凶器は何ならむや(作者 大丁)
ひとつ、ねっこはとちをすい。
ふたつ、みずはひをけしとめ。
みっつ、きんぞくはきをうち。
よっつ、ねつはかねをとかし。
いつつ、どてはかわをせいす。
これと同じ数え歌を代々伝える家が、京の都にあった。
いずれも下級の貴族であったが、それらの中で二晩続けて事件が起こった。
二家の当主が惨殺されたのである。歌が伝わっているのは残り三家。
今晩も誰かが殺されるのではないか。
そんな話が、歌とともに人の口にのぼり、好奇と恐怖を煽っているとのことだ。
プラットホームには、『平安鬼妖地獄変』行きの列車が到着している。
乗車して腰かけているディアボロスたちのもとへ、時先案内人が訪れる。
「ごきげんよう。わたくしは、ファビエヌ・ラボー(サキュバスの人形遣い・g03369)と申します。この列車の向かう先は、お伝えしたとおりですわ」
頷く、ディアボロスら。
平安京のクロノヴェーダが、怪奇な事件を引き起こし、自分たちの力を増そうと画策しているようだ。ファビエヌは、数え歌の謎を利用した連続殺人だと説明する。
「五つある歌詞が、2人の被害者と、3人の候補にそれぞれ該当するようです。皆様には、数え歌の謎を解いて、3番目の被害者を特定していただきますわ」
それが果たせれば、新たな被害者が出るまえに犯行現場に駆け付けることができるのだ。
ファビエヌは、車内の吊り革を順番に5本つついて、数え歌を紹介する。
「もし、歌の謎が解けなかった場合でも、ディアボロスであれば、襲撃直後の現場にたどり着いて、首謀者に戦いを挑むことはできます。それに……」
この事件のクロノヴェーダは、このような込み入った事件を起こすだけあり、かなり饒舌らしい。
もし、対話を選択すれば、自慢げに謎の答えを語ってくれるだろう。
「皆様のほうからイイコトを言って、へこませても良いですね。戦いになれば、取り巻きと護衛のふたつの集団からなるトループス級も参加させてきます。能力は、首謀者のアヴァタール級には及びませんが、お気をつけて」
降車し、ディアボロスたちを見送る、時先案内人。
「『平安鬼妖地獄変』に到着するまでは車内で相談できます。どうぞ、謎解きにあててくださいませ」
とある屋敷の中庭で、御供をしてきた者どうしが、待ち時間に寄り集まって噂話に興じていた。
「さて例の数え歌の家だが」
「一昨日は五家でいちばん広い土地をもっていた当主が殺された。まるで全身の栄養を吸い上げられたような衰弱死だったそうだ」
「昨晩、何もないところで溺死した当主。家に祀っていたのは焔のはずだ」
ふうむ、と考え込むそぶりの御供たちである。
「残るは、先祖伝来の大刀を預かる家と、同じく昔からの杣(伐採用の林)の管理者……」
「そして庭池が五家でいちばん立派な当主か」
皆が身震いした。
「本当に、三家の中から三晩目の被害者が出るのだろうか」
「わからん。我らの主人の家系は無関係だとしても、こんな時世じゃ警戒は怠れんぞ」
五家の検分を済ませたディアボロスたちは、都の内にあっても目立たぬ場所を見定め、集いて謎解きの仕上げをした。
天破星・巴(反逆鬼・g01709)は、古風な口調をつかう。
「次の被害者を出さぬように数え歌を読み解いてみるのじゃ」
うけて、緋影・夕姫(蒼炎妖刀ノ少女・g00571)は。
「そうね……。クロノヴェーダの思惑を阻止しましょう」
表情をあまり変えず。
「それぞれ歌に……。木、水、金、火、土にまつわる歌詞が出てくるわね。ということは五行が題材ね」
「いわゆる五行思想の相克を歌にしたのかな?」
道半・藍紗(夜を渡る風・g02583)がたどたどしく、指折り数える。
「『ひとつ、ねっこはとちをすい』は木剋土」
『一つ、根っこは土地を吸い』、と巴は宙に指でなぞってから。
「さよう。木剋土、木は土に勝つじゃ」
「あてはめると、栄養を吸われた様に死んだ土地持ちの家の当主のことだよね。だったら次の、溺死した焔を祀った家の当主は水剋火だろうね」
藍紗の確認に皆がうなずき。巴が読み上げた。
二つ、水は火を消し止め。水剋火、水は火に勝つ。
三つ、金属は木を討ち。金剋木、金(金物・斧)は木に勝つ。
四つ、熱は金を溶かし。火剋金、火は金に勝つ。
五つ、土手は川を制す。土剋土、土は水に勝つ。
「事件も……。一の歌から順番に起きているように思えます。三番目の被害者は木にまつわる人物、杣の管理者さんだと考えて、襲撃に備えましょう」
夕姫の結論も、全員が同意するところ。藍紗は殺害方法、つまりは凶器について言及した。
「土地持ちさんの栄養を吸ったのは、邪仙狐の『人喰いの花矢』じゃないかな。焔さんの
溺死は、河童の『水霊氾濫陣』みたいだし」
金剋木の、『金』とは。
「多分、黒虚天狗の持つ錫杖。なら空からの襲撃もあるかも!」
ディアボロスたちは当の屋敷の情報を検めた。そうしながら、巴は残る疑問を口にする。
「五行相克は木から土、土から水、火、金、そしてまた木と循環する順番にするものじゃが。歌の順番はなぜこの順なのかえ? 循環してればまた一から歌が続くであろうに」
はたしてその晩、杣管理の屋敷に、音もたてずに飛来する影あり。
板葺き屋根に降りたのは、黒虚天狗であった。
黒頭巾に顔を隠し、身を屈めて寝殿内の様子をうかがう。
片手には錫杖を携えている。
ふいに、その自由が効かなくなった。見れば、金属の柄の先端に、蜘蛛の糸がからみついておる。
「……!」
「今宵の数え歌に使う得物かえ?」
巴が、百鬼夜行絵巻『鬼蜘蛛』によりいましめていたのだった。
四方の屋根板から偽装を解いて、ディアボロスたちが姿を現す。
「あなた達の思惑、私たちが断ち斬ってみせる」
大気密度を操作し透過させる技、夕姫の備えであった。
「これ以上の事件が起こる前に終わらせるです」
藍紗は、夜に風を渡らせ、黒虚天狗にすごんでみせた。
すると頭巾の賊は、さらに頭を低くして。
「いやいや、あっしは頼まれただけで……」
弁解する妖怪を取り囲もうと、ディアボロスたちが動いたとき、屋根のてっぺんにヒラリと乗る四つ足の影があった。
豊かな尾が銀に輝いている。
それに比して、やっとのことでよじ登ってきたのは御供の河童だ。
黒虚天狗も囲みを抜けて、足元にすがる。
威厳あるたたずまい。邪仙狐だった。
内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は、それをみとめて話しかけた。
「ふうん……あなたが、この襲撃の首謀者って訳ね」
語気に挑発をはらんでいる。
「数え歌の順番に殺す、手が込んだ遠回しなことをするなんて、何か意図があるんじゃない? ぶっちゃけ、とっとと全部平らげてしまうのが……手っ取り早いわ」
邪仙狐は黙って辺りを眺めている。
両者のあいだをキョロつかせた河童が、先にしゃべった。
「やいやい。オレたちゃ食べるだけじゃ、腹持ちが悪りぃのよ」
「『じわじわ怖がらせて、恐怖をその身と心に染み込ませた方が、甘露の如く味わえる』程度の理由?」
河童は、くちばしを半開きにした。
「げ。判ってんなら、聞くんじゃねぇよ」
主人のほうを振り返った。はじめは、邪仙狐とだけ会話している。
「とんだグルメ狐ね?」
反応はない。
「まったく厭らしい奴らだ。恐怖を煽って自らのエネルギーにしようとは」
十六夜・ブルーノ(希望の配達人・g03956)が、妖怪をさげすんだ。
「五家以外の者にも恐怖が蔓延しているみたいだ。それらを平らげて結構お腹が膨れてるって感じ?」
相棒のメーラーデーモン、ドゥーに同意を求める仕草をしてみせる。
「恐怖っつうか、それもあるんすけど」
黒虚天狗が口をはさむ。
「あっしら妖怪は、人間に嫌われたいんでさ。邪仙狐のダンナが、いい嫌がらせがあるってんで頼まれたしだいで」
護衛や取り巻きがもらすに任せているアヴァタール級。
陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)はふと、蜘蛛糸を引く巴のほうを見てから。
「わからないのは、見立て殺人というのは何かの狙いを隠すためにわざと歌を準えるのが普通なんだよね。五行の順番がズレているのも気になるし」
初めて邪仙狐が、気に留める。
「ほほう、そこまで……」
細いキツネ目をさらに細めて、妖怪は人語を吐いた。
「だよねぇ。伝わっている数え歌が、たぶん間違ってんだと、私も思うのよ。でも、2人目を殺したあとで、『こいつは歌の順に違いない』と、あるていど人間にも気が付いてもらわないと意味ないんだよ。歌に関係なく、五行相克順に考えられたら困っちゃう」
急に饒舌になる。頼人はかえって言葉に詰まった。
「あ、ああ? そうだね」
「まぁ、こうして謎を解いて来てくれて、一安心だよ。これだけ人数が来たってことは、世間には『歌の順に人が死ぬ、縁起悪い』って伝わったわけだもんね」
口の端が嬉しそうにキュウと歪んだ。
「凶器の準備がいちばん大変だった。つか、最初の晩は私が手をくだしたんだけど、あとを考えてなくて」
これには、河童もクチバシをぱくぱくさせる。
「オレでなきゃだめって、突然言われてよお」
「実を言えば、明日の晩の実行犯はまだ交渉中で、明後日にいたってはまだ未定。君たちは、黒虚天狗を使って空からくることまで見破ってたみたいだし、誰かいい妖怪を知らない?」
頼人もはじめも、呆れてものも言えない感じになってきた。
そこへ、琴とはちがう弦の響きがひとかき鳴って。
「お喋りに付き合ってくれてありがとう」
ブルーノが、アイリッシュブズーキを奏でたのだった。
「きみだって、このまま俺達を見逃そうとは思っていないんだろう?」
「もちろん。殺すまえに妖怪を紹介してもらおうと思ったまでさ」
屋根に乗る影が増えている。
河童も黒虚天狗もその数が、護衛に取り巻きにと相応しくなるよう揃っていた。
トループス級の妖怪たちは、板屋根を斜めに駆けながら、ディアボロスに挑んでくる。
武器に技にと応じられるさなか、天破星・巴(反逆鬼・g01709)は蜘蛛糸をなお引き絞った。
最初に現れた黒虚天狗は、錫杖にかじりつく。
「き、凶器を盗られたら、今晩の仕事はおじゃんでやんす。邪魔しないでくだせえ!」
「わらわとて、妖怪が人間に嫌われたいという本分を、否定する気は無いのじゃ」
鬼の血が流れている。
人に畏れられよ、という血が。
巴の握力が、尋常ならざるものに変わる。黒虚天狗は同族にむかって泣き言をいう。
「あっしはもうダメだぁ。皆の衆が殺しを頼まれてくれい」
すると、何本もの錫杖が、巴にむかって突きだされてきた。黒頭巾たちが闇に紛れてのこと。
「それも成らぬのぅ」
仕掛けられた網状の蜘蛛糸が、天狗集団をも捕らえる。
一網打尽にした妖怪たちに、鬼人は言い放った。
「嫌われるも畏れられるも、そうした本分あったとて、虐げたり殺したりを肯定はせぬ」
鬼の血が凝固し、弾丸となった。先ほどみせた握力でもって弾き飛ばす。
「百鬼夜行絵巻『鬼関銃(キカンジュウ)』……。殺しを行うものは己が殺される事も覚悟するべきじゃ」
制圧射撃をうけて、黒虚天狗は全滅した。
配下の呻き声に重ねて、邪仙狐は長いため息をついた。
「やっぱ、棒でつつくじゃ、役不足だったか。『金』担当は、次こそ斧でぶった切る妖怪を連れてくるよ」
巴がにらむと、主人の姿を隠すように、河童どもが踊りかかってきた。
残ったトループスへの牽制に、陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は砲撃する。
「そんなグダグダな理由で連続殺人起こされたら、被害者も浮かばれないよ!」
親玉にむかって怒鳴りつけた。
十六夜・ブルーノ(希望の配達人・g03956)は、ブズーキを奏で続けている。
「邪仙狐くんと話して改めて判った。歴史侵略者は人の命を塵芥としか思っていない」
だから自分たち、復讐者がいるのだと。
「行くよ、ドゥー」
メーラーデーモンに合図を送る。
いったんは向かってきた河童たちも、飛び退って屋根の方々に散った。
頼人が砲撃に使っているアームドフォート、『Vロックアームズ』は背部に二門のキャノン砲と両脇に小型ガトリング砲を搭載した自作の小型砲台だ。
その威力を避けたようでいて、河童は屋根のてっぺんの向こうを迂回し、頼人の背後から水かきのついた掌を砲台へと伸ばす。
尻子玉抜きというやつだ。
「吠え猛ろ銃声!」
当の頼人は、河童の技も見越していた。
水かきは届かない。スネアトラップが足を捉えたからだ。
動きの止まった河童の顔に、アームズの武装が一斉に反転して狙いを定めた。
『ハウリンググランバースト』が配下妖怪を打ち倒す音を、振り返らずに聞く。
頼人は、邪仙狐と対峙したまま。
「まぁ、この河童たちも親玉に利用されてたんだから、可哀想ではあるんだけどね」
「ありゃあ、わかってる御仁もいらっしゃる」
河童のうち、レオネオレ・カルメラルメルカ(路地裏に潜む陰竜・g03846)に組み付いてきた1体がこぼした。
「なんとか見逃してはくれませんかねぇ?」
下手に出ているような、からかっているような。
レオネオレは大袈裟にかぶりをふった。
「イヒヒヒ。あっしはしがないウィザードでさぁ……」
何の権限も持たない、ただの三下である。
と、芝居をうったら河童のほうが吊り込まれた。
「そうかい。お互い、苦労すんなぁ」
組み手が緩まる。
「適当に流しておこうや……あれ? おまえさん、指はどうした?」
いつの間にか、レオネオレの五指から煙がのぼっている
「さっき、チェイスボムズにイグニッションさせてもらいやした」
「?!」
指から放たれた追尾型火炎弾が、河童の甲羅で爆発する。
「おたっしゃで」
レジェンドウィザードは、妖怪の黒焦げを見下ろす。
計略をもって倒したものの、河童の水妖相撲術が強力なのは確かだ。
内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は、組み敷かれていた。
「……なんて馬鹿力なのよ?」
こっちも双翼魔弾で甲羅や皿を狙った誘導弾を撃ちたいところ。しかし、身体を押さえつけられて、発射に必要な悪魔の翼が展開できない。
思えば河童は出現時から、屋根上で動きづらそうにしていた。
狙いどころと油断していたのだろうか。はじめが飛翔しようとした途端に足首を掴まれ、この態勢である。
だが、焦ってはいなかった。
「強引にでも……。引き剥がしてみせる」
――ビリビリッ。
何かの裂けた感触があって、河童の両の手は、掴んでいたものの抵抗を失った。
中身の抜けた袖口だけが残っている。
「あんたなんかに、上に乗られる趣味はないわ」
はじめの声が降ってきた。
ロングコートのシルエットはなく、華奢なボディラインが月光に透かしてつまびらかになっている。
注目すべきは、紋章のように広がった赤黒い翼だ。
ちょっと力を込めたら跳べた。コートは破れてしまったけれども。
双翼魔弾に、皿も甲羅も割られて、相撲術の河童がのされたのは言うまでもない。
「川面に顔映して出直してくることね」
「うーん、確かに忌み嫌われるにはぴったりだ。見るからに邪悪な姿だよ、河童くん」
ブルーノは、弦楽器のふしをかえる。
依頼を受けてから、何度となく歌った数え歌。
「ひとつ、ねっこはとちをすい。ふたつ、みずはひをけしとめ♪」
聴いて合わせたわけではなかろうが、河童は指先を天に向けた。
二番目の殺人に使われた凶器、水霊氾濫陣だ。
月は雲に覆われ、ブルーノにだけ豪雨が降りそそぐ。
屋根上にもかかわらず、河童に有利な『河辺の地形』を作り上げるこの技。
歌は五番に差しかかり。
「いつつ、どてはかわをせいす♪」
土剋水。
ヒロイックシンフォニーによって、平安装束の小柄な幻影たちが現れた。
額に『土』とも読める、通称『土行くん』は、河辺の地形を埋めて効果を打ち消す。
のみならず、最後の河童までしおしおに干からび、悶絶するままに死んでしまった。
「数え歌殺『妖』事件?」
人間のサウンドソルジャーは、ドゥーの頭をひと撫でしてやる。
「さてお待たせ。今度は邪仙狐くんの番だ」
悪魔の翼で、内方・はじめ(望郷の反逆者・g00276)は屋根の周囲を巡る。
「やれやれ。コートが台無しになったじゃない」
下にキャットスーツを着ていた。作戦に支障はないはず。
「……って、どこかから舌打ち聞こえたのは、気のせいかしら?」
僅かに口元を緩ませた。
こうして飛んでいれば、アヴァタール級妖怪を、取り逃がすことはあるまい。
加えて、天破星・巴(反逆鬼・g01709)らが、屋敷の一番高いところに追い詰めている。
「天狗共はわらわの鬼関銃で蜂の巣、河童共は仲間達が倒した」
「取り巻きもいなくなったし、残るはお前だけだよ」
陣・頼人(武装騎士ヴィクトレオン・g00838)は、竜骸剣の武骨な刀身を抜く。
「……とはいえ、決して楽な相手じゃなさそうだけど」
板葺きに施した仕掛けの類は、あらかた使い尽くした。不意を突くにも、いまから隠れられる箇所も偽装もない。
主が寝ている建築物を壊してトラップにするわけにはいかないし。
邪仙狐はまだ余裕のそぶりで眼下を眺めている。また、キツネ目が細まった。
感じる者には、妖気の高まりが判る。その美しさも。
仙狐流星群が夜空を越えて降り注いだ。
ディアボロスたちは、見て避けようとし、当てて耐えようとするが、妖気の威力はここでの戦闘経験を上回ってきた。
「数え歌は、また探すことにするよ。謎解きを考えるのも嫌いじゃないしね。……あん?」
キツネが空を凝視する。
流星の中に、一個だけ大きいのがある。
衝撃波を纏い、ほかを押しのけながら垂直に堕ちてくるのは。
「今宵のななりんも、どこからともなく飛んできて、緊急参戦しちゃいます☆」
ナナリー・ラフィット(「夢魔の安らぎ亭」オーナー・g04037)が、片手を突きだしてる。
「ななりんぱーんちっ☆」
破軍衝が、邪仙狐の鼻先にヒットした。
「イタタッ! 涙出た、涙ぁ!」
妖気は乱れる。
加えて、援軍ナナリーの一撃が、仲間のガードもアップさせた。待ち望んだ、逆襲への契機だ。
十六夜・ブルーノ(希望の配達人・g03956)は楽器から短槍に持ち替える。
ドゥーとお揃いの電磁槍だ。
「ああ、確かに夜空を彩る流星は美しいね。けれども、邪な妖怪の光には、きっと濁りがあるんじゃない?」
短槍の穂先から迸る雷光が、万華鏡の如く映し出すのは、この地に生きる人々の清き姿。
「それに俺は耳がいいんだ」
サウンドソルジャーは、流星を音で回避して接敵すると、短槍ルインを毛並みに突き立てる。
流し込まれた稲妻が、獣皮を逆立てさせた。
『本当に、三家の中から三晩目の被害者が……恐ろしい』
数え歌殺人の終焉を望む皆の思いが注がれているのか。邪仙狐は真っ赤な鼻先で唸る。
「うー。凶器とかもういい。全部、私が殺せば良かったよ。こうやってね!」
バラ撒かれる妖気は、『人喰いの花矢』に変わった。
はじめは、スーツに刺さったそれを、生命力を吸われる前に抜く。
「最後の一張羅まで、穴だらけにされたらたまらないわ」
冷ややかな目線を投げるが、花矢を握りつぶす手は憎々しげだ。
「お返しに、その良さそうな毛皮に、たっぷり穴を空けてあげる。さあ、惨劇の犠牲者たちの無念、恐怖、怨嗟を……その身で味わいなさい」
そう、最初の殺人は、この花矢によって行われた。
犠牲者の当主は、人好きのする若い男だった。
事件の記憶が、報復の魔弾に宿り、すでに焦げ目のついていた銀毛を闇色に浸蝕する。全身に広がるのを待たず。
「イッ……」
言葉もでない邪仙狐のわき腹を、巴の拳が突いていた。
「わらわに打ち砕けぬ物なしじゃ」
鬼神変改『封鬼殺(ホウキサツ)』は、腕以外も強化し体格は変わらない。齢百を生き、知識経験豊富で謎解きもこなせる巴だが、本質は怪力だった。
ここまで、ディアボロスたちが築いてきたものも、回避より破壊力。
全部がのれば、背骨まで断つ。
四肢をフラつかせた妖怪に、はじめは警戒を怠らずに声をかける。
「残念ながら、ご主人様は助けてくれないようね?」
拳を抜きながら、巴も囁きかける。
「さよう。計画性のないうぬにこの数え歌殺人の計画は立てられぬ。誰が歌と殺す者を指示したかえ?」
「……いや、頼むのは、私のほうで……」
じろっと、睨んだ横顔にブルーノは、アヴァタール級がまだ戦うつもりなのを察した。
「邪仙狐くんが誰から頼まれたのか。ちょっと気になるけど……」
話してはくれないだろう。あるいは妖怪とは真実、嫌われるための知恵だけは回るものかもしれない。
頼人も同じ思いだったようだ。
皆に、うなずきかけ。
「容赦なんてしない。戯れで人の命を弄んだ罰だよ」
屋根の端から天辺まで一息に駆ける。
案の定、邪仙狐は最後の妖気で花矢を投げてきたが、念動力に軽く弾かれた。
頼人はデストロイスマッシュを叩き込む。
妖怪の骨は、竜の骸によって粉々に砕かれ、宙に突き飛ばされた獣は、夜風にさらわれるように四散した。
京の都を騒がせたクロノヴェーダの一党が、邪仙狐とともに屠られたのであった。
ブルーノは、改めてブズーキを奏でる。
「子供たちが楽しく数え歌を歌える世界に、早くしなくちゃね」
これまでの犠牲者と妖怪達へ、哀悼と死出の旅路の安らかを願い。
「ひとつ……」
『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー