大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『決戦マルコシアス』

決戦マルコシアス(作者 大丁)

 灰色の直方体は、住宅街に建っているのでなければ、城塞のようにも見えただろう。
 あるいは、支配者ジェネラルの威厳を帯び、世田谷区役所であっても恐ろし気にさせているのかもしれない。
 第一庁舎の執務室では、配下の『狼の悪魔・マルコス』が、主君に具申しているところだった。
「一時的に豊島区に逃れて、遠征軍と合流するべきです」
「区の支配者である俺が、命惜しさに逃げ出したとなれば良い笑いものだ」
 狼頭に角を生やした悪魔は、椅子から立ち上がる。
ディアボロスなど、この俺自ら撃退してやろう」
 猛禽類のような翼を広げ、左手の爪は剣のごとく尖った。
 配下の訴えをしりぞけるが、目線は遠い。
「それに、ザミエル達も既に世田谷区に向かっている筈だ。奴らが戻るまで時間を稼ぐのは、そう難しい事では無い」
「は、はい……。おっしゃるとおりです」
 こうなってはトループスも、護衛として主君とともに戦わざるをえない。
 ジェネラル級アークデーモン『狼魔侯・マルコシアス』は、灰色の庁舎が接する広場に、陣をはることとした。

「皆様、ごきげんよう。時先案内人のファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ」
 『TOKYOエゼキエル戦争』行きの車内で、依頼がなされている。
 ぬいぐるみたちは勢力地図などの資料を掲げ、案内人は一呼吸おいてから、話しはじめた。
「世田谷区強襲作戦の勝利により、世田谷区の区の支配者である『狼魔侯・マルコシアス』との決戦に挑む事が可能になりましたわ。敵は、本拠地である世田谷区役所でディアボロスを撃退しようと、待ち構えているようです。皆様の活躍で戦力が激減しているとは言え、マルコシアス本体の強さは侮れません。万全の備えで勝利を目指してくださいませ」

 地図は、杉並区が提示される。
「最初に、豊島区から世田谷区に戻ろうとしている軍団に対する遅滞戦術を行うと良いでしょう。アークデーモン大同盟に派遣されていた世田谷区の軍勢は、豊島区から中野区、杉並区を経由してきます。その先頭であるトループスの構成員は『デーモンギャル』のようですけれども、敵軍団の足を鈍らせるのに利用してくださいね。もっとも……」
 世田谷区役所の図面が出てくる。
 複数の建物が広場を囲んでいた。
「遅滞戦術を行わない選択もできますわ。速攻でマルコシアスを撃破する必要がありますが、撃破自体は可能です。それに、マルコシアスは、虚言を弄する事を嫌うようなので、うまく会話すれば、有益な情報を得られるかもしれません。虚言を弄しない代わりに口が堅いようで、真正面から単純な質問などをしても答えてはくれないでしょう。ひと工夫、イイコトしてください」
 戦場は、その広場となる。
 護衛のトループス『狼の悪魔・マルコス』に、マルコシアスは知能を与える炎や、分身による支援ができるとのことだった。
「これも、皆様の作戦にお任せします。先に護衛を倒すかどうかも、ご検討くださいませ」

 ファビエヌは、ディアボロスたちに相談を促しつつ、列車を降りた。
マルコシアスを撃破すれば、世田谷区を奪還することが出来ます。世田谷区は面積も広く、人口・世帯数とも、東京23区では最大。この区を奪還する意味は大きいですわ。マルコシアス撃破後、配下のジェネラル級がどう動くかは注意しておきます。うまくすれば追撃して撃破できるかもしれませんから」
 パラドクストレインの発車時刻がせまる。

 濃いメイクの女子校生たちが、容姿に似つかわしくない早足で、高架橋をくぐり出てきた。
 中野区を抜けて杉並区に入ったトループス級『デーモンギャル』の部隊である。
「チョベリバ! 世田谷区に急げ、急げ!」
アークデーモン大同盟なんてアウト・オブ・眼中! 放っておけばいいよ!」
 本拠地の危機に駆け付けようとしている。
 すると、うしろの一体が呟いた。
「けどさー。杉並区って、曲がりなりにも大天使の領域じゃん。ちょびっとは警戒しなきゃ?」
 トループスたちはぎくりとし、いっとき靴音のペースを緩める。

 中野区からアークデーモンが侵入し、支配を脅かしていたのは、ついこの間までの話だ。世田谷区と同様に、ディアボロスの活躍によって、区民の多くが救われていた。
 杉並での戦場のひとつともなった高円寺の商店街、そこから1ブロック東寄りに世田谷まで抜けられる大通りがある。
 帰還を急ぐトループスたちの進路は、予知の内容からいってもこれだろう。
 歩道橋の欄干にかかとを引っかけて、ネリリ・ラヴラン(★クソザコちゃーむ★・g04086)は、敵軍が現れるのを待った。
「せっかく処刑ショーをやめさせられたんだもの。二度とあんなことができないように、この機会に親玉さんをやっつけるよ」
「ええ、ここまでこぎつけたのですから、横槍はなしで決戦を進めたいところ……!」
 園田・詠美(社畜(元)系魔法少女・g05827)はこの高い位置から、仲間の配置も確認していた。
 道路沿いにあるマンションのベランダ。使われていない高架の上。いっぽうで、百鬼・運命(ヨアケの魔法使い・g03078)は、ふたりほど前のめりでなく、むしろ下がって背中を欄干に預けている。
「いよいよマルコシアスとの決戦か。大同盟への戦力派遣、杉並区への侵攻のおかげで世田谷区攻略も順調だ。それだけに遅滞戦術できっちり救援部隊を遅らせないとな」
 つぶやきのようだったが、ベランダに潜んだシル・ウィンディア(虹霓の砂時計を携えし精霊術師・g01415)から返事がくる。
「遅滞戦術となると、動揺とかそういうのをさせて怪しませればいいんだよね?」
「杉並区は大天使の領域、なら……」
 さらに、同じベランダ組の桐生・八重(超高校級のホワイトハッカー兼電脳に聳える隠者・g03785)がアイデアを被せてくる。
 もちろん、『パラドクス通信』を介したやり取りだ。提供したアンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)は端末を握りしめ、もう片方の手でガードの柵にへばりついていた。
「決戦に持ち込むまで、みんなで迅速に戦ってこれたんだ。マルコシアスは必ず倒すっ!」
 握力に、気合いが見て取れた。
「あァ……」
 と、ラウム・マルファス(研究者にして発明家・g00862)が気の抜けた声を出す。
「杉並区の住民が統一して持ってる、十字架のアクセサリーがあるんだっケ」
「全員が所持している、とまでは。十字架の存在については確かにそう報告を」
 八重が答えると、ラウムは大通りに掲げられた案内標識にデザインをまねて十字を描いた。大天使がいまだ有力であると装う。作業と道路の先とを見比べていたネリリが、欄干から靴を離して頭をひっこめた。待っていたものが来たようだから。
「狙いはしっかり……ね」
 指先で小さな魔法陣を描くと、『星なき夜の交響曲(ルナティック・シェル)』を発動させ、呼びだした蝙蝠爆弾をガードの下に潜ませる。
「はいはーい! 小細工ならロキシアくんにおまかせー」
 爆弾や罠が据えられているのに反応し、ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)が、声で挙手した。
「世田谷が取れるかもって大事な局面ですもの。張り切って遅くしちゃうよ!」
 当人は、アンゼリカのとなりでへばりついているので、手は塞がっている。
 運命も姿勢を低くした。
 欄干にもたれて上をみていたのは、『防空体制』だ。そこに引っかからなかったのだから、敵も大天使領内での飛行は控えているのだろう。高架橋をくぐってきた女子校生のグループが見えたので、歩道橋に隠れながら、呪術符を放った。
「チョベリバ……ギャア!」
 『隼神斧』をくらった一人、いやトループス級アークデーモン『デーモンギャル』の一体が悲鳴をあげる。どうやら攻撃されるとは考えていなかったようだ。
 シルはベランダから起き上がると、ギャルらの足元に『世界樹の翼type.B』の誘導弾を撃った。
「最大稼働、乱れ撃つよっ!」
 光の精霊の力で、背中二対の光の翼を展開させる。『天翔残影砲(シルエット・ブラスト)』ではあるが、敵には当てないようにした。翼で大天使と勘違いされればなおよい。
 普通に相対していれば、すぐに看破されるだろう。だが、トループス内に、支配種族への警戒の強い者がいたらしい。
「ゆったじゃんさー! 大天使に怒られるって」
「きいてなーい。おまえもゆってないしー!」
 ともあれ、混乱してくれている。
 詠美は、歩道橋に伏せた姿勢で、『Code:""Stymphalides""(ステュムパリデス)』を発動する。
「魔法連弾、プログラム1番展開。目標数選択、出力選択……業務執行!」
 魔法陣は隠したままで、物質を透過して魔法弾を放てる。
 デーモンギャルからみて、四方八方から攻撃されているように仕組んだ。
「えー、これホントに大天使ぃ?!」
「でも、あのだっさーいマークが描いてあるよ」
 案内標識の十字架に気がついたようだ。
 ほぼ同じ高さのマンションから、八重は大声で叫んだ。
「大天使様! 近くにアークデーモンの姿を見つけました! すぐに来てください!」
 住民が、いまだに支配者にたいして従順な証だ。嘘なのだが。
 嘘をさらに演出すべく、八重は『紫電司るタブレット』を操作して、仕掛けに入る。続く運命たちの弾幕に、デーモンギャルは、ガード下の暗がりへと引っ込んだ。
「杉並区を通るとは良い感じにかかってくれたよねぇ!」
 アンゼリカは地面まで飛び降りて、凄む。
「お前たちは知らないのかなー、今ここの区は侵攻してきたアークデーモンをたくさんやっつけてるんだよ? 杉並区の大天使は私たちの味方になってるからねー!」
 逆光になっている顔を、トループスたちは目を細めてようやく気がついた。
「あ、アンタたちは……」
「ヤッホー、ディアボロスのラウムだヨ」
 自己紹介しながら、眼鏡の男も降りてくる。ふつうに話しかけた。
「こんな方向に来て良いのカイ? あの十字架、ココの大天使のシンボルでショ?」
 ラウムには、嘘が下手だという自覚がある。
 なので、ホントのことだけ言っている。アンゼリカも似たようなもので、杉並区での作戦は事実だから、バレないと踏んだ。
 はたして、デーモンギャルたちは、エムエムだかなんだか、翻訳能力を凌駕するほどの特殊な言葉で話しはじめ、少なくとも動揺しているのは間違いなく、最短距離となる大通りに帰還軍の本隊を導くことに、疑義を感じているらしい。
 ロキシアは、高架橋より案内標識に近い位置に降りる。
「ここはとおさん! シンプルイズベスト!」
 『七影斬(シチエイザン)』で分身し、『防衛ライン』を張った。
(「軍勢がスムーズに通れるほどの道って、現代じゃ限られてるからね。そこを抑えてしまえばよろしーっ。そんでもってトループスたちは大天使の存在を警戒している。まだまだ利用させてもらいましょ」)
 量産型『魔槍』を威嚇射撃のように放つ。
「そこまでだよ、デーモンたち! 大天使さまの領域にきみたちは入れさせない! 今お帰りになるなら、命までは取らないよ!」
 警告にあわせて方々から、多種多様な声でのアークデーモンの発見報告が聞こえてきた。大天使の羽ばたきも含まれる。
 時空を捻じ曲げる出力のタブレットを使って、八重が鳴らしている音声データだ。
 シルは、『天翔残影砲(シルエット・ブラスト)』を放ちながら、こんどは目立つようにベランダから飛びたった。
 光の翼と『飛翔』の組み合わせ。やはり、ぱっと見た感じだけでも、ディアボロスと大天使が協力して迎撃を仕掛けていると思ってもらいたい。
 詠美は魔法連弾で、ガードの出口付近を散発的に攻撃する。
 大天使の部隊が近づいてくるかのように、八重の音声と調子を合わせた。
 ダメージはほとんど与えていない。けれども、デーモンギャルたちはジリジリと身を引いていく。なかには、踏みとどまろうとしたり、前進を続けたりする者もいたので、ネリリはそのつど隠していた蝙蝠爆弾を飛び込ませて起爆した。
 そうしながら、アンゼリカとラウムの、直接声をかけているふたりの様子をみる。
(「罠がもう張ってあるって知らしめたら……。引き返してくれれば良いけど。手薄な道を探そうってしてくれるだけでも時間稼ぎにはなるかな?」)
 敵の反応は、歩道橋からだと、ちょっと判別がつきにくい。
 しかし、ネタがばれるのを避けて、ネリリと詠美、八重は、顔を出さないようにした。
「皆でここを凌ごう、もうすぐ大天使の部隊もこっちに来るからさー!」
 アンゼリカは、蝙蝠爆弾で弱った敵になら、力を溜めた『雷剣波紋衝(ライケンハモンショウ)』の斬撃を喰らわせる。倒す力も見せておくのだ。
「やっぱ、ダメ。ザミエル様たちが来ちゃう前に、知らせに戻ろ!」
「ふム……」
 ようやく聞き取れたギャルの言葉に、ラウムは頷いた。
「信仰が強い地域なら、それだけ大天使が護りに来る可能性は高いから、警戒して回り道してくれるとイイナ」
 逃げるときも、似つかわしくない俊足で、トループスたちはもと来た道へと消える。
 その背を見てから、ラウムは役にたったらしい十字架を、増やしておくことにする。運命は、もういちど防空の確認をし、通信機からこの場の撤退を進言した。
マルコシアス撃破に向かうとしよう」
 適度に足止めはできたし、アークデーモンの増援も遠回りしてくれるだろう。仲間たちからも、了解の声が次々と届いた。
「しかし……」
 歩道橋を降りる前に、運命は中野区方面を見る。
「上手くザミエル達を奪還に巻きこめば、サリエルみたいに孤立した所を討ち取れるかな?」

 灰色の建物が、三角の広場をつくるように建っている。
 トロワ・パルティシオン(迷子のコッペリア・g02982)は一足早く、世田谷区役所の軍勢を前にしていた。
「そろそろ遅滞戦術が成功した頃かな。よし、あえてマルコス達を無視してマルコシアスに仕掛けてみようか」
 護衛のトループスを睨みつけ、道を空けるよう促す。
「邪魔をするなら君らから倒すよ。生き延びたいなら大人しくしていなよ」
 狼型の悪魔は、ほんの微かに目配せしたようだった。支配者ジェネラル級アークデーモン『狼魔侯・マルコシアス』にむかって。
 不自然なほどスルスルと道が開いて、トロワは敵ボスと直接対峙する。
「一騎討ちといこう。仮にも断片の王を目指してるんだ、まさか逃げたりしないだろうね」
「無理だ。応じられない」
 あっさりと断られた。
 調子を外されたというトロワの気配を、悪魔のくせに察したようだ。自分から理由を話す。
「俺たちは群れで戦う。おまえたちもそうしろ」
 場所をあけたマルコスが、そろいの動きで包囲してくる。どうやら、予知で聞いたこいつらの様子は、あくまでも主人を思ってのことだったようだ。
「士気は高い、か。瞬殺されないよう頑張ろう」
 召喚したダモクレスブレイドを変形させて大剣モードへ。トロワがそれを構えると、マルコシアスも左の爪を尖らせた。
「この戦いは人間に見せるものではない。遊びの余地をいれる必要がない。おまえが強いことは判ったから、腕試しなどという、興や趣を考えるな」
 話し続けているのは、攻撃宣言とやらかもしれない。
「そのうえで、俺の爪はおまえの腹を抉るだろう」
 言い終わると、警備の狼たちが襲い掛かってきた。大剣で捌くことはできたが、ジェネラルの宣言と同じ軌跡で相打ちに持ち込むはずが、その機会が判らない。
「どうせ壊れるんだ、大剣本体も使って全力を」
 トロワが覚悟を決めたとき、凌いだトループスにつづいて、マルコシアスが目の前に来ていた。
 雑魚の攻撃にまぎれて騙し撃ちをしてくるのかと思えば、それも違う。堂々としたふるまいで、宣言通りに爪で体幹を狙ってきた。
 『切り拓く光芒(ダモクレスオーバーロード)』の発動が間に合い、伸びた光刃が爪と交差する。弾き上げられた勢いで後方に飛び、距離をとった。
 腹そのものは抉られていないが、上着とシャツの一部に深い切れ目がはいっている。
「やるじゃないか」
 トロワは不思議と静かな微笑みを浮かべていた。

「まさに狼の群だね」
 シエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)が広場に駆け付ける。トループス級アークデーモンは、さらに続くディアボロスたちの姿をみて、まっすぐ攻め寄せた。
「成程、正々堂々と、ってなわけだ」
 敵の進路を塞ぐように立つ、ヴェルチ・アリ(火日饗凶・g03614)。
「それだったら、僕にも少しはやれることはあるかな、シエル? 最近の悪趣味な流れに、一つの終止符と行こう」
 機械の身体と鋼鉄の肌でもって、獣の爪をはじく盾となる。
「ヴェルチ、害獣駆除っていえるくらい簡単な相手ならよかったんだけど、ジェネラルがいる。正面からっていうのもそれだけの力があるからだろうし……」
 背中を預け合う態勢を整え、シエルシーシャは呪具を手にした。
「でも、ずっと沢山の人が殺されてきたのをようやく止めたんだ。処刑ショーはもう再開させない。まずは配下たちからだ。一匹残らず仕留めよう」
 ふたりの姿は、赤く光る眼に取り囲まれ、獣毛と翼のかさなりに埋もれていくかのようだ。
 のこりのディアボロスたちも、それぞれの場所でトループスたちを削るような恰好になる。八栄・玄才(井の中の雷魔・g00563)は、拳を振るいながらも、いまはまた護衛の彼方に消えた相手に言葉をかける。
「マルコスにマルコシアスね……。改竄世界じゃウチの流派はそこのマルコス共に負けちまったらしいからな。ジェネラルのテメェが直接何かしたってわけじゃねぇだろうが、お前が群狼のボスだってんなら、オレにとって超えなきゃいけない相手だ、マルコシアスッ!」
 怒声は、真紅堂・乎乎那(埋火の魔創剣士・g02399)が耳にした。
「味方どうし連携して一体を集中攻撃、とはもう無理か。私は、お手すきのマルコスにせーせーどーどー挑むとするよ」
 金の瞳に、べつの輝きが加わった。
 すでに装着済みなのだが、『イーヴルアイ』は、強い眼力を得る使い捨ての魔術的コンタクトレンズだ。同じような姿で、同じように動いている狼のなかから、最適な相手となる一体を選び出していた。
「大将の言う通りだと思うぞ。今が覚悟のキメ時だ……来なよ」
 挑発するのは、乎乎那の赤い唇から。
ディアボロスめ。主君の手をわずらわせるまでもない、死ね!」
 しゃべる狼の口の中も、真っ赤だ。そして、血を求めて牙を突き立てくる。その纏わりつくような動きに、乎乎那は。
「イーヴルアイは既に最適解の動きを……見切っている!」
 『魔術長剣ハートブレイカー』で、マルコスの胸を貫いた。
「やはり、わざわざ突っ込む必要は無かったな。……んん?」
 味方が短距離を飛翔して、敵が密集しているところへ降りて行った。モリオン・スモーキー(存在奪われし魔術発明家・g05961)だったと思う。
 もちろん、自分にあった戦いかたでいいのだ。乎乎那は、またちょっと下がる。
「――ケアン。お願いします」
 モリオンは、自身にクダギツネを宿し、委ね、暴れまわる。
「この血肉は刃となり、敵全てを切り裂くまで終わらない。全てを解体しきるまで終わらない。怒涛の様にその身を切り刻んでいきましょう。――この身の力を絞り切るまで、自分は止まるつもりはありません故。お覚悟を」
「覚悟するのは、お前たちだ。我ら……ウォオオーン!!」
 狼の悪魔は急に吠えた。
 『獣性解放』にはいったのだろう。四つ足で駆け、四方八方から連続攻撃を仕掛けてくる。
「全てを塗りつぶして。――自分諸共で構わないから」
 血に飢えた獣は、モリオンのほうだった。
 体から刃が錬金され、狼の牙を折り、顎を裂く。『闇ノ獣ハソノ身ヲ刃ト成シテ』だ。
 動物的になった、としても、司令が判らなくなるわけではない。狼の動きを見て、リオーネ・クア(ひつじの悪魔・g01176)は、知性や分身を与えるジェネラル級に警戒感を強める。
「どうしても、先にトループス級を倒さなきゃいけないね。強化された護衛に守られた区の支配者を倒せるなんて甘いこと考えられない」
 召喚したサーヴァントともに、狼の群れの上へと飛翔した。
「さあ行こう、ロッソ。『赤の双翼魔弾(ロッソ・マジックボルト)』!」
 リオーネメーラーデーモンは、敵を追尾する魔力の弾丸を放つ。
 暗い毛並みをもつ奴らに、魔力弾は赤く尾をひいて命中した。数体が四つん這いをやめ、四肢を地面から浮かせる。アークデーモンゆえ、翼もあれば、角もある狼なのだ。
「ロッソ、こっちへ」
 魔力障壁を展開し、リオーネは敵の爪や牙、角の威力を軽減させる。それによって、隙のできた個体には、再度の魔力弾を放った。
 だが、空中にいるぶん、上下も含めて取り囲まれているようだ。サーヴァントと協力して攻撃を凌いでいる。
 シエルシーシャは改めて、自分の背後に感謝した。
「私だけじゃすぐ袋叩きだろうけど、ヴェルチがいる、皆がいる。なら、大丈夫」
 『限定開封:狂瀾怒濤の蹂躙者(リアライズ・ナックラヴィー)』を発動させる。
 呪具を核に半物質化させた呪詛の塊。
「生物みたいな形だけど、少しくらいは野生の勘も調子が狂ってくれると信じよう。……踏み躙れ!」
 奇怪で歪な四腕の巨大な人馬が、人語をなくした狼に突撃する。
 このかく乱を、ヴェルチは逃さず、背中から巨大な炎の右翼を生成した。
「獣狩りに、炎ならうってつけだろう。焼き尽くすしか出来ない僕だ、任せてもらおう」
 敵が群れで来るのなら、その群れごと。
 シエルシーシャの『蹂躙者』を追うように、『セッテンブレの竜炎』が放たれた。無数の火炎弾が、マルコスに降り注ぐ。
「悪いけど、ここで立ち止まっていられない。目指すはマルコシアスだ。一切合切、灰燼と帰せ!」
 火炎をぶつけるうちに、トループスのなかの個体数が一気に減った。
 ジェネラルが増援していた分身が、消滅したためらしい。
 残るは、直接守っている護衛役だけとなっていた。玄才は、周囲の全部が敵よりも、一方向に狙いを定められるほうが戦いやすいと感じる。
「爪と牙がなんだ。拳士の拳はコンクリートより硬い。粉砕せん勢いで殴りつけてやるッ!」
 ダッシュで距離を詰め、次々と強打を与えていく。
「戦場に平等の二文字なし。思い描くは己の無双。孤軍寡兵を上等とすべし……八栄流心得『万夫慴るる勿れ』!」
 兵力差をものともしない心得に従い、ついにマルコスの群れを壊滅させた。
「刻逆に呑まれた家族に、隔たれた時代で果てた『同門(なかま)』に、拳の音で届けるんだ。『八栄流(オレたち)』はまだ負けてねぇと!」
 今度こそ、怒声を聞かせる。
「なーに。マルコシアスには少しお話したい事が出来たんでね……」
 後方にいた乎乎那が、いつのまにか玄才の傍らに。
 モリオンはいったん刃を解除して、深く息をつく。
「……取り戻すべき場所を取り戻す。その為に自分たちは、どれ程の敵ですら躊躇しない理由はない」
「ああ。ついに世田谷区を。そのチャンスが来た」
 空の敵を片付けて、着地したリオーネ
(「待ってて……父さん、母さん、――兄さん」)
 思いを秘め、ジェネラル級アークデーモン『狼魔侯・マルコシアス』を赤い瞳で睨む。
「……虚言を嫌うほど真っ直ぐな気質なら、どうしてあんな支配をしていたんだ」
 眼前の狼頭は、歯を食いしばっている。
 配下の死に、感情を湧きあがらせているようにも見えるのだ。

 護衛を退けたディアボロスたちは、戦場の一角へと追い込むように、世田谷区の支配者にパラドクスを集中させた。宮生・寧琥(チェネレントラ・g02105)は、想う。
(「正直、ねーこはあんまし頭よくないから、さー……」)
 案内人の説明では、この有力敵から情報を得られる可能性があるらしい。
(「どんなこと聞いたらイイか、とか、そゆの分かんないし。うまく聞けるかも分かんないから、そういうのは他の人にお任せして……」)
 実際、何人かは戦闘のあいまにコンタクトを試みている。
 狼頭はいまのところ、歯を食いしばったままのようだが。
(「先にこっちの真剣さとか、全力見せないと『力を認める』ってできないかもしれないね。ねーこは突撃! します!」)
 『Virginids(ウミネコ)』で水流を呼びだした。
「嘆く者の涙は絶えずして。海の水が無くならない理由。悲しみは消えない、殺りくショーとかやって、さー。いっぱいの人たちキズつけて、苦しめて……ねーこ、怒ってるんだからっ!!」
 感情の高まりが、パラドクスの威力を増す。
 溢れる水につかったアークデーモンは、左手の爪をふってそれらを霧散させ、濡れた毛皮のまま、術者のほうをみた。
 寧琥は身構える。
「攻撃、当たってもイイよ。絶対逃げない、負けない。そっちがどんな強い意志持ってても、ねーこだって遊びに来たんじゃない。ママのこと、世田谷のこと、取り戻しに来たんだから!!」
 すると、『狼魔侯・マルコシアス』は、口を開いた。
「区民がみな、おまえのような気概をもっていたのなら、良かったのにな。別の手段も考えられた」
「え? ええ???」
 相手が喋りかけてきたのが自分で、寧琥は驚いている。
「結局、ショーなど畏怖集めの方法のうち、それが世田谷に適していたにすぎぬ。おまえ自身は否定しても、おまえの同胞の人間たちの多くが、残虐な処刑を見て楽しみつつも畏怖も発生させるという、互いの目的に合致していたのだ」
 話の内容は、別段新しいものではない。
(「なんで??? ねーこは、何にも聞いてないのにさー……」)
 敵意に変わりがないのは、このあと宣言どおりに爪の斬撃を左肩に受けたので、確かだ。フォローに入ってきた仲間に、寧琥は伝える。
「痛かったけど、へーき。……それより、聞くからかえってしゃべらないのカモ?」

「虚言を弄しない代わりに口が堅い、だったね」
 トロワ・パルティシオン(迷子のコッペリア・g02982)には、ジェネラル級から聞きだしたいことがあった。
(「確かサンダルフォンは『ディアボロスが新宿区を海にした』と言っていたね。事実はどうあれ、そう思われるってことはディアボロス側にも生き残りがいたんじゃないかな?」)
 当時の結末をしゃべらせる方法はあるか。
 さっきトロワが一騎打ちを申し込んだら、理由までつけて言葉で断ってきた。配下のトループスを撃破したいま、かつての決戦に参加していた風を装って戦いを挑めば、反応するかもしれない。もちろん、寧琥の指摘のとおり、質問はナシで。
 刃の欠けた大剣を構えなおす。
「強いね。けど、僕らも前よりずっと強くなったよ」
「ぬ……」
 狼魔侯・マルコシアスが、鼻先を向けてきた。
「君の所のザミエルがそうだったように、新宿決戦のリベンジに燃えていたのは僕らも同じさ。今度はあの時みたいに中途半端な終わり方にはならないとも」
 トロワが一歩踏み出すと、はたしてマルコシアスも口端から牙をみせた。
「ほほう。新宿での決戦におまえたちが。まさしく、復讐のために豊島区まで行ったザミエルとは行き違いになってしまったのか」
 少し、期待した返答とずれている。が、構わずトロワは大剣で打ちかかった。
「さあ、決着をつけようか」
「『復讐の魔弾』にかわり、俺がヘルヴィム様の仇を取らせてもらう」
 アークデーモンの爪と交錯すると、ついに力を使いはたして刀身が崩壊した。マルコシアスは新宿決戦にはいなかったのか。
 そんな気配を感じながらも、トロワはもはや退くことはせず、次の得物を取りだしていた。

 八栄・玄才(井の中の雷魔・g00563)が、拳を緩めて広場の頂点のひとつを示す。
「もう、話をするのは終わりのようだぜ」
 杉並区の遅滞戦術にむかった仲間が、合流してくるのだ。
 先頭にいたのは、アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)。そして、シル・ウィンディア(虹霓の砂時計を携えし精霊術師・g01415)に声をかけている。
「処刑ショーの裏にあった真意、仲間の復讐者が確かに聞き出した」
 事情は把握しているようだ。
「ならば此方も見せるべきだろうね。私達の絆を、そこから生まれる力をさ!」
「そう、取り返したいものがある。護りたい人がいる。ただ、それだけの為に……。さぁ、取り戻す為の戦いをさせてもらうよっ!」
 シルは力強く応える。ディアボロスが増え、互いに出し合った力が結実していく。
 杉並のぶんから重なった残留効果は、ジェネラル級といえども、まったく侮れない威力に達していた。
 飛び上がった狼魔侯に、飛翔をあわせるディアボロスも多くいた。玄才も重ねた最速で、マルコシアスの吐く炎、『魔侯炎』へと突撃する。
「こっからは仕事じゃなくて私闘の時間(とき)だッ!」
 拳をさらに固めた。
「塗炭の苦しみがなんだ。武術ってのーは、手前を痛め付けて、他人に痛め付けられての連続なんだよ! 駆け抜ける一瞬だけ耐えれば良いなら楽勝だ!」
 炎を抜けきる前から『先の先の最前線』の伸びるリーチで攻撃する。
「この技は我流、しかしその基礎にあるのは八栄流の拳撃であり、オレが武の最前線を押し上げて到達した八栄流の最新拳技ッ!!」
 半雷と化した腕で強打を、狼の長い顎に当てる。
「これがオレ達、八栄流だッ!」
 アークデーモンの身体は真っ逆さまになったが、翼のひとかきで上下を入れ替えて姿勢をたもつと、手の甲で口元をぬぐう。
 落下地点に、アンゼリカとシルが駆け込んできた。
 広場にはまだ、消滅していない骸、狼のトループスたちのものが転がっていた。それを避けたり越えたりするほどの猶予はない。
 マルコシアスはといえば、すでに失われた者たちの扱いにこだわっていられないようだ。彼もまた。
「まとめて、焼く。そして、ふたりあわせて貫いてやろう」
 口元の、玄才につけられた傷にあてた手から爪が伸び、牙の隙間から赤黒い炎がふきだした。
 横にならんだディアボロスはサイドステップを同時にきめる。きれいに分かれたところへ、目標を失った炎が通った。
「傍に相棒が、友がいる。そして勝利の先には区の奪還と、人々の笑顔がある。だから復讐者は倒れないんだ! 奪還の志と、みんなとの絆、人々への想いを乗せて! 私のめいっぱい! 受け取れぇーっ!」
 アンゼリカの「終の光」、『終光収束砲(エンド・オブ・イヴィル)』の砲撃が、狼魔侯・マルコシアスを焼いた。ほぼ同じに、シルの世界樹の翼type.Aが、『六芒星精霊収束砲(ヘキサドライブ・エレメンタル・ブラスト)』を放つ。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ……。六芒星に集いて全てを撃ち抜きし力となれっ! これがわたしの全力の魔砲だよ……遠慮せずに全部持っていけーっ!!」
 攻撃の予告が外れるとともに、左右から挟んだ形で、ふたりの魔法砲が放たれた。アークデーモンは、燃えるシルエットとなり、透過した互いの砲撃を避けるよう、ふたりはまた、同時に上へと跳躍する。
 着地後、アンゼリカもシルも、仲間たちに注意を促し、武器をおろさず赤黒い影を見守った。
 全力を誓うディアボロスたちは、地上と空中で取り囲む。

「最終ラウンドの時間だね。決着をつけるよ、マルコシアス!」
 アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)が、悪魔を燃やす炎に呼びかける。ロキシア・グロスビーク(啄む嘴・g07258)も、『魔槍』の穂先を向けた。
「そう、ここまでだよ。きみの支配体制もこうなった以上、完璧じゃなかったってことさ」
 すると、応えるかのように炎が膨らんだ。
 『狩猟・魔狼式』、ジェネラル級は分身を無数に繰り出してきたのだ。転がっている骸にも似た、狼型の悪魔の群れである。翼も持っているので、地上と空中の包囲を突き破らんばかりの勢いがあった。
「おや、もしかして猫の手も借りたいご様子で?」
 愛馬『ビーマイナー』に騎乗して、リュカ・テネブラルム(彼岸へと愛をこめて・g05363)が区庁舎を越えてくる。
「セタガヤ区とやらの奪還の為、微力ながらお手伝い申し上げましょう」
 敵の見た目は増えたが、ディアボロスにも次々と増援がある。狼悪魔の群れの中心で、炎を消し飛ばした狼魔侯の姿を、白尾・真狐(まったり狐娘・g05562)が近接戦闘用ブレードの切っ先で指し示す。
マルコシアス君、強そうな見た目とそのモフモフ……これは強敵だね!」
 フライトデバイスから降りて、みずから飛翔した。
 その下を駆ける、馬上のリュカ。
「何やら賑やかにお仲間めいたものなどお連れになって、嗚呼、嫌ですね。私、馬以外の獣は全て嫌いでございます」
 分身の狼は、統率のとれた動きだ。
 かといって、鏡映しのように同じではなく、狩りにみたてた役割さえ持っているかのようである。
「衝撃波を飛ばして蹴散らしてご覧に入れましょう」
 と、言ったものの、数もやたらと多く、無双馬の足は、なかなか本体に迫れなかった。
 空中の真狐もそれは同じだ。
「相手はジェネラル級、攻撃全部避けられるなんて思わないし、何とかこの一太刀は届かせるよ!」
 翼があるというだけで、この狼たちは猛禽類のように襲いかかってくるのである。
 ロキシアは、外骨格化させた『Moon-Child』で、狼の牙を防ぐと、空の援護のために量産型『魔槍』を展開する。
「禍えり裂く赤棘の槍(ゲイ・ボルグ)ッ!」
 穂先が悪魔の翼を薙ぎ払った。真狐はフライトデバイスと再結合する。
「助かったよー、ロキシア君。……相手は嘘とかそういうの嫌いみたいだし、ここは正面からガツンと一発、やるしかないよね!」
 戦闘用ブレードを構えて『電光石火・篝火狐鳴(デンコウセッカコウカコメイ)』。
 デバイスとスラスターのブーストを吹かして加速する。本体まで一直線に突撃した。
「ぐぅッ! やるな、ディアボロス!」
 切っ先をうけて、その胸を押さえるマルコシアスは、すぐに二撃目がくることを見逃していた。
「伝承、5種開放。紡げ、必中の因果!」
 ロキシアの魔槍だ。
 地面を砕かんばかりの俊足で、穂先には剣呑なオーラを灯す。その紅い軌跡を捉えたときには、ジェネラル級といえども、避けるのは困難だった。
「なるほど……。確かにザミエルの片足を奪えるようなヤツらだ」
 唸る狼の横顔を、宮生・寧琥(チェネレントラ・g02105)は見ている。
 傷ついた左肩を押さえて。
(「……むぅ、何てゆーか。何てゆーか、さー。くろのべーだも色々あるんだなって、思っちゃった。ヤだなって思ってるのに、しなきゃいけないって……しんどぃよねぇ。そっかぁ……くろのべーだも大変なんだ。ねーこも戦うのは、さー……」)
 つい、足が止まってしまって、彼女のもとにも分身体が追いすがる。
(「はっ、いかんいかん! でもでも、自分達のために殺戮ショーしてたのはホントだし、世田谷取り戻すにはどぉーーしても、倒さなきゃ! だめなん! です!」)
 光を放つ白銀色の両剣を手に、『神蝕呪刃』を発動する。
「ねーこ、コレ痛いからすきじゃなぃんだケド、そゆの!言ってらんない! ので!」
 呪いを解放し、残りの分身体を侵食した。そのまま、本体にあたる。
 そこへ、愛剣『Toreador』をたて、ルキウス・ドゥラメンテ(荊棘卿・g07728)も続く。
「俺には、縁もゆかりもないのが辛いだろうかね」
 刀身には、黒き茨を纏っている。
(「ふむ、リオーネはあの悪魔に何か思うところがあるらしい」)
 チラと見えた、リオーネ・クア(ひつじの悪魔・g01176)の形相を思う。突撃から、アークデーモンが上空に逃れた。ルキウスは飛翔で追いかけ、斬撃を届かせようとする。
 執拗に追いすがる姿を見上げて、リオーネも意図を察した。
「ありがとうルキウスさん! 頼りにしてる」
 戦場には、銃声や詠唱が響いていて、言葉が聞こえる位置ではない。けれどもふたりは、目線をかわさずとも通じている。
(「信頼……。そっか、配下との関係。失って見せた顔。なぜ処刑ショーなんて似合わない方法を選んだのかは、他の復讐者に語ってくれた」)
 リオーネは、悪魔の翼を広げた。
マルコシアス、貴方なりに合理的な判断をしただけだったのか。区民への評価は納得できないけど、貴方の人柄は敬意を示す対象だと感じてる。だから世田谷区奪還のため全力で戦うまで!」
 メーラーデーモンの『ロッソ』と共に飛ぶ。
 その空へと、白水・蛍(鼓舞する詩歌・g01398)は、『音』を呼びだそうとしている。
「私はすべきことを。一撃を加えましょう」
「僕は昔の決戦がどうだったとか前の世田谷がどうだったとかは知らないけどさー」
 飛翔する仲間に、真狐はさらなる速度を与えて援護する。
「何はともあれ、支配者を倒せば世田谷区が戻ってくるのは間違いないわけだよ。だからさー、ジェネラル級にはここで倒れてもらうよ!」
 杉並区から、やや遅れて駆け付けたネリリ・ラヴラン(★クソザコちゃーむ★・g04086)も、すぐに魔法装束と杖を纏った姿へと変貌する。
「人間皆が非の打ちどころもない綺麗な心を持ってるとは言えないけれど、それに合わせて自分に合わない手段まで取ってしまったのは、やっぱり断片の王様になるためなのかな」
 事情は把握しているようだ。トロワ・パルティシオン(迷子のコッペリア・g02982)は、ネリリの推測に首肯する。
「たぶん、ね」
 視線の先では、寧琥がまたマルコシアスにつっかかっている。
「ヤな事やってしんどぃ……って言うなら、ここでねーこ達にぶつけてよっ。ねーこも戦いヤだケド、ゆずれないからぶつるし! そして勝つし!!」
「願いは1つ。天使と悪魔が支配する東京の闇を終わらせる。その夜明けが如く最大まで輝け!『神焔収束斬(ジャッジメントセイバー・ネクスト)』!」
 アンゼリカは、己が光に念じる。
 魔力とオーラ操作で巨大剣が構築された。アークデーモンの眉間に皺が寄る。
「今の私は、先ほどの私よりも当てられる、耐えられる!」
 斬りかかるアンゼリカ。
「そうさ! 残留効果を、絆を、人々からの託されし願いを! 積み重ねていく度に私たちは強くなるんだ、お前に勝つ!」
「新宿決戦の、じゃないけれど……さっきのリベンジといこうか。全身全霊で勝利を掴み、世田谷区の奪還を成し遂げよう」
 トロワも改めて、増強されたエフェクトの流れに加わる。
 ヴェルチ・アリ(火日饗凶・g03614)とシエルシーシャ・クリスタ(水妖の巫・g01847)もそうだ。
「やぁ、マルコシアス。……その赤黒い炎、貰いに来たよ」
「塗炭の苦しみ、上等だよ」
 庇いあいながら、敵に接近した。
「悪魔だろうが、復讐者だろうが、望んじゃいない部分があって大変だけど、それは……戦いで、鬱憤晴らしするしかない。だろ、狼魔侯?」
 ヴェルチの『セッテンブレの竜炎』が、『魔侯炎』を受け止めた。
「どうせだし、炎と一緒に吐き出しちゃわないか? 来いよ。楽しく危険な火遊びと行こうぜ」
「『鬼神変』!」
 炎がぶつかりあうなかで、シエルシーシャの巨大化した腕を盾代わりに、マルコシアスのパラドクスを突っ切って、抱えた鬱憤ごと思いっきり殴り飛ばす。
「うぐ、ヌウ……」
 よこつらを叩かれた狼に、ヴェルチは限界を無視した火炎弾を浴びせた。
「焼き、尽くせェェェ!!」
 一時は怯んだマルコシアスの『魔侯炎』だったが、大きく開いた顎を震わせ、黒さを増した。
 剣の進撃を止めず、ルキウスは背後にリオーネたちを庇う。
「たとえ身を焦がしながらでも息をもつかせぬ連撃を叩き込んでやる。一歩も譲る気はないな。人類の栄える歴史に貴様の存在は邪魔なのでな!」
「炎による苦しみは失われた家族、友達、日常への思いを燃やして耐え抜く。これが俺の覚悟、どこまでも食らいつくよ!」
 ロッソと共に追尾性能に優れた赤の双翼魔弾を放つリオーネ
 悪魔の翼は、空中での機動でジェネラル級の動きを超えた。そして、ルキウスを信じるからこそ、前を任せていられる。
「……成る程、俺にもわかる。この炎は随分熱い。これ程の熱量に至るにはクロノヴェーダと言えども何らかの信念や志はあるのだろう」
 地獄の炎を操る御業に、ルキウスは思いをはせた。
「とは言え端から強敵相手に無傷で帰れると思うほどには慢心はしていないし、小手先の火炎使いで勝てるとも考えていない」
 『獄炎の第八曲(タンゴ・マーレボルジェ)』が、茨の刀身に炎を加えた。狼の黒い炎をやぶってルキウスの切っ先が突きだされ、獣毛に刺さった。
 アークデーモンのシルエットを背後の空が浮かび上がらせる。
「――我が音に応えて来たれ。煌めきの光の波!その身を貫け!」
 蛍の呼びだした雷、『喚来煌雷波(ヨビテキタルハキラメキタルカミナリノナミ)』だ。
「勿論全力です。手を抜いては相手に失礼ですから」
 剣を通して、落雷がマルコシアスの身体を貫く。蛍は剣先を抜いてルキウスを下がらせると。
「さあ、来なさい。逃げも隠れも致しません!」
 鋭い爪の一撃を覚悟した。
「分かっていても回避が出来ないのであれば、致命傷を避ければよいだけの事!」
 だが、『狼爪剣・豪閃』は襲いかかってこない。マルコシアスは、歯をくいしばったままだ。
 地上から見ていたトロワにも判っていた。マルコシアスは、滅びようとしているのだ。
「ああ……そうだ、仲間と共に戦う、それが僕らの真骨頂だったね。なら、この弾丸は絶対に届かせないとな」
 フューリーズバレルを両手で構えてしっかりと狙いを固定した。足も強く踏みしめて全身で反動に備え、引き金を引く。
「狼魔侯マルコシアス。その斬撃を、その意志を! 今度は、今度こそ――撃ち砕く!!」
 あれほど求めたジェネラル級の言葉だが、口を開いてでてくるのは、煤混じりの火だった。
 地上に墜落したものの、なんとか立ち上がる。続くディアボロスたちの連続攻撃に、分身で手勢を増やそうとしたようだが、その力ももはや十分ではない。
「首を頂戴したいところですが」
 リュカが、無双馬の頭を、狼の群にめぐらせる。
「さて、そちらは他に適任がおわすご様子。舞台を整えるべく黒子に徹しましょう」
 『殺戮の見えざる刃』を飛ばし、分身体を切り刻む。多少痛み分けになってでも、『狩猟・魔狼式』を引き受けた。
 もはや、くすんだ炎だけがマルコシアスの最後の攻撃で、アンゼリカとネリリが、その中をかいくぐる。
 捨て身の覚悟と共に間合いを詰めた。
「門は、今開かれ……崩壊への道を示す!」
 魔法装束のネリリは詠唱を重ねる。先に、アンゼリカが前に出て、『神焔収束斬』を振り下ろした。
「私達の培ったすべて! 受け取れぇーっ!」
 両断とはいかなかったが、狼魔侯の片翼がもげてとんだ。
「同情や共感は無いよ。わたしが守りたいのはここで生きている皆と生きていた皆だから。小さな同情でこの気持ちを揺らがしていけないし。彼自身もそれを望んで口を開いたわけじゃないのだと思う」
 連続魔法が紡ぐ二つの詠唱が束ねられた。ネリリは、その思いをパラドクスにのせている。
「今のわたしの全力だよ。力を見せるもなにも、限りを尽くして届くかどうかの敵なのだから。ここまでの怒りを全てぶつけてあげるくらいで、きっと漸くだわ」
 『顕現スル真実ノ門(グリンプス・ゲート)』を通して、魔力の矢を放った。
「言葉はもういらないわ。もう……終わらせるんだよっ」
 門を抜けるごとに矢は輝きを放つ。
 獣毛のある胸に突き立つと、狼頭の悪魔は、芝生に両膝をついた。
 最期の言葉はなかった。
 浄化の炎がふきあがり、包まれたマルコシアスは両手を掲げていた。戦場を囲む、区役所の建物群にのばしているようでもあった。
 滅びゆくアークデーモンの姿を見ながら、ヴェルチは呟いた。
「どうも生真面目そうとは思ってはいたけれどね。まぁ、それでこそ、ある意味悪魔らしいよね。悪魔は契約を破らないっていうし」
「処刑ショーを楽しむタイプじゃなかったのは意外」
 シエルシーシャは、冷淡ななかにも感情をにじませる。
「クソ真面目な性格、大天使の方が合ってたんじゃないかな。でも、気概のあるのは優先的に処刑されたって聞いてる。だったら守る相手がいる人は無理にでも『楽しんで見せる』しかないよ。まあ普通に楽しんでた奴らも相当居るんだろうけど……」
 そこでやっと、自分の気持ちの正体に気がついた。
「……悪魔との意識の違いにイラついてても仕方ない」
 世田谷区は解放されるのだ。
「あと一つ、気になることはあったんだけどね。ヘルヴィムはお前にとってどんな王だったのか。まあ今更の話だね」
 言い終わるまえにシエルシーシャの前で、ジェネラル級アークデーモンにして区の支配者、『狼魔侯・マルコシアス』は炭化し、崩れさった。
 ディアボロスたちは、新宿への帰還をはじめる。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

tw7.t-walker.jp