散り散りになって滅びる。
「ああ……あああ……! 理論は完ぺき、実験は上手くいきそうだったのに!」
嘆く、女性型の亜人。
アヴァタール級『魔女メーデイア』は、短剣と薬瓶を握りしめた。ドレスの裾から複数の蛇が、鎌首をもたげる。
薬瓶の中身が、辺りに振りかけられた。
「『王女のための呪い火』よ、いまいましいディアボロスらを焼き尽くせ!」
魔女メーデイアは、バトルロイヤル会場の一段高くなったところにいる。薬品のほとんどは、倒された『アンティゴノス・テュポーン』の死骸にかかり、それらを燃え上がらせた。
攻撃よりも、敵を寄せ付けない壁として、炎を利用するつもりらしい。
トループス戦に参加していなかった宇都宮・行(一般的な地方公務員・g03895)は、主催者席の裏側で小型拳銃『鬼怒』を抜く。
(「一般人たちは、建物から脱出できたようです。彼女たちが集落を離れて安全な場所に至るまで、まだあと少し……」)
亜人たちの注意をひくため、アヴァタール級へと挑みかかった。
「行さん、加勢するわね」
緋室・エマ(スカーレットガード・g03191)だ。
元ボディーガードにして、素手格闘に秀でたバウンサー。クロノヴェーダから人々を護るためなら、どんな労力も惜しまない。時間稼ぎをしつつも、花嫁奪還の意図を隠した。
背後をとられ、魔女メーデイアはますます不機嫌になる。
「ちょこまかと! 『ヒュプノスの竜眠術』でおとなしくしていて!」
眠気を起こす魔術だ。蹴りを放ったバウンサーの、軸足がふらついた。行が拳銃の照準を合わせる。
「エマさま、姿勢を低くしてください。……射撃強化『与一(ヨイチ)』!」
集中力を増すことで、味方の後ろから放った銃弾を、敵にだけ命中させた。
「くッ、うう、……薬瓶が!」
亜人の上半身に火花が散り、黒いドレスにも穴があく。左手をかすめた一発が、薬液を飛び散らせた。魔女メーデイアは短剣をかざして引き気味になっている。
しかし、まるでアヴァタール級の意思から独立しているかのように、裾からでている蛇たちが、エマを締めつけようと巻き付き始めた。
「使えるものは、なんだって使うわよ!」
エマは、燃えさしになっていたテュポーンの首を差し出す。大蛇は誤って、目鼻のない頭部に絡みついてしまう。すかさず、『クイックアサルト』で異空間に繋がる穴からバールのようなものを取りだすと、魔女の下半身に打ちつけた。
「痛いっ、痛いじゃないの! ……実験に乱入するし、不意打ちに隠し武器、あなたたちひどい!」
「素手で戦うとは言ってないからね。蛇とはちゃんと、繋がっているみたいね、メーデイア!」
合同結婚の式場になるはずだった広場は、赤々と燃えていた。
アヴァタール級亜人『魔女メーデイア』によって試されたトループス級が、処分とばかりに炎の薬液を浴びたからである。
「侵略者どもで実験、か」
自分が切り伏せた『テュポーン』の亡骸を横目に、夏候・錬晏(隻腕武人・g05657)は魔女へ視線を向ける。
火の囲いのむこうへと。
「人を人と思わぬ『法正』の所業もだが、お前も大概だな」
朱殷の闘気が偃月刀の刃に纏わりつき龍頭を模した。錬晏は、『エアライド』を使って、燃える亡骸を一気に飛び越す。続く、エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)は、『神護の長槍』と『神護の輝盾』を抱え、短時間の『飛翔』を行う。
「真正面から戦えば脚の蛇に邪魔されることになりそうですね。異なる角度から攻めてゆきましょう」
敵の頭上をとった。
偃月刀が、袈裟懸けに振り下ろされたところだ。
接近戦を挑んでいたディアボロスたちは、蛇足から逃れて散開した。アヴァタール級は短剣をふるい、錬晏も下がらせると、その刃に何か細工をする。
「研究成果のひとつ、『プロメーテイオンの短剣』よ。盾だろうと鎧だろうと貫き通すわ。魔女メーデイアの術を味わいなさい!」
見れば、切っ先をうけた錬晏の大籠手に、深い裂け目ができている。
「動かぬ右腕に痛覚はない」
リターナーの戦意は、剣が肉に達したところで落ちはしないようだ。しかし、あの切れ味は。
「神話に語られる、力もたらす薬を塗りつけた剣。それを模倣する魔女……」
エイレーネは警戒し、輝盾を身に引き寄せたが、ふと心に浮かぶものがある。
知らず、クロノヴェーダに思いをぶつけていた。
「亜人どもを許さず、人々のために尽力する、一人の魔女をわたしはよく知っています。彼女は魔術の女神ヘカテー様に仕え、その系譜に連なる神代の魔女への敬意を絶やさぬお方です。彼女と共に戦ってきたからこそ、あなたが伝説の魔女の名を騙り、冒涜しているのが許せません!」
気迫に、メーデイアは顔を上げる。
ひとりのファランクスランサーが、超加速を乗せた槍を突きたて真っすぐに降りてくる。
「どんな盾だって効かないって言ったでしょ!」
薬液にまみれた短剣を差し向ける。
神護の輝盾は横に振るわれ、短剣を弾いて狙いを逸らした。
「『舞い降りる天空の流星(ペフトンタス・メテオーロス)』!」
神護の長槍が、亜人の身体を深々と穿ち、勢いあまって地面にたたきつける。
「エイレーネ殿……」
錬晏は彼女の言葉を聞き、因縁浅からぬと察する。闘気の色彩が消え、黒い靄が湧きだすと、佩楯と胸当てを形成した。
ネメシス化だ。
生前の戦装束に近づくことで一層戦意を高めていく。
「『鋭鋒噛砕(エイホウゴウサイ)』、我が刃は牙の如く――!」
霞は『踢腿飛針』、履物に仕込まれた暗器にも宿った。今度は、錬晏の両足が龍頭を模した形状に変化する。倒れたアヴァタール級の下半身、すなわち蛇の頭へと、龍が襲い掛って噛み砕く。
「痛い、痛い痛いッ」
魔女メーデイアは、その場に縫い付けられたようになり、逃れることはかなわない。ドレスの腹には、長槍が突き立ったままだ。
「――覚悟なさい!」
柄を持つ手が燃え上がった。エイレーネは破壊の熱を送り込む。
「ああああ! わたしが、こんなところでぇ!」
一般人女性を改造し、テュポーンの集落で合同結婚式を行なおうとした目論見は、潰えた。アヴァタール級の身体も、炎のなかに朽ちる。
花嫁にされそうになった10人が、無事にミウ・ウルに保護されたのを見届け、ディアボロスたちは帰途に就く。
錬晏が、蟲将の名を口にした。
「あとは『法正』を――……」
「ええ、これだけ計画を妨害してやれば、スサでの戦いは新たな局面を迎えることでしょう。……異邦の将なれど、その悪辣さは亜人と同等です。蛮行の報いは受けさせます」
エイレーネはかのジェネラル級にも感情を抱いている。錬晏は深く頷く。
「必ず尻尾を捕まえて、討ち取ってやる」
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー
ザミエル、復讐の果て(作者 大丁)
もはや、拠点を守りきることはできない。
ディアボロスの襲撃を受けたマン島では、ジェネラル級竜鱗兵『ミセス・モーガン』が、他のジェネラル級に声をかけていた。
すなわち、『復讐の魔弾ザミエル』、『愛吹かす者フュルフュール』、そして『ネビロス』にである。
「グィネヴィア様から、皆さまを護るように申し付かっています」
ミセス・モーガンは受けた命令と、自身の決断を打ち明ける。
「ここは、私が防ぎますので、撤退を」
「……」
最初、ザミエルは黙っていた。
骸骨のような顔の、眼窩の奥に灯る赤い眼。ただ足元から、カリカリと耳障りな音が聞こえる。
右足の機械化された爪が、床を引っかいていた。
「命令には従おう。……後でな」
そう告げるとロングコートをひるがえし、護衛を引き連れ退出する。
三人のジェネラル級を見送ったあと、ミセス・モーガンは呟く。
「あの方たちは、グィネヴィア様の作戦の為に重要です。失う訳にはいかないのです」
新宿駅グランドターミナルには、作戦の進展にともなったパラドクストレインが出現していた。
「『第二次マン島強襲作戦』は、最大限の成功を収めつつありますわ」
時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)が依頼内容を伝える。
「防衛は不可能と悟った敵のジェネラル級が、マン島から脱出を試みようとしているようです。現在も、拠点強襲作戦は続いていますが、皆様には、撤退しようとするジェネラル級を狙い打つ決戦部隊として、マン島に向かっていただきます」
人形遣いは、四枚のクロノヴェーダの資料を掲出する。
そのうちのひとつを指差した。
「戦うべき敵は『復讐の魔弾ザミエル』です。皆様は、三体のジェネラル級が、城から抜け出したところへ先回りできます。ザミエルは、フュルフュールとネビロスを逃がして、その場で戦いを挑んできますから、これを受けて撃破してください」
四つの印のついた地図も張り出される。
「パラドクストレインで、強襲作戦が行われているマン島拠点から少し離れた場所に移動し、敵ジェネラル級の退路で待ち伏せる事になります。ザミエルとの戦闘は、彼が城壁を背にしたかたちで行われるでしょう。敵が脱出できないように、退路を遮断する必要もあります」
ファビエヌによれば、一辺を城壁とし、半円型の包囲を維持できれば可能だという。
「ザミエルはアークデーモンなので、飛行能力を持っているものの、マン島が陥落しかけている状況では、目立つ行動をとればディアボロスに撃墜されてしまうと考えています。急降下攻撃もしてきますが、舞い上がるのは城壁の高さまで。これは、護衛するトループス級『ガーゴイルガンナー』の戦闘方法も同様ですわ」
ファビエヌは、プラットホームへと降りる。
ふと、物憂げな顔になり、そこから見える景色へと視線を彷徨わせた。
車内のディアボロスたちへと言葉を付け加える。
「アークデーモンを利用して、最終人類史に侵攻しようとする、王妃竜グィネヴィアの計画を阻止してくださいませ。王妃竜をアークデーモンが利用しているのかもしれませんが、どちらにせよ、新宿島不在の東京23区への侵攻は許すわけにはいきませんから」
敵の姿はない、と報告された小さな門から、ジェネラルとその配下たちは城外へと出た。
このままマン島からの脱出を計れるはずだったのに、そこには待ち伏せがいたのである。
ディアボロスだ。
武器をとり、詠唱をし、逃がさぬ構えで迫ってくる。
人形遣いに案内されたチーム、とはジェネラルたちのあずかり知らぬこと。
それどころか、『復讐の魔弾ザミエル』にとって一人ずつの顔は重要ではなかった。
「ミセス・モーガンの願いは聞きたかったが、やっぱりダメだ」
骸骨が、詫びるように頭を垂れた。
様子の変化に、『愛吹かす者フュルフュール』と『ネビロス』はいぶかしむ。
「ディアボロスへの復讐が我慢できないんだ」
ザミエルはライフル銃を構えようとする。
戦ってはならない、命令は撤退だと、ほかのジェネラルが諭そうとも、赤く光る眼は燃え上がる。
「なぁに、こいつらは俺が倒してやるから、先に行ってろ」
右足の鉤爪が地面に食い込む。
フュルフュールとネビロスは頷き、脇から逃がされるようにして、去った。
この地こそ、ザミエルの復讐の果てとなるか。
残った配下とともに、待ち伏せチームに攻撃を仕掛ける。
人形遣いの話によれば、二体のジェネラル級は別の案内人が組織したチームの迎撃を受ける手筈になっている。この場のアークデーモンには、撤退も残留もさせない。
ディアボロスたちは突撃した。
走りながら、武器の封印を解く、呉守・晶(TSデーモン・g04119)。
「豊島区以来になるなザミエル、随分と久しぶりに感じるぜ」
「ディアボロス撃滅作戦に参加したジェネラル級として覚えているよ。相手は戦いたい気持ちを抑え任務を遂行しようとしていた……。私だって決着をつける機会を待っていたんだ」
アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)が構えるのは、『Day Braek of Leo』。黄金で装飾された分厚い大剣だ。
袖口から万能ナイフを取り出す、光道・翔一(意気薄弱なりし復讐者・g01646)。
「……奪還戦も近い中、漂着したアークデーモンの尻尾をいよいよ掴むことができたって訳だ」
「仲間達の獅子奮迅の活躍により、ジェネラル達を追い詰められる」
頷く、ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)。彼には『妖精の加護』がついている。
ナイフは手品のように虚空に消えた。
「……といってもまだまだ逃走阻止できるかは予断を許さないって感じだが……それでもまたとない好機だ」
「ああ、決して逃せない好機だ。必ずや奴等の首級を一つでも多く狩り、この地に正義を示さねばならない」
騎士のそばを、妖精が飛んでいるような燐光がちらつく。
ザミエルは、配下たちを前面に押したててきた。
「ガーゴイルガンナーかぁ、確かにちょっとドラゴンっぽいよね」
頭の上で、光を灯す、ハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)。翔一のナイフがまた消える。
「…先ずは配下だな。敵の大将と同じく銃使いか」
「武器以外は見た目的に中々このディビジョンに馴染んでるし、暮らしやすかったのかな?」
ハニエルの天使の輪には、『ヘイロー』という名がついている。
「ともあれ、ザミエルが此処を死に場所に選んだのならな」
晶の魔晶剣は『アークイーター』。
「いやー、私情で居残るボスに付き合わされるなんて、配下達も災難だよねぇ。『復讐が我慢できない』なんて……あははっ、ディアボロスじゃないんだからさ」
嗤う、一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)。
榴弾砲に取り付けたチェーンソーもあわせて唸った。
「わたし達も、あなた達に奪われたものを取り返すための復讐で動いているから」
シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)は白銀の長杖、世界樹の翼『ユグドラシル・ウィング』を握りしめる。 魔晶剣の切っ先で、地図をなぞる真似をする晶。
「俺らディアボロスに言うとはな。そんなに復讐に拘るなら火刑戦旗ラ・ピュセルに行けばよかったものを」
「成程のう。それほどまでに妾達が憎いか。じゃがそれはお互い様……という訳じゃ」
『デストロイガントレット』から、マユラ・テイル(みすてりあすじゃ・g05505)は鉤爪を引きだす。
一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は、『巨大魔導狙撃銃・零式』が、より重くなったように感じている。
「その心は綾音ちゃんもよーくわかる。だって綾音ちゃんもTOKYOの復讐者だしね。でも譲れないものってのもあるんだ。だから――」
「どちらが先か、後かなんてものは関係ありません。私たちはただ私たちの世界を守り、取り戻すために戦うのみです!」
『魔法発動デバイス:"Morgan"』、園田・詠美(社畜(元)系魔法少女・g05827)が携えるのは、機械化された『魔法使いの杖』だ。
互いの表情がよく見える距離にまで、接近した。
指差すかわりに鉤爪を差し向ける。
「被害者ぶるでない、あーくでーもんよ。妾達はえぜきえるの土地を……否、東京を取り戻したのみ。妾達こそ、正当なる大地住まう者じゃ」
「何の抵抗も許さず東京を盗んでいったのはあいつらなのに、よく言うよぉ」
『ダブルチェーンソーブラスター』は、回転数をあげた。
「随分危険な策を練ってたみてーだし、ここで確実に仕留めとかねーとな」
消えるナイフは、亜空間に蓄えられている。
「東京に攻め入るなんて許さないよ、ここで私達がやっつけてやるんだから!」
『ヘイロー』は輝き、『アークイーター』は変異した。
「すぐに相手をしてやるよ!」
「護衛から引きはがしに行くっ」
大剣から獅子のオーラがのぼり、機械杖が起動する。
「さぁ、ここまで来たのなら真っ向からぶつかり合いましょう!」
「わたしは、あなたを倒して先に進むよっ!」
差し向けられる『世界樹の翼』。担ぎ上げられる『零式』。
「さあ、やりあおうか?」
騎士の防具は、妖精と一体となった。
「いざ、参る」
一部のアークデーモンは翼に揚力を得た。
高く飛ぶよりも、宙に浮くようにしている。
「飛翔移動には注意だね」
シルは、『世界樹の翼』を『type.B』に変形させる。魔法の杖からバスターライフルへ。
ディアボロス側にとっても、砦をはみ出す上昇は危険だ。マン島拠点側からの流れ弾が飛んでくる危険がまだある。
足を止めて、仰角をつけた初撃後は、ジェネラル級の所在を気にしつつ動き回った。
牽制の通常誘導弾も混ぜていく。
頭上のガーゴイルは、魔弾をばらまいてきた。
その合間をぬって、機械化魔法杖には、詠美のプログラムが流し込まれる。機械的な発動音と、シルの高速詠唱が、奇妙なハーモニーを奏でた。
「空を舞う風の精霊よ、銃口に宿りて、すべてを穿つ力となれ!」
『裂空絶砲(エア・インパクト)』、ガーゴイルたちが組んだ空の陣を抜けるように、無数の風属性の魔力弾が撃ちだされた。
風弾にバランスをくずすアークデーモンもいれば、シルめがけて急降下突撃をかけてくるものもいる。
「今回のわたしは移動砲台っ! どこから来ても、どこからでも、撃っていくからっ!」
灰色のコウモリ翼にも焦らない。確実に一体一体仕留めていかなければ。
計算の完了音。
「凍結弾精製装置、起動。『フリージングミサイル』!」
詠美が機械杖から、冷気を封じたミサイルを発射した。シルに襲い掛かるガーゴイルを凍結させる。浴びせていた風属性弾のダメージに重なり、敵の身体は粉々に砕けて降ってくる。
「射撃を終えた瞬間は隙が大きくなるもの、ましてや上空からの急降下なんて大きな動きをするなら尚の事。凍らせていきますよ!」
詠美は、攻撃を繋げることができて、上機嫌のようだ。シルも、セミロングの青髪についた氷粒を払うと、『type.B』をトループスたちに向けた。
「あなた達の勢いや覚悟はすごいけど……。でも、わたし達だって負けてないんだいっ!」
「そうそう、護衛だけでは私たちの相手は荷が重いと思いますよ!」
次のプログラムが、走る。
ガントレットの爪をたて、マユラが走る。
「妾は、地上におる取り巻きから退治させて貰うぞ。銃使いか、お揃いというやつかの?」
ジェネラル級と配下に共通点があるのは珍しいことではない。マユラの問いは。
「貴様等も妾達が憎いか? 復讐心を燃やしておるのか? お互い様じゃ、それならば……どちらの意思が強いか、その勝負じゃ」
鉤爪に炎を纏った。
両腕の振りが残像になって、赤い帯をたなびかせているかのよう。詠美はその光景を目で追う。
「急降下による攻撃、足を止めていては良い的になるだけですよね……。私もこちらを狙う敵に注意を向けながら動き続けて、直撃を狙いにくくなるようにしよう」
魔法発動デバイスを抱えた。
頭の上に魔力障壁を展開したまま、居場所を移す。マユラのように華麗にとはいかないが、次のミサイルが発射できるようになるまでは、これでガーゴイルのダイブをしのぐのだ。
「燃えよ我が魔力……『爆炎爪(バクエンソウ)』!」
赤い帯が、彫像にまとわりついたように見えた。
爪の間合い、近接攻撃が届く距離まで近付いて、ガーゴイルを切り刻んでいた。
「貴様等の復讐心ごと、燃やし尽くしてくれようぞ!」
「マユラさん、すごいよー! ……わー!?」
詠美が頭を引っ込めると、ほんのちょっと上を、ガーゴイルがかすめていった。
「あぶなかった。お手本どおりにしたら避けられた。研修は大事です。……ん?」
銃弾をバラまきながら接近してくる一団。
奴らも鋭い爪を持っている。
「銃撃と近接攻撃、連撃とは厄介じゃの。……回避は無理じゃな!」
「アレぇ?!」
避けるために走っていたのではなかった。詠美のチラ見によると、マユラは集団の『ショットアンドクロー』を受けきるつもりのようだ。
銃撃は炎の鉤爪で弾き、命中する弾数を減らす。
いくつか喰らっても、敵の動きからは目を離さない。爪が何処を狙っているのか見定め、バトルガントレットの装甲で防御した。
体勢を固持したところからの、爆炎爪をきめる。
敵の一団もまた、マユラの間合いに立ち入っていたのだ。
「やー。あれは真似しちゃダメね。おっと、計算完了、凍結弾精製装置!」
ミサイルが、ダイブしかけの敵めがけて飛んでいく。
では、封印を解いた魔晶剣は、『ショットアンドクロー』にいかに対処するか。
「攻撃のタイミングを計りやすくしてやるぜ!」
晶も、ばら撒かれる銃弾に怯まない。
「こっちから突っ込むぞ!」
備えるどころか真正面から挑みかかっていった。魔晶剣が、いわゆる斬り払いによって銃撃のなかを前へ進ませる。ガーゴイルの爪が振り下ろされるまで、あとわずか。
「たかが一秒、されど一秒だ」
計っていたのは、この瞬間。
爪攻撃に替わるところを先んじて、魔晶剣アークイーターが敵の胴体を袈裟懸けに斬った。
コートの袖がついたまま、爪をとがらせた石像の腕が、晶の脇をすっとんでいく。
突貫する相手を探し、魔創機士と彼の武器は、勇猛さを増すのだった。アークデーモンのトループスたちは、翼をひとかきして後方に飛び、城壁の高さを背負うかたちで仕切り直そうとする。
「逃走の援護をされては厄介だな」
地上の敵と、いったん退いたザミエル、そして攻撃を仕掛ける仲間たちの動きを見たラシュレイは、自身も飛翔する。
シルから指摘されたとおり、他の戦場から狙われない様に必要以上の高度は取らない。
「あくまでも、ガーゴイル共と同じ闘技場に立つだけだ」
上昇とともに、キラキラとした燐光を宙に残す。妖精からもらった『浄化』の力を解放していた。
接近する燐光めがけて、『石化の魔弾』が放たれるが、浄化が呪いを遮り、ナイトシールドが魔弾を受け流した。
「光よ!」
ラシュレイの手元がひときわ明るくなる。
配下たちは空中で決着をつけようと突撃してくるが、妖精剣の切っ先に達した燐光は、それを『破邪の剣』に変えた。
「『光輝疾走(デイブレイクソード)』!」
すれ違いざま、数枚のコウモリ翼が、切断されて散る。
ヒラヒラと落ちてくる残骸を見上げて、ハニエルの天使の輪が力を増した。
「ラシュレイくん、やるね☆ とゆー事で、私も飛翔♪」
機動力を確保した上で、敢えて目立ち、敵の攻撃を引き受けるつもりだ。空中での戦況を伺っていた翔一は、地上でも同じことを試みる。
(「初めは撃ちこまれる位置を見切っておいて、っと」)
ダッシュやジャンプで魔弾を回避していく。
にもかかわらず、覇気の薄い、ぼんやりした翔一の表情。それが幸いしたか、ドラゴンにも似た石像たちは苛立った。牙を剥きだしトリガーを引き続けている。
(「そろそろか。わざと魔弾へ当たりに……。といってもモロに喰らわず掠めて呪詛はもらっとく程度にだが」)
『亜空仕掛けの刺突罠(サブスペース・スタブトラップ)』をチェックしておいてから、翔一は転倒してみせた。アークデーモンたちは、自分の撃った弾が当たったと主張しあいながら、我先にと飛翔突撃に出てくる。
(「最終的に接近してくるのが分かってるならそれを使わない手はねぇ」)
亜空間に溜め込んだ、スローイングナイフが高速射出されてくる。
仕掛けをし、自らが餌役になり、そして不意打ちである。
地面に転がって見た空を、ラシュレイが横切った。全身に燐光を纏い、高速で飛び回りながら敵を片端から切り払う。彼が斬ったぶんか、ナイフが貫通したぶんか、翔一のまわりでドサドサと、重量物の落下音が連続する。
「……せいぜい気をつけな」
身を起こすと、撃破されたガーゴイルたちの骸を確認した。
忍ばせたナイフは、まだ十分な本数がある。ふと、敵意とは別の視線を感じてたどると、綾音だった。
いつもの笑顔ではないが、適度に心配しているような表情。あの、巨大な魔導狙撃銃を片手で掲げ、ジェスチャーからすれば、翔一にもその下に入るか、たずねているようだ。
銃身で敵の魔弾を防いでいるらしい。被弾して、呪詛で動けない仲間を助けようとしている。
雨が降ってきたよ、傘がないなら綾音ちゃんと一緒に使う?
身振りはそんな感じ。
「あー……まぁ、ダイジョウブ」
翔一も、身振りで辞退を申し入れた。
「そっか。怪我じゃなくて良かった。なんなら石化されたとしても逆にその硬さが活かせるもんね、多分」
綾音は『流星剣』を展開する。
「天の星は剣となりて道切り拓かんと……!」
鋼属性の魔力で生成し、光属性の魔力をエンチャントした剣が、空中のガーゴイルよりも高いところから降り注ぐ。自分にむけて撃って来ていた敵は、突撃にはいる隙に串刺しになった。ハニエルへの魔弾は、ちょいちょい命中している。
「石化させられるのは勘弁だけど、こっちだってちょっとやそっとの呪詛に負けたりなんてしない!」
天使の輪に全力を出させている。
巨大武器の下にいれるのは無理そうだったから、綾音は魔弾の射線をふさぐように、剣を降らせた。鋼属性がハニエルを護ってくれたようだ。射撃中の敵の下へと急いだ。
「灯台下暗しを狙っていくぅ!」
傘ではなく、魔導狙撃銃としての『零式』の出番である。
援護を受けて立て直したハニエルは、解放したオーラの防御力を信じて攻勢に出る。ガーゴイルの突撃に、こちらも飛翔で応じた。
「ザミエルの護衛になっちゃったのが運の尽き!」
「おのれ! 我が主君を愚弄するか!」
トループス級は、歯を食いしばる。
綾音が覗くスコープごしにも、激昂が映った。
「君達も相当復讐心があるのはわかるけど……こっちも生憎負けてあげるわけにはいかないからね」
結局、マジ天使の飛翔は引き付ける役で、綾音の流星剣がその個体にとどめを刺した。
「ハニエルぅ!」
「囲まれないように注意だよっ!」
アンゼリカも、大声をだして警告する。ちょっと、高度をとりすぎだ。回避を続けていると、敵があまり飛びたくない高さへと入りこんでしまう。
ややもすると、上方向に追い詰められかねない。
見ているあいだに、別のガーゴイルが、アンゼリカへとダイブしてきた。
「上は仲間に任せる。少しでも早く、1体また1体と倒していこうっ」
視線を自分の敵へと集中させた。
黄金の大剣を構える。
ヘイローの輝きは、最高潮。
「ハニィちゃん、マジ天使なので!」
頭の上のほかに、回転する無数の光の輪を出現させている。
『リングスラッシャー』と魔弾は撃ち合いになり、撃破されたのはガンナーたちのほうだった。天使を空に追い詰めることなど、アークデーモンには出来なかったのだ。
「さよなら、ドラゴンっぽい人たち。ザミエルだって、逃がさないんだからね!」
地上への激突で砕けた石像。
急降下攻撃のすえに、地上戦に戻った護衛のトループス級。アンゼリカたちディアボロスは、残った敵を始末していった。
仲間で息をあわせ、挟撃するように足を使って動く。
ガーゴイルの数が減ったことで、パラドクス通信で意思疎通する余裕も出てきた。
「空中戦を得意とする相手みたいだったけど、空からバンバン撃ってくるヤツは片付いたかぁ」
燐寧は、布陣を整えるのに苦心していた。
敵も味方も、上も下も、お互いの隙や側面、背面のカバー。
がんばった甲斐もあって連携は成功したようだ。
「あたしも相応のお返しをした方がよさそうだねぇ」
『ダブルチェーンソーブラスター』を抱えた。
「燐寧、仕掛けるタイミングを合わせて一斉に切り込むよっ」
「いいねぇ、アンゼリカちゃん。逃げ場のない城壁のカド側に押し込もうよ」
ディアボロスに追い詰められ、トループス級アークデーモン『ガーゴイルガンナー』は、護衛としての最後の抵抗を示した。でたらめに爪を振り回してくる。
「ウオオオ! 主君を護れェ!」
「狙いどおりにはいかせないよぉ」
ふたつもついているチェーンソー刃が、クローを弾き、へし折った。燐寧は、武器を砲撃姿勢に構える。
アンゼリカは、『Day Braek of Leo』に、獅子のオーラを立ち昇らせている。
「マン島に集った敵は全て倒す。アークデーモンに好きにはさせない。その心とともに私の雷光よ、輝けぇっ! 『雷剣波紋衝(ライケンハモンショウ)』!!」
「不運なきみ達には悪いけど、さっさと死んでもらうよぉ。生憎、こっちは我慢する必要もない身分だからねぇ。『闇雷収束咆・迅雷吼(プラズマ・ダーク・ハウリング・ブリッツ)』!」
ふたりの身体に別々の力が宿る。
いっぽうには怒りの雷光。
もういっぽうには成仏していく怨念。
大剣は輝きながら、ジェネラルの配下を薙ぎ払う。榴弾砲はガトリング弾のような怒涛の連撃を吐きだして、すべてにトドメを刺した。
「トループスは終わったよっ」
シルがまっすぐ見据えるさき。
「……護衛は全員倒していよいよアンタ一人だけだ」
翔一は、ボサボサの髪ごしに目を光らせる。綾音が相手の名を呼んだ。
「ザミエル……やりあおうか。綾音ちゃん達の、復讐の戦いを」
「新宿決戦で重傷を負わされた復讐なんてちっぽけな復讐にプラスして豊島区とマルコシアス、そしてTOKYOエゼキエル戦争の復讐を果たせるなら果たしてみな!」
晶が並べ立てると、痩身のアークデーモンは呻いた。アンゼリカも、思い出すことがある。
「ディアボロスとは豊島区からの……。ううん、もっと前からの因縁だよね。いざ勝負! 決着をつけよう」
ジェネラル級『復讐の魔弾ザミエル』の背後は、すでに城壁によって塞がれていた。
「なるほど、味方の撤退の殿を務めたか。単に命を捨てる覚悟とも見えぬ。騎士として、その勇猛に敬意を表しよう」
妖精剣を引き気味に構えると、ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)はナイトシールドを掲げ、防御体勢を取る。
「だが、我等にも大義あり。ここで雌雄を決する為、退路は断たせて貰う」
『パラドクス通信』を開いて陣形の指示を出した。ディアボロス全員で連携し、敵を包囲封鎖するのだ。
悪魔の翼は健在だから、逃げ道を塞ぐなら三次元的な展開が必要になってくる。
砦の高さからはみ出さない位置に、天使の輪『ヘイロー』が位置した。
他戦場から狙われない加減を把握しているのだろう。
なおもアークデーモンが、頭上を越えようとするならば、狙撃を任せられる布陣がある。
『ダブルチェーンソーブラスター』の威力はトループス戦でみたとおり。『ユグドラシル・ウィング』は射撃姿勢をとっている。
巨大魔導狙撃銃の『零式』こそ補助的な扱いだが、『魔法発動デバイス:"Morgan"』と上手く組みあうに違いない。
ジェネラル級の右足が、地面を掻いた。
機械の爪で踏み切ってくるか。
地上を移動しようとする動きならば、予測も出来よう。
魔晶剣『アークイーター』と大剣『Day Braek of Leo』の切っ先が追従し、鉤爪つき『デストロイガントレット』が見逃さず、いざとなれば亜空間から、『万能ナイフ』が飛来する。
ザミエルの突破行動に即座に対応するため、ラシュレイは反応速度が上昇する世界に変えていた。
陣形全体の管理に集中する。
「もはや逃さぬ、とは言わん。貴公の望みは私達への復讐だろう。ならば私達こそ逃げも隠れもせん。かかって来るがいい」
蝙蝠の被膜と機械化ウイング。
ジェネラル級アークデーモンは左右で不揃いの翼を広げ、ディアボロスたちへとむかってきた。白水・蛍(鼓舞する詩歌・g01398)は、合図のひとことをパラドクス通信にいれて、詠唱へと入る。
「さて、ザミエル。年貢の納め時ですわね。先に倒れた者達の後を追わせてさしあげましょう」
包囲と連携を維持するためだ。
お互いの技の隙を埋め、標的にされている者に警告をだす意味もある。いま、悪魔の銃口が狙っているのは、シル・ウィンディア(虹を翔ける精霊術士・g01415)。
「……ザミエル、殿を務めるくらいにわたし達への復讐心が強いんだね」
通信機からの合図で身構えた。
「この期に及んで逃げる……とは申しませんね? 逃げればその名の名折れですわよ」
蛍は、敵に倣って低空の飛翔をつかい、シルとのあいだに割って入る。
挑発の言葉は宙に消えた。
確かに速いが、ディアボロスの陣を突破する意図は、ザミエルにはない。そう読んで、蛍は相対速度をゼロにして、パラドクスを発動した。
「貴方には我々を打ち破るか、此処で朽ち果てるかの二択しかないのです。さあ、参りますよ! ――我が音に応えて来たれ。死へと誘う薔薇の香を此処に。その香りも花びらも汝の命を手向けとなる!」
薔薇の花々が、髑髏の顔を包む。
『マルメゾンローズ』の香気が、その精神を蕩かし、動きを妨げるだろう。蛍の飛翔に後れをみせた。
次の瞬間、花びらを散らして銃声が轟く。
シルの身体がばったりと後ろに倒れ、蛍は地面と衝突して、大きく跳ねた。数回ころがったが、体勢をたてなおし、薔薇の香気を送り込もうと両手を突きだす。
「致命傷さえ避ければ問題はない。立っているのならまだ戦えます。そうでしょう、ザミエル!」
前哨戦で、仲間が防御効果を溜めてくれたおかげ。
ジェネラル級は答えないが、装備で防いだ被弾箇所がうずく。
込められた復讐の念だ。
あのアークデーモンは、立っているかぎり、戦ってきた。
「復讐心なら負けないよ、ディアボロスは。だって……」
シルの声が小さく、通信に入る。彼女も銃撃の予測や、防御効果をつかって無事らしい。
「あなた達に奪われたものを取り返すために戦っているんだからっ!」
チクリ、と痛みが。
なにか思い出しかけたが、敵のパラドクスの術かもしれない。それよりも、低空飛行のむかう先がわかってシルは伝達する。
「ラシュレイっ、『復讐の魔弾』に気をつけてっ!」
彼のほうでも察知していたようだ。ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)は、ナイトシールドを掲げた。
「事此処に至れば、もはやお互い語る事もあるまい。決着を付けるのみ。いざ、参る!」
飛んでくるザミエルを、正面から待ち構える。妖精の燐光も薄く見えた。シルは、『世界樹の翼type.B』のモードで射撃体勢を継続し、高速詠唱も開始する。
燐光は、妖精界より光輝く槍を召喚した。拝領するラシュレイ。
アークデーモンの背中側から、先行してシルの援護が届く。すなわち、誘導弾の連射と、続く『七芒星精霊収束砲(ヘプタクロノス・エレメンタル・ブラスト)』。
「六芒星に集いし世界を司る6人の精霊達よ、過去と未来を繋ぎし時よ…。七芒星に集いて虹の輝きとなり、すべてを撃ち抜きし光となれっ!!」
増幅魔法術から四対の魔力翼が展開し、『type.B』への反動を支えた。
属性の合わさった砲撃が、ザミエルの機械翼に命中する。火花を吹いたが、身体が少し傾いただけだ。ラシュレイにむけてライフルを乱射しながら突っ込んでいく。
妖精騎士は盾も使いつつ、静かに槍を構えていた。
「我等ディアボロスも、復讐から生まれ其を力の源とする身。だが、各々その先に目指すものがある。命を賭した貴公の復讐には敬畏を払おう。故に、全力を持って打ち砕き、進ませて貰う!」
まるで、銃弾に込められた憎悪と会話している気分だ。
ラシュレイも、己が信念を槍に込め、更に輝きを高める。
「これぞ復讐を越える私の力、正義の光! 貴公の魔弾にも劣らぬ英雄の聖槍、その威力受けてみよ!」
渾身の力を込め、槍を投げつけた。
『英雄王の槍(ロンゴミニアド)』は、閃光と成しザミエルの身体を貫く。
いや、体幹のどこかを突き抜けたようだが、撃破するほどではない。ボロボロのコートに、新しい穴を開けている。照準をつけていたシルからは、そう見えた。
「射手としてはあなたの方が格段に上だけど……。でも、魔力砲撃なら負けるつもりはないからっ!」
くすぶっていた機械翼から、放電が起こっている。
コートも発火した。
色からすると、ラシュレイの槍であろう。貫いたさいに残した、浄化の光だ。眼下の奥で赤い目を明滅させたが、骸骨の顔に焦りのそぶりはない。
翼を畳んで、着地する。まだ少しの距離があるラシュレイに、銃口は合わさっていた。
「百発百中の魔弾ならば、千発の弾丸に耐えてみせよう!」
ナイトシールドに、撃ち込まれる念。
魔弾を止めながらラシュレイは、仲間に陣形を狭める指示を出した。空を守っていたハニエル・フェニックス(第七の天使・g00897)が、高度を落としてくる。
「もう護衛もいないし退路も断った。ここで終わらせてやる!」
「シルさんも注意してたけど、『魔弾』は恐ろしいからね!」
通信機からは、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)の慎重な声。
「『魔弾』? あ、ザミエルって『魔弾の射手』と言うオペラに出てくる悪魔じゃねぇか!」
今度は、カルメン・リコリスラディアタ(彼岸花の女・g08648)だ。
「同じオペラ由来の名前も何かの因縁だ、この手でザミエルを仕留めて討伐してやるぜ」
仲間たちが、短く連絡をとりながら、包囲を縮めていく。上からながめるハニエルには、その様子がよく分かった。
そして、敵の殺意も見える気がする。
「直接会った事はなかったはずだけど……この気迫、ディアボロスなら誰でも良いから復讐したいって感じだね」
敵の武器のライフルは、囲みに対して乱射されている印象だ。ハニエルは弓で対抗する。
「復讐したいのは、こっちも同じ。他所のディビジョンでまで悪い事はさせない。もちろん新宿島に攻め込むなんてさせないよ、アークデーモン!」
聖なる力を秘めたオーラによって作られた銀色に輝く矢を『エンジェル・ムーン』に番えた。
やることは同じだ。
「よーく狙って撃つ。私の力を目一杯込めたこの矢で、そのハートを射抜いてあげる!」
幾筋かの銀の輝きが、地上に振った。
コートの上から射抜いているから、命中はしている。ザミエルの動きが変わらないので、効き目は不明だ。
「まぁ、悪魔のハートがどこにあるのかは分かんないけどね」
するうち、空にむけても発砲されだした。
「言うだけあってすっごい怨念……」
「ハニエルちゃん、降りてきたほうがよくないか?」
気づかう、カルメンの通信音。彼女の装備にも着弾している。見えるように手だけ振った。
「流石にちょっとキツいけど、復讐者なんて呼ばれてる私達が負ける訳にはいかないね」
天使はめげずに、オーラ全開で身を守った。
「よーし、よし! 俺は、『氷襲花』の護りの魔力の盾で防いで、致命傷にならないようにっと」
「ちょっとやそっと逃げたって無駄だよ、矢だけど誘導弾なんだから!」
ハニエルはポジションを堅持し、魔弾から受けた圧迫からも平静を保った。
「どんなに強い復讐の念にだって怯まない! こっちも聖なる力でお返しだ! 弓じゃ銃には勝てないって思ってた? それが正しいかどうか……勝負だ!」
「退路断たれて殿を務めようがどんなに俺達への復讐心を燃やそうが、てめーの末路は俺達によって倒される……。悲劇どころかグランギニョルも真っ青なくらい超絶悲惨なバッドエンドだぜ!」
カルメンも心理的な抵抗を示した。
そして、ロキシアが前に出る動きを見せる。
「いつもながらジェネラル級と戦うのは恐ろしいけれど、挑まないって選択肢は勿論無い。僕が戦えばそれだけ怖い思いをしなくて済む人が増える。だから……!」
勇気をもって踏み出し、駆けた。
合わせてカルメンが、援護の魔法砲撃を準備する。
「俺達には絶対に護るべき大切な存在がいるんだ! 大好きな新宿島にザミエルの魔弾なんぞ1発も届かせはしねぇぜ!」
黒く煤けた機械の翼が、また開いた。
ハニエルに牽制をしたのち、垂直に上昇しようとしている。ロキシアは、気を引こうとしているかのように、ヒール音を鳴らし、ヴェールを靡かせた。
「メンゲやイマジネイラの仇討ちさんかな? そんなに昔でもないのに。なんだか懐かしいや。どーぞ、かかってこい!」
「仇討ちだと……俺があいつらの?」
無言で攻撃を繰り出していた『復讐の魔弾ザミエル』が、口をきいた。
「あんたこそ、俺の全力魔法砲撃な闇の魔砲……『曼珠沙華の日蝕砲(ブラッディ・エクリプス)』を喰らって、とっととこの世から退場して消え失せやがれ!」
空中で悪魔の翼を広げた相手に、カルメンがパラドクスを放つ。
属性は闇だが、赤い花びらが舞い上がった。すでにあちこち焦がしたザミエルのコートに、花びらからの引火が起こる。燃える『デーモンウィング』が、ロキシアへと急降下してきた。
「鎖みたいに繋がって次へ次へと生まれるもの。僕らがやってることに正当性があるなら、きみの復讐も、きみの抱えた感情も真正面から受けるべきだって思ったのさ」
「だが、豊島区の支配者たちは違うな! メンゲはいいものをくれたが、我が主君は『狼魔侯・マルコシアス』様だった!」
ザミエルの放つ衝撃波で、ロキシアは吹き飛ばされそうになるが、『魔槍』を地へ突き刺し身体を支える。『Moon-Child』を外骨格化させてダメージを軽減させた。
「障壁を張り、迎撃の中でも無理矢理に叩き込めるこの技なら、復讐心にだって、負けやしない!」
さらに、秘めたる勇気を、己を守る障壁へと変えている。
降下してくるアークデーモンに対し、魚雷の如き勢いで突進した。
「速度を乗せたランスチャージで敵を貫く! 『フィアレストーピード』!」
ぶつかり合い、双方が跳ね返された。
仲間の捨て身の攻撃でも、ザミエルはすぐに射撃姿勢に戻っている。ロキシアの無事を確認したのち、カルメンはこぼした。
「あれがジェネラル級かぁ……戦うのは初めてだが、気迫も何もかもが今までの敵とは桁が違う、かなり用心しなきゃな」
「そうだね。相手は攻撃にいくらでも感情を乗せられる状態。次にどんな一撃が飛んでくるだろう」
ふと、ロキシアにも、直接の対戦は初めてでも、ザミエルとは因縁があることを思い出した。
アークデーモンのジェネラル級が知れば、個人的な復讐対象になるのだろうか。
障壁を破られ、負傷した箇所を押さえながら、ロキシアは攻撃の機会をうかがう。
ライフル銃を構えたアークデーモンは、すぐには射撃にうつらなかった。
コートの裾で、まだ炎が消えていなかったためである。戦意も消えていないがザミエルは警戒しつつ、それをはたいている。イルゼ・シュナイダー(サイボーグの殲滅機兵・g06741)は、ビーム砲のフルチャージを待ちながら、仕草を注視していた。
「ザミエル、ドイツの民間伝説を基にしたオペラに登場する悪魔の名前でしたね。ドイツ人として少々複雑な気分にさせられますね」
無言で戦っていたザミエルが、先ほど少し口をきいた。
「……今更ですが少々聞きたいことがあります」
イルゼはジェネラル級に問いかける。
「一つは、新宿決戦で重傷を負った、とのことですが……新宿決戦で実際、なにがあったのですか? 当時のディアボロスに、アナタに重傷を負わせるのも、ましてや大天使ヘルヴィムを斃す程の力があったとは思えないのですが」
コートをはたく音だけが続く。
ディアボロスの仲間たちも、武器や詠唱を準備しながらも、成り行きを見守った。
「もう一つは、世田谷区の支配者マルコシアスがアナタと共に豊島区に派遣したというジェネラル級アークデーモンのハーゲンティは、いったい何をしていたのですか? 結局、ハーゲンティは豊島区の戦いにも世田谷区の戦いにも顔を出しませんでした。まさか豊島区でただサボっていたわけでも、主であるマルコシアスの命令を無視して実は豊島区に行っていなかったわけでもないでしょうし、それとも同僚だったのにハーゲンティのことを知らないのですか?」
人見知りのはずだが、こんな時はなぜだか口が回る。
ザミエルは、イルゼの顔を見て、周囲のことも見た。
「お前らディアボロスのせいなのに、よく言うぜ。どちらの答えも、お前たちはもう知っている」
右足でトントンと地面をついた。
少なくとも彼は、それが新宿決戦でつけられた傷であると示したことがある。
「ハーゲンティなら、豊島区に派遣されて、大同盟に加わっていた。いっしょに戦いはしなかったが、ゲーセンの台パンがどうとか言ってたから、作戦のひとつはお前たちが潰したんだろ」
この場には、アークデーモン大同盟が起こした初期の事件に絡み、依頼に参加した者も多かった。
大同盟側で現場の指揮を執っていたのはアヴァタール級までだ。姿を見せずとも、裏で引いていたのが他区からのジェネラル級だったのは想像に難くない。
イルゼも頷かされる。
「それに、マルコシアス様の元までたどり着けないように遅滞戦術を仕掛けてきやがったな」
赤い目が光る。
「俺もハーゲンティも遠回りさせられた。世田谷区に入れたところでそれっきりだ。俺はキングアーサーに漂着したが、あいつがどうなったかなんて知らん」
これには、シルとロキシア、そしてアンゼリカが口を丸くする。
彼女たちが、杉並区で相手したのは、『デーモンギャル』だった。天使との共同戦線をほのめかして退かせた。あのトループス級を先頭にして、そのうしろにザミエルだけでなく、ハーゲンティの部隊もいたことになる。
ビーム砲のフルチャージが完了したことで、イルゼの雰囲気が変わった。と、ザミエルも気がつく。
コートの火も消え、アークデーモンは武器を構えた。
「ザミエルの話が本当かはわかりませんね。ハーゲンティもどこかに漂着している可能性があるわけですか……」
遠慮なく、『リヒトシュトラール』を発射する。
「豊島区でお前と決着がつかなかったのは心残りさ。さぁ存分に戦おうか――勝負!」
光焔剣を実体化させる、アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)。
「台パン……。アレか? あそこか?」
一ノ瀬・綾音(星影の描き手・g00868)は、首を振る。過去の詮索をしている場合ではない。
「ザミエル……やりあおうか。綾音ちゃん達の、復讐の戦いを」
戦闘が再開され、あらためて挑発の言葉を述べる。
「君の退路も最早断たれたけど、元から殿をするにあたり撤退できない覚悟はできていたでしょ? いいよ、綾音ちゃん達が存分に復讐の相手をしてあげるから!」
その返事は、また『復讐の魔弾』だった。
ザミエルは喋らなくても、込められた念が、感情を雄弁に語る。もちろん、受けて嬉しいものではない。
宙に浮くような位置取りをされたので、綾音は魔弾を狙いにくくなるよう、なるべくザミエルの足下の灯台下暗し、さっきのガーゴイルガンナーを相手にした時と同じ距離感でいくようにした。
城塞の崩れた箇所など、遮蔽物も有効活用してワンパターンでは見切られないようにしていく。通信での連携や予測、そして防御効果は、ここまでの戦闘で周知、共有も十分だ。
綾音は、巻き込まないよう合図をし、『厄災の星光』(レディアント・アステル・ディザスター)』の詠唱に入った。
「焦熱の炎、極寒の氷、激流の水、烈震の土、浄化の光、堕落の闇…世界に溢れし6つの力よ、今こそ一つに集い、彼の者を滅する極光となれ!」
複合属性魔法だ。
「君の復讐心も、何もかも、全て飲み込む浄化の極光! その身で、全身で、余すことなく受け止めるがいい、ザミエル!」
戦場全体に吹く、風のような魔力。
ディアボロスたちも一時は、大地に身を伏せた。
収束したのちに、魔砲となって放たれる。
「これがTOKYOエゼキエル戦争からさらに成長したディアボロスの力だ!」
「ぐ、うぉぉ!」
ザミエルが、気合の叫びを発した。大技を受けて、全身を震わせている。トリガーにかかる指に、力がこもった。
アンゼリカは、銃撃を盾と障壁でしっかり凌ぎそのまま近接戦を挑む。
強固になった肉体だけでなく、命中をあげる導きも、十分なエフェクトが得られている。仲間がつないだ効果を積極的に活用するのだ。
「足の鉤爪がこちらの身を裂こうが心は折れないよ。お返しにどーんと強烈な光焔を叩き込んでやるんだから。私達の心の光ッ、今最大まで輝けぇーっ!」
『神焔収束斬(ジャッジメントセイバー・ネクスト)』、魔力とオーラ操作で構築した光の巨大剣が、ザミエルに振り下ろされる。
それを、高く上げた右足が、受け止めた。
機械の鉤爪が。
「私達も復讐が心の中心にあるはお前と同じかな。けれど私達は常に仲間と作戦を信じ、時に己の感情を殺し、奪還のその先に人々の笑顔があると信じ戦い抜いてきた! お前の、己の心1つを満たすだけの復讐に、負けるものか!」
今迄歩んできた復讐者としての戦いに、恥じることはない。
自分たちへの復讐なら堂々と受け止め、そして勝つ。
アンゼリカの気迫と、仲間への鼓舞が共鳴したのか、大剣を受けた爪の一本が、甲高い金属音とともに折れる。
『《RE》Incarnation』を構え、ザミエルの様子を窺っていた、ラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)。かつて、彼女を蹴り飛ばし、胴を切り裂いた鉤爪が、欠けるのを目の当たりにする。
この瞬間こそが、攻撃を連携させ、途切れさせずに一気にきめる、チャンスだ。
「『Call:Breaker_Lance(コール・ブレイカーランス)』起動。穂先を拡張……そして突撃」
ラキアは、飛翔するアークデーモンと高度を合わせ、勢いを乗せた貫通撃で奴の胴を狙う。まさに復讐をとげる一撃に見えた。
「お、おまえは……!」
ディアボロスの顔など見分けていないと嘯いていたジェネラル級は、瞬間的にラキアを意識する。
そのために、見せかけに引っかかった。
二重螺旋状に回転する炎と風の穂先は、生身のほうの翼を貫く。
「何もこの一撃で倒す必要は無いのだからな」
ラキアは交差し、ザミエルはバランスを崩す。
「仲間の為に殿を務めるとは、大した奴だ。例えそれが、此方への復讐等といった理由でも……だ。其方が此方に対して復讐心を持つように、此方も同様だ」
両翼を傷つけられ、さすがに空中での自由が利かなくなっている。
一里塚・燐寧(粉骨砕身リビングデッド・g04979)は、その姿を見上げて『ダブルチェーンソーブラスター』から榴弾を放つ。
「だけどこれはぁ、牽制!」
時限信管で命中前に爆発させ、黒煙と炎で視界を塞ぐ。
「あはっ。その覚悟決まった顔は嫌いじゃないかも。でもこっちはずーっと前から、それ以上の覚悟決めてるんだよねぇ。自分の人生と皆の未来を奪った奴は全員ブッ殺すってさ。さぁ――《復讐者》としての年季の違い、見ていきなよぉ」
一本が折られたとはいえ、返答はやはり爪。
ラキアと燐寧を追って来て、鋭い切り裂きを繰り出してくる。避けるさきを塞ぐように、ライフルも乱射した。
槍の穂先を爪に当てて逸らし、直撃を回避するラキア。燐寧も足を止めないようにして狙撃と爪撃のあいだを抜ける。攻撃のひとつずつが、復讐だ。
だんだんと、ラキアの槍だけが、爪の相手をする形に持っていく。
「貴様等翼持つ者達は、七曜の戦の時に滅ぶべきであった。生き延びているのは滅ぼしきれなかった、此方の責。故に貴様等は誰一人逃がしはせん!」
「いまは、キングアーサーに仕えている。やがてアークデーモンは、TOKYOに還るだろうよ!」
「昼だろうが夜だろうが、あたしがいる時が逢魔が時だよぉ」
煙と混乱に紛れて、燐寧が肉薄していた。
頭上を取り、落下の勢いを乗せた突撃を敢行する。
「『屠竜技:真滅落陽斬(スレイヤーアーツ・ブラックサンズトワイライト)』!」
二枚の回転鋸刃に、太陽が落ちて来たかのような衝撃と破壊力が加わった。機械翼の根元をかすめ、大きな裂け目をつくる。
「お、俺の翼が、またしても、……おのれぇ」
「地平線に沈めたげる!」
ザミエルは、マン島の大地へと落下した。
「……直属軍でも区の支配者でも無かったにせよ、アンタも手練れなら、おいそれと逃げおおせられる状況でないのは分かり切ってるだろ」
光道・翔一(意気薄弱なりし復讐者・g01646)が魔導書を手に近づく。
ジェネラル級は、よろめきながらも立って銃撃してきた。翔一は、相手が鉤爪での攻撃に切り替え接近してくる隙を突く。
「……ましてや本願たる復讐を果たさせる気概は毛頭無ぇ。……大人しくとは行かねーだろうが、ここで討ちとられてもらおうか」
魔法で空間を歪めた。
ザミエルには、まだ戦闘能力が残っている。鉤爪はひっこめられ、消失を免れる。また、銃撃に戻った。繰り返される『スナイプアンドクロー』。
呉守・晶(TSデーモン・g04119)は、魔晶剣を構えた。
「豊島区から此処まで随分と先延ばしにしてきたが、いい加減に決着を付けようぜ。味方を逃がす為ってのは建前で、お前だってそれを望んでるから残ったんだろう? 『ディアボロスと戦えるなら何でも良かった』とは、豊島区で他ならぬテメェが言った台詞だぜ!」
「豊島か……」
骸骨の顔が、ニィと笑った気がした。赤い目が、晶に焦点を合わせているようにも感じる。
翔一とふたり、銃撃と格闘を織り交ぜた乱打に臨む。
ナイフのほかにも、変幻自在だ。翔一は、魔法杖で近接戦闘を装いつつ、『一極集中魔穿(ワンポイント・キル・オーバー)』を仕掛けていく。
指定したごく狭い一定の範囲が、魔力エネルギーに満たされ、空間ごと消し炭と化すのだ。
「……今度は演技でも下手に隙を晒すのは危ないだろうからな」
「チッ! やっぱ、その鉤爪がパラドクスか! だが、それは豊島区でも見たぜ!」
晶は、銃撃を剣のはばで受けて、斬撃を返していく。
「新宿決戦で死にかけて機械化した、その右足と翼をパラドクスにするとは大した復讐心だ。機械化前は別の攻撃だったのか?」
「その前は……忘れたな!」
『復讐の魔弾』の誕生こそが、彼を形作っている、そう思える。
鉤爪が、晶の左腕に食い込み、長い傷をつくる。肉を切らせて骨を断つ、だ。
しかし、この隙に頭を狙った翔一の『魔穿』は避けられ、アークデーモンの胸元をはぎとった。なにか、金色のキラキラしたものがこぼれたが、ふたりの波状攻撃に、仲間のディアボロスも加わって来て、気に留められなかった。
傷だらけのザミエルは、もう動きが鈍い。
燐寧は、得物の刃に『焼尽の呪炎』を纏わせ、捨て身の一撃を加える。
「全力でブッタ斬り、身体を貫く鋸刃で敵を完全に粉砕するよぉ! きみのTOKYOエゼキエル戦争が終わってないなら……最期まで、付き合ったげるっ!」
「ザミエル、わたしの全力、遠慮せずにもってけーーーっ!!」
シルは、高速詠唱からの全力魔法の『七芒星精霊収束砲』を発射した。
満身創痍のジェネラル級は、晶にむかって鉤爪を振り下ろす。
魔晶剣アークイーターの封印が一部解除され、『貪リ喰ラウモノ(ムサボリクラウモノ)』、巨大な牙と口のような異形の大剣に変異した。
「テメェと俺ら、どっちの復讐が上回るか勝負といこうぜ! さぁ、豊島区からの……いいや、新宿決戦から続くテメェと俺らディアボロスの因縁にケリをつけようか! 喰い破れ、アークイーター!」
右腕一本で、それを振り上げた。
手ごたえがある。
機械の足は、大剣に切断され、宙を舞う。力を使い果たしたザミエルは背中から倒れた。
ラキアが、見下ろして言う。
「お前の戦もこれで終わりだ」
「いや、終わりじゃない。……すまねぇ、あれを」
ザミエルが指差した先には、宝飾品が落ちていた。金のネックレスだ。
晶と翔一は顔を見合わせる。
「あれは、鼠野郎とか使って……」
「これが何かなんてどうでもいい。悪魔がお守りなんて変だと思うかもしれないが、持ってりゃディアボロスと戦えると信じてたのさ。ご利益は、あったな」
銃もコートも、分解しはじめている。
「復讐が、終わることはねぇ。さんざん、言ってくれたが、それはお前らだって同じだ……ぜ……」
ジェネラル級アークデーモン『復讐の魔弾ザミエル』はこと切れた。
「ふぅ、これで1体だね。あと少しだから……。もうちょっと踏ん張って頑張らないとね」
シルがそう言うまで、それほど時間がかかったわけではない。
「……願わくば、復讐なんかに囚われることもなく。あの世でみんなと楽しくいれたらよかっただろうにね……」
綾音の言葉通りになるか、どうか。アンゼリカは、わざと元気な声を出した。
「引き続き次の目標を討ちに行こう!」
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー
表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『勇敢なる突撃』のオープニングを公開中です。
断頭革命グランダルメを舞台とした、『スイス偵察作戦~ヴォーバン陽動攻略戦』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。
悪魔少女の拠点防衛(作者 大丁)
メイド服の竜鱗兵にして、ジェネラル級。
ミセス・モーガンはマン島拠点の整備に忙しかった。
「あの方々は、グィネヴィア様のお客様です。粗相があってはなりません」
防衛の指揮だけではない。竜鱗兵をたくさん使い、メイド長さながらに、お迎えの支度を割り当てている。
配下の一体が、報告に戻ってきた。
「……様から、狙撃のための遮蔽物は立派とお褒めを頂きましたが、空中からの攻撃に移れるよう、設備はシンプルがいい、とも仰られました」
「ああ、ああ、そうですわね。あちらからいらした方には、装飾が荘厳すぎたかもしれませんわ。すぐに手直しして!」
ジェネラル級竜鱗兵は、担当の人選まで、ちゃんと指示を出す。
『お客様』には、それぞれの好みがあって、応えていくのが務めだ。
やや駆け足で、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)がパラドクストレインの車内に乗り込んできた。
「ごきげんよう。攻略旅団の提案により、グィネヴィア王妃に従うジェネラル級アークデーモンの所在地を調べ、各個撃破を行なうこととなりましたわ」
華奢な十指がものすごい速さで動き、ぬいぐるみたちが地図や資料を展開する。
「王妃竜グィネヴィアは、もともと南部を拠点としていたようで、『七曜の戦』により、その支配地域の殆どを失っているらしいのです。そのため、拠点を構え直せる場所も少なく、ジェネラル級の一部は、『七曜の戦』でアイルランド侵攻軍の拠点となっていたマン島に構えているようですわ」
敵布陣の予想図によれば、全てのジェネラル級アークデーモンが揃っているわけではなかったが、各個撃破という作戦を考えれば、充分に思える。
依頼参加のディアボロスたちは頷いた。
「皆様には、『七曜の戦』に引き続き、マン島を強襲し、可能な限り、ジェネラル級アークデーモンの戦力を削っていただきます」
前回の強襲に勝利した事もあり、島の外縁部まではパラドクストレインで移動する事が可能になっている。その後、島内の敵拠点に対して攻撃を仕掛ける作戦だ。
「ただし……」
ファビエヌは、人形操りの手を止めて、人差し指を立てた。
「マン島のジェネラル級アークデーモン達は、マン島にディアボロスが攻め寄せた場合は、撤退をするように、王妃竜グィネヴィアより指示されているようですわ。彼らが撤退する前に決戦を挑むには、敵に時間を与えないように、一気呵成に攻め込む必要がございます。皆様には、正面から敵に戦いを挑んで迎撃に出て来る敵兵の撃破を行っていただきます」
人差し指は、トループス級アークデーモン『デーモンギャル』の画像を示した。
「わたくしが、『TOKYOエゼキエル戦争』のころに数回担当した敵ですわ。城門のひとつに構え、上部の胸壁から投射、遠隔攻撃を、門を開いて突撃を行なってきます。アヴァタール級『堕落への誘い』メフィストフェレスに指揮されていますが、おおよそ勝手な判断で戦っていますので、挑発には弱いはずです」
多くのトループス級を撃破すれば、撤退しようとするジェネラル級に隙が出来る。
「そこを突いて精鋭のディアボロス部隊を編成し、決戦を挑めますわ。もちろん、強襲作戦完了のため、メフィストフェレスの撃破もお願いいたします」
時先案内は、情勢の話に戻った。
「現在、キャメロット突入作戦が行われ、幻想竜域キングアーサーに対して、ディアボロス・ウォーを挑むのも時間の問題と思われます。このタイミングで、アーサー王に次ぐ権威を持つだろう、王妃竜グィネヴィアの手駒を削ることが出来れば、ディアボロス・ウォーを有利に導くことが出来るかもしれません。ですが、幻想竜域キングアーサーの主戦場はキャメロットとアーサー王にあると思われます。ぜひ、イイ感じに、バランスを見ながら攻略を行ってくださいませ」
ファビエヌはプラットホームに降り、列車の出発を見送った。
とにかくやかましい戦場だった。
城門の上からはデーモンギャルたちが喚き散らしてくるし、彼女らの後ろで指揮しているはずのメフィストフェレスの号令まで漏れてくる。
両軍は互いにけん制しあっていて、ハズれた攻撃のさく裂が方々で響いた。
そして、ディアボロスの面々も、大声を出し合っている。
やかましくて、聞こえにくいから。
ゴスロリ服の男の娘、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)は、騒音にさえ負けたくない。
「あのメイドさんも酔狂だね! アークデーモンを使うったって、変なのまで戦力にするだなんて」
「んーむ、ロキシアの言うとーり、随分と場違いな格好じゃのう……」
マユラ・テイル(みすてりあすじゃ・g05505)は、赤い瞳をこらし、より眼光を鋭くした。
「もうちと、てぃーぴーおーを弁えた格好をしたらどうじゃ? いやまあ、服装なんぞ個人の自由と言われればそれまでじゃがの」
「黒ギャル……。絶滅していなかったのね!」
もっともらしい顔で頷く、牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)。抱えた長柄武器には痛そうな刃がついているが、キラキラした華美な装飾もなされている。
「アークデーモンだから遠慮なくやっつけられるけど、さっさと片付けて、ジェネラル級もやっつけちゃお!」
「うん。ここの城門を陥落させられれば、撤退を阻止できるって事だからね。逃がさないよ!」
陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、アームドフォートから牽制の誘導弾を発射していた。アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)も光の剣から閃光を発し、アークデーモンたちに目くらましを仕掛けている。
「頑張っただけ奪還戦で有利になるものね。さぁ作戦を成功させて、ジェネラル級を沢山倒していこうっ!」
「強襲任務、承った。迅速に攻め入り、間も与えず、来るべき戦の為、可能な限りのジェネラルを討ち倒してみせよう!」
妖精騎士のラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)にとって、誓いは重要だ。
言ってる内容に重複があるのも、よく聞こえていないからである。
みんなが叫んでいる横で、月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)はなにごとか呼び掛けているが、声が小さくて伝わりにくい。
どうやら、パラドクス通信があるから、ふつうにしゃべればいいと指摘しているらしい。
アドル・ユグドラシア(我道の求道者・g08396)は落ち着いた雰囲気で呟いた。
「引き際を見極めているという訳でもないようだが、実のところ撤退の手筈を整えた相手を追うのは難儀だ」
「やはり相手も戦い時を心得ている……か。流石に、アークデーモンのジェネラル級を逃がしてくるわけだな」
ラキア・ムーン(月夜の残滓・g00195)は、アドルの言葉をちゃんと聞き取って返した。
彼も話を続ける。
「もちろん、折角の機会を逃すつもりはない。ここは速攻を決め、準備などさせん」
「ああ。奴らの撤退速度より此方の攻勢が早ければそれで良い話だ。1体でも多く、引きずり出してやろう」
そう言って、ラキアは突撃槍を構えた。
拠点防衛に対して、攻める側は不利なのだが、いつまでも睨み合い、怒鳴り合いをしていても進展はない。
「さてと、時間は有限だ。限られた時間で出来る限りの戦果を得る。……言うだけなら簡単だ。けどまあ、出来ない事もないかな。いっちょ頑張りますか!」
秋風・稲穂(剣鬼・g05426)が、二振りの刀を携えて門のほうへ向かう。
しゃべっていたロキシアがそれに気付いた。
「投射……化粧品やシールでも飛ばすのかな? あ、稲穂さんが行く。考えててもしょうがない、僕もいこいこ」
軽く打ち合わせをし、ロキシアが挑発して、稲穂が接近することとなった。
「挑発ね。あんまり意識して言うのはやったことないけど……うーわ。メイク厚すぎ! 未開の地の部族か何か?」
さらに大きな声を出した。
「原始人のクロノヴェーダとか初めて見たんだけど。こっち来てもっとよく見せてよ。撮影してSNSに上げたいからさ!」
本当にスマホを構えてみせる。
もう片方の手に、巻物型デバイス『ギャラクティカ占事略決』をビッと広げた。
胸壁のデーモンギャルたちは、身を乗りだして野次っている。彼女らもスマホを持った手を伸ばし、ゴスロリ衣装のロキシアを撮影しているらしい。
「いや、僕はそんな化粧しなくて十分だから。大いに結構!」
「上の敵も厄介だね……うーんどうしようか」
稲穂は二刀、『Burn the dark』と『L・デルフェス』を抜いて戦闘態勢に入る。ロキシアの様子をもう少しだけみた。
彼女のパラドクス、『イグジストハッキング』は敵の存在を歪めるほどの技術だ。
「情報の書き換えっても出来ること多いからなー……よし! すっぴんにしてやろ、うひひ」
巻物の画面に対象の集団を写し、スマホを操作する。
黒ギャルの顔面を中心にハッキングを行なった。困惑の悲鳴が、ロキシアの耳にも届く。
「よーし、よし、……ん? おわー! 激萎え!! ありえないんですけど!」
勝ちを誇っていたら、操作中の画面のなかで、ロキシア自身がめちゃくちゃ批判されて、炎上していた。
「まぢ無理。おのれー。同士討ちすら起こしかねないレベルのメイク落としをしてやりましょ!」
わけわからん罵声のなかに、『アリエナーイ!』が混じってくる。
より、スマホのレンズを向けようとするので、せっかくの防御陣地からも半身がはみ出していた。
「ま、多少は脳筋気味に行ってみようか」
稲穂は、城門近くまで一気に駆け寄り、跳躍する。
そのまま飛翔し、胸壁の辺りまで高度を上げての強襲を行なった。
拠点攻略で飛び回るのは危険が伴うが、相手の隙をつき、限定的なら使いどころはある。
「稲妻よ、敵を焼け! 『雷鳴閃波(ライメイセンハ)』!」
二刀に込めた稲妻を薙ぎ払いで飛ばし、胸壁付近に居るギャルに当てる。
「アリエナーイ!」
「チョベリバ!」
撃破したデーモンは、ギャルメイクではなかった。ハッキングを受けた個体だろう。相打ち状態で、ロキシアは。
「ちょーつらたんー。誰か慰めて……」
炎上から物理的な爆破炎上にあっている。
彼のおかげもあって、強襲に成功した稲穂は、即座に降下し離脱していた。
敵を誘い出すコツも判ったので、降りがてら挑発の言葉も投げかける。
「今どきそんなケバケバしいメイクや衣装、流行って無いよ? 自分を貫いてると言えば聞こえは良いけど、それを見させられる周囲の迷惑考えた事無いの? やっぱり禄でも無いね、アークデーモンなんて奴は。それに今は、落ち着いた感じが受けが良いんだよ。私みたいにね」
「『ぎゃ|レ〆レ)〈』!」
逆上したトループス級は、本当に化粧品を投げてきた。
被弾した稲穂は、自分では見えないけどもメイクを施されてしまう。
「……ギャルメイクされるのはキツいけど、まあ我慢するしかない。例えどんな格好だろうとも、剣を振るうのに問題は無いしね」
地上に降りると、次の攻撃にそなえて二刀を構え直す。
ロキシアと稲穂の連携で突破口はできた。赤い瞳が、確信の光を灯す。
「篭城で時間稼ぎされるのは厄介じゃしのう……。ふたりに倣って、正面からちと煽ってやるか」
マユラが提案すると、数人のディアボロスが同意した。
城門の上まで届くよう、声を掛ける。
「東京を追われ、こんな所にまで落ち延びたぎゃるよ」
まずは、マユラからだ。
「そんな所で引き籠もっててええのか? 主等が引き籠もってる間にもとれんどは移り変わっておるぞ? ああなるほど、じゃからそんな不格好な姿なのか。これはすまんかったのう」
「ふん、こんな所に随分と場違いな悪魔が居たものだ」
叫ばなくても、ラキアの声はよく通る。
「東京から落ち延び、客分であるにも関わらず在り方は変えぬか。少しは慎みと言うものを覚えたらどうだ? ま、所詮は敗残兵。雑魚の集まりだな。正面からは敵わないとみて、城門に隠れる程度なのだから」
城門の上で、騒ぎが膨らむ。
サヨコは、通信機から顔をあげた。
敵を引きずりだすための挑発は、直接呼びかけねば効果は薄そうだ。思いつくのは、今も昔も若者は上の世代から聞かされる小言が嫌いということ。
「ヤ・ウマトも年代で言えば昭和、連中からすれば祖母の世代。……ひとつ、試してみよう」
がんばって、声を張った。
「全く、最近の若者はけしからん! 親からもらった身体に妙な色を付けるし、着こなしも全くなっていない。そんなことをしてるから根性が腐って、生まれたディヴィジョン一つも護れない軟弱者になるんだ。……文句があるなら、目の前で言ってみろ!」
小言が終わると、むしろ城門の上の騒ぎは小さくなった。
おや、とサヨコも仲間たちも耳をすませた。代わって聞こえてきたのは、門が開く音と大量の靴音。
ぶかぶかの靴下に革靴が、全力で走ってくる。
胸壁から聞こえてきたのは、制止をあきらめたアヴァタール級の嘆きだった。
「だから言ってんだろォ! 全員で出ていくなァ!」
おそらく、波状攻撃を仕掛ける作戦だったのだろうが、逆上したギャルたちはもう引きようがない。
「『┣っヶ¨(キ』!」
拠点の優位は瓦解した。
ラキアは、突撃槍『《RE》Incarnation』を構えて戦闘態勢をとる。
「複合術式展開。『Call:Flame_Gust(コール・フレイムガスト)』起動」
炎の塊を形成、突撃してくる敵に対して発射し、迎撃していく。いよいよ距離が詰まったところで、槍を斜めに構えて衝撃を受け流した。
すぐ横で、ラシュレイが斬りこんでいく。騎士の誉も高い、勇猛果敢な攻撃だ。
彼が進んでいく先で、ラキアによる炎の塊が、着弾と同時に爆発を起こしていた。
「その髪も衣装も似つかわしくない!」
燃やして乱し、さらに煽る。ラシュレイは前へ前へと、『勇鼓吶喊(ゆうことっかん)』をしていく。
「悪逆の尖兵共よ! 我等は貴様等に正義の裁きを下す者! 悔い改めるなら良し、さもなくば潔くかかって来るがいい!」
敵陣に突入した。
ハイスクールの学生風の集団のなかにおいて、縦横無尽に駆け巡り、妖精剣を振るい片端から切り払ってゆく。
剣の死角から来るギャルは、ナイトシールドで叩きのめし、盾の縁で切り裂いた。
デーモンギャルが潔いかと言うと、疑問の余地が残る。ただ、徒手空拳で挑んできてはいる。
上から叩きつけるような、いわゆるネコパンチ。
両手を振り回すだけのグルグルパンチ。
短いスカートからの前蹴り、ヤクザキック。
「真正面から組み合うのも一興ではあるが……あまりその容姿は好かん。近付いてくれるなよ?」
ラキアは、同じ間合いでは戦いたくなかった。
ラシュレイとマユラも同様らしく、最初の突撃から乱戦に移行すると、包囲されない様に立ち回っていた。ギャル語なる理解困難な言語が、まわりを飛び交う。
妖精騎士はシールドでパンチを受け流し、赤い瞳は蹴りの流れを見抜いて受け身をとる。
「しかし、もうちとわかり易く喋ってくれんかの? それは何語じゃ? 悪魔語かの?」
なおも煽ってマユラは、両手の鉤爪をかざした。
「魔力よ、焔となれ……『爆炎爪(バクエンソウ)』!」
鉤爪に炎を纏わせ、敵を斬り付ける。
「ま、此方とて理解する気もないがの。自慢のふぁっしょんを燃やしてやろう」
クリーム色のカーディガンが、端から黒く炭になる。
妖精剣の斬撃が、トドメを刺した。
「何を言っているのか分からない相手だが、おそらくお互い様だ。理解し合う必要も無い。ただ只管に、己が信念をぶつけるのみ」
「ラシュレイさんに同感だが、だとしても、籠もるなら籠もる、突っ込むなら突っ込むで戦い方を統一すればよいものを」
落ち着いた声の、アドル。
挑発の言葉はかけていたけれど、仲間はそれを聞いていない。
本人としてはデーモンギャルの頭の悪さを盛大に罵ったつもりだった。
「まぁ、敵の対応がチグハグだから、そこを突けたわけだが。あとは小細工せず、全身全霊を込めて敵の防御諸共叩っ切る」
『バーサーク・ブレード』は、迷いなく目標に叩き込む技である。
光の剣を振るうアンゼリカと狙いを合わせるようにし、再び閉じた城門を目指して、じりじりと戦線を上げていった。
デーモンギャルの傍若無人さも増してくる。
「テメ―!」
「コノヤロー!」
ショルダーバッグで殴りつけられると、中にコンクリでも入っているかのような硬さを感じた。針金でも仕込んでいるのか、シュシュやコサージュで絞殺されそうになる。
「しっかり凌いで一撃離脱っと。アドルさん、足を止めずに倒せそうな敵から行くよっ!」
「わかった。突っ込みすぎれば此方が袋叩きだ。そこは注意な」
両手の剣で、ショルダーバッグの勢いを殺しつつ、後ろに受け流した。空いた背中に反撃を見舞う。
「痛っ! 絶対、ナカにナンカ入ってるっ!」
アンゼリカは障壁と盾で凌ぐ。
「もう少しで、トループス級を突破だよっ! 数を減らせばそれだけこっちのダメージも減るもの!」
敵ごと、城門を攻撃範囲に含めた。
呼吸を整え、最大まで力を溜めた、『光剣閃波(セイバーフラッシュ)』を叩きこむ。
「私達の心の光よ、今こそ最大まで輝けぇーっ!」
門扉が両断された。
アドルとともにアンゼリカは、拠点の内部を伺う。
まだ出てきていないトループスが潜んでいるかもしれない。あの叫びを上げながら、突撃してくるかも。
「ところでギャル語ってどこで学べるの?」
尋ねられたアドルは落ち着き、首を横に振った。
「いや、別に興味とかないしっ、とにかく倒すだけ! 大声にはひるまないっ!」
開戦時に、ギャルたちがひたすら喚き散らしていたのは、アンゼリカや頼人の牽制攻撃に対してだった。
アームドフォートの制圧射撃は、頃合いをみて弾切れを起こした様に見せかけた。
このフェイントにひっかかり、頼人のところに突撃してきたアークデーモンは、ワイヤートラップを喰らって、転倒させられる。
ルーズソックスがズタズタだ。
身動きができなくなったギャルには、『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』で全力の一撃をうちこむ。竜骸剣のまえには、ひとたまりもなかった。
「気づくのがちょっとだけ遅かったみたいだね。……星奈、そっちはどう?」
「順調だよ、ジンライくん☆」
星奈は、ワイヤートラップに便乗させてもらっていた。
「さーて、次の相手は誰かしら?」
罠を隠す役割も担っていて、キラキラの装飾のついた長柄武器、『キラキランサー』で敵を挑発し、突撃を誘う。
「キラッ☆と、やっつけちゃうよー!」
「あー、ウゼェ」
不思議と、ギャル語のニュアンスが通じる。
「痛てェんだよ」
「あっちのホーダイ野郎は、テメーの彼氏かヨ、チョーシこいてんじゃねェぞ」
ガラが悪いだけな感じもするが、あくまでニュアンスだ。
ともかく、喚きながら攻撃を仕掛けてきて、頼人の罠に足止めされると、星奈のキラキランサーに串刺しにされてしまうのだった。
ふたりは、門から出てきた敵があらかた片付くまで、この連携を繰り返すことなる。
拠点内部にまだ残っていた敵は、胸壁に戻ってきて、化粧品を投げつける攻撃に切り替えた。ディアボロスがそれぞれに考えた挑発の言葉だが、実のところ、サヨコの小言が一番良かった、いやこの場合はサイアクだったらしい。
「『ぎゃ|レ〆レ)〈』!」
拠点の防衛が疎かになる状況を、誘発できていた。
いまも、メイク攻撃をする個体は怒りで半身を乗りだしている。
「化粧はさっさと落としてしまおう」
サヨコは、灰色の髪に半分隠れた顔を、拭いながら戦う。忍耐力で精神集中を保ち、影響を最小限に抑えるのだ。やかましく大声が飛び交う戦場で、ストイックな姿勢を貫く。
「『流式爆撃戦術』……!」
巡洋戦艦海戦装『黒姫』から艦載機、1/72スケールの爆撃機型のエネルギーを放ち、胸壁に陣取る敵の頭上から爆弾を落として粉砕していく。
やがて、ギャル語も野次も聞こえなくなると、胸壁からアンゼリカが顔を出した。
「これで全部かな? あとはアヴァタール級、そしてジェネラル級を追い詰めよう!」
どうやら、アドルは指揮官が向かった先を掴んでいるらしい。
サヨコはパラドクス通信も使って状況を伝える。全員で、拠点に踏み込もうと。
その言葉を直接聞いた者は、悪いと思いながらも、拭い残しの化粧にちょっと反応してしまった。
「ああ、チョベリバだ……」
昭和生まれが抜けきらない。
マン島の防御は、海岸から内陸にかけての砦の連なりで成り立っている。アヴァタール級アークデーモンが、次の設備を目指して急いでいた。
「まったくよォ。好き勝手なヤツラだったけど、あそこまで中身がヤンキーデーモンだとは思ってなかったぜェ」
城門のひとつを突破された『メフィストフェレス』はガラの悪い言葉使いで悪態をつく。
その後ろに、アドル・ユグドラシア(我道の求道者・g08396)は余裕で追いついた。
「指揮官に統率力がなかったのか、部下がハチャメチャ過ぎたせいか……」
「な、なにィ?!」
アークデーモンは、心底驚いたように叫んだ。アドルは続ける。
「まぁ、とりあえず指揮しようと努力していたのは聞こえたから、一応同情はしてやる。同情だけで別に慰めたりはせんし、むしろ傷口に塩を塗り込む勢いでお前を片付けるんだがな」
挑発めいた言葉。
対抗してメフィストフェレスが、あの城門の外まで漏れていた声で怒鳴るかと思いきや。
「オレ……ワタクシの策にまんまとはまったようデスネ、ディアボロスくん」
うわずっていて甲高い。
アドルは眉根を寄せるが取り合わず、黒と赤の剣を両手に構える。
「全身全霊を込めて防御諸共叩っ切る。この期に及んで小細工はなしだ!」
『バーサークブレード』を発動した。敵は完全に向き直ると、邪眼に妖気を漂わせる。ただ突っ込むだけでは、奴の言う通りに手痛い反撃を食らう可能性もある。
さっそく、高音モードの囁きがアドルの心にまとわりついてきた。
「デーモンギャルなどほんの小手調べ。ワタクシはもっと強力な種族を従えてイルノデス。アナタは十分に戦いマシタ。城門を墜とした功績を持って、安息できる場所に帰り、ゆっくりなさったラ?」
甘言とはこうしたものか。
踏み込みをためらうアドルに、メフィストフェレスはほくそ笑んだ。勘違いで。
ディアボロスは敵の足を止めさせ、仲間が揃うのを待っていたのだ。援護し合って戦うために。
駆け付けたマユラ・テイル(みすてりあすじゃ・g05505)が、半笑いで言う。
「残りは頭目だけのようじゃのう」
「お前のことだね、メフィストフェレス」
秋風・稲穂(剣鬼・g05426)は、メイクを落とした顔で睨みつける。ラシュレイ・ローレン(人間の妖精騎士・g04074)は、敵の並べる戯言を覆らせた。
「アヴァタール級のみか。迅速に打倒し、先へと進ませて貰う」
「押し通るぞ!」
『月光』と『流星』、アドルの両手に握られた剣が、今度こそ心置きなく敵を捉える。
メフィストフェレスに接近戦を強要した。
「マ、マチナサイ! ワタクシの話には続きが……」
信念を乗せた一撃は、限界を超える威力を発揮するのだ。黒と赤の刃が交わる先で、アヴァタール級の身体は大きくのけ反った。
二刀を操る、稲穂も続く。
「もう逃げ場も援軍も無いよ。これで終わりにしようか。……ま、部下に恵まれなかった事は少しくらい同情してあげるけどね。だからと言って手を抜くつもりは全然無いけどね」
「お主等に勝ち目は無しじゃ。天秤は最早、此方に傾いている。で、あるなら潔く此処で滅ぶがよい」
マユラの武器も鉤爪、すなわち接近戦。
「なあに、上司も後程同じ地獄に送ってやるわ。寂しい思いはせんで済む、良かったのう」
「配下達とは別の意味で、言葉の通じる相手ではなさそうだ。心惑わされる事無く、騎士としての任務を果たさねばならん」
妖精剣とナイトシールド。ラシュレイが、連携の締めを務めた。
斬撃をいくつもくらい、メフィストフェレスは手で顔を庇うようにしながら後退りする。
「……チッ、オレとは相性の悪い連中だぜェ」
また小さく、悪態。
アドルは油断なく構え、心も落ち着かせる。
「武闘派かと思えば此方の心を揺さぶるつもりとは意外ではあるか。生憎、旅人とはまた求道者の一つの形だ。未知を既知とするために、歩みを止めるという選択肢はそもそも持たんのだよ。武術にしても、俺の一撃はまだまだ目指すものに届いていないのでな。お前を糧にして更にこの剣を極めるのみだ」
「くッ……。人間こそ、供物として畏怖を差し出すだけの存在のくせに」
アークデーモンが虚勢を張るあいだにも、先の砦を突破したディアボロスが駆け付けてくる。
「あなたがここのボスね!」
牧島・星奈(星光閃姫☆キラメスター・g05403)が、人差し指を突き付けてきた。傍らには、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)を伴う。
「この星光閃姫☆キラメスターと武装騎士ヴィクトレオンが、キラッ☆とやっつけちゃうよー!」
レオタードのような装備で身体をくねらせ、最後は半かけの星型をビシッときめた。
「……ほら、ジンライくんもポーズ取って!」
「いきなり無茶振りされても困るんだけど、星奈!?」
頼人の赤面に、メフィストフェレスは何かを思いついたようだ。
魔力の翼を輝かせると、接近戦勢を飛び越え、星奈へと急接近した。もちろん、頼人はすぐに仕掛けを施す。
敵の技が、『高みへ至る永遠の愛』だと、星奈は失念していた。
「……♪」
『堕落への誘い』の二つ名を持つアークデーモンが、その唇をぴたりと耳元に寄せてくる。
「……!」
なにやら、囁きかけられると、星奈の身体は硬直したようになってしまう。ただレオタード越しに、胸元だけが呼吸の荒さを伝えて上下していた。
「……☆」
メフィストフェレスは両手を広げ、後に抱擁を期待させながら、爪を振るってくる。
八つ裂き攻撃を『キラキランサー』が受け止めた。デーモンギャルに痛がられた華美な装飾の長柄武器だ。
「ジンライくんに化けたってあたしは騙されないんだからね!」
「「え、なんで?!」」
技を破られたアークデーモンと、無断利用されたディアボロスが同じことを叫んだ。
顔を見合わせると、メフィストフェレスが先に動く。
「コッチの男から堕落させてりャ……ワタクシにおっしゃってくだサイ。ジンライくんは何をノゾミマスカ?」
「集え、貫け、星の光! インフィニット☆キラメイザー!」
派手なエフェクトと共に、星奈が突き出した両掌に光が収束し、『堕落への誘い』の横顔へと光条が放たれた。
「いてェ! この女も空気読めねえなァ! ……サァ、ミライにナニヲ?」
貫かれそうになっても、懲りずに邪眼が明滅する。
「僕達は……」
頼人の唇が開きかけた。
促そうと突きだされたメフィストフェレスの顎を、登る竜骸剣が砕く。
「うぐゥ!!」
「僕達はまだ全てを取り戻せていない! 失われたものを取り戻すまで、僕達の戦いは終わらないんだ!」
マン島の砦はドラゴンたちに合わせて建造されたものだ。頼人の飛翔がある程度の高度を持っても、まだ周辺からは遮蔽された状態にあった。
けれども、顎を押さえたアークデーモンが、恨みがましく見上げるには十分だった。
「もらったよ、『侵略(インベイデッド・ユア・テリトリー)』!」
頼人のお得意、仕掛けたワイヤーやスネア、ネットといった罠が、注意を引き付けた相手の身動きを封じる。
傍の星奈をはじめ、ラシュレイたちはタイミングを合わせて打ちかかった。
稲穂は『Burn the dark』と『L・デルフェス』を構え、飛翔で最高加速。一気に懐まで突撃し、剣戟の間合いへ。
逃れられないメフィストフェレスは、身をよじりながらも、言葉を吹き込もうとする。
「……♪」
「例え大切な人の幻で翻弄しようと、私の意思は変わらないよ。君たちを倒せるなら、例え身内ですら斬り裂いてみせる」
ギャルメイクをくらったときの態度だ。
悪魔の姿を見えなくされているが、二刀の振りはそのまま。
「小細工なんかに頼らずに、真正面から戦ってきなよ。『天雷覇断(テンライハダン)』、……発動」
雷刃を両剣へと形成した。
二刀による斬撃を繰り返し、見させられているものを断ち切る。
斬った幻覚のさきから繰り出されてくる爪も、雷刃が受け流した。
「大層な名じゃ、メフィストフェレス。じゃが名は名じゃ。それに恐れを抱く妾ではない」
戦場を駆け抜け、マユラが加わった。
「お主が精神攻撃を得意とするように、妾は近接戦が得手じゃ」
『双爪連斬(ソウソウレンザン)』、常に距離を詰め鉤爪で斬り裂き続ける。
高名な悪魔は、なおも邪眼を使おうとしていた。
刀を繰り出しながら、稲穂の感情は乱高下する。
「往生際が悪い。この状況においてなら、正面から戦った方がきっと楽しい。……いや、ごめん。私の勝手な希望だね。君の戦い方なんだ、否定するのは筋違いだね」
「いやいや、稲穂よ。お前の希望に賛成じゃよ」
双爪の間合いでマユラ。
「戦うというのなら、やはり切った張ったをしなければつまらんのう。……お主も剣を取れ、搦手も確かに重要じゃが。やはり命のやり取りこそ、生の本懐よ」
言葉を向けるとともに、切っ先もメフィストフェレスへと。
「アナタたちは、相手が誰であってもそう言い切れるのデスカ?」
「大切な人のこと? 成程ね、嫌らしい幻惑だった」
稲穂の心は決まる。
「君の戦い方だからこそ、その悪辣さは……此処で終わらせる!」
雷のごとき太刀筋、よろめいたアヴァタール級は、双爪の届く場所にいる。
「堕落を誘う精神攻撃か、厄介じゃのう……」
急に、マユラの動きが鈍った。
「やる気も……出んくなる」
「世界を取り戻したとしても、敗北によって失われた名誉や誇りは返って来ない。復讐など負け犬の足掻きに過ぎぬのではないか?」
ラシュレイの妖精剣が、だらりと下がる。
ひょっとしたら、かつて焼き払われた領地や領民、全滅した部下や戦友達の幻影が目の前にあるのかもしれない。ナイトシールドを置き、膝から崩れ落ちそうだ。
「ククク……」
メフィストフェレスが、いかにも悪魔的な笑みを浮かべ、拘束していたトラップを引きはがした。急降下してきた頼人の竜骸剣を避け、星奈の光条をはじき、アドルのバーサークを制する。
「ディアボロスくんよ、ナニヲノゾム? ナニヲノゾム!」
有頂天のアークデーモン。その腹に、ゲンコツがはいった。
「じゃが、だからどうしたというのじゃ。例え鈍ろうとも、例え堕落に落ちようとも、お主を斬り裂き続ければ関係ないのじゃ」
マユラの腕が動き出している。
「堕落で力が鈍ろうとも、殴りつづけていればいつかはお主も倒れる」
呻き声のように発せられる言葉に頷き、加勢する稲穂。
ラシュレイの膝は崩れなかった。
「友に復讐を諌められたなら考えもしよう。だが、貴様等クロノヴェーダがどの口で言うか」
剣は上向きになり、盾は前へ。
ディアボロスたちの攻撃が、再び繋がる。頼人に星奈、そしてアドルらの怒りが重なって、大きな力となった。
「この刃は正義の裁き! 己の罪を思い知るがいい!」
ラシュレイの放った『クロスレイジ』、斬撃による二連撃が、アヴァタール級『堕落への誘い』メフィストフェレスを十文字に切り裂き、吹き飛ばす。
拠点のひとつを預かっていたアークデーモンに、最後の言葉はなかった。
「未来に何を望むじゃと? お主の終わりじゃ。敵を倒す、ただそれだけだったのじゃ」
マユラは、拳をさすって呟いた。ラシュレイは誓いをあらたにする。
「自分の為ではなく正義の為。必ずや使命を果たしてみせよう」
マン島の戦いはまだ続く。
転戦する前に頼人は、聞きにくそうに、しかし詳しく知りたい顔で星奈に尋ねていた。
「奴はどんな幻覚を見せようとしたの?」
「ジンライくんが出てきてぇ、それから……☆」
この会話で、ふたりの関係が崩れたりはしないだろう。悪辣なる敵の攻撃を思い、稲穂は漏れ聞こえた話の途中で場を離れた。
「通過点に過ぎんお前に構っていられるものかよ」
アドルが行く道は決まっている。
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー