大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

『処刑の演壇』全編公開

処刑の演壇(作者 大丁)

 

 断頭台を見上げても、パルマの市民らはまだ平静を装っていた。

 その後ろに置かれた、鳥かご型の牢の者たちにも、なにか寛大な処遇が与えられると漠然と考えているらしかった。広場での公開処刑など、初めて観るのだから。

 刃物を備えた無慈悲な装置の傍らで、男性の淫魔が罪状を読み上げはじめる。

 やはり、聴衆がこの責任者を信奉しているのは明白だ。『惨劇侯爵』マルキ・ド・サドに。

 その様子に断ぜられようとしている当人たちは鳥かごの中から訴える。

「俺たちは無実なんです!」

「首を斬られるなんていやだぁ!」

「みんな、助けて……」

 叫びに処刑の手順を乱されたアヴァタール級は、振り返って檻を一瞥した。

 鍵はかかっていても、声までは封じられぬか。

 民衆も、各自の感情が顔に現れだしている。本当に今からここで鳥かごの中の人間が死ぬ。それに対する驚きや恐れ、あるいは強い好奇心。

 サドはこっそりと舌なめずりをした。パニック寸前になるからこそ、断頭台を使う意味がある。今一度、主旨を理解してもらうため、明確に説明した。

「この者たちの罪状は『邪悪なディアボロスの芸に喝采を送った事』であり、これは、許されない大罪である」

 当人は事務的な口ぶりのつもりだった。

「現在捕らえられていない者でも、訴えがあれば必ず捕まえて断頭台に送る。知っているものは、我々に知らせるように。……ふふっ」

 しかし、嗜虐的な笑みが浮かぶのを、抑えようが無かった。

 

 新宿駅グランドターミナルに、『断頭革命グランダルメ』へのパラドクストレインが出現する。

 パルマ公国行きだ。

「公国に集まっていた淫魔楽団を撃破したことで、ジェネラル級淫魔『夜奏のルドヴィカ』が革命裁判を再開させるのに必要なエネルギーを得るのを阻止できたからですわ」

 時先案内人、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)はそう説明した。

 ディアボロスたちと共に車内に入る。

「追い込まれた『夜奏のルドヴィカ』は、遂に『パルマ市民を断頭台で処刑する』という手段に出たようです。街の広場に断頭台を立て、囚人たちを鍵のかかった巨大鳥かごに閉じ込めています」

 処刑を待つ市民の罪状は、『邪悪なディアボロスに喝采を送ったから』というもの。

 ファビエヌは、一瞬だけ眉をつり上げた。

「処刑を行う、クロノヴェーダたちを撃破して、囚われの市民たちの命を救ってあげてください。それが、皆様への今回の依頼です」

 

 車内にぶら下がる吊り革のひとつを、透けた黒手袋の人差し指がつついて揺らした。

「断頭台の周囲には多くの市民が集められており、その市民たちに向かってアヴァタール級淫魔が、囚人の罪状を告発し、同様の罪を犯した人を密告させようとしています」

 さらに隣のつり革をつつく。

「囚人たちの鳥かごは、断頭台の後方に置かれていて、淫魔と市民のやり取りが終われば、そこから順番に引き出されて処刑が始まってしまいます。ですので、処刑が始まる前に断頭台に登って、クロノヴェーダと戦って撃破してください。ボスは『惨劇侯爵』マルキ・ド・サド、護衛するトループス級に『解体少女』がいます。しかし……」

 指は、断頭台と鳥かごを示したあいだを行き来した。

「サドは、ディアボロスの妨害により断頭台の処刑が不可能になった場合は、集められた囚人だけでも殺せと命令を受けているようです。戦闘開始にあわせて囚人が逃げ出せるよう、あらかじめ檻の施錠を無効化する手助けをお願いしますわ」

 囚人を助け、アヴァタール級『惨劇侯爵』サドを撃破すれば、作戦は成功だ。

「サドも解体少女も、じわじわと削ってくるような攻撃が得意ですからお気をつけて。それから、戦闘中、断頭台の周囲に集まった群衆に訴えかける事が出来れば、パルマ市民の心を動かせるかもしれません」

 

 出発を見送る時間だ。

 ホームに立ったファビエヌは、眉のさがった微笑みに戻っていた。

「断頭台は淫魔が恐ろしい宣告をする場ですが、わたくしたちディアボロスはそれをイイコトする機会に変えてきました。つまり、市民に勇気と希望を与えるコトを、ね♪」

 

 パルマ公国の淫魔は市民が困惑している様子を面白がった。処刑の詳細を嬉々として語り、嗜好を最大限発揮して仕事をこなす。執行責任者として。

 聞くうち、自らもその刃に断罪されるような気になってきて、ある若者が群れのなかで耳を塞ぐ。

「いやだ。処刑を見るのも、されるのも!」

「お、おい。そんなこと言ってたら、ますますお前が……」

 傍らの友人が、密告から若者をかばおうとした。なのに、怯えて体が動かない。

「うう、この場で本心を晒すような勇気は俺にはない」

 拳を握りしめるだけだ。

 

 街角に身を潜める半乃目・丁(舞台裏の白狐・g04619)は、鳥かごを観察した。中の10人は、この境遇に自分の行動を顧みて、納得していなかった。元はただの市民だ。

 なぜ処刑されねばならないのか、全員が鉄の棒にしがみ付いて訴えを続ける。

 しかし、『惨劇侯爵』マルキ・ド・サドは我欲が強まって聴衆への演説に夢中だ。

「諸君は一瞬で首が飛ぶ装置の慈悲深さに感謝するべきで……」

「クロノヴェーダの注意はそれてますね」

 丁は観察を続ける。囚人たちが握って揺する鉄棒がガシャガシャと音を立てていた。あれが鍵付きの扉らしい。にこっと笑って、妖狐は傍らの同業者に頷いた。

 草壁・頼人(人間のレジスタンス諜報員・g03509)も救出の手立てに気づいたが、少しだけ疑う。派手に鍵を破壊して、逃げる囚人たちの騒ぎに敵の注意が戻ったりしないだろうか。

 勤め人時代の経験の重なりが、結論にすぐ飛びつかない慎重さを培っていた。

「あのみなさんに近づいて、まずは安心させられないものでしょうか?」

 頼人は頷きに提案で返した。

 懇願をにじませて。

 丁に反対する理由はない。レジスタンス諜報員が、ふたりも揃っているのだから。

 護衛のトループス級『解体少女』らも、いまは壇上に控えていて、鳥かご周囲の警備は手薄だ。ボスには忠実でも、細かな判断は依存しているらしい。

 などと評価を下しながらも、ふたりはリスクの要素を忍び足で潰し、敵とその囚われ人たちのあいだ、断頭台に登る階段と鍵の付いた鉄格子との隙間に、体を滑り込ませていた。

 アサシネイトキリングは、相手の背後を襲うばかりではない。

 モブオーラの効果は、囚人たちにディアボロスの来訪を知らせぬほどだった。

 だから、驚かさないように、頼人は振る舞いに注意する。

「みなさん。今の姿勢のまま話を聞いてください。私たちは、みなさんの無実を信じる者です」

 その声に、10人はそろって目を丸くしたが、すぐに処刑人の背中へと視線を戻した。それでも、いま一番にかけて欲しい言葉であったろうことは、丁にもよくわかった。

 さて、近くで見る鳥かごは、黒光りして重そうだ。錠前も大きく頑丈らしいが、一般人を閉じ込めておく程度。

 妖狐はまたにこにこと笑い、来た道のほうを振り返った。

「これなら、あとはおまかせできますね」

 

「頑張れば……持ち上げられるかな?」

 そう鼻息を荒くする月城・木綿紀(月城家三女のメイドトラッパー・g00281)を前にして、丁は首を振る。鳥かごごと、運んで逃げるというのは、さすがに楽観的。

 一方で木綿紀がいろいろ試して取り組みたいのもわかる。

「まぁまぁ、みなまで言わず、任かせて」

 錠前のそばまで来た黒髪の覆面少女は、双剣『編み棒』を構えた。

 囚人たちは、脱獄道具の細さにやや不安げだが、助かりたい一心で彼女にゆだねる。

 木綿紀の指は、双剣を巧みに操り、先端に小さなカタマリが見え始めた。

「世界は布、私は糸、二本の針で紡ぎ、編み出し、築き上げる」

 形が出来上がってくると、編みぐるみなのだと、パルマ市民にもわかってくる。

 主人のそばに浮かぶモーラット・コミュに似ているが、毛玉から太い腕がにょきと生えており、当の『ラム』も、兄弟分の異様さに口元をゆがめた。

「力が足りないなら怪力の編みぐるみを作れば良いわけだし」

 言うなり、『編物構築(ニティングビルド)』された腕に、錠前を壊させる。罪なき者たちを閉じ込めていた黒い金属は、ティラミスみたいに柔らかく割れた。

「私たちが侯爵に挑むから、その隙に逃げ出してね」

 顔は隠されていても、木綿紀が市民たちに微笑みかけたのだとわかる。

 

 処刑の責任者は、ふいに知覚する。

 聴衆の注目が自分からズレている。ひとりのサキュバスが、壇上に登ってきたからだ。

 それがアヌシュカ・ヴァルシュミーデ(水葬に揺蕩うモノ・g00153)だった。

「処刑なんて、見るのもされるのも御免蒙る!」

 長身にピンクの髪、緑の瞳が早くも市民の中のご婦人がたの心をとらえている。しかし、『惨劇侯爵』もすぐに執念深さを立て直した。

「わざわざ出向いてくれるとは。貴様がディアボロスだな」

「いかにも。おれは水葬に揺蕩うモノ、アヌシュカだ!」

 あえて芝居がかって両手を広げ、侯爵ではなく聴衆のほうに進み出て声をはりあげた。

 耳をふさごうとした若者も、彼の友人も、顔を上げてアヌシュカを見ている。

 背をむけられたサドは咳払いをし、それからいやらしく笑う。

「貴様は処刑を否定したが、その邪悪な芸に喝采を送った者たちが、これから殺されようとしているのだぞ。わかっているのか?」

 注意を引こうと、鳥かごを指差した。

 扉が開いてからっぽの鳥かごを。

「ざ、罪人どもはどこへ……?!」

喝采をあげることのどこが罪なのか!」

 アヌシュカは、サドの狼狽には取り合わず、演説を続ける。

喝采とは、素晴らしきを感じた時に出る『人』としての喜びだ! 我らは『人』だ! ここに生き、今後も生きていく価値のある一個としての尊厳そのものだ! 処刑を楽しむ化物に、人としての尊厳を奪われたままでもいいのか!」

 観客の、いや市民たちの間に静かに広がる感情。

「さて、舞台は始まったばかり」

 囮にいっぱいくわされたクロノヴェーダたちが、戦闘態勢に移行しつつある。

 

 言葉は響いた、と微笑み、頷く。敵に囲まれても魅力を隠さぬアヌシュカ・ヴァルシュミーデ(水葬に揺蕩うモノ・g00153)だ。

 『解体少女』たちは鋸剣を差し向け、輪を縮めてきた。檻を空っぽにしたミスを、あのサドに咎められると、恐れているのかもしれない。

 アヌシュカはまた涼やかに口元を緩める。

 いや、その唇の動きは『高速詠唱』だ。トループス級は、より残酷さを発揮することで、挽回しようとしている。鋸剣からの精神を揺さぶる波動。対するアヌシュカは戯曲『氷のような姫君(トゥーランドット)』を諳んじて。

「どっちが早いか、試してみようじゃないか」

「へえ……コイツらが自動人形、か」

 クリーガ・エッシェルング(無貌の火葬兵・g06836)も舞台に上がり、仲間を援護する。

「可愛らしいことは可愛らしいけど、性根は邪悪……だな」

 精神波動の怪物が、彼にも見えてくるような気がした。潜水ヘルメットごしに視線を落とし、元素炎放射器の調整つまみを分厚い手袋で捻る。

「鋸の刃を振動させる……なら、その振動を鈍らせ、止めてしまえば威力は落ちる」

 氷属性付与装置の設定温度を一杯まで下げた。

 この特別な装備は、実戦テスト部隊だったからこそ与えられたものだ。多くの傷跡と共に。

「俺も脳改造されてたらあんな風になってたのかな……」

 放射器の照準を覗いたら、鉄塊を震わす人形の姿が見えた。アヌシュカはあえて、真正面から精神波を受けているようだ。

 さすがに笑みの合間、頬にこわばりがある。

 心を意のままに操ろうとするたくらみ。

 クロノヴェーダのやり方はもちろん認められないのだ。クリーガは、自らの境遇に引き写すことを止めて、『急凍(キュウトウ)』攻撃を放射した。

 ふたりのディアボロスの思惑は合致する。

 物理温度の低下と、戯曲が語る姫の冷たい態度がギリギリのところで連携し、『解体少女』の鋸剣が放っていた精神波と切れ味の両方を凍らせた。

 緑の瞳の伊達男は、軽くウインクし、潜水ヘルメットはわずかに縦へと傾く。

 それで十分だ。鋸剣がきしんでいる間に、『解体少女』らの球体関節部も脆くなっている。

 クリーガはシャベルに持ち替え、人形を殴って壊す。アヌシュカはもう、市民たちには背を見せて、言葉ではなく闘争でもって語っていた。

 

 ディアボロスによる処刑の妨害を予測し、応じられるよう目立つところに罪人をいれておいたのに。

 侯爵は今また増援、シズク・ヴィレッジレイン(エルフのレンジャー・g05842)が、勝手に断頭台へハシゴをかけてきたと、歯噛みした。

マルキ・ド・サド殿、悪く思わないでくれ。ここはもはや、エルフの領域。私の好きにさせてもらう」

 妖精騎士の少女は礼儀正しく頭を下げた。

 しかし、ハシゴと思われたそれは、『荊の園(イバラノソノ)』であり、蔓や花がはびこり続けている。処刑機械の木枠だけが、植え込みから生えているかのようだ。

 植物をつたって、まだまだディアボロスが登ってくる。メルセデス・ヒジカタ(冥腐魔道・g06800)はトゲにスカートを引っかけないように注意しながら、太い蔦の湾曲に腰掛けた。

 ちょうど集まっていた市民たちの頭上に張り出すかたちだ。

「処刑ですか……どうせなら、謂れの無い罪状をでっち上げる連中が、ワインのコルクを抜くように……首を飛ばされる様を、見たいと思いません?」

 なんだか物騒なことを、笑顔で語った。

 メガネの奥の目を細めて。

 足場を貸したエルフもギョッとする。

メルセデス殿、人々に向かって刺激的すぎでしょお?! ……あ、いや、悪に対しては手を緩めてはいかんな」

 シズクが思いなおして解体少女を締め上げるのに合わせ、達人は座った姿勢のまま日本刀をふるった。

 自動人形の首がすっとぶ。

 次に切っ先は、ボスの淫魔を指し示した。

「例えば……あそこの、偉そうにしてるサド野郎とか。あいつのせいで……大事な人を喪った人も居るでしょう」

 刀はメルセデスの語りとともに勢いを増していく。

「己の機嫌ひとつで、次はあなた自身の命や、大事な人の命をも奪うかもしれない。まるで、本能に従う肉食獣ですわね?」

 聞く者たちのうち、ひとりの若者が頷いた。

「我らは人間です。人間が……獣のような連中に虐げられるだなんて、おかしいと思いません?」

 若者の友人も頷いた。

「本来、檻に入るべきは……獣と変わらぬ、壇上のサド野郎です。躾もできない獣ならば、叩っ斬るしかないんですよ」

 士気を高揚させる口上。

 誰かの口からも、言葉がこぼれた。

「秩序の為に人があるのではなく……」

 讃美歌だ。

「人の為に秩序があると知れ♪」

 市民たちが合唱しだす。シズクは、ほうと唸った。

「これは、アンネローゼ・ディマンシュ殿が歌ったという、ディアボロスの音楽隊のものではないか!  すご……」

 排斥力を越えて、歌は民衆に広まっていたのだ。

 

 劣勢の『解体少女』の一体が、ふと断頭台うしろの鳥かごを見た。大げさに鋸剣を振り回し、味方に知らせる。

 発見したのは、鉄格子を巨腕でひん曲げている、月城・木綿紀(月城家三女のメイドトラッパー・g00281)の編みぐるみだった。

 なぜか、まだそこにいたのだが、脱獄を扇動した張本人がわかって狂喜し、『解体少女』らは、故障したかのように手足をばたつかせて、鳥かごへと降りる階段に殺到した。

 ボスの『惨劇侯爵』は、民衆から沸き起こった反抗の歌に気をとられている。

 今のうちに、あのモフモフした大罪人を八つ裂きにして献上すれば、この失態もゆるされるはず。

 ものを言わずとも、クロノヴェーダのトループス級がそう都合よく考えていることは、木綿紀にも判った。

「大きな武器……ならね」

 狭いところに閉じ込めてやろう。おあつらえ向きだ。編みぐるみは鳥かごの中まで後退し、そこで糸にほどけた。

 人形たちも、階段を下った勢いのまま檻に突入する。

「世界は布、私は糸……」

 木綿紀は、『縫合接続(ソウイングコネクション)』で編みなおす。

 今度は鳥かごの修復に。

 『解体少女』らは、てんでに閉所で鋸剣を振るったので、脱出する前に互いのボディを切り刻みあってしまった。

 

 『惨劇侯爵』マルキ・ド・サドは、鞭で茨を打ち払い、市民に怒鳴った。

喝采を送るばかりか、罪なる芸で歌うなど!」

「フフ……わたくしの歌がこの世界に刻まれているとは……」

 空から響いた声は、アンネローゼ・ディマンシュ(『楽士大公』ディマンシュ大公・g03631)、当人のものだ。

 民はその名を忘れていても、本物の旋律を憶えている。合唱と重なり、無数の聖剣すら生み出すのだ。

「礼賛せよ、という事ですわね」

 降ってきた剣は鳥かごに突き刺さり、閉じ込めたトループス級を始末した。

 檻のてっぺんにふわりと立つ、サキュバスの吟遊詩人。

「主役や真打は遅れて登場するのが世界と人類の理ですの――アンネローゼ・フォン・ディマンシュ、狂った旋律による断頭革命に終焉を告げるべく参上しましたわ」

 パルマ市民は大喝采。クリーガ・エッシェルング(無貌の火葬兵・g06836)は、防護服の中からシュコーっと息を吐いて、口が開いたままのサドに詰め寄った。

「人形の子達は壊した、よ……残るはオマエだけ……覚悟しろ……」

「あらあら。大事なお人形さん……全部、壊れちゃいましたね?」

 メルセデス・ヒジカタ(冥腐魔道・g06800)は、『惨劇侯爵』を虚仮にする。

「夜遅くまで、お人形遊びされてたとかで……疲れでも溜まってたんでしょうかね?」

 相変わらず、発言が危なっかしい。

 まさか、図星だったわけではないだろうが、鞭をふるってきたのは、メルセデスにだった。

「この小娘……ただでは殺さん!」

「いやーん」

 スカートの下から上へと長い切れ込みが。

 破れたと思いきや、すぐに修復された。

 戯曲 『愛の妙薬(レリズィール・ダ・モーレ)』をひっさげて、アヌシュカ・ヴァルシュミーデ(水葬に揺蕩うモノ・g00153)が、ふたたび舞台の中央に踊りでる。

「人形のお嬢さんたちが沈黙したら、今度は生身のご婦人に無礼を働くとはね。滑稽な君は面白かったけれど……そろそろ幕引きの時間だ」

「無礼なものか。この世の強者は何をしても許される。……ふふっ」

 サドは自分の言葉に酔っているように、笑った。それどころか、足元がおぼつかない。

 アヌシュカの戯曲は修復の薬だけでなく、敵には毒酒にもなる。

「舞台の上で無様な姿を晒すくらいなら潔く散った方が役者冥利に尽きないかい? ま、おれは語り部だけど」

「あ、悪徳こそ、栄えよ……」

 なおも歪んだ価値観を吐く侯爵にアンネローゼは、『解明の調べ』を奏でる。

「人の生きる真を歌うわたくしに、そのパラドクスは……皆様にも、既に届かないと知りなさい」

 聖剣の群れを浴びせかけられ、サドの膝はガクリと折れかかった。

 踏みとどまり、長衣の裾を乱すと、腹部を押さえながらも妙に深みのある嗜虐的な笑い声を上げた。

「さあ踊り狂え! 血と死と悪徳に満ちた惨劇を!」

 無理矢理な鞭さばきで、断頭台にいる者たちを罰しようする。

 床板に亀裂が走るほどの破壊力だ。

「『秘儀・矢追流(ヒギ・ヤオイナガレ)』! えい」

 メルセデスの打刀が、へっぴり腰のうしろから刺さった。

「悪い子には、長くて固くて反り返ったのをバックからねじ込んで……ぐちゃぐちゃにかき回しちゃいますよ? 後門の狼って奴ですね」

 メガネのレンズをきらーんと輝かせるメルセデス

 侯爵の耳に、そのセリフが届いたかは、わからない。

 自分で傷だらけにした床板を、ダッシュで踏み込んでくる分厚い靴先だけは、うつむきかげんの視界には入っていた。

「燃やす……燃やす……」

 サイボーグ工兵の元素炎放射器の筒先が腹部に押し当てられる。火属性付与装置の出力を調整したクリーガは躊躊なく『強火(ツヨビ)』を放った。

「燃やし尽くせるならいいけど、ちょっとしぶとそうだから……」

「貴様、ディアボロス……。鞭の痛みを感じないのか?!」

 コートに炎がうつったマルキ・ド・サドの最期の言葉がそれだった。

 球形の防護メットは質問に答えず、シャベルで殴りつける。

 アヴァタール級ボスの体はギロチンまで吹き飛び、もろとも火柱になった。

「これは篝火……人々が淫魔や自動人形の暴政に抗い、立ち上がる証……」

 クリーガの期待どおり、パルマ市民は高揚している。

 救出役にかくまわれていた鳥かごの囚人たちも合流し、抱き合う光景もあった。

 そして、クリーガの元に集ったアヌシュカたちは、彼の防護服についた、鞭の跡に驚いた。

 サドの乱打をすべて受け止めてから、肉薄していたのだ。

「痛みなら何とか耐えれる……怖がらずに立ち向かう、よ。これからも」

 そう言って、燃えて崩れる断頭台を振り返るのだった。

 

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー